「おらぁっ」
たぶんこちらを侮っていたのだろう。鞘に収めていた剣こそ抜いては居たが、剣の間合いより内まで近寄ってきた甲冑男の繰り出してきたのは、ただの蹴り。
「おっとっと」
「なっ」
「か弱い老人に何をするんじゃ、ラリホーっ!」
あっさり回避して驚き目を見張るカンダタこぶん(推定)に完成した呪文を放ちつつ、拳を握り込む。
(効けばいいけど)
駄目ならこのままボディーへ一撃見舞うだけだが、会心の一撃というまぐれ当たりがあるのだ。
「うぐっ、呪文だと、くっ」
期待を込めて様子を見つめる中、甲冑男は兜越しに額へ手を当て呪文で生じた睡魔に抵抗を見せ。
「くぅっ、舐めるな」
ブンブンと激しく頭を振って呪文に打ち勝った。
「ぬぅっ」
「はっ、どうだ爺!」
唸る俺と勝ち誇る甲冑男。こちらとしては、残念だったが、やむを得ない。
「さっきのふざけた態度はこべばっ」
きっと、こちらの自信の理由はあのラリホーだとか効かなかったがどうするんだ、とかそんなことを言うつもりだったのでは無いかと思う。
「はぁ、とりあえずクリティカルヒット的な何かでは無いと思うんじゃが」
まだ息のあることを願いつつ、俺は身体を奇妙な方向に折り曲げて吹っ飛んだカンダタこぶん(推定)へ向けて歩き出した。ただ、この時忘れていたのだ。
「おーい、生きとるかの?」
「がっ、がはっ、ぐふっ、て、てめぇ……武闘家かぁ、だましやがって」
「何をおかしな事を、武闘家が呪文を――あ」
気づいたのは、まさに殴られた場所をおさえたまま蹲る甲冑男に言い返そうとした、時だ。
(ラリホーは僧侶の覚える呪文、魔法使いの格好をした俺が使えば非難も当然……って、そうじゃなくて!)
なるべく殺さず無力化しようとして、魔法使いなら使えるはずのない呪文を使ってしまった。まさに大失態である。
(どうしよう、この格好で僧侶は嘘くさいし、シャルロットの時みたいにアイテムを使ったで誤魔化すのもなぁ)
人攫いに誰でも使えるラリホーと同効果の杖があるなんて情報を与えられるはずがない。
(あんなえげつない呪文がホイホイ使われるとか、冗談じゃない)
この町で抵抗出来なくなったシャルロットを縛り上げたのは俺だ。
(とは言え、このままにし)
視界の端に銀色の輝きが映ったのはそのときだった。
「っ」
「うぐっ、ちっ」
呻きつつも舌打ちをしたのは、剣を横薙ぎにした甲冑男。
(あぁ、びっくりした)
一撃見舞ったとはいえ、俺も相手を見くびりすぎていたらしい。
(そもそも完全に無力化してないのに他のことを考えるとか、油断もいいところだよな)
俺はいったん問題を先送りし、尻餅をついたままの様な姿勢の敵に詫びる。
「すまんのぅ、少々侮りすぎたようじゃ」
事後処理は後に。
(まずは戦闘を終わらせないと)
決意し、突き出したのは片方の腕。
「ここからは本気で相手をさせて貰おう」
「は、本気?」
「……メラゾーマっ」
オウム返しに問う甲冑男を無視し、何も居ない町の外目掛けて呪文を放つ。
「なっ……て、何だ、外れじゃ」
「当然じゃろう、肩慣らしじゃからな」
見当違いの方向に飛んだ火球を嘲笑おうとした甲冑男の言葉へ被せるように俺が言った、直後に火球は着弾して爆ぜた。
「……かた、ならし?」
「うむ、塀やら植わっている木を巻き込まんようにする為にちいっとばかり爆発の範囲をな」
爆音に後方を振り返り、固まっていた男が漏らした声に頷いてやると、腕を今度は甲冑男に向けたままで振り向くのを待つ。
「いやー、町を壊して文句を言われるかもしれんからのぅ、派手な攻撃呪文は避けようと思っておったんじゃが、仕方ない。最初のアレで寝ておいてくれれば痛い思いだってせずに済んだかもしれんのじゃがのぅ」
もちろん、黙っていた訳ではなく、遠回しに恫喝しながら。
「あ……う、あ……」
「ところで、お前さんを驚かせるとただでは済まぬのじゃろう? なら、さっきの呪文ぐらいぶちかませば勘弁して貰えるのかのぅ?」
当然の如くブラフだが、これで戦意を喪失してくれればこっちとしてもありがたい。
(メラゾーマは早まったかも知れないけど、カンダタがロマリア方面に居るはずなのに、子分がこんな所に居るってのも変だし)
この甲冑男には色々と聞いておくことがありそうだ。
「返事がまだなんじゃが?」
「ひっ、すみませんでしたぁぁぁっ! 許します、許させて下さいいっ」
催促してやると、男はあっさり降伏し。
「では、今度はこちらの番じゃな。お前さんは何処の誰で何をしておった?」
事情を知らなければ、知りようもないことから俺は質問を始めたのだった。
カンダタこぶん:HP120
力カンストの武闘家なら素手一撃でしとめられるレベル。
次回、第百一話「尋問」