Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 2

 5日目の朝、私たちはいつもの宿を出てマーケットに向かっていた。今日の食料を手に入れるためだ。ちらりと横を見れば珍しくテンションの低い直継がいる。理由はわからなくもないけれど。

 

「直継、朝からそんなに落ち込まないでくれる?」

「つってもよぉ……」

 

 見るに見兼ねて声をかければ、こちらまでテンションが下がりそうな対応をされた。そんな直継にシロエはすこし首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「なんかよぉ。あのマズメシを食い続けるのかと思うと、俺ぁ、しょんぼりな気分だよ」

 

 私は元々食に関心がなくて生命活動ができる最低限の食で過ごしてきたから、あまりそのへんは気にしていなかった。でも2人はそうでもないらしく、直継に釣られてかシロエまでなんだかげっそりし始めた。

 

「リンセはその辺どうなんだよ?」

「私? 私は別に気にしないけど。元々小食だったから、1日1食っていうのもよくあったし。1週間10秒メシってときもあったから」

「うげっ……。それ、大丈夫なのか?」

「生命活動が維持できていたから問題ない」

 

 直継が信じられないものを見るような目でこちらを見ている。その向こう側にいるシロエも同じような目だ。いいんだよ、生きてるんだから。それに飲み物もちゃんと飲めるものなんだし。どの飲み物もただの水の味しかしないけれど。突然放り込まれた世界にしては多少は親切設計だと私は思う。

 

「……あれしかないんだよね」

「まあ、それはそうなんだけどさぁ。刑務所だってもうちょっとなんか、ましなもの喰わせてると思うんだよ。俺がTV特番で見た網走刑務所の給食って結構美味そうだったもの」

「うん」

「まあね」

 

 確かに一般的には全部が湿気た煎餅のここよりはマシだろう。私ももう少し食に関心があれば2人と同じ状態だったんだろうなと思った。

 

「で、俺思ったんだけどさ」

「何?」

「なにさ?」

 

 直継のセリフにシロエとハモった。

 

「これって、俺たちにマズメシを喰わせ続ける神様の拷問部屋なんじゃね?」

「……うえぇ」

 

 それはそれですごく嫌だ。だったら食べない方がいいじゃん、と私は思ってしまう。空腹って一定時間経つと感じなくなるじゃないか。まだこの世界で餓死するかどうかは分からないのだし。そもそも餓死したとしてもきっと神殿で復活してしまうのだろうが。

 

「だとすれば、拷問センスがかなり良い神様だよね」

「同感」

「俺もそう思う」

 

 シロエの言葉に直継と一緒に同意する。

 

「毒みたいな味で食うと血反吐を吐いちゃうんだけど、食わせ続けられるって、地獄っぽいじゃん? 鬼の獄卒が無理矢理食わせるとか。でも、そうじゃないんだよな。多分栄養はあるし、毒じゃない。味だって、我慢すれば我慢できなくはない程度の不味さ。1食くらいなら、まあ平気。でも、それ以外が一切無いの。その味しかない訳よ。際限なく続く。どんどん暗い気持ちになってくる訳だ。それって嫌がらせとしてはかなりハイエンドだぜ?」

「やだ、レベル高い。その神様、レベル高すぎてついていけない」

「だからそのあたりが拷問センスなんだよ。その、やなセンスだけど」

 

 直継のたとえ話にげっそりしていると突然脳天に痛みが走った。

 

「つっ」

 

 思わず頭を抱えて蹲る。すると、気付いた2人が驚いたようにこちらを向いた。

 

「えっ、どうしたの?」

「なんか、ぶつかった。……小石?」

 

 周りを軽く見渡すとちょっと離れたところに小石があった。誰かが投げてきたんだろうか。

 シロエが立ち上がって周りを見渡す。そして何かを見つけたらしい。

 

「アカツキさんだ」

 

 シロエの視線を辿ると、元は何かの商店だった3階建ての崩れかけた建物の入り口があった。そこには黒髪、黒装束。目立ちの整った長身の男性がいた。

 

「知り合い?」

「うん。この人はアカツキさん。〈暗殺者(アサシン)〉だよ」

 

 シロエがアカツキに近付きながら私たちに紹介する。何となく口数の少なそうな人だなという印象を受けた。これは、あれだ。雰囲気を大事にするタイプの人だろう。そういうゲームの楽しみ方もある。でも、なんだろう。変な違和感を感じた。男の人、だよね?

 

「アカツキさん。どうしたんです?」

 

 シロエの質問にアカツキは顎を僅かに振るという仕草で意思を示した。どうやら私たちを招いているらしい。

 私たちはアカツキの招きに応じて薄暗い廃墟に入る。

 

「なぁ。シロ。こいつどういうヤツなんだ?」

「アカツキさんはロールプレイヤーだよ。無口だけど……腕は良い。すごく。でもこんな事になっちゃやっぱりへこんでるよなぁ」

 

 直継の小声の質問にシロエはやはり小声で答える。そんな会話に耳だけを傾けて視線はアカツキを追う。しかし、すぐにアカツキの姿は見えなくなってしまった。

 やっぱり、彼の姿にどこか違和感を感じた。

 

 進んでいくと、テーブルや椅子、ソファが斜めになったりひっくり返ったひどく混乱した空間についた。アカツキはそこで振り返ると、私たち、特に私と直継を困ったような、何処か咎めるような視線で睨んできた。

 一体、なんなんだ。

 シロエはその意図に気付いたのか気付いていないのか分からないが、アカツキに私たちを紹介した。

 

「アカツキさん。これは直継。〈守護戦士(ガーディアン)〉。そして、こっちの女の子は(シャオ)燐森(リンセン)。〈神祇官(カンナギ)〉。2人共、僕の古い知り合いで、かなり頼りになる人たち。信用して良いよ」

「俺は直継。よろしくなっ! お前がオープンだろうとむっつりだろうと、おぱんつは全てを歓迎するぜっ」

「はじめまして。小燐森です。周りからはリンセと呼ばれてます」

 

 シロエに紹介されたので、とりあえず簡素に自己紹介を済ます。だが、未だにアカツキに対する違和感は消えない。その正体を探ろうとアカツキの思い詰めたような表情を僅かに目を細めて見つめる。

 沈黙が流れる中、シロエの方を横目で見ると何か考えていた。

 しばらく流れた沈黙を裂くように、幽かな声が響く。

 

「探してた」

 

 発生源はアカツキ。それはとても頼りない声だった。そしてその声を聞いた瞬間、さっきまで感じていた違和感の正体が分かった。

 そして“彼女”の要件も。

 

「僕に用事?」

 

 シロエの言葉にアカツキは頷く。

 それもそうだろう。アレを持っている人物はかなり限られるだろうから。なんせ、限定アイテムだからなぁ。

 そのアイテムは大分前、多分私が〈エルダー・テイル〉をプレイし始めて3、4年たった頃にイベントで配られたアイテムだったと記憶している。

 

「〈外観再決定ポーション〉」

「え?」

 

 私の突然の発言にその場にいた私以外の人がこちらを向く。その中でも“彼女”は人一倍驚いていた。

 

「アカツキさんの用事ってそれでしょ?」

 

 私の問いにアカツキは頷く。そしてシロエの方に向き直った。

 

「〈外観再決定ポーション〉を売ってほしい」

 

 アカツキの言葉にシロエの動作が停止した。

 確かに考えてみればそういう状況に陥っている人も少なくないだろう。最近ではボイスチャットが主流のオンラインゲームでも、通常のチャットが残っている以上アバター情報を偽るプレイヤーも少なくない。シロエも実際より数センチ身長を高く設定してあったらしく、度々転んでいた。それが性別がリアルと異なっているとなれば、それは文字通り危機だ。

 

 しばらく動作が停止したシロエがようやく動いた。

 

「ア、ア、アカツキさん。も、もしかして……」

 

 シロエの態度にアカツキはにらみつけるような視線を注いでいる。

 

「女性、だよね。アカツキさん」

 

 私が確信を持っていうと彼女は素直に頷いた。

 おそらく彼女は私たちと同じくらいの年頃の女性なのだろう。

 

「これまたびっくりだわ」

 

 シロエの隣で直継も固まっていた。

 

  *

 

「とりあえずシロくん。〈外観再決定ポーション〉持ってきてあげたら?」

「う、うん。行ってくるよ」

 

 私がそう促せば、シロエは驚きを隠せないまま急いで銀行の貸金庫に向かった。

 

「とりあえず、立ってるの疲れたから座って待たない?」

 

 シロエを見送って私がそう言えば、直継とアカツキは各々頷いた。

 

 シロエが出て行ってから、それ以上誰も言葉を発さない。直継は視線をあっちこっちにやっていて落ち着かない。逆にアカツキはどこか一点を見つめているようだ。私はそんな2人を確認したあと静かに瞼を閉じる。

 そんな沈黙を破ったのはアカツキだった。

 

「燐森、殿だったか?」

「え、はい。そうですけど、リンセでいいですよ」

 

 アカツキに声をかけられて私は閉じていた瞼を開けて彼女を見る。

 

「そうか。ところで、リンセ殿。何故……」

「女だと確信を持っていたか、ですか?」

 

 アカツキはこくりと頷いた。

 

「最初に見たときからなんか変な違和感があったんですよ。“本当に男の人なのか”って。で、声を聞いて確信したんです」

 

 私の勘はよく当たるから、と続ければ、そうか、という短い返事が返ってきた。

 

「ま、リンセは“予言者”だからな」

「“予言者”?」

 

 このタイミングでさっきまで何も言わなかった直継が余計なことを口走った。

 

「おい、直継。その顔面に一発拳を叩き込んでもいいかな?」

「別に、事実なんだからいいじゃねーか」

「黙れ」

 

 こうやって周りが騒ぐから不本意な二つ名が知れ渡ってしまうんじゃないか。

 そんな文句を言ったところで時間は戻せない。アカツキは直継の言葉を聞いて考え込み始めていた。どうか知りませんようにという私の切なる祈りは、およそ5秒後に裏切られる。

 

「アカツキ、さん?」

「もしかして、リンセ殿はあの“預言者”なのか?」

「うっ……」

 

 どうやら彼女の記憶に該当する情報があったらしい。思わず顔をしかめる。

 

「前に、シロエ殿が言っていた。『よく勘があたる“預言者”が知り合いにいる』と」

「…………」

「もしかして、違っていたか?」

「いや……あってますよ……」

 

 情報源はあの“腹ぐろ眼鏡”かと私は頭を抱えてしまった。あの腹ぐろ後でシバく、と心に固く誓う。

 一方、頭を抱えた私にびっくりしたのかアカツキは目を丸くしていた。

 

  *

 

 私がシロエをシバくと決意してから少しして彼は帰ってきた。私はシロエが戻ってきた瞬間に彼の脛に軽く一発蹴りを入れる。突然の暴挙に何するんだと痛みに顔を顰めたシロエに対して、よくも“預言者”のことを吹き込んでくれたなとアカツキを指差せば、シロエはサッと視線を反らしてそのまま手にしていた薄いオレンジ色の薬瓶をアカツキへと手渡す。アカツキは私とシロエのやり取りに少々面食らっていたが、それを受け取るとほっとした様子だった。

 

「少し待っていて欲しい」

 

 アカツキはそう言うと店の奥に消える。奥とは言っても別の部屋ではなく、厨房との敷居にあるついたての影のような部分だ。警戒心がないのか、そこまで気が回っていなかったのか。どちらにしても無用心だなと思わざるを得ない。

 

「大丈夫かー?」

「心配ない。……うっ」

「どうしました?」

「このポーション、結構痛い」

 

 アカツキは早速ポーションを飲んだらしく、ついたての向こうからポーションと同じ色の光が漏れてくる。彼女の声には苦痛の音か混じっており、私は嫌な予感に顔が青ざめた。

 

 絶対、嫌な感じだよこれ。

 

 私の予想は見事に的中。光と同時に割り箸を数本まとめてへし折るような音や、濡れた雑巾をそのまま千切り引き裂くような、どうやったらそんな風な音が発生するのか決して知りたくない響きさえも漏れ出した。

 

「うわぁ……」

 

 思わず鳥肌が立つ。その音に混じってアカツキのうめき声も聞こえる。自分のアバターを自分に似た感じで設定しておいて良かったと心底思った。でなければ私も自分の〈外観再決定ポーション〉を使う羽目になっていた。自分の体からあんな音が出るのは勘弁願いたい。

 

 光も消え嫌な音もやんだあと、ついたてから小柄な、おそらく私よりも10cm弱小さいであろう少女が出てきた。目が覚めるほどの美少女だ。顔に薄く火傷の痕がある私とは大違いの。

 

「うわっ。美少女だぜ。ホンモノだわ」

 

 直継の意見に頷いて同意する。

 この世界では、顔の作りには現実世界での自分の容姿が引き継がれるらしい。私も宿屋の鏡で確認したら、幼少期に負った右目を覆うようにできた火傷の痕があった。今の黒眼の大きな瞳に、白い卵形の頬、墨で引いたような眉毛というアカツキの容姿から考えて、現実世界でも相当の正統派美少女であるに違いない。

 

「駄目だな、お前」

 

 アカツキに見惚れていると直継がそんなことを言った。

 

「何が駄目なの? 美少女じゃん」

「そこじゃねーよ。さっきの言葉は訂正だ。お前はオープンスケベにもむっつりスケベにもなれない。なぜなら男じゃないからだ。お前はおぱんつをはく側だ。身分を弁えろっ」

 

 なんだ、そっちか。直継が美少女を否定したのかと思った。アカツキは直継の言っていることが理解できずキョトンとしている。

 

「シロエ殿、リンセ殿。この人は頭がおかしいのか?」

「頭がおかしい訳じゃなくて……えーっと」

「おかしな人なだけ」

「なんでそうなるっ!!」

「おかしいという点では一緒だな」

 

 姿は女性に戻っても男口調のままだ。でも声はやっぱり可愛らしい。そのギャップを少しだけ微笑ましく思う。

 

「誰がおかしいってんだっ! おパンツを愛好するのは1人前の男に生まれたものの崇高なる使命なんだぜ。まぁ、お前のような女子供にいっても判らないだろうがな……」

「……いや、やっぱり足でしょ。特に太もも」

 

 あまりにも直継がパンツパンツいうから思わず言い返してしまった。やっぱり愛でるべきものは足だよ、足。

 

「クロ、今はそういう話はいいよ。乗らなくて」

「ごめん」

 

 シロエに咎められ素直に口を閉じる。私と直継がその類について話し始めると収集がつかなくなることは自覚している。

 

「でもま、苦しそうだったな。まぁ、飲めよ」

 

 直継がひょいと飲み物の入っているボトルを投げる。それは最終的に何を買っても同じだと諦めた私たちが最近買っている一番安い井戸水だ。

 

「世話をかける」

 

 アカツキはちょっと意外そうな顔をして水筒をキャッチする。そして結構な量を一気に飲み干した。それもそうか。あの姿じゃ満足に動けないだろうし、動けたとしても長身の男が女性の声で話していたら絶対にトラブルに巻き込まれるし、巻き込まれたら対処しきれないだろう。

 

「それで、以前パーティーを組んだときにシロエ殿が話していた〈外観再決定ポーション〉を思い出した。それがあれば……とりあえずこの苦境は脱出できると」

「なるほどね」

 

 そしてその予想はこうして結果を出した、というわけか。

 

「なんだかなぁ。そもそも、最初からこのちみっこモデルでプレイしてれば良かったのに」

「ちみっこいうな」

 

 彼女は鋭い目つきで直継を睨んでいる。アカツキの視線は強い。さっき初めて会った時からもそうだったけど、こうして自分自身の姿を取り戻した今でもその意志の強い生真面目な視線は健在だ。

 

「ちみっこはちみっこじゃん」

「おかしな人に言われたくはない」

 

 しかし、アカツキの視線を直継は気にせずにからかう。しかし、荷物から飲み物や食料を出して勧めたり、さり気なく気を使っているようだ。アカツキもそれが分かっているから本気で反抗できないでいるらしい。

 

「現実には出来ないことをするのがゲームってもんだよ、直継」

「そうだ。ファンタジーだろうがSFだろうがそうではないか。私にとっては高身長がそれだったんだ」

 

 私が珍しくフォローをすればそれにアカツキが拗ねたように同意する。

 

「あー、そりゃまぁ、仕方ねぇか」

 

 その様子に直継は同情したような声でアカツキをちらりと見る。

 あ、これまずいな。痛い目見るよ、直継。

 

「……」

「うん、仕方ないよな」

「直継、そのへんにしておくのをおすすめするよ」

 

 これまた珍しく人に忠告したが直継は気にせず話し続ける。

 あーあ、もう知らない。私は肩を竦める。

 

「アカツキは悪くない。俺はアカツキの味方だ。人間誰だって夢見る権利はあるもんな」

 

 そう言い切った瞬間、アカツキが直継の顔面に綺麗に飛び膝蹴りを叩き込んでいた。私はその華麗なポーズに思わず拍手を送る。

 

「膝はないだろっ! 膝はっ! あと、リンセっ! 拍手するなっ!」

「いや、あまりにも綺麗だったもので」

「シロエ殿、おかしな人に膝蹴りを入れて良いだろうか?」

「入れたあとに聞くなよっ!!」

 

 実に微笑ましい。シロエも笑いを堪えることが出来ていない。それも含めて、とても微笑ましい光景だった。

 笑ってしまったシロエは、直継から「1人で良い子ちゃんになりやがって」という非難を受け、アカツキからは「もうちょっとこの変な人をどうにかして欲しい」という要請を受けている。

 私はそんな3人を見ながら我関せずだ。

 

 シロエとアカツキは前にパーティーを組んだことがあるからだろうけど、直継とアカツキは初対面のはず。でも、あっという間に馴染んでいる。それはやはり直継の空気のお陰なのだろう。

 そんなことを考えていると、とんでもない会話が聞こえてきた。

 

「男の身体は格好良いしリーチもあるけれど……とても困る」

「そっか? そんなに困るか?」

「えっと……トイレが困る」

 

 思わずため息をつく。

 直継、それセクハラだよ。ここが現実世界だったら、訴えられるよ。

 そう思っていると、直継はさらに追い打ちをかけた。

 

「あー。ちんちんついてるもんな!」

「直継、それはセクハラだよ。完全に訴えられたら負けるよ。というか、仮にも年頃の女の子の前なんだから自重しなよ」

 

 呆れたように私が言うとシロエが咳払いをした。

 

「話を変更するとして! その外観はだいたい本当の体型とリンクしたサイズにしたんでしょう?」

 

 シロエは下手くそな話題転換をしてアカツキに聞いた。

 今の彼女の身長は私よりも小さいのだから一般女性の平均よりも低いことがわかる。わざわざ本当の体型とリンクさせずにここまで低身長になる意味もないだろう。

 

「うん、そう」

「じゃあ、身長差の問題は解決だな。歩行も楽になったろ?」

「助かった」

 

 ぶっきらぼうな口調でシロエをじっと見つめながらお礼をいうアカツキ。その姿は寡黙な職人という印象を受けた。

 

「幾ら払えば良い? わたしの全財産でいいかな?」

 

 そして随分生真面目な方らしい。私だったら無料であげてしまうくらいのものなのに。シロエもそう思ったのか、びっくりしたような顔だ。

 

「3万くらいしかないんだけど。これで許して欲しい」

「そんなの、良いよ」

「そう言う訳にはいかない。さっきのポーションはイベント限定アイテムだといっていた。と、いうことはもう入手不可能な希少アイテムだ。本来であれば値段なんてつけようのないアイテムのはず。3万なんてはした金なんだろうけど」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 筋は通っているだろう。けれど私が貸金庫の肥やしにしているのと同様に、シロエも貸金庫の肥やしにしていたはずだ。全財産をもらうのはさすがに気が引けるだろう。

 

「その。あー。……無料じゃダメかな?」

「忘恩の誹りを受けたくはないのだ」

「そんなに気になるんだったら、そのお礼はおぱんつにしようぜっ――がっ」

 

 また鋭い膝蹴りが綺麗に直継の顔面に叩き込まれる。そしてまた私は拍手をしてしまった。

 

「アカツキさんは運動神経良いんだなぁ」

「ちょ、おいむっつりスケベ。お前はどっちの味方なんだよっ! あと、リンセ。だから拍手するなって」

「だって素晴らしいフォームだったから」

「シロエ殿。この変態に膝をたたき込んで良いだろうか?」

「だから蹴る前に相談しろよっ」

 

 だんだん型が決まってきた会話に思わず笑みが溢れる。仲いいなぁ。

 

「まぁ、いいや。んなポーションの値段よりさ、おいアカツキ」

「呼び捨てするな」

「それはどうでも良いからさ、ちみっこ」

「ちみっこいうな。それにこれは大事な話なのだ。シロエ殿の限定アイテムを無料でせしめたとあっては末代までの恥となる」

 

 粘るなと思う。さすがにこの話を続けても決着はつかないだろう。そろそろ助け舟を出すか、とシロエを横目で見て、そのあとアカツキに向かって私は口を開いた。

 

「アカツキさん。そんな事より、しばらく私たちと一緒に行動しませんか?」

 

 私が言えば直継も同感だというように頷く。

 

「――え」

 

 その言葉はアカツキにはよほど意外だったようで、一時停止をかけたようにその動きが止まった。

 

「どう思う? シロくん。私は悪くない話だと思うんだけど」

「……うん。僕も悪くない話だ、と思うよ」

 

 私から急に話を振られて困っているようだが、はっきりした口調でシロエは言った。説明はこの腹ぐろ参謀に任せようと思ったけど、彼はそれを説明するには少し気恥かしさがつきまとっているみたいだ。

 仕方ない、少しフォローをしてあげようと口を開く。

 

「ほら、アカツキさんは私と同じ女の子ですし。全体の整合性がとれても、何かしらのトラブルに巻き込まれると思いますよ。ま、それは現実社会と同じで女の子の宿命ってやつです。きっとこの世界でもそれは変わらない」

「うん。何よりアカツキさんは、未だにギルド未所属だし。どこかギルドに入るあてはないの?」

「どこかに所属するのは苦手だ。一匹狼が〈暗殺者〉の生き様だから」

 

 私に続いたシロエの言葉にアカツキは思い詰めたような顔をする。

 

「まぁ、そうだろうなぁ。俺たちも似たようなもんだ。フリーの冒険者だ。自由気ままだぜ。自由なおぱんつフリーダムだ」

「……黙れ変態」

「直継、シャラップ。今無所属の人間がふらついてると結構絡まれると思います。私も無所属だけど、ここ何日かで相当絡まれましたし。大手ギルドが戦力増強を企てて片っ端からスカウトをかけてるんです。私たち女性プレイヤーなら、なおさら」

「そうなのか……」

 

 同じ女だからやっぱりそのへんは多少なりとも心配になる。だからこその話だった。

 

「ねぐらの確保とか、今の状況の情報の共有。……多少つながりはあっても、いいんじゃないかな」

 

 シロエの言葉にアカツキは頷く。

 

「良いじゃん。〈暗殺者〉ってのは、暗殺が得意技なんだろ? 俺たちが戦っている隙に背後に忍び寄ってさくっとモンスターを一撃。ナイスコンビプレー。悪者成敗祭りだぜ」

 

 訳が分からない祭りはともかくとして直継の言うことは連携としては正解だ。

 

「むぅ。シロエ殿は、それでも良いのか?」

「歓迎だよ。4人になった方が何かと心強いしね」

 

 それでも悩んでいるアカツキに私から一言背中を押す。

 

「そんなに悩むんだったらこう考えません? “お金が払えないなら身体で払う”って。つまり、アカツキさんの働きでポーション代を払うって考えるんですよ」

 

 これなら納得できない? と聞けばアカツキは意志を持って首を横に振った。

 

「そうか、では忍びとしてシロエを主君と仰ごう」

 

 迷いはなくなったのか、アカツキはシロエを真っ直ぐな眼差しで見ながら頷いた。

 

「絶体絶命の男性化の危機から救ってくれた恩であるからには、それ相応の働きで返さなければならないだろう? これぞ報恩というものだ。私はこれから主君の忍びとして身の回りを守ろうと思う」

 

 アカツキが目を泳がせながらぼそぼそといった。それを微笑ましく見ていると直継はニヤニヤしながらシロエを見ていた。

 

「よし、決定」

「んじゃ、そう言うことでチーム結成だ。よろしくな、ちみっこ」

「うるさい、バカ」

「えらくでこぼこチームだけどな。お手柔らかに」

 

 私たちは金色の光が差し込む薄汚れた店舗の中で、それぞれの手に持った水筒を打ち鳴らして、チーム結成を祝った。

 

  *

 

 アカツキが私たちとともに行動するようになってから数日。

 私たちは活動の中心をアキバの街近郊のフィールドゾーンに移しつつあった。というのも、この世界での戦闘になれることが理由の一つだった。

 この世界の戦闘は、以前のディスプレイ越しで行うものとは訳が違う。ゲームだったころは、プレイヤーの置かれている状況などは一切関与しなかった。しかし、今は実体を伴って戦闘を行わなければならない。そうすると、武器の使い方、足場の確認、移動、といった細かい要素まで気にしなければならない。さらに、画面の前でなら全体を見ることが出来ていたが、今は自分の視界のみしかフィールド情報が得られないし連携も取り辛くなっている。何より、恐怖感といった精神的な問題のハードルが高い。

 アカツキは〈暗殺者〉という完全なる戦闘職なので、戦闘に慣れておくことがこの世界で生き抜くことに繋がる。しばらくの間は一緒にいることになったので、その間に戦闘の基本を身体に染み込ませようという話になったのだ。

 

 それ以外の理由としては、〈三日月同盟〉の存在だった。

 私たちは、あれからも度々〈三日月同盟〉のギルドハウスに通って情報交換をしていた。私たちと違って〈三日月同盟〉には生産職の人もいる。そこで街中でも顔が利く彼らに街中での情報収集をしてもらい、私たちは実地訓練も兼ねてフィールドゾーンの調査をしたほうが効率がいいと考えた。

 

 アキバの街には、まだ相変わらずこの状況を信じられないでいる人たちが溢れている。誰かが助けてくれると思いたい気持ちもわからなくないけれど、私の勘じゃそんなものは絶対に現れない。もしかしたら本当に助けが来るかもしれないが、そんな可能性に賭けて何もしないくらいなら今出来ることをして助けを待つほうが断然有意義じゃないか。

 幸い、アキバの街は日本サーバー最大の街で新規の人のスタート地点だ。プレイヤー都市はどこでもそうだけど、その周辺は初心者でも比較的プレイしやすいような低レベルモンスターが出てくる場所が多い。私たちはそういったところをひとつひとつチェックしながら徐々に高レベルゾーンに向かっていくことにした。私たちは全員レベル90なので、低レベルのモンスターに襲われてもほとんどダメージを受けない。それを利用して、多くの経験を積むことにしたのだ。

 やっぱり現実となった以上、モンスターに襲われたときは一瞬足がすくんでしまうし、画面越しでは分からなかった耳障りな獣の呼吸音、息の詰まるような血の匂い、向けられる殺気もきちんと感じてしまう。こればかりは経験なので、どんなに雑魚のモンスターであっても、戦ったことがなければ数回は相手をして動きの癖や対処法を研究するために実験を繰り返した。

 

 私たちの基本的なフォーメーションは、直継が前衛で敵を引きつけ、アカツキがそれを撃破する。シロエと私は前線から離れ、シロエは指示を出し、私は3人のちょうど真ん中あたりで全体のサポートにまわる、といった形に落ち着いた。

 

 思ったとおり、前線で戦闘を行いながらステータスを確認するのは至難の技らしい。前まではクリックひとつで特技が使えたが、今は自分の体で踏み込み、回避し、武器を操らなければならない。敵が目の前に迫ってくれば当然視界は狭まるし、相手がどんな動きをしているか確認できないこともある。故に、誰かの目が別の誰かの目にならなければいけない。

 私はシロエと一緒に仲間のステータス、主にHPとMPに気を配り、相手の攻撃がどの程度のダメージを与えるか計算し、先回りしてダメージ遮断やHP回復を行う。そして戦闘状況を見ながら攻撃と防御・回復を臨機応変に切り替えることがメインになっている。

 

 そして一週間が経つ頃には、私たちは50レベルほどの敵を相手にすることができるようになった。


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