デート・ア・ライブ 士道リバーション   作:サッドライプ

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 書いてて思った。
 相州戦真館のじゅすへるにことりん煽らせたらどうなる…………!()



五河ブラザー

 

 浮遊感の後、広がっていたのは見覚えのあるSFチックな部屋の風景。

 そして、待っていたのは琴里と精霊の少女達。

 

 すぐに琴里の案内で廊下を渡って会議室のような部屋へと通されたが、その間に士道が皆にアイコンタクトを送ると、七罪と美九が苦笑を返し、夕弦と耶倶矢が拗ねたようにぷいと顔を逸らした。

 琴里と具体的にどんなやり取りをしていたかは知らないが、士道がここに来た時点で四人の苦労の半分ほどは無駄にしてしまっただろう。

 その謝意を視線に込めたが、そのリアクションが伝える内容も分かり易い程に伝わってきてしまった。

 

――――どうせまたいつもの馬鹿やるんでしょ。

――――投遣。好きにすればいいんです。

――――ふんだ。

――――あはは……まぁ、だーりんのしたいようにどうぞー。

 

 申し訳ない………この一件が落ち着いたら埋め合わせは多分凄いことになるだろうと予想できる。

 だが、今は。

 

「…………」

 

 縦長の長方形のデスクに、横向きに精霊達が並び、そしてそれを挟む形で士道と琴里は向かい合っていた。

 椅子は当然用意されていて着席を促されたが、そう時間が掛かる類の要件でもないので立ったままデスクの向こうの彼女と対峙する。

 やや開いた距離が微妙に意識させられるような兄妹の間隔だったが、相手の顔を見られなくなるほど士道は視力に不自由していない。

 

「それで。話って何かしら、士道」

 

 やはり、見えてしまう。

 分かってしまう。

 

 士道に向けられる、琴里の測りかねると言わんばかりの眼。

 彼は何を言い出すつもりなのか、考えられる候補は、自分はそれにどう返すのが“有益”か。

 周囲の精霊は、だが士道が自分から話の場に出てきたこの好機、“目的”をどうにかして果たせないものか。

 

 そういう士道についての“計算”が今琴里の脳内をめぐっているのはなんとなく分かってしまう。

 長年一緒にいた妹だから分かるのではない、本人と向かいあいながら注意力のいくらかをどこかに飛ばし何かを考えるように少しずつ俯いたり瞬きを繰り返していれば――――それが例え赤の他人でも分かることだ。

 

 

 それが、たまらなく嫌だった。

 他でもない琴里に、そんな打算を含んで何かの目的を持ってその為の手段として見てくるその視線に、恐怖を覚えていたと言ってもいい。

 

 だってそれは、どう考えても“家族”に向ける視線じゃない。

 

 

 目的の善悪など問題にもならない。

 大義だの正義だの好きに言えばいいが、それらは感情とは別に処理する問題であって、付随する思惑は心にダイレクトに響いてしまう。

 

 

 

 もともと五河士道と五河琴里は血が繋がっていないのだから、尚更に。

 

 

 

 士道は、捨て子だった。

 幼い頃の話で父も知らず、母に捨てられ、ただ自分を否定されて絶望していた記憶だけがおぼろげにあるのみだ。

 引き取られた五河家が暖かい家庭だったから、血が繋がらなくても受け入れてくれたから、その絆を土台としてなんとかここまで育ってきた。

 ここにいてもいい、生きていてもいいのだと思えたのだ。

 

 琴里のことだってそう、中学生にもなってお化けを怖がり、飴を手放せず、からかい過ぎると泣き出してしまう、そんな妹がおにーちゃんと呼んで一心に慕ってくれる、頼ってくれる、そのことに逆に士道がどれだけ救われていたか。

 

 それが、今までのそれが演技でしたと言わんばかりの振る舞いで、高圧的な態度で、いきなり見ず知らずの精霊と命懸けで対話してこいと言い出す、それをさせる為に値踏みするような眼で――――今だって、“交渉”してきているのだ。

 

 血が繋がらない者同士を家族として繋げるのは、互いが家族であるという認識だ。

 だが士道は、琴里の中にその認識を見失いそうだった。

 

 

 絆が否定される…………五河士道という人間の土台が崩れるような錯覚を、恐怖以外の何と呼べばいい?

 

 

 だから士道は、逃げたのかもしれなかった。

 自分の発言が封じられるという話の流れを言い訳にして、それ以上琴里の前に立つ勇気が無かったから、家にも帰れなかった。

 琴里が実は自分のことを家族だと思っていなかったとしたら――――それを確定させることが怖くて、逃げた。

 

 正直今だって、怖い。

 机の下に隠れた手は、琴里と向き合ってからずっと震えている。

 だが、確かめなければ前には進めないから。

 

 

 だからこれは、必要な“賭け”だった。

 

 

「なあ琴里、俺考えたよ。精霊のこととか、空間震のこととか、俺の意味の分からない能力とか」

 

「………そう。それで?」

 

「うん――――――――かなりどうでもいい」

 

「っ!?」

 

 士道もコンビニでたまに釣銭を募金箱に入れる程度には善良な一般市民で、世界平和を願わないでもないが、その祈りは赤の他人の為に七罪や美九や八舞姉妹の幸せを投げ出すようなものではない。

 精霊を封印する能力に至っては、考えても仕方ないと割り切ってすらいる。

 

 そんな士道に、いちいち精霊が現れる度にそれらと接触しキスしていく個人的事情などありはしない。

 

「どうでもいいんだ――――けど、な」

 

 これは確かめる為の“賭け”。

 赤の他人か、それとも家族か。

 

 

 

「琴里。俺はお前のお兄ちゃんだ。今、“少なくとも俺は”そのつもりだ。

―――――だから、一つ、たった一つだけ妹の我がままを聞いてやる。なんでも言ってみろ!!」

 

 

 

 そう、精霊がどうだのは自分はどうでもいいと言った。

 だから、これは兄が妹の我儘を聞くだけの話。

 

 にも関わらず、もしまだ琴里が打算や建前を語りながら“要求”を突きつけるなら―――――その時は、自分は彼女の兄にはなれなかったということなのだろう。

 家族ではなかった………そうだとしても、例えば自分の能力が最初から目的だったみたいな漫画みたいなオチだったとしても、どのみちそれを聞くだろうから。

 

 例え過ごした時間が嘘だったとしても、感じた幸せ、絶望から救われたことまでは嘘にしたくない。

 だからせめての恩返しとして、一つだけならなんでも言うことを聞いても構わないということにした。

 

 たった一つだけ。

 そう、あるいはそれが琴里の我儘を聞く最後の一回になるのかもしれないと、そんな惧れに震える手を士道は琴里に、差し出した。

 

 

 

 

 

「士道っ!?」

 

「みんな、ごめん………っ、でも俺は!」

 

 なんでも言うことを一つだけ聞く。

 それは琴里に、〈ラタトスク〉にとって酷く好都合な提案の筈だった。

 

 だが、突然のこと過ぎて素直に受け入れられない。

 精霊達の反応からして、なんらかのブラフなどではないようだし、あるいはおにーちゃんありがとうとその手を取ればいいのだろうかとも考えてしまう。

 

 ダメだ。

 そう、士道の手を取ってはいけない。

 琴里は知らず突きつけられていた――――ここで士道の手を取れば、一度きりの便利な“駒”を手に入れる代わりに兄を失うという最後の選択肢を。

 

 これまでの精霊の強硬な態度による困難な状況からの変化に戸惑う、そんな場面だからこそ琴里は即答を避けているが………〈ラタトスク〉司令としては喜んで士道にではと協力を要請する場面だ。

 それでもその理屈だけでは覆し切れぬ違和感がそこにあり、琴里は“測りかねて”士道に視線を向けながらも脳内で目まぐるしく考えを巡らせていた。

 

 実は裏がある可能性、嘘、交渉で散々粘ってからの大き過ぎる譲歩により、なんらかの要求があるのではないか、状況の変化、なんらかの第三者の介入、あるいは罠、士道に何か思惑が、あるいは単純に士道が正常な判断能力を失っている、可能性だって、わず、かに…………、……………?

 

「…………」

 

(……………………おにー、ちゃん?)

 

 思考の切れ間、ちょうど士道個人について考えた後の僅かな時間。

 視線を向けてはいても本当に“見て”はいなかった彼の様子。

 琴里が考えを――――“計算”を繰り返せば繰り返すほど、士道の顔が僅かずつ歪んでいくことに、ここで初めて気がついた。

 

 まるで何かに裏切られた表情、何かに“見捨てられたような”、縋りながらも希望を諦めた、そんな表情。

 見覚えがあった。

 うっすらと覚えている、士道が五河家に来た時の、母に捨てられて世界の全てから否定されたような悲痛な子供の貌が仄かにちらつく。

 

――――どうして、士道がそんな顔をするのか。

 

 精霊達と仲が良すぎるくらいで、互いに信頼しあっているのはすぐに分かる程だった。

 彼女達が士道にどれほど執心しているのかも、この三日で十分伝わってきている。

 

 それが、何故誰かに裏切られた顔、誰かに見捨てられたような顔をしなければならないのかと苛立ち混じりに考えた。

 自分は、そのせいで大変な思いをしているのに――――、

 

「…………、え?」

 

 自分。

 精霊達でないなら、その対象は。

 

 

 五河琴里しか、あり得ない。

 

 

――――精霊のこととか、空間震のこととか、俺の意味の分からない能力とか、どうでもいい

――――俺はお前のお兄ちゃんだ。今、“少なくとも俺は”そのつもりだ

 

 先ほど聞いたばかりの士道の言葉が蘇る。

 それについて深く考えた時――――――琴里の中にあった、いつだって自分に優しくしてくれるという士道に対する無条件の信頼<甘え>に、罅が入った。

 

 そして、その甘えによって自分がどういう“計算”をしてきたか、振り返ってしまった。

 

…………他人の絶望に敏感なおにーちゃんは、精霊のことを知れば向かって行ってくれる。

…………態度を変えて接しても、おにーちゃんなら優しいから受け入れてくれる。

…………もしものことがあっても、五河士道は一度くらい死んでも蘇る。

 

 そう無自覚に甘え、兄に何も知らせないまま………命の危険のあることを無条件にやってくれると。

 

 そして、それが現実に上手く行かなかった時。

 つまり今、琴里は断言できるだろうか。

 

 

 思い通りに動かなかった士道に全く腹が立ってなどいない、などと。

 

 

「……………ち、ちが、う」

 

 全くもって酷い話だ。

 よりにもよって自分の兄を目的の為に利用し、当人の意思も確認せずに命を懸けさせる算段を立て。

 それが拒否された時、思い通りにならなかった兄に怒りを覚える。

 

――――ねえ、わたし。

 

「違う………わ、たしは……!」

 

 

 少女が、泣いていた。

 真っ赤な炎の中、白いリボンの少女が泣きながら、力無い声で語りかけてくる。

 

 

――――そういうのなんて言うのか、知ってるよ。

 

「私は、そんなの、そんなつもり………違うッ!!」

 

「……………琴里?」

 

 変調を来たした琴里に気遣わしげに声を掛けた士道さえも、刺激だった。

 だって、彼はそうやって傷つけた、誰より大事だったはずなのに、いつの間にか――――。

 

――――おにーちゃんに、ひどいことしちゃったんだ。

 

「いや、いや、やめて、違うのッ!?」

 

 手を振り回しても、幻は消えない。

 “はじまりの日”の少女、強くなると誓った日の子供が語り掛けるのを、遮ることもできない。

 

――――そういうのって、

 

 お前が強くなるのは、兄を何の躊躇いもなく傷つけられるようになる為だったのか、と。

 

「違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっっっ!!!!」

 

 

 

――――――にんげんのくずって、いうんだよね?

 

 

 

「……………、…………………………、………………ちがう。ちが、…………。―――――――――――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 椅子を勢いよく蹴り倒し、何かから逃げるように後退り。

 琴里は狂乱の叫びを上げながら首を左右に激しく振り続ける。

 髪を振り乱し、リボンが落ちて解けるのも構わず、何かを拒否し、否定し、だがどうにもならずに虚しく激しくもがく。

 

 自分を否定したのは自分だから、どれだけ言い訳しても、逃げても、無為でしかない。

 

 非生産的な肉体行動が続き、精神に負荷が掛かる時―――――やがて向かうのは自傷だ。

 そして、琴里の自傷は“普通”ありえない光景を生む。

 

…………炎。

 

 指を鉤爪のように曲げ、がりがりと頭を掻き傷つけられた場所からちろちろと炎が噴き出す。

 血が流れる様子は一向になく…………ふとその炎が会議室という密閉空間で、大きく膨れ上がった。

 

 暴走する熱気がその場を―――――、

 

 

「――――ふん、児戯よ」

 

「意外。炎の精霊、だったのですか。ですが我ら八舞との相性は最悪でしょう」

 

 

 大した威力を発揮することもなく、耶倶矢と夕弦により操られた風で吹き散らされた。

 なおも炎は吹きあがろうとする中を。

 

 

「琴里っ!!」

 

 

 駆け寄った士道が彼女の表面に這う炎に構わず、抱きしめた。

 兄の感触には安心するのか、少しだけ感情が落ち着く様子と連動して、炎も目に見えて小さくなる。

 

「お前、一体…………!?」

 

「やっぱり、覚えてないの………私、おにーちゃんに封印されてたからまともに人間として生きていられたの。そうでもなかったらずっと軍人たちと殺し合いし続けるかもしれないところだった」

 

 リボンが落ちたことで口調も呼び方も曖昧になっていたが、急な事態にそれを気にする余裕は士道にはなかった。

 

「だから他の精霊も、って………おにーちゃんの力があればきっとみんな幸せにできるから、って。ねえ、おにーちゃん」

 

――――私は、何を間違えたんだろう?

 

 琴里の肌を這う炎が、自分を抱きしめる士道に軽い火傷を負わせている。

 こんな筈じゃなかった、大切な兄を、どうして傷つけるようなことになってしまったのだろう。

 

 分からなかった。

 涙が滲んだ…………今泣く資格が誰よりも無いのは、きっと自分なのに。

 

 結局琴里は、泣き虫のまま、何も変わらない。

 縋りついて甘える相手も。

 

 

 

「おにーちゃん。……………“たすけて”」

 

 

 

 この期に及んで彼を頼る虫の良さに、琴里は自分を縊り殺したくて仕方なかった。

 

 

「任せろ」

 

 

 でも、兄(しどう)は、妹(ことり)の我儘を一つ聞く。

 

 

 それは、きっとこれからも。

 

 

 





…………なんというか、やっぱりまだまだ未熟だな、と痛感した回。

 結局士道さんは琴里と家族である確信が欲しいだけだったんで、感想板に書いたように琴里が"妹として"士道さんに泣きつけば一発解決でした。

 面倒くさ………ごほん、信念の固い琴里をその状態に持っていくのにどうしようというので色々考えて、なんかアンチ気味にもなってしまって。

 あと七罪達とそれまで面識がなかった設定とか原作で両親が出てないから五河家のこと詳しく書けないとか、いくら色々な理由で使いづらいからって白琴里をプロローグ時点までの話で書かなさ過ぎて違和感感じた人もいたかも。

 こんなんですが、これからもほんと見捨てないでいてくれると助かります。


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