作者はPS3を持っていないのでゲームはノータッチです。
悪しからず。
格好付けたはいいものの。
士道少年に彼女はいない。
年齢相応人並みに色気づいてはいるが、それが前面に出てもいないし、思春期を迎えどこかよそよそしくなった周囲の女子とそうなりたいという願望を持ったこともなかった。
故に、士道少年にデート経験など、無い。
「…………えっと、それで、七罪。行きたいところとか、あるか?」
七罪の視線がちょっと冷たくなったのを、士道は気のせいだと思うことにした。
その後軽くため息をつかれて悔しいという感情も沸いたが、士道は気のせいだと思いこんだ。
「………じゃあ、あれ」
なにか仕方なしみたいな感じがしなくもない様子で七罪が休憩所の壁に貼り付けてあったポスターを指差す。
黒い背景に女の人が顔芸をしていた。
一瞬お笑い系かと思ったが、違う。
「絶恐ホラーハウス……?」
「どんなのなの?」
「そういやテレビでやってたな………音響とかすごくリアルで本物の幽霊がいるみたいな本当に怖いところとか言ってたぞ」
「ふーん」
「E館の2F……あっちか。じゃ、行くか」
「!ちょっ――――」
そう言うと士道は七罪の手を引いて一緒にベンチから立ち上がった。
そのまま、二人で手をつないでいる状態になる。
それにうろたえる七罪に対し、ふと士道は思い立って先ほどのを取り返そうとした。
が。
「ででで、デート、だからなっ!」
声が上ずって更に失態を重ねてしまう。
デートだと自分で意識してしまうと、つい小さく柔らかい女の子の手にどきどきしたのだ。
さっきまでおんぶもしていたのに。
「……………、……」
そんな士道に何を思ったのか。
一瞬沈黙を共有した七罪は、顔をうつ向かせると、きゅ、と握り返してきた。
「まったく、仕方ないわね――――」
そのまま先導するように、七罪が手を引いて歩き出す。
士道もすぐに足を進めて横に並んだ。
「なあ、七罪?」
「……なによ」
「……………なんでもない」
たっ、たっ、たっ、たっ。
そのまま、七罪の歩く速さに合わせて、二人は足音を響かせる。
士道が呼んでも頑なに前を向き続ける横顔は、髪に隠れて表情を窺うことができなかった。
「学生二人ですね、千円になります」
「私が出すわ」
「え、どこから……?」
妙ににこやかというかにやにやというか、そんな表情の受付のお姉さんに七罪が入場料を払う。
士道と片手をつないだままで、本当にどこからともなく千円札を取り出したのだが、手品だろうか。
このタイミングで急に?
「はい、ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」
「ほら、行くわよ士道」
別にリアクションを取って欲しかった、というのでもないらしくさらっと七罪が士道を促したので、訊ねる言葉は出せなかった。
そのまま二人でホラーハウスに入る。
内装はいかにもな廃墟風で、不気味な色の照明が薄く視界を照らしていた。
そんな中を進んでいくと、手を尽くした仕掛けが待っている。
なんでもない床を踏んで、急にラップ音が鳴る。
それがどんどん近付くようにだんだん大きくテンポも速く連続して――――――通り過ぎた。
「おおぅ……」
そして順路を進むと突きあたりに置いてある丸っぽいがよく分からない形のオブジェ。
もぞもぞと蠢くそれについじっと見てしまう、想像してしまう。
あれは、そう、不完全だったりぐにゃぐにゃに曲がった人の体をつぎはぎして布を被せば、ちょうどあんな感じに―――――、
もぞもぞもぞもぞっっっ!!
「うわぁ!?」
「―――っ」
角を曲がり切ったところでそれは急に動きを激しくし、反射的に二人で少し駆け足になった。
その後にも様々な仕掛けがあって、金を取るだけあるプロの技が士道たちを休む間もなくおどかしていく。
今も、小さくこどものうめき声が聞こえていた。
――――――コッチニ、オイデヨ
「………は、はは、本当にすごいな」
希望は七罪のものだったが、士道にとっても大変スリルのある時間だ。
たかがお化け屋敷と油断していた、とでも言おうか。
心臓が一度ばくばく言いだすと、止まってくれる気配がない。
「違う……」
――――コッチデ、アソボウヨ
「士道、これは………」
「七罪?どうし――――、」
―――オニイチャンタチモ
またもだんだん声が近付いてくるのですごい技術だな、と思いながら七罪に話しかけようとするも、なにか様子がおかしかった。
なにかぶつぶつ言っているので聞き返そうとして
シンデヨ
「――――っっっっ!!!?」
それは、直接鼓膜に………頭の中に響くような囁きだった。
怨嗟と妬みつらみを凝縮したようなその響きは、おぞましい負の感情を背筋から全身に行きわたらせる。
違う。
こんなもの、どんなに進んだ技術でも無理だ。
耳元どころか直接耳の穴の奥から囁かれるという一生経験したくない出来事に、“本物”の二文字が頭に過ぎり、
「ひっ……、あ、あ、あ、うわああああああああああ―――――っっっっ!!!!?」
反射的に握っていた七罪の手を強く引っ張りながら、全力で駆けだした。
まだか、まだか、まだかまだかまだかまだか――――――――。
ホラーハウスの出口が見えたのは、コースの殆どを既に消化していたのもあって十秒もかからない。
だが、その時間が何倍にも何十倍にも長く感じられる。
それでも見えてきた光に向かい走り続け、脱出―――――。
平和な休日のアミューズメント施設の光景がそこに広がっていることに安堵し、もがくようにその空気を吸い込んだ。
「はあ、はあ、はあ、はあっ……!」
後ろを振り返る勇気は無いが、ひとまず安心だろうと思うと力が抜けてへたり込んでしまう。
そんな士道を、どこか申し訳なさそうに七罪が見ていた。
「ぜえ、はあ……っ。本当に、死ぬかと、思った……」
「………。それでも士道は、手を離さないんだ」
「え……、あ」
自分の息がうるさいくらいだったが、七罪の言葉を聴きとると、自分がその手をずっと握ったままだったことを思い出す。
そんな士道の噴き出た汗を、またもやどこからともなく取り出したハンカチで拭う七罪に、慌てて謝罪しようとした。
「わ、悪い………手が汗でべたついて気持ち悪かっただろ。それに、手つないだまま全力疾走しちゃったし―――、」
「別にいい。――――やり過ぎたから……」
「え?」
「な、なんでもない!」
七罪がぼそぼそと喋った部分は、聴き取れない。
結局、士道が落ち着くまで暫くの間七罪は手を離さないで、汗を拭き続けていた。
その後は、なにか激しいことをする気にもならず、ファンシーショップやぬいぐるみ売り場なんかを冷やかしてまったりしていた。
「癒されるわー。ほら七罪、なんか白いトラだぞ……がう」
「もふっ!?……もう。こういうの好きなの?」
「うーん、少女趣味だーってこだわりは特に無いし。そういうの以外でぬいぐるみ自体が嫌いなやつってそうそういないと思うぞ」
「それで、トラ?」
「いや、チョイス自体は適当なんだけど」
「そう……じゃあ私は黒ネコで――――にゃあっ」
「わぷっ。な、七罪?」
「仕返しよ。甘んじて受けなさい」
「おい、そこはくすぐった……はひっ」
そうして日が暮れ――――――。
「そろそろ、帰らないと」
「……そう」
今日はほとんどずっと繋がっていた気のする手が、離れる。
「それで、狙いは達成できた?」
「え、何が……?」
「ほ、本当に私とデートしたかった訳じゃないんでしょ?」
また、疑う言葉だった。
デート中は言われなかったから、士道も半分くらい忘れていたことだが。
何故なら、七罪の様子からして、特にホラーハウスから出て以降頑なさは取れていたから。
今だって、おずおずと窺うような訊き方はまるで懐くのを怖がる子犬のようだ。
だから―――――、
「達成できたよ。一緒に遊んでくれてありがとうな。楽しかった」
「…………っ」
きっと自分は七罪に何かをしてあげられたのだろうと、安心して微笑みながら礼が言えた。
「ふ、ふん。騙されないんだからっ」
まあ、完全に、完璧に、とはいかなかったよう――――、
「だから、また私とデートしなさいよ」
だった、が?
「え?」
「ここまで私に狙いを悟らせないだなんて大したものね士道。でも、こうなったら絶対その裏見極めてやるんだから!だから、もう一回、今度はこうはいかないっ」
まわりくどい言い回し。
その真意を士道は訝るが、答えを得るまでさして時間は必要なかった。
「そ、それとも、もう目的は達したからこんなブスでガリの女と二度目のデートなんてごめんだとか……い、言わないでしょうね!?」
――――もっと、あなたとデートがしたいよ。
デートした女の子にこんなことを言われ、嬉しく思わない、まして断る奴なんて男じゃない。
ましてや、七罪の容姿は、実際には本人が言うほど醜くもなんともなく――――、
「そんなことない。また俺と一緒に遊ぼう………楽しみにしてる」
「……!!」
不安げな表情から一転、一気に華やいだ今日はじめてのその笑顔はむしろ、惹きこまれてしまうくらい可愛らしかった。
「じゃあね士道。また今度」
「ああ。また今度――――、って。……え?」
そして、その笑顔は、夕闇の街に溶け込むように、霞む。
ふと目を離してなんていない、一瞬の内に七罪はどこにもいなくなっていた。
「消えた……?」
きょろきょろと、周囲まで見回して確認するが、やはり七罪の姿は見えない。
だが、不思議と心配にはならなかった。
また会える、だって約束したから、そう自然に確信していた。
「………帰るか」
だから士道も家路に着く。
こうして、士道のちょっと不思議な一日――――のちに思い返せば人生の大きな転換点となったその一日が、終わりを告げた。
贋造魔女【ハニエル】印のゴーストトラップ!
下手したらトラウマもの。