ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです― 作:七海香波
原作一巻は、チェスで一話、演説で一話で終わるかなと予想しています。
早く獣人種の所に進みたい。
さて、新たな仲間が手に入った感動で高まる胸の鼓動も収まったところで。
黒は早速、ここから移動することを考えていた。
このまま図書館で知識を収集するのも良いが、ほぼ全ての書物を網羅し必要な知識を何時でも引き出せるジブリールが傍らにいる以上それは移動中でも出来る――つまりそのことは、今黒に知識収集よりも気になる案件があるということを意味する。
傅いていたジブリールが面を上げたところで、黒は早速今からの予定を伝えた。
「……ジブリール。今すぐエルキア城へ行くぞ」
「はい、
黒を主と認めた彼女は、忠誠を誓った後から彼のことを
彼女が自らの制御下に戻った精霊回廊接続神経、則ち翼の調子を確かめるように軽くその場で羽ばたいた中で黒は尋ねる。
「なあ、自分の存在感を薄める道具を持ってないか?」
「はい、大戦時の骨董品ですが隠蔽効果付きのローブを所持しております♪」
どこからともなく手元に二つ、随分の間使われていなかったようで、黒色の畳まれた布が召喚された。随分と埃っぽい、おそらくジブリールがこの図書館を手に入れる前からあったようだ。彼女が、大戦時のものと言うからには、これを来て昔の
ジブリールがそれらを精霊で一瞬包むと、次の瞬間には新品同様の状態となっていた。どうやら魔法か何かで浄化したらしい。ジブリールが差し出したその片方を受け取り、身を覆うように纏い、深くフードを被る。
「エルキア城には同じ異世界の人間がいるんだ。……言っておくが、歩いて行くぞ」
「わざわざ徒歩で、で御座いますか?」
ジブリールは伝える、転移魔法を使えばよろしいでしょうに、と。
しかし、黒に取って今のエルキアの状況下での魔法の行使は拙いと判断されているようだ。首を振ってそれを否定する。
「今現在進行中のエルキア新国王決定戦に、エルヴン・ガルドの間者が紛れ込んでいる。同じく
その予想は、黒の持つ現在の情報を鑑みてのことだ。
『
挑戦権は恐らく、全種族の完全制覇。それは、相手がこちらへ呼ぶときに使用したゲームがチェスであったこと、また種の代表の証として与えられる『種のコマ』が十六個――すなわちチェスの片面の数であることから想像できる。
そして、手っ取り早く一種族の代表の座を手に入れる方法と言えば、現在最後の
そして、『
だが、恐らく空はゲーム前にそれを見抜き、観客に紛れ込んでいる
だが、
――トランプ時に見ていて分かったことだが、あの
だがしかし、
つまり、用意されるゲームは少なからず『
そこまでは『
そして、“『
それでも、未だゲームが始まっていない場合のことを考えて、
すでにゲームは始まっている場合は、その
きっと、人目に付かない場所で、遠見の魔法などで彼らのゲーム状況を視認することだろう。
ここまでの要所だけをかいつまんでジブリールに説明する。
「――だから、ジブリールという切り札は後まで隠しておくべきだ。ちなみに、僅かでも不自然な精霊の動きがあったら知らせてくれ。その場所に
「はいっ、分かりました!しかし、まさか一瞬でそこまで考えておられたとは――さすがはマスターで御座いますね♪」
「褒めてくれるのは嬉しいがな――、抱きつくなぁ!」
黒の先読みに驚いたようなジブリールが、感動したように黒へ抱きつく。だが、黒はその幸せを享受するどころか逆に顔を真っ赤にして彼女を引きはがす。
まずは図書館の外へ出て、ゆっくりと街の様子をうかがいながら王城へと向かう。
人々の声を耳で捉えれば、どうやらそろそろ最後の決戦がクラミーVS『
とりあえず、ジブリールを隠しておいたのは正解だったらしい。
ひとまず『
研ぎ澄ませた聴覚でステファニー・ドーラを罵るような『
まあ彼らのことはどうでもいいからそのまま放っておくことにして進んでいくと、案の定、彼らは城の中庭でベンチに座り話していた。傍らにはステファニー・ドーラの姿も確認できる。
その側に廊下の屋根上から音を消して降り立ち、ジブリールには屋根上で待機していろと後ろ手で合図しておく。
ベンチの後ろへと忍び込み、空の右肩にポンと手を置く。
「よう空、白。デートが終わったから戻ってきたぜ」
さすがに二度目は驚かないらしく、空も白も、音を消して現れたことに何の反応も見せなかった。――つまらないな、と思ったりしたのだがそれは口に出さないでおく。
「おう、黒か。で、今の状況分かってるよな?」
「ああ。今から
「な、なんでですの!?この人も協力した方が良いのでは!?」
あくまで観戦するという意志を伝えた黒に、ステファニーが愕然とした表情で叫ぶ。
――そう、黒は別に、彼らのゲームに手出しをする気は無い。
確かに『
納得出来ない様子のステファニーに、黒の方から逆に問いかける。
「なら聞くぞ。一体何のために俺が協力しなければならない?」
「何のためって、それはもちろんこのエルキアを、ひいては
「――そういうのは物語上の主人公にでも任せておくモンだ。言っておくがな、俺は他人を自主的に何の見返りもなく救うなんて高尚な心を持ち合わせちゃいない。俺からしたら、
「な――」
黒の暴言ともとれるその言葉に、ステファニーが絶句する。
「“今貴方に求められているのは、名誉も財宝も美女も新たな力も名声も美味も何もかも、貴方の得する物は一切合切手に入らない上に常識外れのゲームです。相手は魔法という公式チートを乱用して勝利を手にしようとする輩で、相手取るのは相当面倒です。”――さて、勝利しても何も手に入らす、その上面倒かつ無益なゲームを、滅亡の危機に瀕した一国の元王女の涙を見たくないっていうたった一つの理由のためだけに闘う――そんなのは馬鹿って言うんだよ」
「そんな――」
「そんな?おいおい何を言ってるんだよお前が俺に求めているのはつまりそういう“自分じゃできなかったから他人を頼ろうZE”ってことだろうが一体その理解のどこに間違いがあるってんだよないだろうないよな――ああ誰からも頼られないまま自分は一人寂しく表舞台から幕を引くなんて可哀想な女の子なのステファニー・ドーラ――なんて正直今時の三流韓ドラでも見ないぜまったく馬鹿馬鹿しいなんでも誠心誠意頼めばどうにかなるなんて思ってるのか本当に頭の中お花畑なんだなめでたいぜそのまま一生楽しくピクニックでもしてやがれこの姫様――。以上」
途中の反論を無視して圧倒的な言葉で心をへし折る黒の交渉術に、空白はそれぞれ驚いて口を開けて見ているだけだった。今までチャットでも見なかった黒の様子にただただこの場の主導権を握られるばかり。
当の本人は、今にも泣き出しそうなステファニーを前に溜息をついて話し出す。
「考え自体が生ぬるいんだよ。なんで俺たちが、ただゲームに勝てるからって、見知らぬ他人の全てを自ら進んで負う必要が有る。やるなら自分でやれ」
「そ、それが、できにゃいから、わ私は――」
完全に涙声になっているステファニー。正直気まずい。
だが、黒はその必死の反論すら否定する。
「出来ない?
その一言に、ステファニーが眼を見開いて押し黙る。
――今この人はなんと言った?既にゲームで負けた私が、まだ何か出来るだと?
「単純に言うぞ。王位争奪戦なんて名前がついちゃいるが、結局の所これは
――そもそも、エルキアの王が権利代替者であるなんていつから錯覚していた?」
そう、エルキアの王はあくまでエルキアの王。
現在はその地位が
なら、そこで負けた者が権利を得るには。
「王になれないなら、革命を起こせばいい。王政を破棄すればいい。王の地位から重みを奪えば、名前だけの王など一体誰が全権代理者だと認める?いいか、全権代理者をきめるのはあくまで権利を持つ民衆だ。ならば、王の座を勝ち取った者が種の全権を手にするのか?――否だ。断じて否だ。この壮大な
誰もが忘れていることだろう。黒も図書館で始めて知った事だが、ステファニー・ドーラは今こそ元王女とはいっても、そのドーラ家の血筋はエルキア初代国王から延々と繋がる万世一代の王の血筋なのだ。
つまり彼女は、日本で言う、天皇家に連なる者。
また、ジブリールの図書館にあった国立アカデミーの主席卒業という記録上、間違いなく彼女にもまだ目覚めていないだけで、王族のカリスマの血が流れている。
いざ実行に踏み切れば、彼女でも民衆を纏め上げることが出来る。
そうすれば、民衆の心は彼女をこそ全権代理者に相応しいとするだろう。
「いいか。お前は出来る。ただやらないだけだ。他人に頼る人生なんて意味は無い、最終的に頼れるのは自分一人だけだ」
このアイディアは『
「とまあ、言って見たもののたかが十六歳の少女に
「――あ、ああ。任せておけ」
それだけが聞ければ十分だと思ったらしく、黒はジブリールを連れて中庭を出て行く。
「本当によろしかったのですかマスター?」
「――あの二人が心配か?」
「――ええ。あのお二人はマスターと同じ異世界の人間、で御座いますよね?
「もちろん」
二人は暗くなった街の中をゆっくりと練り歩いく。
時刻は午後六時、日も沈みかけ空は茜色に染まりつつある。街行く人々は今日一日の疲れを背負い、それぞれの家へと帰り始めている。親子仲良く手を繋いで楽しむ者、職場の仲間と酔っぱらいながら千鳥足で帰宅する者達が目立ってきている。
「“原理的に勝てないゲームでさえなければ、『
「それはすなわち、あの二人はマスターよりも強いということですか?」
「ああ、強いだろうよ。片方だけなら分からないが、『
十六万七千六百八十四戦――零勝――十六万七千六百八十四敗。
それが、『
RPGからFPS等々様々なジャンルのゲームで名を残してきた黒が唯一勝てない相手。
その彼らが、
というか、序列を考えて
「ゲームは今から、か……」
そう呟いた黒とジブリールの隣を、豪華に飾り付けられた馬車が通り過ぎる。
窓の隙間から一瞬見えた、ベールを被ったクラミーの姿を
それに、
「マスター、今の馬車から
ジブリールがこう言う以上、間違いない。
「ジブリール、今からしばらくの間神経を張り巡らせろ。
とんっ。
黒は自身の脚力で、ジブリールは翼で一つの高い建物の屋上へと跳び上がる。街全体を五感だけで捜索するため、出来るだけ多くの情報が入る高い場所が望ましいと感じたからだ。
それぞれ全身の神経に全集中を傾け、僅かな変化を感じ取ろうと構える。
夕方になって涼しく風が肌を撫で――夕食のテーブルを囲む家族の遣り取りが聞こえ――そのまま十分ほどたった頃――っ。
「「ッ!」」
ジブリールは僅かな精霊の流れの異変を感じ取って。
それぞれ同じ方向へと、顔を向けた。
「行くぞ、ジブリール」
「はい、マスター」
互いに頷き、そして同時に、屋上から飛び出した。
自身の幼なじみであるクラミーと、他国の間者である『
最も魔法に手慣れた種族である自分が行使した魔法によるイカサマが気付かれるとは到底思えないが……念には念を入れての監視である。
使用するゲームはチェス――『ストラテジック・チェス』。
プレイヤーには『王としての資質』が問われ、それが駒に反映されるというゲーム。
逃げれば挑発され、そこからは売り言葉に買い言葉という成り行きで良く使われる。
「クラミー……」
駒に洗脳魔法をかけているとは言え、残念ながら彼女には王の資質があるとは到底言えない。負けてしまうかもしれない。そのことをついつい想像してしまい、悲しそうな声で幼なじみの名前が口をついて出た。要するに、心配なのだ。いつも肝心の所が抜けているために、妙に母性的な面がくすぐられる。
――だからこそ、彼らの接近に気がつかなかったのだろうか。
「Hi、
――気付かれた!?
フィールは咄嗟に振り返る。
自身の背後には音も気配もなく、二人の陰が立っていた。
余りにも不自然に気配が絶たれていることから、着ているものが魔法を付与された者だと即座に看破する。相手側は別に姿を隠す気も無いようで、自ら被っていたフードを脱いだ。
「……
序列が一つ上の
ここでイカサマだと知れれば、こちらの身が危うい。
――だが、イカサマだとばらすことなくこちらに顔を出した以上、別の思惑があるやも知れない。
フィールはすぐに余裕そうな表情を作り、相手する。
「一体何の御用ですかぁ?」
答えたのは、
「
「――はいー?」
「あらあらマスター、森の田舎共にはどうやら言葉が通じないようで御座いますね?」
――今この
この
驚愕の事実がフィールを襲うが、今それを表に出しては拙い――何とかして心の奥を隠そうとする。目の前の
「いやジブリール。変に見下すのは止めようぜ。――ああそっちも、別にこっちは危害を加えようって訳じゃあない。ただそれを見せて欲しいだけだ。だから、その右手に用意している魔法、仕舞ってくれないか?」
さらに衝撃的なことに、目の前の
分からない、とりあえずは素直に頷いておこう。
「――分かりました、ですよぉ」
そう言うも、
「嘘は良くないぜ。さっさと仕舞えっての」
誤魔化されないようだ。
本当に手元に集めていた精霊を散らすと、
「ありがとな。ホントに、危害を加えようってんじゃなくて、俺たちには見られないようなゲームだから見せて欲しいんだよ。あいつらのこっちでの初めてのゲームだからな」
彼の目に、嘘はない。
「――良いでしょう。どうぞー」
とりあえず、真意が分からない以上、見せることにした。
――馬車の中の光景が映る。
「だが断るッ!――この空白の好きなことの一つは、絶対的優位にあると思っている奴に、NOと断ってやることだッ!」
――どこでも人気だな、ジョ○ョネタは。
異世界へ来て初めてのゲームの直前でも通常運転である二人を見て黒はつい笑ってしまう。クラミーはどうやら空白を説得しようと試みていたらしいが、どうやら今の一言で失敗に終わったのだろう。怒りに満ちた眼で空白を睨み付けた後、颯爽と馬車から立ち去っていった。
そこから場所は移り、どこかの堂に出る。
彼らの目の前には、巨大なチェスの駒が白と黒に塗り分けられた盤の上に置かれていた……ハリーポッター?
『自分が犠牲になるつもりだ!』
『ダメよ○ン!他に方法が在るはずよ!?』
『スネ○プに賢者の石を盗まれても良いのか!?――いいかい、僕には分かる、僕でも、ハーマ○オニーでもない……君なんだ!』
――ついつい騎士となってカミカゼになる赤毛のことを思い出してしまった。
だが空白なら……やりかねないな。
画面の中で、クラミーからゲームの説明がされる。
“ルールは単純、駒は命じられたら命じられたままに動く”――とのこと。
やけに変な言い回しのルール説明だと黒は思った。命じられたら命じられたままに動く――当たり前のことだろうに。
そう考えている間にも、ゲームは始まった。
「「「――
――さあ、ゲームを始めよう。
もはや決めゼリフとなった空白――恐らく空――の言葉が、ふと頭の中を過ぎる。相手が魔法でも、負ける気はさらさら無いようだ。