東京ミッドタウンのイルミネーション見てきたよ……。
綺麗だったけど、なんだろうこの虚しさは……。
え、誰と行ったかって?
お一人様に決まってんだろ()
というわけでむしゃくしゃしたのでみんなそろそろ忘れているであろう作品を掘り起こしてセルフ糖分補給。
時系列はサブタイ通り美九編直後。
年単位で時間すっ飛ばしながら進行した話だから短編やるのに本当便利なんだよなこの作品………。
「今日はー、だーりんが来てくれる日でっ♪らららー、うふふふっ」
暖房の利いた広い洋室に、陽気で可憐な歌声が流れる。
上機嫌に即興で紡がれる歌詞は断片的で、毛足の長い絨毯や断熱性の高い壁に吸い込まれてはあっさりと散逸していく。
メロディーと歌詞を整えて大衆に聞かせれば金が取れるレベルの―――というよりわずか数週間前までそれを生業にしていた誘宵美九は、たった一人大きな化粧台の鏡に向かって腰掛け、これまたプロとして商売道具であった美貌と満点の笑顔を鏡の中の自分に振りまいていた。
別段彼女に自己愛の気があるというわけではないが、それが男性を惹きつける大きな武器であることの自覚は当然あったし、その磨き方と扱い方は本格的な訓練を通して高水準のものを身につけている。
だからこそ、この時の彼女はその武器を存分に振るう為に臨戦態勢を整える作業に余念がない。
髪は麗しく流れるように。
肌は瑞々しく輝くように。
肢体は妖しく誘うように。
ある出来事を境に、現在見栄えを確認しているそれらが文字通り人間離れしたレベルで誰しもが羨む水準にまで引き上げられたことは、当然美九にとっても悪く思う筈がなかったが、同時に別の考えも持っている。
慢心も油断もできない。
他の女性より明白に優れた容姿を、絶対的に少ない労力で維持することのできる肉体であることに優越感を感じないと言えば嘘になる。
だがそれが傲り、他者を蔑み、自尊心を肥大化させるのに直結してしまえば、馬鹿にならない瑕疵が生まれるのを、作り笑顔に溢れた芸能界にいた彼女だからこそ理解していた。
人は外見が全てではない―――耳触りのいい建前ではなく、雰囲気というのは存外察知されてしまうものである。
もちろん表情や仕草を工夫することである程度制御することは可能だが、行き過ぎるとそれはそれで“胡散臭い”または“あざとい”という立派なマイナスの印象を与えてしまう。
恋する乙女である美九としては、対象―――五河士道にそんな風に思われると考えただけで死にたくなってくる。
ただでさえせっかく好きになってくれた美九の歌を浅ましくも洗脳の道具にしてしまった失点を抱える身である以上、更に失望させる訳にはいかないのだ。
そこには打算も当然あるが、こんな自分を見捨てないで支えてくれると言ってくれた士道に応えようという想いが少なからずあった。
が。
意思一つで感情を御せるようなら苦労はしない。
まして片思いの相手の傍に美人がいたという失恋にも満たぬ出来事一つで公共の電波に洗脳音楽を垂れ流して、ともすれば何千万という数の人間を巻き込んだのが誘宵美九である。
「今回は、だーりんと二人きりになれるでしょうか――――、あ」
そうした危険人物を監視すべくいつもいつもいつもいつも士道の傍にくっついてくる緑の魔女のことを考えた瞬間、不意に停止ボタンを押したかのような断絶をあとに陽気な旋律が消え去った。
鏡の自分に返していた笑みもどこへやら、代わりに鏡よりも平坦な印象を与える表情が、幾重にも金属がへし曲がって擦れ合う音を立てたその掌に視線を落とす。
花の形の飾りがついた金属製の櫛が、握り砕かれてバラバラになっていた。
「……ああ、またやっちゃいましたー」
鋭利になった金属片を無造作に拾い集め、小さなビニール袋に淡々と放り込む。
小さな嘆息一つで後始末をこなす美九からすれば、ベッドや机など家具が潰れるのに比べればまだましと言った感慨しか抱かなくなってしまった程度の茶飯事であった。
そういう意味でも、内面的な克己と自律は今の彼女にとって切実な命題である。
怒り、妬み、不安、焦りなどのネガティブな感情の昂ぶりで、超能力など使わなくとも腕の一振りで人間の体を容易くねじ切れる化け物の力が解放されてしまうのは先達であるあの幼女に既に聞いているし、明鏡止水とはまるで縁遠い美九はこの通り何度も体感済の法則であるのだから。
「感情に任せて物を破壊するゴリラ女とか、外見以前の問題ですよねえ……」
正史ヒロインその他多くに喧嘩を売る盛大な自虐をしながら俯く美九。
図ったわけではないのだろうが……その憂いを断ったのは来訪者を示すインターフォンの電子音だった。
訪問者の心当たりなど美九には一つしかないし、はっと顔を上げて確認した端末のモニターには期待通り大好きな男の子が映っている。
慌てて中に入るように伝え、出迎えに行く前に鏡の前に跳ねて全速力で最終チェック。
「だーりんってばもぉ、早めに来てくれるのは嬉しいんですけど、女の子には準備がいっぱいあるんですからねーっ?」
髪・カーディガンほつれなし、ブラウス・スカート皴なし、メイク・マニキュアさりげなくでも塗りは完璧、笑顔・テンションは―――士道に会える時点でチェックするまでもなく満点。
一瞬前までの沈みようはどこへやら、出迎えのために室内履きでぱたぱたと廊下を走っていく姿は浮かれ気味に弾んでいた。
…………。
誘宵美九という女は、結局のところある意味で単純なのだ、と七罪は結論付けた。
人間の女性の中でも認められていたい、愛されていたいという欲求は並外れて高い方。
それが捏造スキャンダルと精霊化という境遇のせいで歪んだ結果、士道以外が取り扱えば火傷どころか炭の塊になるような危険物と化したのも事実ではあるのだろう。
面倒な女だ、というのはお前が言うなと全力で返されるのを承知の上で断言できる。
けれど救われたなら、自分を見てくれていると分かったなら、それ以上の想いを返し続けなければ気が済まない――――言ってしまえば情の深さも尋常ではないとあの聖夜以降の観察から見てとれた。
与えられたものに報いなければという義務感ではない。
愛を向ける対象と見定めた士道に、それこそ人生で一番大事なものに設定していると言っても過言でないほどの想いを向けているということ。
そのせいで暴走暴発の危険があるのだから良かれ悪しかれだが―――。
「要はたった一言………美九は士道のことが大好きで大好きでしょうがない、ってだけの話でいいのかしら」
静かに呟いた七罪の視線の先では、広い誘宵邸の玄関ホールで出迎えた美九が士道の両頬を優しく掌で挟みながらまくし立てている。
「えへへー、寒くなかったですかあ、だーりん?ほっぺ冷たいし、ちょっと乾燥しちゃってますよ?」
「……っ、慣れればそんなに問題ないよ。でもそんなことしてたら美九の手、冷えちゃうから」
「その断り文句。優しさ三割と恥ずかしさ七割、と見ましたー。
そんないけずなだーりんには、こうです!」
「わっ!!?」
不意をうって士道の首の後ろに腕を回して抱き着き、今度は自分のほっぺたをすりすりと擦り付ける態勢に入った美九。
間違いなく自分は眼中に入っていないのだろうと確信して、どたばたの間に姿を消すべく七罪は踵を返した。
(今日くらいは、二人きりにしてあげる)
また士道に対して洗脳だの監禁だの変な気を起こされてはことだから、これまで美九のことを警戒して二人きりにさせないよう動いてきた。
悪いとは思っていないが、それが取り越し苦労だと判明したのなら一度くらい気を回す程度の義理はあってもいいかとは思うのだ。
「だーりんだーりんっ、んぅ……!」
「ああもう、七罪……がいない!?」
べたべたすりすり、顔を真っ赤にして狼狽する士道にじゃれつくのを放置するのは業腹だが、あの過剰気味なスキンシップの繰り返しの中で。
明鏡止水とは縁遠い美九が、一度も精霊としての力加減を間違えて士道に痛い思いをさせたことがない、というのはそれだけで七罪にとって大きい。
しばしば不安定になって物を破壊しても、決してその矛先が士道に向かうことが無い。
美九本人に自覚はおそらくない……ないからこそ、彼女が士道のことを本当の意味で愛していると分かる。
自分のことを見て欲しいと要求するばかりで相手を振り回すのではなく、愛しているから相手のことを第一に考え、寄り添いたいと求める。
そんな今の美九を、七罪は信じることに決めた。
含むことが無いとは言わないが、もとより士道の大切なものは七罪にとっても大切なものなのだから。
五河士道を悲しませるようなことはしない、その一点だけは共有できる。
「………?なんだろう、この気持ち」
不意に胸の中にほんの少し温かい何かが生まれて、太陽が高い位置に昇り始めた冬の青空を見上げる。
眩しさに目がくらむ今の七罪にその理由は分からなかった。
けれど、これから先色々な出来事を士道や美九、そして新たに増える騒がしい双子と経験する先で彼女は理解することになる。
――――そういう大切な気持ちを共有できる他人のことを、友達と呼ぶのだと。
以上。
意外に単純な甘々にならなかったけど、美九編後の補完ということでこれはこれでよしかな?
やらかした美九を七罪が信用するきっかけの話なんだが、あなたどんだけ士道さんのこと好きなの七罪さん………な理由でしたとさ。
というわけで、俺は縁が無いけどみんなは幸せなクリスマスを過ごしてね!!