私と鋼鉄の少女   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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そして幕は開いた

 

 政府主導の排他的経済水域への進攻作戦は滞りなく遂行された。

 それは識別信号がflagshipと推定された、深海棲艦の群れのせん滅作戦である。

 観測された海域に潜む深海棲艦は、斥候部隊の計測した限りでは、30を越すほどの濃い反応であるという。

 

 その為に大本営海軍部は本作戦のために主力級艦隊を用意し、この作戦に掛ける意気込みがどれほど本気であるかを示した。

 この作戦には4つの艦隊が組まれたのであるが、その第一艦隊と第二艦隊の旗艦には、限界までに強化改修を行った大和型戦艦大和、そして長門型戦艦長門を置き、そしてその周囲には火力を重視した護衛艦を配置するという物だ。

 第三、第四艦隊に至っても、金剛型戦艦と空母を万遍なく配置した万全の物だった。

 

 そもそもflagshipやeliteと識別される深海棲艦は、たとえば同じ軽巡洋艦であったとしても、その能力は一クラス上以上の能力を発揮してくるのだ。

 それに強化を行っていない通常の艦娘の艦隊で遭遇した時の轟沈する割合は相当に高い。

 

 そこで海軍部は今回の作戦を迎えるにあたり、およそ正気の沙汰ではない保険をかけたのだ。

 それは少し前にとある地域の鎮守府が深海棲艦の襲来によって、いくつか壊滅したのであるが、そこから逃れたと思われる艦娘たちを海軍部は相当数保護したのだ。

 それらを壁として敵に特攻させ、そこに大火力の海軍艦隊で一気に味方もろとも十字砲火で殲滅するという物だ。つまりは拾い物の艦娘たちを大規模なデコイに仕立て上げるという訳である。

 

 それは人道的見地から考えても非情すぎる作戦と言えるが、帝国側の認識として艦娘はあくまで消耗品でしかないという物が常識なのだ。

 逆に大和型や長門型あるいは金剛型戦艦のような主力を賄う戦力に関しては、その維持コストの高さから、できるだけ消耗は避けたいという合理的な観点から優遇されているだけの事でしかない。

 そして司令官という存在は、そのような扱いを受ける艦娘のケアをし、ハンドリングするためのいち役割としかとらえていないのだ。

 所詮、正規の士官ではない司令官たちも消耗品という事である。

 

 こういう事が民衆へ悪感情を植え付け、政府への批判的思想につながらないかという事も考えられるが、基本的な一般人の艦娘への認識は、政府の積極的なプロパガンダ工作により「自分たちの盾となって深海棲艦の脅威から護ってくれる頼もしくも健気な存在」という方向に誘導されているので問題は無かった。

 

 それはTVドラマや日々のニュース、果ては映画の中で艦娘たちがドラマチックに戦い、そして傷つき斃れていく様を繰り返し刷り込み続けられたからだ。

 娯楽の中に狡猾にもぐりこんだメッセージは、勧善懲悪を好む一般大衆には好意的に捉えられ、そして深海棲艦という巨悪に対する憎しみだけが増幅される。

 その成果のため、爪の先ほどの疑いも政府に持つものはいないのだ。

 

 しかしそれは別に帝国だけに限らず、世界各国どこもそれほど違いは無かった。

 そう言う訳で反政府的なネガティブキャンペーンを心配すること無く、海軍部は非情で合理的な作戦を堂々と遂行することが出来るという訳だ。

 

 そもそも民衆からすれば、自分たちの周囲の安寧が守られているならば、たとえそれが遠いあるいは近い将来に起こる困難の火種なんだとしても、その可能性に思い至る者はほんの一握りでしかないのだ。

 飯が食えるか。娯楽という快楽はそこにあるか。つまるところ、そこがクリア出来ていれば問題ないのだろう。

 

 それらの背景を含みながらも状況は時間と共に変化していく。

 本日未明に行われた深海棲艦の一大殲滅作戦。

 

 まだ太陽が昇る前に帝都の港を発った大艦隊は、静かに水面を滑るようにしながら大河を河口に向かって進んでいく。

 その見た目からも華麗で凛とした国内最大級の戦艦である大和を旗艦とした第一艦隊を先頭に、無数の艦影が霧にむせぶ水面を行く。

 もし既に明るかったならば、河の周辺に住む人間はこの光景に息を飲んだ事だろう。

 それほど圧倒的な雰囲気をまき散らしていたのだ。

 

 艦隊が海に出た頃には既に周囲は明るくなっていた。

 それは遥か彼方にある水平線から溶けたような赤い太陽が昇らんとしている。

 そんな中、大和を護衛するように寄り添う軽巡洋艦の五十鈴は油断なく周囲を警戒しながらも大和に向かって声を掛けた。

 

「大和さん、天気も私たちを応援してくれているようですね」

 

 赤い特徴的なセーラー服を身にまとった長良型の二番艦である五十鈴はどこか軽い口調でそう言った。

 しかしよく見ればその表情には若干の強張りがあった。

 

「たしかに今日は素晴らしい天気になるようですね。でも五十鈴、気を抜いてはいけませんよ。たった一つの綻び、それが戦局に影響を与えることは、私たちだからこそ一番理解している筈です。でも、そうね、肩に力が籠りすぎも良くないかもしれないですね」

 

 大和の鈴の音を転がしたような声に、思わず五十鈴は呆けた表情で彼女を魅入ってしまった。

 それは無理も無いだろう。大和の朝日を受けみずみずしく輝く大和の長い黒髪。そして何より大和撫子を体現したような楚々とした見た目の中に、力強い意志の力を漲らせている。

 五十鈴はそんな大和に目指すべき目標の頂を見たのかもしれない。

 そしてその窘めるような言葉の中に包むような優しさが見える。

 

 五十鈴は怖かったのだ。今日の作戦の事を思うと。

 本日のために最大限の改造と強化改修も行われ、万全であるはずであった。

 しかし五十鈴の中には理由は分からないけれど、なんとも言い知れぬ不安の様なものがあったのだ。

 普段から彼女たちは正規軍に席がある関係で、遠征などの輸送任務よりは実際に深海棲艦の殲滅作戦に赴くことが多い。

 そういった経験や練度は、民間の司令官たちの鎮守府に所属している艦娘と比べれば一段も二段も秀でていると言える。

 そんな優秀である彼女の中にあるのは、この作戦の裏に潜むきな臭さだった。

 

 深海棲艦がそこにいる。ならば彼女たち艦娘の役割はそれを叩くこと。

 それはまるで完成された数学の公式のように変えようがないことだ。

 それは五十鈴も分かっている。

 むしろ普段の作戦では深海棲艦を殲滅することに喜びを感じすらする。

 ――――私は生きている! そんな気持ちになれるからだ。

 

 しかし今回の作戦はどうだろうか。

 降ってわいたように深海棲艦が集中している場所が発見されたという。

 なら叩けばいい。簡単な道理だ。

 けれども今まで深海棲艦はどう動いてきたか。

 まるで幽霊のように突如現れ、そのゲリラ戦にも似た神出鬼没な恐ろしさを世界に振りまいてきた筈である。

 

 どこから来るか分からないからこその恐怖。

 それは前もって作戦を立て、周到に準備することが出来ないからこそ生まれるウィークポイントとなるだろう。

 そもそも守らなければいけない前提がある側が弱いに決まっているのだ。

 それもほいほいと身軽に拠点を動かすことがままならない人間たちだからこその弱さ。

 

 だのに今回はまるで狙ってくださいとでも言っているかのような状況とも言えるではないか。五十鈴はそんな風に感じたのだ。

 けれどもそれに根拠はない。まして自分たちは司令官に命令されてこそ動ける存在なのだ。

 しかし今は動き出した作戦の最中である。五十鈴の不安が周囲に伝播して士気が下がったら目も当てられないだろう。

 だからこそ無理をして大和に軽口をたたいたつもりだったのだ。

 

 母のように微笑む大和。

 五十鈴は少し救われたような気持ちになったが、自分たちの数時間前に発っている、所属は違うが自分たちと同じ艦娘たちの事を思うと心に影が差した。

 それは先発した艦隊がおおよそ艦隊と呼べないような編成だったからだ。

 

 所属のなくなってしまった艦娘たちが集められ、既に深海棲艦のいる海域に配置しているだろう。

 後は大和たちが到着すれば一斉攻撃が開始される。それは人間の平和を勝ち得るための戦いでもあり、彼女たち同朋の惨たらしい最後でもある。

 その鉄槌をくださねばならない大和の中には暗鬱としたものが人知れず燻っている。

 けれど彼女はそれを口にしない。なぜなら彼女は彼女以外の艦娘を束ねる立場にいるからだ。

 しかし彼女の憂鬱など関係なく、その時はやってきたのだった。

 

 快晴の空の下、地図の上では国同士の境界上であるというのに、大和を筆頭とした大艦隊たちの目にはどこであろうと変わらない水面がそこにあるだけだった。

 ただ一点普通ではないのは、先発していた艦隊とは呼べない艦娘たちの群れがまるで黒い壁のようにある一点を包囲しているからだ。

 そして彼女たちのいる場所の数百メートル先には黒々とした何かがうごめく渦の様な物がある。

 これは深海棲艦が現れる前触れとしてよく見られる物であるが、これは普段の任務で見る物とは比べ物にならない大きさであった。

 これを見ている誰もが無言であったが、ただ一点共通しているのは、全ての艦娘の顔から血の気が失せている事だ。

 

 ただし前方で壁を作っている無所属の艦娘たちは絶望感。後方で構える正規艦隊の艦娘たちには悲壮感。表面的には同じでも、その胸に去来している感情の質は違っていた。

 誰もが始まるその瞬間を待っている。とにかくこの息詰まるような膠着状態だけは脱したい、その一念だけであった。

 そんな時、第一艦隊所属で一際重装備をまとった重雷装巡洋艦である北上が無言で大和の真横に移動してきた。

 

「……大和さん」

 

 北上は限界まで改造を施された白い姿であったが、その身に纏わせた雰囲気は暗い。

 

「どうしました北上さん」

 

 そう返した大和もまた、普段の凛とした表情をここに来て微妙な物へと変化させていた。

 その時が迫っているという重圧に、さすがの彼女とて簡単に割り切れないのだ。

 

「…………もう、やっちゃいましょ。明日は我が身かもしれない。そうでしょう?」

「…………配置についてください。合図は私が出します」

「りょーかい。…………大和さん、皆分かってますから、一人で背負わなくてもいーんですよ。それじゃ」

 

 北上の気遣いに内心感謝をしつつも、大和は努めて普段通りを装った。

 それでも旗艦である彼女は、これから背負うだろうおぞましい記憶を、自分が悪役になる事で、皆の重圧を背負わ無ければならない――――そう決意していた。

 それは彼女の記憶の中に残る忌まわしい記憶。そう何故か艦娘たちに存在する別の世界で鋼鉄の軍艦だったころの記憶がそうさせているのだ。

 

 彼女は決していい意味ではなくこう呼ばれていた。「大和ホテル」と。

 それは彼女が所属していた国の戦時中に支配していた土地にあった高級ホテルの名前だ。

 なぜそれが彼女の通り名となっているのか。それはその存在すら完全に秘匿されながら鳴物入りで建造された大和型戦艦、大和。

 それは今までの戦艦を遥かに凌駕するスペックの元に開発されたのだが、実際はほぼ活躍すること無く泊地に停泊していたことに由来する。

 それは当時の海軍の運用方針による結果でしかないのであるが、それでも火力も最大規模を持ち、多額の建造費を要して造られた割には活躍らしい活躍は皆無。

 加えて国民が英雄視していたのは長門や陸奥ばかりであった。

 

 そんな記憶が、彼女の精神を病的なまでにある事に固執させる。

 つまりは軍艦としての本懐を遂げたい――――その一転のみなのだ。

 だからこそ彼女は誰よりも先頭に立たねばと考えている。

 それが針の先ほどの小さな油断を呼びこんだ。

 戦場ではたったそれだけの油断が戦局をひっくり返す事などいくらでもあるというのに。

 

 その時、海鳥が甲高い鳴き声をあげて、彼女たちの上空を通り過ぎた。

 沈黙が支配していた場が、そのきっかけで動き出した。

 張りつめた弓から放たれた鋭い矢のように。

 

「……さあ、やるわ。砲雷撃戦、用意!!」

 

 全ての後ろ向きな感情を振り切るように、大和の号令が響いた。

 第二艦隊の旗艦である、長門もそれに合わせ、周囲を鼓舞する鬨の声をあげた。

 

「よし! 艦隊、この長門に続け!」

 

 誰かがあげた悲鳴ともつかない怒号はたちまち戦場を伝播し、普段の任務ではあり得ない雰囲気を作り上げていく。

 最前線の艦娘たちはまるで死兵の如く、海面が盛り上がり、今にも大挙して押し寄せそうな深海棲艦を包囲したまま特攻を開始した。

 それらが叫ぶ、己を鼓舞するはずの咆哮は、幼い少女でしかない声で発せられるため、まるで阿鼻叫喚の地獄絵図を展開する。

 それはそうだろう。年端も行かぬ少女の絶叫が幾重にも重なっているのだから。

 

 ただ実際には円状に方位し、そのまま距離をつめる形で特攻を行っているため、深海棲艦に逃げ場はない。後はそう、後方で待ち構えていた大艦隊が火を噴くのを待てばいいだけなのだ。

 

「あれ……? おかしいよ?! 敵が逃げていく……」

 

 居場所を失くした艦娘たちが、後は同朋から背中を撃たれて逝くのみだという、半ば捨て鉢の心境で突撃する中、誰かがそう言った。

 事実、多数の戦艦ル級のflagshipと思われる艦影が次々と彼女たちの決意を嘲笑うかのように水底へと消えていく。

 

 しかし坂道を転がり始めた石はもう止まらない。止めることが出来ない。

 ほぼ軽巡洋艦と駆逐艦で構成された捨て駒に向かって、彼女たちとはまた別質な咆哮を上げた大艦隊の雪崩は、今まさに炸裂寸前となって迫っている。

 ――――その時だった。

 

「後ろッ! 敵正反応ありますッッ! 後方の駆逐艦、転回してください!!」

 

 悲鳴染みた号令を誰かが発した。

 しかし誰もそれに反応できない。

 それは誰もが冷静に状況を把握できたものがいなかったからだ。

 そしてそれは誰よりも息巻いていた大和とて同様であった。

 

 次の瞬間、彼女の後方の水面が盛り上がり、正規軍艦隊を扇状に包囲するように、100を超える深海棲艦の群れが突如現れ、前方に意識を集中させていた大和たちの背中に向かって容赦のない十字砲火を開始したのだ。

 そう、周到に用意していたのは深海棲艦の方だったのだ。

 大和たちは言うなれば、無防備に蜘蛛の巣に飛び込んだ憐れな蝶だ。

 

 その日、大破した第二艦隊の旗艦である長門に率いられた満身創痍の艦娘が10と少し、本部に戻ることが出来た。

 そして勝ちを確信していた海軍部の首脳陣を絶望、あるいは虚無感に叩き込んだのだった。

 

 ――――――――全艦隊、壊滅という信じられない報告によって。

 

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

 

 私はまたも自分の執務室の中でぼんやりと待っていた。もちろん、私に付き従ってくれている艦娘たちをだ。

 というのも彼女たちは今、遠征に出かけているからだ。その帰りをこうして待っている訳だが、思えば司令官としてこの鎮守府に着任してから2か月ほどになるが、基本的に私の仕事の多くは待つことなのだ。

 それは結局のところ、彼女たちが某かと動かなければどうしようもないのだから。

 

 とはいえ待っている間にもやることは多い。

 それは例えば装備の開発であったり、あるいは新しい艦娘の建造であったりだ。

 正直に告白すれば、私は建造については乗り気ではなかった。

 それは私が元々戦争という物になじみが無いというか、戦後教育の中で無意識に禁忌するようになっていたからか、もしくはそのどちらもかもしれないが。

 そういうものと、自分のリアルな戦いへの恐怖感から、少女であり個としての意思もそれぞれあるが本質は兵器である艦娘をこれ以上増やしたくなかったのだ。

 

 加えて私は、暁型というあの子たち4人との関係性が心地よく、周りの状況が激しく変化することを嫌ったというのもある。

 これは私が家族ごっこをしたいだけか、真の家族愛によるものかは私には分からないが。

 しかし暁がかつて私に言った言葉によって、少しだけ考えを変えることにした。

 それは、ちゃんとした艦隊を組むことによって、自分たちが安全に任務を遂行することが出来るという事だ。

 私は己の独りよがりな考えによって、それについて完全に失念していたようだ。

 とにかく私は、その言葉をきっかけに新規建造を行ったのだ。

 

 しかしそのことにより、資材をある程度潤沢に貯めておく必要性が大いに増したため、暁たちの遠征による報酬をあてにしなければならなくなった。

 そして私の書類仕事も大いに増えたのであるが……。

 

「提督、そんなに眉間に皺を寄せていると老け込んでしまいますわよ」

 

 書類を片付けながら、相変わらず栓のない事を考えていると、私の机の横にもう一つ置かれた机に座る女性に窘められた。

 そんなにしかめつらをしていたのだろうか?

 

「自分では中々気が付きませんからね。愛宕さんの仕事は順調ですか?」

「ええ、提督の書類にはあまり手直しすることはありませんから楽なものですわ」

「なるほど。私もある程度片付いたので、お茶でも飲みませんか?」

「いいですねぇ。では一休みしましょうか。ふふっ」

 

 そういって柔らかな笑顔を浮かべた愛宕さんは、給湯室へと向かうために部屋を出ていった。

 彼女の薔薇の様な残り香に、思わず呆けてしまう。何か香水でもつけているのだろうか?

 彼女はしなやかな金色の長い髪を腰辺りまで伸ばしおり、女性としてはかなり豊満でありながら、それでも見事なスタイルをした人だ。

 

 そう、彼女が私が初めて行った建造で生まれた愛宕さんなのだ。

 例の妖精にいくらかの資材を渡し、そして煙の中から出てきたのが彼女だ。

 愛宕さんは高雄型と呼ばれる型式の重巡洋艦だという。

 重巡洋艦とは大型の巡洋艦で、その搭載された火力は駆逐艦の非じゃないそうだ。

 私はその手の知識は鈍いから良くわからないが、暁たちが言うには駆逐艦の何倍も凄いらしい。

 特に暁は、女性としての愛宕さんを尊敬しているらしく、鎮守府にいるときはまるで姉をしたう妹のように後ろをついて回っている。

 

 彼女の他に二人、ここのメンバーは増えている。

 それは軽巡洋艦の木曾さんと、駆逐艦の島風だ。

 二人は今、ここにおらず、暁たちと艦隊を組んで遠征中だ。

 彼女たちもまた、何というか非常に個性が強く退屈しない。

 島風は何故か私を司令官とは呼ばず、お兄さんと呼び後ろをついてくる。

 彼女の見た目からすると、どうみても私の娘という感じにしか見えないのだがなぜだろうか。

 

 愛宕さんはあまり資材を使いたくないという台所事情もあるが、それよりも落ち着いた性格からか、私が普段しているような事務仕事を卒なくこなしてくれるし、そういった本来の秘書仕事を苦にしないところがあるため、現在はほぼ専属のような形で秘書艦を務めて貰っている。

 本当に彼女には頭が上がらない。

 

 因みに暁たちは私を司令官と呼ぶが、彼女は提督と呼ぶ。

 この違いはなんなのか聞いてみたのだが、その方がしっくり来るとのことで、私にとってはなんとも要領を得ない話だ。

 なので好きに呼んでもらっている。

 そもそも彼女たちは私が佐々木勝という名前なのだときちんと把握してくれているのだろうか?

 まあいい。

 

「お待たせしました提督。珍しく紅茶の茶葉が手に入ったので淹れてみましたよ」

 

 そうしていると静かに扉をあけて愛宕さんが戻ってきた。 

 銀色のお盆の上に、白い陶器のティーセットが二組あり、それを優雅に持ちながらも、片手で器用に扉を開けることができるのは凄いなぁと思う。

 

「紅茶ですか、いいですね」

「ふふっ、お茶請けは羊羹なんですけどね。百田さんお手製の」

「まあ、そういうのも悪くないでしょう。ではいただきますか」

「はい♪」

 

 南向きの窓から陽が射し込み、部屋の中はぽかぽかとしている。

 そんなゆっくりとした午後を満喫するかのように、私と愛宕さんは差し向って応接に座った。

 

「…………」

 

 お互いに特に口を開くこともなく、静かにお茶を喫む。

 しかし沈黙は苦にならず、ただ時間だけが過ぎていく。

 今日はほとんど仕事はこなしてしまったから、後はもう少し頑張れば一日は終わる。

 

 暁たちは今頃帰路についているだろうか?

 私が行かせた遠征は、民間の輸送船の護衛任務だ。

 何事もなく帰ってこれればいいが……。

 

「提督、また難しい顔をしていますわよ? あの子たちが心配なのは分かりますけれど、もっと信頼してあげてくださいな」

 

 私がそんなことを考えていると、私の顔じっと眺めていた愛宕さんに気付く。

 

「……やはり分かりますか?」

「分かりますよう。だって提督がそんな顔をしているときは、いつもあの子たちの事を考えているに決まってますもの。なんだか妬けてしまいますわね?」

 

 品よくティーカップを傾けながら彼女は冗談めかしてそう言う。

 名前は純和風ながら、欧州調の整った容姿をしている彼女には紅茶が似あっている。

 

「あはは、愛宕さんには何でも御見通しですね……。しかしいつまでたっても慣れない物ですね」

「それが提督の良い部分でもありますから大丈夫ですよ。きっと彼女たちもそれが分かっているからあんなに一生懸命になれるんです」

「そういうものでしょうか?」

「そういう物です。提督は考えすぎるだけなんですってば」

「ははっ、貴方には敵わないななぁ」

 

 何を言ったところでどうにも彼女には色々と見透かされているようだ。

 それにしても彼女は懐が深いな。彼女はいつだって心の余裕を崩さない。

 見習いたいものだと感心してしまうな。

 深く落ち込みそうな私の心は持ち直し、また頑張ろうと気合を入れる。

 

「じゃ暁たちが帰ってくるまで続きをやりますか」

「はい♪」

 

 私の心の不安を誤魔化すかのような空元気な言葉に、やはり彼女は優しく返事をしてくれる。

 建造――――悪かなかったなぁとしみじみ思う。

 私は愛宕さんに心の中でありがとうと呟き、自分の机へと戻るのだった。

 

 そんな緩やかな私の鎮守府であるが、それを嘲笑うかのように世の中は激しく動いていた。

 そして人間だれしも、先の事を知る方法などあるわけもなく、ただ起きてしまった出来事に対して右往左往するしかないのも真実である。

 

 

 

 ――――つづく

 

 




ばたばたしていて推敲しきれてません。申し訳ない。

週一投稿が定番化しそうです。

※修正
10月15日 大本営表記を大本営海軍部に修正

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