この星における海洋部分が占める割合は実に7割なのだが、そこを英知によって生み出された船舶により、そのすべてを人は支配していた。
だがいつからか深海棲艦と呼ばれる脅威が猛威を振るい、凄まじい勢いで人間の領域を侵した。
戦力を持たない民間の船舶は、何の前触れもなく深海から現れる脅威に、まるで木の葉のように沈没することとなる。
そこで各国は国の威信にかけ、それらを排除しようと試みたが、現代兵器をもってしてもその足元にも及ばず、逆に被害を増大させてしまったのだ。
結果、国の重要施設は深海棲艦からの被害を免れるために、沿岸部から遠い場所に移すこととなったのだが、逆にそれは海運を封じられるという、国の経済にとっては非常に効率の悪い方向へシフトせざるを得ないという事になる。
いくら航空網が発達した現代とはいえ、航空機のキャパシティの関係上、大規模な輸送などは海運の足元にも及ばないのだ。
そういうコストの観点から見ても、正常な海運を復活させることは、各国の至上命題となった。
そしていつからか艦娘とそれを制御できる人間の出現により、事態は少しばかりの好転を見る。
艦娘たちの自立した判断と、人間の知恵による作戦の融合。
それは以前の軍事作戦とはまた次元の違うもので、その成果は非常に素晴らしいものとなった。
ならば艦娘たちを制御できる人間を国が支配すればいいのであるが、現実はそうはいかない。
それは艦娘たちに感情が宿っているからだ。
感情があるということは、つまるところ無機質な機械になりきれないという事でもある。
そしてそれは嫌なことはしたくないという自己主張があるという事だ。
基本的に艦娘たちは上官の命令を聞くことを前提とした存在であるが、それもコミュニケーションが成立してのことなのだ。
それは兵器としては非常に不完全なものであるといわざるを得ないが、現実としてそんな艦娘に頼らなければいけないのも確かである。
その艦娘たちの上官である司令官や提督と呼ばれる者たちは、元々軍事訓練を受けてきた軍人ではないのがほとんどだ。
という事は、まったくの素人が突如必要にかられ、血なまぐさい前線に立つという事を意味する。
実際は艦娘たちが前線を任されるのだが、兵器である艦娘たちに感情がある以上、任務外では人間的な関係を結び、共に生活をしている。
そこには親愛の情が沸くことも珍しくはないし、当然その家族に似た感情は、彼女たちが目の前で傷つくことに躊躇をしたりもするのだ。
それは職業軍人には絶対に許されない感情だろう。その躊躇が人を殺すかもしれないのだから。
中には彼女たちを酷使し、目的だけのために行動する司令官もいるのだが、それはいつか破綻する。
そういう気難しい兵器である以上、絶対的な規律の上に成立する正規軍では中々馴染めないという訳である。
それでも正規軍に属する司令官も当然いるし、軍の作戦行動で艦娘たちの大艦隊が深海棲艦を屠るという事もある。
しかし割合的に言えば、軍に属さない司令官たちのほうが多いのだ。
なぜならそのほとんどが、国が守り切れない地方沿岸部に住む地元の人間なのだから。
彼らは国の平和よりも、自分の目に見える範囲の平和が欲しいのだ。
それは当然の思考であろう。
国が描く遠い未来の礎として投資があるとして、その為に切り捨てられるのは大部分に属さない小数派なのは合理的に判断すれば当然なのだから。
しかしそれは当事者となれば話は変わってくる。
俯瞰して大局を見極める責任がある国家と、目の前で同朋が次々と蹂躙される様を見ている一般市民。
そこに意識のギャップが生まれるのは自然なのだ。
ゆえに自然発生した提督たちは、地元から離れることを嫌う。
つまりはそういうことである。
その為に生まれたのが国家と司令官の間の契約関係である。
その結果、多少は人間たちの領域を取り戻すことが出来たが、一か所を防衛すればまた別のどこかが被害に遭うというイタチごっこもまた続いていくのだろう。
とある著名な自然科学の学者が論じた言葉であるが、そもそも深海棲艦とは、星を汚しきった人間に対する自然からの鉄槌だと言う。
古来から人間はその肉体的弱さを克服するために、知恵を絞り発展してきた。
火を御し、暗闇を逃れ、道具を作り強大な獣を殺した。
それはやがて世界を己がものと支配するまで進み、寿命も遥かに伸びていった。
自然から見ればそれは非常に不自然なのだと学者は言う。
本来淘汰されるべき数が減少せず、ただがん細胞のように人口増やしていく。
それは他の生物の領域を侵し、逆に本来いるべき生物が淘汰される。
その歪さは自然界の法則を壊してしまった。
その反動がこの理屈の分からない深海棲艦という脅威である。
これを論文とし、学会で発表した学者であったが、根拠もなく現実を見ていない愚か者であると一笑に付された。
しかし皮肉な事に、人間の英知の結晶である現代兵器をもってしても、脅威は無くならなかった。
むしろ方向性が違うだけで、同じような存在である艦娘たちが現れた。
艦娘たちは人間の最後の希望と思われたが、果たしてそれは真実なのだろうか。
それは未来の歴史学者たちが判断するのだろう。
――――そして今日もどこかで艦娘たちは戦っている。
◇◆◆◇
「……ん……々木君……佐々木君っ!!」
「……あ、はい?」
「そーんな沖ばっかり見てたって仕方ないしょ」
「そう、ですね」
私は暁たちが出港してから、結局やることがみつからずに港に来ていた。
とはいえ、ここへきてもやることが無いのに変わりはないが。
しかしせめて彼女たちの無事を祈ろうとこうして海を見ていた。
そんな私に午前中の野良仕事を終えた百田さんが傍に来ていた。
肩をゆすられるまで全く気が付かなかったのだが……。
どうにも落ち着かなく、しかしこうして何もしていないと思考の海に引きずり込まれてしまううようだ。
なんとも情けない話であるが。
「すいませんね、なんか。なんというか手持無沙汰で落ち着かないんですよ」
「まあね。そら佐々木君は心配だよな。でもそんな顔しとったらあのチビちゃんたちが悲しむよぉ」
「そうですうね、はい。出来るかは分かりませんが、努力してみます」
私の沈んだ表情を百田さんは大丈夫だと笑い飛ばしてくれる。
この人の底抜けの明るさと、いい意味での能天気さには本当に救われる。
まったく知らない土地に放り出された私であるが、彼ら夫婦と初めに出会ったのは本当に僥倖だったのだろうな。
「ま、チビちゃんたちはワシらの孫みたいなもんだぁ。村のみんなだってそう思ってるよ。だから佐々木君だけが抱えんでもいいんよ」
私よりも遥かに小さいが、その心根は私よりも遥かに偉大な百田さんは、私にそういうと「ああ、腰が痛い」と言いながら笑って去っていった。
ふさぎ込む私を心配しての事だろう。
「さて、私に出来ることをしに行きますか」
空元気なのは一番自分が知っているが、それでも腹から声をだし自分を鼓舞する。
そして今や私の管理下になってしまった巨大な施設に向かって歩いていく。
工廠と呼ばれる鉄臭い建物に。
◇◆◆◇
「やあ、君たち元気かな? 少し頼みがあるんだけどいいかい?」
「!?」
「!!」
私が工廠エリアにある赤煉瓦で作られた建物の鉄扉を開けると、中にはアイヌ民族の伝承でフキの葉の下にいる小人のように愛らしい「妖精さん」たちがいた。
彼女たちは私の声を聞くと、ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねながら私の足元に集まってきた。
彼女たちは本当に動く人形という風に見えるが、なかなかどうしてそれぞれ個性があって面白い。
何やら作業服の様なものを着ている娘もいれば、魔法使いのような娘もいる。
見た目は皆違うが、共通している事は全員がびっくりするくらい働き者という事だろう。
この鎮守府が本職の大工が地団駄を踏んで悔しがるほどに早く完成したのは、そのほとんどが彼女たちの働きの結果なのだ。
とはいえただ働きではなく、きちんと食事を与えなければへそを曲げて何もしなくなる。
今は鎮守府の食堂を仕切ってもらっている百田夫人をはじめとした村の婦人部の方々が言うには、この小さい体のどこに消えていくのかと思う程に食べるのだという。
そしてその大部分が何故か甘いものが好きだとのこと。
この村でとれる麦で作った水飴が一番人気らしく、それを用意するとちょっとした奪い合いに発展するほどの騒ぎだと百田夫人は笑いながら言っていた。
さて私がここへ来たのは、暁たちが出かけている間にできることをしたいと考えたからだ。
それは私が中央の大本営海軍部と契約をした際、この地域初の鎮守府の司令官に着任したことへのはなむけなのか、ある程度まとまった資材が送られてきたのだ。
それをここで使う事により、艦娘たちの装備などを作ることが出来るのだ。
私はそれを海軍部の担当官からもらった冊子で知ったのだが、実際にするのは今回は初めてである。
「……すっかり忘れてたとも言うがね」
「??」
「なんでもないさ。じゃさっそくお願いしてもいいかな?」
「!」
自嘲する私を不思議そうに見上げる妖精さんであったが、私が武器の開発をお願いすると、我が意を得たりという得意気な顔で愛らしい敬礼をして見せた。
「あの冊子によると、私が使う資材の量を決めなきゃいけないんだよな?」
言葉話せぬ妖精さんに聞いてみると、そうだとばかりに頷いている。
そして早くしろとばかりに期待の表情の妖精さん――――いや、いまは4人ほど集まっているから妖精さんたちは、それぞれの手にハンマーのようなものを持って待ち構えている。
なんとも微笑ましいが、本当にそんなもので作れるのだろうか?
まあいい。
工廠の傍らに詰まれた資材は油に火薬のようなもの、そして鋼材といわれる塊に、アルミニウムの材料であるボーキサイトの塊。
何というかおおざっぱだなぁなんて思ってしまう。
しかしこれで出来てしまうというのは正式な書類にも書いてあるのだからそうだろう。
資材はそれぞれある程度の決まった規格があるのか、みな同じような形をした四角形の物だ。
それをいくつずつ使うのかで出来るものが変わるとある。
何やら最低限の量は決まっているらしいが。
では早速やってみるとするか……。
あまり彼女たちを待たせるのも良くない。
なぜなら既に飽きてきたのか、一番後ろにいた妖精さんが寝転がっている。
やはり私に軍事的な知識は無いからとりあえず最低限の資材を使ってみるか。
とりあえず全部10個ずつだったな……。
「じゃあ妖精さんたち、これで頼むよ」
「!!」
私が数を指定し、これで頼むと言えば、彼女たちはうんうんと頷き、そしてカンカンと凄い音でそれらを叩き始めた。そして――――
「…………うーん、これはすごいな」
まったく、本当にこの世界は私を事あるうごとに驚かせてくれる。
何というか、物理の法則を真っ向から否定したような不可思議な現象。
いや私は既にこれでもかという不可思議を知ってはいるが。
それはもちろん暁たちのことであるが。
しかし今起きたのは、何やらカンカンと騒がしく彼女たちが作業し始めたと思ったら、暫くするともわりと白い煙が立ち込め、そして煙が消えるとそこにはドラム缶があったのだ。
しかもドラム缶の上には、紺色のセーラー服を着て白い帽子をかぶった妖精娘がおり、作業をした妖精さんとハイタッチをしている。
もうなんと表現していいか分からない……。
とにかく私はもうこれが普通なのだと自分に言い聞かせ(かなり拒否しているが)、それから暫く作業に打ち込むのだった。
なにせ私が暁たちにできることは、言葉をかけることと、こうして装備を用意してあげること位しかないのだから。
何より、彼女たちが帰ってきたら、彼女たちの妹や仲間たちが一緒にいる事だろう。
私は彼女たちとこの村を護るために、こして武器を作っていようと思う。
ただ黙って待っていると、何というか気が狂いそうになるというのもあるが……。
なあ暁、響。
私はきっと理不尽で利己的な男だよ。
だって君たちが無事ならばそれでいいなんて少しは思うからな。
でも君たちはきっと家族を連れてくるよな。
だから私は待っているよ。
こうして不思議な妖精さんたちと、ね。
――――しかし、さっきからドラム缶ばかりできるのは何故だろう?
使えそうなものは魚雷らしきものが1個できたっきりだ。
どうにも私にはこの手の才能は無いらしい……。
暁に資材を無駄にしたと怒られる未来しか思いつかないな……。
ついに艦娘たちが出ない話になってしまいました。
でも妖精さんの不思議について書きたかったのでごめんなさい。
次回は話が進みます。
ちなみに私がこれを執筆しているコンセプトとしては、シリアスの皮をかぶったほのぼのという設定を下敷きにしています。
※修正
10月15日 大本営表記を大本営海軍部に修正