麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第九十話 少年は

 

 

「――はい。チャイムが鳴ったので今日はここまでです。いいんちょさん、号令お願いします」

 

 

 麻帆良学園のそれこそ数多くある教室の一つで、他と同じように終了を告げるチャイムと共に一つクラスが一日の授業を終えた。

 

 教師が物静かに終わりを告げ、生徒達も思い思いに話をしながらも、どこか淡々と帰り支度を終えて、そそくさと教室から出て行く。

 

 教室の入り口に掲げられた看板に記された文字は――中等部三年A組。

 

 ほんの半年前なら、考えられない光景だった。

 

 

 

 あっという間に人がいなくなった教室で、ネギは出席簿に目を落としながらため息をついた。

 出席簿に、欠席の欄は今まで一度も出席していない“相坂さよ”の一つを除いてここ数日の分は全て埋まっている。

 

 ……埋まっているのだ。全て。つまりは三のA全員が出席している。それなのに、どこか教室内がよそよそしく、雰囲気が変わってしまっていた。

 

 原因は、言うまでも無い。ただ無力さを噛みしめて終わった、修学旅行。

 

 あの“事件”を挟んで、教室内の何人かの雰囲気が変わってしまい、それが残りのメンバーにも伝播してしまっているというのが実情だ。

 

 どことなく不機嫌そうにしているのはエヴァンジェリンと龍宮マナ。いつも浮かべていた柔らかな笑みを時折消すようになった長瀬楓。角が取れた桜咲刹那と前にも増して笑うようになった近衛木乃香は例外として……もう一人、とりわけそれが顕著なのが、神楽坂明日菜だった。

 クラスの中で一番、と言って良いほど明るかったのが、今はあまり笑わなくなった。けして笑わなくなった訳ではないが、それでもどこか無茶しているように思える。

 

 

「アスナさん……」

 

 

 修学旅行三日目の夜。燃える村のと立ち並ぶ石像の幻覚を見た、あの時。

 

 明日菜は一体、何を見たのか。

 

 

「……っ!」

 

 

 両手で勢いよく出席簿を閉じた。思いっきりやった為に、両手に衝撃が通りほんの少しのしびれが残る。

 

 

――単に物を知らんだけか?

 

――別に坊には関係ないじゃろう。

 

――坊ちゃんらじゃあ儂の相手になりゃあせん!

 

――儂と戦ったところで具体的に何をどうするつもりや?

 

 

 記憶に残る、苦い思い。自分では何も言い返せず、結局あの時もアスナが居なければ何も出来なかった。

 

 いつだってそう。一人では何かをしようとすることはできても、結果を出すまでは一人ではたどり着けない。

 

 そして、いつも傍らで助けてくれたアスナには、これ以上迷惑をかけられない。

 

 次に何かあれば、どうなるか、わからない。

 

 

「……変わらないと、いけないのかな」

 

 

 両手で挟み込むように持っていた出席簿。それを脇に抱えると、ネギは勢いよく教室から出て、走りだした。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「――それで、私の所まで来たと?」

 

「はい!」

 

 

 ネギが訪れたのは、女子寮の龍宮マナと刹那の部屋。幸か不幸か、丁度見計らったようにマナは在室していて、刹那は不在だった。

 

 そしてネギに相談を持ちかけられたマナは、頭を抱えたい気持ちだった。

 

 ネギは非常にややこしい立場にいるが、マナはマナでそれなりに微妙な立場だ。

 

 傭兵であるから麻帆良学園の所属であるし、京都での一件もその立場に、おもに報酬の面と実力の評価に影響を与えつつある。

 

 そんなマナにネギは強くなりたいと手ほどきを申し出た。何を考えているのかわからないが、学園祭も間近と成ったこの時期にネギとの過剰な接触はあまりよろしくない。

 

 しかし、一度言い出したらきかない、逆に考えれば決して諦めないのがネギであり、まったくもって悩みのタネだった。

 

 

「……急に来られても、私もどうすればいいのかわからいのだがな。何をしてほしいのか。まずそれを言ってくれるか、ネギ先生?」

 

「強く、なりたいんです。西の最高幹部に勝てる位に!」

 

 

 ぶふぅっ!!

 

 

 ……ちなみに、マナが飲んでいたココアをむせて吹き出した音である。

 

 

「すまない。もう一度言ってくれ、ネギ先生」

 

「強くなりたいんです!」

 

「その次だ」

 

「西の最高幹部に勝てる位に!」

 

「無理だ」

 

「ええ!?」

 

「いいかいネギ先生。先生は間違いなく年齢からすれば強い。けど、それはステップを相当すっ飛ばしてる」

 

「あ、大丈夫です! あくまで目標で、今は少しでも強くなれれば!」

 

「そ、そうか……うん……」

 

「お願いします!!」

 

「いや、そうされても困るんだが!?」

 

 

 どこで覚えたのか、フローリングに三つ指をついて頭を下げるネギ。流石のマナも対応に困る。今まで以上にまして困る。このタイミングでもし委員長が来ようものなら大事になる。

 

 

「……わかった」

 

「ほんとですか!?」

 

 

 がばりと起き上がるネギ。

 

 

「ただし、教えるのは私じゃない。余りにもスタイルが違い過ぎるし、相応の人物を紹介する」

 

「はい、お願いします!」

 

「ああ。……それと、その前に一つ見せておきたい物がある」

 

「見せたい物ですか?」

 

 

 戸棚の奥から取り出したのは、一枚のDVD。それを立ち上げたノートパソコンにセットし、再生をクリックする。

 

 

「これは……?」

 

「刹那が修学旅行前に受けた特訓。その一部だ」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「本当に、協力してくれるネ? 実は土壇場になってから『くはははは、馬鹿め! ものの見事に騙されおったわ!!』とかやるつもりじゃないカ?」

 

「ええい、くどい!! 何度言わせればわかる!!」

 

「そうは言ってもネ……」

 

 

 麻帆良の頭脳、超鈴音の城と言っても過言ではない麻帆良工科大。その高層に位置する研究室に、近代的な造りとは不釣り合いなゴスロリ衣装に身を包んだ来客がいた。エヴァンジェリンその人である。

 

 

「どういう風の吹き回しなのカナ? 正直気になっているのだけれどネ?」

 

「利害の一致という奴だ。無論私という戦力を提供する異常は相応の対価もいただくがな」

 

「どういっタ?」

 

「そうだな……茶々丸に着せるには小さい衣装が幾らかある。それを貴様か葉加瀬にでも着てもらおうか。私の気が済むまでな」

 

「オォウ……」

 

 

 そんな時、研究室に備え付けられた電話が鳴る。受話器を取った超は、何ともいえない顔をした。

 

 

「どうした?」

 

「龍宮サンから、ネギ坊主を鍛える師匠に誰が良いかと訊かれてネ……」

 

「……お前がやれば良いじゃないか」

 

「……ンン?」

 

「だから、お前がやればいいだろう。体裁きを見るにお前も拳法か何かやっているのだろう? うん、それにしよう。私の協力が欲しければ、坊やの師匠になれ。はは、いいな。面白そうじゃないか!」

 

 

 

 その日、珍しく魂の抜けた表情の超が見られたという。

 

 

 

 




 今日はここまで。次回投稿はたぶん十二月になるかと。

 ですまーちがはじまってしまう……

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