膠着してしまった場を壊す勇気はなかった。
許されるのであれば、小便に行くかのごとくこっそりとお暇したかった。
ちょっと一週間のリフレッシュ休暇を挟んでから出直したかった。
悪化どころの話ではない。泥沼だ。
打開策なんて、たった二つしか思い浮かばない。
「おい、貴様に呆けている余裕があるのか?」
はいはいスルースルー。呆けている余裕どころか冷静になる余裕すらねーんだってのイライラすっから黙ってろよ。
糞餓鬼を無視して無防備晒しながら紅椿を観察する。
紅椿を頭から胸元まですっぽりと覆い尽くしている、まるで寄生虫を連想させる装甲は一切の連絡を遮断する。
ISのリンクは切られていないので、受け取った外部情報をあの悪趣味なヘッドパーツが止めているのだろうか。
いや。通信も肉声も視覚情報も、もしかしたら届いているのかも知れない。
届いていたとしても、搭乗者の意思が読み取れない時点であまり問題としては変わらないのだが。
真剣にどうやって逃げようか考え出した矢先に、紅椿が動いた。
最新鋭機、そのISパワーを存分に発揮し、両腕で力強く引き裂こうとした。
己の、腹を。
自らを攻撃しようとする腕と、自らを守ろうとする絶対防御が激しい音を発しながら拮抗する。
拮抗し、絶対防御がほつれている腹部を晒しながら、目線すら感じられない彼女の『願い事』を、俺は感じ取った。
「フザけんな、クソッタレ」
―――己を貫けと。
そう、声すら届かない願い事が、俺に届いた。
脳漿が沸騰する。さながら瞬間沸騰湯沸かし器。
コントロールは奪われている筈なのだ。現に絶対防御は発動している。彼女の支配下から紅椿は離れている。黒いISが『ナニカ』に操られているように、紅椿も同等の『ナニカ』を奪われいるのは間違いない。
それを「たかが」意思の強さだけで引き剥がしながら、元トップランナーである俺の姉すら恐らく成せない強さがありながら、なんでそんなゴミみてぇな結末しか望まねえんだ。
俺にお前の墓を掘れってのか? 笑えねえしお断りだよぶっ殺すぞクソッタレ!
彼女への罵倒が怒涛に湧き出で溢れだすと、俺は意識を吸い取られた。
怒鳴り散らしたい。文句が言いたい。話がしたい。―――繋がりたい。
キーになったのは、たぶん素朴なそんな想い。
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[ お前には夢がある ]
重力、むしろ上下の概念すらない世界。
ISのコア・ネットワークにより編まれた集合的無意識。
物理的な制約など何一つない、距離も時間も関与せぬ異界。
俺は、二度目であるこの現象を本能的に理解していた。
[ 私には夢がない ]
ラウラ・ボーデヴィッヒの事を想い、心の底から彼女の事を識りたいと願った結果、俺は彼女の過去を覗き見し、彼女の心に触れた。
裸のラウラと触れ合った。俺達は通じ合い、心を深く重ね合った。
アンタはおかしいと思わなかったのか?
例え織斑千冬という確執が消えたとして、たかが十数時間で殺したいとむしろ殺そうとしていた男を、突然愛してしまうなんて。
俺だってそうだ。
身内を傷つけた女を、俺を唾棄すべき汚点とすら言い切った女を、そう簡単に許せるかよ。
俺達は此の場所で互いを、余すことなく理解した。理解し合った。
俺も、彼女も、それを懇願したから。
[ 私には道がない。私には義がない。私には決意がない。私には敵がいない ]
探す必要はない。
此処には距離がない。この殻(カラダ)だって、俺達が情報に沈んでしまわぬ為の個を保つ囲いだ。
だから、すぐに見つかった。
たゆたう、裸の彼女が。
強いくせにウジウジしてて、人見知りのコミュ症のくせに強引で、傲慢なくせいに心配性で、後ろ向きなくせに負けず嫌い。あとおっぱいが大きい。
篠ノ之箒。
居場所をなくしたオリムライチカに、名前をくれたんだ。
俺という個人を、ユニークな存在にしてくれたんだ。
俺にとって特別な女の子だ。
「だから、殺せってか?」
[ 意味が、ないじゃないか。私だって精一杯やった。
ISに乗って、戦闘をして、今はこうして、お前の足を引っ張っている。
これ以上、どうしろというのだ。これ以外、どうしろというのだ ]
悩みと痛みは、言葉を介さずダイレクトに俺に伝わる。
俺と彼女は今、精神が繋がっている。
何もかも伝わっている。何もかも劣化せず、伝わってしまう。
「馬っっっっ鹿じゃねーの、お前?」
だから、俺は叫ぶよ。
だって、いやだよそんなの。
大方あれだろう? 自己犠牲美しいとか、一生俺の傷として心に残るとか、そんな感じだろう?
やだね。いやだね。ぜってーお断りだ。
俺に、お前の墓を掘らせるな。
[ ならばどうするのだ。お前が死ぬか? それこそイヤだ。認められない。
私も殺さず、お前も死なず、丸く収める方法なんてない。
なら、せめて]
せめて。
せめて、夢がある。道がある。願いがある織斑一夏に生きてほしいと。
そう、零した。
「俺が死のうがお前が死のうが、世界はなんにも変らねえよ。
お前を殺したらなんでも上手くいくなんて、夢見てんじゃねえよ!」
零すのはおっぱいだけでいい。
すげえなソレにしてもすげえなすげえよホントまじすっごいコレ。
[ なら、お前はどうするのだ? ]
存在しない筈の空間が狭まっていく。
俺と箒ちゃんのリンクが切れていく。
遠ざかっていく。
距離なんてないのに、時間なんてないのに。
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ほんのマバタキの間の出来事だ。
現実世界に帰還した俺は、あの現象がほんの数秒に満たないものであることを確認した。
なんとかする。
最後に言いそびれた言葉。
なんとかする。
俺も死なず、お前も死なず、なんとかする。
それがどれだけ難解な問いかは、考えることを放棄し忘れた。
なんら好転していない現状を、打破する手段は―――ある。
確固たる手段が、俺にはある。
覚悟を決めろ、織斑一夏ッ。
「ああ、殺してやるよお望み通り」
雪片弐型の切っ先をクソ気に入らない女に向けて、啖呵を切る。
「おいテメエ。お望み通り、本気でヤッてやる。
―――今から往く、逃げんなよ」
「ック」
我慢出来ずに漏れた声は嬌声にも聞こえて、耳に入ると虫唾が走った。
唇の端を卑しく釣り上げた笑顔は、唾棄すべき醜さを感じさせる。
「騒ぐな。騒ぐなよ。私に触れられもしない雑魚が、何を口にする?
そうやって強い言葉を使わなければ、劣っていることを隠せないか?
ガタガタ能書き垂れる暇があるなら、来い」
これは殺人に非ず。
奴は日本国籍を有さず。他国の国籍も有さず。
人権を有さず。
ならば、人に非ず。
これは殺人に非ず。
俺なら出来る。
俺なら出来る。
俺なら出来る。
俺なら出来る。
俺なら出来る。
俺なら出来る。
俺なら出来る。
俺なら出来る。
俺なら出来る。
左手に雪片を持ち、変形させる。
展開装甲。雪片は俺の意思を汲み、その形状を薄く薄く硬く重く変えていく。
クロー型にした雪羅を顕在させ、雪片の峰を握り込んだ。
構えはさながら抜刀術。
呼吸を整え、精神を落ち着かせる。
これは殺人に非ず。
単一技能・零落白夜。
それはエネルギーを無効化する特性を持つ、摩訶不思議なエネルギー生成技能だ。
エネルギーとは粒子であり、波である。
波、つまり波長なのだ。
変動する波長が、波を重ね合わせる事により対消滅を起こす。
ならば。
ならば、零落白夜が零落白夜と重なるとどうなる?
波長が自由に変動する摩訶不思議なエネルギーといっても、法則性はある。
零落白夜と零落白夜は互いの波長に干渉し合い、打ち消しあう。
通常のエネルギーと同様に、対消滅を起こしてしまうのだ。
しかし。
しかし、もしもこれが対消滅を起こさなかった場合どうなってしまうのか?
ISと呼ばれる世界最高峰の兵器、そのエネルギーを悉く無効化する程の出力を誇る零落白夜を、例えば対消滅させずに運用した場合、どうなってしまうのか。
まして零落白夜に零落白夜を乗算してしまった場合、どうなってしまうのか。
その答えは、これから形になる。
自分の内側へ埋没する。
呼吸を深め、深く深く自己へと浸水する。
触れろ、俺の願望に。
人の強さは心の強さ。
これからするのは大道芸だ。
ハートが負けてちゃ成立しないチキンレース。
だから、触れろ。俺の願望に。
機体のマニューバーは単調なもので、ともすれば蜂の巣にされてもおかしくはない。
しかしチャチな小細工どころか、接近を阻む射撃すら行わない。
なぜなのか?
あの女は感じているのだ。
俺が本気だと。
俺が本気で、殺しに来てると。
逃げる訳にはいかないのだ。
俺を完全に否定する為に、俺を完璧に凌駕する為に、真っ向勝負するしかないのだ。
でないときっと、一歩も前に進めない。
―――俺が、そうである様に。
埋没した心理が俺の願望に混じり、自然と口から毀れる。
「ヒカリになりたい。貴方の
逃れられぬ闇に囚われている貴女の、絶望を切り裂く光源でありたい。
諦観、挫折、狂信、依存。貴女を取り巻く悪感情を遍く祓う存在でありたい。
貴女に関わる全てに、潰されない自分でありたい。
「ヒカリになりたい。貴方の
凍える貴女を暖める太陽でありたい。
餓える貴女を潤す恵みでありたい。
暗いセカイを根底から塗り替える、炎の塊でありたい。
「ヒカリになりたい。貴方の
誰にも頼らず輝ける己でありたい。
貴女に迷惑をかけずとも生きていける強い己でありたい。
貴女の影に隠れてしまう己を、否定できる己でありたい。
敵は眼前。
白式が制御する雪片の零落白夜に、俺は雪羅の零落白夜を重ね合わせる。
フレーム単位で変動する波の周期は、人間に感知できるものではない。
しかし、互いが消し合うエネルギーのバイオリズムを、俺が最大点で崩すのだ。
正の極限、負の極限を奔走する双曲線を支配する。
だから、俺の心に触れろ。
望んだ結末を引き寄せるのは、己が望んだ結末を呼び寄せるのは。
心、なのだから。
アンタも、そう思うだろ?
「
唱えた眦に感応し、俺のとっておきは形を成す。
集え、極光よ。
雪片弐型と雪羅の零落白夜が共振する。
互いが互いのエネルギーを打ち消そうと反発しながらも対消滅を誘発し振幅を増しながらも加速的に収束する。
そして、弾けた。
空が、白に染まった。
白色は、認識出来ない光の強さが網膜の色を塗り潰した結果だ。
あまりの眩しさに失明しかねない。
溢れ洩れたエネルギーは光へと変換され、まるで太陽と見間違う明かりを産み出す。
光と共に放たれた刃は、刹那すらも置き去りにその役目を終えていた。
零落白夜の反発エネルギーによって射出された雪片は、光速に迫る速さで振るわれた。
其処にあった銃弾も、銃身も、銃底も、装甲も、飛行ユニットも、シールドバリアも、絶対防御も、空気も、空間も、一切の存在を抵抗すら許さず絶った。
俺と白式だけのとっておき。
零落白夜の二重運用による一撃必断の光速斬撃。
ヨルを染め上げるシロ。
零落抜刀、―――白夜。
輝きが収まり、俺は結果を知る。
ISの物質化を維持出来ず、落下する気に食わない顔した女。
アイツが本能的に一歩引いていた。
アイツのISが、射撃する時の反動を意図的に消さなかった。
アイツが銃を突き出す形で構えていた。
アイツのISが、飛行ユニット前に出す事で機体を後ろに下げた。
俺が一歩、踏み込み損ねた。
殺すつもりだったし、殺したつもりだった。
それでも、生きている。
生きていることにほっとしている。
なんだよ、ビビッてんじゃねーよイッピー。
そんな余裕こいてられる状況じゃねーだろ。
この高さから海面に落ちて無事でいられるとは思わない。
でも、この手に人殺しの感触が残らなかったことに、心底安堵している。
機体の関節から煙が上がり、ステータスモニターからは矢継ぎ早にアラートが鳴り続ける。
振り切ると同時に量子化した雪片は、取り出すと表面が赤熱化しており、「耐えてみせたぞ」と自分の所業を誇っているようだった。
絶望的な状況は一ミリも変動しちゃいない。
お邪魔虫な紛い物こそ沈めたが、黒いISは健在でシールドエネルギーは満タン。
乗っ取られた紅椿は、距離を取り静観している。
二人がかりで敵わなかった相手に、一人で挑まなければならない。
対して俺のISはエネルギーが尽きかけている上に、とっておきを使った反動で関節やらから煙が上がる始末。
もしこれがRPGだったら、イベント戦闘で負けてもいいんだろうけど。
頭の理性的な部分がずっと逃げよう逃げようと騒がしいのを、奥歯を噛みしめて黙らせる。
「なんでこうなるんだよ。何が原因で誰が悪いんだよ」
待ちわびたとばかりに、待ちかねたとばかりに、俺の必殺に充てられた黒いISが最前列へ躍り出た。
曲線の軌道から、ブレードが大きく弧を描く。
俺を、舐めきった攻撃。
「人様が穏便に穏便にすべて丸く収まる様に苦心してらっしゃると言うのに。
はしゃいで喚いてやらかした末に、なんでもかんでもオジャンにしやがる」
それを俺は雪片で軽く払う。払う。払う。
小手調べですらない、俺をおちょくった攻撃。
本気を出させようと、挑発しているのだ。
「糞だよ、糞。テメーらも、国家も、社会も、ISも、全部糞ッタレだ。
誰かの大事なモノをみんな蔑ろにしてやがる。自覚も無しに」
雪片を格納し、相手のブレードを片手で掴み取った。
間髪なく放たれるパンチに、肘を合わせる。
「いつもいつもいつもいつも。何様だテメーらは。
強いことがそんなに偉いのかクソッタレ。
そんなに力が好きなら野生に還れや野蛮人共が」
力任せな俺の蹴りは軽く躱され、カウンターにこのゼロ距離でイグニッションブーストナックルを食らった。
んだそりゃ。そういう小技は俺の専売特許だろ訴えんぞこの野郎。
「アンタに届かないだろうけど、言わせてもらうぜ。
ふざけんな臆病物ッ、逃げてんじゃねえよッ!」
両手に武器を顕在させ突撃する。
雪片と雪羅のコンビネーション、零落白夜のバリエーション。
十を超える連撃の中、無作為に単一機能を瞬間起動させる。
一発の受け漏らしも許さない二刀の剣。
零絡百刃。
「楽な方楽な方に逃げやがって! 力にモノ言わせて強要しやがって!
そんなに偉いのかよ! たかだか『強い』って価値観が、そんなに重いのかよッ!」
受け止められたとしても、刃先が届かなくても、切っ先上に機体があれば瞬間的に零落白夜を発動し、強制的に絶対防御を発動させる。
第二回タッグトーナメントの決勝戦まで隠していたけど邪魔されて日の目を見なかった奥の手。
俺が、俺と白式の性能を充分に引き出す為に考え、練習した。
汗を滲ませて、吐き気を飲み込み、ぶっ倒れるまで、否。
ぶっ倒れてでも扱えるようにと練習した、近接戦闘における単一機能の瞬間起動。
自画自賛してなんだけど、零絡百刃は中々厄介な技に仕上がった。
ISでの訓練もさることながら、箒ちゃんに頼み込んで剣の方も扱いてもらったもんだから、そこそこな完成度に達成したのだ。
二刀なんて面白行動を剣道部の皆様に笑われながらも、箒ちゃんに散々ボロクソにされながらも、ガチにやったんだよ。
だけど。
どれだけ強力な攻撃も、中らなければ意味がない。
「ンダラッシャー! ッガボ」
切り下ろしからの突きが、衝撃として俺の脇腹を下から突き上げる。
呼吸が止まってしまうのは生理現象だ。そして、呼吸と共に体が硬直してしまうのも人体として避けられない仕組みである。
その隙を見逃す敵機ではない。すがさず蹴りを放たれ、距離ができた。
蹴り? 蹴りってなんだよ。大技すら狙える俺の弱みを見逃して、距離まで与えやがった。
これ見よがしの手加減。苛立ち混じりに唾を吐いた。
誘ってやがんだよ。
俺に使えって言ってんだよ。
俺の殺意を求めてんだよ。
俺に、欲情してんだよ。
なんだよ欲求不満ども、盛ってんじゃねえよ。
するりと左手の装甲を解除し、頭をガシガシと掻いて、その手をそのまま眺める。
この手には、きっと色々な可能性がある。
誰かと手を繋ぐことを、誰かと心を繋ぐことを、成し遂げることが出来る手だ。
我が手ながら素晴らしい手だ。輝かしい未来を秘める手だ。誰かと触れ合える手だ。
俺は、繋がりたい。
けれど、手を伸ばさない人にはどうすればいい?
とっくに集中力は途切れている。
戦意摩耗で疲労は困憊。
シールドエネルギーは極小。
もう、いいか?
もう、いいや。
「夏の灯に、千切れて消えろ」
貴女を忘れる。
貴女を忘れる。
貴女がくれた体温は、とっくに忘れた。
「じゃあな。潔く、逝けよ」
型に入る。
静かに呼吸を止めて、死を意識する。
誰だか忘れたこの人に、俺は殺人の童貞を捧げるのだ。
何故だか、涙が出そうだった。
「愛は迷走の子、幻滅の親」
この胸に去来する感情は、俺の記憶に由来するものだ。
簡単な感情ほど、産まれて消える泡沫の燈火。
熱だけを残し、儚く失せる。
「愛は孤独の慰めであり」
この胸に空虚が、貴女へ繋がる唯一の教唆。
けれども俺は、それを殺した。
とても大事だった源泉は、意だけ残し『 』を亡くした。
「そして愛は、死に対する唯一の救済である」
真ん中だけ刳り抜かれた俺の心は、死んだまま俺を焦がす。
核を取り除かれた俺の『 』は、残骸だけで存分に掻き乱す。
まるで、陰性の癌細胞。
「
俺の極光剣が臨界を迎える刹那、殺意が疾走する。
それは奇しくも、単一機能『零落白夜』を携えた剣戟。
刀の銘は、―――雪片。
かつて、世界を制した刀の名だ。
潤沢なエネルギーに物を云わせ伸ばしに伸ばした光刃は零落白夜で染め上げられており、それが必滅であることを雄弁に語っている。
一息の二閃。左からの攻撃に白式の絶対防御が発動し、右からの攻撃は雪片弐型―――の零落白夜に干渉した。
右腕がぶっ飛ぶ。あまりの衝撃に肩から先が爆発したのかと思った。
雪片と雪片弐型の零落白夜が同調し、波を違えた雪羅が右腕ごと弾き飛ばされた。
あ、ヤバイ。
そう思う間もなく、間合いに入る。
白式が、前進する。
いや違う、俺が後方に射出されたんだ。
目に映る背中。
白い機体は搭乗者のいないまま黒い機体の間合いに入り、バラバラに刻まれた。
バラバラバラバラに散らばった。
切り上げて右手首、右肩部、切り下して左腕部、左大腿骨、水平に胴体を真っ二つ。
中空に停滞した一瞬で、俺は。
俺の半身が失われたことを確認した。
手を伸ばす。
黒いISも、紅椿も、迫り来る己への追突死すら忘却し手を伸ばす。
アレは俺ので、俺で、俺と運命を共にする俺の剣だった筈だ。
俺が死ぬならアイツも死ぬし、アイツが死ぬなら俺も死ぬ筈だ。
それをあのクソッタレ、裏切りやがった。
土壇場で、俺のことを裏切りやがった。
俺の手は何も掴まず、中空を漕ぐ。
浮遊感は消失し、すぐさま俺の身体は落下する。
ついさっきまで胸を占めていた怒りは消え去り、恐怖が俺を支配する。
ちょっとタンマ。マジで無理。
あまりの怖さに睾丸が体内に競りあがるのを感じた。
昔ネットで見たスカイダイビングの基礎を思い出す。
腰を突き出し、膝を畳む。安定するまでこの姿勢をキープ。
頭から落ちるのだけは避けなければならない。
腹部や腰を打ちつけのも駄目だ。
手足や肩から着水し、なんとしてでも生き長らえる。
四肢が骨折しようが、命には別状ない。
即死だけは回避する。
死にたくない。
死にたくない。
顔をうちつける強風に目を逸らしそうになるけれど、それでも海面を見据える。
死にたくない。死にたくないし、死ねないだろ。
俺の相棒が、自身を犠牲にして生かしたんだ。
死ねる訳、ねえだろ!
体勢が安定したら、両手を広げて風をつかむ。
まるで銃弾を受けたみたいな衝撃が腕を伝播し、遅れて軋んだ骨格の痛みを伝えてくる。
痛みが逆に有難い。
ジョバ(イッピー語:激しい失禁の意)っちまいそうな内臓共に、それどころじゃねえって現実を叩きつけてくれるから。
さーて海面が近づいて参りました。俺の海綿体は反比例してもう小指ぐらいに縮小しているんではないでしょうか超怖ぇぇぇぇ!
腕と脚をそれぞれクロスさせ、変形四つん這いのかっこうで落ちるぞ、いいな? いいな!
良くないけど死にたくないからやります! イッピーイキマースッ!
と、気合を入れケツの穴を閉めた折に、ふと背中に引っ張られる感覚を覚えた。
それからゆっくり速度が低下し、俺はISスーツの首根っこをつままれた子猫みたくプラプラとハングドマンされている。
嫌な予感しかしない。
俺はきっと、ISに吊るされている。
んで、持ち方的に「安全は保障するけど、むしろ安全しか保障しない」感じです。愛情を感じない。
一先ず、挨拶か? それともお礼か?
「どこのどなたかご存知ねーですけど、どうも織斑家長男の一夏君ですありがとうございました!」
「相変わらず、生意気な上に腹が立つ少年だな」
あん? お知り合いですか無駄に畏まってしまったじゃん。
吊るされたまま無駄にキメ顔でシャフ度をキメる。
ブロンドで眼鏡で、知的にロックしてそうな美人さん。
……誰だよ。
「キミ、もしかして私の事」
「覚えていますとも! 俺があなたみたいな美人を忘れる訳がないじゃないですが」
誰でしたっけ?
やっべぇ記憶から出てこない。
ISは原型を留めていないカスタム機で、特定が難しいがヨーロッパ系の流れを汲んだガッチガチの実戦仕様。
プランプランしながら海上を運ばれる。
そう遠くない場所に停泊していた中型船舶の甲板に近づき、優しくおろしてくれると思いきや2mの高さから投げ落とされた。
愛がねえなあ。
高高度ダイビングをついさっき体験してきたイッピーは華麗に着地、しようとして予想外に疲れていたのか膝を着いた。
地面に足をつけ安心したのか、どっと疲れが押し寄せる。
「どうやら無事の様だ。なによりだ、オリムラ」
「ボロクソのかわいそうな16歳男子を目の前によくそんな台詞が出ますね、ダヴィッド社長」
俺が降ろされた船の上、汗を滲ませるこの日差しの中涼しい顔して崩すことなくスーツを着た、ナイスミドルな叔父様。
デュノア社の代表取締役、ダヴィッド・デュノアがそこにいた。
「会社以外でご尊顔を拝見する機会が多いのですが、暇なんですか社長?」
「各国の精鋭が揃いも揃って、たった一機のISも止められない異常事態だ。
忙しい所の騒ぎではない。それぞれが自国の防衛と情報規制に泡を噴いている渦中だとも。
後、気持ちの悪い敬語を今すぐやめたまえ。これ以上続けるのであれば、相応の対応を取ろう」
だよなあ。
単機のISを止められないなんて、国の威信に賭けてあっちゃいけないよなあ。
だってソレ、軍事行動だったら国が滅んでてもおかしくないってことだもん。
「ダヴィッドさん、そう言うならいっそう、ココにいるのが違和感なんだが」
「なに、私もついさっき彼女に運ばれて来たところだ。小一時間前まで会社で仕事していたとも」
「そうかよ」
視線も向けず親指で指し示すイケイケなランナーさんはそっぽを向いたまま滞空している。
俺は適当に相槌だけを打ち、甲板の全体像と自分の位置を想像する。
そろそろ、だな。
俺と繋がりを持つナニカが、近づいてくるのが分かる。
この辺、かな?
立ち位置を調整し、手の届く範囲へずらす。
こう、空から飛来してきたナニカをスマートにキャッチするつもりだったがイッピーセンサーがレッドアラートを鳴らすので一歩下がると、『隕石』が俺を殺しかけた。
ソフトボール大のクリスタル的な結晶体が俺のスレッスレを通過し、結構な高度を誇る甲板を貫通していった。
ペタリと、思わず後ろにへたり込む。
情けなく尻餅をつくと、悪寒と動悸が遅れてやってきた。
……殺す気か?
「殺す気かっ!」
驚きと怯えがないまぜになり、鬱憤のままに怒鳴り散らす。
一度緊張の糸が切れてしまえば、もう駄目だ。
ツッパることでなんとか保っていたテンションも韓国紙幣みたく急暴落。
立ち上がるのすら、もうマジ無理。
今更ガタガタと膝が震えて、冷や汗が止まらない。
もう立てない。自覚してしまった。
俺は負けて、惨めに落とされ、無様に生き延びて、喜びを噛み締めていた。
生きてる。俺、生きてるよ。
死んでたよ俺、死んで死んで死んでたよ。
悪寒も動機も痙攣も発汗も、すべてが気持ち悪い。
気持ち悪いが故に、それは生の実感を高めた。
箒ちゃんがやられても、人を100メートル以上の高さから海面に突き落としても、俺の相方がバラバラに解体されても。
ただただ。ただただただただ、生きていることが、嬉しかった。
「ッッ」
涙すら流して喜ぶ自分が、そこには居た。
情けなくて仕方がない。
てのひらで顔を覆う。
汗も涙も鼻水もひっきりなしで、すぐには止まりそうにない。
座り込んだまま、俯いたまま、ポケットからハンカチを取り出しなんかいろんな水分まみれの顔を拭う。
布の柔らかさとなめらかさが、触れているだけで心を癒してくる。
やけに肌触りの良い布切れは、俺じゃない誰かの匂いがして安心を与える。
なんでこんな布きれに感動なんか……。
ん?
布切れ?
肌触りが良くて四角には一つ角が足りない形をしていてなだらかな曲面のカラフルな布きれ。
「なんで」
分かる。
分かるよ。
そりゃ、冷静になったら俺が悪いってのは分かる。
だけど、だけどさ。
「なんで」
潰れる程、手の中の布きれを握りこんだ。
なんで、なんで、なんで。
「なんで、『パンツ』なんだよっっ!!」
俺の右手には敬愛すべき愛しの先達、IS学園三年生「固法美佳」先輩のパンツが握られていた。
イッピー知ってるよ。握られていた所か、先程顔まで拭っていたって、イッピー知ってるよ死にてえ!
俺の更新が遅いのは主に艦隊コレクションが悪い。
大鯨が可愛すぎる癖にドロップしなかったのが悪い。
今回のイベント海域でボスドロップした際に奇声漏れました >> 私心
「期間空きすぎて分けわかんねーからあらすじ」欲しいとのご意見頂きました。
ちょっと考えて、簡単に出来そうなら作っときます。
Twitterで絵師さんが「描け麻雀」してるんですよ。
そこで私、自分の更新が遅いのと、人の更新を急かしたいので
「書け麻雀」したいなって思ったんですよ。
レート1000点40文字位で、ハコったら一万字書け、みたいな感じで。
そしたらですね、フォロワーでISの二次書いてるの二人だけでした。
ウチも入れて三人や! 足りませんでした。
七夕はフォロワーが増えますようにと祈りました。
かしこ。