IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BMG] (中)遠雷 ~遠くにある明かり~ / HIGH and MIGHTY COLOR


(中)遠雷

「『紅椿』が『篠ノ之箒』。いざ尋常に、参る」

 

 戦闘開始を告げる台詞は、そんな一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乗り気じゃない。当然ながら乗り気じゃない。

 何が悲しくてサマースポットでガチンコバトルなどせにゃならんのだ。

 だから俺は平和主義者なんですって。嘘じゃないってホントだって。

 事なかれ主義者ですよ。うん、それはねーな。

 

「薙ぎ払え、《空裂》」

 

 なんか空間爆撃が行われましたので後方へ下がる。

 あれ? カス当たりにも関わらずシールドエネルギーが減ってる。

 直撃したら危険ですかそうですか白式さん。オーケイ把握。

 ザクザクと空を裂く紅椿。

 あんだけのモーションでその火力とその範囲はチートじゃね?

 

「どうした、逃げてばかりではないか一夏」

 

「うん、正直どうしようかなって。口じゃもう止まんなさそうだし」

 

「そうか。お前はこの後に及んでまだ『私』を視ていないのだな。

 ならば、お前の視線を釘付けにする!」

 

 空裂に次ぎ右手に雨月を展開し、突撃してくる紅椿。

 なんつースピードだよ。通常加速で瞬時加速の一歩手前まで迫ってやがるぜ。

 

「白式」

 

[Grasp]

 

 右手に雪羅、左手に雪片を顕現。

 せーのっ!

 

「やっとやる気になったか? うまく捌けよ」

 

 雨月と空裂の二刀流による剣戟を、雪片と雪羅によりどうにか凌ぐ。

 機体の出力に差がありすぎる。

 なんで片手で白式の両手分のパワーが出るんだよ。

 攻めを捨て、防御に専念しどうにか膠着させる。

 

「おい箒、さっきからお前は誰と会話してんだよ」

 

「私の前に居る男とだ」

 

「巫山戯ろ。テメーが見てんのは遠い昔の『織斑いっぴー』だろうが!」

 

 これまでより一寸早く、雪羅を振り回す。

 おいおい、まさかこんなんが俺のトップスピードと思ってんのか?

 ギアはまだローだぜ。テンションと一緒で中々上がんねえけどさ。

 

「テメーは俺が、幼い日のままだと、幼馴染の頃からちっとも変わってねえとでも云うのかよ!」

 

「違う、そうじゃない!」

 

 箒の腕が鈍る。

 チャンス、削っとけ。

 雪羅を紅椿に走らせる。

 

「違わねえだろうが。昔みたく手を伸ばして、引っ張って貰うのをいつもいつも待ってんじゃねえか」

 

「一夏、気付いていて何故―――」

 

 何故? 何故? 阿呆かテメエは!

 はいトップギア。

 はいテンションMAX。

 はい、怒髪天。

 雪片と雪羅を重ねて、叩きつけるように見舞った。

 

「何故じゃねえだろうがクソ女! 甘えてんじゃねえぞクソ餓鬼がッ!」

 

 感情のままに再度、両手の剣を振る。

 俺の怒号に押されてか、下がる紅椿。

 ダメージは、ない。

 

「一夏、―――私が嫌いか?」

 

 違う。そういう問題じゃねえ。

 なんで分かんねえんだよコイツは。

 どちらかが依存した関係なんて、破滅するだけなんだってば。

 

「篠ノ之箒の顔も、篠ノ之箒の身体も、篠ノ之箒の性格も好きだが、そうやっていつまでも子供のまま、思い出に縋ろうとする篠ノ之箒は大ッ嫌いだね」

 

「そうか。ならば、力ずくだ!」

 

 空裂は威力と範囲を増し、空を裂く。

 ちょいとコイツは避けきれねえ。

 4発ももらえばたぶんエネルギーが尽きちまう。

 

「白式ィ!」

[Blade Mode Exchange]

 

 盾状にした雪羅/零落白夜で、功性エネルギーを切り払った。

 対エネルギー兵器とかビーム兵器は、白式の十八番だぜ?

 これ燃費すっごい悪いからやりたくないけど。

 

「力ずくってアンタ、女の子の発想じゃないでしょうに。ちなみにお前が本気なら俺はすぐさま警察に駆け込むぜ」

 

「官警如きが、今の私を停められるものか」

 

「なら恥も外聞もなく俺は千冬姉さんに助けを求めるぜ」

 

「ならば、千冬さんと死合おう」

 

 お前さ。

 お前さぁ。

 お前って奴はさぁ!

 なんでおまわりさんや千冬姉と戦う勇気があって、一人で歩けないんだよ!

 もうやだこの人。

 

「あーちょう帰りてぇ。今すぐ帰りてぇ。なんだってこんな馬鹿の相手なんかしなきゃならんのだ」

 

「おい、聞こえているぞ」

 

「聞こえる様に言ってんだよこの馬鹿! そうやって現在進行形で黒歴史作りやがって付き合ってるこっちが恥ずかしいわ!」

 

「うむ、黙れ」

 

 雨月と空裂によるエネルギー刃と功性エネルギーの連続攻撃。

 たまらず身を竦め、雪羅の出力を上げガードに専念する。

 このままじゃジリ貧どころか、一方的にやられる。

 いただけないな。

 後ろ向きに、熱血しましょう。

 

 せえのっ!

 雪羅による零落白夜シールドを展開したまま、紅椿のショートレンジに入る。

 切り結ぶ、太刀の下こそ地獄なれ、

 

「黙らねえよ、糞ッタレッ!」

 

 踏み込みゆけば、やっぱり地獄ー!

 待ってました、知ってましたとばかりに斬り合いがスタート。

 パワーで負けてしまうので雪片弐型を両手で振るう。

 それでも押し負けそうなのは見てみぬフリをしたいところ。

 箒は右手のみ、雨月のみで俺の剣に対処する。

 

 パワーだけの問題ではない。

 元々、冷静な篠ノ之箒に勝てる道理などはない。

 

 篠ノ之箒は、剣道の全国優勝者だ。

 それがどれだけの快挙か、たぶん周囲の人間はあんまりピンときてこないだろう。

 

 剣道に限った話ではないが、個人競技で全国を取るというのは大変なのだ。

 元々の素質、体格、センスがあり、更に研鑽する環境と私生活の時間の大半を費やす。

 それでも駄目なもんは駄目。全国とはそういったレベルの話なのだ。

 

 しかし、篠ノ之箒は見目麗しい少女である。

 体格はまさに極上(性的な意味で)だが、女性の平均からは外れない。

 筋力は男性の平均以上だが、それでも全国ではザラにいる。

 練習時間は人並み。血が滲む程の鍛錬をしたわけでもない。

 環境は最悪。剣道部では孤立し、練習相手に欠く上に師範から教わる気がない。

 

 それでも、こいつは優勝した。

 それは何故かって?

 俺は試合を幾つか見たが、篠ノ之箒は―――

 

「視えているぞ、一夏」

 

 ―――相手の攻撃のタイミングを読む、対人戦の天才だ。

 試合での待ちに入った箒は、一発足りとも有効打を受けずに優勝した。

 理屈は分からんが箒はそういった読み合いに関しての技を有しており、束姉とは異なる別分野の天才である。

 

「やめてよね。箒が本気になったら、俺が敵う筈ないだろう!」

 

 涙がちょちょぎれやがんぜ。

 箒に勝ちたかったら、箒から攻めさせないといけないのに、紅椿は圧倒的な近~中距離における面制圧の武装を所持している。

 これならまだ甲龍とバトったがましだわ。

 束姉その辺まで考えて機体組んでんだろコレ。ずるくね? 汚くね?

 

 お互いの軌跡を鎖の様に交差させながら飛ぶ。ぶつかる。

 勢いをつけ、ぶつかって、切り抜けて、逆方向から順方向にもどして、またぶつかって。

 凄まじいスピードで陸から離れていく。

 それだけ勢いをつけた剣戟を何度受けても、紅椿は崩れない。

 片手で、軽く合わせて来る。

 

 魅せつけてくれんじゃねえか。

 格の違いだってか。

 んなもん始めっから決まってんだろ。

 

 お前の方が上だよ、ヒーロー。

 お前は、いつまでも認めようとしないけどな。

 

「どうだ一夏、私の力は?」

 

「あー凄い凄い。これで満足か?」

 

「馬鹿にして!」

 

 交錯するタイミングで剣を大きく振り上げる箒。

 俺は零落白夜を発動させ、雪片弐型を半テンポ早く横薙ぎにする。

 

「視えている!」

 

 雪片弐型のエネルギー剣を攻撃の瞬間のみ伸ばしてみたが、軌跡に合わせスピードを緩めた箒の喉元に僅かに届かずかわされてしまった。

 俺の隠し玉、通用せず。むしろまだ冷静だったのあの子。

 

 俺の空振りを、雨月で攻めてくる。

 ガードは、間に合わない。

 間に合わないなら、どうするか。

 

 実体剣とブレード光波を重ねた紅椿の二重攻撃は易々と白式のバリアを破り、絶対防御を発動させる。

 されど、この身は止まらず。空ぶった勢いのまま、返しの刃を放つ。

 当てたからって、避わしたからって、油断してんじゃねえよ。

 いつも通りの、捨て身技。

 振り切った勢いで、雪片の軌跡を翻す!

 

「ヌッ!」

 

「お釣りだ、とっとけ!」

 

 密着状態から弱イグニッションブーストで体当たり。

 なんとか押し戻し、仕切り直す。

 

「無茶苦茶だな、お前は」

 

「座右の銘は型破りでね。お陰様で姉の寿命が何年縮んだことやら」

 

 心配させてばかりでごめんよちっぴー。決して嫌がらせではない。ないから呑んだ時に泣くのはやめてくれ。

 

「もうエネルギー残量も多くはあるまい。いい加減に、私を認めろ。私を視ろ。私を、」

 

 受け入れて。

 そう言った気がした。

 そう聞こえた気がした。

 だけど、俺は耳を塞いだので何も聞こえなかった

 

 

「あー恥ずかしい恥ずかしい! 姉がとんでもない兵器を作って家族がバラバラになって一般的な立場から隔離されて彼氏どころか友達も出来なくて剣道をやってみても仲間にいれてもらえず捻くれた挙句ばったりあった幼馴染の男の子に縋ってみるもあえなく突き放され構ってちゃんごっこをするも相手をしてもらえず一家離散の原因となった怒りの矛先の姉におねだりして憎んでた筈の兵器でドヤ顔したけどそれでもスルーされて力ずくで最終的に言う事を聞かせようする名状しがたいモッピーのような人が恥ずかしい! そんな奴の幼馴染であることご心底恥ずかしい!」

 

 

「―――死ね」

 

 

 冷たく、凍るような声色の呟きを置き去りに直進する紅椿。

 なんであんなスピード出るんかねぇ。

 あの速さで逃げながら空裂ぶんぶんされたら俺積むんだけど。

 

 もう零落白夜を発動させるエネルギーすらない。

 一発でもカスったらアウト。

 それでも、箒さん頭に血が上っちゃってるんでワンチャンあるぜ?

 そいでは、分の悪い賭けを―――

 

 

 

 

 

『助けてッッ!!』

 

 

 

 

 

 雨月は、しっかりと俺を貫いた。

 絶対防御は、完璧じゃない。

 その出力以上の攻撃を加えられては、辛くも破られるのは道理であり。

 だからこそ、競技用のリミッターが存在している訳で。

 こうして、こうして、そうして。俺は腹に穴が開いてしまった訳で。

 

 オープンチャンネルで届いた悲鳴と救難信号は、神がかったタイミングで俺の行動を阻害し、箒はその間隙にしっかり最大出力をぶち込んだ。箒さんなんつー集中力だよ。ぱねぇな。

 

 たまらず吐き出した空気は、多量の血を含んでいた。

 ずるりと、俺の体がすべり、自然落下を始める。

 箒は、沸騰した心に氷柱をぶっ刺された顔をしている。

 

 

「おい、箒。―――満足かよ」

 

 

 そうやって、力を手にして。

 力を振るって。

 誰かを倒して。

 誰かを傷つけて。

 

 お前が本当にしたかった事は、そんな事か?

 お前が本当に欲しかった物は、そんな物か?

 

 力は、義務だ。

 力を持つって事は、戦う責務を負うって事だ。

 俺はそう思うのだ。

 

 人の世で生きていくなら、きっとそれはルールなのだ。

 力の有る者は、力無き者の盾となることを求められる。

 俺の姉が、散々世界に振り回されたみたく。

 その上で、力ってのはより強い力に蹂躙される運命なのだ。

 

「俺より強くなって、俺を落として。―――その先に、何があるってんだ」

 

 箒は呆然と俺に手を伸ばし、止めた。

 俺に求めるな。

 俺にお前の答えを求めるな。

 お前の問いには、お前が応えろ。

 

「正義なき力は、暴力だ。正義である必要なんかないけれどさ。

 それは、お前が必要だった『正しい』力なのか?」

 

 きっと、お前は俺より強いよ。

 だから、俺はお前を守れない。

 俺は、その位階(ステージ)にはいないから。

 もし、俺の方が強かったら。

 守って、やりたかったなぁ。

 

 眼を、閉じる。

 一人の小さな女の子が泣いている。

 ボロボロ兎の人形を踏みつけ、ボロボロの男の子の人形を手に抱え。

 その手には抜き身の刃が握られ、彼女の掌と、抱き締めている人形をズタズタにする。

 彼女は一層泣く。

 縋る様に男の子の人形をボロボロにし、血に汚し、それでも彼女は。

 彼女は。

 

 俺じゃ、無理なのかな。

 誰かに伝えたい想いがあるのに、もう体が動かないや。

 間違っているのに。

 変えたいのに。

 そんな悲しい顔、止めたいのに。

 トクンと、胸に熱が宿る。

 それでも、動かないのだ。

 俺も、白式も。

 

 落ちる。墜ちる。

 空から、海へ。

 いつも偉そうな事を言ってるけど、それは強がりで。

 本来の俺はこんなにも弱く、脆い。

 大事な女の子を笑顔にすら出来ない程、矮小で無能なゴミだ。

 ごめん、箒。

 

「もう一度。もう一度よく考えてみろよ。お前のやりたい事。お前のやらなければならない事。

 その手にある、力の意味を。お前の価値も、お前の力の価値も、決めるのはお前なんだから」

 

 誰かに求めるな。お前が肯定しなければ、お前を肯定する人など現れる筈などもない。

 水面まで、後5秒。

 意識も虚ろ。

 それでも胸の奥に燻る熱が、俺に口を開かせた。

 

 白式。

 死にたくない。

 後は頼む。

 

 盛大な水柱を上げ、俺は海に墜落した。

 

 

 

 

 

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 しろい、しろい砂浜。

 たかい、たかい青空。

 そんな空間に漂う。

 そんな時間に挟まる。

 

 世界の主が問う。

 

「力が欲しいの?」

 

 いらない。

 そんなものいらない。

 

 言葉をください。笑顔でいられるために。

 言葉をください。誰かの想いを支えるために。

 言葉をください。絶望に打ち克つための誓約を。

 

「あべんじ・ざ・わーど?」

 

 Avenge to World.

 この糞っ垂れた世界に、宿命に、運命に、社会の中で生きているちっぽけな俺達が、義憤を抱き徒党を組み闘うのだ。悲しい現実などぶち壊せ。

 人生を、面白おかしく生きるために。

 

「イチカは、心を繋ぎたいの?」

 

 分からない。

 だが、この胸の熱は俺に語り掛けるのだ。

 悲しいのはイヤだ。

 間違いは正せ。

 人は、変われる。

 どんな現実に直面しても、自分を見失うな。

 『それでも』と言い続けろ。

 

「分からないから、足掻くんだね」

 

 だけど、届かないんだ。

 だけど、動かないんだ。

 心も、体も。

 

「一人じゃないよ、イチカは。

 イチカは、独りじゃない」

 

 ふれる。

 俺の体を縛りつける楔に。

 腹から生え俺を張り付けにする釘に。

 

「イチカの声、私には届いたから。私の心が動いたから。だから―――」

 

 手伝ってあげる、と。

 白い少女の声は、掠れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 胡乱な頭が覚醒する。

 畳の部屋に寝かされているようだ。

 傍には、膝を抱えて座り込む箒ちゃん。

 何この雰囲気、すっげー暗いのですが。

 

「一夏、気がついたのか!」

 

 箒の顔が明るくなる。

 体を起こそうと手をつき、滑った。

 

「馬鹿者! 寝ておけ、重傷なのだぞ!」

 

 箒が自分の発言にハッとした顔をした。

 いつ誰が何をどこでどうしたのか思い出したのだろうか。

 よっこらせっと。

 

「だから! お前は! 腹に穴が―――!」

 

 はだけた病人服を更にはだけさせ、包帯をずらしまさぐる。

 

「―――穴が、ない?」

 

 傷ひとつない俺のぽんぽんがこんにちは。

 呼吸器と点滴がを荒っぽく取っ払う。うざってぇ。

 さってと、そいでは行きますか。

 

「お前は、何をしようと、」

 

「悲鳴が聞こえた。『助けて』って、声が聞こえた」

 

 なら、行かないと。

 あの声には聞き覚えがある。

 三組の担任だ。

 背が高くて、スレンダーながら丸顔なのがコンプレックスで、ちょっとおっちょこちょいで、生徒想いの女性だ。

 よい、しょっと!

 鈍い感覚にめげずになんとか上体を起こす。

 

「その方ならもう救助されている。お前の方がよっぽど重傷だったのだぞ!」

 

「でも、元凶は健在だろ」

 

「専用機組みが、討伐に向かった」

 

「あ、そうなの? なら余裕だろ任せっか」

 

「……正直、厳しいだろうな」

 

 白式、どういう事?

 俺のISは主の疑問を解消すべく、映像データを寄こしてきた。

 俺が水死体ごっこしてる間の映像を。

 その三組の教師を倒しなんかこっちにやってきたらしい福音さんの映像。

 紅椿を圧倒する、シルベリオ・ゴスペルの映像を。

 

 

「だから、何をしようと云うのだ!」

 

 

 立ち上がろうとした俺の体を押さえつけ、箒は叫ぶ。

 離せよ。

 

「助太刀に。状況が変わった。教員は追い込むための配置だったのに攻撃されてるんだろ?

 一般人に被害が出る危険性がある。んで紅椿をぼこるなんて福音さん圧倒的じゃん。皆が心配だ」

 

「その体で、何が出来る! お前は自分で言ったではないか! 『義務も熱意もない』と!

 なぜ今更、戦場に立とうとする!」

 

「アイツ等、強いけどさ。負けたら死んじゃうかもしんないでしょ? なら、ねえ?」

 

 言わせんなよ恥ずかしい。

 それに何が出来るって?

 なんだって出来るさ。

 俺の意識があって、俺の体が動くんだから。

 

「いかせんぞ、一夏。私は、」

「舐めすぎ、箒。ほら、俺の手、振り払ってみろよ」

 

 俺を寝かしつけようとする箒の手を両手で掴んだ。

 

「こんな弱い力で、何を―――」

 

 

「『ホーキちゃん』」

 

 

 篠ノ之箒は、固まる。

 

 

「俺はね。もう、ホーキちゃんが知っている頃の『織斑いっぴー』じゃないけれど、

 それでも『僕』は、ホーキちゃんの事を、大事に想っているよ」

 

 

 俺の服を掴んでいた箒の手は、俺の手を掴んだ。

 

 

「一夏は、ずるい」

 

「知ってる」

 

 

 イッピー知ってるよ。イッピーは藤木くんも真っ青な卑怯者だって。

 

 

「一夏は、汚い」

 

「知ってる」

 

 

 イッピー知ってるよ。イッピーは国会議員クラスの汚さを誇るって。

 

 

「ならこれは知っていたか? 『ホーキちゃん』は『織斑いっぴー』が好きだったって」

 

「知ってた」

 

 

 イッピー知ってたよ。その淡い恋心は、きっと織斑いっぴーもいだいていたから。

 

 

「そうか、それなら良い」

 

 

 今更ながら気付いたが、あんた頬っぺたが大変なことになってますよ?

 左頬にはくっきりとした小さい紅葉が。

 右頬にはおたふく? と聞きたくなる程大きく膨れ上がった頬が。

 そんな顔でも、箒は笑う。

 何があったかは、聞かないよ?

 

「ならば、私が出よう」

 

「あんだよ、俺の代役のつもりか?」

 

 だったら辞めとけよ。迷惑だ。

 

「いや、実の所、まだ答えが出ない。私の力は、何の為にあるのか。

 しかし、苦戦しているであろう級友の為に振るうのは、間違いではないだろう」

 

「さいでっか」

 

 勝手にしろよ。

 お前が決めたお前の決断だろ。

 誰がなんと云おうと、信じるのも、押し通すのも、お前だ。

 自分の成すべきことを成せ。

 

「一夏、―――すまなかった」

 

 床に手をつき、額を畳に擦りつけ謝罪する箒。

 何に対して、どういう想いで謝っているのか、俺には分からない。

 俺が寝てる間に色々あったのだろう。

 俺、女に頭下げさせる趣味とかないんだけど。

 

 艶のあるポニーテールの黒髪を、わしゃわしゃと指を遊ばせるように梳く。

 俺の手の上を零れるように滑っていく髪は、昔と変わらず、いや昔以上に素敵だった。

 

「許すよ。まぁ許すも何も、俺の身体には傷一つ残ってないけどね」

 

「忍びない。では、往ってくる」

 

 立ち上がった箒は、そのまま部屋を出た。

 その視線は、前だけを見つめていた。

 あらあらまあまあ。

 あてくしの言葉は届かなかったけど、きっと誰かの言葉が届いたのでしょう。

 その言葉を聞いて、変わりたいと箒さんが思ったのでしょう。

 やっぱり世の中、捨てたもんじゃねーな。

 

 ではでは、とある不調の織斑一夏、はじまりますっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 調理場なう。

 腹の傷は埋まってるけど、その反動なのか体がヤヴァい。真面目にヤヴァい。

 とにかく血が足りない? 足りないっぽい。

 

「てってれてれれれってってってん」

 

 イッピーの1分クッキング。

 牛乳の成分って血液と似てるんだって。

 冷蔵庫から取り出した牛乳をビールジョッキになみなみと注ぐ。

 

「てってれてれててってってってん」

 

 カロリーが足りない。熱量欠乏。

 同じく冷蔵庫にあった蜂蜜をたっぷりドロップする。

 

「てってれてれれれってってってん」

 

 眠くてだるくてしんどくて辛い。

 カフェインが欲しいとです。

 戸棚にあったインスタントコーヒーの粉末をぶちこみ混ぜる。

 

「てれっててってってん!」

 

 コイツを俺の胃腸にシュートッ! ごっきゅごっきゅと喉を鳴らしてこぼしながら呑む。憎しみを流し込め!

 超エキサイティン(腹P 的な意味で)

 

 うぇー。げろまず。

 

 

 ちょっとふらふらすっけど、なんとかなる。

 調理場から食堂へ抜け、そのまま裏口へ。

 裏口からえっちらおっちら海へ歩く。

 空には夕日が沈みかけて、月やら一番星が目立ち始めていた。

 青と赤の境界線を歩いているようで、ちょっとわくわくした。

 

 

 

「今夜は、月が綺麗だな」

 

 

 

 

 姉とか妹とかそんなサムシングにそう話しかけられ、かなりがっかりした。

 漱石的に返そうとして、勘違いだったら恥ずいのでやめといた。

 

「いようマイシスター。昼ぶり」

 

「行かせんぞ」

 

 聞く耳持たぬ、ってか。

 千冬さんはピンポイントに俺の離陸ポイントを読んで、待っていたらしい。

 おいおい作戦中じゃねーのかよアンタ。指揮官が現場離れるとか正気かよ。

 あ、まだ始まってねーって? 関係ねーだろそんなこと。

 始まってても、アンタは来ただろうが。

 

「ヘイそこのカワイコちゃん。ちょっとお花を積みに来たんだけど、一緒しない?」

 

「行かせんぞ」

 

 考える限り最低の誘い文句だったが、ガン無視でした。

 っつーか村人Aかアンタは。

 ガシリと、俺の腕を掴む千冬姉。

 その眼に浮かぶは、憤怒かな?

 

「篠ノ之が背負って戻ってきたとき、お前は重態だった。

 そうやって今歩けているのがおかしなレベルの、だ」

 

「現実問題歩けてんだから、んなしょーもないこと考えるのはよしましょうや」

 

「状況を報告させようとしたが、アイツはお前に経緯を聞けと黙秘の一点張りだった。

 思わず殴ったがそれでも吐かなかった。強情な奴だ」

 

 あんたかよ。

 あんたかよ!

 よっぽどのゴリラに殴られたんだと思ったら、あんただったのかよ。

 あいつを強情と罵る前に自分の短気さを自覚しろよオイ。

 経緯ねぇ。

 

 白式、①救難信号キャッチ②現場に急行中福音に襲われ、俺落とされる③防戦しながら箒が俺を連れて帰る。

 そういったシチュで証拠でっち上げといて。紅椿との情報共有も頼む。

 

「私は、お前の命以上に大事な物などない。だから行かせない。

 どうしても行きたければ、この手を払ってみせろ。」

 

「やっぱ姉弟だねぇ、俺達。愛されてんなぁ、俺」

 

 どうしよっかなぁ。万力じみた力で拘束されている俺の右腕。

 きっと空いている左腕で顔面をジャストミートしようとも離してくれないのだろう。

 愛が痛いぜ、姉貴?

 

 最悪おっぱいモミしだいてなんとかしようと思った。

 思ったが、思った時点でちっぴーが視線逸らしつつ頬染めて胸をつきだして、こない。

 俺のモミ易いシチュエーションを作って来ないとは……、マジだなちっぴー。

 コイツはヤクいぜ。

 

「離せ」

 

 千冬姉の右眼球から3センチメートル程離して、人差し指を突き付ける。

 いかに俺の体調が悪かろうとも、この指を突き出せば失明させる事は難くない。

 頼むから、離してくれ。

 

「一夏。私はお前の意を排して、自分の我侭だけでお前の自由を奪おうとしている。

 それが目玉ひとつで吊り合うなら、お前の命が買えるのなら、易いものだ」

 

 そう言って、織斑千冬は、指先に向かって歩を進め―――

 

「―――頭イってんじゃねえかアンタ!」

 

 弾かれるように、手を引く俺が居た。

 おいおい俺の姉キチガ○じゃねえの? 頭おかしいよ絶対おかしいよこんなの絶対おかしいよ。

 なんで俺の周囲の人間ってこんなブッとんでんの? 馬鹿なの? (余波で俺が)死ぬの?

 姉交換とか可能かな。束姉を俺の実の姉に、したくはないな。すっごい大変だわ。

 あー、蘭に会いてぇ。すっっっごい会いたい。会ってセクハラしたい。

 膝枕とかお願いしたい。俺がポディションずらすたびにモジモジとする蘭が見たい。超見たい。

 一緒に恋愛物の映画見て、途中で急に手を握って恥ずかしがる蘭が見たい。ランちゃんなう!

 実はイッピーランキングに置いて常識人一位に輝く愛すべきまともな人は、五反田蘭ちゃんだったり。

 次いで俺。異論は認める。

 いや、でも俺どっちかってーと一般人よりですよ。

 ちょっとエロいのは珠に瑕ですが、そんなん男子高校生では普通です。

 むしろ健全にオープンしており好感が持てます! 間違いないです!

 

 そろそろ、現実逃避は辞めませう。

 つーかアンタが出撃すれば万事丸く収まるんじゃね?

 訓練機じゃ無理? 追いつかない? 甘えんなよ。誘導して追い込めよ。

 

 だから現実逃避は辞めよう。

 目の前の現実から逃げない。

 戦わなくちゃ、現実と。

 

「姉さん、ちょっと手を広げて」

 

 姉さんは疑問符を浮かべながらも、俺のアクションをミラーみたく真似する。

 それはまるで、旧知の出会いを果たした外国人のように。

 要するにハグですね分かります。

 てい。

 

 姉さんを抱き締める。

 俺と姉の身長は悔しいことにほぼ変わらない。

 ちょうどお互いの顔が肩に収まるような感じ。

 頬にふれる姉さんの髪がこそばゆい。

 

 落ち着く香り。

 俺にとっての母代わりである、千冬姉さんの香り。

 

「姉さん、―――愛してる」

 

 ギュっとする。

 なんか世の中物騒にも程があるっていうか、嫌な感情ばかり溢れているっていうか、

 ホントにままならないことばかりだよね。

 かくいう俺もさっき、姉の拘束を解く為に負の行動/気持ちに従ったわけで。

 恥ずかしい。

 正直恥ずかしい。

 違うだろ?

 人の心に大切なのは、志より正しさより戦いより、何より、愛だろ。

 

「私もだ、イチ―――」

「安定のプランBでした」

 

 俺を抱き返そうとする千冬さんの腕が離れる一瞬を見計らい、突き飛ばした。

 はい勝利条件クリア。やっぱ愛だな。なんと万能。

 突き飛ばしたつもりがひっくり返って尻餅ついた俺は、誤魔化しついでにそんな事を思ったのです。

 

 

「俺には、俺の『命』以上に大事なモノなんかない。だけどさ、俺の『生き様』は命より重いんだ。

 此処で行かなきゃ、俺は自分を誇れない。それは、俺にとっちゃ死んでるのと大差ない」

 

「それでも、私は。お前に生きていて欲しいと願うよ」

 

 そうかい。

 ありがとう、姉さん。

 俺は尻餅ついたまま手を伸ばす。

 姉は、俺の手を引き立たせてくれた。

 

「勝てばいいんだろ勝てば。俺を誰だと思ってやがる。軽くノして、余裕で凱旋だ。

 終わったら温泉入って、こっそりビール飲んで、実は隠し持ってきた花火を皆でワイワイやるんだ。

 誰にも邪魔はさせねえ、俺の未来だ。出来る出来ないじゃない、やってやるよ」

 

「ああ、そうだな。そうだろうとも」

 

 引き立たせた勢いのまま、姉は俺を抱き締―――抱き上げた。

 織斑一夏、齢15歳、姉に軽々とダッコされる、の巻。

 

「……きゃー」

 

「それでも、お前は私の大事な弟だ。

 こうやって大きくなっても、幾つになっても、私からすれば可愛くて仕方のない弟なのだ。

 だから、無事に帰ってこい。ビールも花火も、見つからない所でやる分には、見逃してやるから」

 

 甘い甘いお姉ちゃんは、そりゃもう慈愛に満ちた瞳で俺を見る。

 ちょっと待てい、ええい。ばかたれ、俺はそんなにヌルくねえよ。

 

「おいおい、なんだその発言は。ビールも花火も、アンタも俺とするんだぜ? それは今日じゃないだろうけど。

 夏の終わりには『俺』が居たから今年の夏も最ッ高に楽しかったって、言わせてやるんだからさ」

 

 

 未だ俺が一人占めしている織斑千冬の笑顔は、そりゃあもう写真に撮りたくて堪らないぐらい、別嬪さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、私の出番、なし? 折角たばねちん色々と準備してきたんだけど?」

 

「アンタの出る幕は微塵もねーよ。愛しの妹さんに退治される前に巣穴へ逃げなよ束姉」

 

 

 明らかに出待ちしており、待っていたら出て来るタイミングが迷子になってしまったイタズラ黒うさぎは、空気も読まず割り込んでムードをぶち壊しにするのでした、まる。

 

 




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