ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです―   作:七海香波

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では、どうぞ。
イカサマなんかは想像で行っていますので、矛盾点があるかも知れません。
もしもあったら、報告をお願いします。


第二手 イカサマと元王女とコミュ障ニート 

 ルーシア大陸最後の人類国、エルキア王国、その首都――『エルキア』。

 神話の時代は大陸の半分をも領土としていたその国は、今やその陰すらなく、首都を残すのみになっている。

 

 そんな都市の郊外の、宿屋兼酒場というRPGに良くある建物の一階で、二人の少女が周囲の観衆に構わずトランプを手にゲームをしている。

 その光景を酒場の外のテーブルから見つめるフードを被った三人は、対面上に座る一人の男にあそこの状況の説明を求めていた。

 

「なー、おっさん。あいつら今なにしてんの?」

「あ?あいつらは今、このエルキアの王位争奪戦をやってんだよ……つーかそんなことも知らないのかお前ら?」

「ま、俺たち、田舎から出てきたばかりで都会の事情にあんま詳しくないんだわ」

 

 彼女達がやっているのは、こちらと同じ《ポーカー》。

 そう、こちらも今正面の男相手に賭けをしている最中だった。

 

「人類種に残されてる数少ない領土での田舎って……そりゃもう遺跡じゃねぇのか?」

「ははっ、違いない。で、一体なんで王位をゲームで決めるんだ?」

「前王の遺言でな――『次期国王は余の血縁ではなく人類最強のギャンブラーに戴冠させよ』」

 

 ……まあ確かに、男が言うように、国境がゲームで決まる世界で領土が残り少ないなら。

 人類種最強のギャンブラーでないと、この国はそう遠くないうちに終わるだろう。

 

「へ-、国王さえもゲームで決めるのが正気なのか……」

「……ふぅ、ん……」

「『国盗りギャンブル』、国境線すらゲームで決まる、か……」

 

 青年は面白そうに、少女は感心そうに、少年は愉快そうに。

 それぞれの感想を漏らす。

 

「赤毛の方はステファニー・ドーラ。前国王の孫娘にして、遺言により王位を継げずギャンブル大会に参加してる。もう片方はクラミー、だったか?余りに強すぎてほとんどの相手が辞退しちまったんだ」

「大会のルールは?」

「総当たり戦。人類種(イマニティ)なら誰でも参加資格があり、名乗り上げてゲームをし、負ければ資格剥奪。そうして最後に残った奴が勝利だ」

 

 その内容に青年が、疑問を持つ。

 

「んなテキトーなので良いのか?」

「『十の盟約』に従い、互いが対等と判断すればかける者は一切を問わない。誰と、何時何処でどのようにして闘うまでが、国盗りギャンブルだからな」

「それを聞いてるんじゃないんだけどね……」

 

 再び酒場の中を覗き込む。

 

「……負け込むの、当然」

 

 少女が呟く。

 

「ああ、全く同感だ」

「右に同じ」

 

 青年、少年も同じ感想を抱く。

 ついでにポケットから四角いナニカを取り出し、彼女らの方向に向けてなにやら操作すると、パシャッと音が鳴った。

 

「――で、兄ちゃん、もう良いのかい?悪い手札を認めたくねぇのは分かるが、もう終いにしようや」

 

 そう言って、先ほどまで説明をしていた男がニヤリと笑う。

 

「フルハウス、悪ぃな」

 

 勝利を確信し、その先にあるものを虚空に見つめて、下卑た笑みが浮かぶ。

 ――が、札を持っていた青年は興味がなかったかのように、思い出したかのように応じる。

 

「あ、ああ。そういえばそうだったな。ほらよ」

 

 青年が無造作に手札をテーブルの上にばらまく。

 その手札を見た男の顔は、最初は余裕に満ちていたものの、札の内容を理解するにつれて、すぐに青く染まっていった。

 

「ロ、ロイヤルストレートフラッシュだとぅぅぅぅッ!?」

 

 最強の手札を、平然とした様子で揃えた青年に男が怒りに立ち上がり怒鳴る。

 どうやら納得出来ないようだ。

 

「イカサマじゃねぇかこの野郎!」

「失礼だなアンタ……根拠は何だよ?」

 

 それが当たり前であるかのように、青年の背後に立っていた二人が笑う。

 青年自身も、笑いながら立ち上がる。

 

「65万分の1の確率だぞ!?そうそう出るかッ!」

「今日がその65万分の1なんだろうな、運が悪かったなおっさん。じゃ、約束のブツを、頂こうか?」

「――くそっ!ふざけんじゃねぇ!どうせ手元に隠してたんだろうが!残りのカードを確認すりゃあすぐに分かるこった!」

 

 そう言って男は、青年と自身の手札を避けて山札を広げ始めた。

 ハート、スペード、クローバー、ダイヤ。それらが一から順に並んでいく。

 だが、

 

「なっ……マジ、かよ……ッ!?」

 

 男の出したフルハウスと、青年の出したロイヤルストレートフラッシュの十枚の位置だけが、綺麗に抜け落ちていた。

 

「そういうわけだ」

 

 青年が、飄々とした様子で手を出す。

 男が未練がましそうにその手を見つめるが、

 

「渡すモン、素直に渡してくれよ、な?」

「――ちっ!」

 

 空の一言に舌打ちして、男が財布、そして巾着を差し出す。

 

「『十の盟約』その六――盟約に誓った賭けは絶対遵守される。ごっそさん」

「……ありがと、おじさん」

 

 お礼を言って、もう用はないはずの三人だが――少年だけが、何故か、まだ男を見据える。

 

「おい、何かまだ用があんのかよ?」

「いや?俺たちの用はたった一つだけだったぜ?」

 

 目だけが笑っていない不気味な笑みで、少年が告げる。

 

「そう、あんたが賭けたのは“有り金全部”――その胸ポケットのふくらみと、ズボンの右の裾の分も、盟約に従って(・・・・・・)頂かないとね。ごまかせるわけ無いのに、往生際が悪いね」

「――ああもう、クソォッ!」

 

 男は胸ポケットを裏返し、ズボンの裾を破り、隠されていた貨幣を出した。

 

「毎度有りってね」

 

 その金を、少年が回収する。

 そして、今度こそ、三人は去っていった。

 

 

 ――……。

 

「……くー、にぃ、ズルい……」

「何でそうなる、妹よ?」

「白ちゃん、まあ気にしないで。金は手に入ったし、いいんじゃない?」

 

 ――そう、男の言った通り。

 ロイヤルストレートフラッシュなどという馬鹿げた手札が簡単に出るわけがない。

 あの手札を使うのは、自分はイカサマをしていると自白しているようなものだ。

 だがしかし、

 

「『十の盟約』その八、ゲーム中の不正発覚は、敗北と見なす……・つまり、バレなきゃいいって事だし」

 

 先ほど覚えたルールを、少年が確認するように呟く。

 

「発覚しなきゃOK、それを確認できたのも良い収穫だっただろ?」

 

 軽い実験をしてみたかとでも言いたげに、軽く腕を伸ばす。

 

「これで当面の軍資金も手に入ったし」

「……にぃ、こっちのお金分かる……?」

「分かる訳ねー。ま、こういうのは年長者に任せとけ」

 

 男には聞かれないように、三人は酒場兼宿屋の中へと入っていった。

 

 ちなみに、先ほどのイカサマのやり方を説明しておこう。

 やり方は至って簡単だ、トランプの山から予め必要な五枚を抜いておくだけ。

 男はテーブルの上にトランプを置いていたが、黒の目はその山の厚みがほんの少しだけ、トランプ五枚分だけ薄くなっているのを確認し、男がイカサマで金を巻き上げられるよう準備を整えているのが分かった。

 よって、イカサマ使う奴なら金を巻き上げても良いだろうと判断し、余り自身のテーブルに集中せず男が王位争奪戦に時折目を向けるその隙を盗んで黒が、一枚ずつ、着実に必要なカードを素早く抜いていったのだった。

 

 トランプが新品同様であったことから、男がそのトランプを買ったばかりで、必要な手札を抜いていたと言うことは推測できる。

 

 なら、抜いたカードは何なのか。

 

 ロイヤルストレートフラッシュは、先ほど言った通り、出せばイカサマをしていると証明するようなもの。

 

 つまり、ある程度確率が低く強い手札が狙われるこそが最も確率が高い。

 

 ロイヤルストレートフラッシュは65万分の1。

 

 ストレートフラッシュは7万分の1。

 

 フォーカードは4千分の1。

 

 そして、フルハウスは7百分の1。ワンペアとスリーカードというこの手札になって、確率が随分と落ちる。その次は5百分の1と同じ桁の確率。

 

 すなわち、ほぼ確実に勝て、なおかつイカサマだと疑われない手は、フルハウスと思うハズだ。ならば、こちらはその上を行けば良い。

 

 とは言え、買ったばかりで一度目のシャッフルで、他の席で交互の山から最初の手札を取る以上、余り混ざっておらず同じマークの数字が並ぶ札を交互に取る可能性が高いわけで、ストレートフラッシュ・フォーカードはまず有り得ない。

 

 なら、買ったばかりでは同じマークのJ、Q、Kの三枚と、A、2の二枚に別れているロイヤルストレートフラッシュの方がまだ出やすいだろう。というわけで、それを選んだのだ。

 

 また、買ったばかりでどうせまともにシャッフルなんかはしてないだろうと判断し、山札の厚みから位置を予測して抜いたら偶然上手く取れたって言うのもある。

 

 以上で、説明終了。

 

 ……ちなみに白の最初の発言にあったが、彼女は黒のことを「くー」と呼ぶ事にしたらしい。

 黒の方はといえば、「白ちゃん」である。

 

 

 なおも勝負の盛り上がるテーブルを目にして周囲が盛り上がる中、フードの三人はカウンターへ近づき先ほど巻き上げた巾着と財布を置く。

 中身を開き、青年が問いかける。

 

「なあ、これで三人分の部屋一つ。ベッドは二つ、何泊出来る?」

 

 マスターらしき人物はグラスを拭きながら、一瞬中身に目を向け、逡巡して。

 

「……この硬貨一枚で、一泊だな。食事は付く」

 

 が、その言葉の裏に隠れたかすかな悪意を見過ごす青年と少年ではない。

 少年が反論しようと開ける口を青年が手で押さえ、

 

「あのさ、こっちは五徹した後で初めてスカイダイビングして久々に死ぬほど歩かされてー、もうクッタクタナンデスヨー。『本当は何泊か』――さっさと教えて貰えないカナァ?」

「――なに?」

「さっきから俺らを観察していて、貨幣価値も分からなさそうな田舎モンなら金を巻き上げようと思うのは勝手だけどさ、嘘つくときは、視線、声のトーン、その他諸々気を付けた方がいいよ?人のアドバイスは素直に受け取りな」

 

 全てを見透かしたようなその視線で、相手を射貫く。

 相手は観念したように、「――二泊だよ」と呟くが、

 

「ほらまた嘘をついちゃったなー。んじゃ、間を取って十泊三食といこうじゃないか」

「なっ!?何の間を取ればそうなる!分かった分かった、三泊食事付き、本当だ!」

「あっそ、んなら五泊食事付きね」

「な――」

「客に暴利ふっかけてかすめ取ってる金さえあれば奢れるだろ?」

「ちょっ、なんでそれを――」

「あんた酒場のマスターでも宿屋のじゃないだろ?――バラすぞ(・・・・)

 

 さりげなく、しかし内容はえげつない一方的な交渉(暴論)する(押しつける)青年を酒場のマスターが冷や汗をダラダラと流しながら見つめる。

 

「あくどいな兄ちゃん……分かったよ、四泊三食だ」

「うい、サンキュー」

 

 そう言って青年はマスターから部屋の鍵を受け取る。

 

「三階に上がって一番奥、左の部屋だ。……名前は?」

 

 不機嫌そうにマスターは訊ね、フードの青年は答えた。

 

「ん……空白かな?」

「おい俺の名前はどうした」

「空白と黒をどう組み合わせろっつーんだよ」

 

 

 

 

 受け取った鍵を手の中で弄びながら、空は白の元へと戻る。

 

「ほーれ、妹よ。四泊飯付きゲットしたぜ。崇めろ――いや、何してんの?」

「どーやら白ちゃんはあのゲームが気になってるみたいだね」

 

 白が見つめる先では、まだ二人がゲームを続けていた。

 先ほどと同じく、赤毛の女の子は難しい顔をして手持ちの札を見ている。

 

「あの人、負ける」

「そりゃそうだ。それがどうかしたのか?」

「感情が抑え切れてない。ゲーマー失格、素人同然だ」

 

 あんなのじゃ、文字通りポーカーフェイスの相手に勝てる訳がない。

 感情は読みやすく、そもそも瞳に手札が映ってる。アウトだ――

 

「――あ」

「どうした空?」

 

 問いかける黒に、空は目を動かさぬままチョイチョイっと酒場の端を指で指し示す。

 空の意をくみ取って、顔を極力動かさぬまま目だけでそちらを見ると――

 

「……さすが異世界」

「怖ぇぇぇ……」

「……ん」

 

 三人が目を勝負に向けたまま、見た正体への感想を呟いた。

 

「この世界だからこそ、のイカサマか……まだ相手にしたくねぇな」

「――にぃ、顔負け」

 

 空がムキになって反論する。

 

「馬鹿言うな。イカサマは凄いかどうかじゃなくでどう使うか、だろ」

「……にぃ、アレに勝てる?」

「――しっかしやっぱここは本当にファンタジー世界なんだなぁ……実感湧かないどころか妙にしっくり来るのはなんだろな……やっぱゲームのやり過ぎか?」

 

 妹の質問にはあえて答えなかった空に、

 

「……愚問、だった」

 

 白が謝った。

 ――そう、『  (空白)』に敗北は有り得ない。

 ましてや今は黒がいる。負ける確率の存在自体が、消失しているに等しかった。

 

 そして、何故だろうか。

 特に意味は無く、むしろそれはルール違反だと分かっているのも関わらず、

 

「――おたく、イカサマされてるよ」

「――へ?」

 

 空が少女に忠告した。

 ゲーム中の他者の干渉は、どのような場合においても問題外。全てのゲーマーにとっての暗黙の了解、不可侵領域であり、タブーである。それを分かっていない空ではないが、どうやら少女は彼の心を動かす何かを持っていたらしい。

 

 俺たちは、ボーッと不思議そうに俺たちを見送る少女の視線を背に受けながら、三階へと上がっていった――

 

 

 

 

 

 鍵を使い、木製の板を簡易な金具で止めただけの扉を開く。

 ギシギシ音を立てる不安な床に、申し訳程度に置かれた椅子とテーブル。

 その奥には窓脇にベッドが二つ並べて置かれていた。

 その部屋に入り、鍵をかけ、そこまでしてようやく三人はフードを取る。

 Tシャツ一枚にジーンズ、スニーカーだけの、ボサボサの黒髪の青年――空。

 純白でくせっ毛の長い髪に隠れた、紅い瞳にセーラー服の小さな少女――白。

 白いワイシャツに緑のネクタイ、黒のズボンを履いた黒メガネの少年――黒。

 こちらでは絶対に見ることの無いような服装を、目立たせないように羽織っていたローブを脱ぎ捨て、空がベッドに突っ伏す。

 ポケットからスマホを取り出し――タスクスケジューラーの一項目をチェックする。

 

「『目標』宿の確保……『達成』、だよな?」

「……ん、良いと、思う」

「当面の間は、だけどな」

 

 確認してから、空は、心の底に秘めていた今までの愚痴をこぼす。

 

「あああああっつっかれたぁぁぁぁぁ……」

 

 目標達成までは決して言わないと誓っていた言葉を、ついに漏らす。

 

「マジ有り得ないでしょー久々に出た外でこんなに歩かされるとかないわぁ……」

 

 同じくローブを脱いだ白、兄の乗ったベッドの上に乗って窓を開く。

 そこから遥か遠くに見えるのは、ちょっと前まで三人がいた崖。黒のメガネ補正の視力でどうにかして見える程度だ。

 

「人間、やってやれないことはない」

「まさにそのとーり、俺らという現実を的確に表す言い言葉だ。しっかし、足腰もっと弱ってると思ってたが、結構歩けるモンだな……」

「……両足でマウス、使ってたから?」

「おーなるほど!一芸も極めれば万事に通ずってホントだな!」

「……誰もそんなの、想定してるわけが、ない……」

 

 そんなどーでもいい兄妹漫才を横に聞きつつ、黒ももう一つのベッドへと倒れ込む。

 「  (空白)」よりは身体を鍛えている黒でも、三日徹夜に大移動はさすがに精神的にキツいものがあった。

 手に持っていた鞄はテーブルの上に置き、両手を上に大きく伸ばして関節をボキボキと鳴らす。

 

「白ちゃんは寝ててもいいぞ、ここまで頑張ったんだから。そんなに眠たいんなら寝とけ」

 

 彼らの方を見てみれば、白は既に半分寝てしまっている状態だ。さすがに僅か十一歳の女の子は、幾ら天才と言われても、体力的にも精神的にも限界があったのだろう。

 表情こそ変わらないが、呼吸音、細かい身体の動作から、彼女の身体が限界なのを黒は読み取る。

 

「空。まずは当面の生活には困らないが……この後どうする?」

「今の状態じゃ、流石に正直なーんも思いつかないぜ。その辺は後々考えよう。今は一旦寝て、三人とも頭を働かせられるようにした方が良いんじゃないか」

「……それもそうだな、俺もさっきのトランプ相手でもう限界だよ。その前の盗賊はともかく、だがな」

 

 ――ここで話は一度、数時間前へとさかのぼる。

 空達三人が放り出されてすぐのところへと、二人は思考を飛ばすのだった。

 

 

 

 

「んで、自己紹介はすんだし、ここからどうする?」

「……思いつかない」

「装備が無いから野宿するわけにも行かない以上、日の落ちる前に街へは行きたい……・たどり着ければの話だけどな」

 

 二度目の気絶から回復し、さんざんあの自称神への悪態を吐き続けた三人はついにネタが尽きたらしく、疲労の中で一周回って頭に冷静さを取り戻していた。

 今は崖から離れ、舗装されていない道の端に座っている。

 

「……まず、二人には水を渡しておくよ」

 

 あの部屋から持ち出した鞄の中、そこから封の切れていない二つのペットボトルを出す。

 

「お、サンキュな黒。丁度叫びすぎて喉が渇いてた所だ」

「……ナイス、判断」

「まあ、こんなこともあろうかとッ!――って感じだ。とりあえずそれらはお前らにやるし、後数本あるが、後先考えて飲んでくれ。にしても、空、ここはRPGじゃなねーぞ」

 

 あの後、年齢等々を含めて改めて自己紹介をし、互いに下の名前で呼び合うことに決めた空、白、黒だったが、それ以後はただ道の側で神へ『ぜったい○いど』や『バニッ○ュ・デス』や『アバダケ○ブラ』などと延々呪いの言葉を呟いていただけだった。

 だが、それでは何も解決しないと思った最年長の空:童貞一八歳は崖から離れる事を提案し、近くに会った道の側に座ることを提案したのだった。

 その理由は、黒が想像したとおり、

 

「え、だってこういうのってRPGで言う『街道』だろ?待ってりゃ誰か通るかなーなんて……」

「完全に運任せじゃねぇか……」

 

 ゲームでの知識が通用するかどうかはさておき。

 

「さて、始めたばかりの主人公がすることと言えば『所持品確認』からだよな」

 

 空と白。

 それぞれのスマートフォン計二台、ポータブルゲーム機(通称DSP)二台、マルチスペアバッテリー二つ、太陽光発電充電器(ソーラーチャージャー)二つ、充電用ケーブル、タブレットPC。

 

「……サバイバルなめてんのか」

「無茶言うなよ黒!ゲーム終わってすぐにここに投げ出されたんだぞ、準備できる時間なかっただろ」

「……にぃ、時間あっても、無理」

「それに、そんなこというなら黒も出してみろよ!」

 

 黒。

 スマートフォン一台、薄型NPC一台、太陽光発電充電器(ソーラーチャージャー)一つ、イヤホン一本、ライトノベル三冊、飲料水三本、カロリーメイト四本入り六箱、タオル一枚、マッチ一箱。

 意外と物が在ることに、白が驚いた様に声を上げる。

 

「……くーは、まだマシ、だった」

「当面の危機しかしのげないが、無いよりマシだろ。本当は制服の上着も取って来られたら良かったんだが……片腕ではこれが限界だったしな」

「……すまんかった、黒。お前はまだまともだったんだな」

 

 素直に謝った空が、ケータイをいじくり回して続ける。

 

「電波は来ない、まあ当たり前として……白はスマホとタブPCの電源切って充電しとけ。クイズ用電子書籍から、サバイバル用マニュアルを使うかもしれん」

 

 兄の言うことに妹は素直に従う。

 こういう時は、兄の判断に従う方が良いと知っているからだ。

 

「黒は……PCの中に役立つデータが入ってるなら白と同じようにしとけ」

「オッケー。こっちもサバイバルに役立ついくつかの書籍データは持ってるしな」

 

 カチャカチャと弄り、コードをつなげる。

 

「それでも、今のままじゃ――百パー死ぬな」

「黒に同感だ。分かるのはスマホでは方角のみ、地理がね……白、周囲の地形把握出来ないか?」

「……無理。見た目だけならともかく」

 

 白に同意するように黒も小さく呟く。

 

「俺も、狭い場所ならともかく、どこぞの生徒会長よろしく声の反響での探索はこんな空けた場所じゃ無理なんだよな……」

「え!?黒そんなことも出来んのかよ!?」

「……驚いた」

「狭い迷路何かだったら、な。体力を大幅に使うけどなんとか行けない事もない。身体を使うゲームも息抜きにいいから、たまに行くんだよ……一人で、な」

「虚しいと分かっていても外へ出る……同志よ、無謀だな」

「ぼっち、乙……」

「お前らはいいよなー、二人で。万年ぼっちだぜ俺は。文化祭では陰を消して読書、体育祭では陰を消して読書、卒業式では名前を呼ばれれば誰もが『え、誰?』とこちらを見る……そんなぼっちで、俺は有り続けたのさ」

 

 ニヒルにそう呟く黒に、

 

「かっこよさそうに言っても、内容は残念だな」

「分かってるってのそんな事ォォォォ!!」

 

 空からの遠慮無い一言が突き刺さる。

 

「――誰か、来た?」

 

 そんな感じで三人虚しく現実を無視するため、自虐成分たっぷりの馬鹿話を繰り広げていると、どうやら人間がやってきたようだ。

 白がまず最初に気付き、それに続いて空、黒も彼らがやってきた方を見る。

 確かに彼らの目には、二足歩行する服らしき物を着た動物が近づいてきたのが映っていた。

 

「なあお二人さん、あの人達がまさかの人間ではありませんでした的なオチはないよな……異世界だし。――なんでそんな震えてんの?」

「あああはははは、な、何を言ってるんだね黒くん?おおおお俺は決して震えては――」

「――にぃ、にぃ、あんなに、人、怖い怖い怖い――」

「……ああ、そーいうことなのね」

 

 碌でもないフラグを立てようとした黒だったが、空と白の異常な様子に驚く。

 白の言葉でようやく理解したが――この二人、要するにちょっとした対人恐怖症だったらしい。

 黒と話せているところを見る限り、相手が少人数なら問題は無いようだが、多人数になると危ないらしい。

 さて、ここに来てどうしたもんかと黒はその頭を使って考え――

 

「――序盤のチュートリアルだとでも思えば良いんじゃない?あいつらは説明用NPC、そう考えろ」

「おおおおお――ああ、そういう考えなら大丈夫だ。あれはNPCあれはNPCあれはNPC――」

「……NPCなら、何とか大丈夫。くー、グッジョブ」

 

 白が額に流れた汗を拭き、黒にサムズアップする。

 先ほどまでの光景に素直にそのお礼を受け取れなかった黒は、苦笑いを返すしかなかった。

 

「で、空。俺の気のせいじゃなかったら、アイツラさ、盗賊(・・)だよね」

 

 近づいてくれば、ゲームのしすぎで近視になった兄妹にも細かいところが見えてくる。

 緑色の装束、走りやすそうな靴、『私は盗賊です』と言わんばかりの悪人面――テンプレートな盗賊そのままだった。

 

「あ、ああ……そうだな」

「目をそらすな、最年長。お前の発案だろうが」

 

 現実から目を背け下手な口笛を吹き始めた空に、黒はもう呆れることも出来なかった。

 下手したら死ぬ、その死への恐怖がガッチリと黒の心を縛りつけていた。

 とりあえず二人揃って白だけは護ろうと格好つけて前に出て見るも――片やニート、片や学生。無理ゲーなのは、誰にとっても火を見るよりも明らかだった。

 主人公の様に突然新たな力に目覚めでもしない限りは切り抜けられない。

 しかし、ゲームに運勝負などはないと考え、そんな偶然は端から信じていない三人。

 ――だが、近づいてきた彼らが言った言葉は、

 

「――へへ、ここを通りたきゃぁ、俺らとゲームしな」

 

 三人にとって、拍子抜けするものだった。

 咄嗟に顔を見合わせ会話する三人。

 

「――そういやあのガキ、『全てがゲームで決まる』って言ってたな」

「ってことは、これがここでの標準装備なのか……盗賊じゃねぇ」

「……あれ、盗賊なの?」

 

 すぐに三人は納得し、思わず笑ってしまう。

 ――自分たちの世界に比べれば、なんとも可愛い相手だろうか、と。

 

「てめぇらこの状況でよく笑えるなぁ!分かってるだろうが、ゲームを受けない限りは一歩も通さねぇぜ!ギャハハハハッ!」

 

 からかわれているとでも思ったのか、盗賊が笑う。

 ――自分たちが仕掛けるゲームは当然イカサマ、勝利は決まっている。今とは逆に悔しさに涙する奴らの顔を見るのが楽しみだ。

 

 とまあ、そんな彼らの心の中は当然空たちにはお見通しだったりするわけで、

 

「(多対少で、イカサマを混ぜ込み勝つ――そんなところかな)」

「(それが意味するところは、つまり――)」

「(――こっちには、ちょうどいい腕慣らしになってくれるってこと)」

 

 三人はぼそぼそと小声で呟き、逆に利用してやろうと考えていた。

 

「いいぜ、んじゃゲームしよう。だが、生憎持ち金は無くてな――そっちが勝ったら俺らを好きにして良い」

「……あ?気でも触れたかお前」

「その変わり、こっちが勝ったら、一番近いまでの案内と、持ちモンの一部譲渡と――この世界でのゲームのルール等々を教えて貰うってので」

 

 次から次へと、ゲーム脳を働かせ注文を重ねていく空。

 何しろこちらは全部を賭けるのだ、どんな要求をしたって問題あるまい。

 どちらが盗賊だか分からないほどのあくどい目をした空に、盗賊達は気付いて居なかった。

 そんな彼らには見えない場所で、黒は盗賊達にお粗末様とでも言わんばかりに手を合わせていた。

 

 




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