IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BMG] Tell Me How You Feel / Holidays of Seventeen


Holidays of Seventeen # Tell Me How You Feel

 

《セシリア・オルコットの場合》

 

「あーもう、やってられませんわ~」

 

 投影型ウィンドウを前方へ押し出し、机に突っ伏しました。

 こういった行儀の悪い仕草が許される執務室ならではの暴挙。

 間違っても人の目があるところでは行えない。

 家の重み、と云う物も考え物ですわね。

 

 私、セシリア・オルコットは言ってしまえば訳アリな学生でして、私室を与えられております。

 家の実務はほぼチェルシーが行っておりますが、勿論、私がしなければならない仕事もあります。

 そういった理由のある生徒には、IS学園より特例として私室が与えられているのです。

 私室を持つに足る特別な理由と、安くはない御布施が必要ですけど。

 

「たまに貴族の責務とか放っぽりたくなりますわ~」

 

 ダレている。

 わたしく、ただいま大変垂れております。

 ちょっと前に某男子生徒が書いた「垂れコット(Copyright@OneSummer)」ばりに垂れてます。

 こう、思いの外器用というか、多彩というか、芸達者な方ですわ。

 

「駄目ですわね。気分が乗りません。こういう時は」

 

 執務机からコントローラーを取り出す。

 ボタンを押すと、部屋の片隅にあるテレビとP○3が反応する。

 

 

「気分転換に、―――戦争をしましょう」

 

 

 キルストアベレージ3を誇る凸砂、C=Alcottの出番ですわ。

 あら、あの方もログインしているではありませんか。後程誘ってみましょう。

 

 そうして私は今日も、仕事の息抜きに電子の砂漠で銃を撃つのでした。ばきゅーん。

 

 

 

 そういえば、彼と一緒にゲームをする様になった切欠はなんでしたっけ?

 確か、夏休み前の実習だったような。

 記憶を辿る。

 そう、確か―――

 

 

「その機体、蒼く塗ってみませんこと?」

 

 

 始まりは、そんな一言でした。

 

 

 

 

 

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 ISの実践講義中に、白式をまとう一夏さんに向けてぼそりと囁いた言葉を、彼は聞き逃さなかった。

 

「え?」

 

「いえ、なんでもありませんわ」

 

 私はそう誤魔化して逃げようとしましたが、彼は立ち去ろうとする私の手を掴みました。

 掴まれた腕は握りを強くされ、痛みを感じるほどです。

 

「英国の候補生は余程の腰抜けと見える。そんな者に、ISを操る資格などない」

 

「……その傲慢さ、いつか償うことになりますわよ」

 

「雑兵如きが、この私を阻めるものか」

 

「そうやって貴方は、全ての他人を見下すのですが!」

 

 私は彼の手を激しく振り払った。

 周囲の人間がなんだなんだと囲んできます。

 この辺が潮時ですわね。

 

「『OneSummer001』。貴様に俺を裁く資格があるなら、来い」

 

「『C=Alcott』。噂の世界唯一の男性操者の実力、見せていただきますわ」

 

 それきり、私達は別れる。

 すべてを置き去りに、私達はその場を後にした。

 なに、デートの約束をしただけですわ。

 

 顔の見えない戦場で、殺し愛と云う名のデートを、ね?

 

 

 そんな一幕がありました。

 互いにノリノリな一芝居でしたわね。

 それ以来、私は一夏さんと頻繁にゲームをするようになりました。

 ゲームをしつつISのネットワーク通信を使い、通話しながらのプレイです。

 

 この様な使い方をしていたらとある教師にお説教いただくかと思いきや、

 「技術ってのは人の使い方だ。人の生活を豊かにする為に存在する物だ。

  今回はそれが、単に遊び方面だっただけだ。節度を保ち存分に使うといい」

 なんて教師らしからぬお言葉をいただいてしまいました。

 

 とある筋からの情報によると、彼女は正規の教員ではないそうですが。

 ですわよね。日本の教育者育成プログラムは中々に大変なものであると伺っております。

 あの『ISに乗る事を義務付けられた女性』の様な方が、プログラムを受講する時間などある訳がありません。

 

「と、思うのですよわたくしは」

 

「セシリー、右に避けろ」

 

 射線からズレるのを確認もせず、背後から撃ってくる相方さん。

 それにしても、真剣にゲームする方ですの。

 軽口から始まって軽口で一日を終える、そんなイメージを抱いておりますのに。

 たまにそういうギャップが、私の……、なんでもありませんわ。

 

 

「助かりますわ、一夏さん」

 

「It's my pleasure」

 

 

 最近は英語の勉強に熱心になっており、ちょっとした応答はできるだけ英語でしようとしているらしいのですが、日本の方にありがちなカタカナ発音はまだまだ矯正中ですわ。

 

「一夏さん。またRの発音がLになってますわよ?」

 

「うん、全く分からん」

 

 口頭で説明するのが手間なので、次セットが始まるまでの休憩時間に映像を繋いだ。

 突然目の前に現れたウィンドウ、私の姿に少し驚く一夏さん。

 なんだか、可愛いですわね。

 

「こうですわ。舌先をどこにもつけず『R』と発音してください」

 

「こう?」

 

「違いますわ。ですから舌をこの様に」

 

 舌をちょっと突き出し、巻かずに、口の中のどこにも当てずに発音する。

 一夏さんは集中して私の様子を見つめてきます。

 きっとあの真剣な眼差しからするに、分かっていただけたに違いありませんわ。

 

「なるほど、分からん!」

 

「一度自殺した方がよろしいのでは?」

 

 なぜそう自信満々なのか、非常に気に入りませんわ。

 

「まあいいや。おいおい分かってくんだろ。言語も文化、尊重する気持ちさえありゃいつか理解できんだろさ」

 

「耳に痛い言葉ですわね」

 

「そんだけ日本語が達者なセシリア相手に、誰も日本を侮辱したなんて思わないだろ」

 

「過去は消えません。鈴さんは未だにその件に関しては許してくださいません。

 気が張っていた、と言うのは言い訳ですが、国交問題になりかねない発言をした入学当初のわたくしが憎いですわ」

 

「人間そんなもんだろ? 昨日よりひとつ、物を知って賢くなってりゃそれでいいんだよ。完璧な人間なんていないんだから」

 

「一夏さんは今日、何を学んだんですの?」

 

 そういうこの人は日々、一体何を学んでいるのか。

 ふと気になったので質問してみた。

 

 

 

「そりゃあ、セシリアの唇と舌がめちゃくちゃセクシーだったってことに決まってんじゃん?」

 

「一度自殺した方がよろしいのでは?」

 

 

 恥ずかしげもなくそういった言葉が出てくるのが、非常に気に入りませんわ。

 わたくしは赤くなりそうな顔を隠しながら、そう答えるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《織斑一夏の場合》

 

 

 

 

「なんで! 俺の相手が! あんたなんだよ!」

 

「騒ぐな、みっともない」

 

 おかしい。

 俺は俺の正面に座るクリストファー・ヴァルツ似のロマンスグレーに怒鳴り散らす。

 

 まてまて、落ち着けオレ。

 一応社長だぞこの人。

 本気だされたら「プチッ」だぞ。

 穏便に、持て成すように。

 

「ご指名いただきありがとうございます。イチカです。ご無沙汰しております、ダヴィッドさん」

 

「突然敬語になるな、虫唾が走る」

 

「アンタ実は俺のこと嫌いだろッ!」

 

 夏休みにとあるIS企業の重役が学園の視察に来るとのことだったが、全く俺には関係ないと思ってました。

 どうも、イッピーです。

 イッピー知ってるよ! 夏休みに視察とかなんの意味があんだよバーカとか考えていた結果がコレだよ!

 

「とにかく座りたまえ。わざわざ息抜きの為に設けた君との食事だ」

 

「デュノア社長。自分も一応、IS学園の生徒であり、IS関係者なのですが」

 

「いやなに、ずっと社長と云う立場で過ごすのも疲れるものなのだよ。

 君とはISを絡めない旧知の仲だ。違うか?

 君は私の『娘の友達』であるイチカ・オリムラなのだから」

 

「あーはいソッスねー」

 

「フン。気にいらんなその態度。会計は別にするか?」

 

「大人げないですね、ダヴィッドさん」

 

 ぐぬぬ、地味に痛い所を突いてきやがるぜ。

 高校生の懐事情を知っての発言か。

 くそう、ここが高級料亭でなければ手持ちの金でなんとか出来たものを。

 

 夏休み初旬、俺は海外旅行に行った。それこそ、この目の前の男性に会いに。

 当初は日帰りの予定だったが、俺は一箇所だけ行きたい場所があったのだ。

 モナコ。

 モナコ公国。

 モナコGPの開催地へ。

 この女性優位の社会において、未だに女性に犯されない男の独壇場、モータースポーツの聖地。

 嗚呼、速さの最先端。なんて素晴らしい夢の場所。ちなみに俺はアロンソのファンだったり。

 その際に予定以上に金と時間を使ってしまい、保護者より監査が入ってしまった。

 曰く、

「高校生らしからぬ金銭感覚を身につけてしまわぬよう、お小遣い別だがそれ以外は申告制にしよう」

 曰く、

「お前を信頼しての渡仏だったが、連絡もなしに勝手をするのであれば今後は許可できん」

 曰く、

「決して、一緒に行けなかった恨み言ではないことを理解するように。

 全然! 全く! これっぽっちも! 二人で海外旅行に行けなかった腹いせではない!」

 とのこと。

 

 そんな感じで、俺の口座は姉の管理下に置かれてしまったのです。

 一応、俺の金なので欲しい物があれば相談さえすればすぐに買えるのですが、

 相談できない内容の金の使い道が、ホラ、あるでしょ?

 毎月配給される5,000円じゃおっつかない程いろいろあるのだ。高校生だから。

 

 

「タダ飯は進んで頂戴する主義です。何卒よろしくお願いします」

 

「その敬語を止めたら考えてやる」

 

「そう言いましても、ダヴィッドさんも立場がありますし、あまり砕けてしまうと失礼ですので」

 

「フン」

 

 机にどっしりと腕をつき、その長い指を絡ませ手を組んだ。

 

「私は旧知の間柄である君を呼んだのだ。

 あの教育機関のくだらない連中と会食するのを逃れる為とはいえ、

 社長としてではなく、『ダヴィッド・デュノア』個人としてだ。

 君が子供でないなら察しろ」

 

「……へーへー。分かりましたよ。適当に砕けるから、それで勘弁してくれ」

 

「構わん」

 

 よく分からんな、この人。分かるわけもないか。

 たかだか16歳のガキが、四十うん歳のオジサマを理解しようってのがおかしな話だろうに。

 

 普通であれば俺達のような子供が接する大人ってのは、両親を除けば教師が主だろう。

 だが教師ってのはその大半が「学生上がり」の社会を経験していない人種だ。

 たぶん先入観も入ってるだろうけど、ぶっちゃけぬるいんだよ。

 社会人かそうでないかを隔てる壁は、責任だ。

 会社に属する人間ってのは、自分の発言で最悪、会社が倒産し社員全員が路頭に迷うって現実を知っている。

 (教師だって人の一生を左右する立場にあるが、それを自覚している方がどれだけいらっしゃるのやら)

 その責任。自分の立場の重さって奴を自覚しているか。

 それが社会人としての核であり、子供と大人を分けるポイントだと俺は考える。

 

 そして、ダヴィッド氏は俺が知っている大人の中で、一番「大人」をしている。

 彼の社会人暦、社長としての立場がそう感じさせるのだろう。

 

 

「わざわざフランスから日本まで来たんだ。どうせなら花街でも寄っていくか?」

 

「『HANAMACHI』とはなんだ?」

 

「花街も知らずに日本に来たのかよあんたは。じゃあ遊郭でしっぽりとしてくるか?」

 

「『YU-KAKU』とはなんだ?」

 

「オイオイあんた何しに日本に来たんだよ!」

 

「仕事だが」

 

 

 ですよねー。

 俺が悪いのか?

 いや、俺が悪いのか?

 いやいや、俺が悪いのか?

 

 いや、俺は悪くねえ。

 だって息抜きって言ってたもん。

 そりゃヌキヌキすると思うじゃん?

 

 

「分かった。ラウンジだな? 確かにその歳になると会話の方が楽しいって人も居るもんな。

 俺のお勧めの店を紹介するよ。生憎行ったことはないけどさ」

 

「これでも予定が詰まっている身だ。そう自由に使える時間もない。心遣いだけ受け取って置こう」

 

 スミレさんごめん。上客入れ損ねた。

 

「なんだよ。じゃあもう駄目だ言う事ねーや飯食って帰ろう」

 

「待て。息抜きとは別に、もう一つ君を呼んだ理由はある」

 

「あんだよーもう俺は御役ごめんだよー出番ないよー」

 

「その、なんだ。……シャルロットの普段の学園での様子を、教えてほしい」

 

 ……不器用な男ですこと。

 どうせ夜はシャルロと父娘水入らずでキャッキャウフフするんだろうに。

 心配なのは分かるけどさ。こういった手段をとるのはどうなのさ?

 っつーか飯に呼んでおいて実はあんたに取って俺がどうでもいい存在ってのは分かっちまったよ。

 

「特段問題ねーよ。成績良し、体力良し、素行良し、器量良し、性格良し。嫌われる要素がない」

 

 『春の陽気』みたいだよね、彼女。

 そこに居るだけで皆を暖めてしまう、そんな感じ。

 

「人が人を嫌う事に、理由は合っても原因はない。例え完璧であっても、完璧であることを理由に人は排他してしまう」

 

「そうですね。だけど、彼女は笑っている。そう心配する事もないでしょう」

 

「フン。おい小僧、笑っている人が必ずしも幸せだと思うなよ?」

 

「…………」

 

 言いたい事は分かる。

 分かるから黙る。俺の言い方が悪かった。

 確かに、彼女が笑顔でいることが彼女の幸せ、ひいてはダヴィッド氏の安心に繋がるワケではない。

 が、しかし。

 論より証拠。

 

「なんだソレは?」

 

 俺はデジカメのピクチャメモリーを表示させ、ダヴィッド氏に無言で差し出した。

 画面には学園の『日常』が保存されている。

 

 それは、演習で抜群の成績を残したラウラのドヤ顔だったり。

 それは、食堂でスイーツを食べている布仏さんの至福顔だったり。

 それは、夕日に照らされ黄昏る物憂げなセシリアの横顔だったり。

 それは、浜辺での『7月のサマーデビル』こと櫛灘さんの自慢げな顔だったり。

 それは、友達に大きな胸をからかわれた箒のテレ顔だったり。

 それは、自己鍛錬でグラウンドを走る鈴の真剣な顔だったり。

 それは、相川さんが披露したノリノリ横ピースなキメ顔だったり。

 

 それは、周りに自然と人が集まるシャルロットの何気ない笑顔だったり。

 

「……………………」

 

 今度はダヴィッド氏が黙る番だった。

 氏の胸に去来する想いは、どのようなものだろうか。

 俺には分からない。

 分からないけど。

 

 写真を眺める『父親』の瞳を見れば、別に分からなくったっていいや、なんて思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい小僧」

 

「はい?」

 

 ・・

「コレはなんだ?」

 

 それは、臨海学校の写真。

 波に水着のトップをズラされ、慌てて手でカヴァーするシャルロット・デュノアの際どい写真。

 俺の耳は「プチッ」そんな音の幻聴を、確かに聞いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

《ダヴィッド・デュノアの場合》

 

 IS学園にはデュノア社製のRR-08、第二世代最後発にして最高傑作と名高いラファール・リヴァイヴを多数賃借している。

 RR-08は全体的なスペックもさることながら、その扱い易さ、拡張性により最後発ながら高いシェアを占める。

 されど技術は日進月歩。

 世界に誇る傑作機だとしても、第三世代機の開発が始まっている現状ではなんの価値も見出せない。

 特に第三世代機では、機体スペックを競うのではなく『イメージ・インターフェイス』を用いた搭乗者に依存しないシステム(特殊兵装と言い換えてもいい)の開発が重要である。

 

 デュノア社でも幾つか第三世代機の開発プランはあるが、そのどれもが開発が難航している。

 企業競争に負ける、どころの話ではない。

 このままでは競争自体に参加出来ないのだ。

 

 もし、フランスに新しくする台頭するIS企業が現れれば、デュノア社は吸収合併されてしまうだろう。

 経営陣が揃いも揃って頭を抱えているのが現状である。

 

「ダヴィッド社長、IS学園における主要施設、並びに3年間の学習概要の説明はこれにて終了ですが、何かご質問は?」

 

「そうだな。各種訓練機の稼働状況と生徒達の要望があれば教えてもらえないか?」

 

「機体数の関係もあるが、打鉄4、疾風3、その他3、と言ったところでしょうか?

 要望に関しては機体の要望を出せる程の熟達した生徒はおりませんし、居たとすればすでに専用機持ちです」

 

「ならば教師陣はどうかね?」

 

「そうですね、第三世代機2機を相手に疾風にて圧倒する教師がおります。後程そちらに伺わせます」

 

「助かる」

 

 話しは変わるが、何故こんな時期――IS学園が夏休みの期間――にIS学園の視察をすることになったのか。

 それは、私の目の前の女性と会う為である。

 

 織斑千冬。

 過去二度、世界最強の栄冠を手にした女性である。

 第一回、第二回モンドグロッソにおいて総合部門並びに格闘部門の優勝者。

 世界最強の名誉を欲しいがままにし、突如現役を引退した。

 敬意と畏怖を以って、引退した今でも世界から『ブリュンヒルデ』と称えられる女性である。

 

 率直に言ってしまえば、デュノア社の社長は会社の今後を見据え、この女性とコネを作る為だけに海を越えてこの島国に来た。

 

「ダヴィッド社長、一度休憩を挟みましょうか。長旅で御疲れでしょう」

 

「そうだな。よければレディ、世間話に付き合ってくれないか?」

 

「私でよろしければ、お付き合いしましょう」

 

 この淑女然とした女性は、IS学園における特別指導員だ。

 主にISの実践訓練を担当しているので、ISに関する学習機関であるこのIS学園において最も忙しい人材であろうことは想像に難くない。

 そんな彼女の時間を押さえようとした場合、やはり夏休みこそが最適であろうという判断に至った。

 

「織斑君、第一線に返り咲く気はないのかい?」

 

「デュノア社長。私はとうに引退した身です。今では後人の育成こそ私の天職と思っております」

 

「そうか、残念だな。第二回モンドグロッソの決勝戦、誰もがあの光景を忘れられないと言うのに」

 

「目上の方に説くのは失礼かもしれませんが、他人の過去とは輝いて見えるものです」

 

 第二回モンドグロッソの決勝戦。

 その決勝は日本の代表とドイツの代表によって行われた。

 試合時間はたったの5秒。日本代表の圧勝だった。

 決してドイツの代表が、機体が弱かったわけではない。

 ドイツの代表は単一仕様能力を開放しており、他国を寄せ付けない実力を持っていた。

 彼女のワンオフ・アビリティーはバズーカでも抜けない圧倒的な強度を誇る物理障壁だった。

 それを織斑千冬は試合開始と同時に零距離まで詰め、ものの一瞬で13撃加え、障壁を砕きシールドエネルギーを空にした。

 その後会場のバリアを切り裂き、一目散へ何処かへ飛んでいった。

 あまりに苛烈なその姿が、あの場にいた人間、あの光景を目にした人間に刻まれてしまっている。

(閉会を待たずに飛んでいったのは弟が誘拐に遭っており、その救助に向かったらしい。その美談も含め、彼女は未だ、世界中から求められている人材だ)

 

 

「そうかも知れない。だがしかし、世界は新たな主役を求めている。

 第三世代の開発が始まって、欧州のイグニッション・プランが進められ、それでもIS社会は停滞している。

 それはひとえに、君の様な存在がいないからだと上層部は考えているのだよ」

 

 上層部って何処だよハゲ。

 そんな口汚い囁きが聞こえた様な気がするが、気のせいだろう。

 この淑女がその様な言葉を口にする筈が無い。

 

「デュノア社長、私個人としては、ISの発展自体にそれ程興味もないし、世界への影響を鑑みれば停滞して然るべき、とさえ考えております。

 ISはどれ程言い繕った所で、『兵器』に変わりはありません。それを使用する人が成長もせず発展を望むべきではないと、私は思います」

 

 ISの腕もさる事ながら、この女性は非常に思慮深い。

 天は二物を与えず、とはこの国の諺だが、彼女には当てはまらないようだ。

 私の娘も、彼女のような女性に育って欲しいものだ。

 

「君の言う事は尤もだ。だが、世界は君の様に優しくはない。

 資源や資材、利権や金銭、国が、企業がそれを求め蠢いている。

 世界の波と言い換えてもいいだろう。その波を君は感じないかね?」

 

 感じねーよ電波受信してんなよハゲ。

 そんな口汚い囁きが聞こえた様な気がするが、気のせいだろう。

 この淑女がその様な言葉を口にする筈が無い。

 

「そう、例えば突如現れた『世界初の男性IS操縦者』なんかその際足る―――」

 

「第二世代機を巧みに操るとある会社の社長の妾の子、なんてのもストーリーがあって宜しいかと存じますが?」

 

 

 唐突に、寒気がした。

 

 こちらが素か、『織斑千冬』。

 フン。あの戦闘映像から思うに、どうにも温いと思っていたところだ。

 

 

「私の不肖の娘のことかね? ああ、ちなみに私の娘は君の弟に執心でね。そういった器には成りえないよ」

 

「かつて世界の中心に居た身から発言させて頂くならば、そういった人間こそ器になり易いと断言します」

 

 ピリピリと皮膚に刺さるプレッシャーは、24歳の小娘にだせる圧力ではない。

 舐めてかかるつもりはない。これは正真正銘、化生の類だ。

 

「私の娘の話しはいい。ちなみに私は君の弟と個人的な交友があってね。

 彼はIS学園を卒業したら海外に出てみたいそうじゃないか。

 まだまだ先の話しだが、いずれ就職する身であれば問題もある。

 彼には在学中にデュノア社に入社すると確約をくれれば、2,3年の世遊びを大目に見ると伝えてある」

 

 あんの馬鹿ッ、アタシに黙って勝手しやがって、仕置きしてやる。

 そんな口汚い囁きが聞こえた様な気がするが、気のせいだろう。

 私の精神衛生上気のせいということにしておきたい。

 

「ご心配なさらなくても、私はIS学園より少なくない給金をいただいてます。弟の生活費程度なら問題ありません」

 

「フン。だとしても、姉の脛をいつまでも齧る一夏君ではないと思うがね」

 

 痛い所を突かれた、と言わんばかりに表情を変えるブリュンヒルデ。

 どうやら、アレは彼女に取ってのアキレス腱らしいな。

 

 頭痛の種、と言ってあげても良いかも知れない。

 私は彼との出会いを想起し、彼女への同情心が湧いた。

 絶対、確実に、苦労してるのだろう。

 

「なに、娘の友人だ。決して悪くは扱わんよ」

 

「娘の友人、ですか。それが卒業する時に娘の旦那になっている可能性はお考えで?」

 

 フン、その時はあのモンキーを細切れにするだけだ。

 

「君の弟だ。将来的には立派な紳士に育っていてもおかしくはない。そうであれば、吝かではないね」

 

「社長、右手が震えてますわよ?」

 

 力みが出てたか。

 緊張している感じでもない。

 ただ単純に、隠すことでもないと無意識に判断したのだろう。

 フン。やられっ放しも面白くはない。

 

 

「そうだな。私はなんだかなんだ言いながら、子煩悩な父親でね。

 親馬鹿にならぬよう普段から自分を律しているつもりだ。

 なので娘の近くに関係浅からぬ異性が居るというのは、あまり平然とできる環境ではない。

 それは君だってそうだろう?」

 

「何がでしょうか?」

 

 

「―――君は、織斑一夏に『ただの』弟以上の感情、愛情を抱いているだろう?」

 

 

 カアアと音が聞こえそうなほど一瞬で顔を真っ赤に染める彼女。

 フン、歳相応に乙女な顔も出来るじゃないか。

 織斑一夏の言った通りだったな。

 

「俺の姉はからかわれるのが苦手な、すっげー可愛い女の子」だと。

 

 

 

 その日、元世界最強のISランナー『織斑千冬』と、デュノア社社長『ダヴィッド・デュノア』の間にコネが出来た。

 それが今回の日本来訪の目的であり、十全に達成できたと断言しても構わないだろう。

 

 ただ、その裏に弟を溺愛するブラコンな姉と、娘を溺愛する親馬鹿な父の、互いの利を得る為の有益な同盟が前提である事だけは、誰にも知られてはならない秘密である。

 






HoS その2、いかがでしたでしょうか。
HoSのコンセプトとしては「ネタばらし」なのですが、
ちょっとチッピーがでしゃばった所為でそれはその3に後回し。
ですので取り留めない、読み飛ばし推奨の幕間となってしまいました。
ただ、あまり書く事のない学園での日常が書けたので、個人的には楽しめました。
読んでくださった方も、同じ気分で楽しんでいただければ幸いです。

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