もしもExtraのラスボスが甘粕正彦だったら 作:ヘルシーテツオ
――……確かに、彼の願いを否定できない
戦争は間違っている。そのはずだ。けれども彼の言葉を否定することもまたできない。
事実、戦いを経て自分は1回戦の頃からは想像できないような力を手に入れている。
戦争の中で生まれた発明、進んだ研究、それらも数限りなくある。
世界が停滞したまま腐っていくのも何とかしなければいけないのは確かだ。
身にこびりついた道徳や常識は警告音を発するが、しかしいくら考えても否定への道筋は浮かんでこない。
それは、つまり彼の言葉が正しいという事なのか。少なくとも、自分の中にその言葉以上に確からしいものはない。
ならば、彼の願いを、受け入れるべきなのかもしれない。
「ふふふふふふふ、くははははははははははッ!」
返答した直後、甘粕は弾けたように腹を抱えて大笑した。
ようやく現れた彼の願いの後継者。その到来を待ち望んでいたはずなのに、何かが空虚な笑い声。
何故だろう、嫌な予感が止まらない。
「く、はは、は……そうか。俺の
ああ、岸波白野よ――」
甘粕が手を差し出す。
それは、こちらに手を差し伸べているように見えて。
だから、応えるように自分も手を差し出していて――――
「興冷めだよ。おまえは要らんぞ」
――――え?
「迷うのはいい。ときに誤ることも構わん。それもまた人間に許された成長の過程だ。
だがそれらの積み重ねの果て、己の未来に深い影響を持つ選択肢だと理解した上で、弱きに流れる。
他人の意志に押され、本来の願いを遠ざける。心では違うと思っても自信が持てず、他の言葉に従うのは楽であるためだ。
そんな者にいったいなにを託せという。なにが任せられるというのだ」
なにが、起こった、の?
隣には、凛も、アーチャーも、いたのに。なにかをされた様子も、なかったのに。
ただ甘粕が、差し出した手を、握りつぶすように固く閉じたくらいしか、自分には分からなかった。
もはや視界は真っ赤に染まって、真偽のほどは確かめられない。
なにがいけなかったのか、なにを間違ってしまったのか、それももう、手遅れだ。
「何を願おうとも構わん。元より願いに優劣などない。壮大であれ矮小であれ、己に真摯であるならば価値は等しい。
だが、多くの者たちの屍を越え、失われた願いの上に築かれた頂に立ちながら、願う事を放棄する。
それはなあ、散っていった者たちに対し、あまりにも不義理というものだろう」
そこで、ふと気付く。
そもそも、甘粕と自分が対等だなんて、どうして思っていたんだろう。
聖杯の所有者だと彼は言った。それはこの月において、神にも等しい力を持つことと同義ではないのか。
一介のマスターとは有する力の次元が違う。勝負という土俵に上がることさえ出来ない。それが自分たちと甘粕の力関係。
最初から勝ち目なんてなかった。
甘粕正彦は真実に魔王である。立ち向かう術などありはしない。
ならば彼の言っていた試練という言葉にも、意味なんてなかったのかと思って――
「はは、ふははははは、ハハハハハハハハハハハッ――!」
思考できたのはそこまで。
もう、なにも考えられない。凛とアーチャーが呼ぶ声も、遥かに遠い。
最後に耳に残ったのは、甘粕の笑い声。爆笑しているはずなのに、泣いているようにも聞こえて――……
……岸波白野の意識は闇に落ちる。
月の聖杯戦争は終わらない……――――
死亡エンド。日和った答えを返すとこうなる。
甘粕を描くならこういう部分もいるだろうと思い加えました。