IS Inside/Saddo   作:真下屋

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The Hell Song / Sum41


(中)The Hell Song

 

 都合四度目の激突。

 紅椿と必殺を凌ぎ合い、完全停止を余儀なくされた黒いISは、なおそれでも俺より早く/速く、こちらの攻撃を無効化する。

 篠ノ之箒が神経を削りながらも作り出したチャンスを、俺はみっともないことに取りこぼすのだった。

 だらしねぇな。

 

「そろそろ、キツイ、ぞ」

 

 エネルギーが無尽蔵に湧き出る望外な単一機能を有する紅椿だが、それがどれだけチートだとしても搭乗者の疲れまでは回復させられない。

 胃袋がひっくり返りそうな肉体負担、精神苦痛。

 この黒いISが、コレのランナーがどれだけ慮外な実力なのかは、理解しているつもりだ。

 ぶっちゃけ俺なら一発目でゲロってる自信がある。

 すげーよ箒ちゃん。もうあれだね箒ちゃんが主人公補正で謎の力に目覚めてボコってくんねーかな。

 

「もう掴んだ。次で仕留める」

 

 唐突だが。

 俺は、世界で一番『IS』に愛されている。

 『IS』が構築するネットワークが、『IS』に搭載されている意思が、『IS』と呼称される全ての機体が。

 いつだって、俺に興味津々で。

 いつだって、俺に触れたがっている。

 

 理由は分からない。

 母性にも似たナニかが、女の情欲にも似た何かが、俺を包み込むのだ。

 『IS』と云う集合意思が、『織斑一夏』という個体を愛して已まない。

 

 母の様に、妹の様に、恋人の様に。それはまるで、―の様に。

 

「一夏、お前はウソツキだ」

 

 切羽詰まった状況にも関わらず、箒ちゃんはリラックスした様子で背伸びをしながら深呼吸した。

 おいおい、戦場で余裕じゃねえか。あんな虎みてーなのを前にして怖くねーのかよ。

 

「大事なときに本音じゃない借り物の言葉だ。その上、思ってもない耳触りの良い台詞を云う。

 虚勢を張り意地を通すのも男の矜持かもしれないが、本当のお前はもっと簡単で、単純な筈だ」

 

「ん~」と全身を伸ばしたしたまま大きく息を吐く箒ちゃん。

 俺の視線は突き出された胸部装甲に釘付けだった。正直目が離せない。 

 

「一般論でもない、誰かの真似事じゃない、一夏の本音は何処にあるのだ?

『不言実行』は格好が良いかも知れない。だが、それはお前のポリシーに反しているだろう?

『気持ちは口に出し相手に伝える』、そういう生き方の方が楽しいといつも云っているではないか。

 大事に秘めるのもいいが、たまには大言壮語を吠えてみせろ。

 お前は。お前自身は、どうしたいのだ?」

 

 俺自身、ねえ?

 あー、子供の頃はよかったなー。

 いや、今でもガキなんだけどさ。十年前とかさ。

 走り回って、遊びまわって、イヤイヤながら家の手伝いをやって、熱い風呂に入って、ぶっ倒れる様に眠った。

 そんな毎日だった。

 

「あの人に、勝ちたい」

 

 そうして居れたのは。

 そうして居られたのは。

 ―――誰の、お陰だったか?

 俺が子供であることを享受する為に、誰が犠牲になったのか?

 無知な織斑一夏が足蹴にして踏み潰し、磨り減らしたのは誰だ? 

 

「弱くても正しくなくても綺麗じゃなくても、強くて正しくて綺麗なあの人に、勝ちたい。

 あの人は特別なんかじゃないって、証明したい。

 あの人に守って貰う程、もうガキじゃないって、教えてやりたい」

 

 重荷ではない、自分で選んだ結果なのだと笑い飛ばす貴女だけれど、ならどうして貴女は悩まないのか、迷わないのか、止まらないのか、諦めないのか、―――泣かないのか。

 それは、守るべきモノを背負っているから。保護者としての責務があるから。

 貴女はもう、そうやって生きる必要はないのだと。

 

「俺は、―――勝ちたい!」

 

「承った!」

 

 箒は我が意を得たりと云わんばかりに、己が機体に指令を出す。

 これまで速度に傾倒していた展開装甲を出力、攻撃へと特化させた

 

「さて、貴女の『時間(セカイ)』に挑もうか!」

 

 箒の気迫に反応し、敵機がモーションに入る。

 収束する剣気はブルッちまう程鋭くて、許されるなら尻尾巻いて逃げ出したいぐらいだ。

 

 あの人を特別な存在へと引き上げている『セカイ』、それは『体感時間』だ

 篠ノ之箒が云うには、俺達の0.1秒があの人の1秒に当たるらしい。

 あの人は、あの人だけは独り、瞬きの世界を生きている。

 そりゃ一対多だろうが、世界ランカーだろうが相手にはならねーだろう。

 

 紅椿は雨月を格納し、空裂を正眼に構える。

 張り裂けそうな空気を逆に斬り殺さんとばかりに剣気を高めていく篠ノ之箒は、この場面においてより一層成長している。

 向けられた気に飲まれない様に対抗するのではなく、そんなもの関係ないと吐き捨て己が剣気を高める程に。

 

「篠ノ之流『虎狼』改め、我流『獅子吼』」

 

 虎狼は本来、敵の目前で一喝と共に剣気を振るい、威圧で竦ませた所に本命の刃が敵を断つ。

 だが、之は虎狼じゃないし、何より彼女は生身じゃない。

 

 威圧の一の太刀は振り下ろしの一撃と共に攻勢エネルギーを飛翔させる。大気も空間もまとめてズタズタにする程の威力は、あのふざけた強さの『銀の福音』すら圧倒した実績がある。

 接敵寸前の敵機は、ただ一度剣を振るった。

 ただそれだけ。

 ただの剣戟は、並のISならそれだけで撃破されるだろう斬撃を断ち切った。

 一から十まで出鱈目だ。

 だが、一回振らせたぜ?

 

 篠ノ之箒は笑っている、笑っている、笑っているのだ。

 戦場で咲いた華は、艶やかさを増し尚一層、華麗に昇華する。

 社会に『剣道が強いだけの少女』と見下げられた、『篠ノ之束の妹』でしかなかった女の子なんて、此処には居ない。

 此処に居るのは、とびきりイカして輝いている、幼い俺が憧れた幼馴染の女の子だ。

 なあ、こんなモンじゃねえよな? 箒ちゃん!

 

 空裂から持ち替えた雨月は、過剰供給により更に倍以上の刀身を形成していた。

 雨月は触れた空気をプラズマへと焼き焦がし、解放の時を一心に待つ。

 

「私の『牙』よ、―――吼えろぉッ!」

 

 原型の4倍の長さと成った雨月は、風切音を吼えながら根こそぎ斬り払う。

 『必殺』を殺す『必殺』。

 雷光一閃。鮮烈な一刀は疾駆する。

 

 漆黒のISは堪らず二回の剣戟を払いに回し、防御しきれずブッ飛んだ。

 IS史、史上初の快挙だぜ箒ちゃん。この人を守りに回らせて、その上で吹っ飛ばすなんて。

 ホントもう、俺こんな子に喧嘩売ってよく五体満足で済んでんな二度とガチバトルなんかしねえからな絶対の絶対の絶対だからな。

 

「一夏!」

 

 分かってる、黙って観てろよ。俺は静かに眼を閉じた。

 網膜を介さず、俺の脳裏に描写されるのは一人の女性だ。

 山でも虎でもビルでも戦車でも小さな女の子でもない。

 成人してそれ程歳も重ねてない、背筋がピシっと伸びてる美人さんだ。

 俺が=する、俺の=だ。

 それだけ。

 それだけだ。

 

 愛は―――、なんだったっけ?

 

「愛は迷想の子、幻滅の親」

 

 眼を閉じたまま敵機へ向かって飛ぶ。

 センサーなんかに頼らずとも、俺には視えている。

 その姿は。その姿だけは。

 見間違えることも、見誤ることも、ない。

 

「愛は孤独の慰めであり―――」

 

 この刹那の為に、今まで用意してきた『とっておき』。

 織斑一夏と白式・雪羅の『とっておき』。

 祖は太陽、光在れ。

 極光よ集え。

 今、夜闇を祓う。

 

「―――愛は唯イチガっ!」

 

 意識、断絶。

 

 

 

 

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 唐突だが。

 俺は、世界で一番『IS』に愛されている。

 『IS』が構築するネットワークが、『IS』に搭載されている意思が、『IS』と呼称される全ての機体が。

 いつだって、俺に興味心身で。

 いつだって、俺に触れたがっている。

 

 そんなISに愛されている俺だが、IS適性は驚くほどに低い。

 IS適性とは、言ってしまえばISを操舵する為のパラメータだ。

 筋力、神経、思考、親和性、その身に宿すインフィニット・ストラトスを操る為の素質だと言い換えて良い。

 俺にはその素養が、世界唯一の男性操縦者とプレミア物の立場にも関わらず伴っていない。

 

 然らば何故、俺はISに愛されているなどと豪語するのか。

 あんまり大きな声では言えないが、IS適性では測れない隠しパラメータがあるからだ。

 隠しパラメータ、ひとまず『親密度』とでも呼ぼうか。

 

 例えばの話だが、俺がクラスメイトにテスト範囲を尋ねるとする。

 恐らく大半の生徒がこのページからこのページまでだと教えてくれることだろう。

 だが、もしこれが仲の良い誰かなら、テストに出るポイントを教えてくれたり、テスト範囲のノートを見せてくれたり、一緒に勉強をする時間を作ってくれたりする訳だ。

 

 そう、例えばの話だ。

 ISとして機能制限がかかっている訓練機でさえ、触れるだけで纏うことができたり。

 大して訓練してないにも拘わらず、熟達したランナー以上のスピードでISを装着することができたり。

 撃ったら即到達する光速のビームを、まるで射撃のタイミングが完璧に把握しているかの如く切り払うことができたり。

 

 伝わっただろうが。俺はISに愛されている。 

 コア・ネットワークに接続されている限り、俺に通常のFCS、IS標準の火器管制制御を介した射撃は直撃しない。

 なぜなら、タイミングをISが教えてくれるから。

 

  

「シャシャってんじゃねえよ、三下が!」

 

「愚物が、弁えろ」

 

 

 体勢立て直した俺は、ISのセンサー外から背中を狙い撃ちやがった乱入者に堪らず怒鳴り散らす。

 それは青を基調とした紺色のIS。

 ティアーズ型の発展機、その機影を視認した白式が『サイレント・ゼフィルス』だと教えてくれた。

 

 ゼフィルスのパイロットは、前回とは違いバイザーを付けているが『マドカ』と名乗った女に間違いない。

 声も、雰囲気も、見えてないけど顔も、その何もかもが俺を苛立たせる。

  

「大丈夫か?」

「チョー余裕で大丈夫」 

「日本語が怪しいではないか」

 

 黒いISと新手を警戒しながら、箒がフォローに入る。

 いい相方だな。今度タッグの試合あったら組もうぜ。

 そんなことを考えながら、紅椿の真横に並んだ。

 

「それより箒ちゃん。やっこさん、本気になっちまったみたいだぜ?」

 

「望むところだ。私とて、物足りないと感じていたのだから」

 

 漆黒のISが歓喜を滲ませる。

 己が全力を絞るに足る好敵の出現に心を躍らせている。

 もう俺の事なんか眼中にないっぽい?

 

「んじゃ、頑張って時間を稼いでくれ。俺が特急であのパチモン潰してくるから、そっから仕切り直しだ」

 

「ふむ、『時間を稼げ』か。なあ一夏、急げよ?」

 

 顎に手を当てて少しだけ考えていた箒は、唇を歪ませながら続けた。

 

「―――あんまり遅いと、落としてしまうぞ?」

 

「うるせえバーカ! やっちまえ!」

 

 散開する。

 紅椿は漆黒のISへ。白式はゼフィルスへと。

 それぞれの相手に向かって。

 

 サイレント・ゼフィルスは恐らく中~遠距離に系統される機体だ。

 ティアーズ型の姉妹機で、ビット関係の武装はブルー・ティアーズの改修された物を積んでいることだろう。

 近距離ではこちらに分があるので、白式との相性は悪くない。

 

「撃ち抜け、スターブレイカー」

 

「なにそのネーミングセンス中二病じゃねーかァァァ!」

 

 向けられたライフルを直観任せに躱す。

 コア・ネットワークからのリンクが切られている所為で、ゼフィルスから俺にタイミングが伝わることはない。

 距離を取られて蜂の巣にされる前に、クロスレンジで決めてやる。

 

 近距離に持ち込むと『星壊し』の先端からブレードが生えた。

 おいおい、ライフルも『星光』の発展形かよ。

 雪片を左の片手持ちに変え、右腕に雪羅を装備。

 

 インファイトレンジの遠端から水平に薙いだ雪片は、スターブレイカーに弾かれる。

 そのまま距離を詰め、雪羅を突き立てる。

 雪羅は瞬時にスターブレイカー、ではなく持ち替えてられていたナイフとぶつかり拮抗する。

 

「まだまだァ!」 

 

「どうした、温いぞ?」

 

 流れてしまった雪片を引き戻し大振りの一撃を放つが、ゼフィルスの背中側から現れた『浮遊する装甲盤』に受け止められた。

 なんだそりゃ?

 装甲盤の陰から俺の後方へと飛来するビットをセンサーが捉え、とっても自分の置かれている状況がヤバいことを自覚する。

 ダメだこの空間、とっくにコイツの領空(ソラ)だ。

 認識が遅れれば、当然初動が遅れる。

 普段の俺なら、即行逃げているであろうこの檻から抜け出せていない。

 背中に回した雪羅の零落白夜を発動させ、背面を守る壁を作る。

 左手の雪片を格納し、今にも俺を串刺しにしようとしていたスターブレイカーを不器用ながらもなんとか捕まえた。

 

 先手を取るつもりで攻めたのに、後手に回らされている。

 機体の系統が射撃戦なだけで、ランナーの適性はガチンコの格闘寄りかよ。

 

 俺に銃身を抑えらたスターブレイカーが、ヤケクソにビームを発射する。

 もしこれが実銃なら、反動やら熱やらで俺がやられていたかも知れない。ビームは俺の右方向、明後日の向きに飛んでいった。

 

「凡夫が。いつまで私に触れている」

 

 左手の銃を巻き込みつつバックナックルの要領で雪羅をブチ噛まそうとした所で、側頭部に衝撃を受けた。

 なんだ、そりゃ?

 撃ったビームが、Uターンして来やがった。

 偏光射撃、BTフレキシブル。

 精神感応制御、偏光制御射撃。

 ビーム兵器を扱う者の、到達すべき一つの高み。

 

「踊れ」

 

 反射的に機体が後ろへ逃げようとして、裏回りしていたビットからビームで抑えられた。

 思わずたじろぐ俺に、鼻面へ突き出されたランスじみた銃剣。

 四方八方から攻撃を受け、衝撃にシェイクされる。

 

 歯を食いしばり意識の手綱をしっかり握って、領空より転げ落ちた。

 迫撃はない。余裕ぶっこいてやがるなあの糞野郎。

 

 横目で箒ちゃんを探すと、黒いISにボッコされていた。

 おいいいいいいい! どういうことですかねぇ!

 さっきまでの八面六臂の大活躍はどうしたんだよ。さっさと落として助けに来てくださいませんかねぇ。

 

 上空に鎮座しているゼフィルスは、俺が攻め込むのを待っている。

 今か今かと待っている。

 真っ向正面から俺を扱き下ろすことに無上の喜びを感じるのだろう。なぜだろう、分かるのだ、俺には。

 

「サイレント・ゼフィルスって恵まれた機体だな。第三世代の後発で武装も改良されてるし」

 

「リンクを切っていれば、『視』えていなければ、所詮その程度か。境遇に甘えていただけの劣等は」

 

 誘われているのだ。

 乞われているのだ。

 その頬を上気させ、その瞳に色欲(イロ)すら潜ませて、その心に殺意を滾らせて。

 織斑一夏の排除を、心待ちにしている。

 

 ズキズキと痛み出す頭痛に自然と右手が頭を押さえた。

 なぜ分かるのか。

 あのブサイクで気に入らないなツラした顔の女なんかこれっぽっちも理解したくないのに、なぜだが奴の感情が読めてしまう。

 今すぐにでも奴を落とすために飛び込みたいけれど、逸る気持ちを冷静に宥めた。

 

 インファイトが特に有利ではないが、インファイトにしか活路がない事実。

 あの領空に攻めるしかないのだ。

 分の悪さに歯噛みする。

 勝てるビジョンがまだ描けていない。

 俺は元々、相手を調べ上げてから試合に臨むタイプなのだ。相手の武装を、ファイトスタイルを、癖を、必勝パターンを、弱点を基に俺の取るべき戦術を、策を、攻め方を、小細工を準備するのだ。

 脳筋どもと一緒くたにされたら困ります。頭脳派イッピーなんです。勝ちに行く為の労力は惜しまないんです。

 

 紅椿は劣勢だ。

 黒いISはこれまで相手を試すかのように攻めていたが、箒ちゃんに直撃食らってから戦闘スタイルが一転し、初手に虚を指し「後の先」を狙う。

 

 箒ちゃんはその性格からは想像も付かないが、先制型ではなく反撃型、返しの刃が光る剣士である。

 瞬間的な見切りこそが、篠ノ之箒の最大の武器なのだ。

 

 そして、黒いISの搭乗者。

 なんの因果か、あの剣士は0.1秒のセカイを闊歩する、篠ノ之箒をすら凌駕する返しの剣聖だ。

 誰もがあの人より先に動き、誰もがあの人より遅く動作を終了する。

 篠ノ之箒の、天敵。

 

 逆の組み合わせも考えたが、俺じゃ数秒もたせるのが精いっぱいだろう。

 紅椿はサイレント・ゼフィルスに勝てるかも知れないが、俺があの黒いISにすぐ落とされてしまう。

 だから、この組み合わせは必定。

 

 悩んでいる暇も考えている余裕もねえ。攻めて崩す以外に打てる手はない。

 そう結論づけ、俺は飛行ユニットに火を入れた。

 俺の初動に合わせ、ゼフィルスのシールドビットが間に入る。

 浮遊するシールドは進路を塞ぐが、お構い無しにと白式のスラスターを吹かせる。

 ビットが間近になった所で、視界の端を光線が走り―――俺の脳天に突き刺さった。

 進路を塞いだ状態で壁越しの相手を射抜く魔弾。

 白式が発生させたバリアによって塞き止めたが、衝撃までは殺せていない。

 

「ん、なろっ!」 

 

 左のスラスターだけ瞬時加速を発動させ、大きく弧を描く軌道でシールドビットを通り抜けた。

 そのままスピードと遠心力を雪片に乗せて、一発ぶちかます。

 気に入らねえんだよ、お前。

 

 ショートレンジに届いた矢先、背後からの衝撃に体勢を崩す。

 ご丁寧にもシールドビットの影に隠れたレーザービットが、このタイミングで俺の背中を焼く。

 策とも呼べないような小細工、こすい手にしてやられた。

 

 グラリと大きく傾く俺の鼻先には、いつのまにかアタッチメントが取り付けられ馬鹿でかい銃口がこんにちはしているスターブレイカー。

 

「悲鳴を上げろ、豚の様な」

 

 意地でも、声は上げなかった。

 シールドバリアが軋み、砕け、絶対防御が発動する。

 直撃による負荷損害により、機体制御が俺の手から離れた。

 ビームの出力に押され、吹き飛ばされながら落下。

 

 錐揉み状態の白式は、その搭乗者である俺を容赦なくミキサーする。

 頭蓋骨に響き渡る銃声が思考能力を奪い、無駄にグルグルしてしまっている。

 何してんだ、俺は。

 しなきゃいけない事は見えてんのに、それを成す術を間違えている。

 

 このままではバターになってしまうので、慣性制御を行いグルグル落ちる機体を止めた。

 そして俺は、自分の失態を確認するのだった。

 

「あ?」

 

 紅椿が変形していた。

 剥き出しだった筈の頭部と胸部を硬質的なナニカが覆っている。

 まるで、黒いISの様に。

 

「なんだそりゃ? おい」

 

 紅椿への秘匿通信は繋がらない。

 コア・ネットワークからのリンクが切れている訳でもなく、届いているのに応答がない。

 おい箒ちゃん、なに遊んでんだよ。

 

 俺がトルネードアクセルしている間のログを白式に慌てて再生させる。

 紅椿が黒いISに斬り刻まれて、フリーになったサイレント・ゼフィルスが無防備な紅椿を強襲し何かを埋め込んだ。

 埋め込まれた何かは紅椿に侵食し、頭部から胸部を余さず包み込む装甲と化した。

 まるでエイリアンみたいに、だ。

 

 いや、大事なのはそこじゃない。

 なぜ、黒いISの傍らに立っているのか。

 なぜ、黒いISから攻撃を受けていないのか。

 

 本日一番の警鐘が延髄をガンガンと殴りつけてくる。

 おいおい、冗談だろド畜生。

 

「どんな気分だ? なあ、私に教えてくれよ」

 

 くっくっと、喉を鳴らし心底愉しそうに笑ういけ好かないクソ女の声すら届かない。

 考え付く最悪の可能性に捕われ、混乱して落ち着かない。

 

 紅椿はゆったりとした動作で、『絢爛舞踏』を発動させる。

 発動させ、黒いISへ手を伸ばし、エネルギーバイパスを形成し。

 ―――黒いISのシールドエネルギーを、回復させた。

 

「根こそぎ奪われた者の気持ちってのは、どんな気分だ?」

 

 頭を掻き毟りたくなる筈の耳障りな声も高笑いも、今は気にならない。

 事実を理解することを俺のヘッドが拒んでおり、疑問符でパンパンだ。

 なんの冗談だよド畜生。 

 元々勝ち目が薄い戦いなのに、乱入者のみならず箒ちゃんが敵になった?

 

 なんだそりゃ。

 なんだそりゃ。

 なんだそりゃ。

 どうしろってんだよ、クソッたれ。

 

 

 

 


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