もしもExtraのラスボスが甘粕正彦だったら 作:ヘルシーテツオ
納得しがたい箇所もあるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。
「あま……かす……。え、うそ甘粕、あなたどうして?」
口火を切ったのは、意外にも凛だった。
「ああ、凛。久しいな。おまえから見れば、地上で別れて以来となるのだろう」
「おまえもまた、俺が守りたいと願う輝きの一つ。
どんな形であれ、この場に辿り着けたことを嬉しく思うぞ」
返される男の言葉にも明らかな親愛が見てとれる。
もしかしなくても、凛はこの男と旧知の間柄なのか。
「……ええ。彼の名前は甘粕正彦。私の……まあ、雇い主よ」
雇い主?
それは凛が所属していたという、西欧財閥に対抗する
「雇い主とは、随分とつれない言い方だ。
俺はおまえたちこそ我が宿願の最大の
「そもそも俺がこうして月に至ることができたのも、おまえや技術部の者達の働きがあればこそだ。
そのために命を散らした彼等を忘れたことなど一時たりとてありはせん。ああ、どうしてそんなことが出来ようか」
「……そう。その様子からして、あなたは全っ然相変わらずみたいね」
説明を求めた自分に、凛は語る。
遠坂凛が、解放戦線にはためく若き旗であるとすれば。
甘粕正彦は、西欧財閥に対抗する全ての意志の骨子であり魂そのものであったと。
世界の財源6割、軍備9割を抑えられた絶望的な現状で、曲がりなりにも対抗できていたのは彼の存在があったからに他ならないと。
余命五年とも言われる反抗勢力の駆逐。そこにイレギュラーが起きるとすれば間違いなくこの男。
停滞する地上に残された益荒男。ハーウェイの管理支配に抗う最後の敵。
それこそが甘粕正彦という男であると。
「些か評価が過大なきらいはあるが、概ね語られた通りの男だよ、岸波白野」
「改めて名乗ろう。俺の名は甘粕正彦。今を生きる人間として、腐りゆく世界を憂い月に挑んだマスターである」
告げる言葉に害意の類はない。
だというのに気が折れそうになる重圧は、彼が常態で逸脱している証左だろう。
なるほど凄まじい。
そして納得できる。彼がハーウェイの敵と呼ばれる理由が。
彼ならばレオにも、世界を支配する財閥にも勝てる。そう信じさせるだけの強さがあった。
「だから、それを過大評価だというのだ」
「遠坂凛然り。この世界の行く末、停滞する未来に異議を唱える意志は、あくまで彼等のもの」
「それを、あたかも俺一人の功績であるかのように語られるのは心外だぞ。彼等の意志を侮辱している」
……? なんだろう、違和感がある。
言っている事は至極真っ当。レオのようにどこか欠落している印象も受けない。
一人一人に意志があり、決して己一人で事を為してきたのではない。そう語った姿にはむしろ共感さえ覚えた。
だからこそ不可解だ。相対した瞬間、彼から感じた魔人性。疑いようがないと思えたのに、言葉を交わしてみれば案外まともな感性を持っている。
凛の知古でもあるようだし、あの時の畏怖は単なる錯覚だったのだろうか。
「……間違ってないわ。彼の願いだけは、決して叶えてはいけないのよ」
凛?
「そうよ、どうして私は不思議に思わなかった? 甘粕が聖杯戦争を他人任せにするなんてあり得ない。どんな危険も可能性があるなら飛び込んでいくのが彼だって知ってたのに。
記憶の改竄。それも特定個人の情報に限定した。多分、私だけじゃなくて全員に。ならもしかして……」
呟く凛の声に剣呑さが増していく。
すでに彼女は、何らかの事実に気が付いているのか。
「確認するわ。甘粕、地上で最後に別れた時から何か心変わりはあったの?」
「ない。地上での決意より、俺の懸ける宿願は唯一つだ。
それこそ俺の信じる
「そう。ならもう一度言ってあげる。
ねえ甘粕、貴方の考えは人間の願いじゃなくて神様の理屈。そんなものは壊れた
二人だけで繰り広げる論争に付いていけない。
それでも分かることはある。二人の論点は聖杯に懸ける願いの是非だ。そこに対立の理由がある。
共にハーウェイの掲げる管理社会に反抗する仲間であると二人は語った。
凛の願いは西欧財閥の打倒。管理を名目に未来の可能性を取り潰す世界の有り様を変えること。
ハーウェイに反抗する者ならば、それ以上の目的があるとは思えない。あの男、甘粕正彦は違うのだろうか。
「……最初は同じだって思ってた。彼も今の未来のない世界を変えようとしている。その思いは、確かに私と同じだったわ。
けど違うの。彼の願いは狂気と同じよ。それは――」
「待て、凛」
続けようとする凛を甘粕が制止する。
たった一言。その短い言葉に宿る強い意志は、逆らうことを許さない力があった。
「それは俺の口から話そう。俺の信じる俺の願いは、俺の中だけにある。
おまえが話せばおまえの主観が混じる。それは公平ではない。そうだろう?」
人が胸に抱く願い。それを感受してどう解釈するかは、人それぞれに異なる。
価値観が違うのだ。これまでに打倒してきた七人のマスター達。彼等も各々に違った願いを持っていた。
共感できた願いもあったし、そもそも理解不能な狂気もあった。それは本当に様々で、そして本人にとって切実であることは共通していた。
己の主張は己の口で。正論であり、王道だ。
凛もまたそうした王道を尊ぶ気性の持ち主であり、だからこそ押し黙るしかなかった。
「さてすまないな。知古との再会につい懐かしんでしまった。
聖杯戦争の勝者。舞台の主役はおまえだ、岸波白野。無論忘れてはおらんとも」
甘粕の意識が再びこちらに向く。
受ける重圧に屈しそうになる心に発破をかけ、気を強く持つ。
その気概がなければこの男と向き合うことはできない。そう確信していたから、覚悟はできてる。
「我が胸に抱く願い。宣することに躊躇いはないが、その前におまえには理解が必要か。
おそらくおまえの視点からでは疑問ばかりだろう。まずはそれを晴らさねば始まるまい」
そうだ。疑問というなら幾つもある。
そもそも彼は何者なのか。マスターと名乗ったが、聖杯戦争はすでに終結したはずだ。
聖杯の下まで辿り着けるのは勝利者だけ。二人のマスターが存在していることは道理が合わない。
それとも何らかの抜け道があるのか。この場に凛がいるのように。だとするならその目的はなんなのか。
「勘違いをするな。つまらん小細工など用いてはいない」
「世界を憂いて月に挑み、我が志を汲み取ったサーヴァントと共に戦い、勝利を経て聖杯に至った。
おまえと同じだよ。立ちはだかった七人のマスター。彼等の願いを、命をこの手で断ち切って俺はここに立っている」
「賢しさで得た結果ではない。消し去った願いに責任があるからこそ、己の願いに真摯でなくてはいかん。
その道理、おまえにならば分かるだろう」
……それは、確かにその通りだけど。
それでは疑問が解消されない。
二人のマスターは共存できない。この前提があるからこそ今の状況の不可解がある。
いやもっと言うのならそもそも、自分は彼を知らない。自分が戦ってきた聖杯戦争の中に甘粕正彦という男は存在していなかった。
勝ち残るのは一組だけ。彼が正道を歩んできたというのなら、自分といずれかで相対してなければおかしい。
まるで道理が噛み合わない。しかし嘘をついてるとも思えない。
この不可解を解消する答えとはなんなのか。
「……繰り返している。この聖杯戦争は、すでに一度終わって繰り返されている」
――繰り返している?
その言葉の意味を、すぐには理解することができなかった。
「やはりおまえは聡明だな、凛。限られた情報から断片的に繋ぎあわせ、真実へと到達する応用力。
そしてなによりその勇気。既存の常識を捨てることを恐れずに、あくまで前進こそを良しとする気質、実に素晴らしい。
改めて思うよ。おまえのような人間こそ、俺の築く
心底から賞賛するように告げる甘粕の言葉。
それは凛の答えを正しいものだと認めるのと同義だった。
「おまえの言う通りだよ、凛。この聖杯戦争は繰り返している。
俺を勝者として一度決着した後、戦争を初期状態に戻したのだよ。俺という存在を除いてな」
かつて神父が話してくれたことを思い出す。
ムーンセルとは観測機。人類史のはるか以前からそう在り続けてきた。
完全なる観測のため、無限とも思える『起き得なかったこと』『起きるかもしれないこと』を観測し記録している。
それは膨大な量の過去認識と未来予知。その機能を意志ある者が掌握すれば、まさしく万能器の名に相応しい力を発揮すると。
なるほど、その機能を用いて彼は過去の改変を行ったのだろう。
全てのマスターが月に到達した時点まで戻して。そこから"甘粕正彦"という要素のみを取り除き。
だが、なんのために?
「当然の疑問だろうな。その理由は俺の宿願とも関わりがある。
例えば……そうだな。レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ、彼とは語り合ったのだろう」
突然出てきた名前に戸惑いを隠せない。
西欧財閥を率い、世界を統べるはずだった少年王。7回戦で自分と戦い、この手で下した相手。
なぜここにきて、彼の名前が出てくるのか。
「完全なる王。そのように望まれその通りに生き、それ故に敗北を知ることのなかった未完の王聖。その歪みはおまえもよく知っているだろう。
しかしだ。ならば彼の語る理想、王の管理の下に人民は平等に安定の中で生きる。その全てが間違いだと言い切れるか?」
それは……そうだとは言い切れない。
彼の唱えた管理される世界。それを否定する凛の言葉には共感している。変化を拒むその在り様に歪みを感じたのも確かだ。
だがそれでも彼が人々を想い、世界をより良く導こうとしていたことは嘘ではない。
戦いの中で失われた
それは抗い難い毒にもよく似て心に染み込み、だからこそ彼の真実から出た想いだったと理解できる。
その理想を手放しには受け入れられない。しかしだからといって、その全てが間違いなどと言い切る傲慢は自分にはなかった。
「そうだろう、言えまい。民を思い、そのために尽力する彼の優しさは本物だ。
ハーウェイの管理を離れた世界。自由と言えば聞こえがいいが、要は無法がまかり通っているに過ぎん。そこには未だに旧時代の悲劇であふれている。
明日も知れぬ貧しさ故、腹を痛めて産んだ我が子を売る母。血の味をしめてタガが外れ、罪無き村を略奪する兵士共。
貧困、差別、人身売買、テロリズム。そうした理不尽に襲われて、絶望の中で朽ちていく人々。見るに耐えんよ、認められるはずもない。
俺にとってもそこは活動の中心だったからな。他人事ではなかったよ」
「人々の不幸を嘆き、万人の幸福を願った高潔な意志。間違いなどと言い切れるはずがない。
ゆえに敗北を知り真に完成した彼の姿は素晴らしかった。感じ入ったよ、彼が導く世界を見たいとさえ。
レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイの悲劇とは、完成した王聖を発揮する機会を持ち得なかったことだ」
熱を持って語る甘粕の言葉から感じるのは……敬意か。
徹底した理想を謳い、混迷する世に光を与えようとした少年王を、この男は心から尊敬している。
だが、本来ならそれはおかしなことだ。
彼は凛と同じく西欧財閥に敵対する者。その盟主たるレオは最大の宿敵のはずだ。
その理想は絶対に否定しなくてはならない。そうでなくては世界に抗い続けるなどできるはずがない。
強者の側から慈悲をかけるレオとは違う。追い詰められる弱者の側にあって、どうして敵を尊重しながら戦うことができるのか。
そこに何か、凛がこの男を危険視しているものの片鱗を見た気がした。
「ならばこれについて考えたことはあるか? そもそもなぜ、こんな悲劇が起きたのか」
――それは、考えるまでもないことだ。
自分が勝ち残ったから。この手で彼を殺めたからだと、その事実は消えはしない。
彼は世界を背負うはずだった。多くの人々を導くはずだった。その価値は本来いない人間である自分とは比べ物にならない。
命の価値に貴賎はないと、そんな言葉すら言い訳だ。それほどにレオという人間は様々なものを担っていた。
きっとそれは、紛れもない自分の罪。その罪から逃げはしないと、覚悟はすでに出来ているから――
「そうではない。認識が間違っているぞ。その覚悟自体は素晴らしいと思うが」
「敗北そのものは必要だったのだ。持たざる者、人の負の感情に理解がない彼は、挫折こそ学ばなければならなかった。
悲劇の元は、その舞台が聖杯戦争であったこと。敗北の果てには死しかないこの戦いの非情さこそが原因だ」
「もしも彼が聖杯戦争の以前、地上にいた時に敗北を知っていれば、何かが変わったとは思わないか?」
……その想像は、考えたこともないものだった。
もしもレオが敗北を知っていたら。欠けていた部分を埋めていたら。
どうなっただろう。何かが変わっただろうか。それともやはり理想は揺らがぬまま、この月に至ることになっていただろうか。
"IF"の答えは分からない。
それでももし変わるものがあったなら、それは素晴らしい変化に違いないと思う。
最期の時、不条理に抗い絶望に立ち向かう心を『いい感情だ』と言った彼は、人間としても王としてもより良い所にいたはずだから。
「そうだ。ゆえに俺はレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイを否定せん。高潔な理想を、その意志を心から賞賛する」
「罪があるのならば……それは彼の周りに在り、何一つとしてその歪みを糾そうとしなかった、人間たちの惰弱にこそある!」
そしてその言葉を皮切りに、甘粕正彦の内側に秘める心が露わとなる。
その激情、今の世界に対しての、そこに住まう全ての人々に対する、抑えようのない憤りが。
「築き上げられた権勢に固執し、糞のような思想しか垂れ流さん老害ども。
与えられた幸福を甘受し、己の生き方や寿命までも取り決められ疑問も抱かん赤子にも劣る白痴の群れ。
どれもこれもまとめて畜生以下よ。人間だとは断じて認めん」
「気づけたはずだ、その有り様が歪だと。己が人であると意識があれば、その思想を容易く受け入れるなどできるはずがない。
天より遣わされた王聖? 劣る部分のない最高値を示す完成度? そんなものよりも教えねばならんものが他にあったであろうが。
誰も彼もがその天稟に浮かれ、彼もまた人であるという意識を持とうとしなかった。欠ける所のない完璧な存在だと盲信して抱く疑心を封殺した。
すべては、己が人生を預ける
「ただ相手と向き合い、声を出して名前を呼び、それは間違っていると言ってやればよかった。
遠坂凛やレオのような先天的な才など持ち合わせない、大衆の中に紛れる一般人だった。
わたしにできたことならば、きっと誰にでも出来たかもしれないことなのだ。
「だから岸波白野。俺はおまえを尊敬しているぞ。
その強さ、その可能性はまさに俺の願い焦がれる人間そのもの。
すべての人類がおまえのようになれれば良いと、そう願わずにはおれん」
だからこそ甘粕正彦は岸波白野を賛美する。
出発点からすでに優位にある強者ではない。最弱から最強に至ったことこそが素晴らしいと。
強さの下に産まれた強者が強く生きられる。極論するなら、それは当然のことだ。
出発点が違う。言うなればそれは予定調和。当たり前のルーチンワークで驚くようなことはなにもない。
勝利を約束された者が勝利する。それは彼等にとって呼吸と同じで、何かを成し遂げた実感なんて欠片もないのだ。
だから真に価値があるのは、強者の勝利ではなく弱者の奮起。
弱さの下に生まれた者が不屈の意志で絶対の強者を下す。それは得難い結果で、だからなによりも価値がある。
それはすなわち、あらゆる人間が強さを持てることの証明であるのだから。
「ならばいったい何がおまえをそれほどまでに強くしたのか。その答えも明白である」
「戦いだ。戦いがおまえを鍛え上げた。数々の苦境が脆弱な意志を美しく練磨した。
立ちはだかる試練を退け、前に進もうと足掻く意志こそが人間を強くする。この聖杯戦争という名の試練がおまえという人間を完成させた」
「そしてひるがえって見るがいい。今という安寧に生きる人々に、果たして試練と呼べるものがあるか?
いいや否だ。管理という名目の下、与えられる安寧に生きる者には、もはや試練にぶつかろうという気概すら有りはしない。
誰も未来なぞ望んでいない、興味がない。前に進むより立ち止まった方が遥かに楽だ。人間はもう十分に幸福だ、と。
管理されるという道以外を選ぼうともしない。分かるだろう、腐っているのだよその性根が。人間のあるべき輝きが失せている。
西欧財閥の支配など、その要因の一つに過ぎん。ハーウェイが盟主といっても、独裁ではないのだ。その決定はあくまで多くの者の総意に依る。
原因はもっと深い部分にある。すなわち、今の人類は己の意思を他者に預けることに慣れ切っている。
我も人。彼も人。故に対等。そんな基本すら忘れて、思考を捨てた木偶に堕落しようとしているのだよ」
そう断言する甘粕の言葉を、凛はどんな思いで聞いているのか。
西欧財閥の打倒。停滞する世界を先に進ませるため、現在の体制を破壊すると彼女は願った。
対して、甘粕は語る。それでは足らぬと。その程度で人類の意識は変わらないと。
それは真っ向からの願いの否定。そう突きつけられて、果たして凛はどう反応を返すのか。
横目に見た彼女の様子は――静かだった。
甘粕の言葉にも動揺した様子もなく、冷静そのもの。
それはこの否定がすでに過ぎたものだから。地上にいた時に彼女は甘粕との議論を終えていた。
否定も承知の上で、凛は願いを決めた。ならば今さら、言葉一つで揺れる信念など持ち合わせていない。
「安寧という名の檻に囚われて、意識を腐らせていく人間たちよ。
俺はおまえたちを失いたくない。命が放つ輝きを未来永劫、尊び、慈しんで、愛していたいのだ! 守り抜きたいと切に願う。
「だから――俺は魔王として君臨したい!」
「人類に試練を。その内にある輝きを取り戻すために、彼等が立ち向かうべき災禍を与える。
無論そこに差別はない。全人類に等しく普遍的に、西欧財閥もそれ以外の者たちも戦いの舞台へと上がってもらう。
おまえたちの輝きで、天上の光へ届く階段を築いてくれ。その先へ待ち受ける希望と共に、祝福の
「それこそが我が
明快に、豪胆に、熱く雄々しくたぎりながら、甘粕正彦は己の胸にある願いの全てを口にした。
思わず眩暈を起こす。なにもかもが規格外すぎて付いていけない。
世界の停滞を憂う気持ちも、人類に対する思いも、どれもこれも本物で、かつ常軌を逸している。
そしてよく分かる。この男は本気だ。本気でそんな願いを抱いて、人類を災厄の渦に叩き落とそうとしている。
それは憎しみからではない。むしろ人を信じ、愛しているからこそ
なるほど、これは狂気だ。なまじ理解が可能なだけに、その異常なまでの熱量に圧倒される。
凛が叶えてはいけないと言った理由が今ならはっきりと理解できた。
「……本当に変わらないのね。その極端に振り切れてる所、確かに強さなんでしょうけど行き過ぎれば怪物でしかないわ」
「甘粕。あなたの理屈って要するに性悪説よね。叩いてやらなきゃ人は変われはしないって、そんな風に見限ってる。
ハーウェイの
凛は答える。その願いは人のものではないと。
甘粕正彦は行き過ぎている。逸脱して焦がれに焦がれてのたうち回り、人を外れた何かに変貌してしまっている。
だから認められないと。かつて彼と肩を並べて戦った少女は決意を口にするが――
「だが、俺の願いのすべてを否定することもできない」
「ッ……!?」
「確かにおまえの言う通り俺は極端がすぎるのだろう。性悪説の意見にも反論するつもりはない。
だがおまえの思い描く世界と俺の
自覚もあるのだろう。俺の言葉にも理があると、必要悪として存在すべきと分かっている。
それでも人の領域に留まろうとする矜持は、おまえの何よりの価値だとは思うが」
――そう。凛の願いとは、西欧財閥の打倒。
それは支配される者たちの解放であり、彼等の安寧の破壊である。
問えば望んでいる者など誰もいないだろう。管理される都市の中に不満はない、それは確かな事実なのだから。
民が望む平穏を自分の価値基準で破壊する。そうすることで人々に自立心が戻ると信じて。
言うなればそれは彼女が人々に与える試練であり、甘粕正彦の願いと同じ属性である。
遠坂凛と甘粕正彦の願いの差異とは、人間として許される一線を超えているか否かなのだ。
「この聖杯戦争で願いの有無や是非など大した重さを持っていない。重要となるのは進もうとする意志の強さだ。
ゆえにおまえでは俺には勝てん。だからこの月には昇ってくるなと、忠告したはずなのだがな」
王道を行く似た気質を持つ者同士、同じ方向を向いた願いを持つ二人。
性質が同じである以上、勝敗を定めるのはその絶対値。如何に己の願いに質量を乗せられるかに掛かっている。
そうした土俵で争う限り、甘粕正彦には絶対に敵わない。あくまで人の側に立つ遠坂凛では、この男の人を外れた熱量には届かない。
だから勝てない。だから舞台に上がってくれるなと、甘粕正彦は慈悲で以てそう告げる。
彼が与える試練はあくまで成長を促すためのもの。実現不可能な理不尽を強いたいわけでは決してないのだから。
「まあそれも今となっては無意味な議論か。すでに聖杯戦争は終結し、この場にたどり着いた勝者はおまえではない」
「……ええ、そうね。敗者のわたしに何かを口出しする権利なんてない。その権利は勝者のもの、そんなのは分かってる。
けど、甘粕。だったら何で、あなたは自分の願いを叶えないの。わたしの知ってるあなたなら、躊躇うなんてあり得ないと思うけど」
そう、疑問はやはりその点に帰結する。
繰り返されているという聖杯戦争。それが出来る者は、勝利者であり聖杯を手にした甘粕正彦しかいない。
だが彼ほどに自分の願いに迷いがないのなら、そもそもそんなことをする理由がない。寄り道でしかないだろう。
この男の気質なら本懐を前に余計なものなど挟まない。その上でそうしなければならなかった理由とは、いったい何なのか。
その問い掛けに対し、甘粕の返した反応は奇妙だった。
これまでどんな問いにも明確に己の答えを豪語してきた男が、ここにきて答えに窮しているように見える。
それは何といえばいいのか。罰の悪そうな、まるで親に失敗を見咎められた子供のような、そんな印象を受けた。
「それについては私の方から説明しよう。彼にとっては身の恥でもある話だ」
代わって答えたのは、ここまで何一つ口を挟まなかった白衣の男。
まるで己は背景の一部だと言わんばかりに自らを主張しなかった男の態度は、舞台を見守る傍観者のそれに見える。
「その通りだとも。すでに舞台から降りた私に、勝者の舞台で口を挟む資格はない。舞台外で傍観する第三者、その程度の扱いで構わない。
しかし第三者には第三者なりにできる役割もある。彼への義理もあることだし、解説は私の方で受け持とう」
一瞥し、頷いた甘粕から了承を得ると、男は言葉を続ける。
「指摘の通り、甘粕正彦が進むのはどこまでも王道だ。本懐を前に道を逸れるなどあり得ない。
彼は願いを叶えたよ。語り尽くした想いの通り、人類闘争の願いを聖杯へと捧げたんだ」
甘粕正彦は願いを叶えた。
狂気にも似た彼の
白衣の男はそう言ったが、それが事実ならこの現状はそもそもおかしい。
願いを叶え世界を変えたというなら、それこそ聖杯戦争を繰り返す必要なんてない。
いったいどうして、やり直すような真似を?
「そうだな。一言で表すなら……彼はやらかしてしまったんだ」
……え?
なに? その『やっちゃったぜ』みたいなニュアンス。
「正直そうとしか形容できないのだが。
願いの通りに、彼は聖杯を使って人類に災禍をもたらした。
……その結果として、世界は滅びた」
――はぁ!?
「文明は崩壊した。国という機構は悉くが滅び去った。現存する人類の9割以上が死滅した。
地上に存在した、これまでの世界を形成していた全ては滅び去ったといっていい」
「俺も、あれは少々やり過ぎた」
反省していると、そんな風に苦笑を漏らす甘粕。
えーと、つまりそれって。
試練を与えすぎちゃって、気付いたら人類滅亡してましたって、そういうこと?
「一応、誤解しないでもらうために補足するが、彼は殲滅のための闘争を強いてはいない。
正しく行動すれば誰もが生き残れる、生存のための戦いのみを試練とした。それは私が保障する。
……ただその難易度が、度を越して高すぎたというだけでね」
いや、変わらないからね。死にゲーとムリゲーの違いじゃん、それ。
なんなんだろう、これ。
思いが規格外とか、魔王とか思ったけど、これはそんな問題じゃない。
――この人、馬鹿なんじゃないのか?
「とはいえ、さすがにそのまま認めるわけにもいかなかった。正彦は決して世界の崩壊など望んではいないからね。
だがムーンセルを用いて行った以上は、破滅の未来は確定事項だ。甘粕正彦の望んだ未来に、今の人類は耐えられない。
破滅の回避のためには新しい未来を築くための
「理性では分かる。理屈だけで考えれば、もう少しやり様もあったかもしれん。
だが駄目だ。ムーンセルの中枢は膨大な情報で構成された大海だ。その中では虚飾の意志など一切剥がされる。
理屈ではないのだよ。魂に刻んだ願いに妥協はできん。真実の思いのみをムーンセルは受け取って実行する」
己の願いに嘘はつけない。
甘粕正彦が甘粕正彦である限り、ムーンセルの選ぶ未来は確定している。
――もしかして、だから聖杯戦争をやり直した?
「口惜しさはある。だが結果が出た以上は認めるしかあるまい。
残念だが、俺は器ではなかったということだろう。世を糾す者としてふさわしくなかった。
ならばどうする? 決まっている。後継者が必要だ」
「正彦がムーンセルの所有者である限り、月の眼が観る未来は決定している。
ゆえにその未来が成立する以前、甘粕がムーンセルに願いを捧げる前の時点で新たなる所有者を選定する。
鶏が先か、卵が先かのジレンマだが、ムーンセルの中枢は記録宇宙の法則で機能している。選択肢があれば『有る』ものとして成立するんだ」
正直に言って、白衣の男が語る話の原理は理解できない。
だが彼が言いたいこと、なぜ甘粕が聖杯戦争を繰り返したのか、その理由は見えてきた。
自分では無理だった。だから他者の手を借りる。
理屈としてはそんなもの。単純明快で裏などありはしないだろう。
自分に代わって本懐を遂げてくれる者、彼が求めているのは真実それだけなのだ。
「我が願い、楽園成就を受け継いでくれるのならばそれで良し。
もし異なる願いで以てここに至ったのならば――」
だがしかし、忘れてはならない。この男は甘粕正彦だ。
勇気も、愛も、厳しさも、なにもかもが常人の慮外にある男。他人に真摯であるがゆえに容赦もない。
愛する者に彼が与えるものは、いつだって試練である。
「――俺がその願いの最後の試練となろう。
勝者が敗者の祈りを喰らう。それこそが聖杯戦争の、そして人間の掟だ。
そこに真摯であるならば、激突は必然。俺の
ああ安心しろ見限りはしない。俺に成り代わる者が現れるまで、何度だろうと繰り返そう。永劫の果てまで付き合うとも」
瞬間、脳裏に走った映像は自分には覚えのないもので、しかし確かに存在したのだと分かるものだった。
ムーンセル中枢へと繋がる、この熾天の座。
聖杯戦争の勝者だけが至るこの場所に辿り着いたマスターの姿。
――それはレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイである。
――それは遠坂凛である。
――それはラニ=Ⅷである。
――もしくは、それは■■■■である。
数限りなく存在する"IF"の結末。
それはおそらく、ムーンセルが記録がしてきた闘争の軌跡の一片。
その中にはもちろん自分の姿だって存在している。
ある自分は、剣を携えた男装の少女と共に。
ある自分は、妖艶な半獣の女性と共に。
またある自分は
映像の中にある岸波白野も自分とは限らない。幾つかの可能性において岸波白野は少年だった。
自分はイレギュラーから生まれた
災禍の中に消えた
まるでシュレーディンガーの猫のように、その中身を確かめるまで定まっていることは一つもない。それが岸波白野と名称される存在の有り様なのだろう。
そして数多の可能性より現れる勝利者たち。
甘粕正彦はそれら全てとこの場所で戦い、そして全てに勝利してきた。
繰り返していると言った聖杯戦争。それは一度や二度といった規模ではなく、おそらくは可能性の限りの数を。
そしてそれら数多の可能性の中に、甘粕正彦が敗北するという選択肢は未だ存在していないのだ。
圧倒されてしまう。善悪を度外視して、その強さに。その意志の力に。
幾度となく繰り返す戦い。普通なら折れてしまうだろう。その痛みと不毛さに磨耗し、疲れはててしまうはずだ。
しかし甘粕正彦に限りそれはない。不毛などない、これは試練だとその魂は豪語している。
だってここは彼が望んだ光が溢れてる。他者を踏み越え到達した勝利者は、彼の言うところの人の
それをしかと受け止めるのだ。疲れてなどいられない。むしろよくぞ来たと歓喜している。
……今、気付いた。
彼が望む闘争の世界。彼が謳う人類の
この聖杯戦争は、その縮図ではないだろうか。
「さあ、俺はすべてを明かしたぞ。覚悟をもって本懐をここに曝した」
「次はそちらの胸の内を1つ宣してみせてくれよ。なあ岸波白野。そして無銘の英霊よ」
「ほう、私を知っているのか?」
突如として告げられたサーヴァントの真名。
明かしていない自身の名に、アーチャーは言葉を返した。
「不思議なことではあるまい。現状、
「そこに記録された英雄のことはすぐに分かる。
おまえがどういった過程を経て、どのような結末に至ったのか、俺は余すことなく知っているよ」
「ふん、ならば分かりそうなものだがな。私はおまえが好むような真っ当な英雄ではないと」
真っ当な英雄ではない。自らを語るアーチャーの真意を自分は知っている。
名前のない英雄。
人々から望まれなかった正義の味方。
己を殺して理想に殉じ、果てに何も得ることのなかった一人の男の物語。
かつての己を卑下する言葉。一言では到底表せないその思いを、今は少しでも理解していたから――
「まさか。こんなもので何かを理解した気にはなっていない」
「俺は事実を知っているだけだ。その内側にある感情の動き、その心に関しては何一つ知り得ていない。
事実は事実であって、真実ではない。そこに至った意志を知らずして、いったい何を理解しろというのだ」
――だから、次の甘粕の言葉には心から共感していた。
単なる表面だけの事実を見れば、アーチャーの行いは悪なのだろう。
罪のない大勢の人々を殺し、時には親しい者すら見殺しにしたその所業は、多くの人たちに許せないものと映ったに違いない。
事実だけを切り出すのなら、人間だったアーチャーの一生は人として間違いだらけのものにしかならないだろう。
けれど、その内にあるものを自分は知っている。
一見すれば機械のような、冷徹無慈悲の所業の裏にある、あまりにも純粋な願い。
"より多くの人々を救いたい"と、そんな理想を最後まで捨てられなかった彼の心を知って、ただ間違いだったと言い捨てることはできなかった。
「これの情報には主観がない。感情の熱がない。あるのは数理で語る事実だけ。そんなことを知ったところで、おまえ達を理解したなどとは思わん」
「……過去に何度か、知性が芽生えかけたこともあったらしいが。その度にこれは自らを
あくまでも観測機としての在り方を崩さず、客観的事実のみを記録し続けてきたのだ。このムーンセルは。
やろうとすれば神になれる機能を持ちながら、決してその選択肢を選ぼうとしない。なんともまた――」
それは神父も語った、遥かな太古より変わらない月の在り方。
そんな在り方に対し自分はいったい何を感じたのか。
観測者に知性があってはならない。それは物事の意味を観測者が決定してしまうことになる。
地上に何が起ころうとも月は観客であり続ける。我々の行いを正しいとも間違っているとも言うことなく。
そうだ。それはなんて――
「つまらん道具だ。そう思うだろう」
――――、――――――――。
「所詮は道具。どこまでも作られた意味以上のものがない。使わねば在るだけの器物だよ。
ゆえに、俺はムーンセルを大した物だとは思っていない。優れた技術とは思うが、それは製作者である某かに送るべき評価だろう」
「目的は監視か研究か、それとも神のつもりで我々を見守ろうとでもしたか、知らんがな。
わざわざ残していってくれたのだ。相手が返せと言ってくるまで、せいぜい使ってやればよい」
「そしてその力が世界の有り様を変革させる規模である以上、担い手は選ばねばならん。だからこそ
「期待しているのだよ、
おまえはいったい何を聖杯に願う? どのような意志で以て、この世界の未来を描くのだ?」
興味深そうに、だが同時に底冷えするような視線を向けて、甘粕は問いを投げてくる。
爛々と輝く目が、心臓を鷲掴みにされたような圧迫感が、半端な答えは許さないと告げていた。
わたしは――――
【選択肢】
1.「彼の楽園を受け入れることはできない」
2.「……確かに、彼の願いを否定できない」
――彼の楽園を受け入れることはできない。
そこに確かな理があったことは認める。世界の停滞を憂う気持ちも本物だった。
全てを否定することはできない。甘粕正彦の理屈は必要悪として存在するべきなのだろう。
それでも、自分は彼の言う闘争の世界を拒絶する。
それは呆れるほどにシンプルな理由。命が失われるから。ただ、それだけ。
先程まで話していた相手が、今は世界のどこにも存在しない。その声も姿も意志も願いも、二度と還らない。
聖杯戦争の間に何度も味わった、その喪失感と痛み。理屈じゃないのだ。戦いを否定するには、それで十分。
自分は歴史上の偉人でも、次代の王でもない。平凡な、ありふれた単なる一個人。
だから思うのは自分にとって大事なもの。かけがえのない大切な存在について。
それさえ確かにあって、自分の手で守る事ができるのなら、それこそが今の自分にとって正しい道だ。
自分の手の届く範囲だけ良ければいい。それはあるいは、停滞の元凶かもしれない。けれども、否定されるべきものなのか? 人間が、他人を大切に思う原始的欲求が。
大切なものを生かす。聖杯戦争で見つけた、小さな願い。
甘粕正彦の
認められない理由として、それ以上のものなんてない。
「なるほど、結構。その思いを否定はすまい。
だがしかし、それはあれだな。要するに世界に対し何もしないということか?」
「願いは個人的なものに終始し、世界はあくまで万人の手に。理屈はそんなところだろうが、それは丸投げと同義だろう。
すでに数十年と続いた人類の停滞。事を起こさねば何かが変わるとは思えん。おまえは今の世界を認めるのか?」
いいや、そこは貴方と同じだ。認めることはできない。
――けれど、憎むことも、またできないのだ。
自分は過去の人間。再現された
きっと自分は、この世界に対して、客観的な感想を述べられる数少ない人間だろう。
だから言える。
この時代に何の価値も見い出せなくても。
この未来のすべてが他人事に過ぎないとしても。
たとえ、人の夢見た先が愚かしい行き止まりでも、今を生きる人たちの人生を否定する事はできないのだ。
それに戦いを経て分かった。停滞し、淀んだ世界でもより良い形を目指して進む者がいる。
甘粕正彦だってその一人。だからその願いを否定しきれない。けれど変化を望む意志は1つじゃない。
単なる丸投げだと、叩かなければ世界は変わらないと言うけれど、わたしはそうだとは思わない。
――そうだよね、凛。
「はくのん、あなた……!」
彼女のような人間が生きている。それこそが変化の兆しだ。
託す人間がいるのなら、それは何もしないわけじゃない。過去の人間にできることは、今の人間に意志を託すことだけだ。
「ふむ、そうか。おまえの考えは分かった。それで、サーヴァントの方はどうなのだ?
かつて熾烈なる人生を生きた英雄として、その意志を確かめたい。おまえは世界を、俺の願いをどう見る?」
「さてな。あいにく英雄というには、随分と恥を知らずに生きてきた身だ。世界を如何になどと口にできる資格があるとは思えない。
それでも、どうしても答えろというなら、人間のつもりで答えてやらんでもないが――」
傍らに立つアーチャーと目が合う。それだけで彼が言わんとしていることが理解できた。
ずっと一緒に戦ってきたわたしの英霊。心はすでに通じ合っている。この男に感じていることの根本は同じはずだ。
だからわたしは頷いた。それだけで彼にも十分に伝わったようだ。
「あえて
「ほう?」
そうだ。あなたは間違っている。
その願いは理解できた。戦いという必要悪も否定はできない。
だがそうした方法論とは別に、自分は甘粕正彦を認められない。その在り方に受け入れ難さを感じている。
それはアーチャーもきっと同じ。民衆に否定されながら、彼自身は民衆を否定しなかったアーチャーだからこそ分かる。
甘粕正彦――あなたは見守ることの尊さが分かっていない。
その強さの在り方を理解せず、何もしなければ無価値だと言い捨てている。
自分の理屈で間違っているからとそれを叩いて、叩いて叩いて直さずにはいられない。
人の上、神の視点を持ちながら、人の弱さをありのままに受け入れられないなんて狭量さでどうする。
そんなだからあなたは失敗した。世界を壊してしまったんだ。
「人はおまえの思うようなものばかりではない。叩けばそれに応えてくれるとは限らない。そんな意志の無さが貴様は許せんのだろう。
己の意に反するものを許容できない。小物の発想だな。そんなことで世直しとは、片腹痛いよ」
思いは同じだ。この男を受け入れることはできない。
その答えを、ここにはっきりと口にした。
「くっくくく、くぁははははははははははははは!
なるほど見守るか、確かに俺には理解できん概念だよ。
それにしても、そうかそうか俺は小物か。いやいや何とも……っ!
あっはははははははははははははは、ハハハハハハハハハハハッ!」
甘粕正彦の大笑が響く。心から嬉しそうに。
いや実際に嬉しいのだろう。人の強さを尊ぶ甘粕正彦は、岸波白野の決意が嬉しくてたまらない。
それこそが彼の求める人の輝き。そうであってほしいと願う姿であるからだ。
「ああ、もはや必要はないのだろうがな。念のために確かめさせてくれ。
岸波白野。おまえは俺の
――応とも!
それは必要のない確認作業。その意味は別にある。
これは決意の表明だ。甘粕の願いを拒むことは、すなわち彼と戦うことに他ならない。
終わったはずの聖杯戦争。あり得ないはずの八戦目。だが挑む心に怯む気持ちはない。
その決意に偽りがないよう堂々と、宣戦布告をここに告げた。
「……何度めぐろうと、やはり君はその結論に行き着くのか」
告げた意志に対し、まず反応を返したのは白衣の男だった。
「理解に苦しむよ。私の思想を体現する君が、なぜこうまで違う結論に行き着くのか。
岸波白野、君はそれで――」
「諦めろ、トワイス。彼女は確かな決意を口にした。二度までも言わせるのは余りに無粋だろう。
至る道筋は同じでも、結論まで同じとは限らない。それもまたおまえの信じる
「…………」
「案ずるなよ我が友、我が同士よ。譲りはせん。おまえの願いの正しさは俺が証明しよう。
「その結末を見届けろ。世界の行く末を決める立会人として。その資格がおまえにはあるのだから」
二人の会話にどのような意味が含まれているのか、それを推し量ることは自分にはできない。
自身は舞台を降りたと語った白衣の男。
傍観者だと言った彼は、いったい何者だったのか。
どのような経緯を持ち、どのような思いを抱いてこの熾天の門へと至ったのか。
それは、この場で語られることはないのだろう。
「――では、始めるか」
石柱の山より甘粕が降り立つ。
それが何を意味しているのか、語られるまでもなく理解する。
自分と同じ地平に立った甘粕。
見下ろしていた眼光は、対峙することでより強烈な意志を叩きつけてくる。
臆しているわけにはいかない。応えるように、自分も一歩前に踏み出す。
「気を付けて、はくのん。甘粕は今までのどんなマスターよりも強いわ。実力だけじゃない、何よりその心がね。
気を抜いたらあっという間に潰されるわよ」
もちろんだ。忠告されるまでもない。
甘粕正彦は強い。これまで戦ってきた誰にも、その意志の強さで並び立つことはできないだろう。
きっと、いや間違いなく今まで以上の難敵だろう。だがそんなものはいつものことだ。
「どうした? 肩の力を抜け。いまさら緊張する事でもないだろう。
君との戦いは一回戦から楽だったためしがない。大変なのはいつものことだ。
……だが、あの頃とは違うものもある。
それが分かっているなら、私たちは負けはしない」
前に出るアーチャー。背中を押すその言葉が心強い。
そうだ、自分の傍らにはいつだって彼がいた。どんな相手にだって彼と共に打ち勝ってきたんだ。
なにも恐れることはない。アーチャーとなら大丈夫。それは誰よりも信じていることだから。
「実に因果だ。何度繰り返そうとも、行き着く結論はいつだって同じか」
「だがこれだけは断言できる。甘粕正彦はこの月で最強の存在だ。
私の
「その彼をも倒し得る強さの信念であるならば、たとえ私の持つそれと異なるのだとしても、人類にとっての光となるだろう」
白衣の男の祝辞を受け取って、両雄は聖杯の下に対峙する。
――岸波白野。
――甘粕正彦。
ただ一人の勝者が全てを手にする絶対の掟、聖杯戦争の結末は変わらない。
最後の勝利者を決める戦い。ここに決戦の幕は切って落とされた。
宝具:
(前略)
反面、人でありながら人でないものには効果は薄く、その存在規模が人類の版図より上になってしまった個人も救いきれなくなるという。
=これ甘粕じゃね?
Extra世界のレジスタンスというのは中東の西欧財閥に反発する国や個人、滅ぼされた魔術協会などで構成されているそうです。
世界に点在するうえに過激派、穏健派とバラバラで、決して統一された組織ではないとのこと。
このSSの甘粕正彦はそのレジスタンス内の中継役、みたいなイメージで書いてます。
絶望的な劣勢の中で甘粕の強烈な個性は絶対にカリスマ化するでしょうし、若いながらも事実上のリーダーといっても差し支えないといった立場。
凛は原作におけるセージのポジション。
凛とハック&クラックがムーンセルへの侵入技術を確立してくれたおかげで甘粕は月に挑めました。
その後に成果をかっさらわれるところも同じです。(笑)
ちなみにここの凛は『西欧財閥の打倒』の他に『甘粕正彦を止める』ことも動機に含まれてます。