麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第九話 界に到り

 

 

 

「やっと、つきましたね」

 

「ふわー、日本とは全然違いますねー」

 

 

 目の前に広がるのは地球……一部からは旧世界と呼ばれるそれとは、全く異なる様式の構造物の群れ。

 水の上に円塔形の高層建築が立ち並び、鯨やアンモン貝を模したような人工物が空を征く。

 

 ――空を征く舟。水の上の摩天楼。界と界を結ぶ門。

 

 これらは決して、夢の中に浮かぶ幻想などではない。

 

 今私達がいるこの場所は。

 

 人が、物が、理そのものが浮き世からかけ離れた、この場所こそは――

 

 

「ここが……魔法世界……」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ――ついに。ついに、ここ魔法世界に、さよさんと二人到着しました。

 

 関西呪術協会にお邪魔してから、ここ魔法世界にたどり着くまで早三ヶ月。いろいろありましたよ。ほんとに、いろいろ……

 

 せっかくなので、すこし簡単に振り返ってみましょうかね?

 

 

 

 まず始たのは、本山の書庫に籠もること。鍵は借り受けてあったので、布団も持ち込んで一日の多くをここで過ごしました。

 

 調べたのは、主に時系列ごとの表と裏両面の歴史。現在の裏の勢力分布。それと陰陽術や密教、古代の祭祀なども含めた術式関連の書物。

 

 この中でも、陰陽の奥義書や上位の鬼神などに使う特殊な封印術などよりも、特に興味を引いた物が一つ。

 それは、陰陽師が初期の頃の星詠の知識。つまりは天文の知識に関する物です。

 

 玄凪という一族の崇拝対象は春香……つまりは神木であり、必然的にその興味は空では無く大地へと向かいました。

 無論世界を構成する一つとして空の動きにも目をやっていましたが、術具を作るのに必要な鉱物、符の材料であると同時に燃料でもある樹木。いずれも地にあるものであり、どちらにより多くの重きを置くかと言えば、やはり空よりも地へと目を向けてきたのです。

 

 そのせいで、空、ひいては天、あるいは星に関する知識は余り多くなく……飾らずに言えば乏しいと表現されるような程度なのですが、ある日見つけた一冊の書物。

 そこには星の動きと、天体の運行。またそれらに付随する意味などをまとめられていたわけです。

 

 この本、中々面白い物でしてね。この書物の知識を応用できないかと考えたわけですよ。

 

 例えば月は水や夜、女性などの象徴であると同時に狂気なんてものも表したりします。他にも太陽の光を反射しているなど……一つの事物が複数の事柄を内包しているんですね。

 そこから意味が重なる、あるいは真逆の相反する物を繋げたり重ねつつ術式を組んでいくと……と、まだ完成していないんでした。この話はやめましょう。

 

 

 

 まぁそんな風に日々を過ごしていると、ある日突然さよさんに無理矢理外へ連れ出されてですね、そこからなぜか神鳴流の師範代に修行をさせられました。私の身分は、一応千蔵さんの客人のはずなんですが……

 

 さよさんは誰に吹き込まれたのか「引きこもってばかりいてはいけません! 運動しないと!」と言っていましたが、適度な運動代わりにするには神鳴流はそんなに優しかないです。

 

 元から気を扱えなかった訳ではないんですけどね、元が後衛主体であるのでそれなりです。しかし資料の調査もあるからと修行を切り上げる頃には虚空瞬動が出来るようになりましたよ。

 

 これらのことを含めても、京都で過ごした三ヶ月は非常に有意義でした。玄凪の技を問題ない範囲で教え、陰陽師の世界の深奥を書庫の禁書から学び、天ヶ崎さんの娘さんと一緒に遊び、それを見た天ヶ崎さんと死闘を繰り広げました。

 

 いや、強かったですよ、天ヶ崎さん。善鬼と護鬼を召喚し、自分は徹底した後衛というスタンダードな陰陽師のスタイルですが、符を十枚単位で連動させて使ってくるので強いの何の。

京都大文字焼きの連射は反則です。奥さんが来なければ本山は半壊していたかもしれません。流石幹部。

 

 さよさんも強くなりましたね。彼女には式神召喚の才能も割とあったのですが、造る方はからっきしだったので妖怪の類を自然に湧いたのを見つけるか一度私が呼び出したのと契約する必要があるでしょう。

京都で学んだ知識の実践に、私がさよさん専用の式神を造ってみても良いんですが……今回は契約も含めて見送りです。

 

 で、その他には基礎的な符術と、天ヶ崎さん達には教えなかった玄凪の基礎にして奥義、結界関連を中心に教えました。

 

 その結果、とんでもないことになりました。今の彼女に、生半可な物であれば五行に属する術は通用しません。

 

 前もって五行のいずれかを付与しておいた符を滞空させ、相手の属性にあわせてその符の配列を変更、結界の配置を一瞬でつくりかえる手法で、不意打ちで無い限り基本的には五行に関してはほぼノーダメージで防げるでしょう。

 さよさんの物を動かす力、ポルターガイストがあればこそできる技です。正直私でも同じ手法で完璧にまねるのは無理です。周囲皆真っ青ですね。

 

 そんなことなどがありましたが、滞在すること三ヶ月、魔法世界に向かうために関西呪術協会を離れました。

 餞別に結構な額の金銭と符やらなにやら予備も含めて二人分渡されたのは嬉しかったですね。

 代わりに、木乃芽さんから魔法世界にいるという青山詠春という人にもしあったら、と伝言を託されましたが。

 

 

 

 そして向かったのが、魔法世界へのゲートポートの内の一つがあるトルコ・イスタンブールの魔法協会です。

 

 なんでもトルコは文化圏の境目でいろいろ文化が混ざっているので、魔法使い以外にも旧来土着の組織が複数存在している上、それらの影響で魔法使いの中でもいくつか派閥があり一枚岩ではないとのこと。

 

 その中に日本とかかわりの深い一派がいるとのことで、彼らの手引きで魔法世界への転移に紛れ込ませてもらいました。

 

 ただ、ここにくるまでに、今までで一番の問題。いえ、事件が発生しました。

 

 パスポートがないので飛行機は使えません。そのため陸路でトルコを目指したのですが、途中、中東にいたときにさよさんに初めて実戦を経験させてしまいました。

 

 今までまともに戦ったことなどあるはずもない、さよさんに、です。しばらく一か所に留まりさよさんにつきっきりになりました。

 

 正直、かなり危なかったです。私もさよさんも今となっては純粋な人ではありません。心に異状をきたせば、それはそのまま大きな影響を様々な面で与えます。

 

 人の心を保てなければ、人のカタチは保てないのです。しかし、それらを護り維持する為の殻であり、芯でもある意識だけは元の……人のままではいけないのです。

 

 ――身を置く世界が、世間一般で言う日常と呼べるものでないのなら。

 

 

 この件に関しては、事件に関しては決着したものの……さよさんの中でどう思っているかまではわかりません。

 

 しかし、あの熱砂と零下の町での出来事は、確かな変化をさよさんにもたらした。それだけは確かです。

 

 

 

 かくして、幾多の困難を乗り越え、ついにここ魔法世界に私たちは立っているのです。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「さて、これからどうしましょうかね」

 

「どうって……セイさん考えてなかったんですか?」

 

「いや、考えてましたけどね……」

 

 

 魔法世界の地理は、南の帝国、北の連合。そしてその周囲に多くの小国家が多数存在するというもの。

 

 私が考えていたプランの内の一つでは、しばらくは情報収集を兼ねて各地を回りつつ、ある程度資金が溜まった状況で拠点を置き、そこからフリーの傭兵をやるつもりでした。

 

 しかし……さよさんも「覚悟」を決めたとは言え、またすぐに戦いの矢面に立たせるのは気が引けます。

 

 

「……私のせいですか?」

 

「いえいえ、違いますよ。ただ、目的地までどう行ったものかと思いまして」

 

 

 わたしの当初のプランの内の、もう一つ。それは、連合とヘラス帝国のどちらにもくみせず、中立を保つ学術都市として有名なアリアドネーに行くこと。

 

 学問を志す者なら誰でも受け入れるというスタンスも決断に大きく作用しました。

 半人半何かというよくわからない私達でも少なくともいきなり拒絶されたりする心配はありませんし、図書館を使って独学で魔法についても研究しようという計画です。

 敵を知り己を知れば……と言いますから。

 

 あと中立ですから少し前に始まったという連合と帝国の戦争に巻き込まれる心配もありませんからね。

 

 

 先立つ物が足らなくなったら、いざとなれば私だけ傭兵として働けば良いんです。

 

 魔法使いを“狩る”ことに関しては、今さら抵抗など感じません。もとより私は里を護るために進んで血に塗れ、これからもそれを繰り返そうという人間……いえ、“人外”ですから。

 

 

「さて、まずはここの通貨に両替してから、誰かにアリアドネーまでの道を訊くことにしましょうか」

 

「あっ! 待ってくださいよー、セイさん!」

 

 

 

 


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