Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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extraというには幹、chapterというには寄り道。
謝罪と和解と乱闘の幕間。


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 〈Colorful〉と〈記録の地平線〉が一悶着といっていいのかわからない一瞬の修羅場から数日。その間にもさまさまな訪問者が〈記録の地平線〉にやってきた。その中でも大きな影響があったのは例の双子だった。ご隠居が夕飯の買い出しに行ったときに見つけてきたのだ。曰く、このビルを何回も何回もぐるぐる回っていて自分だったらバター飴になってしまうところだった、と。連れてこられた2人の様子からなんとなく察した私は、これはギルドマスターが必要だな、と小さく笑ってその場を観察することにした。

 

「どうしたんだ? 2人とも。〈三日月同盟〉も、今日は引っ越しじゃなかったっけ?」

「いや。兄ちゃん。あの、さ」

 

 少年の凛とした声が響く。

 

「――兄ちゃんのギルドに入れてもらいに来た」

「へ……?」

「わたしたち、シロエさんに師事したいと思ってきたんです。……〈三日月同盟〉にはこの一週間お世話になりましたけど、ギルドには入会していません。……入会、しなかったんです。わたしとトウヤは、〈ハーメルン〉を出た中では、まだギルドに入ってない唯一の2人組です」

 

 真っ直ぐな弟のトウヤの言葉に、姉のミノリが丁寧な補足を入れる。

 

「兄ちゃんが色々教えてくれたから、俺たちがんばれたんだもん。兄ちゃんがギルド作ったんなら、そこに入りたい。俺、弱いかも知れないけど、強くなるから」

「わたしも足手まといかもしれませんけど……。もう、それを言い訳にするのは、やめると決めました。一緒にいさせてください」

 

 小さな2人の大きな覚悟。まだ“そうすること”の経験の無さからシロエが言葉を失っているのが分かった。その背中を押すように私は笑う。

 

「シロくん、ぼーっとしちゃだめだよ」

「そうですにゃ。ギルマスなんですからにゃー」

 

 他の2人も同様。直継は人の悪そうなニヤニヤ笑いを浮かべ「ったりまえだ」と親指を立て、アカツキはいつもよりほんの少しだけ優しげな表情でこくりと頷く。

 

「よし。僕たち〈記録の地平線〉はトウヤとミノリを歓迎する。新人の最初の任務はギルドの幹部と一緒にカレーライスを食べることだ。……用意はいいか?」

「はいっ!」

「兄ちゃんっ!」

 

 幼い2つの声が加わって、7人。

 アキバの街の外れの古木に貫かれた廃ビルを住処にした、小さなギルドの誕生だった。

 

  *

 

 という心温まるエピソードがあったのだが、現状の〈記録の地平線〉のギルドハウスはなんとも表現しにくい緊張が漂っていた。原因、というものをあえて挙げるのであれば、先日、日を改めて挨拶と謝罪をと引き上げていった〈Colorful〉の面子が再び訪問してきたからだろう。前のときのような修羅場な空気はない。しかし逆に相手側の一部がものすごく沈んだ空気をまとっているのだ。それに対して〈記録の地平線〉の面子もどうすればいいのか、といったところだ。

 いつもは軽薄軽口の〈守護戦士〉はなんともいえない顔でたたずんでいるし、美少女〈暗殺者〉は警戒心丸出し。いぶし銀の〈盗剣士〉もなんだかぴりぴりしている。ギルドマスターである“腹ぐろ”〈付与術師〉は先日の攻撃を思い出し、その箇所を無意識におさえた。事情を知らない双子の〈神祇官〉と〈武士〉は奥の方でおろおろしている。そして、当事者である私は彼女たちの真正面にいた。

 とはいえ切り口が思いつかない。先日のことを思い出すとにこやかに挨拶なんてしてる場合じゃないだろうし、かといって何から話せばいいのか全くわからない。弱ったな、と考えていると静かな声が響いた。

 

「リンセ、先日は突然ごめんなさいね」

「佐々木、さん……」

 

 困ったような、申し訳ないような表情の狐尾族の佐々木さんだった。

 

「ごめんなさいです、リンちゃん」

「申し訳ありませんでした、リンセ様」

 

 それに続いて謝罪の言葉を述べるロゼッタ、夕湖。そして、3人はひどく落ち込んでいる彼女に声をかけた。

 

「ほら、マキ。謝るって決めたんでしょう」

「ねっ、マキちゃん」

「マキ」

 

 訪れた面子の中でひときわ沈んだ空気をまとっていた彼女マキ=ルゥが、仲間に励まされて口を開いた。

 

「……ごめんなさい、リンリン」

「マキ……」

「それと……その、〈記録の地平線〉の人たちも、ごめんなさい」

 

 その謝罪に私以外のギルドの面子は言葉を失っていた。

 

「今でも、やっぱり〈Colorful〉に戻ってきてほしいって思うよ。でも、それはアタシたちの押し付けであって、それでリンリンを苦しめてるって言われて、その、よく考えてみた」

 

 拳を白くなるまで握りこんだ彼女は強く目をつぶる。

 

「アタシたちはっ、ずっと……ずっと甘えてて。でも、ダメなんだよね。このままじゃ、ダメなんだよね……。だから、そのっ……」

 

 一つ一つ詰まりながらも、マキは言葉を繋げていく。苦しくても、辛くても、私に言葉を尽くして想いを伝えようとしてくれている。それならば私も彼女に、否、彼女たちに言葉を尽くすべきだろう。

 

「マキ」

「うっ……うぇ……」

「ごめんね、〈Colorful〉には“戻らない”」

 

 私ははっきりとそう告げた。あの日曖昧に誤魔化してしまったことを悔いながら、今度こそ間違わないと。

 

「……リンリンが、決めたんだよね」

「うん」

「……リンリンが、選んだんだよね」

「うん」

「……なら、引き留めちゃダメだよね」

「ありがとう」

 

 そこが限界だったらしい。マキは小さな子供のように泣き出した。そして、すぐさまそれをあやす3人。私は手を出すべきではないのだろう。それにきっと私がいなくても大丈夫だと漠然と思った。

 

  *

 

 謝罪のあとに子供のように泣き出したマキさんに僕たちは言葉を失っていた。そんなとき、控えめに僕の服の裾がひかれる。

 

「……シロエさん」

「ミノリ、トウヤ」

 

 それは全く事情が飲み込めていないだろう新人2人だった。

 

「あの、これはいったい……」

 

 そんなふたりに掻い摘んで説明する。あの4人はクロの昔のギルドメンバーで先日〈記録の地平線〉に入会したクロを引き留めにきたこと、そのときに一悶着あったこと、今日はその謝罪であろうこと、そして今、多分話に決着がついたこと。それを聞いたふたりは、なんとなく察したのかおとなしくその場を眺めていた。

 

 子供のように泣いていたマキさんは、しばらく泣くとすっきりしたように表情を変えた。

 

「ん、もう大丈夫! ごめんね、みんな」

 

 それはよかったといった感じの〈Colorful〉のメンバーを見ながらマキさんは笑う。そして、こちらに向き直って勢いよく頭を下げてきた。

 

「〈記録の地平線〉のみなさん、ほんとうにごめんなさい。アタシのわがままで迷惑かけて……。ギルマスさんにいたっては殴っちゃったし……」

 

 ほんっとうにごめんなさい! と90度より腰を曲げて謝罪する彼女にそこまでしなくてもと思う。

 

「えっと、大丈夫ですよ?」

 

 だから顔を上げてください、と言い切る前にマキさんは勢いよく頭を上げた。そしてずいっと僕に顔を近づけてきた。その近さに思わず身体を反らせる。

 

「ちょっ、近っ……」

「“腹ぐろ眼鏡”なんていわれてるけど、キミいいひとだねっ!!」

 

 私はマキ=ルゥ! よろしくね! と勢いよく手を握られぶんぶん降られる。ちょっと痛いんだけど、と思っているとクロがスパンとマキさんの頭を引っ叩いた。

 

「痛いっ! なになに? リンリンどうしたの?」

「マキはそろそろ力の加減を知りなさい」

「うー、はぁい……」

 

 無表情で忠告するクロにしょんぼり顔で叩かれた箇所を抑えるマキさん、2人のやりとりがまるで姉妹のそれのようで微笑ましい。

 

「色々あったけど、悪い人たちじゃなさそうだな。シロ」

「うん。多分だけど、クロのことが好きすぎるだけじゃないかな」

「同感だ、主君」

 

 そう話している僕たちに狐尾族の女性が近づいてくる。

 

「〈記録の地平線〉のギルマスね。噂はかねがね聞いているわ。今回は迷惑をかけたわね」

 

 紫の髪をはらいながら彼女は申し訳なさそうに笑った。

 

「いえ。挨拶が遅れて申し訳ありません。〈記録の地平線〉のシロエです」

「〈Colorful〉の佐々木よ。役職的にはサブマスといったところかしら。一応、あそこにいるマキがギルマスなのだけど、そういうことはからっきしな子だから」

 

 〈Colorful〉といえば女性限定のガチ勢ギルドとして有名だ。実は〈円卓会議〉のメンバー候補でもあったんだけど、席の関係で断念せざるをえなかったのだ。

 

「うちのギルドは基本戦闘狂しかいないのだけど、もし何かお困りのことがあったら人員派遣するわ」

「本当ですか?」

「ええ、約束するわ」

 

 あなたが困っているということはリンセも困るということだもの、と佐々木さんは綺麗に笑う。やはりこのギルドはクロのことが好きすぎるらしい。

 

  *

 

「さてと、あまりお邪魔しても悪いしそろそろ引き上げるわ。行くわよ」

「えー、さっちゃんもうちょっといいでしょー!!」

「駄目よ。〈記録の地平線〉は〈円卓会議〉メンバーなんだから暇じゃないのよ。ほら、行くわよ」

 

 ずるずると引きずられていくマキは、私に手を伸ばしながらいやだいやだと駄々をこねている。それを見た周りは苦笑を浮かべた。そのとき、ギルドハウスの入り口の向こうに黒い影が見えた。それはこちらに近づいてくるとギルドハウスの入り口をくぐった。

 

「よお、シロエ。ちょっといいか」

「あ、アイザックさん」

 

 あ、まずい。本能的にそう思った。

 入ってきたアイザックを見てマキを引きずっていた佐々木さんは一瞬止まった。アイザックも佐々木さんを見て一瞬止まった。本当に一瞬だったが佐々木さんに引きずられていたマキがアイザックを認識するには十分すぎた。

 

「てめっ!! “突進魔”!?」

「“黒剣”!? なんでアンタがここにいんのよ!?」

 

 予想していた展開に頭を抱える。〈Colorful〉のメンバーもやばいと顔に書いてあった。

 

「なんなのよ、アンタ!? また、リンリンにちょっかい出しに来たの!?」

「ちげぇよっ!! するか、んなことっ!! それはお前のほうじゃねーのかっ!?」

「勝手に決めつけんのやめてくんない!?」

 

 〈Colorful〉のマキ=ルゥと〈黒剣騎士団〉のアイザックは鉢合わせてはいけない。

 それは両ギルド内で暗黙の了解だった。なぜなら、2人が鉢合わせると自然発生のようにPvPになりかねない乱闘騒ぎが起こるからである。その理由はまた別の機会に語るとして。

 

「やんのか!?」

「やってやろうじゃない!?」

 

 一発触発、戦闘モード突入寸前の2人を止めるのが先決だ。

 

「ストップ!! ここ、アキバの街!! 戦闘禁止!!」

「関係あるか!!」

 

 間に入った私に対してアイザックはそう一蹴した。

 関係あるに決まってんだろ、馬鹿アイク。

 

「マキもストップ!! 駄目だから!!」

「止めないでリンリン。大丈夫だよ、今すぐコイツの息の根止めるから」

 

 マキにも制止をかけるが、彼女は完全に目がイッていた。

 というか息の根は止めなくていいし、むしろ止めるな。本当に危ないなこの子。

 

 お互いに一向にやめる気配がない。本当にまずいぞ。どうすればいいんだ。

 殺気100パーセント、殺る気満々な二人に私は頭を抱えた。

 

「リンちゃん、無理だよ」

「そうですね、リンセ様。あの2人の喧嘩は自然発生的なものですし」

「諦めなさい」

 

 平素と変わらぬ声色でロゼッタ、夕湖、佐々木さんは言った。あなたたちのギルマスでしょうよ、本当に止めて、と私はますます頭を抱える。

 

「リンセち。もしかして、これがあの有名な自然発生乱闘コンビですかにゃ」

「班長、それって掲示板とかで有名な? 見かけたら絶対に近付くなっていう……」

「にゃあ」

「おっ、それなら俺も知ってるぜ」

「私もだ」

 

 のんきに感想を言い合わないでくれ、〈記録の地平線〉ベテラン組。そう項垂れている私の背中を誰かがぽんぽんと叩く。見てみればそこにはお疲れ様ですと顔に書いた双子がいた。心が痛い。

 

「……あー、もう!! やるならフィールドに出て勝手にやってろよ、マキ、アイク!!」

「なるほど!!」

「その手があったか!!」

 

 ほんと何なの、この人たち。なるほどじゃない、その手があったかじゃないんだよ。

 イライラが限界にたちして思わず叫べば、2人は仲良く言い合いをしながら出て行った。

 

「まあ、しばらくすれば帰ってくるでしょ。方法はわからないけど」

「下手したら、神殿送りですねー」

「自業自得です」

「では、今度こそ引き上げるわね」

 

 また、といって自分たちのギルドマスターを心配する様子もなく去っていく〈Colorful〉。

 

「アイザックさんの用事、大丈夫かな」

「思い出したらまた来るだろ」

「うむ。そこまで気にしなくてもよいのではないか」

「そうですにゃー」

 

 〈Colorful〉を見送り、何事もなかったかようにギルドハウスに戻っていく〈記録の地平線〉。

 

「……今日も、いい天気だな」

 

 双方を見送って私は晴れ渡る青空に独り言ちた。

 

 もうすぐ、この世界に夏が来る。


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