ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです―   作:七海香波

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第三手 盗賊VS黒と訪れた敗北者

 

 勝てると分かっているためか、散々要求を積み重ねた空。

 

「じゃ、黒。後よろしくな」

 

 全てを言い終えた後に、付け加えるように一言。

 しれっと、全責任を黒へと押しつけた。

 

 ――はい?

 

「……オイ」

「まあまあ良いじゃないか、黒。お前ならどうせ勝てる」

 

 相手がどんなゲームを使うのかすら分からない現在の状況で、空は黒に一体どう勝てと言うのか。

 前置きのないその言葉に、盗賊達までもが驚いた。

 

「ちぃっ……舐めやがって!使うのは、これだ!」

 

 そう言って盗賊達が取り出したのは、ある程度綺麗なトランプ。

 裏の柄がかなり複雑で、一見高価そうなイメージが伝わってくるが……黒の直感は彼に違和感を伝えてくる。

 何か仕掛けがあるのは明白だ。だが、その仕掛けさえ把握出来れば、逆手に取ることが出来る。わざわざ指摘する必要は無い。

 

「ルールは簡単、山札の上から一枚目のカードを当てる。たったそれだけだ。簡単な運勝負だろ?」

 

 ――盗賊達の笑っている顔を見る限り、どう考えても運勝負で終わるとは思えないが。

 それを分かっていながら、黒は細かいルールの確認に入る。

 

「ふーん、それで?二人が同じカードを指した場合はどうなるんだ?」

「そういうことが無いよう、お前が先に言え。俺たちはその後で十分、お前が指した以外のカードを予測する」

 

 ――ふむ、俺たち(・・・)、ね。

 微妙に力の篭もったその部分が気になったが、まあ気にしていても始まらない。

 さっさとゲームを始めるのが吉だろう。

 

「なら、さっさとゲームを始めようぜ。シャッフルするのは?」

「俺だ――と言いたいが、それじゃあ卑怯だと思うだろう?そこの目つきの悪い奴、お前がやっていいぞ」

「はいはいっと」

 

 盗賊がトランプの山を空に渡す。

 ――これで、相手の直接的操作によるイカサマは消え失せた。ならば、仕掛けはトランプの方にあると見るべきかな。

 黒のトランプを見る目が、『ただ見るだけ』の黒から『観察』の(クロ)へと変わる。

 

「それじゃあ、もう初めて良いか?」

「ああ――『盟約に誓って(アッシェンテ)』!」

「(え、何その中二臭い宣言――)――『盟約に誓って(アッシェンテ)』」

「んじゃま、適当に数回切るぞ。そうだなぁ、そこの盗賊さん、俺が二十回ぐらいシャッフルしたらストップって言ってくれないか」

「おう、いいぜ」

 

 指名した盗賊がにやつきながら頷いたのを確認すると、空は慣れた手つきで手早くシャッフルを始める。

 彼は曲芸のような、見る者を魅了する動きで札を混ぜていく。

 盗賊達は自分たちの勝利を確信しているためか、空の動きを珍しいものを見るかのように見つめるだけだ。

 それに対し、(クロ)は空の手元を見据えその一枚一枚を手早く細かく観察し頭に焼き付けていく。

 

 ――なるほど。

 

「――ストップ、だ」

 

 空が合図を頼んでいた盗賊が二十回を数え終わり、シャッフルを終えるよう告げる。

 黒の目に自信が浮かんでいるのを見た空が、大げさな手振りと共に山札の一番上のカードを柄を意図的に隠す(・・)ように構える。

 

「悪いが柄は隠させて貰うぜ?裏に仕込みがあるのはよくある事だし、イカサマだったら困るからなぁ?それでは黒、答えをどーぞ!」

 

 ――(クロ)の直感が指し示した答えは、

 

「スペードの2、だ」

 

 スペードマークが二つ縦に並ぶ、『2』だ。

 それを聞いて、盗賊達がニヤリと笑う。

 

「ほう、そう来るか。なら俺はスペードの3だ」

 

 彼が予測したのは(クロ)に近いスペードの3――これは果たして偶然なのだろうか。

 二人の予想を聞き、頷く空。その顔は黒と同じく妖しい笑みを浮かべている。彼もどうやら盗賊達の仕掛けを理解したらしい。

 

「両者それで良いか?なら、ご開帳と――」

「ちょっと待った!」

 

 空がカードを捲ろうとしたその瞬間、ふいに相手の代表者らしき一人とはまた別の盗賊が声を上げた。

 その声に、黒、空の顔がそちらを向く。

 

「「はい?」」

「言ったはずだぜ、参加するのは俺たち(・・・)だと……。つまり、ここにいる六人全員に参戦権があるってことなんだよ!」

 

 そんな無茶な。

 ……確かに彼らは『俺たち』と言っていたが、普通そんな明らかに後付の理由なんて、はいそうですかと納得出来るわけがない。

 

 

 ――それでも黒が浮かべたのは、余裕の表情だった。

 

「ああうん、別に良いんで、どーぞどーぞ」

 

 ――ゾクッ!

 

 一切の不安の色を浮かべず暗い笑みをたたえ続けるままの黒を前に、盗賊達の背中に冷や汗がつたった。彼らを襲ったのは、心臓を鷲掴みにするような冷たい目。

 

 ――いや、俺たちが負けるわけがない。この短時間で、仕込みを見抜けるわけがない。

 

 勝利の手段を持っている彼らは、すぐに黒のそれを虚勢を張っているだけだと考え直し、気を取り直して己らの予想を順番に告げていく。

 

「スペードのA(エース)だ」

「スペードの4」

「スペードの5」

「スペードの6」

「スペードの7」

 

 黒の予想に近い数を羅列していく。

 これも、偶然なのだろうか?――否。そんなわけがないのは誰もが承知の上だ。

 

「じゃ、今度こそご開帳と行くぜ――ッ!!」

 

 空がゆっくりと、右手で持った山札の上を左手で撫でるようにして捲る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに描かれていたのは――『スペードの2』。

 

 意味するところは、黒の勝利。

 

 盗賊達にとっては絶対に有り得ない結果が彼らの思考を止めるが、早速空は約束の品を渡すよう伝える。

 

「俺たちの勝ちだな。んじゃ、渡すモン渡してくれる?」

「んなっ、馬鹿な……なんで俺たちが!?」

 

 盗賊達は、未だ自分たちが負けたという結果を飲み込めていないらしいが――

 

「馬鹿?何言ってんの?完全な運勝負なのに?俺が勝っても可笑しくないじゃん?」

 

 あははっ、と(クロ)が完全に見下した目で盗賊達を見ることでトドメを刺す。

 

 当然、コレは運勝負(・・・)ということになっている。それを踏まえれば、誰だって勝てるゲームなのだから黒が勝ってもおかしくない。

 (クロ)の勝ちを否定するなら、それ則ち自らがイカサマをしていたという証明に繋がる。盗賊達が反論できるわけもなかった。

 

「それじゃ、頂こうか。『こっちが勝ったら、一番近いまでの案内と、持ちモンの一部譲渡と――この世界でのゲームのルール等々を教えて貰う』だったよなぁ?まず、持ちモンの譲渡って事で――下着以外の衣類、またそこに隠された所持品全て。――というか、君たちの持つ権利全てを頂戴しようか」

「「「「「「はぁっ!?」」」」」」

 

 盗賊一味が余りにも理不尽な要求に驚くが、

 

「何も間違っちゃいないぜ、俺は。ま、街に着くまでの案内料として最低限の衣類はやるし、その後は自由に行動して良いからよ。んじゃ、案内よろしくー。ちなみに反抗は出来ないようにしてるからねー」

「……くそぉっ」

 

 

 ――とまあ、思考を現在に戻して。

 

「にしてもアイツラ、ホント簡単な相手だったな空」

「ああ、イカサマを逆に利用されるなんてホント馬鹿もいいとこだ」

 

 当然、彼らはイカサマを使用していた。

 彼らの使っていたイカサマは、誰もがご存じ初心者用のイカサマトランプ。

 一見同じように見える裏面に、実は表の数字を読み取れる暗号が隠されているというアレだ。

 あの時、盗賊達の代表らしき人物の目は、確かに空によって隠された一番上の柄を捉えていた。

 その他の盗賊は、その彼が万が一間違えていた可能性を踏まえて近い数字を並べていっただけなのだろう。

 

 ――それでも、相手が悪かった。

 『  (空白)』と『(クロ)』は、例え相手がチートを使おうとも、原理的に勝てないゲームなら絶対に負けることはないのだから。

 

 盗賊のイカサマを逆手に取り、空がシャッフルしている間に、彼の上手い手つきのお陰で、動く五十二枚全て(・・・・・・)の裏面を完璧に把握した黒。

 

 後は、頭の中で数枚の裏面の違いを探り当て、その法則を見つけるだけだった。

 

 それと同時並行に、目に映る空の山札のカードの位置を全て把握し、最後の二十回目のシャッフルで上から五十二枚の順番を脳内で把握。

 

 空は盗賊達に見えないようにシャッフルを終えた瞬間札の柄を手で隠したが、黒の目にはもう関係無かった。

 

 盗賊達には分からなかったろうが、空のシャッフルにはキチンと規則性がある。それすら把握した黒には、もう目を瞑っていても勝てる勝負だった。

 

 そして、自らのカード――山札の上から二枚目のカード(・・・・・・・・・・・・・)を指定した。

 

 盗賊達の代表らしき人物も柄は捉えていたらしく、黒の指定したカードが山札の一枚目とは違うことを見抜いて笑った。

 

 ――だが、それを笑う者こそが、黒と空だった。

 

 空が捲ったカードは上から二枚(・・)

 

 全員の目に晒されたのは、盗賊が指名した通りのカードの、次のカードだった。

 

 黒とのアイコンタクトで、上から撫でるようにして二枚を綺麗に捲り取った空は、手が山札の上を通り過ぎない内に上の一枚を山札に戻し、あたかも二枚目を一枚目として捲ったように見せた。

 

 空は盗賊達の正面でこの動作を行ったため、カードの動きは手に隠され目には映らない。

 

 一瞬の希望を見せた後に絶望を見せる。

 

 イカサマ使いには十分な罰だったろう。

 

 ディスプレイ上のやりとりだけで互いの心の読み合い(・・・・・・・・・)にまで発展したゲームをする『  (空白)』と『(クロ)』にとっては、実に簡単なゲームだった。

 

「にしても、『十の盟約』ねー。もう覚えた?」

「――当然。ルール、面白かった」

 

 いきなり白が起き上がり、話し出す。どうやら目を閉じて休んでいただけで、黒と空の話はキチンと聞いていたようだ。

 

 【十の盟約】。

 それは、この世界の唯一神の定めた絶対不変のルール。

 白はアッサリ暗記し、空はスマホに入力し、黒は……とりあえず、余裕で言えるとだけ言っておこう。

 

 【一つ】この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪を禁ずる

 【二つ】争いは全てゲームによる勝敗で解決するものとする

 【三つ】ゲームには、相互が対等と判断したものを賭けて行われる

 【四つ】“三”に反しない限り、ゲームの内容、賭けるものは一切を問わない

 【五つ】ゲームの内容は、挑まれたほうが決定権を有する

 【六つ】“盟約に誓って”行われた賭けは、絶対尊守される

 【七つ】集団における争いは、全権代理者をたてるものとする

 【八つ】ゲーム中の不正発覚は、敗北とみなす

 【九つ】以上をもって神の名のもと絶対不変のルールとする

 

 そして最後に、

 

「――【十】みんななかよくプレイしましょう」

 

 九で「以上を持って――」としてからの、『十』。

 付け加えるように示されたそのルールが意味するところはつまり、――どうせ仲良くするの無理だろお前ら、という神様からの皮肉なわけだろう。

 

 ――一体どれだけギスギスした関係があったらそんなのをルールで決めるほどになるのだろうか。

 この世界をまったくと言っていいほど知らない三人からしてみれば、考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。

 

 無限の思考を中断させるために他の事を考えようとして、黒は身体が限界を訴えていることを思い出した。

 

「――ああ、眠い」

 

 そういえば、三人とも、数日徹夜したあげく昼間の大移動をしたためにもう体力が限界だった。

 黒も白のように横になってみれば、なるほど。一気に疲労感が襲いかかってくる。

 

「――毛布ぐらい掛けろっていつも言ってるのに。風邪引くぞ」

 

 空は白を気遣い、埃っぽい毛布だが、仕方なしにゆっくりと被せてやった。

 彼自身も横になり、寝息をたてる白の近くに背を倒した。

 黒はもう寝ようと目を閉じかけたところで、ふと思った。

 

(そーいや、こんな異世界トリップ系ファンタジーって、まずどう帰るかを気にする所なんだが……)

 

 ――自分を理解しない周囲。

 ――たった一人で存在することしか、許されなかった自分。

 ――仮想(バーチャル)の中でしか命を証明できない――世界。

 

「なぁ、黒。異世界に投げ出された主人公達は何で、あんな世界に戻ろうとしたんだろうな――」

 

 だから、空自身なんとなく思っただけのこの質問も、

 

「――そういう王道を辿る主人公が最も人気が出ると、出版社が考えるからさ」

 

 夢も無い一言で片付けてしまった。

 

 そして、襲ってきた睡魔に身を委ね――黒は、意識を落とした。

 

 

 

 

 ――コン、コン。

 

 控えめなノックの音で、黒は目が覚めた。

 

 普段耳元で大音量の音楽を流しても絶対に起きない特性を持つ黒が起きたのは、異世界に来て少々気が高ぶっているというのが大きな理由だろう。

 

 もう一度眠りたいという堕落心が俺をベッドに縫い止めようとするが、せっかくこの夜遅くに来た昼間の少女(・・)を居留守で追い返すのは失礼に当たるだろう。

 横のベッドで寝ている二人を極力起こさぬように立ち上がり、ドアの所へ近づく。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

「ステファニー・ドーラと申します。昼間の件で、お話をお伺いしたく……」

 

 こちらからの問いかけに返ってきた声の主は予想通り、ステファニー・ドーラ。崩御した王の孫娘だった。

 

「はいはい、わかりましたよ。今開けます」

 

 ガチャリと鍵を開け、出来る限り音を殺しながら木製のドアを開く。

 その向こうには、昼とはかけ離れた、絶望を青い目に浮かべた表情の彼女が立っていた。

 

「……まあどうぞ。埃っぽい部屋ですが」

 

 このまま立たせておくのも何なので、部屋の中に招き入れる。

 決して彼女を襲おうとかそういうやましい心があるからじゃないんで、そこの所は分かっておいて貰いたい。

 

「失礼しますわ」

 

 手で備え付けの椅子に案内すると、彼女はそこに気品のある動きで腰掛ける。

 

「早速ですが、昼間の事は一体――」

「あーちょっと待ってくれないか?まずは本人を起こすし――起きろ空、お前に客人だぞ」

「んー、後三百分……」

「ふざけんなコラ、昼間の王女様だっての」

 

 そうささやくと、空は目を開けて起き上がった。

 目覚めたばかりでボンヤリとしていた彼の目が、ステファニー・ドーラを捉えるとハッキリと変化していく。

 

「――酒場の片割れが、こんな夜遅くに一体何用で?」

 

 どうやら昼間の事を思い出したらしく、空は彼女に用を訊ねる。

 

「――どういうことですの?」

「……いや、何が?」

「昼間の、事ですわよ……。言いましたわよね、イカサマされてるって」

 

 その一言に、寝ていたはずの白が答える。

 

「やっぱり、負けた……?」

 

 彼女のテキトーな返答にいらだったのか、

 

「ええ、負けましたわよぉっ!これで何もかもお終いですわっ!」

 

 ――なんでわざわざ火に油を注ぐような真似をするんだ、白ちゃん……?

 

 自分より幼い白に馬鹿にされ怒りに震えるステファニー・ドーラ。

 その彼女を眺め、またもやろくでもない笑顔を浮かべる空。

 

 

 

 この二人を目にし、またもや一騒動あるなと、黒は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 


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