もし、あのとき。
臨海学校のあの日。
篠ノ之箒が刺した場所が違っていたら。
これは、そんな世界線のお話し。
シルベリオ・ゴスペル討伐作戦から外れた俺と箒は、なぜか海上でバトっていた。
何を言ってるかわからねーと思う。正直俺にも分からん。
戦いの最中、俺は救難信号と叫び声に意識を奪われ、そこを箒に攻められた。
惚ける暇もなく、全てが終わる。
雨月は、しっかりと俺を貫いた。
絶対防御は、完璧じゃない。
その出力以上の攻撃を加えられては、辛くも破られるのは道理であり。
だからこそ、競技用のリミッターが存在している訳で。
こうして、こうして、そうして。俺は『胸』に穴が開いてしまった訳で。
オープンチャンネルで届いた悲鳴と救難信号は、神がかったタイミングで俺の行動を阻害し、箒はその間隙にしっかり最大出力をぶち込んだ。箒さんなんつー集中力だよ。ぱねぇな。
たまらず吐き出した空気は、多量の血を含んでいた。
ぼたりぼたりと、俺の心臓から命の滴がこぼれていく。
ずるりと、俺の体がすべり、自然落下を始める。
箒は、沸騰した心に氷柱をぶっ刺された顔をしている。
なんだよ、胸に穴開けるとか俺の役目じゃないよ。胸を貫通されてからの生体改造でIS埋め込む流れとかはハニトラさん家の一夏くんがやってんだよおいパクリはマジ辞めとけって。
するりと、『俺』から身体が喪失された。
あれ、なにそれ。
ぼっちゃーんと音を立てて沈む白いISとその搭乗者。
篠ノ之箒はその光景を見届け、理解し、自分の手を省みる。
その、紅く染まった両腕を。
幼馴染の血に濡れた、己の腕を。
「あ、あ、ア―――」
理解して、理解して、理解して。救いがない事を、理解した。
「―――――――――ッ!」
声にならない絶叫をあげ、篠ノ之箒は離脱した。
己が行いから目を逸らすように。
己が成した結果から逃げるように。
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織斑一夏の葬式は、粛々と行われた。
喪主は彼の姉、織斑千冬により静かに進められている。
参列者はそれ程多くはない。30人にも満たないだろう。
篠ノ之家の助力もあり、特に問題もなく執り行われている。
「五反田と鈴音か。よく来てくれた」
「ええ。俺が来ないと、アイツ寂しがるだろうから来てやりましたよ。
おい鈴、挨拶ぐらいしろ」
「――――る。つ……」
ぶつぶつと何かを呟きつつ、半目に昏い瞳を覗かせる鈴音は、五反田に手を引かれるままに歩いていた。
その姿を痛ましいとは思わなかった。織斑千冬は、いっそ羨ましいとすら思っている。
そういう風に、『俺』は感じ取った。
どうも、イッピーです。
イッピー死んでるよ! え、なんで俺自分の葬式の風景なんか観なきゃいけねーの? あ、死んだからか。イッピー死んでるよっ!
イッピー知ってるよ! 幽霊なう。霊体なう。絶賛浮遊霊中。イッピー死んでるよっ!
いや、軽快に云っても駄目だろコレ……。不謹慎すぎんぜ。
でもさ、空気が重過ぎてちょっと、ねえ。明るくしたいと思うじゃん?
俺はフラフラと宙に浮く体を持て余しつつ、そんなことを考えていた。
「構わんさ。お前らが来てくれるだけで喜ぶだろうさ、アイツは」
「でしょうね」
香典を渡し、鈴の分も含め来場者名簿に名前を書く弾。
挨拶もそこそこに中へ入っていった。
本来、喪主が受付などするものではない。
だが、中国風の年齢不明な男性とか、キャバクラ嬢とか、大手優良企業のOLとか、そういった誰も知らない織斑一夏の交友関係があった為、不埒な輩が参列しないよう千冬が受付にて参列者を見極める、といった体勢を取ったのだ。
ごめんねチッピー、世話かけるぜ。
そろそろ式が始まるため、中に戻ろうとする千冬。
その背に声をかける女が居た。
「この度はご愁傷様でした。ちーちゃん、私も焼香あげさせてもらっていいかな?」
「―――帰れ」
高校を卒業してからはじめて見た、篠ノ之束のフォーマルな服装。
喪服とかもってたのかよこの人、いつものウサ耳すらついてねえぞ誰コイツ。
っつーか追い返してんじゃねえぞ! この人は俺の、
「織斑一夏は、お前の事を大事な姉だと思っていた。
お前にとって織斑一夏がそうでないなら、帰れ」
血の繋がらない他人だけど、大事なおねー、分かってんじゃんチッピー。
落として上げるとかいいから。そういうのいいから。そういう場面じゃないからココ。
「うん。御邪魔します」
篠ノ之束は、織斑一夏を弟分として想ってくれていた。
その事実に、俺は胸が温かくなるのだった。
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御手洗数馬という少年は、いわゆる美少年という奴だった。
一夏がイケメンの代名詞として上げる男といえば、いつもこの男だった。
「ご無沙汰してます、千冬さん」
「中学の卒業式以来か。背が伸びたんじゃないか?」
「成長期ですから」
いつも連れている取り巻きはおらず、御手洗は通夜に一人で来た。
この男にしては珍しく、いつもは事なかれで好き放題させているのだが、今回はあの取り巻き共を大声で怒鳴りつけ追い払ったそうだ。
まあ、連れてきたら私が追い返していただろうけれど。
鈴音があまりに酷い有様だったので、五反田に連れて帰らせた。
篠ノ之の叔母様にも、明日色々フォローして頂くつもりだったので帰ってもらった。
という名目で、本当は一夏と二人っきりになりたかっただけだ。
姉弟の、最後の家族水入らずな時間が、欲しかっただけだ。
御手洗が訊ねてきたのは、夜九時をまわったそんな頃だ。
いまの今までファミレスで駄弁っていて、さっき五反田から連絡をもらってそのままやってきたらしい。
髪を乱し、汗を流して家に来た御手洗に私はタオルだけ渡し家に上げた。
「まさか、ですよ。殺しても死ぬ様な輩じゃないと思っていたんですが。
ドッキリであってくれと、着くまでに何度考えたか。
ただ、一夏は趣味の悪い冗談は云っても、こういう性質の悪い冗談は云わないから」
きっと事実だろうな、と諦めていたそうだ。
そうだな。
一夏は、そういう冗談は云わなかった。
心配を煽るような冗談は云わなかったし、むしろそういった事実があれば隠すのだ。
「すまない。愚弟が迷惑をかけた」
「ええ、本当に。最後まで迷惑かけられっぱなしですよ」
でも、嫌いじゃなかった。
そう、御手洗は続けた。
薄く微笑む御手洗は、なるほど確かに美少年で魅力的だ。
女子に騒がれるのも頷ける。
だが、上品すぎる。
私はこれでも庶民派だから、もっと雑な顔をした男が好みなのだ。
「僕は散々一夏に迷惑をかけられた。だけど、一夏と居ると楽しいんですよ。
一夏はいつだって、僕に『はじめて』をくれました。
覚えてますか? 一夏が中二の文化祭で女装したときのこと」
ああ、覚えているとも。
一華ちゃんは私のドストライクだった。
一夏の様な生意気な弟も良いが、一華ちゃんの様な順々な妹も欲しかったな。
あれ以来どれだけお願いしても女装してくれなかったが。
ちょっとスカートめくって尻もんだだけで泣かれるとは思わなかったなかったが。
まさかそれだけで姉弟の縁を切られそうになるとは思ってもみなかったが。
「あれ、実は僕を女装させる為だけにしたんですよ。
それだけの為にクラスを巻き込んで、文化祭の出し物として決めちゃって。
僕は当日、女の子達が騒ぐものだからすぐ男だってバレたんですが、
一夏は相ちゃんが本気でメイクとコーディネイトしちゃったもんだから全然ばれなくって。
ああ、あれは笑えたなあ。一夏、3回もメアド聞かれてたんですよ?」
相ちゃんとやら、でかした。良い仕事をした褒めてやる。
私の携帯のデータフォルダには一華ちゃんの写真がまだ残っている。
それはもう写真集を出せそうな程に。
「それだけじゃない。いっぱいあったんですよ。まだまだいっぱいあったんです。
あいつが僕にくれた『はじめて』は、いっぱいあるんです。
でも、―――もう増えないんですよね。」
凄く、凄く、残念です。
そう、御手洗は告げた。
五反田以外にも、ちゃんと男の親友居るんじゃないか。
私は見当違いの心配をしていたな。
少々、若干、五反田と仲が良すぎるから男色の気があるのでは危ぶんでいたのだが、そうでも―――。
いや、御手洗も実は狙って―――。
「何を考えているか怖いので訊きません。ええ、僕は訊きませんからね?
それで、今日伺ったのは貴方に用があったんですよ、千冬さん。
一夏がもし、自分が千冬さんを残して死んだ時は、伝えて欲しい言葉があるって」
弾にお願いしたら殴られたらしいです。
そう、御手洗は笑って言った。
これが最後の「はじめて」だ、一夏。
そう、御手洗は呟いた。
男子の友情とはいいものだな。
素直に羨ましいな。
私は友人と呼べる者がそういないし、親友にいたっては非常に不本意ながら一人しかいない。
私は、男に産まれたかった。
御手洗は居住まいを正した。
私は、恐らく最後になるだろう一夏からの言葉を、受け止める心の準備をした。
絶対に自殺するなとか、その辺だろうと予測をしながら。
「『あの時答えられなかったけど、織斑一夏は、貴方のことを愛しています』」
『あのとき、応えられなかったけど。織斑一夏は、貴女の事を愛しています』
分かるさ。分かっていたさ。口にはしなかったが、お前の想いなど姉は痛い程分かっていたさ。
それでもお前は、私の想いよりも、私という人間を立ててくれたんだ。
姉冥利に尽きるとはこのことだ。
女冥利に尽きるとはこのことだ。
一夏。お前はずっと私の重荷であると勘違いしていただろうが、そんなことはないんだ。
お前が居たから、私は人間であれた。
お前と居たから、私は幸せだった。
「千冬さん、泣いてますよ?」
そりゃあ泣くさ。
私だって女で、人間なんだ。
笑ったり、怒ったり、泣いたりするさ。
嬉しくて/悲しかったら、涙ぐらい流すよ。
平気の平左で私の顔にハンカチを当てる御手洗。
そのさり気なさとか、距離の詰め方が女を呼ぶのだろう(※但しイケメンに限る)
自覚があるのかないのか。ないのであれば死んだ方がいいな。
それでも、私は御手洗の優しさに感じる物はあっても、それが子宮に響く事はない。
私は、もっと『雑』な男が好みだから。
「女性の涙を眺める趣味はないので、僕はそろそろ退散します」
ハンカチを私の手に握らせ、御手洗は棺を一瞥し背を向ける。
その一秒にも満たない視線が、離別に思えて私は問う。
「明日の葬儀には、来てくれるか?」
「いえ、出ません。これが最後です。千冬さんへの遺言を伝えられて、その時に喧嘩して言ってやったんですよ。
『僕より先に死ぬことは許さない。先に死んだら二度と顔見てやらないからな』って。
言ってる事、今ならおかしいと思うんですけど。勢いに任せて口から出ちゃって」
背を向けたまま、御手洗は天井を仰ぐ。
その眼に映る憧憬を、私はコイツに話して欲しかった。
「あんだけ僕に迷惑かけといて先に死ぬなんて勝手過ぎる。
絶対、いつか仕返ししてやるからそれまでは生きろって。
覚悟しとけって。言ってやったんですよ」
そしたら一夏、『期待して待ってる!』って、笑ってこたえやがりまして。
御手洗は笑みを零す。
いいな。私の知らない、織斑一夏との思い出。
いいな。私の持たない、織斑一夏との関係。
「だから、これが最後です。『さようなら』」
その別れの言葉は。
私に対してのものなのか、弟に対してのものなのか。
私には、分からなかった。
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織斑一夏への焼香を終え、出棺までの待ち時間で、千冬は束に外に誘われた。
なんとなく、何をするつもりなのかが伝わってくるのは、付き合いの長さからだろう。
この胸の痛みも含めて。
「ちーちゃん。これ、渡しておくね」
束から千冬へ、『何か』が手渡される。
手に収まるソレは小さいくて黒い、硬質的輝きを放つもの。
千冬はの馴染む感触に、頬を歪ませた。
「久しぶりだな、暮桜。元気にしてたか?」
「もう元気も元気。元気すぎて束さん困っちゃったよ」
「お前には聞いてない」
「あの、ちーちゃん? 急ピッチだけども完璧に仕上げてきた私にたいしてその態度はあんまりじゃないかな?」
「……ご苦労?」
「その態度のことだよ! なんで疑問系なんだよ! あと感謝すればいいってもんじゃないんだよ!
ぶっちゃけると束さんの扱いがぞんざい過ぎるって言ってるんだよ!」
なんだ、いつものことじゃん。
チッピーと束姉は仲良しですこと。
イッピー知ってるよ。この二人はどちらかの性別が違っていたら、丸く収まるぐらい相性抜群だって。
「んもう! 出力強化、力場展開能力追加、システム系、機体制御とかその辺のバージョンアップ並びにカスタマイズ。
詳しくはその子に直接聞いて。生まれ変わったようなものだから、きちんと慣らしをしてね」
千冬は暮桜とラインを繋ぎ、簡単に問診する。
大まかなスペックデータと、コアの応答性/親和性。
ざっと見ただけでも、以前の暮桜に劣る点はひとつも見当たらなかった。
「ふむ、手抜きはないな。だがオマエ、理解しているのか? 私は―――」
「理解している。理解しているからこそ持ってきてあげたんだ。
これから戦地に赴く親友に、私が出来る最高の贈り物をあげたんだ」
つまりは、そういう事か。
此処が、クロスポイントな訳だ。
彼女、篠ノ之束の、交錯点。
千冬は、聞こえない程度に独りごちる。
自分に取ってもそうであるように、親友に取ってもそうなのだと。
「結局、オマエは―――」
「そうだ。私はちーちゃんの敵だよ。私は、ちーちゃんが殺そうとしている篠ノ之箒の姉だからね」
束は胸を張り宣言する。
天災科学者。狂乱のマッドサイエンティスト。知の極地。
篠ノ之束は、織斑千冬と敵対すると宣言した。
仲良くしろよ、おねーさま方。
死んだ人間引き摺って何するつもりだよアンタ等。
イッピー死んでるよ。喧嘩の種にするぐらいならキレイさっぱり忘れてくれよ。
「そうか。束、私は人生で始めて『全力』を振るおうと思う。この殺意に、全てを委ねるつもりだ。
眼前に立つ全ての敵を、加減が出来ずに殺してしまうだろう」
「だろうね。だけど、私だってそう簡単に殺される女じゃないよ?
なにせ私は、ちーちゃんの親友だからね」
千冬は眼を伏せる。
世界最強。『ブリュンヒルデ』の称号を持つ者。武の極地。
織斑千冬は、篠ノ之束をその妨害ごと斬り捨てると断言した。
物騒すぎんぞ、おねーさま方。
天下の往来で年頃のむすめさんがなんちゅー話をしてやがる。
もっと生産的な行為をしようぜ? 出来れば俺を交えて生産というか生殖行為とか。
イッピー死んでるよ! なんかイッピージュニアが応答しねーんだけど、死んだ弊害っぽい。
この年でEDですか……。確かにエンディングには違いないけれど。
イッピー知ってるよ。だってイッピー死んでるよ!
「こっちも真剣にいかせて貰うよ? なにせ大事な大事な妹の命がかかっているからね。
それじゃあね、ちーちゃん、次に会ったら、―――殺し合いだから」
「ああ、じゃあな束。例え敵になってしまっても、オマエの事、好きだぞ」
「そういう台詞はもっと早く聞きたかったけど……、うん、―――愛してたよ、ちーちゃん」
篠ノ之束は肩で空気を切り、その場を後にする。
織斑千冬はその背を見えなくなるまで見送った。
もう、斬りつける様にしか交わることのない縁を、互いの線を悼みながら。
《続く》
え、続くのコレ?
イッピー知ってるよ。イッピー死んでるんだよ? え、続けるの?
イッピー死んでるよ! このネタもう飽きたよ! イッピー飽きてるよっ!
火を噴きかねない忙しさ。年末はそんなもん。
ずっと書きたかった、『箒がイッピーを殺したしまったら』なんてIfなストーリー。
本編とは全く関係ありませんが、先に出しておきたいピースを散らしておくのにも使えるぜやったね。
本編は一旦プロットを書き出して、それから書き出そうと思ったらやけに時間がかかってしまったワナ。
プロット作ってる間にどんどんIfな話しを書きたくなって、プロット箇条書きの完成と同時にコレを書き出した。
それなり早めに次を上げます。次までイッピー死んでるよっ!
や、待ってる人が居るのかは不明なんですけどねっ!