Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 3

 そんなこんなで、私たちは少しずつこの世界に慣れていったわけだけど。

 ちらりと横目で右隣にいるシロエを見る。彼はまたため息をついていた。

 

「シロくん」

「どうかした、クロ?」

「憂鬱になるのも分かるけど、あんまり考えすぎると本当に精神病んでくるから気をつけなよ」

「う、うん……。分かってはいるんだけどね……」

 

 そういって彼は肩をすくめる。

 シロエのその性格はよく言えば思慮深い、悪く言えば考えすぎだ。別に物事は慎重に進めるに越したことはないけど、考えすぎというのは時に精神を蝕んでいくこともあるのだ。

 

「シロくんに言ってもあまり効果はないんだろうけど、少しは楽観的になってみない?」

「あはは……」

 

 自分なりの精一杯のアドバイスだったが、やっぱり彼には難しいようで苦笑いしか返ってこない。それには私も苦笑いしか出なかった。

 

「なんか、ごめん」

「謝らないでよ、気持ち悪い」

 

 彼の謝罪を一蹴すると、彼の右目の目元がぴくりと動いた。その後、どんどん眉間に皺が寄っていく。どうやらいらないことを言ってイラつかせたようだ。

 

「ごめん、気持ち悪いは言い過ぎた」

「別に、いいけど」

 

 昔に彼を本気で怒らせたことがあるので、ここは素直に謝っておくことにした。すると拗ねたような返答がくる。機嫌を多少損ねたようだが、本気で怒ってはいないらしい。

 彼とそんなやりとりをしている、直継とアカツキの荷物の整理が終わったようだった。それを確認するとシロエが帰ろうかと声をかけてきた。私はそれに頷く。もう夕暮れだし今日はこのへんで引き上げても良いだろう。シロエの意見に直継とアカツキも同意した。

 

 さっきまで戦っていた〈人喰い草(トリフィド)〉と〈刺茨イタチ(ブライアーウィーゼル)〉の骸は、少しもしないうちに光の粒になって消える。その2体のレベルは48と52でここの世界に生息しているモンスターの中ではなかなかレベルが高い部類に入るが私たちと比べると40も低い。当然、経験値などもらえるわけもなかった。

 ここ何日かで、この世界と〈エルダー・テイル〉の共通点が見えてきた。おそらく経験値が入るのは私たちより5レベル下のモンスターだろう。そのレベル帯のモンスターは1体くらいなら相手にできるかもしれないが集団では今の私たちに勝ち目はないと思う。

 そんなことを考えながら直継とアカツキのステータスを確認する。ポーションを飲んだからかHPは大丈夫そうだ。

 実体験だが、モンスターからダメージを受けるときの痛みは現実世界より随分緩和されている。といってもさすがにHPを大幅に削られるとさすがに生理的な涙が出てくる。直継は大笑いするけど私は正直可能ならば避けたいところだ。

 その辺のダメージをフォローするのが回復職の仕事だろう。一応私も回復職だが回復以外にも色々かじっているので、そのへんを一点特化した回復職には回復量が劣る。今の所はそれでも回復量が足りているが今後はそうとも限らない。シロエもそう思っているのか少し眉間に皺が寄っている。私が回復に特化した回復職だったら彼にそんなことを心配させずに済んだのにと少し申し訳なくなる。

 

「ごめん、シロくん」

「え? 急にどうしたの? クロらしくないね」

「いや、私がもうちょっとしっかりした回復職だったらシロくんも悩まなかったでしょ?」

 

 図星だったのか、シロエは息を呑んだ。まあこれは今までプレイ方針の問題であり、今更考えたって仕方ないことなのだが。

 

「さて、2人とも待ってるから早く行こう。私、眠くなってきちゃった」

 

 シロエのローブマントを引っ張って2人のもとに向かった。

 

 4人で行動するようになって数日が経ったが、私たちの案外は相性は良かったらしい。でも、やっぱりというか、シロエがいわゆる「悩み役」だ。私は彼の「悩んだ結果」を「確信」に変えることしかできない。本人も「悩み役」だと分かってはいるらしいが、こちらとしてはいつか心労で倒れないかと心配だ。

 

「じゃあ、撤退しようか。明かりはいる?」

 

 シロエが〈マジックライト〉の準備すると、アカツキが振り返った。

 

「いや、主君」

「アカツキさん、その主君っていうのやめようよ。シロエにしない? 仲間なんだから」

「じゃあ、わたしのことも『アカツキ』って呼び捨てにして」

 

 また始まった。

 シロエがアカツキの自分への呼び方を指摘するといつもこうなる。シロエが照れてるのが分かるのでそれはそれで微笑ましいのだが。ちなみに、私も彼女のことをさん付けで読んでいたが「敬語とさん付けでなくていい」と言われたので今では普通に話している。

 シロエもさっさと折れればいいのに。

 慌てふためいているシロエに追い討ちをかけるかのようにアカツキが一歩踏み出すもんだから、直継と顔を見合わせにやにやするしかなかった。

 

「主君」

「えーっと、なにさ。――おい直継とクロ、にやにや笑うなよっ」

 

 わー、かわいいー。

 そんなことを思っていたらツッコミを入れられて、思わず吹き出してしまった。

 シロエは私をジト目で見つつも、アカツキに先を促している。

 

「帰り道は私が先行偵察に出るぞ」

「どうして?」

 

 アカツキの言葉にシロエは首を傾げたが私はその理由がなんとなく想像がついた。多分、能力を確認しておきたいんだろう。幸いこの辺はさっきの2体が一番格上だっただろうから、アカツキならまず死ぬことはないと思う。

 

「平気だと思うよ、シロくん」

 

 私の予想と一緒にシロエに告げればアカツキはその通りだと頷く。するとシロエは少しばかり考える仕草を取った。

 

「うん。でもあんまり油断しないでね。合流は南のゲート付近で。こっちは〈マジックライト〉で照らしながら行くから、そちらから見つけてください」

「わかっている。同じゾーンにいれば位置は分かる」

「んじゃ、またあとでなっ。ちみっこ」

「うるさい、バカ直継」

 

 相変わらずのやり取りの後、アカツキは少しの音もたてずに消えていった。

 

「おー、さすが」

「やるじゃん、ちみっこ」

「草木が揺れる音も立てなかったね」

 

 アカツキの能力に思わず拍手。これが〈暗殺者〉にして〈追跡者〉か。

 アカツキを見送ったあと、シロエに〈マジックライト〉を使ってもらってその光を頼りに森を歩き出した。

 

「アカツキって〈追跡者〉もちだったんだなぁ」

「一本筋が通ってるよね」

 

 先程先行偵察に出るといったときに彼女は〈隠行術(スニーク)〉と〈無音移動(サイレントムーブ)〉と言っていた。これはサブ職業〈追跡者〉の特技だ。

 

「そういえばさ、2人から見たら彼女どんな感じ?」

 

 私の質問に2人は少し考える。最初に答えたのは私の右斜め前にいるシロエだった。

 

「――前線での動きが軽い。集中力が高い」

「ほうほう。シロくんの中では評価は高い、と。直継は? そうだなぁ、負担とか」

「負担は――減ったな。3人でやってるときに比べて、殲滅速度が桁違いだもんよ。場合によっては、相手をしようと振り向いたときにはもう事切れている雑魚敵もいるほどだ。あれはちみっこだけど、強いちみっこだなー」

 

 直継は私とシロエの先を歩きながら答える。

 やっぱり負担は減っていたか、と納得する。なぜなら私から見てもその負担の減少がはっきりと見て取れていたからだ。

 

「そういうクロはどう?」

「私? まあ、本職に完全に気を配れるようになったよ」

 

 彼女と一緒じゃなかった頃と比べると周りのHP管理に気を配れるようになった。前まではHP管理をしつつ直継の援護という感じだったので、HP管理だけに集中するわけにもいかなかったのだ。

 

「大きな戦力だよねー」

「本人は姿が変わったことでリーチが短くなったとか、攻撃に重さが乗らなくなったとかいってるけど?」

「リーチについては、俺には判らないなぁ。おれはちみっこになったこと無いからもんよ。でもあの速度と身の軽さがあればリーチなんて関係ないんじゃね? あいつの飛び膝くらってみろって。まじで瞬間移動だから。気が付いたら目の前に膝あるから」

「それは遠慮願いますわー」

 

 いや、あれはマジで食らったら危ない。私は直継と違って紙装甲なのだ。

 しかし、攻撃に重さが乗らなくなった、か。ゲーム時代だったら重量によるダメージ増加システムなんてなかったから問題にならなかったが、ここはもう現実、ありえないとも言い切れないのが現状である。

 

「でも、そこで失われた威力なんて、シロが補助呪文でどうとでも解決できるだろ? お前ならさ」

「そーそー」

 

 直継の言葉に同意する。

 確かに〈付与術師〉は1人じゃ戦えないけれど、逆に言えば、仲間がいればなんでもできる。だからこそ私は〈付与術師〉を高く評価していた。

 〈付与術師〉は、全ての職業の中でもっとも人格を反映する職業だ。そんな職業で周りに認められているのだから、シロエはもうちょっと周りをみてもいいと思うのだ。別に今も周りを見てないとかそういうことではなくて、もっと遠慮なしでやればいいと思う。しかし、こういうことは総じて本人が気付かなきゃ意味がないものだ。

 私の前を歩くシロエと直継を見て小さくため息をついた。

 

 その後、アカツキと合流して私たちは隣のゾーンへと向かった。

 随分とのんびりしすぎたのか、もうとっくに日が暮れてしまっていた。

 

「もう、はやくねたーい」

「そうだな。さくさく行こうぜ。宿が恋しいや」

 

 私が欠伸を噛み締めていると直継は先頭を切って歩き出した。彼はときどきこちらを振り返って私とシロエとアカツキを確認する。多分、私たちの体力のことを心配しているのだろう。でも、私たちだってレベル90の〈冒険者〉だ。直継ほどとはいかなくてもそこそこ体力はある。だからそこまで気にしなくてもいいのにと思ってしまう。

 そのときだった。私は脳の奥がざわめくような嫌な予感がした。

 

「ゴブ襲ってこないな~」

「そりゃ、来ないだろう。こっちは90レベル4人だぞ」

「私はあの恐竜の骨をかぶってるゴブが好きだ。偉そうにしているところが滑稽で可愛い」

 

 3人が何か話しているけれど、今はそんなことどうでもいい。

 精神を集中させて、その違和感の正体を探る。

 

「ああいうのが好きなのか? アカツキは」

「だいたいの所、魔術師系の敵というのは偉そうにしているくせに装甲は紙でHPは少ないのだ。それならそれで下がっていればよいものを、のこのこ前線まで出てくるゆえ狙うのは至極簡単だ。〈ハイド・シャドウ〉でこっそりと接近して首筋に小太刀をぞぶり、と突き入れる。身体の力がすとんと抜けて糸の切れた人形のように崩れ落ちるのがたまらない」

 

 うん、そうだね。確かに紙装甲だね……ってそれどころじゃない。なんだ、この感じは。モンスター、ではない。まさか、人?

 収まる気配のない嫌な予感に自然と足が止まった。

 いやいや、まさか。

 

「いや、僕ら魔術師だって、いざとなればそこそこ根性出すんだよ?」

「ん? 主君だって紙装甲だ。――いいではないか、主君は忍びであるわたしが守る」

 

 私が止まったことに気付いていないのか、彼らは先に進む。でもそれを気に留めることが出来ないくらい私は精神を集中させていた。

 この嫌な気配が人であるなら、殺意を持った人である。だとしたら目的は――。

 

「ここはアキバの隣接ゾーンですから。そんなに高レベルのモンスターが出現するわけないでしょう。出現していたら新人プレイヤーは全滅しまくりですよ……ってクロ?」

 

 近づいてくる足音が聞こえた。どうやら私が止まっていることに気付いた3人が戻ってきてくれたらしい。

 

「どうしたの、クロ?」

「リンセ?」

「リンセ殿、いきなり立ち止まって……」

「PK」

 

 アカツキの言葉を遮って私が放った一言に3人が顔色を変える。

 

「クロ、それってどういう……」

「この先に、きっといるよ。PKが」

「なんだって?」

「私の勘だと4から6人くらいかな」

 

 そう、モンスターではないのに敵意を向けられているような勘。モンスターじゃないならば、それは人間からだ。それも戦闘ができるとしたらPKだ。

 

「それは勘?」

「もちろん」

 

 シロエにはっきりと答える。

 そう、これは勘。私の異常ともいえる勘によるものだ。

 私の言葉を聞いたシロエは顎に手をあててしばし考える。

 

「アカツキさん、先行をお願いします」

「ああ、分かった」

 

 シロエに指示を受けたアカツキは先ほどと同じように音もなく消えた。それを見送って私は2人に問いかける。

 

「ねえ、2人とも。どうしたい?」

 

 今回の相手はモンスターではない、私たちと同じ人間だ。そう簡単に決断できないだろう。モンスターを倒すのとはわけが違うのだから。

 私の言葉に2人はしばし考える。といっても、考えてるのはシロエだけかもしれない。直継はPK嫌いだからぶっ飛ばしたいとか思ってるかもしれない。

 

「行こう」

 

 覚悟を決めた目でシロエは言った。その言葉に私と直継は頷く。そして簡単な作戦会議を開いた。

 

「おそらく向こうは不意打ちでやってくると思うの。だから騙されたふりをしよう。多分そのほうがボロが出る。アカツキにそういう方向で念話しておいて」

「わかった」

 

 私たちは罠に嵌ったふりをするために歩を進めた。

 

  *

 

 リンセの言葉を信じて歩みを進めている俺たち。

 俺はリンセを振り返る。その顔は暗がりのせいであまり見えないが、いつもにも増してやる気がないように見えた。いや、これはやる気がないんじゃないな。面倒くさいと思ってる感じだ。

 

 ――PKがいる。数は4から6。

 

 相変わらず勘がいいんだな、リンセのやつ。

 いつだってそうだった。アイツの勘は“外れたことがない”。だから多分、今回も当たってるんだろう。

 

 俺から見たら周りに遠慮しているシロだが、そのシロがリンセに対しては唯一遠慮していないように見えた。周りにはどういうふうに遠慮していて、一方リンセに対してどう遠慮していないのかと聞かれるとはっきり答えられないが、なんとなくそんな気がするのだ。

 なんつーか、リンセには何も言わなくても分かってるっていう信頼っつーか、なんていうか。

 あの2人の間には言葉こそないがどこか別のところで繋がっているという感じがする。シロにとってはそれはとてもいいことだけど、なんだか自分の〈守護戦士〉の役目を取り上げられているような、そんな腹立たしさを感じるのも事実だった。

 

「直継」

「ん? なんだ、リンセ」

 

 リンセに名前を呼ばれて意識を戻す。リンセはここじゃないどこか別の場所を見ているような目をしていた。

 

「多分、真っ先に拘束魔法が飛んでくるから。別にかかってもかからなくてもほとんど変わらないと思うけど、少しは注意してみて」

「おう、了解した」

 

 リンセの声はいつもより感情がこもっていない。すこし苛立っているようだった。

 

「クロ」

「なに、シロくん」

 

 今度はシロがリンセを呼んだ。リンセはシロには視線を向けずに別の場所を見ながら応えている。

 

「今回は本職必要?」

「必要ない。から、私はPKの後ろに回るよ」

「わかった」

 

 そう言ってリンセは盛大なため息をついた。こっちも幸せまで持っていきそうなため息だ。

 

「どうした、リンセ?」

「ねむい」

 

 あまりにもなため息に理由を尋ねればそんな風に返ってきた。リンセの目は面倒くささと眠気でいつもより半分位閉じられている。そんな彼女に軽くデコピンをした。

 

「おいおい、戦ってる最中に寝るなよー」

「わかってるって」

 

 あー面倒くさい、と言っている彼女を微笑ましく思った。

 全く、頼りになりすぎる仲間だぜ。

 

  *

 

 歩いていって「ロカの施療院」への坂までやってきた。クロの言っていた通り、いくつかの気配を感じる。直継とクロとアイコンタクトをとって、弾けるように四方に散った。直継が突っ込んでいった方からは苦鳴が聞こえる。それは明らかに人間のものだ。クロの勘を疑っていたわけではないが、実際に対面すると口中が干上がるのを感じた。

 そのとき、金属の束を引きずるような低い連続音が響く。それはクロが言っていた拘束魔法だった。それは直継目指して伸びていく。直継が完全に拘束される前にと〈ディスペル・マジック〉を唱えた。

 

「直継っ。直列のフォーメーションっ! 敵PK、人数は視認4つっ。――位置を確定するっ。――そこっ!!」

 

 それと同時に〈マインド・ボルト〉を放つ。その一線の光に照らされて闇に隠れたPKを視認できた。

 

「敵視認っ!」

 

 直継が敵を視認したことを確認すると、そのまま直継を少し下がらせる。

 

「良い度胸だな。PKだなんて。……おぱんつ不足でケダモノ直行か? 不意打ち気分で祝勝気分とは片腹痛いぜっ」

 

 今まで〈エルダー・テイル〉におけるPKは成功率の低さなどからあまり遭遇しない、流行らない行為だった。けれど、それも異世界に巻き込まれたとなれば事情は違ってくる。

 この異世界における戦闘ではミニマップは脳内メニュー内部にも存在しない。またいくら高レベルの冒険者であっても本人が意思をしない限り無意識の回避等ということはありえない。

 

 そう、ありえないのだ……“普通ならば”。

 

 しかし、ここにはクロがいる。“預言者”などと呼ばれているクロがいるのだ。彼女に関して言えば普通の不意打ちは不意打ちにならない。彼女の異常ともいえる勘が全て見抜くからだ。

 相手が悪かったな、と僕はPKに手の小指の爪の甘皮くらいの同情をした。

 

  *

 

 とりあえず四方に散ったタイミングで周りの木々に身を隠したから、相手に私の存在はバレていないだろう。まずは様子見だな、と戦場を観察する。

 現れた影は4つ。戦士風が1人。盗賊風が2人。回復役風が1人。

 だいたい予想通りの構成にうんうんと頷く。この場に出てきていない残りの2人はアカツキが片付けてくれるだろう。とすると、私の仕事は回復職潰しか。

 

「黙って荷物を置いていけば、命までは取らないぜ?」

 

 そっちがその気でもこっちは完全に取る気でいるけどね、と心のなかで嘲笑する。

 それよりもシロエは大丈夫だろうか。モンスターを相手にするのとは訳が違う。相手は人間、明白な「悪意」をぶつけてくる知的生命体だ。色々考えて後手に回らなければいいけれど。

 

「〈守護戦士〉に魔術師か。無駄なあがきをしてみるか? こっちは4人なんだぜ?」

 

 PKの発言に、こっちも4人です、なんて言えるわけもなく。しかし、少しばかりシロエと直継のことを甘く見過ぎてはいないだろうか。

 私は敵に気づかれないように後方にまわる。ちょうど敵の回復役の後ろにこっそりと。そうしている間にも戦況は徐々に動いていた。

 

「……直継どうする?」

「殺す。三枚におろしてからミンチにして殺す。そもそも他人様を殺し遊ばせようって連中だ。当然他人様に殺されちゃったりする覚悟なんておむつが取れる前から決まってるんだろうさっ」

 

 直継はPK行為に相当怒っているようだった。でも、彼の頼もしい声でシロエも落ち着きを戻したようだ。そのことに密かに安堵する。

 

「直継はPK嫌いだもんね。……僕はお金払ってもいいんだけどさ、一度くらいなら」

 

 シロエがそんな発言をするものだからPKが彼を思い切り舐めはじめる。確かに、彼の風貌からして荒事には慣れてなさそうに見えるけれど。

 でも私は知っている、シロエは争いごとが嫌いであっても決して苦手ではないということを。

 

「でも、あいにくお前たちには払いたくない」

「よく言ったぜ、シロ」

 

 シロエの言葉に思わず笑みが溢れる。

 私もそろそろ行くかと、背にある薙刀を握り締めた。

 

「第一標的左前方の戦士っ! 同時に盗賊への阻害もまかせたっ」

「そこの鎧の厚い戦士は俺たちにまかせろ、お前は魔術師をさくっと殺しちまえっ!!」

 

 シロエの指示と野盗のリーダーが怒鳴り声が同時に響く。

 

 多分足の踏み出し方からして長髪の盗賊がシロエに向かう。そこで、シロエが〈アストラル・バインド〉をかける。それを受けて野盗はすぐに作戦変更をする。そしてリーダー自身がシロエへと向かう。そのあと直継が〈アンカー・ハウル〉を発動して、シロエが目眩ましの〈エレクトリカル・ファズ〉を飛ばす、かな。

 回復役を仕留めるなら相手の目が眩んでるときだろう。

 

 2人の声を聞いてから勘で未来を辿る。すると、私の目の前で想像と同じ光景が流れた。

 直継のHPバーの減り方から考えて彼が持つのはおよそ30秒。それだけあればケリがつく。

 シロエから〈エレクトリカル・ファズ〉が放たれた瞬間、私は一気に相手の回復役の背後から突っ込んだ。詠唱阻害効果を付与する消費アイテムを使って寝てる相手が気付いて悲鳴を開ける前に的確に喉を叩き潰す。死にはしないだろうけど呪文が詠唱できないから回復もできない。

 そうしている間にシロエの〈ソーンバインド・ホステージ〉を受けた敵が直継から一発もらっていた。

 

「落ち着け! そいつは設置型のクソ呪文だっ。解呪しろっ! ヒーラーっ!! 〈武士(サムライ)〉に回復を集中しろ! こっちは倍の数が居るんだ、負けるはずはネェっ!!」

 

 確かに〈エルダー・テイル〉の仕様において、回復役というのはかなり強力な存在だ。けれど、仲間のステータスなんて気にしないで戦ってる人間に異変なんて分かるはずもなく。

 その間にも直継の剣は〈ソーンバインド・ホステージ〉の茨を裂いていく。けど、さすがにそろそろまずいだろう。なぜなら彼の脇腹はガラ空きだったからだ。

 仕方ないなー、と私は呪文の準備を始める。

 

「はっ! それがどうした。脇腹が留守だぜっ!」

 

 長髪の盗賊が大きなナイフを直継の脇腹に突き込もうとしていた。

 でもね、“遅い”よ。それは、届かない。

 

「ヒーラーの有無が勝敗を分けたなっ! 兄ちゃんたち、あんまり舐めてるんじゃネェよっ! あはははははっ! せいぜい神殿で悔し涙でも流すがいいさっ!」

 

 長髪の盗賊は、確実に突き刺したと思った。野盗のリーダーも他の野盗も、確実にダメージを負わせたと思った。“思い込んで”いた。

 しかし、いつの間にか長髪の盗賊のナイフと直継の間には障壁が張られていた。

 ナイフと直継の間、わずか35センチメートルの間に。

 

「その戦況把握は正しいです」

「そちらさんのヒーラーが仕事してればっ。だけどなっ!!」

 

 私は直継に障壁をかけたあとそのまま相手の〈武士〉に向かって薙刀を振るった。吹き飛ぶでもなく血しぶきを上げるでもなく粒子のように消え失せていく、異様に静かな幕切れ。つい一瞬前まで刀で激しい剣戟を加えていた〈武士〉の突然の有様に、野盗のリーダーの笑い声は後半を断ち切ったように途切れてしまう。

 

「残念だったね」

 

 突然現れた私に野盗たちは驚く。

 

「――な、なんだよっ。お前ら何をしやがった!? 麻痺か? おい、ヒーラーっ!! 何をやってんだ、早く回復をしろっ!!」

「鬱陶しいぞ、お前っ。綺麗な月夜に不細工な雑魚台詞をまき散らすなよっ!」

「なっ! なっ!?」

 

 その光景を眺めつつ気配に気を配る。どうやら向こうも終わったようだ。さすがだ。

 

「クソっ! もういいっ! おい〈妖術師(ソーサラー)〉っ! 〈召喚術師(サモナー)〉っ! ここまで来れば総力戦だ、この男を消し炭にしちまえっ!」

 

 野党のリーダーが叫ぶ。その叫びを聞いて私は呆れたように首を横に振った。

 全然なっていない。紙装甲でHPも少ない魔術師をほったらかしは大変宜しくない。

 

「おい、早くしろっ! こいつをやっちまえっ」

「駄目だなぁ」

「……詰みだ」

「その通りだ、主君」

 

 森の奥からアカツキが2人の魔術師を引き摺ってきて、そのままゴミを捨てるように投げ出した。うわぁ、アカツキ可愛い顔して随分と雑に扱うんだな。

 その光景に野盗のリーダーが取り乱している。

 

「な、なっ。何やってるんだよ、お前らっ!? な、なんで報告しないんだよっ!? ヒッ。ヒーラーっ!! HPの管理はしておけってあれほどいっただろうっ。お、お前まさかっ。俺たちを裏切って……」

「そんなんだからお前らはダセェんだよっ」

 

 野盗の言葉に直継は堪忍袋が切れたように左腕に持っている盾を叩きつけた。あれは相当お怒りのようだ。

 

「仲間くらい信じた方が良いよ。そっちのヒーラーは寝てるだけ。そもそも戦闘の最初から寝ていたし」

「ちなみに詠唱阻害がついてるからすぐに回復できないよ」

 

 シロエの宣告のあとに続けて私は言う。それは今仮にヒーラーが目を覚ましても詠唱が出来ないということ。いや実際はもう目を覚ましているのだが、詠唱できず声も出ないから報告もしようがなかったのだ。

 

「主君の呪文をバカにするのは良くない」

「っ!」

「お前たちは電気の火花をすっかりバカにしていたらしいが。それだけ目の前がバチバチ明るければ、森の暗がりなんか見えるはずがない。後ろで支援しているはずのヒーラーが寝ているのにも気が付かなかったな。――お前たちの連携は、穴だらけだ。戦闘に夢中でHP管理も仲間の状態確認も出来なかったお前たちの伏兵なんて、簡単に暗殺できたぞ」

 

 アカツキの言葉が終わると、直継は自分の長剣を振り上げそのまま長髪に振り下ろす。すると、その人はあっけなく絶命した。

 

「お、俺たちを殺したってすぐ復活だ。お前たちに負けた訳じゃねぇっ」

 

 野盗のリーダーは強がっているが首筋に当てられたアカツキの小太刀に何もできない。

 アカツキは視線でシロエに許可を求めている。確かに、このまま縛り上げるとかして拷問するのも可能だろう。しかし、シロエの性格上しない、絶対に実行不可能だった。

 シロエの仕方ないとでもいうような頷きを合図に赤く濁った血が空を舞った。

 

「さて、直継、アカツキ、シロくん。さっさとアイテム回収して帰ろうか。私、もう寝たいや」

 

 晴れない表情の3人に向かって私は気を取り直すように笑った。

 3人はまだ少し暗い顔をしていたけれど、私の意見に頷いてくれた。

 

  *

 

「治安悪くなってるっていう話は本当だなー」

 

 アイテム回収をしている直継にヒールをかけていると直継がそうぼやいた。シロエはその言葉に肩をすくめる。その様子を見てシロエからしたら楽勝というわけでもなかったということを理解した。

 

「シロくん、今回は辛勝だったと思う?」

「あぁ、うん。多少はね。確かに、こちらにもヒーラーがいるからそう簡単に直継が落とされるとは思わなかったけど、向こうが過信してくれてなかったらちょっと危なかったかもね」

「ふーん」

 

 確かに、相手の過信がこちらの勝利に繋がっていたのは事実だ。

 

「クロはどう思ってたの?」

「私からしたら、勝ち確の勝負だったんだけど」

 

 確かに相手は6人でそのほとんどがかなり高レベルで直継のHPは半分くらい削られた。でも、それは私がヒールを使っていなかったからであり、使わなくても直継のHPは持つと判断したからだ。それに最初から人数はあらかた割れていたし、私たち4人とも奥の手は隠していた。それを切り札として使用するには冷静さが必要だが、それは私たちの連携で何とでもなる。

 

「そっか、クロは確信してたんだ」

「うん。不意打ちにかかったふりをすれば、過信とかボロを出してくれると思ったからね」

 

 そのへん、直継はきちんと役目を果たしてくれた。私にはその瞬間から勝ちが見えていたのだ。

 シロエとそう話している間に、アカツキと直継はアイテム回収を終えたみたいだ。

 

「他にもPKたちが潜んでいるかな」

「それはないんじゃないかな」

 

 アカツキが言った言葉に返答したシロエに同意する。ここよりアキバに近づけば、アキバの街に逃げ込まれる可能性がある。それはPKにとって非常に不利益だ。襲い損になりかねないからだ。

 それにしても、物騒になったなと思う。直継は「治安が悪くなった」なんて表現しているけど、それは若干、いや全くといっていいほど前提が違う。

 治安などと言っているけれどもとよりこの世界に法なんて存在しないのだ。それに加え、死んでも復活するなんていう命の概念が軽くなる情報が流れてしまっている。故に、ストレスや苦痛、そういったものから逃げるため、または何もすることがないため、PK――人を殺す行為が横行し始めたんだろう。

 いずれにしても、カッコ悪い。それに面倒くさい。

 

「〈ドレッド・パック〉ねぇ……。何かこう、ありきたりな名前だ」

「それは仕方がない。PKなんてするギルドにセンスを求める方が贅沢だ」

 

 直訳すれば恐怖の群れといったところだろう。何にせよセンスが無いというアカツキの意見には同意だった。

 そして、今回のギルド以外にもPKを行なっている集団は一定数いるらしい。

 

「私もそんな噂は聞いている」

「聞いた話だと他にも〈たいだるくらん〉とか〈ブルーインパクト〉だとか〈カノッサ〉とかがPKやってるっていう話だよね」

「なんだかなぁ。そりゃさー。色々てんぱってるのは判るよ。判るけどさ。……なんつぅかなぁ、他にやることあるんじゃねぇかな」

「たとえば?」

「おぱんつについて語るとかさぁ」

 

 直継の発言に私はため息をついた。アカツキなんか二歩引いている。

 

「二歩退かれた……。二歩だぜ……?」

 

 落ち込む直継をシロエと励ましつつ、直継のおぱんつ講義を聞き流す。

 それにしても、他にやること……か。

 

「ないから、PKとかに走るんだろうけど」

「そうだね。命を繋ぐだけなら安い食事があるし、衣服についても同じ。寝床だって、快適さや安全面を気にしなければどうにでもなる」

 

 私の零した呟きにシロエが反応してそう言った。

 シロエの言葉をさらに突き詰めるなら、生存競争をしなくちゃならないわけでもないから生きる目的がないということだ。それが「他にやること」がない状況に繋がっているわけだ。

 

「生きる目的? 他にやること? んなもん、自分で決めて自分で邁進すれば良いじゃねぇか。おぱんつについて語るとか。女の子を守るとか」

「そう簡単に言いのけられる人間は案外少ないんだよ、直継」

 

 自分で決めて何かに打ち込める人間とそうでない人間。ぶっちゃけて言うと、私は実は後者に近かったりする。でも私は面倒くさいこともしない主義なので、PKなんて考えないが。

 ぼけーっとそんなこと考えていると直継が声を上げる。

 

「ちょ、うっわ!」

「どしたの?」

「あいつら、合わせて金貨62枚しかもってなかったよ。どんだけしょぼいんだっての」

「アイテムの方はそこそこだったぞ」

 

 どうやら直継とアカツキが拾い集めたアイテムの確認をしていたらしい。確かに金貨62枚はしょぼい。けれど日常的にPKをするぐらいだからリスクは認識しているようだ。

 

「そりゃそうでしょ」

「よほどのバカじゃなきゃ、必要最小限のアイテム以外は貸金庫に全部預けてきてあるよ。そのアイテムだって、他の人から奪ったものだと思うよ?」

 

 私とシロエの言葉に2人は「儲け損ねた」と深いため息をついた。その様子に私はくすりと笑った。

 

  *

 

 トラブル――PKに遭遇したため、アキバの街に戻ってきたのは夜も半ばの時間帯だった。さっさと宿に戻って布団にもふもふしたいというのが私の正直な感想だった。

 もふもふといえば、確かご隠居は猫人族だったなー。もふもふしてそう。会ったら真っ先にもふもふさせてもらおう。

 それにしても、とアキバの街を眺める。

 勘など働かせなくても、ここ数日で街の雰囲気が変わっているのは理解できた。みんな、互いを警戒しているのだ。個人的な意見としては、今この状況で互いに警戒しても自分の身を滅ぼすだけだろう、と思っている。

 この世界には確かに日本人だけでも3万人いる。でも、それは今まで共に生きてきた日本人口の0.03パーセント。自分たちの同じ人間は1パーセントにも満たないのだ。そんな状況なのだからもう少し必死になってもいいだろうに。私は少なからずこの状況に絶望していた。

 何か本気で対策でも考えようか。例えば自治団体をつくるとか。まずはどこかのゾーンを購入して、それから団体作って、なんて考えていると直継のげんなりした声が聞こえた。

 

「どっかで買ってく? それとも食ってく?」

「あー。どうします、主君?」

 

 どうやら今日の晩飯についてらしい。直継とアカツキの投げやりな調子に苦笑いが浮かぶ。私としては少量で腹が膨れるから味はそんなに気にならないけど、3人は違うらしく食事の度に憂鬱そうだ。

 

「ん……。ちょい待って。マリ姐のとこ、起きてるなら寄っちゃおう」

 

 そう言ってシロエはマリエールに念話をし始めた。

 向こうの話が終わる間、アカツキが私に声をかけてきた。

 

「リンセ殿」

「ん、何? アカツキ」

「リンセ殿はあの食事をどう思う?」

「別に、お腹が膨れるんだからいいと思うけど」

 

 私の返答にアカツキがすごい顔をする。それでも可愛いから世界って不平等だ。そんな彼女に直継が諦めたように言った。

 

「ちみっこ。リンセに飯のこと聞いても意味ないぜ」

「ちみっこいうな」

「おい直継、それどういう意味?」

「飯に関心ゼロのやつに聞いても無駄ってことだよ」

「そりゃ悪かったね」

 

 食事イコール生命維持のための行動と思っている私はあまり味に固執しない。確かにずっと食べ続けていると少し変化がほしいなと思うが、所詮その程度だ。

 私が少し口を尖らせているとシロエの方の話が終わったらしい。けれど、どこか様子がおかしい。

 

「どうした? シロ」

「〈三日月同盟〉で何かあった?」

 

 シロエの気配に直継も気付いたらしい。

 私たちの言葉にシロエはこちらを振り返った。

 

「〈三日月同盟〉へ行こう。どうやらトラブルが起きたらしい」

 

 嫌な予感に私は目を細めた。直継やアカツキも何か感じ取ったのか、神妙な表情をしている。

 そんな私たちは、各々の予感を消せないまま〈三日月同盟〉へと向かった。

 

 訪ねた〈三日月同盟〉のギルドホールは慌ただしかった。みんな、何かの準備をしているみたいだ。案内されたマリエールの執務室も前より散らかっていて、それでも何とか確保した応接セットにお茶が準備されている。

 

「すいません、シロエ様……。って、うっわぁ! アカツキちゃんじゃありませんかっ!」

 

 ヘンリエッタは箒を放り出してアカツキに思い切り抱きついた。掃除はいいのだろうか。

 

「おかえりな。4人さん。ちょーっと散らかっとるけど、その辺はお目こぼししたってな」

 

 小さく両手を合わせて器用にウィンクをするマリエール。それにため息をついたシロエを視界に入れつつ、私はヘンリエッタに声をかける。

 

「へティ、片付けはいいの?」

「今はアカツキちゃんですわ!」

「ああ、そう」

 

 アカツキに同情の目を向けると助けろと目で訴えられた。それを華麗にスルーしてマリエールの方を向く。

 

「何があったんですか。マリ姐」

「まぁ、ま。そう急かさんと。座ってや。水入れたげるからっ。色つきでお茶風味! えへへへ」

 

 マリエールは笑って言うがその笑顔に違和感しか覚えない。絶対に何か無理をしている。

 とりあえず、マリエールの勧めに従ってソファの肘掛に寄りかかる。なぜならソファは直継とシロエで満席だからだ。ちなみにアカツキは未だヘンリエッタの腕の中だ。

 

「……あー。うん」

 

 全員座ったけれどマリエールはなかなか話しはじめない。なんとなく要件は感づいてはいるけれど実際に聞かないことに判断できない。なかなか口火を切らないマリエールに痺れを切らせてシロエが話を切り出した。

 

「遠征ですか?」

「うん、そや」

「どこに?」

「えーっとな。エッゾっていうか……ススキノ」

「ススキノ?」

 

 まだトランスポート・ゲートが復旧したという話は聞かない。なのに、何故このタイミングなのか。

 

「もしかして、誰かを迎えに行くの? マリー」

「リンセやん。うん、そうなんや。前にもいうたけど、うちら〈三日月同盟〉は小さなギルドや。メンバーは、いまはちょい増えて24人。殆ど全員は、アキバの街にいるし、いまはこの建物の中におる。でも1人だけ、ススキノにおる娘がおるねん。名前はセララってゆーんやけど、まぁ、これが可愛い娘でな。〈森呪遣い(ドルイド)〉や。うちの中でもまだ駆け出しで、レベルは19。まぁ、そんなのはどうでもええねん。ちょっと気が弱いところがあって、人見知りなんやけどな。商売やりたいって〈エルダー・テイル〉始めた変わり種で」

 

 視線を落としたまま話を続けるマリエールのあとに続いてヘンリエッタが言葉をつなげる。

 

「〈大災害〉があった日、セララはススキノにいたのですわ。ススキノで丁度レベル20くらいのダンジョン攻略プレイの募集がありまして。その時はギルドに手の空いてる人もいなくて、狩りに出掛けて腕を磨きたかったセララは1人でススキノに……。一時パーティーでした。ススキノで募集をしていたメンバーと合流して遊んでいたらしいのですが、そこで〈大災害〉に遭遇しました。トランスポート・ゲートは動作不良になって、セララは取り残されてしまったのです」

 

 なるほど、話は理解した。確かに低レベルの仲間を1人にしておくのも心配だろう。だからといって、移動方法は現状自分たちの足しかない。

 

「わたしたちはよく知らないが、事件後にススキノに向かったプレイヤーは居るのか?」

「いないね」

 

 アカツキの問いに私ははっきり答える。マリエールもそれに頷いた。

 

「そうなんよ。みんな今日を生きるので精一杯や。他の都市のことなんか気にかけてられないのはよぉ判るんよ。攻略サイトを閲覧できない今〈妖精の輪〉を使うのは自殺行為やしな。かといって徒歩や馬でススキノ目指そう思うたら二週間以上はかかると覚悟を決めなならん。途中には結構な難所も幾つかあるはずや。好奇心でふらふら行ける場所や無いやろ」

 

 それはもっともだ。だけどマリエールたちはそれをしようとしている。しかも、彼女は二週間以上と言ったがそれは甘すぎる見積もりだった。

 何故、今なのか。考えを巡らせて答えに辿り着いた。そういえばご隠居が言っていたな。

 

「ちょっと待った。〈帰還呪文(コール・オブ・ホーム)〉は……。ああ、そっか」

「ええ。〈帰還呪文〉は五大都市に入った時点で、自動的に上書きされますわ。いまセララが〈帰還呪文〉を使ってもススキノに戻れるだけ。……この街に戻ることは出来ません」

「今、救援を出す理由は、何?」

 

 私たち4人の疑問をアカツキが切り込む。

 

「それは……」

「あー。な。うん……。救援は、前々から出す予定だったんよ。あんな北の最果てにひとりぼっちじゃ心細いやろ?」

 

 マリエールの言い方にシロエはまっすぐマリエールを見る。私も少し目を細めてマリエールを見た。

 

「マリー、私はそんな取り繕った言葉を聞きたいわけじゃないんだけど」

「リンセやん。別にそんなつもりは……」

「……マリ姐」

「そんな目で見ちゃだめやで、シロ坊。シロ坊の目つきはちっとばかし鋭いんやから、可愛い娘さんにもてへんようになってまうで?」

「マリ姐」

 

 言葉に逃げを感じたらしいシロエは重ねて問いかける。一方、私はなかなか言い出さないマリエールにとうとう痺れを切らせた。

 

「はぁ、もう。はっきり言ったら? マリー。ススキノはここより治安が悪いって」

 

 私の言い方が少しきつかったのか、マリエールの瞳が少し揺れた。

 

「ん。……うん。リンセやんの言う通りや。ススキノはこっちよりも治安が悪いんよ。……セララなぁ、なんか柄の悪いプレイヤーに襲われたん」

 

 やっぱり。

 市街地は戦闘行為禁止区域だが、恐喝、強姦、その他の“武器を使用せず、一定以上の苦痛またはダメージを与えない”行為は、おそらく今まであったシステムに引っかからない。禁止をかいくぐって犯罪的行為をすることは可能なのだ。相手が女の子なら、なおさら。

 

「あ。いやな。まだ大事にはなっとらんのよ。そこまではいっとらんの。でもな、ススキノはそもそも、人少ないやん。話によると、いま二千人を超えるか超えないかっていう人口らしいんよ。そんな街で、何時までも逃げ隠れる訳にも行かないやろ? うち、助けにいってやらんとあかんのやん。うちんとこのメンバーやもん。それが当たり前やろ?」

 

 気持ちはわからなくもない。けれど、さすがに〈三日月同盟〉だけで解決するのは色々と無理があるだろう。

 そう思っている私を置いて話はどんどん進んでいく。

 

「で、こっからが相談なんやけどな。えーっと、悪いんやけどさ。うちのメンバーも、まだひよっこが多いやろ? みんな良い子なんやけど、まだちょっと頼りないんよ。今回の遠征で精鋭の連中は連れて行かな、そもそもエッゾまでたどり着けないと思うん。そのあいだ、こっちに残す子の面倒を見たってくれないかなぁ?」

 

 それに加えてヘンリエッタからもお願いされる。頭まで下げられてしまった。私としてはお断り願いたい。他人の面倒なんて無理だ。私には絶対無理だ。それにマリエールたちの旅はきっと、いや絶対に失敗する。これは勘だ。けれど今までずっと付き合ってきた私の勘だ。今回に限っては外れるなんてことはない。失敗する条件もきちんと明白だ。

 ちらりとシロエを見ると難しい顔をしていた。きっと彼も自分と同じ解答を叩き出す。だからこそ彼が思考の渦に飲まれる前に引き上げなくてはならない。あと5秒のうちに。

 

 彼の言葉が私たちを導くのだから。

 

「シロくん」

 

 私の声にシロエは意識を戻す。私が口角を上げれば直継とアカツキはこともなげに頷いた。

 

「言え、シロ」

「主君の出番だ」

 

 直継とアカツキの言葉を風に彼は帆船を進めるだろう。その航路を後押しするのが私の役目。

 

「シロくん、私も同じ考えだよ」

 

 さあ、私たちの道を決めておくれ。

 

「僕らが行きます」

 

 そう、それが最善解。この場において叩き出せる、もっともベストな解答だ。

 

「え?」

「僕らが行くのがベストです」

「そんな。シロ坊っ。うちらそんなことねだってるわけやっ」

 

 マリエールの抗議を無視してシロエは私たちを見る。

 

「もちのろんだぜ」

「主君と我らにお任せあれ」

 

 なんとも絶妙なタイミングで返答を返す直継とアカツキ。話は終わったとばかりに直継は立ち上がり、アカツキもそれに続く。

 

「俺たちが遠征に行く。マリエさんたちが留守番だよなー。ひよっこの面倒を見るなんて、俺たちにゃ無理無理っ」

「忍びの密命に失敗の文字はない」

 

 2人の頼もしい言葉に思わず笑いが溢れる。それに対し、シロエは格好つけてしまったことに対して気恥かしそうにしている。こちらもこちらで微笑ましい。

 

「リンセやんもなんとか言ってやっ」

「へ?」

 

 いきなり声をかけられて間抜けな声が出た。マリエールの方を見ると目で訴えられる。

 でも、やっぱりこれが一番なのだ。

 

「マリー。これが最善解だよ。私たちが迎えに行って、マリーたちが留守番。マリーの役目は帰ってくる子を笑顔で迎えてあげること」

「明朝一番で出発する。任せておいて、マリ姐。ヘンリエッタさん」

 

 シロエの恥ずかしさを押さえつけた言葉に思わず吹いてしまったのは秘密だ。


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