その構えに気付いた時にはもう遅く、全てが終わっていた。
抜刀から繰り出される斬撃は、刹那に同じ業を重ねることで波及効果を生み出した。
一合、右の空裂を弾き飛ばし。
二合、絶対防御を切り裂いて。
三合、装甲ごと紅椿の右手を斬り跳ばした。
箒は読んでいた。
読んでいて、この結果だった。
例え読んでいたとしても、最大威力を三発、同じポイントに打たれた場合如何し様も無い。
崩された箒には、驚愕に顔を歪めた箒には、反撃も退避も行う余裕はなかった。
だから、全てが終わった。
同じ要領で左手を斬り跳ばした。
痛みに悲鳴を上げる前に、首を落とされた。
それで、御仕舞い。
俺は、昔自分を救ってくれた女の子が[首無しオブジェ]と化して墜落していくのを眺めていた。
人類の限界を超えた肉体行使は、超人である筈の千冬の体にも大きなダメージを与えた。
筋肉の断裂、内臓の損傷、血圧低下による意識衰退。
完治には一月はかかるであろう傷をこさえ、込み上げてきた赤い液体を吐き捨てる。
吐き出した血とともに、昂ぶりが収まっていく。
体も心もクールダウンし終わったころに、着水した篠ノ之箒の残骸が音を立てた。
それは、全ての終わりを告げる音だった。
いや、分かってたよ。
この結末は分かっていた。
織斑千冬が本気になった時点で、もう見えていた結末だ。
きっとこれは、あっけなく死んでしまった俺への、決まっていた罪の所在。
千冬姉は残心すら取らず、呆けた様に佇んでいた。
何を思うのだろうか。
誰を想うのだろうか。
こんな、寂しい頂(いただき)で。
そんな、廃れた果てで。
暖かさに溢れていた彼女の眼差しは見た事もない程空虚で、悲しみすらも感じさせない。
一夏と呼ばれた気がした。
千冬姉じゃない、誰かの声。
幼い俺に名前をくれた、女の子の声。
背後に密着する感覚。
感覚だけだ。
感触もなければ温かみもない、触れたという実感だけのむなしい触れ合い。
一夏、一夏と。
つたなく俺の名を呼ぶ箒の顔を、俺は見ることができなかった。
イッピー知ってるよ。モッピー死んでるよ!
いえ私も流石にそう冗談でごまかしていい雰囲気ではないと重々承知の助。
イッピーANDモッピー、ゴースト競演! リスキー&セフティには程遠いわ。
今時はパンティ&ストッキングか?
そういや昔、死んだ男が幽霊になって女を守る映画あったな。
あの陶芸のシーン、すげぇ記憶に残ってる。
死して尚この世に留まる男の愛に涙が出そうだったぜ。
その点、俺たちはこうして死なないと素直に触れ合うことも出来なかったってのが笑える話だ。
救えねえな、俺も、お前も。
なあ、箒。
俺さ、お前のこと、好きだったよ。
小学生の頃さ、真剣に憧れてた。
強気で、強がりで。
強がりを「本当」に変えられるお前にさ。
なのに久しぶりに会ったお前と来たらヤレ姉の所為だのヤレ社会が悪いだの、挙句に幼馴染だったって絆に縋ろうとして。
見るに耐えなかったよ。だから辛く当たった。
一夏は、変わったな。
千冬さんに手を引かれなければどこにも行けなかったお前が、今じゃ誰とでも仲良くしてる。
学園に男一人だってのに、知ってる人だってほとんどいないってのに、堂々としてる。
そんなお前を見ていると、苛立たしかった。
私はお前を必要としていたのに、私を必要としないお前に怒りを覚えた。
変わるさ。
名前をくれた女の子が居た。
遊びに誘ってくれる女の子が居た。
俺を苛めてくるやつを、ぶっとばしてくれる女の子がいた。
変わるだろうさ。
そうだな。
織斑いっぴーはいつの間にか、元気で下品でデリカシーのない男の子になってしまった。
出会った頃はあんなに女々しい男だったのに。
素直で可愛らしい男の子だったのに。
身近にやけに男らしい女の子が居たものでね。
なんだ、鈴か。
テメーだよ武士パイ。死ぬ前に一度揉んきゃよかった。
なんだ? お前もこんなモノに興味があったのか?
興味がなければ雄じゃねえよ。そんな立派な代物。
海上は風が吹き荒れる。
されども、この身を通り抜けてくれる風はない。
夢はただ夢へと散り逝くだけだ。
なあ、箒。
俺が悪かったよ。
意地張って、お前をキライだって突っぱねて。
お前が、俺の憧れたお前に成ることを求めた。
押し付けもいいとこだが……、分かるさ。
私は、心を向ける先をまちがえた。
認めよう。私はお前に逃げた。
すまない、一夏。
全然お互い様じゃないけどさ、もうこうなっちまったら意地張るだけ無駄だ。
好きだぜ、箒。
何時まで居れるかわからないが、傍にいてくれないか?
私も、お前を求めていた。
それこそ、殺してしまいたくなるほどにな。
あらあら、素直に好きって云えない人は大変ですこと。
回りくどくて、婉曲でやんなっちゃう。
時間なんてたいしてないから、素直な方が特なのに。
俺達はきっと、三月に降る雪。
夢はただ夢へと散り逝くだけだ。
「シールドバリア、カット。絶対防御、停止」
千冬は淡々と、宵桜に命令した。
口にしなくても、搭乗者は自分でその辺の設定は行える。
絶対防御なんかは基本的に設定を変更する項目ではないので、少々手間取るが可能ではある。
それなのに、口にした理由は。
ISのコアに存在すると云われている、人格に命じたのだ。
『勝手はするなよ?』、と。
千冬はその手にある雪片弐型を血払いした。
その絵面に箒が顔を歪ませたが、なんとも複雑な心境だろう。
一度振るった雪片を、千冬は思い切り空に投げた。
俺の形見を空に投げるとか、そういうロマンティックな行為じゃない。
宵桜のパワーによって投げられた雪片はとんでもない高さに上昇し、その勢いを重力に奪われ停止し、重力に盲従しとんでもないスピードで落下してくる。
不味い。まずいまずいマズイ。
串刺しになった千冬姉の姿を想像し、存在しない唾を飲んだ。
待て、待てよ。
待てよオイコラ、ざけんなよ。
空気すら漏れず、俺の声は響かない。
おい、おい、オイ!
一切、まったく聞こえていない。
当然だ。
だって俺は、生きてない。
俺はただのゆめまぼろしで。
散り逝く定めの亡霊だ。
雪片は真っ直ぐに落ちてくる。
軽く200メートルは投げ上げられた刀は、衝突時に時速200キロメートルを超える。
ISによる防御機構が働かない状態では、生身の肉体など容易く突き抜けてしまう。
止める術はない。
勢いは増すばかりで、雪片は千冬の脳天に直撃するコースだ。
セガサターンもビックリの脳天直撃を披露するに違いない。
そんな多重人格探偵的な生け花は見たくないでござる。
それでも俺はあまり心配していない。
ISってのは基本的に搭乗者を守るように行動する。
ましてや、織斑千冬みたく適性が高ければ尚更、まるで家族であるかの様に守ってくれる。
俺が何度も白式に守られたように。
落下してきた雪片弐型は、突然動いたスラスターに進路を逸らされそのままの速度で落ちていった。
ほっと一息。
「好き好き大好き千冬お姉ちゃん超愛してる」の元・暮桜さんとしては当然のアクションです。
千冬は自分のISをジト目で見る。
「何勝手やっちゃってくれてんのコイツ」的な視線を浴びせる。
そんな中、スラスターは未だに動きまわっていた。
「いえ、テスト中ですので。お気になさらず」と誤魔化しているつもりに違いない。
ふっと、千冬は肩の力を抜いた。
怒るだけ無駄だと悟ったのか、その顔に険はない。
千冬は突然、ISを解除した。
解除して、待機状態の宵桜を遠投した。
ポーンと間抜けな感じで飛んでいく宵桜を見送って。
織斑千冬の落下は開始する。
え?
高度100メートル。
着水時の速度は、およそ時速150キロメートル。
衝突する際の水面の硬度はコンクリートと大差ない。
死ぬ。
間違いなく死ぬ。
脳漿をブチマケ、惨たらしく死ぬ。
速度0メートルから加速度9コンマ8メートル毎秒で加速する体躯へ、何も考えず追従した。
手を伸ばす。
追い縋る。
必死で。
死んでいるにも拘らず。
失っちゃだめなんだ。
貴女を失ったら、『俺』はどうなる。
俺はしょせん、織斑千冬の代替品だ。
俺が出来ることは、全て俺の姉がまかなえる。
だから、良いんだ。
終わってしまった俺は、もういいけれど。
『俺』の価値は、どうなる?
俺の命の価値は、貴女が決めるんだ。
貴女の生こそが、俺の生きた証なんだ。
頼むよ。
頼むから。
―――『俺』を、殺さないで。
伸ばした手は追いつくことはない。
追いついたとしても、触れることはない。
無意味か?
無価値か?
何も出来ないって分かっていて、何にもならないって分かっていて。
こうやって、眺めるだけなのが俺への罰なのか?
なあ、アンタはどう思うよ。
想いすら告げられなかった女が目の前で押し花になるのを、指咥えて見てられるか?
んなわきゃ、ねーだろ。
「 」
空気を震わさない俺の声は、あの人に届くわけがない。
「 」
物体に触れられない俺の手が、あの人に届くわけがない。
「 」
それでも。
俺の声は、届かなくても。
俺の手が、届かなくても。
止めることなんて、できない。
「 」
それが、俺の生き方だった筈だ。
精一杯、挑んで来た筈だ。
俺の強さが、あの人に届かないとしても。
あの人を、いつか幸せにするんだと。
「 」
だからさ、おねえちゃん。
死んじゃ、やだよ。
「 」
情けない顔で手を伸ばした向こう側―――織斑千冬は何も捉えず、何にも捕らわれない。
それは自由じゃない。ただ外れただけだ。逸脱だ。
「 」
追突する。
海面を目前にしてふと、千冬姉さんは空を見た。
いや、見たのではない。
空気抵抗に負けて、首が空を向いているだけだ。
何も映さない。うつろうだけだ。
ふわりふわりと彷徨う視線は、そこにある青空しか映さない。
「 」
風に流された一粒の水滴が俺の体を透過する。
それは涙か。汗か。箒が上げた水しぶきか。
なんでもいい。
幾つかの塊が俺の体を通過する。
なんでもいい。
千冬の体からこぼれた何かが俺を貫通する。
なんでもいい。
伸ばし続ける手は何も掴めない。
なんでもいい。なんでもいいんだ。
今。
ふわりふわりと漂っていた視線が、俺に焦点を結んだのだから。
『 』
張り裂けそうな程の声を。
張り裂けてでも震えない喉を。
届かなくても。
それでも。
「 」
電撃でも走ったかの様に、千冬の上半身が跳ね上がる。
中空状態なのでバネだけで上下を反転させ、腕を空に向け、―――海面に激突した。
否、海面を蹴り抜いた。
海が割れ、海が凹み、千冬は沈んだ。
沈んで、一瞬で浮かび上がってきた。
濡れた己を省みることもなく。
ただ、空を見つめながら。
ただ、右手の手のひらを掲げながら。
数瞬またず空から落ちてきたナニカを受け止め、大事そうに引き寄せる。
手のひらの上に乗せ、自分の顔の前に持ってきて、愛おしそうに眺める。
それは、男物の指輪だった。
彼女の薬指には少しだけ大きい、こ洒落た感じのシルバーリング。
ゆっくりと摘まみ上げ、外れてしまった左手の薬指から、右手の薬指へ。
大事そうに。
愛おしそうに。
壊れ物を扱うように慎重に。
右手を太陽にかざし、その眩さに目を細める。
大事そうに。
愛おしそうに。
「聞こえたよ、一夏」
誰に向けての言葉なのか。
俺なのか、自分なのか、世界なのか。
ただただ、その声は、
「生きるよ、『私』は」
力強かった。
暖かかった。
俺の大好きな、千冬ねえの声だった。
「寂しいかも知れんが我慢しろよ? オマエは、私が愛した男なんだから」
ああ、良かった。
俺は、この人の弟で良かった。
この人が、俺の姉で良かった。
めちゃくちゃ格好良くて、やたらめっぽう強くて、日本一美人で、可愛くて恐くて素敵で不敵で自信家で休日はだらしないくせに俺には厳しく家事がへたくそな。
―――自慢の姉だ。
「さて、宵桜は後日回収するとして。
とりあえず日本へ帰るか。―――泳いで」
そう。
彼女はどこまでいっても織斑千冬で。
どこに出しても恥ずかしくないこともない、俺が愛した姉だった。
「くぅ~疲れましたw」の改編を書こうとして断念。なにあれハイレベル過ぎ。
イフのお話、これにて終了。長いよチッピー勘弁してよ。
「イッピー死んでるよ!」がやりたいだけだったのに、なぜこんなことに……。
All I want in this worldは名曲。
Velvet Balladsの曲は心に沁みるのが多い。
ちょっと心が疲れている貴方は是非一度ご鑑賞ください。
UAとかお気に入り数とか結構、私の予想外の増え方です。
ですが正直そんなんどうでも良くて、感想くれよと思ってたり。
感想がないってのは例えるなら大通りで公開オナニーしてるのに日常のワンシーン的なありふれた光景として見らry