戦闘シーンの表現に、一部生々しい表現があります。
グロ表現とまではいかないと思ってはいますが、苦手な人は避けてください。
人々は逃げ惑っていた。それは何かを冷静に考えた上でなどでは無く、ただ恐怖から逃れたいという本能から来るものだった。
事の始まりは田中という漁師を営む夫婦からであった。漁師という物は早朝から海に出て、朝方に港に戻ってくる。このご時世であるから、遠洋に出れば深海棲艦の脅威があり漁は難しい。
しかし昨今この地域は佐々木の鎮守府の、鎮守府近海への哨戒により、港から見える範囲に限ってはそれほど危険性は無かった。
その為この町は何とか漁業を維持しており、田中もまた今日の漁を無事に終えて帰ってきた。
とはいえ遠洋に比べると成果の方はどうしても見劣りするものがある。ある意味五目的にその日に捕れる物にはバラつきがあり、特色と言える漁は出来ないのだ。
しかしそれらを干物等に加工し、町内で消費する程度の量は確保できており、それらが町人たちの食卓を彩っている。それは娯楽のそれほどないこの時代では、食事そのものが娯楽だったりするため、割と無視できない事柄でもあるのだ。
しかし漁師の仕事は海に出て魚をを捕るだけでは無い。いやむしろ丘に上がってからの仕事の方が細かく面倒であるかもしれない。
それは漁に使った網などの道具が、結構な頻度で痛むからだ。破れた網では魚は捕れない。そのため漁から戻ると彼らはそのほころびを直す為に作業をしなければならないのだ。
加えて捕ってきた魚の加工もしなければならない。現代のように専門の人間が待ち構えていて、完全な分業が出来るならいざ知らず、ここではそれぞれがそれぞれの仕事をこなさなければならないのだ。
その日、田中夫妻は港からほど近い小屋で夫は道具の修理、妻は魚の加工をしていた。所詮二人であるから休み休みやっていた。夕方になり、それは一段落したため、夫婦は予め作っておいた弁当で夕食を摂る事にした。
小屋の入り口は開け放しにしていたので、潮風が部屋の中を吹き抜ける。田中は妻のこさえた握り飯を食べながら、何となく小屋の入り口に立ち、夕暮れの水平線を眺めていた。
「なんだか今日は風がおかしいな。明日は海が荒れるかもしれん」
長年の漁師のカンは、海が時化ることをしっかりと感じ取っていた。それは漁師だからこその特殊技能と言えるかもしれない。漁師にとって天気とは一番の敵だ。それはどれほど完璧に整備した船だとて、大波相手では何の役にも立たないのだから。荒れた海では漁船など、濁流に翻弄される木の葉に等しい。ゆえに漁師は天気に対しては非常に敏感でなければならない。
「この所は佐々木さんとこのお嬢さんたちのお蔭で安全に漁ができましたからね。蓄えもそれなりにありますし、明日はお休みしては?」
「……うーん、ま、そうだな。休むか?」
生真面目さが取り柄の夫は休む事をしない。普段からそんな夫の体調を気にしていた妻は、是幸いと夫に休みを勧めた。
もっとも仕事しか知らない海の男には、何もない休日の方が辛いという気持ちもあるが、それを健気な妻にいう程彼は無粋では無いようだ。きな臭い顔をしながらも、結局は休む事にした。
そんな宵の口の一幕であったが、彼は明日休むなら尚更、仕事を残しておくのは嫌だとその日は遅くまで網の修繕や、網を仕掛けるためのブイ(buoy:所謂浮き。網の仕掛け以外にも様々な物に利用されている)に張り付いた貝を剥がしたり等を続けた。もちろん妻もそれに付き合ったのである。
そんな単純作業も没頭すれば時間の経過などあっという間である。二人が気が付いた時には、辺りはすっかりと暗くなっており、小屋の中から外へと漏れる明かりが、逆に周囲の暗さを強調するかのようである。
田中は作業の手を止めることも無く、何本目かの煙草を咥えて火を点ける。あと少しで仕事は片付くな、等と考えながら。そんな時であった。急に外が気になったのは。
無言で立ち上がった夫の様子を怪訝そうに見る田中の妻であったが、彼はそのまま戸口まで進んでいくと外を眺めた。
「……ん? 外に何かいるのか?」
これもまた長年の漁師のカンと言えるのか、とにかく田中は暗闇の周囲へと目を凝らした。そしてすぐに、見なければよかったと後悔した。それは彼が戸口から暗闇の中にひょっこり顔を出した時、彼は何かと目が合ったことを感じたからだ。その正体は暗闇に浮いた鈍く光る対になった赤い光の群れであった。
その瞬間、田中は悲鳴を上げたい衝動に駆られたが、喉元へとせりあがる空気を逆に飲み込んでしまった。本能が声を上げることを拒否したのだ。それほどに彼の目に飛び込んできた光景はおぞましかったのだ。人間は極限を越えた恐怖に瀕した時、逆に声が出ないものだ。
田中が見た光景。それは漁船が幾隻も停泊しているいつもの築港に無数に浮かぶ、異形の集団の姿だ。
赤く輝く一つ目。骨格だけがせり出したような鋭角の顎。そこにいたのは深海棲艦の駆逐艦の群れであった。
「あ……、ああっ……」
田中は声を上げる事を躊躇する。しかし屋内にいる己の妻を逃がすために呼び掛けたくもある。その反する考えが短い時間で何度も行き来した。首筋を伝い落ちる汗が妙に生々しく感じる。
彼のその葛藤は実際はどれほどの時間であったか。そんな彼の恐怖を他所に、深海棲艦の群れは活動を開始した。
まるで漁師夫婦など目に入らないかのように、ただ居住区方面へと無差別な砲撃をばら撒き始めたのだ。実際深海棲艦にとって人間個人などは有象無象の存在でしかないのかもしれない。人間が歩く過程で蟻を踏みつぶした事に気が付かないのと同様に。
こうして佐々木の護る町は火の海へと変化したのだった。
それはたった数十分の出来事である。
◇◆◆◇
阿鼻叫喚とはまさにこの事であろう。人々が寝静まった夜、突如襲来した深海棲艦の集団。それらは人の都合など御構い無しに無差別攻撃を開始したのだ。
それなりに発展した佐々木の町であるが、役場や鎮守府の施設以外の建物はほぼ木造建築である。それが深海棲艦の砲弾の雨に晒された時、その結果はあまりに脆く瓦解することとなった。
その際に起きた火災による二次災害により、その被害範囲は徐々に広がりつつある。
人々は貴重品などを確保する余裕もなく、着の身着のままで逃げだした。それに対し若干の遅れは見せたが、鎮守府より狂ったようになり響く敵襲来を知らせるサイレンと、佐々木による冷静に避難をしてほしい旨の放送によって、人々はすこしばかりの落ち着きを見せて規則的な避難を開始した。
と言うのもいずれここに深海棲艦が襲いにくるという事柄は規定事項であった。それは響がもたらした情報によるものであるが、佐々木は黙ってこの日を迎えた訳では無い。来るのが分かっているならば、対策ねってそれを待てばいいのだから。
佐々木はまず町長を介して有事の際の避難訓練を徹底させた。それは所謂義務教育の際にするような形式染みた避難訓練では無く、それよりもずっと実践的な物だ。
第一に細かく区分けした地区に責任者を設け、その下にリーダーを幾人か配置する。そしてそれぞれが受け持ちの人員を決められた避難経路をたどり、災害避難場所にしていた地区まで引率するというルールを作った。
そして定期的にサイレンが鎮守府から発せられ、そのタイミングでそのリーダーと責任者たちは避難訓練を開始する。これを一週間のうちに一度、予告されないタイミングに行われてきた。
例えばそれが土曜日に行われたとして、週明けのどこかではなく、すぐに日曜日に再度サイレンがなる事もある。暦上は翌週になっている訳だから間違っている訳でも無い。
ただ人は不思議な物で、翌週と聞くと月曜日以降を思い浮べる。それは心のどこかで訓練が面倒であるという気持ちがあるから自分の都合のよい判断を勝手にしている為だ。
佐々木はそういう人の気持ちが油断するタイミングを計ってサイレンを鳴らす。中には何も起こっていないのにと不満を漏らす人間もいないわけではないが、それが有事に備えるという事の本質であるため、佐々木はそれを無視した。
そして今、その経験はしっかりと実り、当初の混乱はあった物の、おおむね順調に避難が出来ているようだ。
有事の避難場所として設定した場所は、街の外へと出て1kmほど進んだ場所にある。休耕地であるいくつかの畑だ。そこは傍にため池があり、緊急の際の飲み水にも利用できる。そしてその池のほとりには、妖精が建てた倉庫があり、その中には町人の人口分の食糧と毛布、種類はそれほど多くないが医療品が備蓄してあった。それらは町人が二週間ほど生活を維持できる程度の物である。
そこに続々と町人が集まっており、各リーダーが混乱を鎮めるようにしながらも点呼を行っていた。
寝間着姿の幼子を背負った婦人。家族が無事だったことを喜び合う人たち。反応はさまざまであるが、人々はやがて空が赤く燃えている町の方向を無意識に見た。
いまあそこで佐々木たちが戦っている。そして必ず彼らは町を取り戻してくれる。そんな無言の信頼がそこにはあった。
「……頑張ってくれよ」
誰かがそう呟いた。そしてそれは、そこにいる人間の総意であるという雰囲気に周囲は包まれた。
そんな時であった。女性の叫びがこだましたのは。
「誰かッ、うちの子は見ていませんか!?」
半狂乱となり我が子を求める母親の姿であった。
すぐさまリーダーたちを中心にその子供を探す事となったが、暗闇の中で、しかも混乱孕んだ人々の中で冷静に捜索することは中々に難しい。
先ほどまでそこにあった、安堵に近い気配が一転、混乱の気配が周囲に伝播し始めたのだ。
◇◆◆◇
作戦開始を告げてから、もうどれくらいの時間が経ったのだろう。
私はいま、執務室の自分の椅子に腰かけ、ある一点を食い入るように見つめている。
それは机の上に置かれた無骨な機械。黒い四角の箱、無線機だ。
いくつかのスイッチと、周波数を調節するためのアナログなつまみ。
昔の固定電話のようならせん状のコードが付いたハンディタイプのマイク。
そしてここから何本もの配線が床を辿って壁へと消えていく。
それは外への配線と、受信した時のスピーカーへと繋がっている。
私は偉そうに足を組み、ただ黙ってそれを見ていた。
先ほどまでは激しい戦闘のものと思われる爆音が聞こえていたが、今は割と静かな物だ。
それでも時折、砲弾が発射された時の独特な炸裂音がこだましている。
何とも歯がゆい物ではあるが、私ができることはこうして待つだけしかないのだ。
しかしいつ無線が入り、状況が動いた結果、指示を求める私の艦娘たちのために、こうして無線の前に張り付いている。
いっそ最後まで連絡など来ずに、目の前のドアを開けて彼女達が笑顔で戻ってきたらなんて考えてみるが、そんな甘い状況では無いことは分かっている。
――――戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって……おかしいですか?
ふと電が私に言った言葉が脳裏に浮かぶ。
控えめで気弱な電が、ここへ来たばかりの頃私に言った言葉だ。
戦う事を刷り込まれた兵器である彼女の、ともすれば大きな矛盾を孕んだ言葉。
私はそれを聞いた時、明確な返事を彼女にして上げることが出来なかった。
電は少しだけ悲しい顔をし、面倒なことを言ってすいませんと頭を下げた。
私は「おかしくないよ」と言えなかった事を後悔している。
それは彼女の考えに私が否定的では無かったからだ。
むしろ私も彼女の考えに賛同する部分が多大にあるのだ。
ただそれを即答するには難しい問題だったというだけでしかない。
けれども彼女が欲しかったのは肯定の言葉だった。
それを私は言えず、その結果訪れた数秒の無言は、彼女にしてみれば否定されたと誤解を与えてしまったようだ。
今回の件について私が以前から予測して準備をしていた。そして直接的な町の防衛戦に関しては大和率いる第一艦隊に一任した。
たった6人の私の艦隊……敢えて私は隻と言わず人と数えるが……これは勝算あっての事であるから、特に問題では無い。そもそも大和たちが負ければ私たちは生きていられないだろう。ならば信じてやるしか無いのだ。
そして住人の安全確保には木曾と暁を向かわせた。我ながらこの人選は正しいと自負している。
責任感が強く、常に冷静であろうとし、状況を一歩引いた目線で見ようとする木曾。そしてすこし間の抜けた処はある物の、暁もまた責任感が強い。
何とも凸凹したコンビではあるが、暁の場合、姉妹と組ませるよりも冷静になれるのだ。これは今までの演習で理解したのだが、今回の件には最適だろうと思っている。
そして雷電姉妹には、彼女達にも言ったが、一番面倒であろう任務を任せた。
それは深海棲艦の鹵獲【ろかく】だ。つまり生きたまま保護し、とある場所へと連れてくるのだ。
その後、私はある事を試そうと思っている。それは非常に危険が伴い、また倫理的にも問題があるだろうと自分でも思っている。
しかしその結果、もしかすると私が常々疑問に思っていた事柄のいくつかが明らかになると踏んでいるのだ。
――――戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって……おかしいですか?
電の言った言葉、それへの私の回答としては随分と遅くなってしまったが、この任務を彼女に割り当てた事がその答えなのだという事だ。
しかし電は思い詰めると周りが目に入らない事がある。この任務での危険性があるならば、その筆頭は電が雰囲気に呑まれる事だ。敵である深海棲艦に同情するあまり、冷静な判断ができずに自分が傷ついてしまう。それが私の一番恐れている事である。
だから雷を一緒に行かせた。それは彼女がいつも電を気にかけ、気丈にふるまい、場をコントロールしようとしてくれるからだ。
もし電が雰囲気に引きずられた時、雷は彼女を引っ叩いてでも落ち着かせるだろう。
雷の実際の気質は、決して表面的な明るさから読み取れるだけのものじゃないと私は思っている。きっと頭の中では様々な事を常に考えているのだろう。
それは電のように表に出しはしないけれど、雷こそ本当の意味での平和を願っているのだ。その為に彼女は自分を犠牲にすることも厭わない。
雷はたまに私の執務室に一人でやってくることがあるが、まるで私の母親の様に自分をもっと頼っていいのだと、ひどく包容力のある笑みを見せてくれる。
しかしそれは言葉通りの意味では無く、屈折した形の甘えだ。大人である私に甘える口実として、頼っていいのだと言う懐の深さを見せながら、私にスキンシップをせがむだけでしかない。
それは彼女の心には他人に見せないストレスを抱えているという裏返しだと思う。だからこそ私は、じゃそうさせて貰うよと膝上に抱き上げ、彼女がそのまま眠ってしまうまで好きにさせている。
今回の件に関して、電のストッパーの役割を彼女に任せてしまうのは非常に心苦しい物があるのだが、この時ばかりは私も甘えさせて貰う。そうでなければこの任務は決して上手く行かないだろう。
理想を掲げた感情のままに真っ向から突き進む電と、それが危険に至るギリギリを見切ってセーブさせる事ができる雷。この姉妹の絆、それを私は利用するのだ。私の目的のために。
けれどもその結果は、きっと彼女達のためにもなるのだと私は信じている。
――――戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって……おかしいですか?
今度はその問いに、私はしっかりと「間違っていないよ、電」と言えるように今は突き進むだけだ。
ふと時計を見る。そして私は無線機のマイクを手に取った。
大和たちの状況を確認するために。その状況如何で、電たちを突入させるタイミングが決まるのだ。
『こちら佐々木。五十鈴、状況はどうか。送れ』
無線独特の電子音が繰り返されるが、返事はいつまで経っても返ってこない。
いやな汗が背中に吹き出るのを私は感じた――――
◇◆◆◇
「……え、なにこれ」
五十鈴はそう呟やいた。その言葉は驚愕というよりは、今目の前で起こっている状況を受け入れたくないという否定が感じられた。
「や、大和さんッ!」
「大和……」
そして敵を攪乱するために、敵の合間を縦横無尽に動き回っていた島風と響がその異常な様子に気が付き、思わず足を止めた。
「え?」
何より当の本人である大和が、現状を全く理解できなかった。
彼女は己の背中に最大積載量まで換装された46cm三連装砲で目の前にいた鬼を薙ぎ払ったのだ。
そしてその結果、無残にも爆散すると思われた鬼の姿は消えており、自分の脇腹から黒光りする鋭角の艤装らしき物が生えていた。
――――真っ赤な鮮血で彩られながら。
「……イタイ? ネエ、イタイ?」
大和はゆっくりと声の方を見た。自分の右後ろ。身長の高い大和からすると、相当低い位置だ。
そこに居た。それはまるで子供だった。くりくりとした丸い眼。胸元が大きく開いたワンピースタイプの黒いパーカーを着こみ、細い首にはチェック柄のマフラーを巻いている。
その上位種と思われる小柄な深海棲艦の臀部から、まるで生き物の様な艤装が伸び、そしてその先端が大和の背中から前腹を貫いていた。
「…………こふっ」
大和が呆然とそれを見つめていると、彼女の口から小さな咳払いと共に鮮血が吐き出された。
それを顔に浴び、無邪気な笑顔を浮かべていたそれの凄惨さが増した。
子どもは無邪気に生きている虫を殺しては笑う。そんな無意識な残虐性がそれにはあった。
それを見た大和以外の艦娘は一瞬で我に返った。吐血するというのは相当に危険な状況なのだ。
そして誰かが叫んだ。悲鳴、或いは怒号。
自分たちの旗艦を傷つけられた。それだけで彼女たちには充分だったのだ。
殺意のみを剥きだしにして暴れるには。
そして目の前にいる敵など何するものぞと言わんばかりの勢いで、全ての艦が大和に向かって殺到した。いや正確に言えば、彼女を刺したその深海棲艦に向かってだ。
その射線上にいる敵は一瞬で屠られた。非力な駆逐艦である島風や響に至っても、立ちふさがる敵の顔面と思われる部分に直接砲口を押し当て、零距離から発射する。その結果敵は後頭部から真っ赤な脳漿を撒き散らして沈む。
航空母艦の中でも最も大きな積載量を誇る正規空母である加賀。今回、佐々木の下へと着任して、初めての大きな戦闘となった。
冷静で合理性を何よりの美徳とする彼女の均整の取れた美しい顔が、今は怒りの表情を剥きだしにして走っていた。
本来であれば後方から艦載機を飛ばして敵を翻弄するはずの彼女が、まるで巡洋艦のように走っているのだ。その手に持った弓を握る白い手は、怒りの余りに凄まじい握力で握られており、よく見れば血が流れている。何も出来ぬままに仲間を失う。それを今の加賀に許せる訳など無いのだ。
愛宕に至っては砲弾すら撃つこともなく、背中にぶら下げた錨を手に、物理的に立ち塞がる敵を排除しつつ最大船速で進む。普段の彼女が見せる何事にも動じない余裕は既に消えている。その表情はまるで夜叉。ただ敵を殺す事のみに特化していた。
翻って五十鈴に表情は無かった。それ故に他人が見たら肝が冷えるだろう。それはゆらりとした怒りの雰囲気が、まるで具現化したかのように彼女の背に浮かんでいたからだ。
高性能な電探を装備し状況を有利に持っていくための、言うなれば裏方に徹していた彼女であるが、今は能面の様な表情で、それでいて苛烈に大和を救おうと奔った。
「死ねえええええぇぇぇぇッ!!!」
誰かが叫んだ。いや或いは全員か。
そして大和のすぐ横で、耳を塞ぎたくなるようなおぞましい破裂音が周囲に響いたのであった。
生のトマトを力任せに握り潰したかのような、そんな音だ。
ピピッ、ガッ――――佐々木からの無線の呼び出しを示す電子音が静まり返った海上に広がったが、それに応答する者はいなかった……。
◇◆◆◇
木曾と暁は今、軍艦が具現した存在と言える艦娘がだ、丘の上で戦っていた。
艦娘とはその特殊な装備から、海上をまるでミズスマシのように高速で移動する。
それがアドバンテージとなり、本来は命中精度のひどく低い砲撃を、かなりの高確率で命中させる事ができるのだ。
つまり離れていては当たらないのならば、近寄って確実に当てればいい。そんな事を現実に行えるのが艦娘なのである。
ならば丘の上ではどうか。それは巨大な銃を持った少女が戦っているだけと言えよう。
少なくとも艦娘の耐久力は通常の人間には比べもにならない程にあるだろう。
それは人間であれば即死するような鉄の砲弾をその身に受けても服が破れる程度で済むのだから。
しかしそれは海上であればの話である。
丘の上では海上での機動力はゼロになり、実際の機動力はその艦娘個人の肉体に依存するのだ。
つまり重い物を持てると言うだけで、速さ自体は普通の人間よりすこし速い程度にまで落ちる。
確かに装備の威力は恐ろしい物があるにしても、それは当たってこその話でしかないのだ。
「こ、このっ、当たんなさいよッ!」
「暁、無駄撃ちするな。隅に追い込んでから撃て」
「分かってるわよ! もう、ほんとすばしっこいんだからッ!」
深海棲艦の駆逐艦のイロハと識別されるシリーズ。
それが今、彼女達を翻弄していた。
海上であれば木曾たちは全く苦労しないであろう駆逐艦に、今はいいようにされている。
たしかにそれら個人の戦闘能力は低い。しかし丘の上でも気にすること無く、それらは空中を浮きながら自由に動くのだ。
しかしそれだけでは無く、彼女達が苦労しているもう一つ大きな理由があった。
「お、お姉ちゃんこ、怖いよぅ。お母さんどこー……」
「大丈夫だ、必ず俺たちがお母さんのところへ連れていく。だからしっかりしがみ付いているんだぞ」
「う、うん……」
それは木曾の背中で泣き喚く少女を守りながら戦わなければならないからだ。
人命救助と逃げ遅れた住人の保護を任務とした木曾たちが、町に到着した頃にはほとんどの住人の避難は終わっていた。
それは佐々木が繰り返し行ってきた避難訓練の賜物であるが、それでも混乱の最中に親とはぐれた少女がいたのだ。
彼女達は海側から避難場所である町の外への方向に向かって、しらみ潰しに町内を確認するために移動していた。
それはこの襲来が海側から始まっているため、何か被害があるならば、最初に敵が襲ったであろう位置に近い方だろうと踏んだからだ。
そして木曾と暁は、瓦礫の中から小さな泣き声を聞いた。
それは普通の人間であれば見逃しただろう小さな物だ。
しかし深海棲艦と戦うために通常の人間の何倍もの身体能力を有する彼女達であったからこそ発見に至った。
それからの2人の動きは速かった。互いに頷き合うと、一足飛びに瓦礫へと殺到し、信じられない勢いで、さっきまで家だった残骸を素早く、それでいて丁寧に取り去った。
そこには瓦礫の隙間に膝を抱えて丸くなった少女がすすり泣いていた。
「もう大丈夫だぞ。俺たちが来たからな」
木曾は男勝りな口調を好むが、この時ばかりは女性的な優しにあふれた笑顔で少女を労わった。
少女は助かった安堵からか、木曾に飛びつき大声を上げて泣いた。
しかしそれがいけなかった。瓦礫がどかされよく通るようになった声が、敵を呼び集めてしまったのだ。
慌てて木曾は少女を背負い、暁を伴って外へと出た。しかしそこには鈍い赤色の明かりを発したおぞましい姿の深海棲艦が多数浮いていたのだ。
その数は約10隻。彼女達を包囲するように半円形に展開していた。
「いいねえ、こういうの。血が滾るよ。せいぜい俺を楽しませてくれ」
「み、見てなさい。突撃するんだから!」
瞬間、2人は戦闘態勢を取る。暁はその背中に艤装を出現させ、木曾は背中の少女を気遣い、その手に20.3cm連装砲を出現させた。
2人のセリフは少女を安心させる為に張った虚勢だ。状況は多勢に無勢、芳しくない。
しかしそこから逃げ出すほど、彼女達は甘ったれてはいない。
こうして敵を倒すでは無く、少女を無事に親元に届けるという難しい任務が開始されたのであった。
佐々木の鎮守府の夜はまだ明けない――――
つづく
今回できりの良いところまで行けず、3話で終わるという感じになりました。申し訳ありません。
なんで鎮守府付近にレ級がいるんですかねぇ……(白目)
もし艦これのゲームで1-1にレ級出てきたら誰もやらんやろね。
次回でこの話は大きな展開を見せつつ、戦闘が終結する予定です。
備蓄モードに入っている我が鎮守府ですが、ボーキが全然たりません^^
そして月初めのエクストラステージ攻略で、バケツ50溶かすという愚行。
もう\(^o^)/
米帝になればええんや……(遠い目)
皆さんはきっとうまくやり繰りしてるんでしょうね……