ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです―   作:七海香波

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見たときは自分の目を一回疑いました。登録して下さった皆さん、ありがとうございました。

原作と違う点として、ここでジブリールを話に組み込んでいます。
では、どうぞ。



第四手 天翼種との読書

 ステファニーがブチ切れ、空が挑発し、黒が呆れ――どうしようもなくカオスな空間で、空がとりあえず一言。

 

「あー、今俺寝不足そんな叫ばないでくれると――」

「そんなの知ったこっちゃありませんわよ!」

 

 迷惑そうに耳に指で栓をする空を、全身の毛を逆立てて猫のようにこちらを睨み付けるステファニー。

 がたんと椅子をはね飛ばして立ち上がり、両手を机に押しつけている。

 どうやら、完全にお怒りのようだ。

 

「それでも今は深夜だからな、一旦落ち着いてくれ王女様。ほら、座って」

 

 黒が倒れた椅子を起こし、怒り心頭のお姫様に座って気を鎮めるよう伝えた。

 後で他の客から叱られるのは黒達であり、これ以上下手に騒がれるのは自分たちにとって困るのだ。

 ゲームで黙らせれば問題は無いのだが、しばらくここで過ごす以上、周囲の人間との関係がぎくしゃくした物になると後々面倒なのは元の世界で熟知している。

 

「あ、は、はい……失礼しましたわ」

「うん、そのまま深呼吸して――さてと。要件を聞こうか。どうせ、昼間のゲームで、何故イカサマを教えなかったか……だろ」

「……そうですわ。あの時教えてさえくれれば、勝てましたのに」

 

 ――【十の盟約】その八。ゲーム中の不正発覚は、敗北と見なす。

 つまり、バレさえしなければ。

 指摘・証明されなければ、どれだけイカサマを使われても文句は言えないのか。

 

 例え、魔法であっても。

 

 ステファニーの戦いの時に黒が目にしたのは、酒場の端にいたフードを被った少女。

 目に妖しい紫色の光を浮かべていた所から推測すると、恐らくあの女の子は魔法使い。それも、目線からして、クラミーという少女に味方する外部からの協力者。瞬きすらしていなかった。

 あの子のポーカーフェイスは大した物だったが、それは自分が絶対に勝てるという自信によるところが大きかったのかもしれないな。

 何にしろ、魔法の可能性が有る以上、早急にこの世界の情報を集める必要が有りそうだと考える。

 魔法が使えればイカサマの幅は広がるし、この世界でもっと上手く立ち回れるもしれないのだから。

 そう考えていた黒の心も知らずに、魔法の存在に気づくことなく敗北したステファニーは涙を流しながら小さく口を開く。

 

「お陰で黒星ですわ……もう私に、国王選定戦に参加する資格は在りません」

 

 一度でも敗北すれば、参加資格は失われる。

 つまり、彼女はすでに王女で無いに等しいということ。

 

「……それで、負けて、悔しいから八つ当たりに?」

 

 すすり泣くステファニー。それでも白は容赦なく、言葉の刀で心を斬る。

 

「――白ちゃん」

 

 ――頼むから、黙っていてくれ。火に油を注ぐな。

 それか、オブラートに包むという言葉を知ってくれ……そう言わずにはいられない黒。

 だが、黒がその言葉を口にする前にステファニーは怒りの赤に顔を染めた。

 再び怒りゲージマックスになった彼女が立ち上がろうとするが、黒は両肩を上から押さえつけることで何とか収めさせる。

 異世界で、ある程度話の通じそうなせっかくの相手なんだ。少しは友好的にいって、情報を引き出したいもの。

 

 空に白を注意するよう目で促すが――

 

「――ま、でも、白の言うとおりだ、人類が負け込むのも当然だぜ」

「――なんですって?」

 

 ――当然、彼はそんな性格ではない。黒の期待を当たり前のように裏切ってくれた。

 互いの仲が落ち着くことを願う黒の心を分かっていながら、白に続いて、空は平然と挑発する。

 

 ――何するつもりだ?

 

 ――まあ見てろって。良いこと思いついたから。

 

 互いの目を読み合い、空が何かしらの考えを持ってステファニーを挑発したことに気付く黒。恐らくこちらにとって有利な何かなのだろうが、

 

「あんなイカサマも見抜けず、その上で子どもに八つ当たり――超短絡的な思考には呆れを通り過ぎて敬服するぜ。コレが前王の子孫ってんなら、人類がここまで衰退したのもうなずける」

 

 ――なんで調子に乗るのだろうか、と諦め半分で溜息をつく。

 この兄妹、自分がどう言っても止まる気はないんだろうなと改めて感じた黒であった。

 

 黒は余り争いを好まない性格なので、口先だけで収まるものならできるだけそうしたいと思っている。もちろん、言葉が通じない単細胞生物(大馬鹿)なら拳を交えての肉体言語でOHANASHIするが……自分から挑発するような事はしない。

 

 否、そもそも喧嘩を売ってくれるような仲の人間すらいない。

 ……それが良いことなのか悪いことなのかはさておき。

 

 さてさて、白の目も得物で遊ぶ猫科動物の目になってるし――仕方無い。

 外へ出て、あの三人が頭を冷やすまでしばらく待っていようと黒は考えた。

 どうせ、“  (空白)”と“人類をここまで追い詰めた前王の血を引く者”の争い。(ステファニーにとって)碌でもない結果に陥るのは目に見えているのだから。

 

 

 

 

 心の中でステファニーに手を合わせ、宿屋でまたもや一悶着起こしそうになった三人を置いて黒は一人外へと出た。

 ふと夜空を見上げれば、未だ夜は明けておらず、暗い空で星々が瞬いている。

 星空に浮かぶ星の並びは一つとして記憶と同じものがなく、改めてここが異世界なのだと黒に感じさせる。

 

「あの調子じゃ、解決にはしばらくかかるかな……」

 

 女性が絡んだ口喧嘩というのは、中々収まるものではない。特に相手は異性、その上「  (空白)」の片割れである空だ。まともにあの空気が落ち着くわけはなく、彼女が頭を冷やすにはある程度の時間がかかるだろうと考えられる。

 

 ――つーか、肌寒ぃ。白いワイシャツだけでは心許ないし、できればどっか室内に入りたい。

 黒の所持金は、部屋を出る際に昼間の財布からかすめ取ってきた硬貨数枚。その中でも、あの中に数枚あった、宿屋で数日泊まれる程度の価値のある硬貨だ。

 数枚をポケットから取り出し、ジャラジャラと手の中で弄んでみる。

 宿屋に泊まれる長さを基準に元の世界と比較して予想を立てれば、しばらく過ごすには余りある金額だと思えるが――生憎と今はどこの店も開いてはいない。

 

 昨日一日の昼から夕方に移行した時間と自身のスマホの時間を照らし合わせてみて、この世界の時間は元いた世界と同じであると考えた黒。

 改めて時間を確認してみようとポケットからスマホを取り出せば、液晶画面に表示されている現在時刻はAM2:00――午前二時(・・・・)。鳴く子も黙る、異世界での丑三つ時である。

 幽霊なんかが出ても全くおかしくない状況だ。

 なんせ、黒達はこの世界に来た時にドラゴンというファンタジーで一般的な存在を目の当たりにしているのだから。

 そんな時間で、全ての店がひっそりと息をひそめ、休息を取っているのは当たり前であった。

 

「ったく、こんな中でしばらく待つのはやっぱ面倒だな……戻るか?」

 

 だがしかし、あの中に戻ると再び面倒事に巻き込まれそうで戻るに戻れない黒であった。

 

 

 面倒事の処理というのはその大概が口先三寸で丸く収まるものである。

 少なくとも、小学校の頃からその仲裁能力を買われ、常に学級の副代表(・・・)のポストで奮闘していた過去を持っている黒はそう考えている。

 

 ()代表、それは社会の縮図である学校において最も面倒で損な役回り。

 

 ――代表は例え頭があろうと無かろうと、人気のある生徒がなる。

 

 ――そして副代表は、人気があろうと無かろうと、頭のある生徒がなる。

 

 成績優秀の黒はその条件に適しており、その上授業中だろうと構わず、全員がどの役職に就こうかと仲良くぬるま湯に浸かって話す中では一人読書を続け、本人の耳にも紙の擦れる音しか聞こえない。

 全員が黒板に書かれた役職を着々と決めていく中で、自然と『副代表』の欄がその存在感を主張していく。

 最後に誰が名前を書き入れてないのかが担任によって確認されるが、その声すら耳には届かない黒は返事をしない。

 名簿と照らし合わされる事で黒の名前はようやく思い出され、担任は『そう言えば成績優秀だったな』と思いだし自然とそこに名前が入るのであった。

 

 実際彼はキチンと仕事をこなすし、何も問題は無かった。

 

 クラスで問題が起きれば責任をなすりつけられるが、社会人のように慣れた手つきで上手く有耶無耶にし、クラスの自主行動が滞ったらスムーズに動くように水面下で行動する。

 

 

 ――担任ですら見ていて気持ちの悪くなるほどの、学生とは思えない手つきで。

 

 

 やがて誰もが気味悪がり、恐れられたその存在は頭に定着されないようになり――

 

 

 そうして、黒は緩やかに社会構成から弾かれていった。

 

 

 そんな空気の仲で、黒は別にクラスのために動いていたわけではない。

 全ては平穏な読書の時間を得るためだけの、自己の利益のためだけの行動だった。

 何しろ、ちょっとでもクラスが滞れば全ての責任をなすりつけられ読書の時間が奪われるのだから、働かないわけにはいかない。そもそも役割分担を決める時間に読書していた自分の方が悪いのだ、文句を言える筋合いはない。

 

 ――ならば白のように学校へ行かなければ良いのでは?

 

 そう思う人もいるかも知れない。しかし、彼は一度も学校を休んだ日はなかったし、ある程度授業は聞いていた。ほんの数人程度だが、黒の役に立つ年配の先生の話などは重要だと思っていたから。

 それに、中学校までは義務教育である。

 黒は、義務教育は偉大なる先人達の作り上げた一つの成果だと信じている。教育を受けられるというのは世界的に見ればかなり幸福なことであり、かつて教育を受けられなかった先人達の努力の結晶であり、それを汚すようなことはしたくなかったのだ。

 

 

 随分と話がずれたが、つまりは、黒に口先でまともに渡り合える相手は一人もいなかったのだ。

 

 ――それでも、彼と同じように口の回る空相手で中々難しい。

 この世界に来てからの肉声での会話、チャット上の無声会話を含めて「  (空白)」の相手をするのは面倒なのだ。

 それに、黒にとってあのステファニーはまだ他人という認識であり、面倒事の処理を得意とするのでも、わざわざ今回の事に飛び込む気は無かった。

 

 そして現実に話を戻せば、過去の歴史を思い出したからか、黒は若干変なテンションになっていた。

 

「ハハッマジで笑えるぜ俺の過去――完ッ全に黒歴史確定じゃねぇか(・・・・・・・・・・・・・)

 

 だが、彼がその状態になったのは、決して昔の孤独がトラウマになったからではなかった。

 ――どーせ周囲から弾かれながらも水面下で着々とクラスのために尽くす俺とかマジ格好いいとか心の底で思ってたんだろーなー俺ホント痛々しいなオイ。

 単純に、ほんの少しだけ、そこらへんにある主人公キャラの動き的なものと自身が重ね合わせていたのに対し恥ずかしい想いを勝手にしているだけだった。

 

 馬鹿である。

 

 それに、彼は別に一人でいるのが寂しいと思ったことはない。

 

 彼に着いて来れない周囲は、どこぞの人外よろしく、ただの背景同然なのだから。

 

 そんな感じで変なテンションのまま街を歩いていると、ある一つの灯りが目に止まる。

 その光が漏れる先を見ると――周囲の町並みとはまた別格の、立派な建造物が黒の目に止まった。

 

「……なんだあれ」

 

 元の世界で例えるなら、黒が中学校卒業記念にアメリカへ旅行したときに見たワシントンD.C.の図書館。

 そこから、世界最大の、蔵書約一億冊を誇るものと同等の雰囲気――黒の好きな、本の匂いが感じ取れる。

 ――とりあえず、行って見るか。

 気を取り直して近くまで歩いていくと、建物の雄大さが改めて肌を通して感じられた。本の匂いさえしなければ、王城と言われても可笑しくないほどの豪華さが見る者の目を引くような素晴らしい美術品だと思われる。

 中に入ってみようと扉に近づいて見れば、手元の部分に小さく言葉が刻まれているのが分かった。

 書かれていたのは、

 

 【Here is my library.No Entry.】

 

 ……英語?

 突然の慣れ親しんだ言語の出現に、黒は戸惑うしかなかった。

 その意味は《ここは私の図書館です。立ち入り禁止》。それだけが書かれている。どうやら後から付け足されて書かれたらしく、それだけが浮いたように目に付いた。

 この世界は標準語が英語なのだろうか――にしては、話し言葉は日本語だったが……。

 意外な言語との出会いにちょっとした衝撃を受けたが、まあいいかと黒は結論づけた。図書館なら、入っても問題無いだろう。

 

 見た目の割には軽い扉をガチャリと押し開くと、目に入ったのは――圧巻の光景だった。

 壁の全てが数十メートルはあろうかという本棚という本棚で埋め尽くされ、それだけでなく空中に浮かぶ本棚すら存在する。それらの隙間を淡い輝きを放つ光球が漂う、神秘的な空間が広がっていた。

 まさに、本の聖域とでも言えるかのような暖かい雰囲気だった。

 その中をしばらく歩いて回っていると、とある一人の女性が一心不乱に本を読み進めているのが目に止まった。

 

 

 圧倒的な存在感を纏い、

 

 

 頭上には幾何学的な紋様を映し廻る光輪を浮かべ、

 

 

 白く輝く粒子を放出しながら広がる翼を腰から生やし、

 

 

 陽炎のように揺らめく髪は光を反射して虹のように輝く。

 

 

 その、この世のものとは思えない天使の様な美しさに、俺の目線は自然と引きつけられる。

 

 

 ――美しい。

 

 

 その一言だけが、黒の頭を満たした。

 

「――」

 

 どうやら、彼女は本を読むことに夢中になっているようだった。

 ――自分もゆっくり待ってみることにしよう。

 彼女の座る席の対面に空いている一つの椅子に、邪魔にならないよう、音を立てずにゆっくりと腰掛けた。

 

 

 

 

 ――数分後。

 手に持った分厚い本を読むのに一段落着いたらしく、彼女はゆっくりと頭を上げた。

 かなり本に集中していたらしく、黒が来ていたのに気付かなかったらしい。

 

「――ふー、やっとフィニッシュですね……ん?これはまた珍しいですね、来客ですか――フーアーユー?」

 

 薄く開かれた、水晶のように透き通った琥珀色の目が正面に座る黒を捉える。

 その目線から、射殺すような殺気が黒の肌を撫でる。この少女が発するのは、全ての生物に“生”を諦めさせるような質量を持ったに等しい殺気。

 到底初対面の相手に対して向けるものとは思えない殺気だが、それを瞳に向けられた黒は――その殺気を、済ました顔で流して笑い、彼女の問いに答える。

 

「……なんで英語?ま、My name is Kuro.Nice to meet you.――でいいですか?」

 

 黒が流暢な英語でそう返すと、目の前に座る彼女は驚いたように目を見開く。

 

「先鋭的で個性的な独自言語でしたのに、まさか先駆者がおられるとは……」

 

 かなりのショックだったようで、彼女は肩を落として嘆くようにそう呟いた。

 

「これ、公用語だから」

「うぅ……そうなんどすか?」

「何で今度はそんな言葉に切り替えるんだよ。頼むから、普通に話してください」

人類種(イマニティ)の古都由来の言葉なんやけど――これもお気に障りますか?」

「まあ、話しにくいんで。できれば最後のようにしてくれると助かります」

「……そうですか。滅多に来客がないものでして、たまには知識を披露できると考えたのですが」

「あはは……」

 

 

 

 

 しばらく気まずい空気が漂ったなか、天使の少女が停止した空気を打ち破るかのように立ち上がった。

 それから彼女は空中を滑るように図書館の奥へと消えていき、一人置いて行かれた黒がどうすればいいか迷っていると、しばらくしてお茶と茶菓子を載せた盆を手にして戻ってきた。

 どうやら彼女は、一応歓迎をしてくれるらしい。

 ティーポットからカップへと琥珀色の液体が注がれ、黒の前に宙を移動して置かれる。

 

「それで、か弱い人類種(イマニティ)如きがたった一人で何の御用でしょう?」

 

 彼女が人類種(イマニティ)じゃないのは感覚的に分かっていたことだが、いきなりの見下し発言には黒も面食らった。

 一応そこには触れず、黒は自身の話を切り出す。

 

「この図書館が開いているなら使いたいと思ってきたんですが……時間も時間、司書らしき貴方に確認を取る必要が有るかと思いまして」

「却下しましょう。ここは私個人の図書館、他人の立ち入りは禁じています」

 

 ――はい?

 

「……図書館って、え、ここ全体が貴方の図書館なんですか!?」

 

 見渡すかぎり本、本、本。黒の視界を埋め尽くすあれら全てが――彼女一人の所有物。

 

「はい♪喋ることしか脳のない猿から巻き上げたものでございます」

 

 喋ることしか脳のない猿――一応言語を発しているとは認めているんだな。

 黒も何気に人類種(イマニティ)に対して酷い暴言を心の中で呟いたが、間違っても口には出さない。

 

「――どうしても、閲覧を許してくれませんか?」

「はい。本は私の一部ですから」

 

 どうやら目の前の少女は本当に本が好きなのだな、と黒は悟った。

 彼自身も結構本が好きな性格なので、同じ本好きとしての匂いや先ほどまでの発言の重みから自然とそれが読み取れる。

 確かに、自分の本を見知らぬ人に見せたくないのは黒も同意見だ。下手に扱われて破かれたりしては溜まったものではない。

 それでも黒は食い下がる。

 

「それじゃあ、せめてゲームをしてくれませんか?こちらが求めるのはこの図書館で読書出来る権利ってことで」

 

 黒の提案を聞くと、ジブリールの目が細まった。

 

「――またまたご冗談を♪人の身一つで、私に挑まれると?」

「別に冗談のつもりじゃないんですけど」

「そうですか――しかし、この図書館の蔵書はほぼ全て私が集めたもので埋め尽くされております。知識を何より尊ぶ天翼種(フリューゲル)にとって、偉大なる先人達の知恵が詰まった本とは、命と等価であると胃って差し支えないほどのものであり――」

 

 一息ついて、彼女は黒に釘を刺す。

 

「――私に命を賭けよとされる以上、そちらが出す対価はなんでしょう?」

 

 先ほどとは一味違う圧倒的な質量を持った、殺気という名の剣を黒の首に突きつけたジブリールは、手に持ったティーカップを軽く傾けて口をつける。

 だが、一般人であれば気絶どころか失禁してしまうその殺気を受けても――黒の表情は一ミリたりとも歪まない。

 

「こちらが賭けるのは――異世界の書三万六千七百五十一冊、及びそれに関する完璧な補助知識でいかがでしょう?」

「ぶふ―――――――――――――――っ!?」

 

 先ほどまでの態度でくみ上げられたせっかくの威厳は何処吹く風、ジブリールは口に含んだ紅茶を余すことなく正面の黒に向かって吹き出した。

 

「し、失礼しました……はしたないところをお見せして」

 

 ちなみに黒は直感で察知して避けていた。

 テーブルにこぼれたお茶を丁寧に拭き取ってから、再度話を始める。

 

「……それで、さ、三万などと……どこにそんな本があるというので?」

「正確に言えば、俺の頭にある追加知識も含めて五万冊(・・・)近くになるんですけど……今は(・・)持ってきてないです。そのデータを収めたものが、今宿泊している宿屋に置いてあるんです」

 

 その黒の発言を聞いて、

 

「――嘘ですね」

 

 ジブリールは鼻で笑う。

 

「いや、ホントだから!?――そうだ、魔法を使えば分かるんじゃ?」

「……ちょっと待って下さいね」

 

 ジブリールは手元に魔法陣らしきものを浮かべて、軽く指で操作する。

 黒の頭に一瞬異物が入ったような感触が伝わるが、危害を加えようとする気は伝わらないので我慢してそのまま待っていた。

 しばらく手元の魔法陣を見つめたジブリールは、五分ほど動き続けるそれを眺めたところで消し去り、黒に向き直って結果を告げる。

 

「――どうやら本当のようですね。しかし、やはりこの目で見なければ信じられない性格でして、ゲームは後日行いましょう。その変わり、数冊なら閲覧を許可します。どのような書をお望みで?持ってきましょう」

「実は異世界から来た人間でさ、この世界の大体の形が分かる本ってのが欲しいんだ。できれば『十の盟約』の成り立ちなんかの神話が語られた本なんかはないの?」

「残念ながら、その神話が語られることは在りません。何処にもそれが記された本はないのですし、その時代を生きた私もさっぱり掴めていないのです。代わりに、この世界の現状を書いてある本をお持ちしましょう。異世界人というのも――本当のようですし」

 

 黒の心を見通すように目を覗き込み、彼女が手元で魔法陣を動かすと、宙に浮かぶ本棚から数冊の本が動いて黒の前に積み重なる。

 

「それでは、こちらをどうぞ」

「ありがとう」

 

 早速黒は、上の一冊から手にとって読み始めた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 ジブリールは自身が読書を進める振りをしながら、突然の来訪者の観察をしていた。

 黒は今目の前で、ジブリールが取ってきた本を丁寧に扱って読み進めていく。かなりの文字があるはずの一ページをわずか二秒で読み進めていく。

 

「(人類種(イマニティ)にしては、不可思議な存在ですね……)」

 

 本来であれば、本に触れることすら叶わないはずの人類種(イマニティ)

 それなのに、目の前の存在は、いつも本に触れているかのように、優しく丁寧に本を捲っていく。同胞の天翼種(フリューゲル)からは全くと言って良いほど感じられない、本への愛情が感じ取れる。

 

「文法はラテン語系――述語は、漢文の倒置か――異世界で本と天使に囲まれるとかマジ天国……ん?何か用でも?」

「いえ、本を丁寧に扱ってくれる人類種(イマニティ)がいたことに驚いただけです。どうぞ続きを」

 

 その上、人類種(イマニティ)よりも遥かに格が高い戦闘種である天翼種(フリューゲル)であるこちらの動きを正確に感じ取る。

 ただの人間では、無いのだろうか。

 ジブリールの心には、この僅かな時間で、黒に対する親近感が湧き出ていた。

 ――さて、自分も本に意識を戻しましょうか。

 ジブリールも、先ほどまで読んでいた本の続きに目を落とし、少しづつ意識を沈み込ませていった。

 

 

 

 

 そして、数時間後。

 

「それじゃ、明日またここに本のデータを持って来ます。本日はどうも、貴重な知識を有り難うございました」

 

 全ての本を読み終えた黒が、満足した顔でそう感謝の意を告げた。

 意外と早くに異世界の知識を吸収できたのは好都合だったし、異世界の地で同じような本好きに出会えたことも含めて、黒は本当にジブリールに感謝していた。

 

 ――彼女なら、ただの背景のような周囲と違い、「  (空白)」と同じように自分たちの同じステージに立てるという期待も込めて。

 黒にとって唯の人間はモノクロの背景のようにしか映らない。なぜなら、居ても居なくても同じだから。それに対し、黒は、今回出会った彼女を「  (空白)」と同じく自分の世界に()をもたらしてくれるような存在だと捉えていた。

 

「ふふっ、意外と知識のある方なのですね。本を読めるなんて」

 

 この世界では、そもそも識字率自体が低い。

 実は勤勉家なのかと言外に訊ねるジブリールに、

 

「ま、一応話し言葉は通じていることから照らし合わせていけばちょっとした暗号を解くような感じでしたしね。ちょっとした頭の体操にもなりましたよ」

 

 ――と黒は答えた。

 黒は今回の読書を通して、

 その言葉でまたもや目を丸くしたジブリールは、何故か、本来見下す存在で在る人類種(イマニティ)らしき目の前の少年に、

 

「――自己紹介しておきましょうか。私の名はジブリール、偉大なる(アルトシュ)に創られし天翼種(フリューゲル)の一体。どうかお見知りおきを」

 

 対等な立場を認めた証として、自己紹介をした。

 彼女が自己紹介をしたことが予想外だったらしく、驚いた黒も自己紹介を返した。

 

「へえ……俺は黒。人類種(イマニティ)かどうかはさておき――異世界出身の人間だ。よろしく、ジブリールさん」

 

 外はいつのまにか明け方になっており、図書館を立ち去る空は朱色に消えていく。

 その背中を、ジブリールは無意識にしばらくの間見つめていた。

 

 

 

 

 ――宿屋に戻った黒。

 帰ってみれば、部屋の何処にも空と白、王女がいない。

 

「――あれ、全員いねぇ。何々……『王城へ行く。宿はキャンセルしておいてくれ。お前は明日来い』?」

 

 机の上に置き手紙が一つ、日本語でそう書かれていた。

 

 ……なにしたら王城行くことになるんだよ?

 とりあえず、常識外の行動を平然としていく空の顔を、一発殴りたくなった黒だった。

 

 

 


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