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右前方には
周りから聞こえるのはモンスターの鳴き声。陣形の中心にいる少女はそれらに対して手にしている薙刀で応戦する。
やっぱり、あたらないなぁ……。
薙刀を持った少女は自身の攻撃が外れたことに対して独り言ちた。
本来、レベル90であるプレイヤーの攻撃が格下のモンスターに当たらないなんてことはない。ここが“ゲームであったならば”。しかし、嘆いたところで現状は変わらない。
「シロくん」
「わかってる。〈ナイトメア・スフィア〉っ!」
薙刀を持った少女の声に眼鏡の青年は即座に応える。彼から放たれた呪文は無色透明な精神波動を撒き散らした。波動に巻き込まれたモンスターは移動速度が低下した。それを確認するや否や、薙刀を持った少女は高らかに叫ぶ。
「直継、アカツキー。いくよー。〈見鬼の術〉そして〈天足法の秘儀〉っ」
その瞬間、大柄な男の瞳が薄青く輝いて燕のような少女のくるぶし付近に翼が生えたようなエフェクトが現れる。
「おっ! これ狙いやすいなっ!」
「感謝するぞ、主君、リンセ殿」
薙刀を持った少女の呪文を受けた2人は明るく返してきた。
それから、ちょっとした軽口を叩きながら2人は次々とモンスターを倒していく。大柄な男と燕のような少女が取りこぼしたモンスターは、眼鏡の青年が拘束して薙刀を持った少女が一撃を加えることで始末していく。
「よっこいせぇ!」
「はっ!」
大柄な男と燕のような少女の鋭いかけ声とともに最後のモンスターが消滅した。
「これで終いか?」
大柄な男の問いに眼鏡の青年は頷くことで答えた。薙刀を持った少女は一通り周囲を見渡す。敵影は、ない。
「周辺にはいなさそうだけど……」
「うん。けど、ちょっと見張っておいたほうがいいかな。――悪いけど3人で回収しちゃってくれる?」
薙刀を持った少女の言葉に続いた眼鏡の青年の声に大柄な男と少女2人は従った。
モンスターを倒した際のドロップ品を回収している最中に薙刀を持った少女の耳に届いた深いため息。作業を中断させて彼女はそれが聞こえた方に視線を向けた。発生源はどうやら眼鏡の青年のようだ。
あの感じは、また暗いこと考えてるなぁ……。
そう考えながら薙刀を持った少女は僅かに目を細めた。そして他の2人が戦利品を回収し終わるのを見計らって、彼女はため息の発生源に声をかける。
「終わったよ、シロくん」
青年は彼女の声に僅かに肩を揺らした。
「クロ」
「さあ、行こうか」
「あ、うん」
優しく微笑んで待っている2人の方へ歩き出した彼女の背を追いかけるように、青年は一歩踏み出した。
土を踏みしめる感覚、草木が揺れる音。これらは全て現実だ。
薙刀を持った少女は、眼鏡の青年のため息の理由を想像して僅かに眉をひそめる。
これが、今の彼女たちの“現実”。
MMORPG〈エルダー・テイル〉の世界に閉じ込められてしまったらしい、彼ら〈冒険者〉たちの“現実”だった。