IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BGM] Groovin' Magic / ROUND TABLE


Groovin' Magic

 授業が始まる。

 本日のスペシャル講師が壇上に上がった。

 ブルーティアーズ、セット。

 REC Start。

 

「はい、そんじゃ始めます。テキストはどうすっか。えーっと、じゃあ『蓮華君の不幸な夏休み1』の167ページな」

 

 先々週は古今和歌集、先月は官能小説。

 自由気ままな教材ですこと。

 

「はい、それではこの『女から女を宛がうと薦められた男』の心理描写の読み取りから行ってみよう。谷本さん、どう思う?」

 

「ええと、『ラッキー』でしょうか?」

 

「ニアピン、正解は『やりたい』でした。」

 

 この講師はたまに気が違っているのかと心配になりますが、まあ、その、解釈を求めたらそれなり論理的な説明をするので一概にはキ○○イと呼び辛―――失礼しました。(ただいま音声が大変乱れております。この音声による津波の影響はございませんわ)

 

 壇上に立つ講師の姿。白を基調としたIS学園の制服をピシっと着こなし、堂々たる様子で講義を進めております。

 顔はまあまあ整っている方だと思われます。

 普段の表情からは朗らかな優しい感じがしますが、あれはフェイク。

 あの方の根幹は粗雑(crude)です。

 皆さん、だまされてはいけませんよ?

 

「ええ、でも次のページで『いや、別にそれはいい』って否定してるよ?」

 

「強がりだ、分かれ」

 

 訂正。結構感情論で押し切ろうとする場面もありますわね。

 正直、扱い辛く計り辛いですわ。

 昨日言った事は明日には覆すし、今やった事すら一分後には無価値にする。

 刹那的ではない。狂乱的でもない。理性的に無駄をする、無駄にする。

 それでも、自分が通したいと思った我を必ず通し、自分が成すべき働きは絶対にこなす。

 自由気ままに自分勝手。ミスターフリーダム。

 

「せんせー、でもこの男は女にもててたっぽい描写がありますけれど」

 

 夜竹さんから疑問が飛び出す。

 

「男ってのは昔の女を引きずるものです。だから皆は気をつける様に。

 一度付き合ったら別れた後いつまでも、『オレ、昔アイツと付き合ってたんだよね?』ってドヤ顔で自慢するから」

 

 うえ、と苦い顔をする夜竹さん。

 そうですわね。気をつけましょう。

 

「はい、じゃあ次ははがないの六巻P145の『どうみてもデートです本当にry』からデート中の女の子に

 『彼女って欲しくないの?』と聞かれたときの主人公の心情を、えーと布仏さん」

 

「彼女が欲しい!」

 

「近い! 正解は『やりたい』でした」

 

「でもおりむー、この男の子、肉のこんな見栄見栄アピールがん無視だよ~」

 

「コイツは病気なんだ。巷では鈍感病、唐変木病と恐れられている病気で、主にリア充の若い男子が患う。

 相手の好意に気付かなくなる、女心を察しなくなる恐ろしい奇病だ。

 こういう男には惚れない様に。こういう男に限って顔が良かったりするから騙されないように。

 行動が大体エロい方向に補正かかってるから、ラッキースケベされないように注意な。

 おい誰だ僻みとか思った奴! うっせイケメンは死にゃあいいんだよ!」

 

 頭に蛆でも沸いていらっしゃるのではないかと心配になってまいりました。

 しかし周囲の女子は真面目にノートをとっている。

 二週間に一回の『男女間の恋愛観における特別講義』。

 講師はIS学園唯一の男性生徒、一夏さん。

 恋に恋する乙女の関心度合いは高く、他クラスからも受講を希望する生徒が後を立たないとか。

 華も恥らう女子生徒には、少々過激な内容ですが。

 

 けれども、生き生きとしている一夏さんから目を離せない。

 きっと、クラスの殆どが、そんな気持ち。

 好き勝手、楽しそうに生きている。

 好きじゃなくても、嫌いでなければ。彼を見てるだけど、ちょっと楽しくなってしまう。

 そんな一夏さんだ。

 「女の子に恋を教えるなんて恐れ多い。女の子は小学生で失恋だって恋愛だと学んでる」と敬遠していた彼は、クラスの女の子から希望があって、煽てられて乗せられて、そりゃもう、もう、ノリノリでやっている。

 教材なんて自分で探して、授業中にも関わらず音楽流して、ノリノリで。

 普段だったら呆れて物も申せませんが、そんな楽しそうな一夏さんを見てると、和みますわ。

 

「じゃあ次いくぞー。『俺がヒロインをうんたらでリアルアポカリ』なんとかって駄本の180ページから。

 ベッドに座った女の子から『烈火がいいの』と上目遣いに告げられた心境をー。よし、ラウラ」

 

 ふふん、とようやく私の出番か、やはり嫁とは以心伝心、だとかほざいてらっしゃるラウラさん。

 一夏さんの意図が読めていませんわね。貴方、ハズレですわ。

 

「愚問だな。『やりたい』、だ!」

 

「惜しい! 正解は『やらせろ』でした!」

 

 ほらやっぱり。

 こんなミエミエの魂胆も見抜けず一夏さんを嫁だと豪語するなんて、お笑い箱ですわ。

 ラウラさんは納得いかないって顔で一夏さんを睨む。

 

「んな可愛い顔で見つめんなよ。それじゃあ女子諸君、時間がもうないから締めに入ろう。

 今回の履修点としては『基本的に男の子が考えてる事』と『女の子じゃ男の子の考えは理解できない』ってこと。

 そんだけでいい。そんだけ分かってりゃ充分だ。男と女なんて別の生き物だ。完全に分かり合えることなんてない」

 

 だからこそ、繋がりたい。

 だからこそ、理解したい。

 そういった気持ちが重要であると、一夏さんはまとめた。

 わたくしは、手を組んで、その上に顎を乗せ、普段はしない行儀の悪い格好でその言葉を聞く。

 わたくしの気持ちは、全然汲んでくださらない癖に、よく言いますわ。

 

「男と女なんて、そういうもの。難しく考えるなよ? だから言葉があって、態度に表して、

 伝える必要があるんだ。それだけなんだから。―――そんじゃ、ここらで今回の小技を一つ」

 

 クラスの雰囲気が変わる。

 一言一句逃さないぞ、そういった雰囲気だ。

 なんかがっついた感じがして、いやですわ。

 淑女はもっと、余裕をお持ちになって欲しいものです。

 

「恋の絶対法則その③。得てして恋の相手ってのは、身分違いの相手であることが多い。

 そんな一歩踏み出せない貴女の為のおまじない。先手必勝迷惑上等。気を逸らして三秒勝負。

 別れ際のほっぺにキスだ。んなことされりゃ、男なら誰でも意識しちまう。

 大丈夫、君達は可愛い。その魅力的な表情で、その可愛らしい仕草で、その瑞々しい唇で。

 オトコノコなんてメロメロにしちゃいなさい! 以上! それでは、今日の講義終わり、礼!」

 

 ありがとうございました、と一様に礼をする中、チャイムが鳴り響く。

 いつにもましてハイテンションな一夏さんが、逃げるように教室を飛び出していった。

 たぶん屋上ですわ。

 勢いで『今日も』やってしまったから芝生でゴロゴロと悶えているに決まってます。

 そんなに恥ずかしいなら言わなければいいのに、なんてことは思うだけにしておいてあげます。

 

 そういえば、先日の学年別タッグトーナメント。

 あの時、ラウラさんへの呼び掛けを行った時。

 ISを解除された一夏さんは管制室とのコンタクト用にある集音マイクを向けられており、その際の台詞をマイクが拾い、避難勧告を行うために接続されていたアナウンス用のスピーカーから全校生徒に放送された過去がありました。

 翌日の一限目、クラスに顔が出せず延延と屋上にてゴロゴロと悶えている一夏さんがいらっしゃったとか。

 ちなみに鈴さんが録音された音声を一夏さんに無理矢理聞かせた所、「殺して! いっそ殺して!」と顔を羞恥で染め走り去ったとか。

 全く、愉快な方ですわ。

 ええ、本当に。

 

 ブルーティアーズ。

 REC Stop. Copy.Send to Syenron.

 これにて、本日の講義終了。

 では、待望のリベンジマッチと参りましょう。

 

 

 

 

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 アリーナで最も広く、最も高い第一アリーナ。

 放課後、その中央にいるのは。

 

「よもやお前から呼び出されるとは」

「あら、わたくしに呼び出されるなんて、実に名誉でしてよ」

 

 ドイツの代表候補生、シュヴァルツェア・レーゲンを駆る現役軍人ランナー。

 ラウラ・ボーデヴィッヒと相対する。

 

「一応、聞くだけ聞いてやる。―――用件はなんだ?」

 

「模擬戦を。このセシリア・オルコットとブルティアーズの舞踏に、一曲お付き合い願いますわ」

 

「チャイニーズと二人で挑んでおいて負けたというのに、学ばない女だな」

 

「『凰鈴音(・・・)』、わたくしの友人であり、一夏さんの親友です。

 今度その様な呼び方をしたら、許しませんわよ」

 

 わたくしの怒気に押されてか、一夏さんの名前に反応してか、ラウラさんは萎縮した。

 

「すまない。……そうだ。私は、まずお前達に謝らなければならなかった」

 

「あら、態度が180度変わりましたがいかがかなさいました?」

 

 意外ですわ。素直に謝るラウラさんの姿が。

 ばつが悪そうな顔で、それでもこちらを向く。

 

「先日の模擬戦で、私はランナーとしてあるまじき行いをした。感情的になっていたとは云え、許される行いではない。

 同室の者と、嫁からも謝るべきだと促され、こうして謝罪している次第だ。真にすまなかった」

 

 ああ、一夏さんとシャルロットさん。

 きっとシャルロットさんがあの手この手で脅したに決まっていますわ。

 あの女狐にそういった仕事をさせては、右に出る者はおりませぬもの。

 

「その謝罪、受け入れましょう。では、試合を―――」

 

「貴様は、何をそこまで拘っているのだ? 私と貴様の番付はもう終わっている」

 

 申し訳なさそうな顔から一変、普段通りの表情となった。

 変わり身、早いですわね。

 そしてこの女性は、一度勝ったらずっと勝てるとでも思ってらっしゃるのでしょうか。

 

「その思い上がりを叩き折る為、セシリア・オルコットのプライドの為、特訓相手(パートナー)に報いる為。

 わたくしの理由なんて貴方には関係ないでしょう。まさか負けるのが怖いなんて仰る訳でもないのでしょう?

 貴方に自信がおありなら、このセシリア・オルコットの挑戦を受け、わたくしを倒してみせなさい」

 

「面白い、付き合ってやる。―――精々、あがけ」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンが展開される。

 それを確認して、ブルーティアーズを顕在させる。

 

 それでは奏でましょう。

 ブルーティアーズ、魅せつけましょう。

 わたくしと貴方こそが、この女性の天敵であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 結果は想定通りだった。

 わたくしがこの短期間で習得した物。その強みがこの女性に対する有効打として合致した。

 兵装:ブルーティアーズの遠隔操作のバリエーションと、稼働中の本体の機動行動。

 ブルーティアーズをレーゲンに対して距離をとって全包囲させ、AICを使わせない。

 後はわたくしが足を止めず、延々と狙い撃ちにした。

 機動力ではわたくしのブルーティアーズが勝り、遠距離における射撃戦でもわたくしが勝っておりました。

 触れさせず、近寄らせず、わたくし独壇場(ステージ)にお誘いいたしました。

 一機にして単機以上の射線を築けるわたくしこそが、AICなんて出鱈目に対するメタですわ。

 ……鈴さん、敵は討ちましたわよ。

 死んでないわよ! と聞こえた幻聴は無視しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う事がありまして、わたくしは自分にご褒美を与えたくなりましたの」

 

「そりゃまた、へえへえ。おめでとうございます?」

 

 なんだってこんなとこに?

 夕暮れ時。

 屋上の出入り口の上、誰も知らない超絶秘密スポットでうたた寝していた俺の元に、オルコット嬢が出没した。

 そもそも登り台も梯子もないここまでどうやって上がったのだろう。

 そもそも誰にも告げていない俺の居場所をどうやって特定したのだろう。

 発信機とか付けられてナイヨネ?

 

「もう、一夏さん! 紳士がレディになんて態度なんですか!」

 

 と言われましても、俺どっちかってーと変態紳士だし。仮に紳士だとしても紳士と云う名の変態だし。

 気合も入れてないこの状態であんたみたいなお嬢様を喜ばすなんて無理よー。

 

「……すんません」

「許して差しあげます。それでは一夏さん、わたくしとアフタヌーン・ティーでもいかが?」

 

 ちょろい、実にちょろい。

 甘っ甘ですわ、このアマ。

 そいではそいでは。

 

「ご随伴させていただいても、レディ?」

「喜んで」

 

 俺を立たせて、ランチシートを広げる。

 用意されたのは小さな紙箱と、水筒。

 紙箱の中には、小ぶりなガトーショコラが二つ。

 

「おおう、俺好物なんですよソレ」

「……好物だから、ですわ」

 

 プイ、とそっぽを向くオルコット嬢。

 その頬は、夕日のせいか紅く染まっている。

 

 小さくて、ちょっと不出来で、なんだか柔らかい。

 きっとこれは手作りで、はじめてで、手間をかけたのだと思う。

 手間を―――心を込めたのだと思う。

 もし、自惚れでなければ。

 その、俺と一緒に味わうって、そんな心を込めて。

 

「なんですか一夏さん、……食べたくないなら箱に戻してくださいまし」

 

「まさか! 食べるのが勿体無いくらい、よく出来てるなって思ってさ」

 

「褒めても何も出ませんわよ? 形が崩れてしまってるので、あまりまじまじと見ないでいただきたいのですが」

 

 ブスっとしたり、ツンとしたり、笑ってみたり。女の子は忙しい。

 

「そんじゃ、いただきます。―――うん、美味しい」

 

 男性でも食べやすいように、ビターを強めに。シュガーを少なめに。無糖のココアパウダーを使って。

 そんな手間が、心が、美味しい。

 嬉しい。

 

「そ、そうですか? それなら頑張った甲斐もあったというものですわね」

 

 満更でもない様子で、セシリアは言う。

 女の子が俺の為に作ったものだ、それが美味しくない訳が無い。

 きちんと、感想を伝えなきゃ。

 

「美味しいよ、セシリア。ありがとう」

 

「お粗末さまですわ」

 

 食べ切り、セシリアを見ると調度食べ終わったところだった。

 俺のより小さいのは、ダイエットだろうか。

 食ったら胸と尻に栄養がいくような体型しておきながらダイエットなんて、イッピーゆるしませんよ!

 

 

「一夏さん、顔にチョコがついてますわよ」

「え、どこよ?」

 

 

 口元をぬぐってみるが、特についている様子はなかった。

 

「手でこすると汚れてしまいますわ、動かないでくださいまし」

 

 ハンカチを手にセシリアが近寄る。

 そのハンカチが顔の前に来て、ゆっくり鼻に触れると思いきや。

 

「ンッ」

 

 軽い口付けの音と共に、俺の頬を啄ばんだ小鳥が一匹。

 

「キレイになりましたわ。―――それでは一夏さん、御機嫌よう」

 

 優雅に秘密の憩い場から飛び降り、セシリア・オルコットは屋上から去っていった。

 

 女の子は凄いなぁ。昨日も、今日も、明日だって駆け抜けていく。

 自分の恋心と共に、大人になっていく。

 俺はいつだって置き去りだ。それがほんのちょっと、寂しいかな。

 

 一瞬見えたセシリアの横顔は、夕日よりもなお、真っ赤だった。

 




可愛い女の子だと思ったか!
残念、セシリア・オルコットちゃんでしたッ!

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