もしもExtraのラスボスが甘粕正彦だったら   作:ヘルシーテツオ

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 ご意見ありがとうございます。
 いろいろ悩みましたが、やはり当初の予定通りの展開でいくことにします。

 ついては、最終戦の前に一戦はさみます。



ある女の物語

 

 ――――女の話をしよう。

 

 その女は愛された。

 とてもとても愛された。

 その美貌は偽りなき生来のカタチであり、天上の華のような魅力があった。

 誰もが一目で女に魅了され、彼女への愛を捧げ奉った。

 

 その女は病気だった。

 とてもとても苦しい病気だった。

 女が生まれた山中の里で、その病気は不治の病だった。

 誰もが手は尽くしたと言って諦め、その命は十四まで保たないだろうと囁かれた。

 

 愛と病、相反する二つに囲まれ育ちながら、幼い女は静かに悟った。

 彼等の熱情(アイ)は自分を救わない。入れあげた欲望(アイ)に価値などないと。

 天蓋寝所の中、憐れむだけの観衆雑多と僅かに覗ける外の景色だけを世界として、女は人の真理を理解した。

 

 ……結果を先に言うなら、女は助かった。

 

 情け心か戯れか、最期の時間の遊興にと持ち込まれた霊子ハッキングの体験。

 そうして得た外との繋がり。呆れたことに、女の患っていた病とは外の世界ではとっくに治療法の確立されたものだった。

 自然への回帰を謳い、閉塞した共同体(コミニティ)間での小宇宙化を目指すという、社会からの隔絶を良しとする山の教義。

 これまで女が負ってきた苦しみは、そんな頑なさをほんの少し緩めればすぐにでも解決できるものだったのだ。

 

 その瞬間、産まれた時から教えられてきた教義も、女の中で無価値と堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ここより先を話す前に、女の性質(タチ)について少々話そう。

 

 その因果のはっきりとした理由は分からない。

 幼い時分の環境がそうさせたのか、それとも女の魂が最初から極大の魔性を帯びていたのか。

 答えは出せない。ともかく女は()()なったのだ。

 

 健常者となり、自由な生を謳歌する女。

 その美貌には活力が宿り、彼女への愛に入れあげる男は益々増えた。

 そんな男どもの情念を、女は拒むことなく受け入れた。その在り方は聖母の愛にも似て見える。

 誰もが女に懺悔を求めた。母の子宮の羊水にも似た女の慈愛に包まれていれば、どんな罪でも怖くはなかった。

 

 女は彼等の求めを受け入れて、その耳元でこう囁くのだ。

 

「その行いは人間として恥ずべき事、裁かれるべき事です。

 けれど、貴方に罪はありません。

 だって――――虫が何をしたところで、誰が罪を咎めましょうや」

 

 この世に人間は己一人。

 その他の有象無象など取るに足らぬ虫けらに等しい。

 ならばその罪にも意味はない。だって虫の行いにそんな高尚さなどないのだから。

 

 己以外に価値はなく、故に下等な生の罪を許すと、女は臆面もなく断言した。

 

 正常な価値観であれば分かるだろう、女の秘める異常さが。

 この女の属性は魔性、深入りしていけば待つのは破滅のみであると。

 

 しかし、理解して尚逃れられないからこその魔性である。

 1度女の身体に抱かれてしまった者は、その悦楽から離れられない。

 破滅が待つと理性が分かっていても、抱いた欲望(アイ)が抗いようのない毒を持つのだ。

 

 女は彼等の全てを許した。

 ひたすらに許し、抱きしめて甘えさせ、その魂を堕落へと導いていく。

 まさしく魔性の女だ。奮起のための機会を奪い、そこに至る活力も根こそぎ剥いでいく。

 苦痛であれば逃れられもするだろう。だが女は至上の快楽である。垂らされる蜜は、人生を差し出しても欲するほどに甘美。

 ゆえに女からは逃れられない。誰もが女という麻薬に嵌まり、その心身を堕とされて破滅した。

 

 なぜそんな真似をと思うだろうが、理由などそもそもない。

 女は好きだからやっているだけだ。彼等が堕落していく様を肴にして、自らも快楽を貪っているに過ぎない。

 そして女の性質の悪いところは、それらの所業を善行として行っていたことだろう。

 

 世に在る人間とは己のこと。

 ならば己にとっての『善いこと』こそ人間の善行に相違ない。

 自分は数多の人間(ムシケラ)の人生を救い、その崩壊の瞬間こそ悦とする。

 それで良し、これぞ真理。己が異端と理解して、女は『自分が気持ちよくなるため』という善行を是とした。

 

 そうして女は身勝手な我欲のままに振る舞い続けた。

 群がる人々を救っては破滅させ、その姿を眺めては悦楽に浸る。

 そんな行いを女は繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返して――やがて飽きた。

 

 女がいたのは山中という小さな世界。

 無限に溢れ続ける女の欲の受け皿とするにはあまりに矮小。

 ゆえに見切りをつけ、広大な外の世界へと目を向けて、

 

 ――自らが生まれ育った教団を全滅させた。

 

 無論、女自身が手を下すなど有り得ない。

 それは女の(アイ)に狂った者たちによる内部崩壊。

 誰もが女を求めて殴り、殴られ、奪い、奪われ、殺し、殺されていく。

 そうしてわずか一夜の内に生きる者がいなくなった故郷を後にして、女は世界へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外の世界に出ようとも、女の所業は変わらない。

 

 より多くの(ムシ)から愛されることを使命として。

 それらの愛を最期には踏みにじっては自らを満たしていった。

 

 女が好むのは濃密な人生。

 種類は問わない。倒錯した趣味趣向、非道徳などはむしろ好物だ。

 それら得難い人生を歩んできた者たちの欲望を刺激し、自分へと溺れさせる。

 そして最終的にはその全てを台無しにすることで性的絶頂を迎えるのだ。

 

 狂った女の慈愛に惑った信者は数知れず。

 誰もが女のためにその人生を破綻させ、絶望しながら自殺していく。

 女に愛してもらえたことに感謝して、もう愛してもらえないことを嘆きながら。

 女の通った跡に残るのは屍の群れ。たとえ世界が広がろうとも、その光景はかつての故郷での惨劇と何も変わらない。

 そこに欠片ほどの罪悪感も抱かずに、女は己のための救いの道を歩み続けた。

 

 やがて時が流れ、女の救済が世にも知れるようになり、

 慈愛に満ちた行いから、その本質を勘違いした者たちより『最後の聖人』と称されるようになった頃、

 

 

 ――――女は、1人の勇者(オトコ)を見出した。

 

 

 女の中の『(オンナ)』が疼いた。

 一目で分かる、なんと濃密で苛烈な人生を辿ってきたのか。

 己の意志一つで世界に対し否と唱える、強さと勇気に溢れた稀代の益荒男。

 その人生はこれまで見てきたどれよりも素晴らしく、美しい。

 今までに破滅させてきた人生(それ)とは比べようもない、珠玉のごとき生き様だった。

 

 女は思う――もしこれほどの人生を蕩かせたら、自分はどれほどの絶頂を迎えられるだろう。

 

 女の中にあったのは真実そんな思考のみ。

 打算も敬意もなく、常と変わらぬままに女は男へと近づいた。

 

 女が異変に気付いたのはすぐのことだ。

 常ならば女が近づけば、誰もがその魅力の虜になる。

 老若男女、貧富善悪を問わず、女を前にすればその(アイ)を掻き立てられる。

 人は(ムシ)であるがゆえに、女の蠱惑からは誰も抗えない。

 愛しであれ憎しであれ女を無視は出来ないのだ。そして愛憎は表裏一体であるが故に、最期には女の抱擁に蕩かされる。

 

 だというのに、男は女に靡かなかった。

 女の蠱惑を無いものが如く扱い、自らの生き様を優先させた。

 女がいようがいまいが、男の人生には変化など1つとして無かったのだ。

 

 これまでにも、女にとっての『悪』と呼べる者は存在した。

 それは己の快楽の純度を下げる無味なるもの。俗欲を排し生の執着を捨てた解脱の道を歩む者。

 (アイ)に縛られぬ彼等の在り方はどうやっても女の舌では咀嚼できない。ゆえにそうした者こそ許し難い敵として嫌っていた。

 

 だが、男のそれはそうした者らとも異なっている。

 男は欲望を消してはいない。その魂はいつだって己の理想(よくぼう)に燃えている。

 男は生を否定してはいない。愚かしくも前へと進む人々の生を誰よりも愛している。

 そんな男の生き様は、舌の上で転がせば極上の美味となるだろう。

 

 なのに男は女を見ない。

 そんな無関心が続くにつれて、女の執着は日に日に強くなっていく。

 この男の生を蕩かしたい。その雄々しき生き様を思うがままに堕落させ、全てを破滅に導いてやりたい、と。

 

 

 ――――だから女は、始めて他人に対して己の本性を自ら露わにした。

 

 

 無数の蛇のように絡み合う肉と肉。

 退廃に満ちたその光景は、奈落から溢れ出た地獄そのもの。

 その中心、幾重もの(ムシ)たちが絡み合う中心で、女は男へと蠱惑の眼差しを向ける。

 この堕落を、この背徳を、貴方の欲望は如何に感じるのかと問いかける。

 

「さあわたくしに、あなたの"(アイ)"を見せてください」

 

 だが男は、女を見てはいなかった。

 女の問いには答えずに、()()()()()()()()()()()()()()男は告げる。

 

「おまえたちは人間だ。

 我も人、彼も人。ゆえに対等である。

 尊厳を取り戻せ、勇気を取り戻せ。

 弱きに流れるな、堕落に抗え。顔を上げて、前を向くがいい。

 思い出してみろ。おまえたちの人生は、本当にそれだけであったのかを」

 

 そうとだけ告げて、男は女には一瞥もくれずに立ち去った。

 

 去りゆく男の背中、そこには光さす王道(みち)を行く雄々しき強さが満ちて、

 女の天蓋の中の闇、欲に埋まったその有り様の惨めさをこれ以上なく喚起させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜を境にしても、女は変わらない。

 

 改心するような殊勝さなど持ち合わせず、その性質は相変わらずの魔性である。

 我欲の善行を良しとして、人を救いてはその破滅を愉しみ続けた。

 

 ――ほんの数匹の(ムシ)たちが、自ら女の天蓋を離れていくという異常に目を瞑れば。

 

 女の世界は変わらず、しかしそこには痕が残った。

 如何に快楽へ耽けようと、その痕が絶頂の恍惚に影を差す。

 脳裏から男の背中が消えない。なぜなのかという疑問が尽きない。

 残った痕は日に日に深まり、女の世界を惑わす無視できない不純物と成り果てた。

 

 我慢できなくなった女は、ついに直接男へと問い質した。

 

 なぜ貴方は無視をする?

 なぜ貴方は私を見ない?

 貴方の眼に、私の自己愛(すがた)はどのように映っているのか?

 

 取り乱す女を前に、男はどうという事もない態度で答える。

 

「おまえがそのようになった事には、特に言うべき言葉はない。

 理由がなんであれ、その在り方を選んだのはおまえ自身。ならば言い訳の余地はない。

 我欲の善行、大いに結構だ。それも1つの人の姿であるのだろう」

 

 男が語ったのは、女にも負けず劣らずの絶対値(かがやき)だけを基準とする異質の美感。

 善悪の区別なく、突き進む意志を男は愛している。ある意味で女の同類とも言えるだろう。

 

 女の魔性も、男からすれば1つの道。

 背徳の是非など問わない。輝きを宿していればそれでいい。

 突き進む退廃の聖道、そこに強さがあるのなら、男が愛する"人間(ヒト)"の姿だ。

 

 だから、と男は告げる。

 これは単純に好みの問題であると。

 

()()()()()()()()()()

 

 

 ――――そうして男は、女にとっての価値の総てを完全に否定した。

 

 

 女の精神性は確かに人を逸脱しているだろう。

 世の価値は己一人と豪語し、他者を破滅させ悦楽に変える物の怪。

 この女こそまさしく最低最悪と呼称するにふさわしい。

 

 だがしかし、男の美感に照らし合わせて見てはどうだろう。

 善性、悪性の一切を問わない男の価値観から見て、女の生き様に輝きはあるかどうか。

 

 ――否、である。

 

 己こそ唯一の人たる者、それは女の中でだけ完結した思想だ。

 外へと向けて論を争ったことなど一度もない。そうした敵対者は徹底して避けてきた。

 それは世界を通じて得た悟りにあらず。ただ女の意識が己の殻の中で閉じただけ。

 女の生涯に戦いなどなかった。自身で勝ち取ったものはなく、女が虫と呼ぶ者たちから貢がれたものばかり。

 総ては女の毒に惑った者らの中心で、快楽を貪る傍らに零れおちたものを拾っただけの成果。

 困難に立ち向かう勇気がない。己の信念にかける自負がない。男が輝きと呼ぶ要素は何一つ有していない。

 

 無視は当然、男にとって女は真実どうでもいい。

 せいぜいが男にとって価値ある人々のための試金石程度のものでしかない。

 その(アイ)に惹かれるでもなく、邪悪と義憤するでもなく、向けるのはただの無関心だ。

 

 我こそ人、彼等は虫と悟りを開いた女は、

 男にとっては女の方こそ"つまらない虫"でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女が崩れ落ちる。

 足元が定まらない。視界がぶれていく。

 その衝撃は女にとって世界を揺るがす天変地異にも等しかった。

 信じてきた自己愛(せかい)が音をたてて壊れていく。どうやって処理すればいいのか分からない。

 

 ――そんな女に、男は手を差し出すことなどせず、素通りして何処かとへ去って行った。

 

 残されたのは己を見失った哀れな女。

 渦巻く感情の混沌は、すでに女自身でさえ形容不可能。

 善悪数多の感情が溢れては混ざり合い、喜んでいるのか苦しんでいるのかさえ定かでなかった。

 

 ……その途中経過に関して、記すべき言葉はない。

 女の中身は人を外れた異端。理解することは異星概念を理解するに等しい。

 よってここで記すのは結論のみ。思考の迷路の果て、立ち上がった女が至った解答を語ろう。

 

 答えは至極単純。元よりそう頭のいい女でもない。内面の理解は困難だが、方向性は分かり易い。

 人は己が持たないものにこそ強く惹かれる。形容するならそんな幼稚な感情の動きだろう。

 

 

「自分が気持ちよくなるために神となる」とまで豪語した女の欲望(ねがい)は、

 

「たった一人の男を手に入れる」というあまりに初心な欲望(ねがい)に変わっていたのだ。

 

 

 後のことは語るまでもない。

 女は男を追い、やがては天上の月へと至る。

 二人の対峙に善悪の定義は不要。問えば明白であろうが、何の意味もないだろう。

 

 善と悪に分かれようと、結局二人は魔王と魔性。

 互いに魔の属性を帯びる者同士。どちらが残ろうと世界にとっては碌でもない。

 災禍の果てに滅びるか、快楽の果ての昇天するか、苦楽の差はあれど破滅の運命は変わらずだ。

 

 即ちこれは純粋な私闘。

 大義もなく、理念も持たない、欲と欲のぶつかり合い。

 本筋からは切り離された、彼等のための逢瀬の時だ。

 どちらも己の我が儘に抑えが効かない愚か者。どの道を辿ろうと対峙の仕方に変化はない。

 ならば舞台背景を語るのも無粋だろう。結局はこんなもの、この一言で言い表せるのだから。

 

 

 ――――恋を知り、愛を抱いて、現実へと挑む。

 

 ――――これは、1人の女の"恋愛の物語"である。

 

 





 はい、というわけでネタバレ注意なあの人です。
 正直この人もストーリ―上では扱いづらいことこの上なかったので、先に決着をつけてしまうことにしました。
 原作そのまんまだとどうにも対抗できるイメージが沸かなかったので、ちょっと因縁つけてより性質を悪くしています。
 キャラ改変のようですが、どうかご理解くださればと思います。

 今回の話を書いていて、ふと思いついたネタが1つ。

 『もしも殺生院キアラが盧生だったら』

 ぶっちゃけ四四八たちにとっては甘粕以上に相性悪くなりそうなのは気のせいか。
 誰か書いてみてくれませんかねぇ(期待)


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