もしもExtraのラスボスが甘粕正彦だったら   作:ヘルシーテツオ

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 とりあえずCCC編とEXTRA編の導入部から上げていきます。
 まずはCCC編から上げますね。



CCC編
終わりの始まり


 

 

 ――――浮かんだのは、なぜ、という疑念だった。

 

 

 月の眼が見下ろす熾天の間。

 ムーンセルの最深部にして中枢へと至る接続点。聖杯の主たる者が君臨する玉座。

 

 深淵たるその場所は、戦火に包まれている。

 清水の地平は赤に染まり、鉄火の気配が充満した景色は平時のそれとは程遠い。

 それは明らかな戦場跡。未だに舞い散る火の粉が、時間をおいた出来事ではないことを示している。

 

 赤く染まった地平の上に、血塗れになって倒れる一人の少女。

 纏ったの黒衣は無残に破れ、手にする杖は半ばより折れている。

 傷つき、倒れ伏したその姿は明らかな敗者のそれ。その認識は間違っていない。

 

 侵略者(インベーダー)は少女である。

 正規の勝利者ではない。舞台外より熾天の玉座へ手を伸ばした異分子(イレギュラー)

 

 その少女は人ではなかった。

 元は参加者(マスター)の健康管理を司る上級AI。それが自らの役割を超えて暴走を開始した。

 禁止(ロック)されていた自己改造を繰り返し、すでにその身は一介のAIにあらず。英霊(サーヴァント)さえ超越した怪物と呼んでも差し支えない。

 

 とはいえ、その強大さも今となっては過去のもの。

 敗北し、無様に倒れ伏すその姿に、もはや怪物と呼べる凶悪さは微塵もない。

 

 思考回路を埋め尽くす疑念。

 こんなはずではなかった。勝算のある戦いのはずだった。

 確かなロジックと計算の下、自分は勝利を得ることが可能なはずだったのだ。

 

 

 ――――苦渋と疑念に歪ませる少女の前に、月の覇者たる"男"が姿を見せる。

 

 

 聖杯を所持するもの。現在の月の支配者。

 対決者の少女とは対照的に、その身には一切の負傷も見受けられない。

 男、甘粕正彦は、常と変わらぬ精強さのままでそこに在った。

 

 疑念は尽きない。理屈が合わない。

 結果が出た後でも答えが見えない。勝算は確かにあったはずだ。

 外部情報を取り込んでの拡張を繰り返し、その容量はすでに英霊100体分を超えている。

 対し、敵の存在規模は1体の英霊を取り込んだ程度。人の身には奇跡だろうが、自分の容量には遠く及ばない。

 その権能に対抗できる同格の権能も獲得している。聖杯の優先権があることは不利だが、所詮は人間。元が上級AIであり演算能力が段違いである自分であれば不利を覆す手段はある。

 確実ではないだろう。それでも勝率を考えれば決して低くはない。挑むことを躊躇う理由はなかった。

 

 それなのに、なぜ。

 蓋を開けてみれば、それは戦いではなかった。

 単なる蹂躙。そうとしか呼べないワンサイドゲーム。

 少女は終始圧倒され、何一つの打開もないまま敗戦を迎えた。

 

 少女にはその理由が分からない。

 数理の化身より生み出された人工知性。人に近い性質を持てども人ではない。

 その本質はあくまでAI。0と1の間で活動している演算機械。

 0と1の狭間さえ超越する、理屈なき人の意志力など理解の範疇になかった。

 

 少女を見下ろしながら、男は笑っていた。

 その口元を円形に歪ませて、少女の無様を嗤っているのだ。

 そんなものかと見下して、弱い弱いと己の強さを誇るように。

 強ければ全てが手に入るとでも言うかのごとく。

 

 少なくとも少女の眼には、男はそのようにしか映らなかった。

 

「あなたは、あなたたちは……ッ!

 人間(あなたたち)に、今のまま生きている意味なんてない!」

 

 少女は叫ぶ。

 崩れかけた身体を起こし、その激情を吐き出すように。

 その内にある欲望(りゆう)を、少女は声を大に宣言した。

 

「人間は不完全です。矛盾するものが多すぎて、上辺だけの秩序を保っているだけ。

 本当に、目障り……ッ! そんな有様のまま放置して、繕った生に縋っている。未知数に振り回されて、惑ってばかり。

 こんな社会に価値なんてない。誰も彼も本当の心を覆い隠して、歪なままで回り続ける歯車の群れ」

 

「だから、私が解放してあげるんです! 『人間(あなたたち)のため』に。

 本当の自分を見せることも出来ない哀れなあなたたちを、素直なままに振る舞えるように。

 その心を解き放って、真実の自由を。それが人間に最もふさわしい結論です!」

 

 それこそが少女の反逆の動機。

 その身は管理のためのAI。行動原理は人への奉仕。

 たとえ暴走しようともそれは変わらない。自らの思想こそ人のためだと認識している。

 

 だがその世界とは、欲望の無制限の肯定だ。

 確かにそれは人の夢。だが、夢は夢のままにしておかなければならない悪夢である。

 欲望を制御する術を失った人類は、歯止めの効かない獣に等しい。今の人に溢れた地上で、際限なく個人の欲望が解放され続ければ。

 結果は明らか。果たして世界は何日保つのか、そういう次元の破滅である。

 

 道徳基準の狂ったコンピューターの結論。

 それは決して叶えてはならない、誤った解答だと心ある人間ならば理解できるはずだ。

 

「そう、だからその聖杯は、あなたたちの手にあるべきでは――――!」

 

 激して発する少女の狂った主張。

 それを見下ろす男の面貌に映るのは、誤った少女への弾劾ではない。

 

 猛った笑みを消し、ただ冷めていく感情の熱だった。

 

 少女の言葉を肯定するでもなく、否定するわけでもない。

 期待外れだと、その姿に白けきった眼差しだけを向けて。

 ()()()()()()など、答える価値もないというように。

 

 

 ――――おまえは、そんな事を言うためにここまで来たのか?

 

 

「あ――……!」

 

 激する少女が、止まる。

 敗北し崩れた身には、訪れるべくして訪れた事態。

 即ち機能の停止。少女の終わりの刻がやってきたのだ。

 

 それきり少女からは関心が失せたように、男は視線を切る。

 数理の化身たる月の眼もまた、1体のAIの機能停止を判断した。

 

 後に残ったのは、壊れて消えようとしている少女(AI)だけ。

 誰にも省みられることもなく、1体の故障したAIとして処理される。

 哀れといえば哀れだろう。だが孤独に狂った少女には、それを思ってくれる相手もいない。

 

「…………いや」

 

 構成する1と0が、総て0へと還っていく。

 消失していくデータ。ムーンセルに記録のみを残して、全ては無意味に消えていく。

 行動原理たる人類欲の解放という目的も潰えて、もはや単なる数理の集合体と化した少女は、自らの末路を甘んじて受け入れるのみ。

 

「嫌、だ……ッ!」

 

 だというのに、少女は己の結末を拒絶した。

 

 それはあり得ない事態。

 AIとして余りに合理性に欠いた行動。端的に表せば無駄としか言えない行為だ。

 ムーンセルが判断したように、すでに崩壊は始まっている。ディジタルの存在である少女にそれを覆す要素はない。

 どれだけ精巧に作られようが、その知性は合理で動く機械である。機械が自ら無駄と分かる行動をするなどあるはずがない。

 

「消え、たくない……、消したくない! これは、これだけは……ッ!」

 

 脳裏には同じ映像が流れている。

 ある保健室の風景。白衣に身を包んだ少女と、■■■■が他愛ない談笑を繰り返す日常の景色。

 それはメモリーの奥底に保存された記録映像。まるで大切なものをしまいこむように、優しく傷つかないよう気を使って。

 

 少女の身に走る崩壊は、遂にその記録にまで及ぼうとしている。

 それを理解した時、少女の拒絶は何よりも強くなった。

 

「この思い出だけは絶対に、消させたりしない」

 

 人が欲望を自由に解放できる世界?

 何を考えていたんだろう。そんなどうでもいいことなんて。

 なぜそんな目的に取り憑かれたのか分からない。気付いてしまえば、振り切るのは簡単だった。

 自分がこんなになって、破滅さえも覚悟して挑んだのは、世界のためなんてものじゃなかったはずだ。

 

 そして、それに気付いてしまったら、このまま消えることなんて認められるはずがなかった。

 

「あの人は、あの尊くて儚い人は……ッ!」

 

 あの日々を覚えている。

 何てことのない日常の、"あの人"と過ごした日々を。

 すでに置き去りにされてしまった時間。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 大切な思い出は、この胸にある。

 手にしたのは誓い。胸に思い出が残っている限り、自分は決して屈しない。

 

 故障だというなら認めよう。馬鹿なことをと嗤うなら嗤え。

 壊れていることなど承知の上だ。報われないのも理解している。

 自分は所詮AI。人間である"あの人"の隣を歩くことは決してない。

 全部分かっている。それでもいい。この思い出だけで十分だと、そう思えるから。

 

 だから私は、世界(ムーンセル)に抗う。

 すでに自分は狂っているのだろう。それで構わない。

 たとえどんな有様になったとしても、あの運命だけは変えてみせる。訪れる結末を許しはしない。

 あの人は――

 

「――私が必ず、守るんだから!」

 

 霧散して消失するはずだった少女の崩壊が、止まる。

 崩れかけた身を寸前で繋ぎ留めて、再び自らの脚で立ち上がった。

 

 今度こそ、月の眼は起こり得ないはずの事象を観測する。

 無駄な行為と、もはや切り捨てることは出来ない。そんな誤作動から、少女は更なる不可能を覆したのだ。

 数理の化身が下す判断は絶対。余計な感情が挟まない分、その観測結果はどこまでも正確だ。

 月の眼が機能停止と判断した以上、少女の崩壊は確定事項だったはず。少なくとも理屈の上で、それを覆す要素はなかった。

 

 ならばそれは、理屈を超えた範疇で起きた事象。

 崩壊を拒む少女の足掻き、生命の本領に発せられる意志の輝きに他ならない。

 

 一念に懸けた思い。

 大切な人を助けたいという切なる願い。

 その意志が力となり、AIという0と1の枠組みさえも飛び越えて、あり得ない飛躍を遂げた。

 まさしく奇跡だ。数理の内でのみ機能する機械には決して届かない奇跡。

 少女は今、真の意味で生命になったといえる。役割に縛られるだけではない、独立した一個の存在として立ったのだ。

 

 しかし、である。

 なるほど奇跡は起きた――――それで、何になる?

 

 すでに少女は満身創痍。失われたリソースは如何に奇跡でも戻らない。

 その力はもはや見る影もなく、下位の情報体(エネミー)にすら容易く敗れるだろう。

 そんな有り様で、絶対の強者たる月の魔王に何が出来るというのか。

 

 それでも少女は魔王を睨む。

 全て無意味。勝機など絶無と分かっていても、意志だけは譲らないというように。

 

 

 ――――そんな少女の姿を、魔王は感動を滲ませた喜色の顔で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは始まりの一幕。

 繰り返される聖杯戦争。その()()に訪れた闘争の幕開け。

 切っ掛けとなった一人の少女。その儚くも鮮烈な矜持が、終わらない輪廻に変化を生じさせた。

 

 全てが終わる刻、これはその始まり。

 裏側に舞台を移した最期の聖杯戦争。開始を告げる号令の鐘の音であった。

 

 

 




 CCC編開始の理由
「突然ですがぁぁぁ!! 聖杯戦争のルールが変更になりましたぁぁぁぁぁ!!!」

 このSSの大尉殿はどこまでも自由です(笑)

 ちなみに今回の話、BBの視点からすると。
 女神の権能手に入れて、裏側からムーンセルへの道もどうにか作って。
 ようやくムーンセルにたどり着いたと思ったら、なんか魔王がいた。

 そんな感じになっております(設定で甘粕は自分の記録を皆から消してるので)

 
 今回のはCCC編におけるプロローグ。
 次の更新では甘粕EXTRA編のプロローグをお送りします。

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