今回から最終章にして最終決戦に入ります。
運命編其一
「ようやく、全ての駒が揃った」
兵馬俑、祭壇、限界まで力を蓄えた太平要術の書、そして…
「かつて、西楚の覇王が使っていたとされる二刀一対の剣…」
これを掘り出すのには苦労したが、これもあの二人のおかげか
「これで、北郷一刀を…私の運命を変えてみせる!」
全ては、この時の為に…
†††††
大陸では雌雄を決する戦が行われていた。蜀と呉による連合軍対魏軍。決戦の地は赤壁。恐らくこの決戦で、大陸を統べる者が決まる…
はずだった
決戦は、意外な形で幕を閉じた。隣国の五胡が大軍率い攻めてきたのだ。その報を聞いた魏、呉、蜀は、戦闘を一時中断、協力して五胡の迎撃に向かった
そんなデカい戦がある中、私たち『晋』の従業員は洛陽付近の高原にやってきていた。そこには、元董卓軍の将兵や軍師、それに華佗と華雄が布陣していた
そして前方には、無数の心ない人形の軍団に動く祭壇が砂塵を上げて向かってきていた
「数は…ざっと見積もって1万以上だな」
私は目を凝らして眺めた。あれだけの数、よく用意できたな
「対して、こちらは5千ちょい。兵法の定石では既に不利ね」
詠は敵を眺めつつ、こちらの軍を見ていろいろ思案しているようだった
「加えて、この地形じゃあ策の施しようもない」
零士の言う通り、ここは高原で、ほとんど何もない。奇襲や伏兵は仕込めない
「さらに言えば、あちらは死なない軍団。長期戦に持ち込めばこちらが崩れます」
月は大型の狙撃銃を調整しながら言った
「かー!全く厄介ですねー。でも絶対にぶっ飛ばす!」
悠里は準備運動の如く鉄棍をぶんぶん振り回していた
「……全部、倒す」
恋は簡単に言ってくれるな。それに本当にそんな気がしてくるから心強い。だが、それでも確かに厄介だ。もし貂蝉と卑弥呼からの情報がなかったら、完全に詰んでいたな…
†††††
三日前
「一体何があった!?」
私達は桜に緊急で招集され、洛陽にやってきていた。そこで待っていたのは、ボロボロにやられていた貂蝉と卑弥呼の姿だった
「あらん零士ちゃん。みっともないわぁ、こんな姿晒しちゃうなんて…」
「不覚…張譲め…とんでもない者らを復活させおって…」
「何があったんだ?」
この二人の実力は知っている。だから二人がこうもやられるとなると、ただ事ではないことがわかる
「二人は、俺としばらく別行動をとっていたんだ。なんでも、気になるところがあるとかで。向かった先は泰山の奥地、そこにある神殿だ」
華佗が二人を治療しながら答えてくれた
「ずーっと網を張ってた甲斐あって、ようやく張譲を捉えたのよん。でも、少し遅かったわ。奴らは、既に準備を終えていた」
「わしらも失念しておったよ。奴の太平要術の使い方に」
「太平要術の使い方?」
私は今までの、張譲が関わっていたとされる事件を振り返る。
黄巾では民衆の魅了と扇動
反董卓連合は群雄割拠の引き金
袁紹は操り
孫呉では強化
そして悠里の時は蘇り…
「なるほど、試していたのか。太平要術がどこまでできるのか」
あいつは、今まではただ実験をしていたと、そういうことなのか
「十中八九そうだろう。今までの事件は、奴にとって太平要術の書の力を、奴が使いたい力を使えるか確認するため。奴がこの瞬間に全てをかけれるように」
「今ご主人様、北郷一刀がどこで何してるかは、知ってるわよね?」
貂蝉が言う。北郷一刀の所在?あいつは確か赤壁…いや、今は五胡との国境沿いか
「……!!まさか、張譲の狙いは初めから一刀君か?」
「それしか考えられないわねぇい」
北郷一刀が狙い?確かに北郷一刀の軍は、赤壁での決戦で疲弊しているだろうし、三国が手を組んでいるとは言え、五胡の迎撃という連戦を強いられている。間違いなく弱っているだろう。だけど…
「仮にそうだとして、何故今まで狙わなかった?いくらでも機会はあったはずだ」
黄巾の時も、連合の時も、入蜀のときだって。あいつの力があれば、暗殺くらい容易いだろうに…
「かつて、それがことごとく失敗するとわかっていたら、どうかしら?」
わかっていたら?結果を?そんな未来を見るなんて…
「いや、ちょっと待て。まさか…」
私は零士を見て思う。こいつはある程度の未来を知っている。それは別の世界からやって来たから。となると張譲も…
「…あいつは、別の外史の記憶を持ち合わせているわ」
「……なるほど、そりゃ最悪だ」
結果を知っている。だから、今までは力を抑え、ここ一番で全力で叩く気か
「おい貂蝉、奴には協力者がいるんじゃないか?それも、お前ら側の。張譲はだいたい連合時期に死ぬんだろ?それ以降の記憶はないはずだよな?なのに、この時を狙うとなると、第三者の入れ知恵がなきゃおかしいよな?そして、それが可能なのは外史の管理者サイドの人間だ。違うか?」
零士は僅かに敵意を出し、貂蝉に問い詰めた。その話が真実なら、こいつらも敵になる
「えぇ。考えられるのは2人しかいないわ。于吉、そして左慈だと思うわ」
于吉に左慈?聞いたことのない名だな
「于吉だと?お前は以前、奴は死んだと言っていなかったか?」
零士は知っているのか?それに死んだだと?
「確かに死んだわ。死体も回収済みよ。でも、奴らがもし、奴らの記憶を張譲に譲渡していたとしたら、どうかしら?」
「そんな事が可能なのか?確かにそれなら…だが、何故その結論に至った?」
「やつの戦い方だな。左慈に武術を仕込んだのはこのワシだ。そして、張譲には奴のクセを感じられた」
「それに、あいつの妖術、あれは紛れもなく于吉のものだった。于吉と左慈の記憶が、力が、張譲にはあるのよ」
「ちょっと待て。なんだってそんな事…その2人はお前ら側の人間なんだろ?」
さっきから、いったい何だってそんなことに?管理者は北郷一刀を護る為にいるんじゃないのか?
「簡単に言ってしまえば、あの2人は北郷一刀を憎んでいた。そして自分達には抗う力を残されていなかったから、全てを張譲に託した。北郷一刀を倒すためだけに」
「北郷一刀を倒すため、つまりは世界を壊す気でいるのか」
そんな事に、なんの意味が…
「いや、今はそれよりも、奴を止める事が先決だな。卑弥呼、お前さっき、とんでもない奴とか言っていたよな?それは誰だ?」
「かつて、西楚の覇王と唄われたものだ」
「!!項羽?そんな伝説級の奴が復活したのか!」
なんて馬鹿げた力だ、太平要術…
「蘇ったのは項羽、虞美人、季布、龍且の四人よ」
「以前、洛陽で妖刀の盗難、そして殺人鬼の蘇り事件があったであろう?あれ自体が陽動であったのだ。本命はこっち。西楚の軍勢の復活であった」
桜が部屋に入って来て言った。あの事件で注意を逸らし、その隙にってか。なかなかとコソコソしているな
「さらに、奴は兵馬俑と結界祭壇も有しておる。兵馬俑は命のない自動人形。これがなかなかに厄介なのだよ。なにせ死なんのだらな。そして結界祭壇は四つの祭壇の力を使って結界を施す。恐らく太平要術の書を守るためのものだろう」
「四つの祭壇って事は、四つにそれぞれ過去の英傑が布陣してるでしょうね」
「勝ちの目が薄すぎるな」
私は詠の読みに同意し、思わずそう呟いてしまった
「だが、奴らに勝てるのはお前達だけでもあるんだ」
「どういうことだ?」
華佗の発言に、零士が聞き返す。私達だけってどういう意味だ?
「祭壇は特定の力を有している物でしか破壊できない。その特定の力は龍の力。つまり…」
「…なるほど、これのことか」
私、悠里、そして華雄が自前の武器を見つめる。以前、零士が作ってくれた龍の素材から成る武器だ。確かにこいつには、不思議な力が宿っている
「…恋には、ない…」
恋が悲しい顔をしている!?
「おい零士、恋にも作ってやれ」
「ちょ、ちょっと待って!あれ結構疲れ…」
チャキ
「さっさとしろ」
私はナイフを取出し、零士の喉元に突き付けた
「はい!できました!はぁはぁ…ど、どうぞ恋ちゃん…」
「♪」
恋は新しく手渡された方天画戟を見つめ、ご機嫌になったようだ
「さぁ、武器は揃ったな。奴の狙いが北郷一刀なら、恐らく奴の背中を狙うだろう。五胡と兵馬俑に囲まれちゃあ、さすがのあいつもひとたまりもないな」
「それに今は、五胡と戦っているのは北郷さんだけじゃありません。華琳さん達も危ないです」
「勝ち目が薄すぎても、これはあたし達にしかできない事ですね」
「僕らがやられたら、この大陸も終わりでしょうね」
「奴には散々掻き回されたんだ。ここできっちり落とし前つけとかなきゃ、いけねぇよなぁ」
「家族を傷つけた奴、許さない」
「はは、みんなやる気満々だ。だけど、家族を、友人を守る為にも、ここは退けないな」
私達『晋』の家族が皆武器を手にし立ち上がる。私たちの気持ちは一つになっていた
「やってくれるか?」
華佗が聞いてくる。それに対し私たちは皆で強く頷いた
「もちろんだ。張譲は、必ず殺してみせる」
私の手でケリをつけてやる
「無論、我も手伝おう」
「私たちも、張譲を討つ為に力をつけました。そして、今がその時です」
「月様、劉協様、今こそあの時の雪辱を晴らしてみせましょう!」
桜、京、高順さんも立ち上がる。これで、あの連合時の雪辱戦に挑めるだろう
「なら、さっそく軍議だ。編成、兵糧、奴の進行経路、全て割り出して今日中に構えるぞ!」
†††††
現在
三日という期限があったのが幸いした。私たちは奴の進行上に拠点を構え、零士の魔術で武装改造を施し、万全の状態で望めるようになった。それでも、あの数は辛いがな
「祭壇は五つか。外回りに四つとその中心に一つ。中心にいるのが張譲と太平要術で間違いないだろうな」
「射程圏内に入ったら、撃ってみますね」
月が大型の狙撃銃を構えて答えた。この武装拠点、ほとんど月の為に作ったものだ。零士が休み休み魔力を使い、出せるだけ武器を用意した。月の狙撃能力を限界まで活かせるだろう。だが…
「本当にいいのか月?お前、戦闘は苦手なんだろ?」
本来、月は非戦闘員だ。拠点で戦うと言っても、恐怖は感じるだろう
「もちろん怖いですが、でも苦手だからと切り捨てて、皆が頑張っている中何もしないなんてできません。私は、私のできることをしたいんです!」
それは、とても力強い言葉だった。月は覚悟を決めていた。今の月なら、十二分に戦えるだろう
「月は僕達が守るわ。だから咲夜、あんたは必ず張譲を倒すのよ」
詠と京さんは、それぞれ兵を率い、人形の足止めをするとの事だ。その間に私、零士、悠里、恋、華雄の五人で祭壇及び太平要術の書の破壊を決行する。私たちが失敗すれば、ここの人間全員を殺すことになる。失敗は許されない
「張譲は僕が相手をしよう。奴は何をするかわからないからな。足止めという意味でも、僕が行った方がいいだろう」
「なら私らで祭壇を破壊だな。誰がどいつに当たるか楽しみだ」
「できれば私は項羽と戦いたいな。伝説の覇王と交えるなど、こんな好機ないだろう」
「あたしは虞美人さん見てみたいなぁ。どんな絶世の美女なんだろう」
それぞれが戦に備える。皆、これから殺し合いだってのに、ずいぶんと余裕だな
「部隊の展開、終わりました。いつでも出れます!」
京さんの報告を確認し、私達全員が力強く頷いた
「よし!月!そっちはどうだ?」
「こちらも後少しで射程圏内に入ります!」
月は拠点の狙撃地点に陣取り答える。準備完了だな
ダァァァン!!
「!!?」
突如、とんでもなく禍々しい気が辺りを覆った。なんだこいつは!空気が重い!
「なるほど、気は世を覆うって逸話は、あながち嘘じゃないらしい」
兵はこの気に当てられ、少し怯んでしまう。だがそれでも、彼らの目はまだ死んでいない。大した奴らだ
「桜、号令だ。頼むぜ」
ここは一つ、桜に頼むか
「本当に我で良いのか?我より咲夜の方が適任であると思うのだが…」
「私らの総大将はお前なんだ。それに、ここにいる人間は皆お前を信じている。そのお前の言葉だ。士気も上がるさ」
「わかった!」
桜は拠点の上に立った。その姿は幼いものの、凛々しく、しっかりと王の風格を感じさせた
「皆のもの!ついにこの時が来た!かつて我らを苦しめ、皆をバラバラに引き裂いた我らの敵!その敵、張譲が今度は世界を壊そうとしておる!立ち上がれ最強の兵達よ!今こそ雪辱を晴らすのだ!そして皆を護れ!この大陸を救えるのはお主たちだけである!一兵たりとも死ぬことは許されぬ!臆する事はない!我らには、最強の武人がおる!」
私、零士、悠里、恋、華雄はそれぞれ武器を掲げる。その姿を見た兵は目を輝かせ、雄叫びをあげた
「行くぞ!我らの最後の戦いだ!全軍、抜刀!」
ジャキン!
「突撃!!!」
大陸を護るもう一つの決戦が、切って落とされた