主は最初の七日で世界を創った。
エターナルフォースブリザード、相手は死ぬ。
根本の理屈は同じわけで。
つまり人類は旧約聖書の昔から厨二――――――――ごめんなさいそんなヤバい喧嘩売るつもりないです撤回します()
語る。
「我が〈颶風を司りし漆黒の魔槍【シュツルム・ランツェ】〉は有形にして無形。“刺し貫く”ことに特化し昇華した高次概念よ。この意味、御主には分かるであろ?」
「成る程。物質で構成されたこの三次元を、より高位の概念で塗り潰す業か。どこぞの造物主は『光あれ』と唱えることで闇を払ったそうだが………その域にすら到達する研鑽、フッ、敬意に値しよう」
「よいよい、そこらの愚昧には理解できぬよって、ほとほと現世(うつしよ)に溢れるは凡俗ばかりよ」
「愚昧には理解できぬ、か―――――だがある意味それもまた真理」
「………ほう?」
ちょー語る。
「高位の概念が低位に対し絶対であるのは、いわば絵に描かれたいかな化け物とて悪戯小僧がそこに赤いペンを塗りたくるだけで満身創痍の血達磨と化すそれに等しい。なるほど論ずるまでもないとはまさにこのこと。だが悪戯小僧はどうやってその化け物の絵を見つける?それはどこに落ちている?
―――――要は情報量の多寡なのだよ。低位の世界を俯瞰できるほどの高位はその情報量故に訳なくその全てを押し潰せる。だが一個の存在として処理し切れぬ程に情報量に差が出来てしまった場合、“概念が届かない”という事態が発生する、ということだ」
「ふっ………つまり士道、こういうことだな?我が概念はその昇華故に〈置き去りし孤高なる神風【カイン・アンファッセント】〉と化してしまったのだと。なるほど理解した、素晴らしい!この耶倶矢、御主の知慧にこそ敬意を表そう!」
問・以上の熊本弁を一行に要約しなさい。
解・王様、馬鹿には刺さらない槍でございます。
ある意味中二病そのものに対する真理だった。
まあ士道に耶倶矢を馬鹿にする意図は欠片も無いのだが、というよりむしろノリノリで馬鹿をやっている訳で。
そもそも日暮れの遅い盛夏の夕方という時間は、中学生の士道にはいい加減家に帰らなければならない時間である。
盟友との出逢いについ話しこんでしまったが、辺りが本格的に暗くなると流石にまずいと考える。
だが、話しておかなければならない………というか、本来真っ先にしなければならない話はあったのだった。
「ところで、ちょっといいか耶倶矢?」
「ん、なになに?」
素に戻って士道が話しかけると、耶倶矢もまたポップな感じに返した。
こいつら恐るべき切り替えの早さである。
「まず確認したいんだけど、耶倶矢って今美九の家で預かってる夕弦の姉妹、なんだよな?」
そしてそこからかよ、であった。
もう色々とアレなのだが………ツッコミはいない。
「そーよ。誇張とか本当に抜きで、夕弦は精霊として魂を分けた分身」
「そうだよな。それで、俺に言いたいことか訊きたいことがあるんだろ?」
美九の家を訪ねずにあえて士道を待ち伏せしていた耶倶矢。
彼女に訊きたいことも士道には色々あるが、耶倶矢に用件があるなら先にそちらから片付けるのがいいかと思った。
話を振られた耶倶矢は、とんとんと爪先で地面を叩きながら、少し間を空けてその用件を訊ねた。
「その………さ。士道、夕弦はどんな風に過ごしてる?」
おずおずと発せられたその問いは、ただ肉親を心配する少女のもの。
それに込められた真剣さに、士道は本当に確信した。
ああ、耶倶矢は夕弦の姉妹なんだ、と。
だから士道も応えた。
怪我で美九の家に運び込まれてから、夕弦が士道とどう過ごしたか、どんな会話を交わしたか。
士道から見た夕弦がどうであったか、それで何を感じたのか。
今日の昼食後の散歩での夕弦の様子はどうしても語るのは躊躇われたが、できる限りは誠実に話した。
耶倶矢もそれに時に相槌を打ち、時に静かに頷き聴いていた。
「…………まあ、こんな感じで。不思議な奴だよ、変なちょっかいかけてきたり、からかったりされるんだけど少しも怒る気になれないし」
「あはは。それは夕弦に好かれてるのよ。大好きだから悪戯しないでいられないってこと」
「んな………っ!?」
「どう?ねえどうよ士道?あーんな可愛い夕弦に惚れられて」
「ほ、惚れって……」
耶倶矢のいきなりの爆弾発言にどきりとする。
しかもにやにやと半笑いで追撃してくるので、士道はたじたじだった。
夕弦とは会って数日で、でも昼間はずっと一緒にいた訳で、今日はそう言えば色仕掛けなんてされて、でも好かれてるっていうのは、そりゃ夕弦が可愛いのは否定しないけど顔のつくりは耶倶矢も一緒じゃ………などとぐるぐると士道の脳内で二頭身にデフォルメされた夕弦の群れがマイムマイムを踊って、もとい頭が混乱で大惨事。
だから、一瞬覗いた耶倶矢の表情を見逃した。
それこそ夕弦にそっくりな、儚げに透き通った頬笑みを。
「―――ふふ、随分と幸せそうじゃない、夕弦ってば」
「え?今なんて」
「べっつに。ただ、決めた!って」
「決めた?」
「士道、ちょっと拉致させて?」
「は?……って、うわぁ!?」
突如感じる浮遊感。
ぶれたカメラのように、視界が一気に流れていく。
地面を踏みしめていたのに、投げ出され落ちていく奇妙な世界。
そしてすぐに気付いた。上だ。
今士道は、“空に向かって落ちている”。
「えいやっ」
ぎゅっ
「か、耶倶矢ぁっ!!?」
後ろから強く抱きつかれて、もとい抱えられて、ふわりと持ち上がる自分の前髪に士道は気付いた。
風――――自然界にありえない強さと向きのそれに包まれて、士道はいきなり天空目掛けて浮上させられたのだと。
そういう現状を理解したと同時に、それを誰がやったのかなんて一人しかいなかった。
どうやら耶倶矢の精霊としての能力は、厨二発言にも少し触れられていたように風を操るものらしい……流石に高次概念攻撃とやらは設定だろうが。
その耶倶矢は、悪戯げに、しかしとても楽しそうに、太陽が地平線すれすれを掠める紫色の空に士道を連れて舞い上がると、街全域に強い風を吹かせた。
突風に煽られ、街路樹が悲鳴を上げるように葉をざわめかせる。
木々の擦れる音、大気が唸る音、まるで街が何かの楽器であるかのように、演奏者(耶倶矢)の指揮に従って奏でる―――――――“誰かに宛てたメッセージ”。
びゅうびゅうと、その悪戯な風に乗るかのように士道を抱えた耶倶矢は今度は水平方向に舵を切る。
宣言通り、本当に士道を連れ去るつもりなのか。
正直家に帰らないと本格的にまずい時間なのだが、言っても耶倶矢は聞いてはくれないだろう。
ただ、その一方で耶倶矢に抱えられて“空を飛ぶ”という経験はなかなか楽しい。
街の、士道の家のある辺りも美九の家も同時に見えるような高さで、その中をふわりと重力から解き放たれてすいすいと泳ぐ状況に興奮を覚えているのも事実だった。
だからまあ、士道も少しばかり悪い子になって、耶倶矢に抵抗するとか説得するとかの選択肢を投げ捨てる。
「ククク………士道、今宵御主はこの耶倶矢の贄よ」
「……やれやれ、私では祭殿に差し出されるにはいささか華がないのではないのか?それでもいいなら、素直にエスコート願うが」
「安心せい安心せい、御主は我が真理の眼(まなこ)に叶う逸物なれば、――――――ふむ、愛でるも一興か」
「ほどほどにな。華は耶倶矢自身で十分とも言えるが、此方は初心な性質でね。過ぎた悦楽は毒にしかならんのだよ」
「ほう!士道はまったくもって我を気分良く乗せるのが上手い。これはますます褒美を与えねば」
「しまった……またしても一本取られたな」
そしてこのノリであった。
もうダメだこいつら。
「「…………………」」
しかも愛でるとか褒美云々は完全に口だけ、耶倶矢は抱きついたままもじもじとしてそれ以上何もしようとしないし、抱きつかれたままの士道も士道で意識してしまって顔を赤らめたまま口を噤んでいる。
どこの付き合いたての初々しいカップルかと思うような妙な沈黙に支配されたまま、二人は風を切って夜が迫りくる方角へと飛行し続けるのであった。
もう本当にダメだこいつら。
飛行している時間そのものは、変な間のせいで長く感じられたが実際そんなにでもなかった。
せいぜいが十数分といったところだろう。
そして正確な方角は分からないから今どの辺りかも不明だが、とりあえず陸地が途切れた海岸線まで来てしまったあたりかなりの速さで飛んでいたようだった。
護岸整備が為された波打ち際に士道を降ろすと、耶倶矢もくるりと舞うように一回転してたん、とアスファルトを靴で鳴らして着地する。
「おつかれ耶倶矢。で、実際何がしたかったんだ?」
「…………んー、ちょっと待って」
来た方向を振り返ってじっと見つめる耶倶矢。
すぐにそちらの空に一つの影が見え始めた。
最初小さい点だったものがどんどん大きくなって、それが鳥や蝙蝠でないことに気が付く。
「………………」
それは、似た人物が近くにいるからこそ見間違えようもない。
耶倶矢と類似した拘束をモチーフにした霊装が宵闇に薄く光り、同じ蜂蜜色の癖のついた髪を風に靡かせ、いつも以上に感情の読めない茫洋とした目つきで、夕弦は、空から士道と耶倶矢を見下ろしていた。
耶倶矢もまた、夕弦の姿を認めると、一歩前へと踏み出した。
その表情は、触れれば切れそうなくらいに、真剣。
「先、謝っとくね士道。これからすごく嫌なモノ見せると思う」
「え………?」
「―――――――――〈颶風騎士、穿つ者【ラファエル、エル・レエム】〉!!」
鎖と革ベルトで絞めつけられた耶倶矢の細い躯を更に拘束するように、右手に厳めしい鉄甲が装着され、虚空を掴む。
荒れた風が四方より集まり、それが一つの武器の形を成してその拳に収まった。
槍――――それも、馬上どころか天空を駆けるならこの程度が当然とばかりに巨大な突撃槍。
耶倶矢の矮躯に比してより大きく見えるそれを腰だめに構え………夕弦に、向けた。
「耶倶矢、何をッ!!?」
「不倶戴天、八舞夕弦――――――覚悟ッッ!」
地面が、爆発する。
そう一瞬錯覚したほどの強い風が、下から士道の体を叩く。
それは、耶倶矢の体そのものを矢として夕弦目掛けて打ち出した反作用の風だった。
その矢は、士道の動体視力では捉えられないほどに疾く、夕弦に襲いかかる。
「反、応………ッ、〈颶風騎士、縛める者【ラファエル、エル・ナハシュ】〉!」
重い金属のぶつかり合う音が、高らかに響く。
見れば夕弦もまた左手に装着した鉄甲の上に更に鎖を巻きつけていて、それで耶倶矢の突撃を弾いたらしかった。
「………ふん、外したか」
「戦慄。いきなりなんですか。あなたは一体………」
「問答無用。理解が成らぬならば成らぬままに“全てを終わらせる”。それが、慈悲と知れ」
冷たく言い捨てる耶倶矢には、先ほどまで士道と話していた時の奔放さや明るさはない。
言葉遣いにも、ごっこ遊びの時のような“軽さ”が全く感じられなかった。
それだけに、士道は耶倶矢の“本気”を確信してしまう。
「やめろ耶倶矢!どうしたんだよ、お前さっきまで、あんなに………っ!!」
あまりに突然に始まった命のやりとりに、驚きと焦りが止まらない。
ひきりなしに肌を撫ぜる風に、この非現実な光景を現実だと教えられ、絞り出すように声を上げた。
そんな士道の叫びを無視して、耶倶矢は槍を振るう。
呼応するように、密度の高い空気の塊が横合いから夕弦を殴りつけた。
「狼狽。きゃぅ……………っ!?」
体勢が崩れ、夕弦の上体が泳ぐ。
その状態の彼女に、再び耶倶矢は突撃をかけた。
地を蹴っていないからなのか、僅かに先ほどよりもその動きは緩やかに見えて。
体勢を崩した夕弦でも、本当にぎりぎりで反応できるタイミング。
だからこそ、経験とか、理論とか、そういうものをすっ飛ばして夕弦の生存本能が反射で夕弦に命じた。
槍を躱すように体を捻りながら、鎖の先端に括りつけられた刃を短剣のように握って、向かってくる耶倶矢の首筋に突き刺す、その動きを。
「「「――――――!!」」」
そして、一対の風が、交錯した。
………って引きをやっても一話で二人とも生きてるの決まっちゃってるんだけれども。
しかし熊本弁本当に疲れた。
闇に、のまれる……………。