もしもExtraのラスボスが甘粕正彦だったら   作:ヘルシーテツオ

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2回戦:誇りある決闘

 

 聖杯へと繋がる迷宮(アリーナ)、2回戦の舞台となる第二層。

 第二の月想海に漂うのは、朽ち果てた古代都市。かつては栄華を誇ったであろう都の風景。巡りゆく時代の中で滅びていった衰退の歴史。文明の老いたる果ての景色が広がっている。

 

 その先、朽ち果てた都市の奥に存在する闘技場(コロッセオ)。それが2回戦の決戦の舞台だった。

 

 遥かな昔、剣闘士たちが命を賭けて、その武技を競わせた場所。

 舞台に立ったのは捕虜、奴隷などの下層身分が主であり、観衆の娯楽として彼らの命を浪費するその場所は、忌むべき歴史が生んだ負の遺産だとも言える。

 だが、舞台に立つ者にあったのは絶望ばかりではない。成り上がりの機会、喝采の誉れ、あるいは純粋な死闘を求めて、そこに生命を捧げた者らには熱があった。その熱狂こそが、身分を越えて平等に観衆たちを魅了する。

 生命の本質を闘争と捉えるのなら、この場所こそ生命の持つ真価、鮮烈なる輝きを発揮する最高の晴れ舞台であるだろう。

 

 時代は変わる。かつての文化は否定され、新しい価値観に置き換えられた。

 文明が進み、あらゆる人間に人権が保障されるようになり、死闘を見世物とする闘技場(コロッセオ)は野蛮なものとして葬り去られた。

 血塗られた舞台は記録の中だけのもの。その実体は遠い過去に置き去りとされ、忘れられた。

 

 それでも尚、人は"闘争"そのものを忘れ去る事はない。

 どれだけ時代が進み、生命が尊重されようが、人々はカタチを変化させながら戦いを肯定してきた。逃れられない業として、その本能を受け入れるように。

 

 ならば今この場所で、再現された舞台で再び幕が上がったのは必定とも言えるだろう。

 

 飛び交う矢と銃弾。響き渡る轟音はまぎれもない戦闘音。

 闘争の火が灯っている。かつての時代と同じように、生命の熱を上げる舞台が展開されている。

 まして舞台に立つのは尋常の者に非ず。人の幻想を担いし英霊たちである。サーヴァントという極上の剣闘士を得て、その舞台は過去にも類を見ない輝きを放っていた。

 

 軍装のアーチャー、織田信長。

 緑衣のアーチャー、ロビン・フッド。

 計らずも揃った同じクラス、各々の得物を振るい、二騎の英霊は激突していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――追われている、そう確信していた。

 

 追跡を振り切れない。こちらの動きは捕捉されていると見るべきだ。

 追い詰められていると自覚する。劣勢にあるのは承知だが、まだ諦めるには至らない。

 入り組んだ地形の中、硬い石造りの感触を踏み締めながら、駆ける脚は緩めない。余分な消耗を避けるようペースを維持し、気力は十分に漲っている。

 

 英国軍制式採用アサルトライフル『L85A2』。かつては己自身でも使っていた得物、電子で再現されたそれのずっしりとした重みを感じながら、ダン・ブラックモアは駆けていた。

 

 

 ――――分かっていたつもりだったが、これほどとはな……。

 

 

 空間に波紋が波立つ。光の繋がりが屈折し、目に映る光景が歪んで見えた。

 それは純然たる破壊の"(イメージ)"。さながら掌中の内で握り潰さんとする魔手の圧壊。

 投影されたイメージは現象化し、夢に描いた光景を再現すべく駆動している。

 

 それが己の進路上を覆い尽くしていると理解して、ダンは即座に横道へと逸れていた。

 

 次の瞬間に引き起こされる破壊圧。捻じ曲がる空間に連鎖して、その爪痕が顕わとなる。

 潰れて、砕けて、蹂躙される。範囲内に存在する悉くを破壊して、具現化した夢は過ぎ去った。

 辛くも範囲外へと逃れたダンであるが、それで緩みを見せる事はあり得ない。所詮、こんなものは手段のひとつ。今ここで敵対する者の真髄は、この程度であるはずがないのだから。

 

 破壊の過ぎた先より、足音が届いてくる。

 地を力強く踏みしめて、はっきりと響かせた音。その歩みには強固な意志が宿り、ただそれだけでも意志弱き者を怯ませる。

 それは勇者の行進だ。険しき試練へと自ら挑める、真に強き覚悟を抱く者、そして絶対の自信の持ち主だけが、その歩みで以て前に進めるのだ。

 

 着こなしたかつての帝国軍装、白い外套を翻して、甘粕正彦が堂々とその姿を現した。

 

 この7日目の決戦場において、サーヴァントはマスターを直接攻撃できない。

 それはムーンセルの定めたルールであり、絶対の制約だ。月の舞台に立つ限り、このルールからは如何なる英霊であっても逃れる術はない。

 聖杯戦争における戦いとは、サーヴァント同士による決着だ。過去にあった先例に倣い、サーヴァントはサーヴァントとの戦いのみに終始する。

 

 だが、そのルールにも穴はある。

 強大な存在である英霊だからこそ、課せられる数々の制約。しかしマスターに対しての制約の数は、それと比較すれば明らかに少ないのだ。

 この戦争は人間の、つまりはマスターが見せる行動こそが主題である。命を懸けた死闘という極限状態、その中で発揮される人間の価値の何たるか。それを観測する事こそが、絶対の観測器たるムーンセルの目的なのだ。

 ならば余分な制約など邪魔でしかない。あくまで生としての強さこそ観測対象。故にマスターには多くの自由が許されている。

 

 サーヴァントはマスターを傷つけられない。だがマスター同士でならそれも可能だ。

 ならばこうした事態も起こり得る。ここに本来の形式から大きく外れ、マスター同士による死闘が行われていた。

 

 甘粕の周囲、何もない空間に無数の金属弾が創形される。

 夢より生み出された架空の弾丸。されど、実際に及ぼす効果は実弾のそれと相違ない。

 それを生み出し、かつ操作するのは甘粕の意志。殺意という名の引き金を引き、ダンに向けての一斉掃射が開始される。

 

 駆ける脚は緩めない。地形の影を利用しながら、襲いくる弾丸を凌いでいく。

 目で見て防いでいるわけではない。それは戦場で磨きあげた経験則。銃撃が飛び交い、砲撃が宙を裂く怒濤の修羅場を生き抜いた生涯が、迫る危険を教えてくれる。

 ここは闘技場(コロッセオ)の内部。元よりサーヴァント戦を想定した決戦場の地形は盾の役割は十二分に果たしてくれる。防ぎ切る事は決して不可能ではない。

 

 だが、それだけでは凌ぐ事は出来ても、反撃には至らない。

 発射される弾丸が途切れない。ダンを襲う弾幕には、間隙がまるで見当たらなかった。

 それも必然、それらは全て甘粕の夢より生み出された弾丸である。

 甘粕の意志が続く限り、装填数は無限に等しい。未だ消耗の片鱗すら見せぬまま、甘粕は構えもなしに悠々と歩を進めていく。

 

 対するダンに出来る事は少ない。

 遅咲きの魔術師(ウィザード)であるダンは、その手数が限られている。即席であるが故の必然、習得する術式(コード)は限定しなければならなかった。

 サーヴァントを主眼に置く聖杯戦争の性質上、選ばれたのは補助系統。戦闘系の術式(コード)は一切習得していない。純粋な魔術戦において、ダンは半人前にも届かないのだ。

 

 されど、如何に魔術師でなかろうと、ダン・ブラックモアは軍人である。戦場に赴きながら己の武器を怠る事など、そのような不明は断じてあり得ない。

 

 横路に入り、階段へと脚をかける。後ろの通路では弾幕が通り過ぎた。

 死角に入り、一時ながらも弾幕が途切れた。拙い魔術で強化を施し、一気に駆け上ろうとする。

 だが相手の対応力もさるもの。未だ追い付かれるのに猶予がある中、弾丸は直進から軌道を変えて死角の内へと入り込んできた。

 階段は狭く一本路。防げる余地はない。弾幕が降り注ぐ中を全霊を込めて駆け抜けていく。

 幾つもの弾丸が突き刺さる。激痛の苦悶を精神力で抑え込み、決して速度は落とさない。

 そして、やはり死角の内では正確な射撃とはいかなかったのだろう。急所に届く傷はなく、ダンは弾幕の中を潜り抜けた。

 

 僅かに切れた息を整え、再びペースを元に戻す。

 視線を動かし先の地形を把握して、振り替えって敵の姿を待ち受ける。無論、その間にも駆ける脚を止めはしない。

 それは時間にすれば十秒にも満たないだろう。通常よりも遥かに長く感じた時間が過ぎ、足音を響かせて追跡者の気配が迫ってくる。

 そして、自分が先ほど通った場所、階段から続く通路より甘粕が現れるのを確認して、

 

 爆音と共に、炸裂した無数の礫が甘粕に浴びせかけられた。

 

 ダンに戦闘用となる魔術はない。彼の本分はあくまで軍人だ。

 軍人ならば、戦いに魔術など用いない。見掛けの規模より、優先すべきは安定した信頼度だ。様々に変化する戦況に見合う、適切な装備を想定する。

 礼装。あらかじめ術式(コード)が納められた、未熟な魔術師でも魔術の使用を可能とする特殊な魔具。ダンのが武装とするのはそれだった。

 通り過ぎる際に設置した、使い捨ての礼装。 現実世界での破片手榴弾に近いそれが、二方より挟み込むように炸裂し、甘粕を捉えていた。

 

 硝煙が晴れて、仕掛けの結果が明らかとなる。

 散弾による洗礼に曝されて、しかし甘粕の身は無傷。

 楯法の堅。具象化した夢が甘粕の身体を鋼に変える。硬化により得た強度で、身に降りかかった散弾を耐え抜いた。

 結果は無力化に終わったが、これでいい。元より即席の礼装程度で仕留められるとは思っていない。一時にでも、その場に脚を止めさせる事はできた。

 

 更なる礼装を投擲する。同じく使い捨ての術式(コード)が込められた礼装は、発動と同時に煙幕(スモーク)を散布した。

 甘粕とダンの間を深い煙が立ち込める。互いの視界は遮断され、両者とも相手の姿を確認する事は適わない。

 勿論、これで何かが決したわけではない。こんなものは所詮、一時だけの妨害にかならないだろう。打てる手立ては、それこそいくらでもある。

 

 だがその行動へと移すのに先んじて、視界が遮られているにも関わらず、標的を捉えた正確無比な射撃が撃ち放たれた。

 

 散布された煙幕には、通常にはない1つの特性が施されていた。

 この煙は魔術師(ウィザード)の魔力に反応する。さながら熱感知と同じように、強い魔力を放つ対象は浮き彫りとなって煙幕の中に映るのだ。

 ダンが多量の魔力を行使する事はない。自身の姿は遮られたまま、一方的な射撃を可能とする。

 

 種を明かせば、仕掛けは単純。戦術も、煙幕を用いた際のセオリーと言えるだろう。

 決して特殊な事ではない。戦場の経験を積んだ者なら予期できてもおかしくはない。

 それでも、ここは地上ではない。虚構により構築される『SE.RA.PH(セラフ)』という名の月の戦場。

 狙うとするなら、その錯誤。この現実に極めて近い環境故の誤認こそが隙となる。

 ダンの装いに特殊な所はない。視覚の不備に対応できる装備をしているようには見えず、ならばこその油断が生まれる。己と相手は同条件、不備は互いのものであると。

 

 だが何よりも、それを必殺たりえる一撃にしているのは、ダン自身の高い技量に依るだろう。

 錯誤は所詮、錯誤に過ぎない。相手が緩みを見せなければ意味はなく、また長く続くものでもない。全てが敵の判断次第である以上、確実さなど何もないのだ。

 思考の間隙、意識の緩み、そうした相手の気配を察知して、生じる好機を狙い撃つ。歴戦の中で身につけた経験と観察力がそれを可能とする。

 素早く、無駄なく、的確に機会を狙った射撃は、派手さはなくとも必殺を期するに足る威力を持っている。並の者ならば気付く暇さえなく仕留められているだろう。

 

 しかし、此度の標的は並ではなく破格。甘粕正彦はそれらを余さず予期している。

 射撃に合わせ、展開される防御壁。球状に包み込むように張られた障壁は、直進の弾道を描く銃弾を悉く反らせてしまう。

 術式自体は単純、使われた魔力も多くはない。消耗を最小限に抑えながら、甘粕はダンの攻撃を防ぎ切った。

 

 その結果を受けて、ダンは内心で歯噛みする。分かっていたが、やはり戦力が違う。

 これで手立てが尽きたわけではない。用意した手札はまだ幾枚もある。だがそれらのどれ一つとして、この男を相手に通用するとは思えなかった。

 やれる事が多すぎる。万能性が高い術式に加え、それを支える強靭な意志。判断力、決断力ともに、不足となっているものは一つもない。

 力に驕っているのではなく、英知を頼みとし過ぎるのでもない。全てを兼ね備える戦闘者としての完成度は明らかに自分を上回る。唯一勝るだろう経験も、差を覆すほどの要因とはならない。

 厳然たる事実として、甘粕正彦の方が実力は上なのだ。直接対峙すればこうなると、最初から分かっていた事だった。

 

 マスターはマスターを害し得る。故にこうした事態も起こり得る。

 ダンとてそれは理解していた。実力で劣る以上、あらゆる意味でも1対1の状況は避けるべき。そのためにはサーヴァントとの分断は防がなければならないと、戦いの前より承知していた。

 そう警戒した上で、こうなったのだ。決闘を開始した直後、圧倒的な物量より繰り出された一斉砲火。マスターである甘粕の魔術も混じえたその大火線に追い立てられ、アーチャーとは強制的に引き離された。

 警戒し、対策を打とうとも尚足りない。明確な実力差とはそういうものだ。こちらの思惑は潰されて、相手側の掌中にある現状を強いられねばならない。

 

 突如、目に見える空間が歪み始める。その前兆が意味するものを、既にダンは知っていた。

 空間そのものを圧壊する破壊の夢。巻き込んだもの全てを砕く甘粕の魔手が波紋となって広がっていく。

 防ぐ手立てはない。回避するしかない。一度目の攻撃で性質は掴めている。効果範囲を識別し、逃れる事は不可能ではなかった。

 前兆から発動までの間隙、その内で飛び退く。強化された脚力は一足で十分な距離を稼げた。効果が及ぶ、歪んでいく空間よりダンは離脱に成功する。

 

 瞬間、歪んで映る空間から、拳を振り上げた甘粕正彦が飛び出してきた。

 

 前兆となった空間の歪みによって、その景色は正常なものではない。

 光は乱雑に屈折されられて、視覚が捉えるのは不規則に歪められた光景だ。それは即ち空間に施された迷彩、目眩ましともなり得る効果を意味する。

 なまじ破壊力を見せられていたから、その可能性を見落とした。破壊の夢は単なる見せ掛け(フェイント)、本命は偽装された空間を抜けて、近接の間合いにまで踏み込んだ甘粕自身だ。

 

 接近戦は出来ない。この間合いは余りにも不利すぎる。

 心得ならばある。長年を軍属として過ごした身だ。挙手格闘でも若輩者如きに遅れは取らないと自負している。

 だが目の前の相手は、そんな括りで当てはめられる男ではない。技量、身体能力ともに相手の方が上。振り上げられた豪腕は、老骨の身など一撃で粉砕するだろう。

 

 それは瞬時の内の思考。すでに眼前まで迫った相手に、ダンは判断を下す。

 選んだものは迎撃。元より退避など望めない。切り抜けるには死中に活を得るしかない。

 甘粕に対して、ダンもまた踏み込む。素手では無謀、新たな武器を用意する暇はない。ダンが選んだ手段は――――銃身。

 手にしていた『L85A2』を、そのまま鈍器の代わりにして振りかぶる。確かな強度と重量を持った銃身は、接近戦において十分に有効な武器となる。

 それはほんの僅かな間合いの差。拳と銃身、互いの得物のリーチの差で、一瞬だけ早く銃身が先に届いた。

 咄嗟に甘粕が取った行動は、それに対する迎撃だった。拳の標的を迫る銃身へと変更して、そのままの勢いで殴り抜ける。

 振るわれた豪腕は、鉄の銃身を呆気なく砕き割った。あえなく攻撃を潰された形だが、それによってダンに一手分の猶予が出来た。

 

 迷わず後退する。それと同時に、懐より抜き放ったのは一丁の拳銃。金色に縁どりされ、煌びやかな装飾に彩られた、古風の様式である燧発式拳銃(フリントロック)

 現代に生きるダンからすれば骨董品(アンティーク)といえる拳銃。もはや狙いを定める必要さえなく、至近の間合いの甘粕へと引き金を引く。

 

 銃口より生じるのは魔力の解放。

 撃ち放たれた魔弾の威力と衝撃が、甘粕を吹き飛ばした。

 

 費やされた年月は、神秘という名の情報を持つ。

 最古式にある拳銃を原形に作られたこれこそが、ダンの持つ真の礼装だ。

 術式は単発型。使い勝手は良いとは言えないが、引き換えとして威力は保障されている。

 ダンの持てる手段の中では最大であり、サーヴァントに対しても有効打となり得る。魔術師1人を仕留めるのには十分すぎる火力のはずだ。

 

 甘粕は至近でそれを受けた。如何に彼でも決定打となっておかしくはなかった。

 だが衝撃の果て、魔弾の威力に吹き飛ばされた甘粕の身は、健在だった。その痕こそ残しつつ、倒れる事さえせずに体勢を整えて地に降り立ってみせる。

 ダンにとっての最大火力、あるいはサーヴァントにも通用する威力を、甘粕は正面から受け止めながらも耐え凌いでみせたのだ。

 

 その瞬間にダンが見たのは、特徴的な表情だった。

 如何に耐えたとはいえ、無傷ではあるまい。なのに魔弾の衝撃に苛まれているはずの甘粕が浮かべるのは、苦痛の気配を一切感じさせない獰猛な笑みだ。

 敵意ではない、だがそれ以上に危険と感じる、灼熱の如き意志の波動。受けた威力が嬉しくて仕方ないと云わんばかりに、その表情は喜色一面に染まっていた。

 

 判断するのなら、これは好機であるとも言えるだろう。

 敵はダメージを受け、まだ完全に立ち直ってはいない。ここで追撃をかけるのが戦術的にも正しい判断であるはずだ。

 

 ダンにそれを躊躇わせたのは、甘粕が見せた喜悦の笑みだ。

 思い出されたのは遠坂凛の助言、甘粕正彦の性質についての言及。あの男は興が乗れば乗るほどに危険となる。

 

 結果として、それが功をそうした。

 炎が生まれる。甘粕の見せる灼熱の意志、それを具現化させたかのような業火流。甘粕を中心として渦巻くそれが、他のどんな手立てよりも早く拡大していく。

 もしも追撃にと踏み込んでいれば、炎に巻かれて逃げられなかった。あの一瞬の躊躇が、ダンの後退を可能とし、その命をも繋いでいた。

 

 先に行った地形把握で、逃走経路となり得る箇所は認知している。

 躊躇わずにそこへと飛び込む。拡がる業火より逃れながら、駆ける脚は奥へ奥へと進んでいく。

 

 やがて通路を抜け出た時、ダンは開けた場所に出ていた。

 

 あまり悠長に観察はしていられない。最低限の地形把握だけに務め、迎撃の準備をする。

 元来た道に先と同じ仕掛けを設置する。何度も通用するとは思わないが、最低限時間稼ぎになればいい。

 特に重要となるのは、礼装の拳銃だ。威力の分だけ連射の利かない単発型。攻性に優れた魔術を持たないダンにとって、この礼装の存在が決め手となる。

 すぐにも術式に魔力を込め直し、充填を開始する。この作業には手間が掛かる。それまでは何とか手持ちの手段で耐え凌がなければならないが――――

 

 轟音、そして爆風。

 振り返ったその先では、サーヴァントの戦闘を想定した地形すら破壊して、甘粕正彦が姿を現していた。

 

 対峙して、そのまま静止する。

 両者にあるのは微妙な距離だ。拳銃にとっても有効射程だが、対する甘粕も一足で剣を届かせられる。互いの速度差を考慮すれば、どちらが先に届くかは判別しにくい。

 手には礼装の拳銃が構えてあるが、魔力の充填は終わっていない。牽制になるかも分からなかったが、構えだけは解かずにおく。再充填を悟られないよう、魔力の流れは最小限に抑えながら、視線は決して外さない。

 

 甘粕もまた、静止したまま動かない。

 

 むしろ奇妙なのはそちらの方だ。ダンからすれば、甘粕が沈黙する意図が見えない。

 ここまで踏み込んでおいて、今さら警戒も無いだろう。すでに状況は一触即発、次の一手で取るべき行動など決まりきっている。

 ここで止まるのなら、最初から出てこなければよかった。事実、ダンの対応策は尽きていたというのに、こうして引き伸ばしているだけ猶予を与えているのだ。

 

 不可解な現状に、ダンは甘粕の事を注視するのみ。

 読めない意図を歯痒く思う。いや、改めて考えれば、不明な意図はこれだけであったのか?

 

「気に入らんな」

 

 それは、正道を外したマスター同士の死合いに引き込んだから、ではない。

 

「その刀を使っていれば、わしを仕留められていたはずだ。手加減のつもりか?」

 

 手段の如何よりも、敵からの手心にこそ憤る。

 騎士たらんとして、この戦いに参加した。互いの祈りを懸けた真剣勝負、己の力不足は自覚しているが、そこに情けを示されるなど、それこそ決闘への侮辱である。

 

「いや、先程だけではないな。思い返せば、機会など幾らでもあった。だというのに、貴公はそれらを見送ってきた。どういうつもりだ?」

 

 ここまでの過程は、まさしく死線の連続だった。

 魔術師としての技量、そして戦闘能力で、甘粕との間には大きすぎる隔たりがある。主導権を握らせてしまった以上、趨勢は初めから決してしまっていた。

 それでもここまでを切り抜けられたのは、まさしく歴戦の中で磨き上げられたダンの実力の賜物だ。窮地にあっても活路を見出す、確かな経験に裏付けされた戦術眼。

 ダン・ブラックモアは優れた戦闘技能者である。彼でなければ、ここまでの死線を越える事は出来なかった。

 

 しかし、だ。果たしてそれだけだろうか。

 ダンの力量があってこそ活路を見いだせた。だがそれ自体、ある意味で出来すぎではないか。

 まるで最後の可能性だけは常に残されているような、そんな作為が秘められていたとはいえないだろうか。

 

「……誘導、か? あえてわしをこの場所へと誘ったのか?」

 

 そう、改めて考えれば、判断できる要素は幾つもある。

 先の交錯に限らず、仕留める機会はいくらでも作り出せたろう。それだけの力量差はある。

 それをせずに、死線の中にも活路を残した。そうして用意された行き筋に従えば、最期にはこの場所に行き着くのは自明の理だ。

 

 つまりは掌中、今に至るまでの全てが、相手の思惑の内にある。

 それを侮辱と受けとるよりも、何より自身の不甲斐なさにダンは憤りを覚えた。

 

「事が貴方だけなら、いつ何処で終わらせても良かった」

 

 ようやく口を開いた甘粕が告げたのは、冷徹なまでのそんな言葉だった。

 

「聞けば、なかなかに骨のある男だそうではないか、そちらのサーヴァントは。容易く終わらせるには惜しい」

 

「惜しい? 何の事だ」

 

「決まっている。英雄たる者が持つ矜持と覚悟、それら意志が生み出す輝きを、俺は知りたい。

 二度とはない機会だろう。悔いなど残してなるものか。伝説に書き綴られる英雄たち、得難きこの出会いを堪能しなければならん。敵であれ味方であれ、な」

 

 その答えを聞き届け、なるほど、と思う。

 確かにこれは破格だ。型に嵌められる男ではない。

 己もまた、この戦いの常道に反している自覚はあるが、これは輪をかけて異端だろう。

 敵の強さを尊び、その奮起を賛美する。互いが等しく英霊で、素晴らしい志の持ち主だからと、敵と味方の区別もなくだ。

 まるで遊びに興じる童のようだ。そのような感情を戦場に持ち込む事自体が、すでに異常が過ぎる。

 

「真剣である場で興じるのか。好かん在り方だな」

 

「勘違いしないでほしい。確かに興じているのは否定せんが、遊んでいるつもりはない。

 俺はこれ以上なく真剣だよ。心底から、彼らの示す意志の光を見たいと望んでいる。故に止めるつもりはない。何を言われ、どれだけ割に合わないとしてもな。

 矜持のために、たとえ利がない行いだと知っていても貫き通す。それは貴方も同じだろうに」

 

 そう指摘されれば、やはり返す言葉はない。

 程度の差こそあれ、どちらも常識外の行いには違いない。独自の価値観、拘りだけで、あえて勝利から遠ざかる真似をする。確かにそれは遊んでいるとされても仕方ない。

 

「まあ、余りに不甲斐ないようなら終わっても已む無しとは思っていたが、それは杞憂だったようで安心したよ。流石は老練の技、歴戦の冴えとは見事なものだ」

 

 だがそれでも、はっきりと差異を告げるなら、やはりこの苛烈さだろう。

 

 攻勢の中にも活路をあえて作り、この場所へと誘導していた。それは間違いないだろう。

 しかし、ならばその窮地とは容易いものであったかと問えば、そんな事は全くない。あれはまぎれもなく死線だった。

 忘れてはならない。活路を見出だし生き残れたのは、ダンの実力があってこそである。他の凡百であれば死するに足る攻撃ばかりだ。

 それだけ期待していたと言えば聞こえは良い。だが一歩違っていれば間違いなく死んでいた。そしてそれでも構わないと、この男は本気で思っているのだ。

 

 死んだのなら、それはそれ。残念とは思っても、それだけだ。

 その容赦の無さこそが甘粕だ。あらゆるものに対して本気であり、己の思惑が崩れようとも躊躇わない。安定性こそ無いが、脆弱とも無縁である。

 

「なあ、見てみろよ、ダン卿」

 

 手を広げて指し示すのは、開けた先にある光景、闘技場(コロッセオ)の舞台上だ。

 よくよく観察してみれば、この場所の事にも当たりは付けられる。恐らくは観覧席、それも位の高い者のための貴賓席に当たるのだろう。

 剣闘士たちが繰り広げる戦場を、ここからならば一望できる。血沸き肉踊る死闘を観賞するのに、この場所は特等席だ。

 

 そして、今その舞台で戦うのは、お互いのサーヴァントだ。

 契約主たるマスターとして、この場所はある意味で最も相応しい席だと言えるだろう。

 

「彼らは戦っている。単に俺たちの代理戦争としてではなく、互いにある信条を懸けてだ。

 性質は違えども、同じ英雄。その生き様が苦難の試練に満ちていたのは変わらない。温ま湯のような生とは比較にならん、たかが一時の命よりも英雄の信条は遥かに重い。

 素晴らしい。美しい。彼らこそ人間だ。俺たちが在るべき姿だ。それが如何なる結末を辿るのか、是非とも俺は見届けたい。横入りなど無粋だろう。

 ――――ああ、要は手出し無用という事だよ。お互いにな」

 

 その言葉で理解する。つまりこの状況はそのために用意されたのだ。

 互いに抜き打ちの姿勢、仕掛ければそれで決するという状況だ。

 そして勝算もまた、お互いの優劣は明らかである。戦闘者としてダンでは甘粕に及ばない。それはここまでではっきりと示されている。

 余りにも分が悪い。ダンの方からは動けない。同時に、元を正せばこの状況を作り出した甘粕も、先に仕掛ける理由はないのだ。

 

 互いが互いを監視している。意図して作られた膠着状態。

 全ては余計な横やりを入れないために、サーヴァントの戦闘に集中するためにだ。

 

 苦々しく思おうと、状況はすでに決している。

 ダンは動けない。他の選択肢は封殺された。相手の思惑通りに、何も出来ずに見ているしかない。

 

 もはや覚悟を決めるしかない。そんなある種の開き直りの境地でもって、ダンはサーヴァントたちの戦場へと目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――果たしてその光景を、戦闘と呼ぶのは正しい表現であるだろうか。

 

 空間を埋め尽くす火縄銃の総列。その物量に生み出される広範囲・大火力は、敵の反撃を許さない。

 種子島の持ち手たる軍将(アーチャー)、彼女には対峙する敵の姿が見えていない。不可視化の宝具を持つ森の隠者は未だ巧妙に潜んでいる。

 だがそれも関係ない。『三千世界(さんだんうち)』の攻撃範囲は、もはやあらゆる領域を捉えている。たとえ姿が見えなかろうと、見えない範囲ごと焼き払えば済む話だ。

 単純明快、強者だからこそ許される戦闘理論。それは容易には覆しがたい。

 

 対し、狩人(アーチャー)が放つ矢は、悉くが銃の弾幕に落とされる。

 如何な毒矢も、当たらなければ意味はない。不可視の内から狙い撃とうが、相手は先手を打って迎撃してきた。

 それは軍略家としての戦術眼。同質の理を用いるが故に、軍将(アーチャー)狩人(アーチャー)の先を読めるのだ。

 そうなれば、後は用いる戦力の差だ。三千の銃火を操る軍将(アーチャー)に、狩人(アーチャー)は対抗できる術がない。ならばその結果は明らかである。

 

 改めて答えよう。これは戦闘ではない。

 圧倒する者とされる者、その関係が明確に示される蹂躙劇に他ならない。

 

「どうした、終いか? 地に伏す鼠でもあるまいに、少しは克己の1つでも示してはどうじゃ」

 

 銃火の上より軍将(アーチャー)が告げる。それは強者の側のみに許される余裕の言葉だ。

 翻すその装いも、常と同じ近代軍装のままである。戦装束である漆黒の鎧は纏っていない。その時点で、彼女の優勢がどれだけ揺るぎないものか透けて見えた。

 

「くそ、好き放題に言いやがって! 出来るならとっくにやってるっての!」

 

 憚る事なく放言する軍将(アーチャー)に対し、狩人(アーチャー)は呟くような小さな声音で毒づいた。

 

 姿を消して、狡からく逃げ回って何とか命を繋いでいる、この現状。

 まったく笑うしかない。明らかな劣勢で打てる手立ても無しときた。ここまでくれば涙だって出やしない。

 奇襲の矢は通じず、毒の仕掛けも仕込みの前に潰される。その抜け目なさ、徹底ぶりは放蕩にも見える言動に反した隙の無さだ。

 やはりあれは同類なのだと自覚する。如何にそう見えるとしても、その実は慢心などと無縁の心情。勝ちに至るためには手段も選ばない、そうした現実論(リアリズム)を遵守している。

 

 もっとも同じなものは信条の1つきり。持てる強さも、その在り方も、自分とはまるで異なるものであったのだが。

 

「諦めい、森の狩人よ。そもここに至る以前に、わしの指一本さえ削ぎ落とせなんだ時点で、貴様の敗北は決まっておったのじゃ」

 

 告げられる侮辱に感じるのは、屈辱よりも達観だ。

 何せ事実、その通りなのだから。これ以上ない正論に、どうやって悔しさを覚えろというのか。

 

 そもそもだ、敵の眼前で罠を仕掛ける罠師がどこにいる。

 ここまで仕掛けの全てが潰されているのも、ある意味で必然だ。罠とは事前に仕掛け、その上で嵌めるもの。こうした決闘方式の中、一から構築する仕掛けなどたかが知れてる。

 狩人(アーチャー)にとっての戦いとは、決戦に至る前こそが本番だ。手段を選ばず闇討ちで仕留めるか、そうでなくとも可能な限りの戦力を削り落とす。それで初めて大英雄を相手に勝機が出てくる。

 

 だというのに、狩人(アーチャー)は結局二度とは仕掛けなかった。

 敵に無傷のまま決戦へ至る事を許した。その時点で今の結果は分かりきったものだった。

 

「……なあ旦那。やっぱり俺じゃあ無理だよ」

 

 あれから何度も説得した。己の戦術の道理も説いた。

 それでもマスターの意志は堅い。ダン・ブラックモアの信念は揺るがなかった。

 

 騎士としての誇りある決闘を、そんな老騎士の掲げる信念。

 まったく正しい。高潔すぎて自分のような者には眩しすぎる。

 人には向き不向きがある事を考えてほしい。そういう事が出来る英霊じゃないのは分かっているだろうに、あの頑固さは筋金入りだ。

 そのおかげで、この様だ。これじゃ敗けに行こうとしてるのと変わらない。自殺志願と言われても仕方ないだろう。

 

 それでも、狩人(アーチャー)の心中にマスターへの怒りはなく、己の無力さを憤るばかりである。

 

 どうして自分が選ばれたのだろう。

 こんな毒殺と奇襲しか能がない英霊が、騎士ダン・ブラックモアのサーヴァントとして。

 不適当にも程がある。もっと優れた、例えば最優のセイバー辺りの、真っ当な英霊と契約していればこんな事で思い悩む必要など無かったのだ。

 聖杯はその人間と最も性質の合った英霊を選ぶというが、この様ではその審美眼も当てになるものではないと愚痴りたくなる。

 自分のような者ではダン・ブラックモアに相応しくない。他でもない英霊自身がそう思っているのだから、これ以上の答えはないだろう。

 

「来ぬか、いや来れぬのか。貴様は己の非力を弁えておる。己は選ばれた者ではない。神も、運命も、味方になど付けてはおらん。知っておるのは、目先に映る理不尽な現実のみじゃ」

 

 ――うるせえ、それをアンタが言うのかよ。

 

 都合の良い現実なんてない。自分が何か特別だなんて幻想は早々に捨て去った。

 所詮、自分なんてありふれた人間だ。神も運命も、いちいちそんな奴に目を掛けてくれるわけがない。そんなものを信じていたら何も出来やしない。

 

「神に愛される天稟も、運命を引き寄せる勇気も、貴様は何一つ持ち合わせん。貴様自身、そんな己が英雄などとは露ほども思っておるまい。

 貴様の事を、貴様自身すらが信じておらぬ。故に貴様が頼みとするのは現実論。幸運も正義も信じず、 ただ勝てる戦をする隠者の技じゃ」

 

 ――うるせえ、それの一体どこが悪い。

 

 英雄のように勝てないのなら、英雄らしからぬ手段で勝つしかない。

 勝利を約束する聖剣? 生物としての完全性を持った肉体? 凡百を隔絶する武芸の才? ああ、そんなものがあったならさぞや素敵だろう。あれば俺だってそっちを選びたかったさ。

 だが現実、そんなものに縁はないんだ。だったらセコく汚かろうが、そういう手段に頼るしかないだろう。死んでかっこいいのは英雄様で、勝たなきゃ何の意味もないんだから。

 

「それを選ぶ事は誤りではない。が、所詮は世の道理に屈したが故に選ぶもの。衆愚の内にある者が取るべき妥協であり、英雄の在り方には程遠い。

 貴様は勝てる戦には勝てる。そして敗ける戦では必ず敗ける。英雄としてあるべき奇跡を持たなかった。故にこの結果は当然のものである。逆境からの起死回生とは縁なき身じゃ」

 

 ――うるせえ、そんな事は分かっている。

 

 現実論でしか戦ってこなかった。奇跡や勇気なんて信じなかった。

 世界はどうしようもなく強さと弱さで分かれている。その真理を理解して、抗おうとなんてせず、そんな理不尽の中で何とか戦っていけるようにやってきた。

 そんな自分が、今更それをやろうとしたって上手くいくはずなんてない。奇跡を成し遂げられるほどの強さも信念も、自分には無いのだから。

 

「是非もない、隠者としての戦いに徹してきた貴様は、真っ向勝負の術を知らぬ。そこにあるべき気迫、奮起する意志、勇気の何たるかに覚えがない。

 故に今も、こうして堪え忍ぶのみ。それでは勝てぬと分かっていても、それ以外の勝ち方を知らぬから。正々堂々、尋常の立ち合いなどした事もないから、どうすればよいかと見当もつかぬ。

 はっきりと言ってやろう。貴様は脆弱じゃ。己の矜持のために勇猛にもなれぬ、英雄足り得ぬ弱さに塗れた、一介の小人に他ならん」

 

 ――ああ、まったくその通りだよ、くそったれ。

 

 何もかも欺いて戦ってきた。正面きって戦うなんて機会すら無かった。

 圧政に苦しむ村のために立ち上がった。だがその村の連中は、王の手下共と一緒になって自分に敵意を向けてきた。

 それを恨んだ事はない。むしろ当然の流れだろう。もし逆賊である自分を擁護すれば、村にまで同じ罪が連座する。弱者である彼らの気持ちはよく分かる。

 所詮、正面から守りきる力なんて無い。そんな意地で守るべきものを傷つけるなんて本末転倒。だからこそ王と村人、双方にとっての敵となって立ち回るしかなかった。

 

 

 ――――ロビン・フッドは村の人間ではない。

 

 

 ――――我々とは無関係に、森を通る人間を襲うのです。

 

 

 ――――全ての責任は、あの狩人にある。

 

 

 向けられるのは称賛ではなく罵倒。与えられるのは栄光ではなく罪過。

 自分は英雄じゃない。"森の義賊(ロビン・フッド)"なんて笑えない。その名は名乗るには重すぎる。

 所詮、無銘のままに葬られたはずの自分が、何の冗談か英霊なんてものに祀り上げられた。民の祈り、顔のない王の化身、シャーウッドに謳われる義賊として。

 まったく悪い冗談としか思えない。賊として追われ、誰からも蔑まれた自分が義賊だなんて。人の幻想、理想の体現だか知らないが、そんな賛辞など欲しくなかった。

 自分はただの小心者だ。人より少しばかり、若気の至りで義侠心をこじらせてみただけの、何処にだっている人間の1人に過ぎなかったのに。

 

 自分では英雄になれない。騎士に相応しい戦いなんて出来ない。

 あの誇りあるダン・ブラックモアの隣に侍るには分不相応な、三流の英霊でしかないのだ。

 

「祀り上げられた者、英雄に成りきれぬ小人よ。もはや勝負は決した。貴様の暗技でこの戦況は打開できぬ。その道では先は無いと知れ。

 ――そこでじゃ。余興として、ちと面白い趣向を思い付いたぞ」

 

 銃声が止む。降り注いでいた弾丸の雨が止まる。

 それだけではない。戦場の全域を覆うように展開された三千の種子島、それら全てが消失した。

 

「いざ尋常に、真っ向からの果たし合いにて決着をつけよう。貴様の弓か、わしの種子島か、制するのはどちらであるか確かめてみようではないか」

 

 唐突に軍将(アーチャー)が放言してみせた言葉は、狩人(アーチャー)を困惑させるものだった。

 

「悪い話ではあるまい。どの道、このままでは貴様に勝ち目はない。ならばこその真っ向勝負、反撃に一矢報いる機会を得られるならば、否はなかろう」

 

 意図が見えない。そんな事に何の得がある?

 元より隠れ潜む狩人(アーチャー)に、返答の声は軽々とは上げられない。迂闊な真似はせず、様子見に努めながら相手の出方を窺う。

 

「勝てぬ、と思うておうな? わしと正面から撃ち合えば勝てぬと、そう判断しておるじゃろう。

 うむ確かに、正しい判断じゃ。暗技に徹した貴様が、わしの銃火に勝るなど奇跡に等しい。

 しかしな、その奇跡を成し遂げるからこそ、英雄は英雄と呼ばれる。生前に成し得なかった勇者の証明、今こそ獲得する好機ではないか」

 

 言っている理屈には、確かに頷けるところもある。

 このままでもいずれ倒されるのは目に見えている。同時に、言う通りにしても勝算はない。

 正面から戦って勝てないと理解してるから奇襲に頼るのだ。奇襲が通じなかったから真っ向勝負を選ぶなど、単に敗けに向かうのと同義だろう。

 

 即ち、これは狩人(アーチャー)に敗北の仕方を決めさせるための申し出だ。

 このまま隠者として削れ落ちるか、それとも最期にせめて雄々しく戦い敗れるか。

 

 弱者の側に許されたせめてもの抵抗、意地を示す機会をくれてやると、この軍将(アーチャー)は言っている。必敗である苦境の中で、英雄たり得る奇跡に挑んでみろと。

 

「見るが良い、狩人(アーチャー)

 

 軍将(アーチャー)が指し示した先、そこでは互いのマスターが対峙している。

 こちらの戦場が俯瞰できるだろう位置で、アーチャーたちの事を見ていた。

 

「誇りを望むマスターの前じゃ。無様な死に体を晒すばかりでは言い分も立つまい。

 矜持を示せよ、王権に抗する義賊なのじゃろう。伝承に謳われし義侠の徒としての誉れ、生前には届かなかった憧憬を、今こそ掴んでみせるのじゃ」

 

 臆面もなく敵に告げる言葉は余裕の表れだ。

 そこに憤りを覚えないわけではない。それでも完全に切り捨ててしまわないほどには、軍将(アーチャー)の言葉は狩人(アーチャー)の心に響いていた。

 

 過去を惜しむ気持ちはある。

 手に入らなかった栄光の二文字、英雄として受けるべき喝采、焦がれたものは確かにある。

 今さら手に入るとは思わないし、本気で欲しいわけでもない。それでも、マスターの信念に報いてやるためにも、最期に格好つけるくらいはしても良いかもしれない。

 

「ああ……」

 

 情けない姿を晒し続けるのも申し訳ない。

 マスターの言う騎士道、己に恥じない在り方とは、こういう時に出ていける奴なのだろう。

 確かにその方が数段男が立つ。それでもし逆転でもした日には、それこそまるで『英雄様』だ。

 

 惹かれる気持ちがある。拒まなければいけない理由もない。

 相手の思惑は、この際関係ない。どの道勝算なんて無かったのだから、罠だとしても構わないだろう。せいぜい雄々しく立ち回り、華々しく散るなりすればいい。

 これは自分の気持ちだけの問題だ。やりたい方を選べば良いと、ただそれだけの事なのだ。

 

 皮肉な現実論者の口先も、今は必要ない。素直な思いとやらに従えばいい。

 

「悪いな、旦那」

 

 狩人(アーチャー)は、自身の心の通りに選択した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂に包まれた戦場。銃火の轟音が止めば、そこは驚くほどに静かだった。

 

 狩人(アーチャー)に選択を迫り、軍将(アーチャー)は答えを待つ。

 周囲に銃列はない。矛はすでに納め、待ちとする姿勢に偽りはなかった。

 

 申し出に嘘はない。事実、これは余興だった。

 軍将(アーチャー)にとってはどちらを選ぼうとも構わない。無論、敗ける気もない。

 彼女のマスター、甘粕正彦へと捧げる余興。わざわざ敵に機会を与える提案も、強き意志を愛する主君の存在が一因として大きい。

 

 試せと、あの男は言った。

 相対する狩人(アーチャー)、その気概の何たるかを見極めろと。

 

 軍将(アーチャー)は、マスターのためのサーヴァントである。

 王である前に、今の彼女は剣なのだ。甘粕正彦の道を切り開く刃として存在する。

 今生を捧ぐと決めた主君の意志であれば、否とするつもりはない。そして余興だと思えばこそ、軍将(アーチャー)自身にも愉しむ気持ちが生まれてくる。

 

 英雄らしからぬ、いや"英雄"を背負わされた青年。

 知れば知るほどに、その性根は凡百のものだ。理想も矜持も、高尚なものは何もない。

 ただ目の前の平穏を、ただ得られなかった誉れを、と。焦がれながらも求める事を躊躇する姿には、未だに本気の願いが見えてこない。

 どれも心底からの願いではなく、本気の重みがない。所詮、衆愚が抱く程度の祈りでは、その信条に命さえ懸けられる覚悟にまでは至らない。

 ならば、狩人(アーチャー)の骨子とは? 只人にも等しかった彼が、個人のみで王に反抗するという蛮勇を行わせた芯とは何なのか。

 

 そして、静寂が破られる。

 告げた余興に対しての答え、狩人(アーチャー)の選択が示される。

 

「――そうか」

 

 答えとは、言葉によるものではない。

 示されたのは行動だ。どんな言葉よりも明確に、その行動が狩人(アーチャー)の意志を表している。

 

 空を貫く風切り音。静寂の中で、その音だけが鋭く響く。

 音は、悠然と佇む軍将(アーチャー)へと。宙を裂いて進む一条の閃光として飛来する。

 

 ――閃光の正体は、一本の矢。()()()()()()()()()()が、姿も気配もないままに放たれていた。

 

「それが貴様の答えか、隠者よ」

 

 銃声が轟く。即座に張られた弾幕が、奇襲の一矢を打ち落とす。

 幽炎の中より現れしは三千の銃砲。軍将(アーチャー)の誇る宝具の群が再び空間に展開される。

 

 示された答えの返礼にと、銃火の豪雨が戦場に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何故だ?」

 

 眼下で行われる激闘に対し、ダンは疑問を漏らす。

 その目が向くのは、未だ姿を現さない己のサーヴァント。隠形の技を用い、銃火から逃れながら奇襲の矢を射る狩人(アーチャー)が、老騎士には理解できなかった。

 

 受けるものだと思っていた。この時こそが、恐らく狩人(アーチャー)にとって唯一の機会であると。

 奥底に封じられた思い、狩人(アーチャー)には正道の有り様への憧憬がある。ならばこそ、最後に選ぶのはそちらだと思っていた。

 自分にとっても否はない。元より信条に付き合わせたのはこちらだ。矜持を示そうとする狩人(アーチャー)を止める理由などない。

 

 だが、狩人(アーチャー)はそれを選ばなかった。

 ここに至るまでと同じように、隠形と暗技を用いた戦術を駆使して戦っている。

 無論、劣勢なのは変わらない。言うなれば先までと同様の形に戻っただけだ。覆るものなどあるはずがない。

 このままでは勝ち筋も無く削り落とされていくばかり。あの軍将(アーチャー)が言ったように、敗けるべくしてただ敗ける道しかない。

 

 それでも、狩人(アーチャー)はその戦い方を止めようとはしない。

 あくまでも森の隠者として、身に付けた技巧で以ての戦いをし続けていた。

 

「何故そうまで己の流儀に拘る? 何がそこまでさせるのだ?」

 

『――へっ、そりゃまあ、戦い方に拘る理由なんて1つきりでしょうよ』

 

 呟かれた言葉に対し、その答えは契約を通して行われる念話によるものだ。

 戦闘時に意識を他所に向けるなど、愚行そのものとしか呼べない行為であったが、狩人(アーチャー)は構わずに心の内で言葉を交わし続けた。

 

『いやぁね、俺だって輝かしい英雄譚に憧れないわけじゃないっすよ。

 立派な剣やら鎧やら着こなして、栄光と一緒に都を華々しく凱旋して、みんなから喝采を受けて可愛い娘にはちやほやされてっと。そんな王道の筋書きに憧れたのだって何度もあるさ。

 立派な武器なんてねえ、栄光なんてねえ、喝采の代わりに受けるのは恨みとや拒絶ときたもんだ。それで嫌に思わないなんざ、そりゃ生粋のマゾヒストだけでしょう』

 

 栄光とは無縁の生涯、伝説とは名ばかりのはぐれ者の悪足掻き。

 "森の義賊(ロビン・フッド)"を引き受けた無銘の青年。そこに人の幸福など無きに等しい。

 

『俺のやり方なんて誰にも褒められるもんじゃないし。勿論、実際に褒められた事も皆無だけど。

 戦ってる相手からは憎まれて、守ってる奴らからは嫌われて、ほんと割に合わねえや。結局、2年くらいしか保たなかったし。

 成果と言われても微妙だし、自分でも何がしたかったのかよく分かんねえや、本当に』

 

 不遇であり、愚かとすら言える青年の人生。

 誇れたものなど何もなく、得られたものさえほとんど無い。まさしく割に合わないという言い方こそが適切だ。死という断絶で縁が切れた今ならば、拘りを持つ必要はないだろう。

 

 事実、心が揺らいだ事は間違いないのだ。

 最期に示すべき矜持、英雄としての雄々しい在り方。それは確かに格好いいだろう。少なくとも、今の情けない姿に比べたら遥かにマシだ。

 今もマスターが見ている前で、何とも無様な事だと自覚もしている。結局、提案通りの騎士たる振る舞いなんて出来ていない。申し訳ないという気持ちもあった。

 

 それでも、素直な己の"心"に従ったのなら、やはりこのやり方が残っていた。

 

『でもさ、それでもこれが"俺の戦い方"なんすよ』

 

 そう、続けられた事には意味がある。

 割に合わない生き方。愚かだとも思える己の生涯を青年は理解している。

 自分は凡庸だ。願ったのは目の前の平穏だけ、世界平和だの正義の味方だのと、大仰な理想を狂ったように盲信していたわけじゃない。

 

 本来ならばそこまで続くわけがない。

 王軍を相手取った孤軍奮闘、それを2年もの間維持し続けるなど。

 物資戦力云々以前に、まず心の方が折れてしまう。あらゆる者を敵に回して、それらの悪意を一身に受けるなど、並の者が耐えられるはずがない。

 狂気の信念で武装していたわけではない。発端となった義侠心だけではない。孤独な奮闘を折れずに最期まで貫けたのには、確かな理由があるのだ。

 

『損ばかりの人生だったし、自分で言うのも何だが嫌われ者だったもんでね。そもそも戦う前からあんまいい扱いも受けてこなかったし、よくやるもんだと自分でも思いましたけど。

 ……それでも、何も守れなかったわけじゃない。本当に孤独だったわけじゃないんだ』

 

 王も、民も、全てを敵として立ち回り、民草のために戦った狩人(アーチャー)

 民たちは彼を切り捨て、拒絶した。村としての立場を守るため、王の下で1人の賊徒として追い立てたのだ。弱者の立場としてそれは必然の選択であったが、その悪意に、孤独に1人の青年の信念が折れてしまうのは当然の流れでもあっただろう。

 

 だがそうはならなかった。青年は孤独ではなく、悪意の中にも善意は確かにあったのだ。

 

『支えてくれる人たちは、居た。密かに、ささやかなもんではあったけど、それを受け取るたびに俺は思った。――ああ、これからも頑張ろうって。

 単純なもんですよ。報酬としちゃあ清算なんてまるで取れない。でも、単純な野郎にはそれくらいのものでも支えになった。確かに俺は誰かを守っているんだって、誇れた』

 

 それは、村の総意が狩人(アーチャー)憎しとして叫ばれる中、裏で密かに行われたもの。

 例えば、森の中に置かれたパンやチーズ、ワインであったりと。表立って言葉にする事も出来ない、ささやかな支援であり感謝の印。

 村人の立場として、それは精一杯の報酬だったのだろう。それが分かっていたから、それだけでも狩人(アーチャー)にとっては十分だった。

 

 己は確かに、村人たちの願いと希望を背負っている。

 この背中には守っているものがあるのだと、その思いが彼の折れそうな信念を支え続けた。

 

『不満なんて幾らでもあるし、大往生も望めやしなかったが、後悔はないんだ。俺の最期を看取って、あの樹の下に埋葬してくれた誰かがいた。それだけで、俺の若さの勢いみたいな真似にも、少しは意義があったんだって分かったから。

 旦那の言う事は分かるし、正しいですよ。でも、誇りも何もない人生でも、ちっぽけなりの意地があるって事も、少しは分かってほしいな』

 

「アーチャー……」

 

 狩人(アーチャー)の吐露を聞き、ダンの内に渡来したこの思いはなんだろう。

 己の信条とは相反する姿。しかしそんな彼の有り様が気高きものに映るのは何故なのか。

 

 騎士として、尊厳と法に則った戦いを。掲げる祈りに恥じ入る事がないように。

 そう決意しての参戦だった。そして召喚したサーヴァントに対しても、そんな己と共通するものを抱えていると目していた。

 彼の伝承を紐解いて、そして本人と直に言葉を交わせば、その内にあるものも見えてくる。守るべきもののため、心を鉄として非道に徹する。それは己にとっても覚えのある事であり、だからこそ理解も出来たと自負していた。

 軍人だった己、隠者だった狩人(アーチャー)。共に望んだ道を歩む事が適わなかった者。故にその内にある願望も共通すると予想し、本人からもその心中を感じ取っていた。

 

 しかし今、改めて思う。

 その事自体を誤りだったとは思わない。だが、果たしてそれだけであったのだろうかと。

 

「……ようやく分かった。おまえと、わしの決定的な違いが」

 

 老騎士は軍人であった過去に疑問は無かった。しかしそこには後悔があった。

 国家に身命を捧げ、私を捨てて鉄心と化し、人としての己を省みなかった。老境となってそれを悔み、やり直したと願ったからこそ、この戦いへの参戦を決意したのだ。

 そう、違いは既にこの時点でも明白である。己の人生に対する後悔の有無、それは即ち生き様に向けた誇りの是非に他ならない。

 

 自身の人生に誇りはないと、狩人(アーチャー)は言った。

 だが、辿ってきた生き方に後悔がなく、そこにある価値を知るのなら、それは誇りと呼ぶべきだろう。狩人(アーチャー)が何と言おうとも、彼には生きてきた過去に対する自負がある。

 

 対して、ダン・ブラックモアの人生とは何なのか。

 国という大義の下に私情を捨て、それこそ誉れと信じて歩み続けた。

 そこに守る事への実感など皆無である。下される命令に従う事がそうであると、ただ盲目にも似た忠誠があるばかりだ。

 その果てが、過ぎた未練に祈りを持つ今である。信じた誉れなど無く、初心にあった熱意も時間と共に磨り減らして失せてしまった。

 

 非道の徒ではなく騎士として、過去に報いる戦いをせよと告げた。

 何と滑稽な話だろう。己の歩んだ道にも誇りを持てない男が、誇りの道義を説くなどと。

 泥に塗れる生き方をしながら、それでも後悔だけは残さなかった狩人(アーチャー)に、一体どんな誇りを説く資格が、自分にあるというのか。

 

「……すまなかった。間違っていたのはわしの方だ。おまえの内と、わしのそれが同じであるなどと、何と愚かな勘違いであった事か。わしの言葉は、自身の過去にある価値を知るおまえに対する、侮辱だったな」

 

 狩人(アーチャー)の姿に、それをようやく理解する。

 己だけの信条を押し付けて、相手の芯にあるものを本当には理解していなかった。

 

 誇りとは、誰かに示すものではなく、生き様に背負うもの。その事を悟り、ダンは自らのサーヴァントに謝罪を告げる。

 

『違う』

 

 だが、その謝罪に対して、当の狩人(アーチャー)は明確な否定を口にしていた。

 

『違うんだ。そうじゃない。そんな事は言わないでくれ』

 

 間違いなんかじゃない。決して間違ってなんかいないのだと、狩人(アーチャー)は言う。

 否定した当の本人であるダンよりも、狩人(アーチャー)は主の語る道義の正しさを信じていた。

 

『旦那は正しいんだ。間違ってなんかいない。旦那の言う事の方が真っ当で、俺のやり方こそ外れたものだ。そこだけは決して間違いなんかじゃない』

 

「しかし……」

 

『あんま持ち上げないでくれよ。俺の生前に誇りなんてない。ただほんの少しの、はぐれ者の悪足掻きにも意味があったってだけで、そこまで上等に捉えられたら逆に困る。

 旦那はそれでいいんだ。小言はうるせえし、堅物すぎて何とも扱いに困るマスター様だが、そんな旦那だから、俺はこうして契約を結んでるんだから』

 

「……何故だ。どうしておまえは、そこまでわしに尽くしてくれる? アーチャーよ、わしはおまえの在り方を否定したというのに」

 

 ダンにはそれがどうしても理解できない。

 狩人(アーチャー)の手段を否定し、その在り方を認めなかった。本来ならば、見限られていてもおかしくはないだろうに。

 今もこうして忠義を尽くしてくれる。そこまでの事をした覚えがない。不安や猜疑ではなく、純粋にそれを疑問に思い、ダンは問いかけていた。

 

『……ああ、くそ。ほんとにこの人は、ずけずけ直球で言ってきやがる。こちとらひねくれた性分だってのに、ああもう、絶対に一度しか言わないからな。

 アンタはとんだ爺さんだよ。馬鹿げた信念を本気で貫く頑固者で、こうと決めたらマジに譲らねえ。騎士道精神旺盛な、俺には似ても似つかないかっこ良さだ。そういうアンタが――――』

 

 心の内の念話で、躊躇するように狩人(アーチャー)が口ごもる。

 念話ではそれ以上の事は伝わらない。ただ一拍置いた後、感情を顕わに叫び上げていた。

 

 

「――――そんな旦那の事がッ! 俺はッ! 大好きなんだってんだよッ!!!!」

 

 

 吐き出されたその言葉は、念話だけには留まらない。

 荒ぶった感情はそのまま生の声となって周囲に響き渡る。

 

 当然、それは戦場を同じくする軍将(アーチャー)の耳にも届く。

 一斉に転換する銃砲火。未だに不可視の狩人(アーチャー)に、一帯を包む火線が襲いかかった。

 

『くわっ!? やべぇ、ちくしょう! 声が出ちまってた。馬鹿やってんなぁ、俺ッ!

 つうか、やっぱ無理だわ。こんな小っ恥ずかしい事、勢い任せでなけりゃあ口から出てこねえっての! 素面でなんて言えるか、くそったれ!』

 

「アーチャー、なにを……?」

 

 向けられる銃火の雨より逃げ回りながら、狩人(アーチャー)は饒舌に回していく。

 それは繋げた心中で行う念話であったが、発露した感情はむしろ普段よりも熱を帯びていた。

 

『ああ、そりゃあ戦い方に注文つけられたのには思うところもありますよ。くそ真面目に正攻法なんて、もう勝つ気があるのかってね。それで俺がどんだけ頭悩ませたと思ってんっすか。

 俺のやり方を快く受け入れて、推奨してくれるマスターだったなら、そりゃあ俺も楽だったでしょうよ。罠でも毒でも何でもござれと、そりゃあ俺としても気が楽ですわ』

 

 それならば確かにやりやすい。狩人(アーチャー)も本領を発揮して、この聖杯戦争でも強豪らに打ち勝つ事も不可能ではなくなるだろう。

 例えば、目的のためならばあらゆる犠牲を厭わない、冷酷な戦闘機械の如きマスターであったならば、狩人(アーチャー)は持てる腕を存分に振るえたに違いない。

 多種多様に習得した破壊工作、毒殺、狙撃、罠などの外道の戦術で、より勝利に近づける戦い方に徹する事が出来たはずだ。

 

 そういう意味では、ダン・ブラックモアというマスターは最悪といってもいい。

 例に上げた者とは、まるで正反対。その者からはさぞや強い蔑視の眼を向けられる事だろう。

 

『――冗談じゃねえ。そんな奴はただの下衆野郎じゃないか。なんだって俺が、そんな奴なんぞのために泥を被らなきゃならねえんだよ。

 そんな野郎に救えるものなんてない。どんな理屈をこえたところで、所詮は俺と同じ穴の貉、現実に妥協しただけの選択だ。そんなもんで世界の何が変わるってんだ。

 旦那の信じてるものは正しいんだよ。本当に強いのはアンタみたいな人だ。戦場を思い知って、現実ってやつの非情さを何度も見せられて、それでも人の正しさを見失わなかった、ダン・ブラックモアこそが強くて正しい人間なんだ』

 

 けれども、戦術の是非だけが、サーヴァントとの相性とは限らない。

 非道の手段に賛同する、非情のマスター。そんな輩には、狩人(アーチャー)は決して忠義を誓う気にはならないだろう。

 同類であるからこそ見えてしまう、その根本にある芯の醜さ。それを知るからこそ、そうした者を勝たせてはならないと分かっている。

 

『ほんと、大したもんだと思いますよ。俺なんかには過ぎた"主君(マスター)"だ。

 一応さ、これでも俺って英霊っすよ。人間の上位存在なんすよ。人の祈りの具現だの、霊長の守護者だの、色々言われてる結構すごい奴なんですよ。

 なのに、そんな英霊の俺に対してまるで物怖じしねえでやんの。ずけずけ人の心情に踏み込んで、大真面目に説教かましてきて、堂々と真っ当な道理を並べてきやがって。まるで――』

 

 ――まるで、本当の父親であるかのように。

 

 幼少の頃、もはや記憶も定かではない父との思い出。

 顔も声も、まともに思い出す事は出来ない。それでも、父に教わった術の数々は、後の人生で彼を生かす何よりの助けとなった。

 ドルイド僧の秘術。一人の青年を、軍隊すら相手取る技巧者へと押し上げた何よりの要因。その技の助けを受ける度に、狩人(アーチャー)は父の存在を近くに感じていた。

 

 ダンの告げた否定とは、決して侮蔑の意味ではない。

 誤った行いを糺そうと、憎しみではなく慈しみから叱る、それは父親にも似た厳しさと温かみ。

 

 いつしか狩人(アーチャー)は、そこに父性を感じていた。

 

『そんなアンタを死なせたくねえ、敗けさせたくねえんだよ、俺のせいで! 弱っちい俺なんかのために、アンタほどの人が敗北するのが許せない。

 この戦い方を選ぶ理由なんて1つですよ。真っ当なやり方、尋常な決闘、そりゃそっちで勝てるならそうしたいですがねえ。あいにく自分の事はよく分かってるんすよ。俺にその手の奇跡なんざあり得ないって。

 所詮、ひねくれ者のリアリストでね。見込みのない博打は願い下げだ。そんな格好付けるだけの自己満足に興味はねえ。だったら、残ってるのなんてこのやり方しかないでしょうよ』

 

 どんな過程を経たとしても、勝てなければ意味はない。

 だって勝てなければ終わりなのだ。敗者は消滅し、退場するのが定め。やり直しは一切ない。

 ならばやる事など決まっている。それがどのような手段であれ、ダン・ブラックモアを勝利へと至らせる。それだけが狩人(アーチャー)の成すべき事である。

 

 ダンを勝たせたい。この老騎士にこそ聖杯を握らせたいと本気で思っている。

 そのためならどれだけ己が泥を被る事になろうと、ダン自身の信条に反する事になろうと構わない。

 願いがあるとすれば、それはダンとの勝利。誉れがあるとすれば、それはダンと肩を並べる今である。この父にも似た老騎士と共にある事が、狩人(アーチャー)にとっての誇りだった。

 

『たとえ泥を被って、性根まで薄汚れようが、それでも譲れないものがあるから、人は必死になって足掻くんだろう。なあ、そうじゃないのか、旦那』

 

 その言葉に、ダンはようやく得心する。

 己の祈りは、過去に囚われた死者のそれだ。望みだと口にしておきながら、狩人(アーチャー)が言う必死の思いが欠けている。

 そもそも、自分の願いとはどちらなのだろう。亡くした妻か、それとも適わなかった騎士たる在り方か、もはやそれすら判然としない。

 ただどちらにせよ、必死の思いなど抱けそうにない。意志は堅くとも、何が何でも大望を果たさんとする獰猛な熱意が、この老骨の身には既に失せてしまっている。

 英霊という、既に死した過去の亡霊であるはずの狩人(アーチャー)の方が、生命のカタチとしての正しさを有しているとは、何という皮肉だろう。

 

「愚かだな、本当に。何と愚かな勘違いをしていた事か」

 

 己の事さえ見えず、周りの事も碌に見えてはいなかった。

 同胞だの、望みを同じくする者だのと、それしきの言葉で片付けて、その内にある思いに気付こうともしなかった。狩人(アーチャー)の身を尽くす忠節に報いようとしなかったのだ。

 そんな有り様で、恥じない在り方だとは笑わせる。ましてや人間としての在りし日を取り戻せるはずもないのに。

 

『まあ、旦那の信条とは何処までも合わないもんかもしれませんけどね。理解して、とまでは言いませんが、せめて今回くらいはお目零してくれませんかねぇ?』

 

「……いや。もう十分だ、アーチャー」

 

 未だ自嘲的な狩人(アーチャー)に、ダンは静かな口調で告げた。

 

「おまえに委ねよう。少なくともこの戦いに限っては、どんな手段にも口出ししない。如何なるものでも、それはダン・ブラックモアの手段だとして認知する」

 

 その言葉は、即ちダンが受け入れた事を意味している。

 卑劣な手段、非道な戦術、狩人(アーチャー)が用いる戦法の数々を、一時でも己のものとして。

 それは真なる主従のカタチ。主と従者、互いを容認し、信頼した上で肩を並べる同胞である。

 

 そして、それは狩人(アーチャー)にとって、何よりも求めていた言葉だった。

 ダンの信条を叶えたい。そう願いながらも己の力の無さから意に反した戦いしか出来なかった。

 口ではどう言い繕おうと、それが無念でなかったはずがない。もしも他のサーヴァントだったならと、憤りの思いは常に胸の内にあった。

 

 そして今、初めてお互いの向く先が揃っている。

 マスターと、父とも仰ぐ相手だから、それが何よりも嬉しかった。

 

『……なあ、旦那。1つだけいいかな?』

 

 だから、最期にもう1つだけ。

 今まで訊く事が出来なかった、ある疑問を吐き出した。

 

『旦那はさ、正直なところ、サーヴァントが俺でよかったのかな?』

 

 その問いに込められた思いを察せられないほどに、ダンは愚鈍ではなかった。

 

「ああ、勿論だとも。他のサーヴァントなど考えられん。ダン・ブラックモアのサーヴァントは、おまえ以外にあり得んよ」

 

 それは同情心の言葉ではない。本心からの思いである。

 気付けただろうか? 他の英霊との契約で、己の思い違いと今の悟りに。

 たとえ望んだ通りの戦いが出来たとしても、そこにあるのは老いた果ての息吹なき行軍だ。そんな様では何も得られはしないだろう。

 

 他の誰でもない、狩人(アーチャー)だからこそ悟れたのだ。己と近しい道を歩きながら、違った解答に行き着いた彼であったから、今の自分がここにいる。

 

『そうか。へへ、ずっと気になっていたんすが、そうかぁ。俺で、いいんだ』

 

 心中での呟き。内に生まれた誇らしさを、狩人(アーチャー)は確かに実感していた。

 

『なら頼むぜ、旦那。弱っちくて狡いばかりの俺だが、勝ちへの汚さだけは自信があるんだ。俺はまだ、何も諦めてなんかいないんだぜ』

 

 心に響く声に含むのは、信頼と共にある確かな自信。

 同胞の告げる言葉に、ダンは何も疑問に思う事なく信頼を返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「語らいは済んだのかな?」

 

 直の耳に届く声が、ダンの意識を正面の男へと引き戻す。

 対峙の中、サーヴァントと語らうダンにも、甘粕は手出しをしないままでいた。

 

「ふむ、見過ごされていたか。これは礼を述べておくべきかね?」

 

「構わんとも。死闘の最中、極限の密度でしか出せない心境もあるだろう。そこで何らかの解答が得られたのなら、俺としても喜ばしい」

 

 愚行の指摘に意味はない。この愚かしさこそが甘粕正彦の本質である。

 たとえ敵に利する行為だとしても気にしない。それで彼が望むものが見られるのだとしたら喜んでするだろう。

 甘粕正彦は人の意志を愛しているから。その輝きを目にするためならどんな馬鹿げた真似でもやってのける。

 

「……貴君は、どうしてそこまでする? 望むところは理解できたが、やはり納得はできない。その行動は、あまりにも道理から逸脱している。貴君を支える骨子とは何だ?」

 

「それこそ分かりきった事ではないか。俺は人の意志を愛している。その勇気を、克己を、輝ける姿の全てを尊んでいるのだ。故に守りたいと願い、見届けたいと望む。何もおかしくあるまい。

 西欧財閥へ反抗するのも、結局はそれだけのためだとも。停滞に身を委ねて歩みを止める。そのような木偶の世界など認められるはずがない。自ら閉じようとする人類の未来、必ずやこの俺が再び立ち上がらせてみせよう。

 我が祈りに私心はない。そんなものなら自力で手に入れている。俺が願うのはただ一点、人の目覚め、それだけだ。そのための世界を、聖杯を用いて流出させる」

 

 猛々しく言い放つ様、まさに純心そのものだ。

 そこに偽心など1つもないのだろう。たとえ初見の者でも、問答無用に信じさせる思いの真っ直ぐさ、そして熱量。

 まさしく破格の益荒男だ。甘粕正彦こそ勇者であり、怪物の呼び名にも相応しい。

 

 故にこそ、ダンにも目の前の男の異質さが理解できた。

 

「……なるほど。遠坂凛が何故袂を分ったのか、その理由にも得心がいった」

 

 もはや迷いはない。ダンの眼に戦意の火が灯る。

 年月を刻んだ樹木のように揺るがず、変わらなかった歴戦の老騎士に、再び生命の熱が甦ろうとしている。銃身を握る手に力が篭った。

 

 そう、もはや立ち竦んでいるだけなど有り得ない。

 元よりあり得ない選択だったのだ。倒すべき相手を前にして静観しているなど。

 それでは何も変わらない。座して敗北を待つのみだ。覚悟を決めて動き出さねば、勝利は決して得られない。

 

 分が悪い? それがなんだ。

 戦闘者として相手が優れる? だからどうした。

 己のサーヴァントが、否、自分などを慕ってくれる若者が、今まさに命を懸けているというのに。それを自分は指を咥えて見ているだけなのか。

 何を馬鹿な、有り得んだろう。そのような無様さで、誇れるものなどありはしない。狩人(アーチャー)が諦めていないというのなら、自分もまた動かねばならない。

 

 意志は決まった。為すべき事は1つである。

 ダンは甘粕に敵わず、狩人(アーチャー)軍将(アーチャー)に及ばない。だが、まだ敗北には至らない。

 これは1人の戦いではない。ダンと狩人(アーチャー)、2人の主従による戦いなのだから。

 

「ひとつ、尋ねておこう」

 

 恐らくは、この問答が最後となるだろう。

 そう予感しながら、ダンは甘粕に問いを投げた。

 

「貴君はわしの欠落に気付いているようだった。一体何を以て、貴君はそのように判断したのか」

 

「どうという事でもない。知っての通り、我々はこの月での邂逅が初だろう。人となりもよくは知らんし、何かを言えるほどではあるまい。

 別に今の有り様も欠落と言うつもりはない。騎士道という戦い方についても文句はないさ。恥じる事なき道義に自らを律する。それはそれで十分に有りだろう」

 

 甘粕正彦は他人の在り方を否定しない。善性であれ悪性であれ、人の行いを等しく認める。

 彼が重要視するのはあくまでも絶対値。思いに懸ける意志の強度、それさえあればどのような在り方であれ、見るべき人の輝きであると。

 

 故に、甘粕が嫌悪するのは意志の惰弱。自身の思いに重さのひとつも乗せられない軟弱さこそ、人を腐らせる害毒であると断じていた。

 

「だがな、貴方にとってはどうであれ、ダン・ブラックモアの価値とは歴戦を生き抜いた軍人である事だろう。長きに渡る軍役、練磨された年月が戦士としての貴方を構成する。

 それを自ら放棄した。生涯を費やして得た価値を無意味だと切り捨てたのだ。その果てに、一朝一夕の騎士道など持ち出されて、一体何を期待しろと言うのだ?」

 

「……仰る通りだ。返す言葉もない。わしも随分と耄碌していたようだ」

 

 甘粕の指摘に、ダンは何も言い返さずに頷いて肯定を示した。

 

「歩んだ過去の軌跡は、どうしようもなく己のものだ。如何な後悔があろうとも、積み上げてきたそれらこそが今の自身を形成する。新しい道を歩き出すには、わしは些か歳を取りすぎた」

 

 思い返すのは己の足跡。半世紀以上の年月を刻んだ生涯の過程だ。

 多くの後悔があった。多くのものを蔑ろにした。誇れる道だったとは言い難い。

 それでも、それこそがダン・ブラックモアという人間なのである。その歩みを否定して、古錆びた騎士道を持ち出しても、目の前の男に勝てるわけがない。

 

 甘粕正彦は意志の勇者、そして怪物だ。前に進む力という観点で、質も強さも遥かに上をいく。

 初めから勝てる道理はなかった。未来へ歩む力を失った時点で、自分に先などなかったのだ。

 

「だが、こんなわしにも献身を捧げてくれる者がいるようだ。ここで折れれば、その忠心まで踏みにじる事になる。及ばざるとは理解しているが、この老骨の全てを懸けて挑もませてもらおう」

 

 そうしてダンは、明確な宣戦を告げた。

 勝てないとは承知している。それでも成し遂げんとするのは、その覚悟。

 怖れも、諦めも、全て飲み込んだ。余さず咀嚼し、揺るがぬ戦意に変える老熟した精神だ。

 

 手にある古式の銃身。充填はとうに終わっている。

 その感触が頼もしい。戦士としての姿勢、忘れていた鉄の銃身たる己が甦った。

 

「……ああ、待ちわびたぞ、この時を」

 

 そして、誰より人の意志を尊び愛する甘粕である。老騎士の内に生まれた克己の意志を、即座に感じ取っていた。

 その表情は喜色満面、好敵手の目覚めに示すのは明らかすぎる歓迎だ。相手の意志に応えるように、甘粕もまた気迫をみなぎらせて腰の軍刀へと手を置いた。

 

 そう、元より意志の性質など問うてはいない。

 大切なのは絶対値だから、立ち上がれたのならどんなものであろうと気にしない。

 見込みとは違った奮起の仕方であろうが構わない。あまねく意志を等しく認める男のこと、何であれ見るべき光があるなら称賛するばかり。

 理解と紙一重の盲目さ。対峙するあらゆる魂に敬意を示し、同時に闘志を高められる異形の心は、戦闘者としてこの上ない精神性であった。

 

 そこから先は、もはや互いに黙して語らない。

 語るべき事は全て語った。後は本来の意義に立ち戻り、ただ死合うのみ。

 両者がそれを理解している。静止していた時が動き始める、一触即発の気配が間にあった。

 

 互いの手は、すでに各々の武器を触れている。

 即ち、抜き打。刀を、銃を、引き抜いた次の瞬間には決している。

 それは嵐の前の静けさだ。一瞬一瞬が何倍にも引き延ばされる濃密な時間、静寂の内に数秒が経過する。

 

 果たして切っ掛けは何だったのか。

 対峙していた両者にも正確なところは分かるまい。

 互いの直感が同じ何かを悟ったのか。どうあれ両者が動いたのはほぼ同時の事だった。

 

 剣閃が奔る。銃声が響く。

 瞬時の踏み込みの後、2人の影が交錯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――是非にも及ばず。ここまでじゃ、狩人(アーチャー)よ」

 

 そして、英霊同士の対決にも決着の刻が訪れる。

 

 未だ軍将(アーチャー)の眼には、狩人(アーチャー)の姿は見えてはいない。

 不可視化の宝具『顔のない王(ノーフェイス・メイキング)』。纏った者の姿を完全に隠蔽する緑衣は、今も狩人(アーチャー)の抵抗を支える重要な生命線だ。

 これがあったから、今まで何とか凌げていた。そうでなければ軍将(アーチャー)の持つ圧倒的な物量の前に容易く打ち倒されていただろう。

 

 しかしそれにも、遂に限界が訪れた。

 軍将(アーチャー)は、ただ乱雑に無数の銃火を扱ってきたわけではない。

 繰り出す一手にはそれぞれに意味がある。さながらそれは詰め将棋。稀代の軍略家たる彼女の見識は、不可視の姿を暴く事なくその存在を曝し上げようとしていた。

 

 ばら蒔かれた銃弾の大半は空を切り、何もない地面を穿つ。

 しかしそれも1つの情報だ。標的を捉えなかった事は、そこに標的がいない事も意味する。

 そうして出揃っていく情報、外される予測位置。銃撃の弾幕が相手の逃げ道を限定して、ゆっくりと包囲網を狭めていった。

 そして遂に、狩人(アーチャー)のあらゆる逃走経路が封殺される。軍将(アーチャー)が特定した予測位置、何もないと見えるその一帯は的中していた。

 

 詰み、である。

 向けられる多数の銃火を防ぐ術は、狩人(アーチャー)にはない。

 一斉砲火が放たれれば、その身は成す術なく穿たれて散り果てるだろう。

 

「足掻きも徒労に終わったか。だがそうした無情もまた習いなり。そのまま散り逝けぃ」

 

 発せられる将の号令。そこには容赦も慈悲もない。

 王の意志が伝播した種子島は、即座にその銃弾を吐き出すだろう。もはや進退窮まっている狩人(アーチャー)にそれを止める事は不可能だ。

 

 故に、その殺意を止めたのは力ではなく、行動そのものの意外さだった。

 

「……何のつもりじゃ? 今さらになって観念したか?」

 

 訝しんで尋ねる軍将(アーチャー)。彼女の目の先では、不可視の衣を脱ぎ捨てて狩人(アーチャー)がその姿を現し出てきていた。

 

「あいにくと、そんな殊勝な心掛けならもうちょい賢い生き方しているぜ。生前にも、この難儀な性分のせいで随分と苦労したクチなんでね。

 とはいえ、流石にこの期に及んで縮こまって隠れてても仕方ねえだろ。俺の力じゃあこいつはもうどうしようもない。このまま姿も無しに消えるってのもどうかって思ってな」

 

「何処までも弁えた奴。結局、英雄の如き勇猛さとは無縁であったが、そこまで徹するならば価値の1つもあるやもしれぬな」

 

 それは軍将(アーチャー)なりの賛辞であったのだろう。

 勇猛を誉れとする者は幾らでもいる。戦場の華、鉄風雷火を切り裂いて現れ出でる雄々しさは、まさしく英雄たるものの典型だ。

 士の誉れよりも実利を求め、戦場に新たな価値観を生み出した革新の王。武人の戦果を良しとしなかった奸雄にとって、狩人(アーチャー)の現実に沿った卑劣さには見るべき所もあった。

 

「そうだ、俺じゃあアンタには敵わねえ。俺の方がはっきりと弱いからな。いくら英霊に伝承ごとの優劣が無かろうが、一介の義賊風情が統一戦争に勝ち上がった王様より強かったら道理が合わない。非難轟々、主観混じりの脚色も度が過ぎてるってな」

 

 だが、その賛辞を狩人(アーチャー)は聞いていない。

 敵からの称賛を誉れとして敬意を表する、そんな英雄らしい行為をしている余裕はないのだ。

 誉れよりも実利を、軍将(アーチャー)と性質を同じくする狩人(アーチャー)だからこそ、彼の意識にあるのは己の、ひいてはマスターの勝利だけである。

 

「だから、マジでどうしようもなかったんだぜ。俺一人の力じゃあな」

 

 狩人(アーチャー)は弱者だ。英霊としてどうしようもなく格下だ。

 それを弁えているから、決して博打のような真似には打って出ない。勇気と決意で不可能を可能にする、そうした英雄の奇跡は自分には無いと分かっている。

 彼が覚悟するとすれば、それは別の事だ。勇猛に前へと踏み出す覚悟ではない。たとえ無様で光明など見えなくても、足掻きながら勝ちに繋がる道筋を探し続ける覚悟である。

 

 だからこそ、雄々しく立ち上がったその時には、すでに勝ちへと繋がる道を見つけてなければならない。

 

「本当にな、――――助けてくれてありがとう、旦那」

 

 瞬間、両者の間を挟んだ地面が、毒の瘴気を撒き散らして爆散した。

 

「ぬっ!? まだこんな仕掛けを残していたか」

 

 即座に後退する。軍将(アーチャー)にダメージはない。

 不意こそ突かれたが、それで一矢報いさせるほどの甘さはない。どんな場合でも対応可能なよう、常に意識では身構えている。

 そして自身が退いたところで、軍将(アーチャー)の攻撃には些かの影響もない。展開された種子島の銃列は、既に狩人(アーチャー)を包囲し捉えているのだ。

 

 号令が下されて、無数の銃口が一斉に火を噴いた。

 軍将(アーチャー)率いる銃火の列に狂いはない。逃走する余地も与えずに、銃弾は狩人(アーチャー)を蹂躙した。

 

「な、にぃ……ッ!?」

 

 いや、蹂躙した、かに見えた。

 だが目の前に広がった光景は、軍将(アーチャー)をして驚愕に値するものだった。

 

 狩人(アーチャー)がいたはずの場所にあるもの、それは樹木。

 それも人の身の丈など遥かに超えた、成熟した樹木である。突如としてそれが大地を貫き、軍将(アーチャー)の目の前で立脚した。

 発射された銃火が穿ったのはそれだ。銃弾の雨に晒されたその樹木は、そのまま残骸を散らして崩れ落ちた。

 

 この樹木には、軍将(アーチャー)も覚えがある。

 3日目に起きた衝突。アリーナ内を毒の瘴気で満たした樹木と同じものだ。

 真名から考えるなら、その樹木こそは『イチイの樹』。かの義賊が活躍した森に生えていたとして、逸話においても義賊と密接な関係をある毒性を持った類である。

 狩人(アーチャー)にとっての象徴であり主武装といっても良い。この樹を狩人(アーチャー)が用いてくる事自体は何ら不思議と思うものではない。

 

 だが、()()()()

 眼前の樹木が現れたのは、一瞬だった。軍将(アーチャー)が号令をかける瞬きほどの間に、それは毒の樹木として機能するまでの成長を見せたのだ。

 ここまでの軍将(アーチャー)は、そこに至る前に潰してきた。仕掛けを警戒するだけでなく、仕掛けそのものを用いさせない。自身も狡猾な策略家として、常に一手先を読み切る事で。

 これほどに早く仕掛けを用意できるなら、何故今まではそうしなかったのか。そうすれば今までの展開も、ここまで一方的なものにはならなかったはずだというのに。

 

 いや、それだけならば不思議には思っても、驚愕までは見せなかった。

 軍将(アーチャー)の目の前で育ってみせた『イチイの樹』は、一本きりではなかった。

 周囲の景観が変貌していく。古の闘技場(コロッセオ)の姿は、無数に乱立していく樹木の群によって覆い尽くされていた。

 それは『森』の侵略だった。根を張り、起立した毒の樹木、それが決戦場を塗り潰して現れた風景は、まさに"森の義賊(ロビン・フッド)"を象徴する『(シャーウッド)』のものに他ならない。

 

 周囲を『森』に飲み込まれる。もはやこの場では軍将(アーチャー)こそ排斥されるべき異物である。

 これだけの規模の事を、事前の予兆もなく、軍将(アーチャー)に潰す暇さえ与えずにだ。そんな事は不可能であり、故にこそ広がる光景は異常以外の何物でもない。

 

 ――否、その実、見当ならば付いている。

 

 不可能をも覆す奇跡の対価、この月に集ったあらゆる主従が有するそれの存在を、軍将(アーチャー)とて無論のこと理解していた。

 

「毒血、深緑より沸き出ずる。隠の賢人、ドルイドの秘蹟を知れ」

 

 森に潜みし者、圧制者を誅する義賊。

 "森の狩人(ロビン・フッド)"、現れた森の影へと溶け込んで、既にその手には弓を構えている。

 

 これは狩人(アーチャー)だけの力で実現できるものではない。

 言ったように彼は罠師、そして罠とは事前の仕込みがあってこそ真価を発揮する。

 単体の力では、ここまでの地形改変じみた現象は起こせない。それが出来るほどの英霊としての霊格を、狩人(アーチャー)は有していないからだ。

 

 この『森』を実現したものは、令呪。三画のみの奇跡の対価こそ、何よりの要因である。

 

 仕込みならば、事前に行っている。

 軍将(アーチャー)が振るう三千の銃火に追われ、しかし何もしなかったわけではない。

 ここまでの足掻きは無意味ではない。無為にも見えた反撃には意味がある。今こうして展開されるイチイの樹の群、その種子はその時に巻かれたものだ。

 全ては計算、偶然や奇跡に縋った成果では断じてない。そしてだからこそ、己だけの力ではどうしようもないという事も分かっていた。

 

 奇跡が必要だった。狩人(アーチャー)だけでは決して手が届かない奇跡が。

 ダンが辿り着かせてくれたのだ。マスターが与えてくれた令呪(きせき)の恩恵が、この起死回生の一手へと繋げてくれた。

 

「受けろよ、軍将(アーチャー)。これがシャーウッドの森に伝わる殺戮技巧、姿なき自然の化身の一矢。

 我こそは謳われし"森の狩人(ロビン・フッド)"、そして――――」

 

 もはや『(シャーウッド)』そのものと化した決戦場、充満した毒の瘴気からは逃れようもない。

 その中心に立たされた軍将(アーチャー)。その身はすでに幾つもの不浄の毒素に蝕まれている。

 軍将(アーチャー)の眼から狩人(アーチャー)の姿は再び消え去った。木々に紛れて自然と一体であったとされる透明の王、森の人。『森』が現れた今、その姿は誰にも捉えられない。

 

 外法である。非道である。誇りなどとは縁遠い、英雄らしからぬ卑賤な輩。

 全て自覚している事柄だ。それに対する負い目は今もある。それでも、たったひとつ手に入れた誇れるものを、狩人(アーチャー)は掲げてみせた。

 

 

「――――俺はダン・ブラックモアの"英雄(サーヴァント)"だ」

 

 

 己は外道だ。掲げる旗さえ持たなかった自分に、正しさを語る資格はない。

 だからこそ、真に正道を歩む者のために仕えたかった。その道を支える事が出来たなら、卑しさばかりの自分でも、少しは誇らしさなんてものを感じられるかもしれないから。

 

 胸に秘めていた願いは、すでに叶っている。誰より正しい騎士道の下に仕える事が出来たから、その騎士に認められた事こそが、何よりの"誉れ"であったのだから。

 

 弓弦を引き絞る。装填された一矢へと渾身の力を込めて。

 身に宿す不浄を暴発させる毒の矢尻。単一では真価を発揮し得ない宝具、その"必殺"を顕現させるための条件はもう揃っている。

 標的は矢の先に、狙った獲物は逃さない。狩人(アーチャー)たる者の技量の冴え、ここに示す。

 

祈りの弓(イー・バウ)――――!!!!」

 

 持てる勝算の全てを賭けて、集大成たる一矢を射ち放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑の矢が奔る。

 音も無く、姿も無い。森の一部と溶けた矢の存在を察知する事は困難極まる。

 『イチイの樹』より作成された毒矢、真名解放を経たその効力は、如何なる英霊であろうとも致命に繋がる。

 身の内に森の毒を持つ軍将(アーチャー)が受けたなら、致死から逃れる事は不可能だろう。

 

 迫る危機を察知できず、捉えたはずの狩人(アーチャー)を見失った。

 先までの展開から一転しての窮地である。耐え忍んだ末に磨かれた弱者の牙、それが今まさに強者たる軍将(アーチャー)を狩り獲らんと剥いていた。

 

 有する三千の銃火でも、これを防ぐ事は適わない。

 もはや軍将(アーチャー)に打つ手はない。対処すべきものが映らず、殺意だけが身を貫いている。

 射手にあるのは確かな手応え。狩人(アーチャー)自身、内心で勝利を確信した。

 

 

「――――顕せ、■■■■■■■!!!!」

 

 

 刹那、闘技場を森で埋め尽くした時と同様に、燃え盛る大火が世界を覆い尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――何が、起こった?

 

 思い浮かんだ疑問はそれ。寸前までは勝利の確信さえあったというのに。

 覚えている、己の『森』を塗り潰した炎の赤。地形改変ではない、世界そのものを上書きしたかのように現れた地獄の風景。

 

 そして元いた場所に戻された時、狩人(アーチャー)の身には無数の銃創が刻まれていた。

 

「て、めぇ……なにしやがったぁ……ッ!?」

 

「事前に仕込んでおったのは貴様だけではなかったという事じゃ」

 

 力無く崩れ落ちる。

 もはや身を起こし支える事すら叶わない。

 銃弾は確実に急所を貫いている。完全な致命傷だ。

 もはや消滅は避けられない。狩人(アーチャー)は敗北したのだ。

 

「貴様に"(シャーウッド)"があるように、わしにもまた己の"世界"があった。それだけの事じゃ」

 

「俺の策を、読みきってたってのか……ッ!?」

 

「うつけめ。出し抜けると思うたか? 一時軍勢を退けてみせた程度で、乱世の修羅場を勝ち抜いたこのわしを。あれしきの策で倒れるようでは、天下になど到底届かぬわ」

 

 倒れた狩人(アーチャー)に、軍将(アーチャー)は無情にも言い捨てる。

 

 決戦場を覆い尽くした『イチイの樹』。戦場に再現された『シャーウッドの森』。

 その上に、更なる"世界"を上書きした。軍将(アーチャー)が有する心象風景、それを具現化する"宝具"で以て。

 毒の瘴気はかき消され、森に潜んだ狩人(アーチャー)は曝け出された。姿を顕わとされてしまえば、もはやその身を守る手段は何もない。

 捉えた好機を、軍将(アーチャー)は決して逃さない。銃撃の雨に晒されて、成す術なく狩人(アーチャー)は蹂躙された。

 

 世界の上書き。それほどの大儀礼が容易いものであるはずがない。

 たとえ事前に準備を整えるにせよ、狩人(アーチャー)の手を読んでいなければ間に合わない。『森』を展開し終えた後では駄目なのだ。

 軍将(アーチャー)は読んでいた。狩人(アーチャー)が賭けた起死回生の策、令呪を費やした『森』の発現を見抜いていたのだ。

 

「貴様にとっての必勝とは、毒に侵させてからの一矢であろう。過程はどうあれ、貴様がこの戦法を選んだ時点で、最後はそうくると予測できた。

 ならばそれを潰す手を用意するまで。万一にも逃れられた時、貴様を引き摺り出す手段をな」

 

「ち、くしょう……ッ!」

 

 軍将(アーチャー)の声は冷徹だ。狩人(アーチャー)を戦果を認める様子は微塵もない。

 罠師である狩人(アーチャー)の仕掛けを読みきり、その先を行ったのだ。相手の土俵である策略においても上回った、ならば軍将(アーチャー)の態度も必然と言えるかもしれない。

 

 しかし、果たして軍将(アーチャー)は自覚しているのだろうか。

 "世界"は彼女にとっての秘中の秘。『三千世界(さんだんうち)』を超える真の宝具である。

 本来ならばこの戦いに用いるべきものではない。それは狩人(アーチャー)を侮っての事ではなく、純粋に相性からくる問題だ。

 その宝具とは、神仏の否定。神性、信仰に類する存在を滅ぼす地獄を具現化させるもの。

 神仏であればこそ、"世界"は効果を発揮する。神性を持たない狩人(アーチャー)に対しては、その真価を発揮できない。

 要は割りに合わないという事で、使用する事自体がすでに悪手である。

 

 だというのに、使()()()()()

 その原因は他でもない、狩人(アーチャー)に追い詰められたからだ。

 軍将(アーチャー)にとって、この備えは言葉通りに万一の事態を考えてのもの。まず使用する事はあり得ない、そう前提にした上での用心の策なのだ。

 使わされたという時点で、事態はすでに軍将(アーチャー)を予想を越えたということ。それは狩人(アーチャー)の一矢が、確かに軍将(アーチャー)へと迫っていた事の証左である。

 

 軍将(アーチャー)にそれが分かっていないはずがない。

 なのに黙して語らずを貫くのは、それを讃える事の無意味さを理解しているためか。

 正道の誉れよりも、非道の果ての勝利を望んだ狩人(アーチャー)。厳然たる敗北が定まった以上、もはやどんな言葉にも救いの価値はない。

 その命運を焼き落としたのは己自身。労いなどそれこそ欺瞞に満ちた戯言に過ぎないと、彼女の背中はそのように語って見えた。

 

「……すまねえな、旦那。足掻いてみたが、やっぱ俺じゃあ荷が重すぎたみたいだ」

 

 ノイズが走る。それは黒い影のように、狩人(アーチャー)の身を蝕んでいく。

 聖杯戦争の宿命、敗者は塵となり尽き果てる。その結末が狩人(アーチャー)にも訪れつつあった。

 

 消失の中、狩人(アーチャー)が思うのはマスターの事。

 勇んで意地を通してみせた所で、結局はこんなオチだ。泥を被ったところで何も成果が得られないとなっては本当に笑えない。

 無念、無念だった。せっかく得られた誇りに対し、何も報いる事が出来ないなんて。

 

 所詮は三流のサーヴァント。情けない事この上ない。

 ダン・ブラックモアと契約を結ぶには分不相応、その隣りにはもっと出来のいい英霊が立つべきだと今でも考えてしまう。

 

 ――しかしそれでも、本音が叫ぶのは、どうか次もまたという願いなのだ。

 

 仮初の存在が消えていく。

 薄れいく意識の中で、思い浮かべるのはもしもの風景。

 有り得ないとは分かっている。それでも、もしも次というものがあるのなら、と。

 またの機会、再び自分を選んでくれたなら、次こそは必ずや最期まで戦い抜いてみせよう。

 

 

 ――――そん時には、まあ、説教はほどほどにお願いしますよ、旦那。

 

 

 益体のない想像に笑みを溢して、狩人(アーチャー)は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何を言うのだ、狩人(アーチャー)

 

 そして、サーヴァントらと同じく、マスター間の戦いにも決着はついていた。

 

 片方が倒れている。血溜まりに沈んだ姿に、今一度立ち上がる力は見えない。

 ムーンセルの判断を待つまでもなく、勝者と敗者は明白だ。交錯の果て、倒れたのはダンの方だった。

 

「おまえは十分にサーヴァントの務めを果たしてくれた。おまえでなければ、わしは決して今ある境地には至れなかったろう。

 わしではない、おまえだ。囚われた妄執ではない、過去への矜持を貫いたおまえこそが真に誇りある者だった」

 

 絞り出すような声に力はない。弱りきったその様子は、ダンが死の淵にある事の証左だ。

 だが、そこに絶望はない。消滅の運命を前にしながら、その眼差しは穏やかでさえあった。

 

 ダンの心は満ち足りている。言葉よりも雄弁に、彼の表情が語っていた。

 

「本懐は果たされたのかな?」

 

 敗者らしからぬダンの姿に、勝者たる甘粕が問いかけた。

 

「……さて、当初の考えとは大分違ったものとなったが、これで良かったのだと思えている。

 望んだものには届かなかったが、代わる答えを得られた。ならば悔いも残すまい」

 

「最後の一合は見事だったよ。前に進もうとする気概が感じられた。

 あれでこそ、かつて俺が乗り越えんとした御仁。挑むにたり得る強さであった。

 素晴らしかったぞ、騎士(サー)・ダン・ブラックモア。貴方という試練を俺は胸に刻もう」

 

 それは称賛なのだろう。相手を好敵手と認め、甘粕は惜しみない賛辞を送っている。

 その姿勢は尊敬に値する。敬意を払うべき在り方なのは間違いない。だがそれを聞いても、今のダンにはひどく上滑りに響くのだ。

 

「……その腕、剣を手にしているのは利き腕ではないな?」

 

 黒色の軍刀を握る甘粕の『左手』を指し、ダンは指摘する。

 

「思えば、違和感は随所にあった。最後の交錯、その不調の存在が無ければ、令呪の使用にまでこぎ着けられる事も無かっただろう。

 まったく、最後まで狩人(アーチャー)の世話になってしまったか。耄碌も極まったな」

 

 甘粕の右腕には、3日目の際に狩人(アーチャー)が刻んだ毒がある。

 蝕む毒性は未だ拭えていない。甘粕は今も片腕を封じられた状態だ。

 それが無ければここまでの善戦は無かっただろう。ダンのやり方を貫こうとしていれば、今に至る事はなく呆気ない幕引きがあったはずだ。

 結局、この戦いを支えてきたのは狩人(アーチャー)なのだ。勝利に向かおうとするひたむきな意志こそが、聖杯戦争での強さとなるものだと証明するように。

 

「……甘粕正彦。貴君にひとつ尋ねたい」

 

 目の前の男は、恐らくはその権化。意志の強度ではまさしく最強だろう。

 そんな男が相手だからこそ、ひとつの疑問がダンの中に思い浮かんだ。

 

「貴君にとって、過去とはどういうものか? 家族、友人、人の営みの中で築いてきた数々の思い出。そういったものらは、貴君には如何に映るのだろうか?」

 

 ダンにとって、それは未練。

 選ばなかった人生、得られなかった日々。それらを求めた後悔こそが彼の願いだ。

 それは後ろを向いた、過去に囚われた祈り。前を見据えて未来を求める意志を持てなかったから、勝利への確固たる信念を持ちきれなかった。

 

「俺が思うに人の過去とは、その人間そのものだ。成長、感動、挫折、様々な経験を経て学び、現在という大地にそれぞれの人間は立っている」

 

 淀みのない答えを甘粕は返す。

 整然とした言葉には迷いが一切見られない。内容自体も真っ当で、異質なものは何もない。

 

「蔑ろとすべきではない、かといって囚われるべきでもない。どれだけ耐え難い経験があろうと、しかと刻まれた過去から逃れる事は出来ないのだから。また同時に、所詮は過ぎ去ったものでしかなく、それによって今の行いを縛られるべきではない。

 己が歩んだ足跡をしかと受けとめ、糧へと変えて前に進む。人の生涯とは、その繰り返しだろう」

 

 どこまでも正論だ。共感しやすい言葉は否定する方が難しいだろう。

 甘粕正彦は異端の感性を有しているわけではない。彼の性質は善であり、誰しもが望むものを尊んでいる。決して理解不能な異常者の類いではないのだ。

 

「ならばこそ、我らは脚を止めるべきではない。この身、この意志がある限り進み続けるべきなのだ。いかなる喪失があろうとも、それを超えるものを築く決意が出来たのなら、そこには確かな意味がある。

 そしてその果てには、きっと素晴らしい場所に辿り着けると信じている。誰かに限った話でなく、あらゆる者がその可能性を持つのだと、俺は皆に気付いてほしいだけだ」

 

 そう、異常なのは感性ではなく、それを求める熱意の強度だ。

 単純に桁が違う。他人ならば幾度折れても足りない試練でも、甘粕にとっては当然のもの。

 常人ならば憚られるような言い分も、有言実行でやれてしまうから躊躇わない。正しく真っ直ぐな思いでも、あまりに突き抜けすぎたが故に人ならざる異形と化す。

 

 ダンもまた、それを理解する。この男は止めなければならない者なのだと納得した。

 

「むしろ俺こそ意外であったよ。これしきの道理、貴方ならば当然のように弁えていると思っていたが。歴戦の古兵ともあろう者が、随分と惑いが見えるぞ」

 

「わしを超人か何かとでも思っていたのかね?」

 

 人は本来、それほどに強くない。

 どれほどの思いがあったとしても、時に迷い、恐れて、その歩みを止めてしまう。

 誰もがそう、永劫に歩んでいられる者などいない。それこそが人にとっての正常だ。

 

「あいにくだが、わしは人間だ。己の生き方に疑念を持ち、過去の喪失に未練を抱いてしまう、弱さを持った人間だ。徹しきれる強さなど有りはしない。草臥れた老人に過ぎん」

 

 有り体に言ってしまえば、ダンと甘粕。どちらが正しいかと問えば、甘粕こそがそうだろう。

 過去への未練を祈りとしたダンと、未来を求めて何処までも前へと邁進する甘粕。より尊く正しい行いがどちらであるかは明白だ。

 たゆまぬ信念と熱意で進む甘粕の行動は、常に正しい道理を持った選択となる。己の正義を疑わない、揺らぐことのないその在り方は強さに満ちている。

 

 そう、甘粕正彦は正しく強い。正しすぎて、強すぎて、誰もついていけないのだ。

 

「人は、決して甘粕(きみ)のようにはなれないのだよ……――――」

 

 最期の言葉に力強さはなく、あるのは人としての当たり前の弱さ。

 年老いたる騎士は、その称号に相応しい強壮さなど見せず、単なる老人のままに消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消え果てたダン・ブラックモアの跡を、甘粕は静粛な面持ちで見つめていた。

 反芻されるのは最期の言葉。強きと期待した男の思わぬ姿、それは甘粕の心中にも深い波紋を投げかけていた。

 

「物思いか、正彦よ。あの老兵の死に様には、そなたも思うところがあったと見える」

 

 佇む甘粕の元へと合流を果たし、軍将(アーチャー)が揶揄を含んだ言葉を投げる。

 

「期待したものは見れなかったか? 因縁があるだけ、入れ込み様も結構なものじゃったが」

 

「輝きならば見れたさ。最期の一時、彼が示してくれた意志は俺も満足のいくものだった。

 しかしまた、思う事もある。彼ほどの意志の持ち主が、まさかあれほどの弱さを晒すとはな」

 

「是非も無しじゃな。そなたは人の美点、優れたる所を見抜く眼は抜きん出ておるが、反面、脆弱たる人の脆さに対しては些か蒙昧になる。というより美点を過分に信じすぎて、欠点の存在を疎かとしやすいと言うべきか」

 

 甘粕は人の意志を愛している。立ち向かおうとする勇気を求め、誰よりその価値を知っている。

 だからこそ、迷いや怖れなどの弱さに対しては贔屓目になる。知ってはいても、人はそんなものに敗れはしないと心から信じ切っているのだ。

 

 甘粕正彦は強い人間だ。しかし決して万能な人間ではない。

 それどころか、己の好感に関わる部分ではひどく狭量なところがある。

 一概に大器ある英傑と呼ぶことは出来ない。人の弱さに対する無理解、そんな思慮のない小器さを持ちながら不断の強さだけで押し切ってしまう、そういう類いの大馬鹿者である。

 

「甘粕正彦よ。そなたは確かに優れた男じゃ。その意志といい武勇、行動力ともに傑物と呼んで差し支えない。まさしく英雄たり得る器じゃ。当代において、そなた以上に強さに溢れた者はいないじゃろう。

 だがな、そなただとて老いるのじゃ。勇猛果敢な豪傑も、破格なる意志を持った勇者も、人である限りはこの宿命より逃れられん。どれほど信じ難しと見えようが、衰えの時はやってくる」

 

 軍将(アーチャー)は告げる。晩年までの人生を生き終えた英霊として、必然とやってくる人の衰退を。

 年老いない人間などいない。どのような英雄でも年月と共にやってくる衰えから逃れる事は出来ない。その事実を、決して夢想に逃げない冷徹さで断じてみせた。

 

「これはそなただけに限った話ではない。如何なる英雄であっても、否、英雄であればこそ多くの者がこの道理を前に蹴躓く。当たり前だというに、まこと老いとは厄介なものじゃて。

 輝かしい時分を覚えておるから、自らの衰えを正しく認識できない。故に若かりし頃のままに振舞おうとし、失敗する。往々に晩節を汚す英雄が多いのもこのためじゃ。一度手にした力が損なわれるというのは、言うより遥かに恐ろしいものでな」

 

 英雄とは常として苛烈な生を歩むものだ。

 若かりし時分、最も覇気に溢れた頃に難関辛苦へとぶつかって、踏破した果てに晩年がある。

 魂の全てを燃やし尽くすような、そんな濃密な生を味わった経験こそが、最期には毒に変わる。苦難が大きければこそ衝撃は凄まじく、忘却されずにその者の芯に残り続けるのだ。

 だからこそ、つい同じようにやってしまう。理屈では分かっていても感情が納得しない。年老いて衰えている自分を、充実した時分の己と混同して動いてしまう。

 

 最盛期の栄華とは対象的な、晩年における英雄の凋落。

 古今東西、多くの伝承で語られる悲劇は、命ある人間ならば逃れられない業なのだろう。

 

「昇龍の如く地より天に駆け上った英雄は特にその傾向が強い。サルなどはまさに典型であった。

 何故これしきが出来ない、いや出来るはずだ、我ならば再び必ずや、と。哀れなものじゃ。陽とて天頂に昇った後は、必ずや沈んでいくものであろうに。

 アレはまさに日輪よ。剥き出しの才覚で上へ上へと、その光で多くの者を魅了する。そして昇りきった先でも、また同じく。命を瞬かせて駆け上がる以外の生き方を知らぬ男じゃ。

 わしを超え得る器を持ちながらな、あれはわしの臣下として生きた方が幸せであったよ」

 

「ほう。ならば軍将(アーチャー)、おまえにとっての老いとはどうだったのだ?」

 

「……さて、な。人間五十年、晩年の時期にもたどり着かずに終わった王じゃ。語りたくとも己が知らぬ事は語れんじゃろう」

 

 語りの中に見せる憂いは、生前の己を思い出してのことか。

 軍将(アーチャー)は語らない。彼女自身の苛烈な生に対して、今は何も明かすつもりは無いようだった。

 

「で、そなたはどうする甘粕正彦。老いたる人の姿を見せられて、己自身は何とする? 変わらず信念のままに振る舞い続けるか? それもいずれ朽ちるものと、おまえは実感したはずじゃ」

 

 甘粕正彦は確かに強い。だがその強さとて有限だ。

 いずれは年老い、その意志が枯れ果てる時もくるだろう。そんな事は有り得ないと頑なに言い張るのは、ただ目を逸らすだけの逃避に他ならない。

 それでは勇気とは言えないだろう。破格の意志で進む勇者たる男が、果たしてどのような答えを返すのか。試すように軍将(アーチャー)は問い詰めた。

 

「さあ、そなたの意志は何と示す。決して逃れえぬ現実を目の当たりにし、如何なる姿勢で臨むつもりじゃ?」

 

「変わらんよ、軍将(アーチャー)。俺の意志には些かの惑いもない」

 

 それに甘粕が返すのは、彼という男の意志を表した強く揺るがない答え。

 

「ダン卿の姿には確かに思うところがあった。だがそれで俺の為す事が変わるわけではない。

 そうだろう、俺は己の信念に疑問など持っていない。今さらこの生き方は変えられんし、変えようとも思わない。この道こそが悲願に繋がったものだと信じている

 俺は突き進むしか知らん男だ。他人の弱さに疎いというならそうなのだろう。俺の歩みに付いて来れんというなら、あるいはそうかもしれん。しかし俺が脚を止める理由にはなるまい。

 俺の後に続けとは言わん。この背中から学べと言うつもりもない。俺が与える試練を前に、どうあれ立ち上がるのならそれでいい。それこそ俺が目指す"楽園(ぱらいぞ)"だろう」

 

 そう、結局この男はこうなのだ。

 迷いも弱さも知ってはいても、本質的に理解していない。思い悩む頭はあっても、優先するのは自分の信念だ。そこを違える事だけは決してない。

 それ以外の生き方など知らないし、したいとも思わない。この生き方こそが至上だと、誰よりも本人が思い心の底より楽しんでいるから、止めようなどとはしないのだ。

 

 甘粕正彦は強く、正しく、そして何より馬鹿である。

 他所など見向きもしない一直線、その突き抜けていく生き様こそが馬鹿たる所以。どんな疑問を提示されようが、最後には構わず振り捨てて行ってしまう。

 理解がないのも当然だろう。迷いも弱さも、己の生き方に合わないものなど省みる事さえしないのだから。

 

「老いの先にある衰えも、当然分かっているさ。無様な泣き言で目を背けるつもりはない。

 だがな、言ったように老いとはどうしようもない。人間ならば必ずや直面せねばならない事だろう。ならばあれこれと悩んだところでどうにもなるまい。

 むしろそんな悩みに時間を割くくらいなら、その間に一歩でも先へと進む事を考えるべきだ。無論、生の時間を長くしようと努力はするが、そのために本来の目的を見失うなら本末転倒だろう。

 人間五十年、なのだろう。ならばその内に駆け抜けるまで。目指したものに届かない事も有り得るだろう、失意の内に敗れる事も十分にある事だ。決まった未来などない、夢には挫折も付き物だ。だからこそ成功の輝きが栄えるのだろうが。

 そんなものを恐れて脚を止めるなど、それこそ唾棄すべき軟弱さだ。どのような未来があろうが、ともかく今という瞬間に全力を尽くす。答えなどそれしか有り得んだろう」

 

「ふむ、揺るがぬか。これで絆されて惑いを見せたなら見限ってやったのじゃが、そうならぬのは人のために嘆くべきか、わしのために喜ぶべきかのう」

 

 甘粕の答えを満足気に聞き届け、冗談めかして軍将(アーチャー)はそう言った。

 

「それにな、軍将(アーチャー)。元より俺にも持論があるのだよ。今の論と別にしてもな、答えならば最初から決まっている」

 

「ほう?」

 

「人は泣きながら生まれてくる。故に死は豪笑をもって閉じるべきだと決めているのだ。辛気臭く己の終わりを迎える趣味はない。

 望んだ未来に行き着ける保証など無いのだ。ならばいつ何時も、後悔など残さぬよう心から望んだ在り方で臨み続けるより他ないだろう。到達できたら良し、たとえ敗北の未来があれど、己の全てを超えていった相手への敬意と共に万感の思いで兜を脱げば、そこには悔いなど残るまい。

 如何なる最期が訪れようと、俺は人間賛歌を歌い続けよう。愛が絶えねば絶望になど屈しはすまい。腹の底から笑い上げて死んでやろうとも」

 

 白の外套を翻す。ダン・ブラックモアの痕跡に背を向けて、もはや思い悩む様子は微塵もない。

 2回戦は終わりを告げた。ならば次なる好敵手へと目を向けるまで。何時までも立ち止まってはいられないと決意を正す。

 

 その面貌には、相も変わらぬ凶相じみた笑顔が浮かんでいた。

 

「ふはははははは!! まことおめでたい男じゃ! そう、そなたはそれで良い、甘粕正彦。そうでなければこの魔王が付き従う意義がない。

 その大うつけぶりで何とするか。仏の功徳でも泰平への信念でもない、在るがままの己の欲で何を築いて何を壊すのか。そなたが刻む歩みの先を、このわしが見定めてやろうぞ」

 

 そしてその背に従うのは、乱世に覇を成し古き価値観を打ち壊した革新の王。

 鉄血をもって事を為す非情の道を突き進んだ魔王は、弱さに惑わぬ己のマスターを是とする。

 

 止めなければならない男を、止められる者は今はいない。

 前へと向かう正道の意志のまま、主従は次なる戦いへと赴いていった。

 

 

 




 ――――どっちが主人公だよ!!(半ギレ)

 いやね、もう自分で勇者成分マシマシとか言っておいてですね。
 こう、途中からどう見てもダン&緑茶の主従が主人公みたいな流れになってまして。
 ほんとにアマカッスは敵側サイドで映える人だなぁとしみじみ思っております。

 いつかちゃんと、勇者らしい大尉殿の姿も描きたいと思ってるんですがね。

 そしてまさかの朗報!!
 魔人アーチャー、Fate/grand Order参戦おめでとうございまーす!
 そしてまさかのぐぎゅううううううう!!!! 凛とした釘宮ボイスが堪りません!
 早速ステータスの方にも追記しておきました。今までの台詞もくぎゅボイスで脳内再生してみたら……なんか萌えました。

 まあ、ちょっと心配だったのは余りにも公式が異なるキャラだったらって事だったんですが。
 コハエース時空の残念な感じだったので、ほっとしたようなちょっとガッカリなような。
 とりあえずここのSSでは、今まで通りのキャラで行こうと思います。

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