「なん……だこれ?」
気がつけば俺は見知らぬ場所にいた。
「夢か?」
テーマパークの作り物っぽさは無い。にもかかわらず中世にタイムスリップでもしたのか、はたまた異世界にトリップでもしたのか。おそらく後者だろうと数秒で断定したのは、視界内で酒を飲み料理をかっ喰らう男の姿に見覚えがあったから。
「ドラクエかぁ」
しかもⅢ。ピンクと赤をメインにした見覚えのある鎧を着ていらっしゃるのだ。
「うーむ……は?」
酒場でくつろぐ時ぐらい装備外しても良いのではと思いはしたものの、そう言えばと自分の身体を見た俺は衝撃で固まった。身に纏っていたのが意識を失う前、最後に着ていた服はないと言うのもあるが、それより何よりまず袖から覗く肌の色がまず違う。
(トリップと言うか、憑依だなこれ……ん?)
ぼんやりしつつ身じろぎすれば椅子の背に何かが当たって音がし、音源を辿るとベルトにぶら下げていたらしい凶器がブラブラと揺れていた。爪だ。
(何だったかな、これ)
ドラクエⅢは最後にプレイしたのがSFC、だったのでもうかなり長いこと触っていない。
(夢中になった遊んだ頃は敵のドロップアイテム辺りまで結構網羅してた気がするんだけどな)
武器の名前一つ思い出せないというのは、面倒な話だった。ぶら下げてることを鑑みるにこれはこの身体の持ち主の装備だろう。
「自分の装備のことさえわかん――」
そこまで言いかけてもう一度固まったのは、一つ思い至ることがあったから。爪は初期装備ではないのだ。
(ちょっと待て、この身体の持ち主それなりに強いんじゃ……)
つまり、初期装備以外を身につけるだけの何かはしてきたと言うことであり、へたすると魔王を倒す勇者パーティーのメンバーだったりする可能性もある。
(うわあ)
まずい、まずすぎる。中身が戦争どころか喧嘩の経験さえ乏しい俺に劣化した状態で、身体の持ち主と同じレベルの行動を要求されても無理だ。
(そもそも、これって結構良い装備だった気がするんだけど)
気のせいか魔王を倒しに行ったレギュラーメンバーの一人が爪を装備していたような記憶が残っているのだが。
(とにかく荷物も見てみよう)
まだ情報が足りない。これでいかにも盗賊ですよと言わんがばかりの大きめ鞄から仲間全員のHPを回復出来るラスボス戦のお供『賢者の石』とかが出てこないように祈りつつ俺は鞄の口を開ける。
「く……つ?」
とりあえず最初に出てきたのは石ではなかった。何だかピエロとかが履いていそうな感じの一風変わったデザインで、履いて街の外を歩いた日には一歩ごとに経験値が入ってきそうでもある。
「いきなりれああいてむじゃないですかやだーっ」
この時点で俺の顔は引きつっていた。ちなみに我に返って他にも何かないか確認したところ、二足目の靴とフラグを回収だと言わんがばかりに『賢者の石』もきっちり見つけ、そのほかにも鞘に入ったダガーを発見したりする。
(そっか、このキャラって――)
俺が鞄にある『しあわせのくつ』を集める為に使っていた盗賊の一人にして魔王ゾーマを倒す時にも『賢者の石』及び補助係として活躍したキャラクター。
「こんにちは」
「いらっしゃい、ルイーダの酒場へよう……」
(やばっ)
そして、耳に拾った声の先で勇者という呼称をもつであろうツンツン頭が酒場の女主人と交わす言葉を耳にした俺は、腰を浮かそうとして――。
「うおっ?!」
失敗する。椅子に『まじゅうのつめ』が引っかかったのだ。
(うああああっ、何でこんな時に?! 無理、ゾーマとか無理ッ! いきなり実戦とか無理ッ!)
肉体が幾らハイスペックでも、中身は隣の席で飲んでいる武闘家のオッサンに睨まれただけで逃げ出す自身のある混じりっけ無しの一般人なのだ。
(逃げたって良いよね? と言うか逃がしてくれ頼むッ!)
無銭飲食する気はない。鞄を漁った時に見つけたお金はテーブルに置いてもうお勘定する気マンマンなのだが、中身が主じゃなくなったことに臍を曲げたのか、『まじゅうのつめ』は椅子から外れてくれない。
「それで一緒に魔王を倒しに行く――」
「ちょっ」
カウンターの方から聞こえてくるツンツン頭の声が俺を絶望へ誘う。
(だめだ、あいつ行く気だ。魔王を倒しに行く気だ。ルーラな……いかんっ、俺自身は他の街に行った記憶もないし、ここでルーラしても天井に頭をぶつける)
一度行ったところに移動出来る呪文を遠慮無く使える青空が、今の俺には欲しかった。賢者を経由して覚えられる呪文を殆どコンプリートさせた理由は別にこんな時に逃げ出す為では無かったが、今はどうでも良い。
(どうする? 中身は別人だと正直に打ち明けるか、記憶喪失のフリでもするか)
臆病者とそしりたければ勝手にしてくれ。中身が俺の時点で役に立つどころか足を引っ張る気しかしないのだ。
(もしくは病気、仮病もいいか。お腹が痛いとか言ってしまうのも……)
声変わりしていないのか高めの声をしたツンツン頭が無情な宣告を下すまであと何秒か。
「バラモスを倒」
「はい?」
どうすれば逃げられるかひたすら考えていた俺は、ツンツン頭の声に耳を疑ったのだった。
いかがだったでしょうか?
二次創作もやってみたいなぁと思っては居たので出来心で書き始めてみました。
一応、他所で書いてるオリジナルものの方を優先するので、更新はまったりめになるとは思いますが、生ぬるい目で見守って頂ければ幸いです。