ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです―   作:七海香波

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 どうも、ギリギリ二週間以内に投稿できました。
 自分で言うのもなんですが、珍しい。
 一週間PCに触れずにMH4Gで太刀を振り回していた成果でしょうか。……関係無いですね。
 それではどうぞ。

 あ、後いづなの口調から《です》を抜いているのは一切合切手加減無しって考えて貰えれば。イメージは緋々神。


第八弾 工作は交錯を重ねて

 静寂に満たされた暗闇の中に、引き絞られるトリガーの音だけが淡く鳴り響く。

 初瀨いづなはビルの中を駆け迫る敵対プレイヤー、白へと向けて次々に引き金を引く。乱射された銃弾は次々に壁面を跳弾し、ピンク色の弧を描いて白へと迫る。ここに到達するまでにいづなが溜めたらぶパワーは剣・銃のどちらもが既に容量限界にまで達している。

 故にいづなは銃弾の余裕を考える気など無く、湯水のようにNPC(少女)達の桜色の愛を暗い道の中に散らしていく。

 それに対して白は足を止めることなく、一切の躊躇無しに疾走する。

 

「……まだ、まだだね……」

 

 恐らく聞こえているであろういづなにそう呟きながら、階段を駆けていく白は笑う。

 迫り来る弾丸を、ここに至るまでに知ったいづなの性格・体格・頭脳・感覚・状況等々の情報を公式に当てはめ、演算処理することにより彼女の行動パターンを導き出して完全に回避・迎撃する。

 額に飛翔した弾丸は二秒前に射出した白の弾丸に迎撃される。

 太ももを穿つ弾丸は約一ミリの差異で白の足首をかすめる。

 手首を弾く弾丸は……偶然階段で転んだ白の頭の上をギリギリで通り過ぎる。さすがに引きこもりの小学生に急な運動は難しかったらしい。しかし転倒したと察知した瞬間、再度演算を開始する。

 黒のように確実に結果へと到達しうる身体を兼ね揃えていない以上、白は自らの肉体性能の引き起こす僅かなラグを同時に処理する必要が有った――それでも、白の頭脳には大した問題は無かった。

 起き上がったと同時に白の全身を襲う二十発近くの弾丸を、ゼロコンマ一秒遅れて発車したたった二発の弾丸による銃弾弾き(クラッカー)で全弾防ぎきる。

 人類最高クラスの頭脳を使役する白にとって、いづなの攻撃を全て常時予測し防ぐことなど、例え計算を幾重に重ねることがあろうとも、造作もないことだった。

 

 そして突然銃撃が止んだ。音による反響か、または直観か。いづなは白に銃弾が聞かないと察知した瞬間銃を腰に仕舞い、剣を主体とした戦闘に切り替えようとしていた。

 そんないづなの様子は――当然の如く白の予測通りの行動だ。

 それを読んでいた白は、次はこっちの番だと言わんばかりに正確無比な跳弾射撃をいづなへと放つ。白の頭の中に浮かんでいるのは、このビルに入る前に黒が手に入れてきたこのビルの設計図。一体どこから引っ張り出したのかは不明だが、彼の行動は自分の兄の次に信じられる。

 故に白は黒のもたらした情報を下に計算を一切の疑い無しに行い、

 ――その結果、いづなを序盤から既にピンチに追い込むことに成功していた。

 

「っつ――」

 

 最初の位置から全く位置を変えていないいづな。

 その場に立ったまま手を動かし、剣で迫る銃弾を一弾づつ斬り、払う。白のような弾道計算をするのではないため、見えない狙撃を射撃で防ぐというのはいづなには不可能だ。

 弾丸には風の抵抗がない以上、風を切る音も聞こえない。

 今の彼女には、自身と同じ速度で動かすことの出来る剣での対処しか方法が無かったのだった。弾丸を目に捉え、僅かにタイミングがずれて映る射線の上をなぞるように剣を動かす。

 少しづつ、しかし着実に近づいて来る死神()の足音が耳に響く。それでもいづなは逃げの一手を取らない。否、取れていなかったと言うべきか。

 

 白の射撃は回避・迎撃の二択は許すものの、脱出の二文字だけを許さない。弾丸は確かにいづなが見てから反撃できるほどの速度だが、回避から脱出に繋げるだけの間が物理的にも時間的にも無いように厭らしく飛翔してくる。

 そして――

 

 

 ――バンッ!

 僅かに開かれていた鉄製のドアが勢いよく開け放たれた音がいづなの耳を揺らした。

 同時に聞こえる、小さな息づかいと声。

 

「……ハロー、いづなたん」

 

 戦闘開始から二分後、ついに白がいづなの隠れている部屋へと侵入を果たした。

 いづなの隠れていた部屋はビルの情報管理コンピューターが設置されている場所。所狭しと遮蔽物が並び、通路は薄暗い。また冷却のためのエアコンが稼働しているため軽装の白にとっては肌寒く、若干集中力が乱されそうになった。

 それでも白は無機質な瞳で前を見つめたまま、いづなが隠れている場所へと銃弾を放ち続けた。白の銃弾が弧を描いて集束するのは部屋の右隅。

 そちらへ向けて白は足を進める。

 

 当然いづなにもその様子は伝わっており、若干の緊張が走る。いい加減この場を離れるか何かで状況を打破しなければ、危険だと直感が告げる。

 

「(まさかここで使うとは思ってもいなかったが――仕方、ないッ!)」

 

 彼女はここで、撃退用には使えないと分かっていながらも、敢えて腰から再度銃を引き抜いた。その予想外の行動に、白は気付かない。

 確実に白の銃撃を処理しつつ、いづなはその隙間を狙って壁へと複数の弾丸を放った。

 白は計算で相手を追い詰めるタイプ。

 いくら幼いいづなとは言え、大使という座に立つ以上、それ相応の経験を重ねている。その中で白のような相手と闘った事もある。

 

 そんな計算を使う相手への対処法は――則ち、相手の予想外の行動を取ること。実数と定められたXを含む式の問いに虚数のYの存在のみを与えるかのように、常識外の行動を取ること。

 

 いづなはここで、白の銃弾が当たると分かっていながら、近くに有った壁へと目を定める。

 

「(確かこの先は、行き当たりに外を眺める事の出来る窓がある通路だったはず……)」

 

 自身の記憶を頼りに、彼女はそちらへと向けて足を屈め、全力の脚力で自らの身体を射出した。瞬間、計五発の弾丸がいづなの額・両手首・両膝へとたたき込まれる。その他の弾丸は運良くいづなの身体に当たらずに消えていく。

 

 そして同時にいづなの身体は強度の高い壁に激突、周囲の壁を粉々に粉砕し、広い通路に投げ出されることになった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 ――その様子を見ていた全ての観客は、突然のいづなの行動を理解出来なかった。人類種も、獣人種も。クラミーも、フィールも。初瀨いのさえも、いづなの突然の行動を読むことが出来なかった。それでも彼らは想像した――『いづなの、獣人種の敗北だ』という常識的な予測を。

 

 しかしいづなの行動はあくまで常識外(・・・)。それは白の計算のみならず、観客全てにも適用される。

 

 ゲーム、《リビン・オア・デッドシリーズ番外――ラブ・オア・ラベッド2《恋の弾丸あの子に届け》――》。

 その勝利条件は、『相手を惚れさせること』。

 初瀨いのの言葉をそのまま借りれば、則ち『相手とイチャイチャすること』なのである。

 ――そう。

 

 

 

 『らぶパワーを命中させること』等とは、一切示されていないのだ。

 

 

 

 らぶパワーを纏った攻撃を与えれば、確かに相手に惚れる。

 

 それでも先ほどの黒が示したように、らぶパワーを喰らったとしても、その効果が明確に現れるまでは――相手に惚れるまでには、僅かながら『間』が存在する。

 完全に動きが静止し、意識がシステムの管理下に置かれて実際に肉体が稼働を始めるまでには、『首をがくりと垂れ、近くの人が「大丈夫ですか?」と心配し声を掛け、また首を上げる』くらいの間隔。

 

 つまり、その間に愛を取り戻せば――いづなの場合、例えば、自らの銃弾を自らに命中させることが出来れば――敗北は“無かったこと”にされるのだ。

 

 彼女が意識を取り戻す前に、先ほどいづなが脱出を試みる前に放った銃弾が閃く。

 数回の跳弾を経て再度いづなの下へと辿り着いた弾丸は、白の弾丸を受けてシステムに管理されようとしていたいづなの生身を穿つ。

 

 ピンク色の弾丸がいづなの肌に触れて、弾ける。

 それが意味することはすなわち、いづなは自らを自らの愛で取り戻したと言うこと。――白の予想を出し抜いたその一手は、確かに功を奏した。

 

 白がいのの勝利宣言がないことを不自然に思う前に、いづなは再度ビルの中を駆けだし始めていた。

 そのことを観客達は不思議に思う。

 何故自らの銃弾を受けたとしても、即座に脱出へと行動を移せるのか、と。しかし彼らにそのことを考える余裕はない。余りにも早く、そして何より面白い場面の転換が彼らの興奮を引き寄せる。

 誰もが細かい状況について行けない中で、いづなは画面の中で銃速を超えた速度でビルを駆け、一直線に弾丸となって突き進み、ビルの壁面を突き破って宙へと脱した。

 

 そして――そうして。

 

「――ハロー、哀れな子羊さん?生贄の覚悟はよろしいでしょうか?」

 

 この戦いの中で最も残虐な一面を持つ天使の、甘美でたおやかな波紋の一声が。

 傾きかけた日を背景に映し出しながら、この空間に新たな戦場を展開した。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 その瞬間、いづなは全てを理解した。

 時が止まったとさえ錯覚させるほどの刹那の驚愕の瞬間で、自身が罠にまんまと掛けられたことを理解した。逃げ出すために選択した行動のその先は――悪鬼羅刹の檻だった、と。

 

 飛び出したいづなの真正面の宙に浮く天翼種(フリューゲル)ジブリールと。

 

 何をどうやってか、地上一〇〇階のビルの壁面に垂直に立つ黒。

 

 その内のジブリールが口元をニヤリと歪ませ、手に持った剣を閃かせる。

 不思議といづなの真下に立つ黒は剣の切っ先といづなへと向けただけで、別段攻撃を仕掛けようとする気配はない。

 しかしその僕であるジブリールはいづなの愛を略奪する者として落ちてくる彼女を暗い尽くすかのようにこちらを強く見据えている。

 ジブリールは辺り一帯に散らばったコンクリートやガラスの一切を無視して、身体能力任せに剣を振るう。素で物理的限界に迫るジブリールの剣は、特殊な動きを一切していないにも関わらず、先端が音速を超えて円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)を纏っている。

 もはや桜花というよりは繊花だろう、と黒は密かに考えた。

 一秒間に放たれる千を超える剣閃が、風に煽られて散る繊維のように宙を舞う。

 

 物理的限界に迫る悪魔(ジブリール)による正面からの、全てを覆い尽くすかのような圧倒的な殺意。

 

 それを前にしていづなは一瞬慌てたものの、すぐに次の判断を下す。

 迷い無く、次の切り札を捲ることにした。

 

 ゼロコンマゼロゼロ数秒の間に、彼女は宙で身体を回転させて着ていた着物の一枚を剥ぎ取る。

 

 そして――迫り来る剣が映す予測線(・・・・・)獣人種(いづな)の目がハッキリと捉えた。比喩ではなく、実際に自身の視界だけに浮かび上がる一瞬先の剣の道筋。視界に写る都会の寂れた光景の中で、一際明るく輝く深青のライン。

 ジブリールの方を強く見据えると、そちらからの光の帯が自身に辿り着いた順番に、いづなは右手に握りしめた着物の帯を鋭く引き抜いた。本来柔らかい単なる布にしか過ぎないそれは、今回のゲームにおける獣人種側――否、いづなの持ち込んだ武器の一つ。とは言え特別な素材、という訳ではない。精々耐熱に高い性能を持つと言った程度の、東部連合ではありふれた品物の一つだ。

 それでも、いづなにとっては十分な武器に成る。

 まともに足場も取れない空中にも関わらず、いづなは帯の片端を強く握る。

 

「――シッ!」

 

 天翼種(フリューゲル)と同等のステータスとなっているいづなの身体能力、その上を僅かな時間だけ超えるために、いづなは自らの全身に重くのしかかる負荷を感じながら、腕を振るった。

 着物の帯はジブリールの腕より僅かに早くいづなの前に伸ばされる。その先端はジブリールの剣と同じ速度にいたり、ジブリールの剣を払う。当然それはNPCの服と同じように当たれば消える代物だったが、ジブリールの剣速が逆に働き、仮初めの盾は消滅してしまう前にその全弾を防いでしまう。

 

 自身の攻撃を全て防いだいづなに僅かに目を開きながら、続いてジブリールが剣を振ろうとした。

 だが――

 

「て、あ、あれ!?飛べないんでしたぁっ!?」

 

 ゲームの設定で飛行魔法を展開できないことを忘れていたのか、翼を虚しく動かしながら落ちていった。……何ともしまらないオチである。

 それはともかく、いづなは次に真下にいたハズの黒の方を見据える。

 黒は腰を落として剣を居合いの型に構えていた。右手で柄を握りしめ、左手を鞘のようにして刀身を親指と人差し指の間に包んでいる。

 それを見て、いづなは落下しながら右手の銃の照準を黒へと合わせ、数度引き金を引く。

 大まかに狙って放たれたピンク色の銃弾は黒の身体に迫る、が――黒は少し身体を捻るだけで簡単にそれらを避けてしまう。

 銃が通用しないことを即座に悟り、いづなは腰の二本目の帯に構えていたメロメロ銃を挟み込む。そして両手でラブラブ剣を握り直し、落下しながら黒の剣に全神経を集中させる。

 

 そのまま仮想の重力に従っていづなは落ちていき、待ち受ける黒との距離が縮まってく。

 残り二十メートル、十八メートル、十七メートル……。

 二人の間が十五メートルを切ったところで、黒の方からアクションを起こした。

 基本姿勢を変えないまま、重力に逆らっていづなへと向けて飛び出すようにビルの壁面を走る。その目はいづなの捉えたまま、一直線に突き進んでくる。

 前髪の隙間から覗く漆黒の瞳がいづなの身体を強く捉える。

 互いに上がっていく速度の中、相手の姿だけを確実に見据えながら接触の時を待つ。

 

 衝突する瞬間、黒の口から小さな言葉が紡がれる。

 

「『君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのとでは大違いなんだ。』――ああ、人以上の世界を捉える獣の目を持ってしても、その剣のように先の表面をなぞるだけでは意味が無い。まあ、畜生(そっち)に分かるかどうかはまた別の話だが……もし理解出来るだけの頭脳があるなら、そこに留めておくんだな……ッ!」

 

 刹那。いづなは黒の言葉を記憶に刻みつけ、同時に閃いた自らの直感に従って、手の刀を自らの正面に立てて構えた。破壊不能オブジェクトであるソレは、ゲームにおいて最大の武器であると同時に防具ともなる。

 

 

 次の瞬間自らの身体に襲いかかったのは――圧倒的な速度で襲いかかる銛打ちの刺突だった。一体どこから発生したのか分からないが、人の身には生み出せるはずのない、先ほどのジブリールを軽く超える勢いの衝撃。それが刀を通していづなの身体をかき乱し激痛を生じさせる。

 現実であれば確実に身体を死に至らしめるほどの痛みを受けて、いづなの思考が一瞬暗転する。

 

『――いづなッ!』

 

 それを画面の向こうから見ていたいのが、急ぎいづなに対する本体(ハード)の使用者保護機能の内の一つ、ブラックアウト保護機能を発動させる。骨が外れるような嫌な感触を精神的に受けて、いづなの意識が瞬時に回復する。

 視界の隙間では、反動で足場を崩したのか、同じようにビルの壁面から静かに落下していく黒が見えた。その姿を見て、ようやく一息付ける――そう思った彼女の頭に、いのからの忠告が走る。

 

『次弾が来るぞ、避けろッ!』

 

 いづなは慌てて周囲を見渡した。

 そしてその目が新たに二方向から自身を貫く弾道予測線を捉えた。上空から一本、続いてそれに対して垂直にもう一本。五百メートル先の射程距離ギリギリのビルの隙間から差し込んでいる。

 すぐさまいづなは身体を捻り、空中で自らのバランスを崩して体勢を変化させる。その直後、ビルの隙間からの弾丸が飛来してきた。真横からのその一発を、いづなは勢いよく振った剣を盾代わりにして防ぐ。

 続いてもう一弾。同じくビルの隙間から遅れて飛んできたそれは、信じられないような精度の狙撃をこなし、もう一本の弾道を作る銃――いづなの上空に壊れたビルの隙間から白が投げたもの――の引き金を狙い撃った。タイミング良く銃口がいづなの方を向いていたそれが引き金に衝撃を与えられ、弾を発射する。

 その弾をいづなは咄嗟に懐から取り出したハンカチを広げ、防ぐ。

 白い絹のハンカチが、ピンクの弾丸と衝突し、青いポリゴン片となって消失する。

 そこで自らを狙う相手の攻撃は一旦終わりを告げたらしく、自らに向けられていた予測線が全て消え失せる。

 

 それを確認した後、宙でくるりと身体の向きを入れ替え、いづなは両手両足を地面に向ける。同じく落下していった黒は、一足先に着地してその場を離れていた。彼女はその背を狙撃することも考えたが、恐らく見るまでもなく避けられるだろうと思い止める。

 そして数秒後、落下したいづなは着地の際の全エネルギーを四つ足で吸収し、休む間も無く手短なビルの中へそのまま駆け出していった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 落下した黒はつい先ほど落ちてきたいづなと同じように衝撃を吸収して着地した後、殺しきれなかった衝撃による全身の激痛に耐えながらコンクリートの地面に寝そべっていた。

 その黒の頭を支えるのは、二人より一足先に落ちたジブリール。正座した太ももの上に黒の頭を乗せ、何かしら悩んでいる主の顔を見て顔を赤らめている。

 

「(……まだ足りなかったか?)」

 

 元から刀を基本とした動きを碌に取らない身の上に、本来刀では放つ技ではない技術の再現に黒は身体に激痛を覚えていた。最も痛みには慣れているので動けないと言うこともない。今寝ているのは、痛みを見抜いたジブリールによる強制である。

 

 黒が行ったのは特段名前の付いた技ではない。ギリシャの大英雄ヘラクレスの射殺す百頭(ナインライブズ)や佐々木小次郎の燕返しのようなものではなく、ただの刺突。

 とは言えコレも十分英霊に該当する人物の技の模倣なのだが。

 そのイメージを強く持って身体を動かしたため、少々無茶が過ぎたらしい。

 

 ただ動くだけは再現できないため、今回は黒による追加要素が含まれている。全身の骨格・筋肉を同時連動する事による『桜花』+攻撃の全エネルギーを一点に集中する『秋水』、加えて衝撃を障害物を通して中に伝える『鎧通し』の合わせ技。

 当然普段から命を賭けた殺し合いなどすることもない身体では、(クロ)の強靱な精神によるイメージの補助を踏まえても、放つことが出来ただけで行幸だったと言える。

 

 最もそんなのを放った反動で、全身が鋭い激痛に苛まれたのだが。

 ただでさえ全力で『桜花』――一撃を放つだけでも肉が裂ける――を放ったのに、『秋水』で全体重を剣先に乗せるという髪の毛一本分の乱れも許さないほどに神経を張り詰め、おまけに『鎧通し』まで放ったのだから、黒の精神も同時に著しく疲弊していた。

 

 ここが仮想空間で無ければ、一般人には見せられない場面となっていたかもしれない。

 そのダメージ分が全て物理的な痛みとなって還元されたのだから、いくら黒であっても幾分かの休みは必要なのだった。無理矢理動けないこともないのだが、それでは戦闘力が落ちてしまう。

 

 そんな状態で今いづなに会うのは出来るだけ避けたかったので、黒は身体を動かさずに、ジブリールの膝枕に頭を委ねたまま数分の休憩を取った。

 

 

 

 

 

 




 ちなみにセリフから推測した方も多いとは思いますが、黒の刺突の原型は世界最高峰の名探偵と名高いシャーロック・ホームズからです。
 原作の中では彼は《早朝、逆棘のついた巨大な槍で豚の死体を突き刺す》という事をしていました。《ブラック・ピーター》という話です。
 ついでに言えば緋弾のアリアでも、主人公との決戦でのエクスカリバーによる刺突が大きく描かれていた……と思います。
 どちらも面白いので、読んだことがない方は是非読んでみてはどうでしょう。

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