もしもExtraのラスボスが甘粕正彦だったら   作:ヘルシーテツオ

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非情の徒

 

 男は逃げていた。自らを追う殺意の群れから。

 その姿に勇気はない。先の未来へと繋いだ希望などありはしない。

 それは絶望への逃避行。彼の行く先には一切の光もない。

 それでも逃げる脚を止めないのは、きわめて原始的(シンプル)な欲求に突き動かされての事。瀬戸際まで追い詰められた彼には、余計な虚飾は何もない。

 

 死にたくない、死にたくない、死にたくない――――!

 恐怖から逃げ出したい。苦痛から逃げ出したい。凶兆から逃げ出したい。

 もう他に何も要らないから、どうか助けてくれと臆面もなく泣き叫んでいる。

 

 男は凡夫だ。典型的な小人である。

 己の力量を知りながら認めず、分不相応な高みを夢見て手を出した。

 長年で蓄積された劣等感。他人から押された"二流"の烙印を覆すために、心根ではそれが妥当な評価と知りつつも、激情で覆い隠しながら"月"を目指した。

 

 劣等感だとて、時には条理を覆す力となる。

 感情の明暗に関わらず、それが意志の頑強へと通じたのなら、生まれる強さは本物だろう。

 この世は清濁の道理を併せ持って動いている。蔑まれた経験が未来の栄光へと繋がる人生(ものがたり)など探せば幾らでも見つかるものだ。

 

 だが無論、それが本物となるのは、意志の不屈を貫けた強き者に限られる。

 男は小人、いざ苦難に直面すれば、その克己心も容易く折れた。

 妄想じみて肥大した自己顕示欲。有りもしない侮蔑まで思い煩って出来た実像は、肥大した外観に比して中身があまりに脆い。

 無残な敗北。追い立てられる恐怖。もはや虚像のような己など片鱗だって残っていない。

 

 すでに闘争手段(サーヴァント)も失った。

 何もかもが剥ぎ取られた後で残ったものなど、生への執着以外にない。

 明日に残すべき何かでも、大切な誰かのためでもなく、ただ死の恐怖に迫られてひた走る。

 だが男に希望はないのだ。小人であり、善人ではなく悪人として過ごしてきた彼に訪れる奇跡はない。

 

 男は獲物だ。狩人たちによって刈り取られる、哀れな贄でしかない。

 

「あ、あああああああああッッッ!!!??」

 

 両足首に走った激痛。身を貫く冷たさに、流れ出す血の熱さ。

 足を見れば、ちょうど其々の後ろ足首に刺さった二本の(メス)

 男の背筋が凍り付く。それは苦痛からではない。すでに狩人が迫っているという事実が、何より男を恐怖させた。

 

 足音が聞こえる。

 男のものではない。逃走のための足は潰された。

 それでも足掻きは止まらない。生への執着が捨てきれない。

 残された腕で這いながら、少しでも遠くへ逃れるように男は動く。

 

 だが、所詮は無駄な足掻きだ。

 足音は止まらない。一歩、また一歩と確実に近づいてくる。

 そこに男を痛ぶる意図はなく、淡々と。静かに、一定に、ただ必要だからと歩を進める。

 それが男には恐ろしい。その無感動さが、相手の心証を何よりも表していると思えたから。

 

 そして、足音が止まる。

 最後の音は、すぐ後ろから聞こえてきていた。

 

「これが……おまえの復讐か?」

 

 間近にいるだろう狩人に向けて、男は口を開いた。

 

「おまえを利用して、騙していた事への。()()()()()()()()()()()()()()()、怨みなのか!?」

 

 溢れ出した激情は止まらない。

 不条理に支配された心は、納得を求めている。

 恐怖と苦痛を怒りへと置き換えて、そもそもの発端が自身にあった事も無視して激昂した。

 

「――答えろぉぉぉ!!! 玲霞ぁぁぁ!!!!!」

 

 男――相良豹馬は、かつて恋仲であった女に吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地べたに這いつくばり、激情を顕わにする男。

 過去には身体を重ね、愛を囁き合う時期もあった相手の悲惨な姿にも、六導玲霞の心はさして動く事もなかった。

 

「復讐……そうね。確かにこれって傍から見たらそう見えるのかしら」

 

 相手を追い詰めた張本人として、玲霞は自らの行いを省みる。

 果たして自分の所業に、彼が言うような動機があったのか、と。

 

 確かに自分には、彼を憎むのに足る理由がある。

 復讐、という動機は道理に適っていて、ある意味で全うなものだろう。

 自分は一度、確かに彼に()()()()帰還先(にくたい)は既に無い。

 騙されて、利用されたのも本当だ。その挙句に使い捨てられたのだから、憎悪の理由としては十分すぎる。

 ならばやはり、彼に対する仕打ちも憎しみによるものだろうか。彼を苦しめ、より深い絶望を与える事が自分の望んだ事だと。

 

 ――恐らくは、違うと判断した。

 

「でも、豹馬。そう思うのも無理ないけれど、私はあなたを憎んでなんていないの。

 騙されていた事は悲しいけど、一緒にいた時間は楽しかった。たとえそれがあなたの細工だったとしても、誰かと一緒に暮らす生活は思っていたよりも素敵だったわ。

 こうなってしまった後でも、あなたに対する感情はそんなに変わっていない。私は多分、あなたの事を愛していたわ」

 

 淡々と、感情を込めない静かな口調で、玲霞は己の胸の内を語る。

 その様子は、目の前の相手を憐れむように。少なくとも憎しみは無いように見える。

 

 そこに一抹の希望を見出したのか、命乞いのための言葉を男は口にする。

 

「俺も、俺も愛しいていた! おまえの事を思っていたんだ!

 あの時のことだって、本当はやりたくなかった! でも仕方なかったんだ!

 それも今では後悔してる。本当にすまなかった。だから……だから、俺とやり直そう!

 一生をかけて償う、おまえの気が済むまで貢いでやる。だから――」

 

 ――だからどうか、命だけは助けてください。

 

 言葉の根底にあるのは、その一念のみ。

 吐かれた言葉も、果たしてどこまで真実であるのか。

 それでも込める感情の熱だけは本物で、男は切実に訴えかけた。

 

「そう。あなたも私を愛してくれてたのね。とても嬉しいわ、ありがとう」

 

 それは紛れもなく本心からの言葉だ。

 六導玲霞はこの男を愛していた。孤独を埋めてくれた事には感謝してる。

 相手も同じ気持ちだというのなら、それは嬉しい事だと思ってる。

 

 だけど――

 

「でも、ごめんなさい。あなたとの時間より、"あの子"との今の方が大切だから。

 あなたを使う事で強くなる方法があるそうなの。これは戦争なんだから、強くないと生き残れないでしょう。

 私もあの子も、手段を選べるほど強くないから。けど裏切ったのはあなたが先なのだから仕方ないわ。

 本当に、仕方がないの。貴方のことは、大切な思い出にして生きていくわ」

 

 そう、仕方のない事だ。

 物事には優先順位がある。彼との過去よりも現在(イマ)の方が比重が重い。

 そんな現在(イマ)を守るために必要なのだから、どちらを選ぶかなんて決まりきっている。

 弱い自分に選択の自由なんてない。だからこれは、仕方のない事なのだ。

 

 当然のようにそう考えて、六導玲霞は男の希望を断ち切った。

 

「……ふざけるな。ああ、ふざけんなよ、このアマ!」

 

 その言葉に触発されたのは、最後に残された劣等感。

 男の中の歪んだ感情が、かつて全てを支配していた女への屈服を認めずに激発した。

 

「有り得ねぇ、あってたまるかこんなこと! なんで俺じゃなく、おまえの方が勝ち残る!?

 俺が劣ってるってのか!? おまえの方が上だってのか!? おまえなんて俺に使われるだけの価値しかなかったろうが!」

 

 捻じ曲がった自尊心(ナルシズム)。暗い感情から肥大したそれは、女を勝者だと認めない。

 眼前まで差し迫った絶望から逃避するように、男は怨念の全てを吐き出していく。

 

「売女が! 知ってるんだぜ、おまえがどれだけ意味のない人生やってきてんのか。

 実の親にも、貰われ先でも、何処でもたらい回されて、挙句なにもしないで流されてきた。

 俺がおまえに近付いたのはな、そんなおまえが好都合だったからだよ。誰よりも支配しやすい、おまえがな!」

 

 この女には何も無い。流されるだけの風見鶏だ。

 どんな環境でも、反抗せずに文句も言わず、唯々諾々と従うばかり。

 主体性がまるでない。自己の意志と呼べるものが欠けた出来損ないだ。

 これほど利用しやすい人間もいまい。女自身、そうやって扱われる事を受け入れていたろうに。

 だから使い捨ててやったのだ。そうする事が目的で、当然の結果だったはずだ。

 

 なのに、どうしてこんな事になっている?

 おかしい、理不尽だ、あり得んだろう。

 認めない許せない、ああ、こんな不条理があるものかと、

 

「1人じゃまともに物も考えられない愚図が、この俺を――」

 

 口にできたのは、そこまで。

 それより先を喋る機会を、男は永遠に失った。

 

「――おかあさん(マスター)の悪口を言うな」

 

 男のそばに、いつの間にか少女が立っている。

 見た目の歳相応の仕草。(マスター)の事で怒る少女のそれは、他の幼子とそう変わらない。

 だが、同時に行った所業は子供の無邪気と呼ぶには余りに残酷で正確だった。

 

「■■■■■! ■■■■■!!?」

 

 声にならない絶叫が上がる。

 何が起きたのか、男には認識する事も出来ない。

 しかし激痛が、自らの現状を教えてくれる。狂った調子で繰り返される呼吸音が男の耳から離れないのだ。

 

 少女の手にあるのは、血に染まったナイフ。

 音もなく男のそばに立ち、認識すらされずに"作業"を終えた少女。

 何をしたのか、ナイフの血は誰のものか、結果を見れば余りに明白だった。

 

 ――男は、下顎がごっそりと切り取られていた。

 

「……そうね、豹馬。確かに私は、あなたの言う通りの女だわ」

 

 男から離れ、傍らに戻ってきた少女の肩に、玲霞は手を置いた。

 少女が見せてくれる笑みが、玲霞の心を満たす。彼女のためなら何をしても良いと、そう思えるのだ。

 

 この少女こそが暗殺者(アサシン)の英霊。

 六導玲霞が契約したサーヴァント。非実在の狭間に揺蕩う猟奇殺人者(シリアルキラー)

 年端もいかない少女の外見にも、凶相は顕れている。その瞳の奥に秘めるのは紛れもない狂気。

 およそ英雄とは呼べない怨霊の類い。そんな英霊(サーヴァント)の事を玲霞は心から信頼し慈しんでいた。

 

「いつも流されてばかりだったわ。反抗するのが億劫で、自分から何かしようなんて思った事もなかった。

 でも、やらなくちゃ。似合ってないのは分かってるけど、この子のためだものね。私もしっかりしないと」

 

 まるで実の愛し子にするように、優しい眼差しのままアサシンをそっと撫でる。

 それに身を委ねるアサシンとの姿は、まさしく母と娘だ。(マスター)従者(サーヴァント)の関係さえ超えて、2人の間には本物の親子の絆が結ばれていた。

 

「ねえ、おかあさん(マスター)。こいつもう食べていいかな?」

 

「いえ駄目よ。別に食べてしまう事はよいのだけれど、私たちよりもっと上手く調理できる人がいるから。そちらに任せましょうね」

 

「はーい」

 

 何気なく交わされる母娘の会話。

 そんな軽い調子の中で取り決められる己の処理に、一度は目を背けた恐怖が男の中で蘇った。

 逃走を再開する。使えない足を引き摺り地を這って、少しでも2人から離れられるように。

 

 2人は追わない。

 追いつく事は容易い。だがもうその必要もない。

 

 ――男の進路には、既に別の狩人が立ち塞がっていた。

 

「まあまあの演出ね。悪くないわよ、スタッフ。後は私の独壇場(オンステージ)ね」

 

 純粋にマスターとして見た場合、六導玲霞の実力(レベル)は低い。

 地上では魔術師(ウィザード)の自覚さえなかったのだ。実力で比較するなら男の方が明らかに上である。

 戦力で劣っていた彼女たちが、何故勝利をおさめる事が出来たのか。それは当然の疑問だろう。

 

 だが、その理由もまた単純明快だ。

 基本すぎる兵法、それ故に覆しがたい格差。

 即ち、数の利があったからに他ならない。

 

「さあ、喝采を上げなさい。観客(オーディエンス)たちの声援を浴びてこそ、アイドルは輝くものなんだから」

 

 顔を上げた男の眼に映るのは、異形を持った赤い少女。

 小柄な体躯の中に備えられた美貌は、絶世と呼んでも差し支えあるまい。

 だがその美貌には双角と尾が付属している。人の器官とはかけ離れた怪物のそれ。

 彼女の美を損なうわけではないが、その存在は少女のカタチに禍々しさを与えている。

 

 一見すれば快活な、この場に似つかわしくない少女の所作。自らをアイドルという少女の意図が分からず、男は何も答える事が出来なかった。

 

「上げなさいと――言ってるのよこのブタぁ!」

 

 瞬間、振るわれた鞭の一打が、男に激痛をもたらした。

 

「呆れたブタね。自分の役目を忘れたのかしら。家畜は打たれたらすぐに鳴いて応えなさい。

 アンタみたいなブ男、本来なら口をきく事はおろか、視界に入る事だって許してやらないのよ。それを私から呼んであげたんだから、鳴いて悶えて絶頂くらいしなさいよ。

 ほら、ブヒィィって鳴いて。鳴きなさい。鳴けってば。早く鳴けって言ってるでしょぉぉぉ!!!」

 

 狂ったように振るわれる鞭は、一打では終わらない。

 二度三度と容赦なく降り下ろされる鞭打。その度に男の皮が肉が剥ぎ取られていく。

 それは戦闘用ではなく拷問用。戦い敵を打ち倒すのを目的とせず、ただ苦痛を与える事を用途としたもの。

 肌を打つ激痛の灼熱に、声としての体を成さない絶叫が響き渡った。

 

「そう、それでいいの。バックコーラスは絶え間なくよ。そうでないステージなんて盛り上がらないわ」

 

 そのような所業にも赤い少女はまるで頓着しない。

 単に悪辣、というだけではない。むしろその姿には一種の純心さえ見える。

 まるでこの残虐こそ責務だというように。行為の意味を理解していないからこその迷いの無さ。

 呵責となるべきものが存在しないから、歯止めが効かない。瞳には嗜虐の愉悦が映っていた。

 

 赤い少女もまた、サーヴァントだ。

 およそ正道からは程遠い、されど確かな恐怖を集めた英霊。

 伝承を鮮血に彩られた、美しくも残忍なる槍兵(ランサー)である。

 

「さあ、マスター(マネージャー)。しっかり徴収してやりなさい。せいぜいこの豚の肉を貪って、私のための魔力を蓄えるのよ」

 

 そう促されて進み出たのは、道化師(ピエロ)だった。

 

 色彩豊かな奇抜な格好。道化の仮面に隠した表情は窺い知れない。

 かろうじて女性であることは分かる。それ以外は何一つとして意味不明だ。

 ここが遊楽地であれば適切でもあっただろう。だが苦悶の血と悲鳴に満ちたこの場において、その姿はひたすらに不気味だった。

 

「ウン……ウン……オ腹スイタナァ。ランルークン ノ オ腹 ハ イツモペコペコ。食イシンボ デ 卑シンボ ダカラ オ腹ガ空クノ ハ 悲シイナァ」

 

 吐き出されたのは純なる狂気。

 自らの中だけで完結した異端の価値観で、道化師は言葉を紡ぐ。

 

「ダイ好キナ パパ。ダイ好きナ ママ。一番ダイ好キダッタ ベイビー。ミンナミンナ イナクナッチャッタ。

 ココッテ 素敵ナ場所ダヨネ。ダッテ色ンナ ゴチソウ ニ 会エルカラ。ココナラ 美味シソウナ子ヲ 食ベテモイインダカラ。

 スパイス タップリ 振リカケテ。味付ケ デキタラ イタダキマス。トッテモトッテモ 嬉シイナァ」

 

 意味が分からない。根底からズレている。

 赤い少女(ランサー)が肉体に怪物を宿しているならば、彼女は精神が怪物と化している。

 常識の理解から余りにかけ離れた存在は、常人には怪物としてしか映らない。

 

「ダケド……アナタ ハ 美味シソウジャナイネ。ダッテ愛ガナインダモノ。

 トッテモ残念 デ 悲シイケレド。アナタ ノ 事ハ 食ベラレナイヤ」

 

 そして、理解を超えた怪物であるからこそ、その行動の采配は未知数である。

 

「はあ!? ここまできてなに言ってるわけ?

 こっちはアンタの悪食に付き合ってこんな豚まで用意してやってんのに!」

 

「ウン アリガトウ エリザ。デモ ゴメンネ。ランルークン ハ コノ人 ヲ 食ベラレナイヨ。

 ダッテ ランルークン コノ人ヲ 好キ二ナレナインダモノ。トッテモ悲シイ 事ダケレド」

 

「アンタの好みなんて知らないわよ! こっちは仕事でやってるのよ。そうでなかったら、誰がアンタみたいなワケ分かんないピエロの言うことなんか――」

 

「――黙らぬか、小娘」

 

 少女の怒りをそれ以上の憤慨で押さえて、また一騎の英霊(サーヴァント)が道化師の傍らに姿を現す。

 

 その存在は、先までの英霊たちとは性質が異なる。

 漆黒の鎧に身を包んだ偉丈夫。染み付いた闘争の気配がその戦歴の深さを物語っている。

 常人を外れた狂気だけではない。かつての時代、血肉躍る戦場を駆け抜けた英雄の姿がそこにあった。

 

「我が妻の示す意向、それ即ち我が聖戦のしるべなり。矮小な怠惰で異を唱えるなど、罪業にまみれたその身で尚も罪を重ねるか」

 

 この黒騎士こそ、道化師の()()()のサーヴァント。

 数の暴利により男を一方的な敗戦に追い込んだ、三騎の英霊の最後の一柱であった。

 

「はあ? 何が罪だっての? (ぶた)どもから搾り取るのは、貴族(わたし)たちの義務でしょう。

 それに、私が罪ならマネージャーはどうなるワケ? アンタの大好きな(マスター)だって同じ、人を搾取する存在でしょうに。私もそのピエロの、そういう所だけは気に入ってやってるんだから」

 

「同列と、語るか? 搾取ばかりで貴人のなんたるかを示さなかった貴様の愚行と、我が妻の狂おしくも残酷な、いと尊き"愛"を同じであるなどと抜かすか」

 

 赤い少女の言葉に触発され、黒い騎士より溢れ出す怒気。

 その熱量、殺意の迫力は少女の狂気の比ではない。この英霊の苛烈さを知るならば、それは当然だった。

 守護すべきもののためなら、万を超えた屍の牙城を築く事も厭わない。護国の英雄でありながら、その所業の凄惨さ故に正道から外された。

 

 かつて大地を流血で染め上げた鬼将の憤怒。それは同じ英霊である赤い少女をして恐怖させた。

 

「……ランサー。余リ エリザ ノ 事ヲ 怒ラナイデアゲテ」

 

 そして、その怒りを鎮められるのは、彼が愛し敬う(マスター)以外にあり得ない。

 

「おお……何たる慈悲! 妻よ、貴女はこの罪のカタチを直視して尚も許せとおっしゃるのか。

 なんと美しい、なんと気高い! 貴女のその許しはナザレのイエスにも匹敵しよう。

 ならば私は、我が信仰の全てを捧げて尽くすと誓おう。貴女の"愛"こそが、この世で唯一の真理であるのだから!」

 

 己のマスターに対し、黒騎士(ランサー)が見せたのは狂喜。

 利害ではなく、崇拝。この道化師に忠義を捧げられる事に、英霊は心から歓喜している。

 たとえ令呪など無くても、道化師が告げれば黒騎士は自ら心臓を差し出すだろう。

 

 苛烈に燃え上がる忠誠という名の信仰心、それは見方を変えれば狂気とも言い換えられた。

 

「ふ、ふん! それで、こいつはどうすんのよ? ただでさえアンタ"二騎抱え"なんてやってるんだから。魔力はいくらあっても足りないはずでしょ! アレ、本当に逃がすつもり?」

 

 ようやく調子を取り戻して、赤い少女が言葉を返す。

 再び矛先を向けられる男。這う這うの体で逃げ惑うその姿には、もはや力など欠片もない。

 

 もはや何処に向かおうとしているかも分かっていない。

 ともかく離れなければと、恐怖に後押しされて動き続けているだけだ。

 勿論、そこに希望など無い。逃れられる可能性は絶無であり、男の結末はすでに確定している。

 

 言葉を奪われ、苦痛を与えられ、終わりが訪れるまで藻掻き続ける男。

 その性根は悪人であり、所業を省みれば自業自得であるが、それでも今の姿は哀れであった。

 

「哀れなる小人よ。もはや見えるものも無く迷道を彷徨うか」

 

 男の前に、黒い騎士が立つ。

 抵抗の意志さえ見えない男を前に、騎士が見せたのは哀れみだった。

 

「如何に罪に穢れた身であろうとも、これ以上の苦痛の罰に道理があろうか。

 もはや敵手とも呼べぬ小人よ。迷える道よりそなたを救済しよう」

 

 黒騎士の言葉に、這うばかりだった男が顔を上げる。

 騎士の告げた言葉に嘘の響きはない。その表情には本心からの哀れみが映っている。

 そこに希望を見出したのか、言葉の無いまま助けを求めるように、男は黒騎士にすがり付いた。

 

 その選択は、あながち間違いではないだろう。

 狂人、悪辣のみが蔓延るこの場で、唯一の秩序を重んじる善性の質。

 もしも慈悲があるのなら、それはこの騎士以外にないと、そう感じるのも真っ当な反応であるはずだ。

 

 ――それでも、もし男が騎士の"真名"を知っていたのなら、すがる事など決してしなかったに違いない。

 

「そう案ずるな。確約しよう、そなたは救われる。――オレが見出した、この"愛"によって」

 

 瞬間、大地を貫き現れた"(ヤリ)"によって、男は串刺された。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!???」

 

 絶望せよ、この場に正義(しょうき)などありはしない。

 ここに在るのは非情無情なる徒のみ。狂気の中で自らの道理だけを叫ぶ怪物の巣窟。

 囚われた者に救済など訪れない。逃れる術とは"死"のみであると理解せよ。

 

「愛とは死だ。死こそが愛を証明する。主の愛故に魂が御許へ召し上げられるなら、それは真理に相違ない。

 罪深き者よ、そなたの非業の生はここに救われよう。愛無きその魂に、オレの愛を刻みつけてくれる。

 故に余分は置いて逝け。我が妻はそなたの肉を御所望でない。命だけを置いて逝くがいい」

 

 身を貫いた杭を伝い、男の生き血が流れ落ちる。

 そこから共に流れ落ちる生命、魔力、そして魔術回路(さいのう)

 何より己の能力に囚われていた男にとって、それは最悪の絶望に違いなかった。

 

 ……ああ、せめてここが地上であれば、即死という救いも有り得たものを。

 

 電脳世界ではそれも叶わない。

 自身が消滅する最期の瞬間まで、その状態を認識し続ける。

 魂が燃え尽きる刹那まで、男は絶望に浸されていなければならないのだ。

 

「さあ、血涙を流して喜ぶがいい! 我が聖戦に、そなたも末席に加わる資格を得たのだ。

 そなたの流す血は、我が糧となりて妻を潤すだろう。穢れしその魂が、この世で最も尊き御魂を救う助けとなれるのだ。

 それを救済と呼ばずして何と言おう。さあ、堕ちた我が身と共に、聖なる戦へと赴こうではないか!」

 

 もう、何も聞こえない。

 聞こえたところで意味などない。

 狂人の道理など、どうせ男にとっては何の救いにもなりはしないのだから。

 

 

 ――――俺は、どうしてこんな所に……――。

 

 

 狂った者たちが織り成す狂宴の中、贄のなった男は最期に思う。

 歩んできた道への後悔。踏み入れてしまった事への後悔。在りし日々への回帰を切実に願いながら。

 

 ――男の意識は、世界から断絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ……実に血の気が絶えない御友達たちの皆さんですね」

 

 裏側に落ちた月見原学園。7つある校舎の、内の1つ。

 その視聴覚室にあたる部屋にて、神野明影はこの拠点を掌握する"主"と対談していた。

 

「『殺人鬼(ジャック・ザ・リッパー)』に『吸血貴族(エリザベート・バートリー)』。とどめにきたのが『串刺し公(ヴラド・ツェペシュ)』って。

 よくもまあ、すごいところ狙って集めたよね。もうドリームチームじゃん、鮮血的な意味で」

 

 スクリーンには、惨劇の光景が映し出されている。

 常人ならば目を覆いたくなる凄惨さだが、ここに常人と同じくする感性の持ち主は存在しない。

 

 神野(あくま)は言わずもがな。

 対するもう1人にも、動揺した様子は見られない。

 それは人形を思わせる無感動。あるべき心の欠けた"少女"の瞳は、倫理を外れた非道を目の当たりにしても揺らぐ事はなかった。

 

「出来るなら意図を教えてもらえないかい? 頭のいい君の事だ。何も無意味にこんなメンバーを集めたわけじゃないんだろう?

 ねえ、ラニ=Ⅷくん。君の選出基準とは、いったいどんな理由だい?」

 

「無論、合理性に基づいた上での解答です、蝿声厭魅(さばえのえんみ)

 

 少女――ラニ=Ⅷは、悪神の悪意にも動じる事なく答えてみせた。

 

「彼等は正道を外れた英霊。後世の想像(イメージ)により変革させられた存在。

 故に、正純の英霊に比べ、その規格の拡張が行い易い。求める条件としてはこの上なく一致しています」

 

「最初から違法改造(チート)を想定済みってワケかい? それはそれは恐れ入ったよ。

 けど、性能面での理由は分かったけど、中身(こころ)の方ではどうだろう? サーヴァントもだけどマスターの方も大概に、なかなかいい感じに狂っているじゃない。

 君のように数理の上で物事を考えるタイプに、ああいう手合いは相性が良くないんじゃないかな?」 

 

「確かに彼等の行動原理に合理性はありません。通常の基準に照らし合わせれば理解し難い。

 ですが、空の全てから見れば、例外(かれら)も誤差の範囲内。星辰にも影響を与えない稀星に過ぎません。

 星が語らずとも、発する光が差し示す先は計算できる。ならば運用も可能です」

 

「それに、彼等の目的は私の使命と相反するものではない。造反の可能性は極めて低い。

 不可解ではありますが、解釈次第では私の手でも彼等の願いを叶えられる。同盟者として選定するには十分な理由かと。

 その"嗜好"についても、人道面で問題があるのは事実ですが、この聖杯戦争では優れた資質とも言えるでしょう」

 

 褐色肌の少女は、眼鏡の奥の瞳を澄ませたままに道理を語っていく。

 そこに込められる感情はなく、事実を事実として述べていく様に人間性は見られない。

 

「理屈だなぁ、頭のいい解答だ。確かに君の言う事に間違いはない。

 けれど、それだけかい? 君の言葉には人の心がない、とても渇いた感想だよ。

 理屈ではなく感情で動いてこそ人間ってものだろう。彼等の狂気にも、本当に思うところはないのかな?」

 

「必要ありません。過程での如何を把握しきれずとも、至る成果さえ掌握できればいい。

 彼等の例外的な感性も、殺傷行為に対する忌諱の無さは戦争状態においては有益でもあります。ならば最効率の手段として用いるのみです。

 私は師よりの使命を受諾し、遂げるための道具(モノ)。有益であるなら使用を躊躇う理由はありません」

 

「道具、か。誰かにとってのモノである自分には感情など必要ないと、君は言うんだね。

 だけど、そんな君にも人の心ってものがあったじゃない。覚えているだろう、無数の聖杯戦争の中で、君は確かに"人間"だった時期があった。あの時期の君がコレを見たのなら、どう思うんだろうねぇ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 例外とは、統計として見れば誤差に過ぎないから例外です。局所では目を引こうとも、大局では無視して構わない事象でしかない。

 そしてあなたの言う時期の"私"とは、全てが敗北の結果として現れるもの。それが心という"欠陥"を抱えた故での事ならば、やはり不要だと判断するよりありません」

 

 神野の言葉にもラニは揺らがない。

 人形のようであり、そのように自らを定める少女に、動揺すべき心など無いというように。

 

 ラニ=Ⅷは人造生命(ホムンクルス)である。

 旧き時代の魔術(しんぴ)を継承する、アトラス院により錬成された存在。

 徹する在り方は道具として、使命のために殉じる事にも迷いがない。

 彼女は己に人間など求めていない。求めるのは目的達成のための"効率"のみである。

 

「それが君の結論かい。なるほど、これはなかなか筋金入りだ。

 記録は記録として、か。客観視点から見た記憶なんて、単なる情報に過ぎないからね。

 肝要なシーンとかは結構ぼかして伝えてあるし、まだ仕方ないか」

 

 そんな少女の姿を、悪魔(しんの)は愉しむように嗤っていた。

 

「……なにか?」

 

「いや別にぃ。君がそう思うのなら、それでもいいんじゃないかなぁ」

 

 含みを持った神野の言葉。

 ラニは訝しむが、それ以上の追求はしなかった。

 

「話を変えようか。改めて言うけど、君の集めた人材はなかなかのモノだと思う。

 『殺人鬼(ジャック・ザ・リッパー)』、『吸血貴族(エリザベート・バートリー)』、『串刺し公(ヴラド・ツェペシュ)』。彼等は実に逸材だよ」

 

「……? ヴラド公はともかく、他ニ騎は英霊の等級として見れば決して高くはありませんが」

 

「そうだね。神代の大英雄、時代を築いた王、無双の武人なんて連中と比べたら、確かに大した事はない。

 所詮、貧民街を少々騒がしただけの殺人鬼。所詮、道楽貴族の生き血狂い。世にその偉業を轟かした英雄たちと比べる方が間違いだ。

 単純な格で見るのなら、君の後ろにいる"彼"の方が遥かに上だろう」

 

 神野の視線がラニの背後を捉える。

 姿は見えない。だがそこから漂ってくる、濃密な"武"の気配は隠しきれない。

 たとえ霊体化していようと、事あらば即座に悪魔の首を刎ねとばせるように。

 

 ラニ=Ⅷの従えるサーヴァント、狂戦士(バーサーカー)の英霊。

 理性を忘れた武の化身は、主人(マスター)に使われる兵器として控えていた。

 

「しかしだ、ある要素に関して、彼等は武神さえも凌駕する。

 なんのかんの言っても、英雄ってのは憧憬の対象だ。個々だと色々感想も変わるだろうけど、無意識下で見れば敬意や憧れといった肯定的な感情がくるだろう。どんな凄惨な所業に手を染めていたとしても、国のため人のためって大義やらがあればどうとでも言い繕えるしね。

 だが、彼等の場合はそうじゃない。彼等を思う時、意識にくるのは純粋な嫌悪、忌諱感だ」

 

「まともな感性してれば、殺人鬼や拷問狂を讃えるなんてしないだろう。それでいて面白いのは、彼等の存在が英霊として確かに刻まれている点だ。

 所謂、反英雄ってやつだろう。だが、彼等は物語の悪役(やられやく)じゃない。時代に必要とされて倒されたわけじゃないんだ。

 ()()()()()()()。彼等は己の狂気だけで、人類の悪性を証明した」

 

「彼等が屠殺した人間の数なんて、戦争になればあっさりと追い抜けるのにねぇ。軍人以外でも、略奪、虐殺なんて日常茶飯事だ。

 つまりありきたりなんだよ。戦争(きょうき)の中での狂気なんてそんなものだ。数で語る惨劇なんて三流だよ。むしろ日常(しょうき)の中で起きた惨劇だから恐ろしい。

 戦争の熱に浮かされてたわけじゃない。彼等は自分の感性だけであんな真似ができた。それが何より理解不明で、人を外れた怪物に見える」

 

「この理解が出来ないってのが肝でねぇ。理解と納得が出来てしまうと、恐怖の質ってのは数段は落ちる。

 たとえば、個人の所業の凄惨さで言うなら青髭殿もいるが、彼の場合は聖女の死っていう分かり易い理由があるからね。

 別に真実かどうかは問題じゃない。諸人が納得できる理由ってのが問題だ。つまり彼の狂気は後天的だって事だよ。別に先天後天で上か下かってわけじゃないが、その心を説明できる要因は揃っているだろう」

 

「けれど、彼等はそうじゃない。決定的と思える要因なんて見当たらない。彼等は生まれついて邪悪な怪物だったとしか説明できない。

 貴族社会じゃ領民なんてペット扱い? 愛玩対象(ペット)を殺してまわるのだって立派に狂っているだろう。まして相手は自分と同じ言語で相互理解が可能な生物(にんげん)だ。黙認されてたとはいえ周囲に流されたわけでもなく、自分の感性だけであんな残虐ができるなんてさ。

 ――エリザベート・バートリーは()()()()()()()()

 

「ジャック・ザ・リッパーなんて、()()()()()()()()()()()()

 あるのは娼婦ばかりが殺される、凄惨な事件現場だけ。その所業だけで殺人鬼はみんなの心の中に住み着いた。

 今さら誰かを証明してみせたところでもう遅い。1人歩きを始めた妄想(イメージ)は止まりはしないよ」

 

「そういう意味では、ヴラド三世だって同じだ。キリスト教圏の盾。侵略者を退けた護国の英雄。なのに、着色された創作(イメージ)によってその存在は書き換えられた。

 本人がどれだけ高潔で、正義と秩序を重んじる人間だったとしても関係ない。植えつけられた妄想(イメージ)は拭い難く、英霊って存在に影響してくる。

 万を超える敵を串刺しにして、自国の貴族民衆問わずに大粛清を行った。ほら、征服者さんも言っているだろう。こんなにも残酷で苛烈な人間は、()()()()()()()()()()

 

「ね、面白いだろう? 武勇でも偉業でも伝承でもない、純然たる恐怖心が彼等を英雄(かいぶつ)たらしめている。

 無辜の怪物。人の想像が生んだバケモノ。そんな彼等を容認して扱う君は、一体どんな怪物になるのかな?」

 

 その言葉は、ラニの事を嘲るように。

 無垢なる人形として在るこの少女が、どのように塗り替えられていくのかと。

 その堕落の様を期待して、神野明影は嗤っていた。

 

「たとえ何らかの影響がこの身に起きようとも、問題はありません。

 師よりの使命完遂こそが私の存在意義であり、喜びです。その目的が達成されるのなら、如何なる禁忌も厭うには値しない」

 

「そうかい。いや素晴らしい、実に見事な決心だよ。

 今の戯言なんて聞き流してくれていい。僕は君の事を心から応援しているよ」

 

「応援? あなたは中立の立場ではないのですか?」

 

「もちろん中立だよ。誰かを贔屓したり、露骨に冷遇したりとかはしないから安心してくれ。

 ただ僕は、この聖杯戦争の監督役でもある。円滑に戦いを回してくれる潤滑油は是非とも歓迎したい」

 

「だいたいさぁ、どいつもこいつも欲望とか執着とか薄すぎるんじゃないの?

 聖杯だよ? 何でも願いが叶うんだよ? もっとガツガツしようよ。

 なのに、聖杯なんて興味ありません、みたいなのばっかりでさぁ。草食系過ぎやしないかい?」

 

「その点、君はとても見込みがある。聖杯を求めるその欲望は実に上質だ。

 聖杯戦争の演出家(かんとくやく)としては、より真摯に求める者を応援したくなるってものさ」

 

 大仰な手振りで、ラニの事を讃えるように神野は言う。

 

「その判断は不適切です。私にそのような感情はありません。師の遣わした道具として、私は聖杯に至るのみ」

 

「何かを求め欲する事が欲望だよ。理由がどうあれ、ね。

 その聖杯に至ろうとする意志が本物なら、それは1つの欲望のカタチさ」

 

 感情を否定するラニと、肯定する神野。

 くい違う両者の意見。それでも互いに、それ以上の言及はしない。

 ラニ=Ⅷにとっては議論するまでもない事であるから。

 そんな彼女の姿にほくそ笑む悪魔(しんの)の意図は、まだ見えない。

 

「ああ、そうだ。これも伝えておかないとね。――"岸波白野"が、裏側で目覚めたよ」

 

 その名前を聞いた時、無表情の裏側で何かが確かに反応した。

 

「なかなか馴染み深い名前だろう? 君にとってはかなり因縁のある相手のはずだ。

 ねえ、聞かせておくれよ。君は彼を、もしくは彼女をどうするんだい?」

 

 ラニ=Ⅷの中にある、確かな記憶。

 繰り返される戦いの最中、明らかに不合理な行動を取った人。

 自分を"助けた"あの少年、または少女との日々は、確かに記憶としてある。

 

 無論、こんなものは例外だ。

 大半の場合において、自分の在り方は変わらず、師の道具としての己で在り続けた。

 それが正解である事は疑いようもなく、ならば例外など考慮する必要もない。

 けれど、存在意義を見失ったあの日々での自分は、何故だか輝いているようにも見えて――

 

 そんな思考を切り捨てる。

 揺らいではならない。その揺らぎは己を劣化させるもの。

 己は道具。師よりの使命を果たす者。そう自らに厳命し直した

 

「……再三に渡り、告げています。私は使命を受諾する者。遂行のみが存在意義。

 彼の者の星は確かに興味深かった。しかし、その時がくれば、討ち果たします」

 

 静かに、だが確かな決意を込めて、ラニ=Ⅷは断言した。

 

「くくく、きひひひひ、きはははははははは――――!!!」

 

 少女の意志を聞き届けて、神野は心底愉快そうに大笑した。

 

「ああ、良いよ素晴らしい! 僕の言葉に大した意味なんてない。その決意は君のモノだ!

 戦うのは君たちだ。他の誰でもない、君たち自身の意志で殺し合うんだ。

 求めよ、されば与えられん。人が欲しているのは神の信仰ではなく俗な奇跡だ。

 祝福しよう。その欲望は美しい。悪魔(ボク)はいつだって人間(キミ)たちの味方だよ」

 

 だからこそ歓迎しよう、奇跡を求める欲望を。

 たとえ未練が残ろうとも、目的のために最期には切り捨てる。

 そんな人間の悪性を愛してる。だってそれを象徴する者が悪魔(じぶん)なのだから。

 

 神野明影は演出家であり、監督役である。

 采配はすれども、手は出さない。先の悲劇へと進むのは当人自身。

 戦いを俯瞰する立場より、回されていく地獄の歯車を見守って、悪魔はいつまでも嗤っていた。

 

 

 




 BBに次ぐ、チート多用枠その2。

 そして本編以外より六導玲霞さんが参戦。
 正直、アポでもこの人の組が一番好きなんです。
 一番キャラが立ってたと思うし、行動も芯があって好き。悪側だけど。
 なのでせっかくだから、鮮血系トリオを組んで活躍してもらう事にしました。

 しかし、相良豹馬ってこんな感じで良かったでしたっけ。
 うっかり小説の載ってたタイプムーンを捨ててしまって、ちょっとうろ覚えなんです。
 まあ今後登場するわけでもなし、違和感あっても流していただければ。

 アポも終わりましたが、あれですね。
 登場人物多すぎたし、仕方ないのでしょうが、もうちょっと活躍してほしかった人がちらほらと。
 ダーニックさんとか、八枚舌なんて異名があるんだから、もっと交渉術ですごい所が見たかったです。
 あ、セレニケさんは論外で(笑) 本気で何しにきたんだ、この人。

 他にも追加要素は幾つか考えています。
 公式も増えてますし、プロットも変わっていくかもしれませんが、あしからずで。

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