もしもExtraのラスボスが甘粕正彦だったら   作:ヘルシーテツオ

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 4回戦に行く前に、番外編です。
 原作にもあった幕間の戦い。メインになるのはあの娘です。
 なお、時系列的には場面ごとに結構飛んでますので、そこを踏まえて読了ください。



幕間:アトラスの少女(上)

 

 ――最初に感じていたものは、自らが浸る養液の柔らかさだった。

 

 意識が覚醒する。五感が開かれる。

 人体という機能が活動を開始して、求められた性能へと自らを更新する。

 目覚めたばかりの知性には、しかし既に知識が与えられていた。必要な情報は揃っていて、それを元に私は自身に対する認識と理解を獲得していく。

 

 人体とは、自立する運動機能を有した類い稀な計算装置だ。

 正しく、強く、速く、その知性を働かせてこそ生態の意義がある。

 情報を収集し、解析し、発生する数々の問題に対処する。野生の頃の多くの機能を切り捨てて、そのために進化した知的生命体こそが人間だ。

 この定義こそ、ヒトガタの持つ最大の特性。それが私に求められた用途であると理解して、その通りの性能を発揮するべく認識を深める。

 

 開き始めた視界には、自分ではない誰かの姿が映っていた。

 起動を始めたばかりの機能は不十分で、入ってくる情報は不確定なものが多い。

 そんな不足だらけの条件でも、該当する人物は一人しかいない。この人の存在こそが私の目的で、私の意味そのものだから。

 

 この人こそが私を鋳造した造物主。

 私は『道具』として、この人のために製造された。疑問には思わない。それは単なる事実でしかない事柄だ。

 

 私の製作者。私の師。

 私は彼女に創られて、彼女に教わり、彼女によって使われる。

 私の身命は彼女の意思に決められる。何の迷いもなく、私はそれを受け入れる。

 それが意義。それが用途。師のための道具として、そのように私は生まれたのだから。

 

 固有名称、ラニ=Ⅷ。

 人造人間(ホムンクルス)。8番目。最後の並行変革機(パラダイマイザー)。来たる未来に対応させた新人類(ニューエイジ)

 自分の全てを承知して、私はこうして"誕生(ロールアウト)"した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 観測する。分析する。解明する。

 新たに得られた情報を照らし合わせ、既存の知識との不一致を探し当てる。

 この五感を通じて、見下ろす先に映る景色の比較作業を、私は澱みなく行っていく。

 

 様々な学業を行うために、多数の設備を取り揃えた学舎。

 運動行事に従事するために、広大なスペースを確保する校庭。

 また専用の屋内活動のための、体育館や武道場など。

 それは知識としてある『学校』の景色。主に10代期の少年少女を対象にした教育機関。

 記憶している情報との不一致は何もない。むしろ知識でしかなかったこちらの不足分を補って、実感による更なる理解を与えてくれる。

 

 行き交う人々、そこで行われる営みまで、違和感となるものはない。

 完璧と呼ぶより他にない。ここにある総ては『本物』と遜色ない完成度を持っている。

 ここまで真に迫ったのなら、現実と虚構の区別だって意味を無くすだろう。この場所は人類が生きている現実世界にさえ匹敵する領域だ。

 

 霊子虚構世界『SE.RA.PH(セラフ)』。

 ムーンセルの内側に創られた電脳の異界。月を回すための都市型のエンジン。

 ここに映る世界の全てが、脳内のみで処理された虚構の景色。だというのに五感が受け取る情報は、紛れもなく『実在するもの』として体感させる。

 凄まじいとしか言い様がない。未だ人類では如何なる手段を用いても到達できない技術水準。こちらの技術では、ムーンセルに承認された正規の手順を踏まなければ、僅かな区画に干渉することさえ容易ではない。

 これは確立された一個の"世界"だ。ヴァーチャルリアリティの領分を遥かに超越して、情報によって編まれた『第二の現実』がここにはある。

 

 現状、この世界で活動できるのは魔術回路(サーキット)を持つ魔術師(ウィザード)だけ。

 視覚、触覚の電子変換を上回る自己精神・肉体の霊子化。即ち、電脳世界内における魂の物質化を可能とするのは、特殊な才能(タレント)を持つ限られた人種のみ。

 人類全体の比率からすれば極小数。しかしアプローチの手段はほぼ確立し、やがては通常の人間たちのアクセス方法を完成させる事も不可能ではないだろう。

 

 私は見極めなければならない。

 月が、人類にとって存続の鍵となる『開拓地(フロンティア)』足り得るのか。

 肉体を捨て、電脳の存在にその身を変革させるとしても、滅びを回避する可能性と成り得るかどうか。

 それが師より与えられた"主命(オーダー)"だから。私は師の意思を忠実に実践し、求められた成果を獲得しなければならない。

 

「レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。彼の星は世界を照らす明星。遍く人々を照らし出して、未来にあるのは約束された安寧と、緩やかな衰退という自滅だけ」

 

 私は師の道具。師の言葉こそ絶対。

 聖杯を手に入れる使命もまた、師が与えたもの。

 私の存在はそのためにあり、この身体に与えられた機能から必要な性能を発揮する。

 

「遠坂凛。彼女の星は燦然と輝く孤高の光。それは強く、他を魅せるものではあれど、決して世の行く末までも照らし出せるものではない」

 

 師は言った。

 他者(ひと)を知れと。

 人形である私に、命を入れる者が居るのかを見よ、と。

 師が言うのであれば、私は探さなければならない。

 多くの人間の在り方を。それが人形(わたし)の生命と成り得るのか、観測を以て知らなければならない。

 

 星は常に事象を照らしている。

 全ては因果の流れのまま、星々の引き出す因果律の語りに耳を傾ければ、それはあらゆる事象を見通すことに等しい。

 過去も、現在も、未来も、星が繋げる因果は全てに通じ合っている。見るべき道筋さえ知れたなら、星が導く占星術(アストロジー)は知るべき事を教えてくれる。

 

「多くの人の星を詠みました。ひときわ輝く星も、そうでない路傍の光も。

 けれど、未だに探している者は見つかりません。師から伝えられた人の有り様、詠んできた者たちも千差万別ではありましたが、どれも既知のものだった」

 

 師が私に与えてくれた多くの知識。

 そこには当然、人というものの生態、その在り方についても。

 学んだ知識は今も即座に記憶の中から引き出せる。師からの教えに欠損は一切ない。

 

 だから、既知では駄目なのだ。

 師は言った。私に命を入れる者を探せと。

 探すとは、新しい概念の探求。未知よりの発見を希求すること。

 もしも私を生命たらしめるのならば、それは既知ではあり得ない。道具としての定義を施されたこの身を変革させるものがあるとすれば、未知から生まれる衝撃だろうから。

 

「私は探さなければなりません。もっと多くの星を詠み、多くの人を知らなければ。師の告げた未知なる人の何たるかを。

 だから私はあなたを知りたいのです。あなたの星は最も強く輝いて、かつ最も危うく一定しない。星が導くあなたの行く先は、未知へと続いている」

 

「ほう。それはまた、こうまで評価を貰えるとは光栄だな」

 

 相対するこの人物こそ、現状における最大の不確定要素(イレギュラー)

 強者であるのは間違いない。けれどその有り様は、同じく強者の頂きに立つ少年王とは明らかに異なる。

 それは因果の繋がりさえも狂わせる、可能性という強さ。たとえ星を詠もうとも、彼という人間が発する力はその結果さえ覆す。

 

「気になるというなら俺の方もだ。おまえたちの秘密主義は、ほとほと感心させられる徹底ぶりだったのでな。

 地上では機会に恵まれず残念に思っていたが、こうしてそちらから接触を持ってくれるとは嬉しい限りだよ。

 ――アトラス院、現代に唯一残った古き魔術師の徒党たちよ」

 

 彼の名は、甘粕正彦。

 求める誰かを探すため、師からの"命令(オーダー)"を果たすために。

 この聖杯戦争において、殺し合うべき相手である彼と、私は接触した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "アトラス院"

 

 エジプトに在るもう一つのアトラス山脈。

 蓄積と計測の院。魔術の祖、世界の理を解明する錬金術師の会。

 かつて機能していた魔術協会、その三大部門と呼び称された一角だ。

 

 ――その名を、『巨人の穴倉(アトラス)』とも。

 

 その実態は、外部の者にはほとんど知られていない。

 それはアトラスの錬金術師の性質に因る。外界より断絶し、地下深くへと潜り、孤独の内で研究に没頭する。俗世の一切を切り捨てて生涯を費やす学究の徒だ。

 そこから去る者はいない。来る者は拒まずとも、去ろうとする者は決して許さない。ここで創り出したものを持ち出すことだけが、アトラスにおける唯一の禁忌だから。

 何をしようとも構わない。何を創ろうとも構わない。ただし、それが公開されることも決してない。研究の後は単なる結果として、計測の価値を喪失して廃棄される。

 遥か古の開祖の時代より変わることのない歩み。知識を集め、手段を探り、何度も何度もやり直しながら、成果は表に出ることはなく観測と演算だけが繰り返される。

 

 その研究は、中世以来の物質の流転を主とする現代錬金術とは明らかに異とするもの。

 彼らは魔術師というよりも、自身の肉体をマン・マシーンとして扱う異能者であり、人体をより適切に知性を働かせるための容れ物と定義した。

 思考分割、高速思考などの人体を演算装置とする術式に特化し、魔術回路数自体は少なく、またそれを問題にもしていない。

 『自らが最強である必要はない。最強であるものを作ればいいのだから』。それがアトラスの錬金術師の主張であり、図らずもその正しさは現代で証明された。

 

 『大崩壊(ポールシフト)』以降の魔力の枯渇、それに伴う神秘の消滅。

 魔術師たちは手段を失い、魔術協会は崩壊したが、マナに頼らない魔術大系を持つ錬金術師のみが旧き魔術の探求を続けられた。

 アトラス院は変わらない。古き魔術師たちの残党を受け入れることもせず、新しき管理世界の構築に手を貸すこともない。

 変革する世界の中でも、彼らだけは閉鎖した社会を維持しながら、自らの探求道を歩み続けている。誰にも知らせず、理解もされず、ひたすらに孤高なまま。

 

 誰かが言った。『光さえ抜け出せないという生きた奈落』と。

 また誰かが言った。『アトラスの封を解くな。世界を七度滅ぼすぞ』と。

 それは荒唐無稽な噂話であり、真実を指し示す一端でもある。

 彼らは穴蔵から出てこない。奥底には地上を焼き払える力を持ちながら、それでも自らが歩む道筋を曲げようとはしなかった。

 

 アトラスの錬金術師が挑むべき唯一つの命題、それは『人類の滅びを回避すること』。

 初代院長が観測したという滅びの未来。不可避とされるその未来を回避し、新たな人類存続の未来に繋げることこそアトラス院の至上目的である。

 そのために彼らは思考と計測によって未来を観測する。幾千、幾万、幾億と繰り返される試みで、事象にすら追い付く予測を築くのだ。

 生涯を穴蔵に潜み、どれだけ肉体を造り替えようとも、ただ自己への埋没でもって叡智が真理に到達するために。

 

 予測こそが事象を見据え、観測によって事象は築かれる。

 あらゆる知識を集積し、永劫のような過程の中でひたすらに臨み続ける。

 幾度挫折に折れようと、幾度狂気に呑まれようと、それでも尚、我々はこの"誇り(オーダー)"を遵守しなければならない。

 

 それこそが、アトラスの錬金術師が体現すべき有り様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――見事だな」

 

 こちらの話を聞き終えて、甘粕氏はゆっくりと噛み締めるように頷いた。

 

「謎多きアトラス院。旧代の魔術師の中でも、その存在は未知とされてきたが、なんともまた俺好みに骨のありそうな者たちであることか。

 おまえの故郷に敬意を払おう、ラニ=Ⅷ。古来より変わる事を良しとしない信条の気高さ、貫かれてきた命題へのたゆまぬ意志を、俺は心からの尊敬でもって寿ごう」

 

 とても直接的な賛辞だった。

 その様子には他意がない。五感が伝える情報は、彼が嘘などついていないと受け止める。

 ある意味で分かり易い。奔放に表へ出される覇気の念は、己を偽る必要がない強者であることの証明だとも言える。

 自然体のままで、息苦しいほどの気迫が発せられる。決して敵対的ではないというのに、気を緩め難い。彼の光は少年王とは性質を異とする灼熱の陽光だった。

 

「あなたの言葉は論理的ではありません、甘粕氏。好みとは言いますが、いったい何を指した言葉なのですか?」

 

「俺は人の勇気を愛する。難関へと挑む気概を、怖れを乗り越え前に進まんとする意志を、何よりも美しい人の価値だと思っている。

 俺はそもそも魔術師という人種が嫌いではない。俗世から外れ、己の探求を貫こうとする姿には確固たる意志を感じる。それがなんであれ、揺るぎない信念を持って挑む姿とは魅せるものだ」

 

 甘粕氏の言葉は、成果を指してのものではない。

 勇気。気概。意志。どれも心の有り様を示す言葉。

 行動の如何は何でもいいと言う。ただ行動しようとする動機、そこに至るまでの感情の発露にこそ重きを置いている。

 

 確かに、人にとって動機となる感情は重要だ。

 行動には理由がある。そこに至る因果があるからこそ事象は発生する。

 過去があるから未来は繋がり、現在を観測できる。それは人理が証明する絶対の原則だ。

 そういう意味では、甘粕氏の言葉は正しい。好意を持っているという彼の言葉も、真実であると判断できる公算が高い。

 

 だが、過去の情報は、同時に異なる側面を証明している。

 甘粕正彦という人物は、言葉通りの好感だけで判断して良い相手ではないと。

 

「あなたは過去に何名もの魔術師たちを殺害しています。偶然による事象ではなく、意図した行動の結果として。それがあなたの殺意を証明するのなら、その発言は矛盾しているのでは?」

 

 記録された事実は語っている。

 魔術師狩り。そう呼ぶに相応しい所業に甘粕氏は手を染めているのだ。

 物部。ガリアスタ。アグリッパ。伊勢三。グルジエフ。記録に上がる名は、マナの枯渇した現在においても、魔術師としての体裁、力量を保ち続けてきた家柄ばかり。

 情報によれば懇意としていた名も幾つか含まれている。それらさえ最期には切り捨てる所業は、しかし利権絡みではあり得ない。術者を手にかけた後には、残された秘蹟までも同じように焼き払ってしまっている。

 無作為な破壊、それはまるで一時の感情だけで手を下したかのような。理由の見えないそれらの行動は、いったい何を意図したものだったのか。

 

「よく知っている。アトラス院は世界中の情報を集積しているとは聞いていたが、ここまでとは。

 だが前言を翻すつもりはない。俺は魔術師とも呼べぬ屑を殺したまで。一時は友誼を結んだ者も中にはいたが、なんとも興ざめする中身を見せられたものでな。

 神秘は尽き、もはや魔術は世界から失せた。その期に及んで、魔術師という在り方に見栄として縛られている。俗人まがいの魔術師など滑稽でしかあるまい。

 ただ醜態を晒し続けるだけだというのなら、引導を渡してやるのは情けだと思わんかね?」

 

 魔術師とは、刻印によってその在り方を強制される。

 その家に生まれた者には絶望の挫折など許されない。継承された刻印は魔術師を生かし、必ずや次代へと繋げるように動かすのだ。

 それこそが魔術師の宿業であり呪い。その呪いは神秘が絶えた今でも消えてはいない。彼らは魔術師であるが故に、魔術が無くとも魔術師として生きなくてはならない。

 そこにあるのは信念か、それとも諦観か。あるいは力を持つ者、真理を識る者としての矜持かもしれない。その力が、真理が、既に消え失せてしまったものだとしても。

 それは魔術師の在り方から外れている。神秘を学び、根源へ至るという、ただそれだけを目的とする探求者。魔術で起こされる奇跡など、瑣末な副産物に過ぎないのに。

 

 甘粕氏にとって勇気という言葉は、とても前向きなものを指すのだろう。

 それが何であれ、自らでその意味を認め、守り通そうとするのなら、その意志は美しいと。

 だから、それを違えたり、誤魔化そうとする者に、彼は容赦しないのだろう。間に親交があろうとも、彼の価値観が醜いと感じたなら手を下すことを躊躇わない。

 

「無論、それはおまえたちにも言える。先には賛辞を贈ったが、それは己で語った在り方を真に貫いていた場合の話だ。

 人類の滅びを回避することが命題だというのなら、何故今も孤立を続ける? 変革しようとする世界に対し、尚も沈黙したままというのはどういうわけだ?

 思考と論理を以て未来を計測するというおまえたちのやり方は分かったが、手段を模索するばかりでは無意味だろう。現実に動こうとせぬ者に掴める未来などあるはずがあるまい。

 なあ、どうなのだ? アトラス院とは、理念を謳うばかりの木偶の集まりか?」

 

「その選択とはアトラスの意義を奪うものです。人類の終末に備え、滅びに対する答えを導き出すことがアトラスの在るべき道。我々が穴蔵より出れば、発生する意味の連鎖が観測の視点を歪めることになります」

 

 ちょうど、このムーンセルがそうであるように。

 数理の化身。その存在用途は、アトラスの在るべき理想とも言える。

 我々は当事者となってはならない。役割からの逸脱は、解答への数式を歪ませる混迷しか生み出さないのだから。

 

「現状の社会にアトラスの求める解答はありません。西欧財閥の支配は人類の滅亡を加速させる。少年王(レオ)の支配の確立は、緩やかな滅びへの道筋へと乗せるものです。

 そして他の勢力にも、それを覆せるだけの要素を持ちません。遠坂凛のように、一個人、一勢力のみを範囲とした認識では、変革とは成り得ない。

 向かう未来の確立こそが何よりの急務です。人類が滅亡を回避するため、取るべき選択肢とは何なのか。現状勢力への対立や協力など大した成果とはならない。この混迷を解決したとしても、未来は何も変わらないのですから」

 

「だが、混迷へと立ち向かわねば成長もあるまい。成長の先でこそ見い出せる未来もあろう。

 それは進化という可能性だ。不確定なのだろうが、人は進めるものだと俺は信じている。その可能性をアトラス院では考えないつもりか?」

 

「いいえ。人の進化とは存在し得る可能性です。その方が建設的であり、また手段を見出すのに容易であるのも認めています。

 そして同時に、その考察は既に成され、果ての解答とその破棄も成されている。それを踏まえても滅びから逃げ続けることが最善であるとアトラスは結論しました」

 

「ほう。俺からは出そうにない考え方だな。何故そのような結論に至ったのだ?」

 

「その答えは明白です。何故なら、()()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()

 人類は成長してはならない。滅びてはならない。このまま永遠に、生命の未熟児のまま変わらず、滅びから逃げ続けなればならないと、それがアトラスの結論なのです」

 

 それは歴代のエルトナムの、そして現在のエルトナムによる結論だ。

 たとえ種としての変態・退行は容認しても、人類は進化の選択だけは選んではならない。

 結果として、その選択はより大きく絶対的な破滅をもたらす要因となる。だからこそアトラスは、とても前向きで受け入れ易い、進化という解答を断念した。

 

 結論を告げてから、私は改めて甘粕氏へと向き直る。

 考えるまでもなく、この結論は甘粕氏の意と反するものだ。

 場合によればこのまま決裂もあり得る。彼の気性を考えれば、ここで刃を抜かれる事もあるかもしれない。

 応戦の準備は整っている。すぐにでも反応できるよう身構えながら、次の甘粕氏の行動を待つ。

 

「よく分かった。その意志を認めよう。侮辱については謝罪する」

 

 しかし、そんな私の警戒と裏腹に、返ってきた甘粕氏の言葉に敵意はない。

 むしろ好感触を与えたようにも見られる。こちらの結論を聞き届けた甘粕氏は、先までよりも幾分か和らいでいるように感じられた。

 

「否定なさらないのですか? あなたが目指す願いにとって、この結論は受け入れられないものなのでは?」

 

「思想は確かに気に食わん。だがその解答に至るまでの信条、確固たる覚悟でもって己の道を定めた決意には、俺の心を震わせる"真"を感じ取った。

 何も選ばなかったわけではない。おまえたちは『何もしない』ことを決断したのだろう。その勇気を否定することがどうして出来よう」

 

 勇気。

 アトラスの結論を、甘粕氏はそう形容した。

 前向きで好いものだと。自身と真逆の思想に対してまで、彼は揺らぐことなくそう評した。

 

「人類にとっての正解答が一つしかないのなら、それは動物であった頃の話だろう。人は各々が違う。ならば思想とて同様だ。我も人、彼も人、故に対等、基本である。

 ここには己と異なる考えがある。ならばそれを認め、その信念に敬意を持つだけのこと。それが輝き足り得る強さを備えているならば、俺はその考えを笑わんよ」

 

 甘粕氏は、アトラスの結論に敬意を払っている。

 人類の未来を憂い、その滅亡を回避せんとする理念と行動を、善いことだと。

 価値観の数だけ差異がある。その違い、己の主張の正当化のためだけに否定せず、正しく認識した上で結論を出したのだ。

 

「互いの理念が違い、決して相容れぬ道だというのなら、敵対の暁に雌雄を決すればそれでいい。元よりここはそういう舞台なのだからな」

 

 その様は堂々としていて、一片の迷いさえ見られない。

 それはまるで、事の真偽を決定する裁定者であるかのように。

 

「公正、なんですね」

 

 理性的に見えながら感情的。多くを識り、稀代の能力を持ちながら、一方でそれらを棒に振るような短絡さを見せることもしばしば。

 論理では表し難い甘粕正彦という人物。混沌の属性をそのまま表したかのような気質、その本質を示す一端はそこにある。

 荒れ狂う天災のようでありながら、同時に感じる徹底した整然さ。裁定の人物評においては、彼は決して感傷で見誤ることなく冷然と裁決を下す。

 それは超越者が持つべき精神構造だ。甘粕正彦という人間は、少なくともその精神において、既に人間の領域を逸脱している。

 

「生命を与える者を探していると言ったな」

 

 それは甘粕氏に対し、私が最初に申し出たこと。

 

「人形の如き有り様に、人としての自立した心をもたらす。意味合いはそんなところだろうが。

 それは師が言ったからそうするのだな? おまえ自身から発せられた願いではなく、あくまで師の意思を遵守せんがためにそうするのだと」

 

「はい。それが師の導きならば、私は従うまでです」

 

 疑問には思わない。道具として当然のことだから。

 師が求めることを果たすために私は生まれた。師の言葉に従うことが存在意義。

 それがどのようなものであれ、師が下した『命令(オーダー)』ならば、私はそれを遵守する。

 

「ならば訊こう。おまえは、おまえ自身は、師の下した命令に対して如何なる考えを持っている?」

 

「その思考に意味はありません。それが師の言葉なら、私は従うまで」

 

「違う。そうではないな。おまえは考えなくてはならんのだ。

 人を知れと言われ、おまえはそれを果たしたいと言う。ならばそのためにも、おまえは道具としての領分を超えた思考を抱かねばならない。

 知るとは、考えることだ。論理を組み上げ正解を導き出すのではない。芸術の美しさをありのままに感受するように、おまえ自身の心で感じた意味を見つけるのだよ」

 

 ……そう、なのだろうか。

 私は師の道具。それが私にとっての存在意義。

 だが師が、私に生命を容れる命じるなら、この身体の性能を以てそれを果たさなければならないのなら。

 人としての思考を、そこに伴われるべき感情を、自らで構築していかなければならないのか。

 

「師は……師は……」

 

 解答が出てこない。

 何を以て正解とすべきなのか、論理が繋がらない。

 感情とは不具合の塊だ。繋がると見えた事象でさえ、感情によって異様な飛躍をする場合がある。

 相互補助して円滑に運営されるシステムではない。相互で接触することで突然変異的な反応を示すのが、心という事象だから。

 

 この身体が、如何に人より効率化し優れた演算性能を有しているとしても。

 それは心の理解には役立たない。数式の導けない反応には、精度は何の意味もなさない。

 思考は不整合と棄却を繰り返す。まるで欠陥の露呈した機械のようだ。頭の中で鳴り続けるエラーの音が、人間以上を求められた私の不備を突きつけている。

 

「答えは出んか。なら少々質問を変えよう。

 聖杯戦争に参戦し、この戦いを勝ち抜くように命じた。ならば何故、同時にその強度を落とすような命令をおまえに出したのか。

 計測からの算出こそがおまえの力ならば、恐らく心など持たん方が性能として上だろう。この矛盾、戦術でいって悪手でしかない選択の理由はなんだと思う?」

 

 ……確かに、その事実に対して反論は出来ない。

 ただ勝利だけを希求するのなら、心の理解は不要だとしか判断できないから。

 何度シミュレートしてみても、結論は同じ。余分なリソースを割かれた性能は低下し、勝率も下がるだけ。等価と成り得る意義は見い出せない。

 

 しかし師は、その命令を私に下した。

 今の私には至れない、師には至れた解答があるということ。

 至れないのは演算のための情報が不足しているから。その不足分こそ心の理解にあるのではと推測する。

 まるで因果性のジレンマだ。心の意義を知るためには、心を理解しなくてはならないなんて。

 

「あなたには、その答えが分かるのですか?」

 

「さてな。なにせ俺は、おまえの師と口を利いたことはおろか、顔を合わせたことすらない。

 人物像は想像の域を出んし、何を言っても推測だろう。最も身近に居たであろうおまえに対し、確実だなどとはとても言えんな」

 

 当然の解答だ。

 甘粕氏と師の間に接点は一切ない。分析のための前提情報が欠落している。

 無意味でしかない質問。これもまた私から発生する"失態(エラー)"だった。

 

「……だが、そう難しく考える事でもないと思うがね。恐らくは単純な答えなのではないか」

 

 そして、何気なく続けられたその言葉が、私の中の不具合をより大きくした。

 

「どういう意味でしょう? この矛盾を解消させる結論が、単純なものであるとは」

 

「そのままの意味だ。変に理屈や効率で考えなくて良い。実に人の心らしい答えだとも。

 が、言葉にするのは控えておこう。分からんのなら尚の事な。試行錯誤の後にこそ得難い理解はある。答えだけを与えられても掴めるものは何もないぞ」

 

 確かにと、私は頷いた。

 結果に繋がる過程を持たなければ、どんな観測も根拠足りえない。

 試行することで理解が得られるのには同意する。甘粕氏の言葉に私は納得を示した。

 

 ……消えない不具合の解消のため、すぐにでも答えが欲しいと言いかけたのを抑えながら。

 

「頼ってきた手を無下にはすまい。見返り云々の話はひとまず置いておくとして、敵対せん限りは伝手を通しておこう。ある種の同盟関係のようなものか。

 果たして師の期待に沿える形となるかは分からんが、おまえに生命を吹き込むため、俺なりに努力してみるとしようか」

 

 甘粕氏は、こちらからの申し出を了承した。

 相手にとって何の利益も出ない申し出。見返りの協力は惜しまないつもりだったが、特に詳細を提示することなく決まってしまう。

 何が彼にとっての理由となったのか。検証してみたが、やはり答えは出なかった。

 

「ところでだ。話を聞き及んだ上で、一つ訊いておきたいことがある」

 

「なにか?」

 

「なに、言ってしまえば当然の疑問だがね。心を与える者を探せと、おまえの師は言ったそうだが、何故その役割を己自身で果たさなかったのか。

 造物主ならば、おまえにとっての親も同然だろう。心の萌芽を求めたならば、それは己の手で導くのが筋だろうに。

 何故、放棄した? つまらん泣き言ならば聞きたくはないが」

 

 師は、私にたくさんの事を教えてくれた。

 この身に蓄えられた知識は、全て師より授けられたもの。

 物も、人も、自身の行動の意義に至るまで、私の世界は師の教えが基準となっている。

 

「現在のアトラスに生命は存在しません」

 

 師は、役割を放棄したのではない。

 己でそれが果たせなくなったから、その後に続く役割を私自身に課したのだ。

 

「しかし、たとえ錬金術師の命が絶えようと、創造物が稼働する限りその研鑽は無益ではありません。自身が最強である必要はなく、最強であるものを創造せよ。それがアトラスの錬金術師が掲げる理念なのですから」

 

 道具の出す成果とは、即ち所有者の成果に等しい。

 錬金術師の本質は創造。創造物が結果へと届くのなら、その意義は果たされる。

 たとえそのために命尽きようとも。私が存在する限り、師の意思は続いている。

 

「私が、最後のアトラスです」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 大崩壊(ポールシフト)以降、明確に顕在化してきた社会の停滞。

 資源は底を見せ始めた。経済は低迷の一途を辿っている。出生率は目に見えて低下していた。

 取り掛からねばならない数々の難題。それに対し人類が出した結論は、西欧財閥を中心とした管理社会の樹立だった。

 

 適切に配分される資源。

 寿命に至るまでスケジュールされた一生。

 物も、人も、管理者が目指すのは最善の効率化社会だ。

 競争による消費は不要と判断され、自由の謳歌は不適切と烙印される。

 それでも住まう人々は反対の声を発さない。管理を非難する声は、常に社会の外側から。

 飼い慣らされた人々は、ただ健やかに生きる事だけを求められた人間は、そんな状況を受け入れてしまった。

 ここには衣食住の全てが揃っている。余分な欲望さえ無ければ、生きていく上では安泰だ。

 ならば生存への本能は必要ない。文明の発展はここまでで十分だ。既に人類(わたしたち)は、納得できるだけの幸福を手に入れているのだから。

 

 人類は感情によって繁栄を手に入れた動物だ。

 この地球上の生態の頂点に立てたのは、感情こそが最も強力な武器だからに他ならない。

 鋭利な爪よりも、獰猛な牙よりも、地を駆け抜ける俊敏さなどよりも、それは恐るべき威力を発揮する。

 恐れるからこそ、欲するからこそ、人は今以上の力を手に入れ続けてきた。生存の効率だけを求めていたのなら、発達はそこで止まってしまう。

 感情という燃料を持つ人類は、だからこそ繁栄の歩みを止めなかった。あらゆる天敵を駆逐して、星を貪り喰らおうとも、栄華の欲求を満たし続けた。

 

 だから、その感情を失ってしまえば、それは生命としての破綻を意味する。

 

 それは安寧という名の毒だった。

 種としての覇権を握り、自己保存を保障され自己改革を不要とされた人類は、繁殖と繁栄を本能や義務として捉えなくなった。

 総ては趣味の領分。選ぶも選ばないも個人の自由。それほどに人の価値観は広義に渡り、生命の本質さえも容易く捻じ曲げる。

 強くなりすぎた人の心は、だからこそ進歩の選択を取らなくとも良くなった。痛みを伴う前進など必要とせず、ここにある幸福を甘受するだけで満足できる。

 

 趣味である内は、まだ救いがある。

 争いが存在する内は、足掻きの余地もある。

 それさえも失った時、人は緩やかな自死へと至る。

 恐れることを忘れてしまう。増えようとするのを止めてしまう。考える事をやめてしまう。

 開拓の熱を、解明の熱を、繁殖の熱を、生存に懸けるあらゆる情熱を失ってしまうだろう。

 停滞の果てに至る滅亡。争いあったのでもなく、外敵に攻撃されたのでもなく、感情という燃料が尽きた事で人は自らの歩みを止めるのだ。

 

 西欧財閥の支配は、その滅亡を加速させる。

 観測は語る。彼らの支配の完成は、種の滅びを確定させる事象要因であると。

 一度進歩の歩みを止めてしまえば、もはや手遅れだ。停滞に陥った人々の意識は立ち上がる事を良しとせず、後にはひたすらな衰退の道があるばかり。

 

 だが、ならば進化へと至る道をと言うのなら、それも否決される。

 今の人類がその方向性のまま進化しても、先にあるのはより絶対的な破滅だけ。

 殺せ、拓がれ、奪え、栄えろ。いつだって人の世界はそうやって進んできた。

 生存競争を肯定するのなら、星を枯らしてでも先を目指すのが人の在り方だ。

 

 進化の先でもそれは変わらない。

 脆弱な肉体を脱ぎ捨てて、より貪欲な繁栄を目指すのなら。

 あらゆるものを壊し、喰らい、足りなくなった燃料(よくぼう)を満たしながら、終わりのない進撃を続けるだろう。

 母なる地球を枯らそうとするように、今度は宇宙までも貪り尽くすのだ。

 

 きっとそれは、どうしようもない生き物だろう。

 それでも人は止まらない。どれほどに業深く、何と敵対することになろうとも。

 全ては生きて、栄えるために。そのように進んできた我々は、せめてそうする事が責任だというように。

 たとえ先に待っているのが、喰らい尽くした末の何も残らない破滅であってもだ。

 

 停滞も、進化も、それは滅びに繋がった道筋である。

 別の選択肢を探さなければならない。さもなくば破滅の結末は変えられない。

 生きる事を諦めず、生きるための欲望を肯定せずに、滅亡の定めから逃れる道を。

 

 それこそが、この砂漠の地に悠久の時から刻みつけてきた、我々の命題であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そう。出発から、アトラスの向かうべきは一つだけ。そうでなければ課してきた役割の意味がない。積み重ねた歴史の価値がない」

 

 昏い穴蔵の奥で、私は彼女の声を聞いていた。

 

 冷静な声だった。

 非情な声だった。

 俯瞰する観測者の視点。それは感情の不整合を認めない演算器の在り方。

 人が感情の動物ならば、彼女の有り様は人らしさを排している。そう在るように自身へ課して、そこから揺らぐことを許していない。

 

「神秘を探求し根源への到達を目指す魔術協会。

 異端を排除し世界を一択にしようと聖堂教会。

 そして人類の終末に備え、滅びの後に立ち上がるものを造るアトラス院。

 各々が役割を持ち、均衡を取りながら徹することで成り立ってきた相互関係。そのバランスが秩序であり、世界を支えてきたものだった」

 

 彼女は事実を追い求めている。

 根拠のない仮定に意味はない。中身のない空想に用はない。

 事象と理論の整合性に導かれる答え。演算の先に観測された未来こそ、彼女は俯瞰する。

 事実とは、余分な解釈を持たない答えの事だ。他に変動の余地がない結果だからこそ、定数として扱える根拠となる。

 

「世界からは魔力が枯渇し、神秘はついにその命脈を断った。魔術協会は崩壊し、聖堂教会もまたその意義を失いつつある。

 ですがそれでも、アトラス院の在り方だけは変わらない。たとえ世界がどのように変化しようとも、そこに人類史が存続する限り、我々の観測に終わりは無い。

 この“大いなる作業(マグヌス・オプス)”を全うし続ける事だけは、厳守されなければならない」

 

 それは正しい在り方だ。

 アトラス院の現院長として。アトラシアの名を継いだ者として。

 停滞も進化も選ばずに、終末より遠ざかる道を選び続けるために。事象を変換し未来を観測するアトラスの錬金術師の理念に彼女は最も則している。

 

「未来を見つけなければなりません。やがて訪れる終末に、意味を持った解答を。歴代のアトラシアたちが挑んだ命題へと、私もまた臨む。

 それがアトラス院の禁を破り、観測の役割から外れ当事者となることだとしても。この穴蔵で傍観者のままで居続けることは、未来を選ばないことと同義なのだから」

 

 彼女の名は、シアリム・エルトナム・レイアトラシア。

 

 アトラス院の長たるこの人は、その禁忌を犯そうとしている。

 この穴蔵から出る。事象の一端を担う者となり、自らが未来を築く一因となる。

 調査とはわけが違う。それは明確な干渉だ。それがアトラスの理念に反する事だと、彼女自身が誰よりも承知している。

 

 それでも、彼女は決断した。 

 未来を見つけるために。終末へと答えを出すために。

 傍観者のまま、未来を選ばないままに朽ちることを、この人は選ばなかった。

 

「故に、私は持てる技術と資源を尽くして、あなたを鋳造しました」

 

 だから彼女は、我が師は、『ラニ=Ⅷ(わたし)』という道具を製造した。

 

「旧き魔術師(メイガス)は消え失せて、電脳の領域に活路を見いだした次世代の魔術師(ウィザード)たち。その枠組みにおいて、あなたは現行の人類で最高の性能を誇るでしょう。

 そしてあなたは"月"へと赴く。人類にとっての未曾有にして未知数、あの太陽系最古の『古代遺物(アーティファクト)』に触れるために」

 

 委細すべて、理解している。

 それが私の製造理由。存在意義。師が与えた至上の『主命(オーダー)』。

 この身に搭載された性能は、そのために。人類に決定的な分岐点を与える、生命の誕生よりこちらを観測し続けている"月の眼"に手を伸ばす。

 

「それが人類の未来を拓くものであれば、それで構いません。

 しかし、もしムーンセルが人類の手に余るものであれば、破壊してでも封じなさい。

 どうあれ、その機能は正しく万能の願望器。あらゆる空想を現実へと変換する事象選択樹。個人が世界さえ凌駕するのなら、放置はできません

 全能にも等しい力を使いこなすには、人類の愚かさは不安要素が多すぎる」

 

 それが私に求める師の意思ならば。

 私はそれを遵守する。月に至り、月を見極め、師の意に沿って決定を下す。

 全能にも等しい力を持つというムーンセル。それを師が求めるのなら、道具である私が代わって手に入れる。

 

「"聖杯"を獲得するのです、ラニ=Ⅷ。それをあなたの最優先事項とすることを命じます。

 現世の全てを捨て、己の存在すら投げ打ち、理想の結末を追求した錬金術師がいたように。死を諦観して真理へと臨む事こそ、魔術師が魔術師として生きる意味なのですから」

 

 それはたとえ、自己の存在を放棄しても果たすべきこと。

 師が、自らの名に刻まれた理念のため、個としての意義を排したように。

 躊躇いを持つ不備はない。主命は絶対であり、遵守することが私の役割。自己保存の否定は忌諱すべきことだが、私の知性は主命の全うにこそ意義を感じている。

 

 それは、師のための道具である存在意味に加え、もう一つ。

 師が自らに律しようとする理念、その有り様に沿うことが正しいのだと、私は確かに認識していたから。

 

 

 





 というわけで、ラニ編の幕間です。
 3回戦までの間、あのイベントに至るまでを描いていきます。
 内容は主にアトラス関連で、師のシアリム辺りと心理描写を中心に。
 多分、次回で決着はつけられるかと思いますが、やや長くはなるかもです。

 今回の話で参考文献は『路地裏ナイトメア』と『月の珊瑚』です。


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