魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

39 / 99
第39話 繋がる道

 

 龍宮神社の拝殿や長廊下の屋根、更には空の上の飛行船から放射された光が方々から会場を照らす。幾重にも折り重なった光は即席のナイター照明の役割を果たして、真昼並みとまではいかなくても暗くなった空の下で視界に不自由はしない。

 

『麻帆良武道会の予選会は二十名一組のバトルロイヤル形式!! AからFまでの各組より二名ずつ選出!! 合計十六名が明日の本選に出場となります!!』

 

 麻帆良武道会の司会の役割を担っている朝倉和美の声がマイクに集音され、スピーカーを通して会場中に朗々と響き渡る。

 参加を希望した選手達はそれぞれ籤を引き、出場する場所を確認して指定された舞台へと移動する。

 

『優勝賞金は一千万円!! 籤により二十名揃った組から順次試合開始!!』

 

 和美の言葉に、籤の引き具合の妙で一組二十名を揃えて早々に試合を始めた組もあった。

 

『理由はこの際だからどうでもいいです! 武道四天王の全員が出場し、あのデスメガネまでいるこの大会に優勝すれば文句なしの学園最強が保障されます!!』

 

 混沌の坩堝に陥りかけた会場が言葉巧みな和美のアナウンスに導かれるように、真っ当な熱意への興奮に転嫁されていく。

 学園最強。誰もが一度は考え、討論を交わしあって、結局は結論が出ぬままに終わってしまう話題。言ってしまえば賞金一千万円の話題だけが先行していた感のあった武道会に新たなスパイスが加えられた瞬間だった。

 

『定員百八十名に達するギリギリまで参加受付中!! 麻帆良の強者の皆さん、奮ってご参加を!!』

 

 早い者勝ちだと言わんばかりに始めた組から生まれる怒号や悲鳴の声に負けじと和美も声を張り上げる。

 腕に覚えのある大小様々な体格や服装の男達は、各々で偶々隣り合った者同士や近くにいた者に向けて無差別に拳や武器を交し合う。勝者は次の標的を探し、敗者は地に抱かれて意識を落とす。

 バトルロイヤルという方式を採用したことで弱い者にも十分に勝ち抜くチャンスはあった。

 バトルロイヤルとは乱闘のように入り乱れて戦うだけではない。敵の敵は味方の論理もある。一対一では勝ち目のない相手にも数の差を使えば引っ繰り返すのは容易である。このルールを活かして協力して体格が良くて強そうな者を集団で駆逐する場面も見られた。

 次々に敗北者が山を為して、勝者だけが屍の上に立つ。敗北者の山の中に、いったい麻帆良のどこにいたのかと思うぐらいに奇抜な服装や容姿の者がいるが気にしたら負けなのだろう。

 A~G組までの試合は順次開始されており、未だ開始されていないのはF組のみである。

 前年度「ウルティマホラ」優勝者である古菲が体重差二倍以上の男達を宙を舞わせ、男子剣道部部長を持っている木刀と身に着けていた防具も纏めて砕き貫いて、傍で楽をしていた龍宮真名と共に早くも本選出場を決めていた。他にも差はあれど、勝ち抜くべき者が順当に勝ち上がっている。

 その中でF組だけは何故か開始が遅れていた。

 

『それではF組の方は舞台に上がって下さい』

 

 各舞台の解説を続けていた和美は最後の組に舞台に上がるように指示をする。

 指示を受けて誰よりも早く舞台に上がった者がいた。ライトに照らされる逆立てた短い金の髪に闇を吸い込む黒色で統一された上下の服を身に纏って立つ少年の名はアスカ・スプリングフィールド。

 

『お!? おお~~~~っと、これは――――』

 

 舞台の真ん中に歩み寄って止まったアスカにライトが全方位から向けられ、和美の驚いたような声に合わせて会場中から笑いの渦が巻き上がる。

 後に続いて円を描くように舞台にいる者達はアスカよりも遥かに体格が良くて強そうな者達ばかり。武道会には子供の部はないので何かの手違いで紛れ込んだのだと誰もが思った。

 これは仕方の無い事だ。誰もがその者の表面上を見ただけで物事を判断しようとする。人は他人を見た目だけで判断してしまう悪癖を持っている。愚かと言うなかれ。初対面の印象は見た目で八割が決まるのだ。今も殆どの者がアスカをアスカと認識しておらず、ただの子供と見ている故に。

 過剰にライトを向けられていたアスカから次々と光が剥がされ、輪郭ぐらいしか判別できなかったその姿を露わにさせる。

 

『用意はよろしいですか? よろしいですね? では試合―――――開始!!』

 

 司会である和美から試合開始の合図が発せられた。だが、動きは見られない。アスカにも、周りにも。誰も動かない。だからといって変化がないわけではなかった。

 自らを照らす光を発する飛行船を見上げているアスカは構えもなにも取っていない。ただ茫洋として隙だらけに見える。

 アスカの周りを十八人の男達が取り囲んでいたのが変化だった。誰もが背が高く、肉のつき方もいいのでほぼ全員が格闘技経験者に見えた。全員が全員何らかの構えを取っていた。

 格闘技をするにしては全員が全員ともガラが悪すぎる。例えるなら格闘技崩れの不良という表現が一番当てはまる。

 周りの観客の一部がF組の異様さに気づいて騒めき声が生まれても男達は動かなかった。

 

「―――――来ないのか?」

 

 これだけの隙を見せても動こうとしないことに先に痺れを切らしたのはアスカの方だった。いや、単純に純粋に疑問を覚えただけか。

 

「成程な、これだけの人数に囲まれても震える素振りもねぇ。只者じゃないのは間違いなさそうだ」

 

 アスカの問いに答えるように集団の中から一人の男が歩み出てきた。肩から力を抜き、軽やかなステップを踏んでいる。顎先辺りに置かれた拳はゆっくりと握られて半開きだった。筋肉の形、足の運びから察するに、この男は拳闘士―――――ボクサーのようだ。

 油断はしていないが同時に自分達の有利を確信した者だけが浮かべる厭らしい笑みを浮かべるも、顔を上げたまま首だけを傾けて見遣ったアスカの顔に動揺が見られないので舌打ちをした。

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ。そりゃ過大評価ってやつだ。ブルってんのを必死に抑えてんだよ」

 

 ボクサー風の男とは反対方向から、また一人の男が一歩前に出た。

 整髪料をたっぷり使って髪を逆立て、そのファッションセンスも含めて如何にも流行っぽく決めている。対照的に、ボクサー風の男は完全なスキンヘッドで、しかも眉毛が薄いからかなり厳つい感じで、アスカを嘲笑う。

 

「こっちは全員が仲間なんだ。さっさと惨めに許しを請いな」

 

 と、こちらは構え的に空手使いのような男が凄みを効かせてきた。

 

「一千万は俺達の物だ。その為に大会委員も買収したんだからな」

「18対1…………まさか、勝ち目があるなんて思わねぇよな」

 

 続くように言った輪の中の誰かの発言は、アスカにとってはどうでもいいことだった。

 平然としているアスカに虚仮にされていると感じたのか、空手使いが凄む。

 

「俺は道場を破門されるまで空手有段。こいつは暴力事件を起こしてライセンスを剥奪されるまで、ミドル級のプロボクサーだったんだ。五戦五勝五KO。あんまり舐めてっと、怪我じゃすまねぇぞ」

 

 アスカにとっては至極どうでもいいことを延々と垂れ流す。

 どうやらこの集団の中で、ボクサー風の男と空手風の男がリーダー格らしい。

 

「知るか。ドロップアウトした奴が偉そうに語るな」

 

 心底どうでもいいという感情が込められた台詞を合図にして、男達はそれぞれに武器を取り出した。

 ボクサー風の男が両拳にカイザーナックル(パンチの威力を上げるために拳に巻く鉄の凶器)を装着し、空手風の男は大昔の不良のように長さ一メートル半ほどの鎖を構えた。

 

「おい、審判! いいのかよアレ!」

『禁止されているのは飛び道具及び刃物であって、あれらはルールには違反していないヨ』

 

 剣道部長の防具や木刀と違って明らかに人を傷つけるだけの道具に、観客の誰かが明らかに反則だと上げた声に返ってきたのは慌てた様子の和美のものではなかった。

 スピーカーから感情がないとまではいかないが伝わってくる情動が薄い超の声が響き渡る。それで反対の声は収まることはなかったが自体は坂道を転がり落ちるボールのように留まってはいない。そうこうしている内に事態は致命的な領域へと突入していた。

 

「粋がってんじゃねぇよ。たった一人でこの数の差になにが出来る?」

 

 分かりやすいに挑発に乗って暴走するほど男達は愚かではなかったようだ。だが、全員に共通して額に青筋を浮かべている。集団で個人を包囲するような狭隘さであっても変にプライドだけは高そうだった。

 血の気の多い者が勇んで足を踏み出そうとした。 

 

「―――――この程度でいいのか?」

「なんだって?」

 

 アスカが唐突に足を踏み出そうとしていた者の機先を制するように言葉を放った。

 一歩は進んだ。が、発せられた言葉の意味が分からずに戸惑うように次の足を進められない。元より脳筋と称されることの多い彼らは思考を停止して、先の言葉は時間稼ぎの為のブラフだと判断するのは早かった。

 三呼吸を挟んで結論を出した彼らの包囲網に臆すことなくアスカが口元を歪めた。

 

「たったこの程度の人数で俺をやれるのかって聞いてんだよ」

 

 ここでようやくアスカのダラリと脱力しているように見えた肉体に、少しずつ力が入っていく。

 格闘技崩れの不良であっても、一度は真面目に武道を志した身。少しずつ威圧感を増していくアスカに背を向けることがどれだけ危険なことを察知れないほど未熟ではなかったようだ。

 全員が全員、中途半端な姿勢で固まり、ギクシャクとした様子でアスカに注目する。この時にはもう全員が直感していた。目の前の少年は自分が逆立ちをしても敵う相手ではないと。

 

「ほざけっ!!」

 

 色んな挟持を背負って引けに引けなくなった感のあるボクサー風の男がステップを刻みながらアスカとの距離を詰める。怒声と共にカイザーナックルで拳を固めたボクサーが殴りかかってきた。左ジャブだ。まだ間合いの外である。後、半歩でも縮まれば背丈の差でボクサー風の男の拳が届く距離である。

 牽制というより挑発しているような仕草であった。よほど自信があるらしい。あまりスピードはなく、本気のパンチには見えなかったが、アスカが「子供」だからと油断しているのだろう。

 ボクサー風の男はアスカが臆さぬと分かると間合いを詰めて、続けて左ジャブを放った。

 アスカが上体を小さく動かし、風を切り裂く拳を避けた。成程、素人よりは遥かに良いパンチだと認めざるをえないキレとスピードに僅かに瞳を細める。

 

「くっ! はっ! せっ!」

 

 ボクサーは更に続けてジャブの連打。これも上体だけを前後上下左右に動くだけで避ける。あまりに簡単に避けられているのでムキになったように回転を上げるが、アスカには当たらない。

 執拗に攻撃を続けるボクサーの前進を止めるために、前に出ていた左膝を狙った直線的な蹴りを放り出すように放った。

 大体のボクサーというものは、下段蹴りに弱い。案の定、攻撃が当たらなくて上にばかり意識が向いていたボクサーの左膝に綺麗にめり込み、彼の顔を苦痛で歪ませた。

 それはボクサーの油断もあったのだろう。格闘技における優劣は、体格にあると考えるまでもなく決まっていた。当たり前のことだ。子供と成人男性では、当然、肉体の練度においても男の方が上回っている――――――筈だった。

 油断していたというのもあるが、普通の子供なら一撃で簡単に倒せるだけの力を込めたジャブが綺麗に躱され続けて左膝を打ち抜かれた時、ボクサーは余裕をかなぐり捨て己の最大の武器である最大最速の右ストレートが火を噴いた。

 カイザーナックルを付けた元ミドル級ボクサーが本気で放つ一撃は、間違いなく人を殺し得る必殺の凶器。直撃すれば死の危険さえ考えられる凶悪な一撃。

 当たるはずだと思われた一撃は空を切るだけに留まった。そしてボクサーはアスカの姿を完全に見失った。

 一瞬後、再びその姿を視認した時、アスカは突き出した自分の腕が作った死角に潜り込み、鳩尾に肘を突き刺していた。

 瞬間移動にも等しい踏み込みの運動エネルギーを、余さず注ぎ込んだ一撃。その衝撃に男の鍛え抜いた腹筋を突き破り、胃を破砕したような衝撃が背中か抜ける。

 重量級の肉体が、軽やかに宙を舞った。人形のように落下したボクサーの意識はそこで完全に途切れた。

 

「ガキがぁ―――ッ!」

 

 無防備に背中を晒すアスカの後ろから隙を窺っていた空手風の男が、叫びながら鋼鉄のチェーンを振りかぶっていた。

 アスカは、まるで背後に目があるかのように軽いバックステップで距離を詰め、頭を下げてチェーンを避けて後方に高々と足を斜め上に振り上げた。体移動の勢いを効かせて一気に振り切る。 

 

「!?」

 

 踵が空手風の男の脇腹にめり込む。本当は側頭部を狙いたいところだが、相手は百八十㎝を超えているので背丈の差で難しいので狙いを変更している。中国拳法の後ろ蹴り「後蹴腿」で迎撃したのだ。

 大人になっていない肉体から繰り出されたとは思えないほどの強烈な蹴りを浴びて、空手風の男は吹き飛び、受け身を取ることも出来ず地面に倒れこんだ。たったの一撃で意識を失ったのだ。

 これで十八人中二人が脱落した。

 

「和也!………もう、容赦しねぇ―――ブッ殺してやるぁ!」

 

 如何にも不良然とした格好の男が、空手家風の男(和也という名前らしい)の名前を叫んで独創性のない台詞を撒き散らしながら蹴りを振り上げて無防備なアスカに向って走り出す。

 

「っらあああぁっっ!」

 

 奇声を上げながらではあるが、技術も何もない力任せの動き。運動神経がいいのか、はたまた別の要素があるのか中々に速い。

 飛び出してきた男の動きに合わせて、アスカは軽く後方に跳んだ。

 跳躍というほどの強さではなく、爪先で地面を蹴る程度に。それだけで男の攻撃は外れる。

 同時に死角の背後から近付いていた男に自分から接近して足を引っ掛け、倒れさせることでぶつけて同士討ちにさせる。

 倒れる時に二人で頭を打ち付けたのか、折り重なったまま体を力が抜けていた。

 これで十八人中四人が脱落。

 

「死ねやあああっ!」

 

 僅かに遅れて一直線に突進してくる一人の男。喧嘩の素人なら萎縮して動き出せないぐらいには速い動きも、アスカには児戯と何ら変わりはしない。

 身体ごと相手の攻撃を躱すことの利点は、そのまま死角に移動できることだ―――――勇気があれば別だが。

 この場合、それは大して問題ではなかったが、アスカは突っ込んできた男のタックルを避ける足を上げずに滑るようにして、目標を見失った男のだらしなく体勢を崩した無防備な後ろに素早く回り込み、その膝裏に足を乗せてアスカは踏み下ろした。

 本気ならブチブチと音を立てて、膝の靭帯が捻じ切れて行くところだが、そこまでやるのは流石に忍びない。単純に膝を折り曲げさせるだけの強烈な『膝かっくん』に留め、膝が地面について上体が勢いよく背後に―――――アスカの待ち受ける方に仰け反る。

 

「せやっ」

 

 踏み抜いた足を軸足に掌底を振り上げる。向こうから近づいてきてくれた後頭部を、アスカの掌底が弾き飛ばすように迎え撃った。

 本気でヤルと真面目に柘榴になりかねないぐらい洒落にならないので、手加減して後遺症が残らないように最小限に最小限を重ねて撃つ。

 打った衝撃が男の脳を貫いて、前頭部から抜けていく。男はピクリと身体を痙攣さえ、糸が切れた人形のように倒れ伏して沈黙した。起き上がる気配もなく完全に気絶している。

 これで十八人中五人が脱落。

 

「うらぁあああああああああああああ!」

 

 更に声を上げながら別の男が腕を振り上げ、拳を投げつけてくる。

 元より距離が開いたことで、躱すまでもなく空振りしたその突き出された拳を、空手の回し受けのような動作で捌いた。同時に指先を引っ掛けるようにして相手の動きを掴み、軽く手首を返す。

 ただそれだけの動きで、男の身体は宙に浮いた。さして力を入れた様子も無いのに、簡単に飛んだ。突きの直線運動を円運動で捉え、巻き込み、重心を崩させる―――――日本では合気、中国武術では化頸などと称される技法である。相手の力を利用して、小さな力でより大きな力を制することができる、というのがこの技の利点だ。

 地面に落ちた男は肺の空気を一気に押し出され、そのまま白目を剥いて気を失った。

 これで十八人中六人が脱落。

 

「この野郎ぉっ!」

 

 いま投げた男から僅かに遅れたタイミングで、斜め前からバランスの良い肉体を躍動させて跳んだ男が飛び蹴りを放った。

 弾けるように身体を横にずらしながら払いのけるようにして躱すと、男の腹に向けて掌を真正面から閃光のように叩き込む。

 

「破ッ!!」

「っがっ!?」

 

 空気を溜めたビニール袋が破裂したような音を立てて男が吹っ飛んだ。男は近くにいた仲間を巻き添えにして数メートル転がって悶絶する。

 アスカは今の男が直ぐに戦線に復帰できないことを確認して周囲に気を配っていた。

 これで十八人中七人が脱落。

 対多数戦の鉄則は、決して取り囲まれないこと。仮に取り囲まれたとしても、攻防の主導権を常に持ち続けること。 常に攻め手を持ち、決して護る為だけに護ってはならない。防御は須らく次の攻撃への布石で無ければ成らない。 それが出来なければ、待っているのは囲まれるだけの包囲網。一所に留まらずに動き続ける。

 

「ふんぬぁあああああああああああっ!」

 

 裂帛と表現するべきかどうは難しいところだったが、とにかく気合の声と共に横合いから木刀が振り下ろされる。

 アスカは軽く右肩を引いて、その斬撃が目の前数ミリを通り過ぎていくのを眺める。

 

「おぅりゃあああああああっ!」

 

 跳ね上げるような斬り上げ、技の組み立ても何もない、ただ木刀を力任せに振り回しているだけの攻撃。今度は半歩ほど立ち位置をずらすことで回避する。

 

「どりゃ、てぃ、りゃあああああああっ!!」

 

 右へ左へ、上へ下へ。縦横無尽に暴れまわる切っ先を最小限の動きで避けて、振り抜いた隙を見計らって神速の踏み込みで掌低で顎を撃ち上げて気絶させる。

 これで十八人中九人が脱落。

 

「う…………うっ」

「くっ」

「くそっ」

 

 遂に半数の数がやられてしまった。機先を制され、平常心を失えば本来の実力は発揮できない。既に彼らはアスカの術中に嵌っていた。この時点で彼らは平常心を失っていた。少年とは思えぬ実力が逃げという選択肢を選ばせぬほどの畏れを植えつけたのである。

 

「うああっ!」

「ああっ!」

 

 間を置かずに攻め入ってくる不良達に意識を配りながら、アスカはぼんやりと考える。

 

(またこの世界か)

 

 動き始めた世界に意識だけが取り残されるような、魂が肉体から遊離して空の上から俯瞰した光景を見ているような気分。身体を動かす時は何時もというわけではないが、そんな意識があった。

 傍観者、それも俯瞰で覗くような感覚を持つ時がある。実際は、視界の外が見えるわけでもない。だが知覚のどこかで、自分がどこから襲われるのか分かる気がする。

 そのメカニズムは分かっている。ごく単純なものだ。それは経験と呼ばれる。

 前後左右から飛び込んでくる相手に、さほどの警戒は働かない。威力も、スピードも、動きも、脅威にはならない。未知のことですら―――――未知の要素というものは何時だって残るものだが、未知のことですら既に知っている。それも、経験からくる予測というものだ。敵の視線、筋肉の動き、長年の修練で相手の動きを事前に読むことが出来る。

 アスカはこの世界を幼い頃から持っていた。経験を経ねば得られない予測によって形成されるこの世界に自然と入れた。

 

(常に自分の外側に目を置いて全体像をイメージすること、か)

 

 敵の意識に自らを重ね合わせ、流れを読んでわざと作った隙に誘導する。エヴァンジェリンの教えを思い出していたのは、実際には一秒とかからなかっただろう。

 その数瞬間の間に、幾つかのことが起こった。

 

「人数はこっちが上なんだ!」

「行くぞっ」

 

 前後左右から三人が同時に攻撃を仕掛けてきた。タイミングが合ったのか、恐ろしいまでに息が合っている。

 ほぼ同時に三方向からの攻撃がアスカに叩きこまれた。読み切ることは出来るが、防ぐには絶対的に手数が足りない。だからこそ、アスカは前へ踏み込んだ。

 

「げっ」

 

 左脇腹を突こうとした今時珍しいモヒカンヘアーの男の蹴りを脛を掴むことで止める。ただしその勢いは殺さない。

 蹴りの勢いをそのまま活かして、自ら回転しながらモヒカンの男の身体を左手一本で振り回した。いくら蹴りの勢いを殺さずに利用しているといっても大人と変わらぬ体格を片手一本で振り回すアスカの腕力は並外れすぎている。

 

「なぁっ!? 片手で人を振り回すだと!?」

 

 フルスイングされたモヒカンの男の体が正面から来た革ジャンの男を見事に撥ねたのは異様としか言いようがない。更に右から来た180㎝を軽く超えそうな大柄の男の巨大な拳すら振り回したモヒカンの男の体が受け止める。

 盾とされた挙句、手放されたモヒカンの男が声もなく転がり、ぶつけられた革ジャンの男が吹き飛ぶ。殴られたモヒカン男と遠心力も付加された体重をぶつけられた革ジャンの男はもう戦えない。

 これで十八人中十一人が脱落。

 

「くそったれがぁぁぁぁぁっ!」

 

 だが、巨漢の男は未だ健在だった。自らの手で殴り倒してしまい、倒れ伏すモヒカンの男を踏み越えて、巨躯を揺るがし悲壮な雄叫びを上げて拳を振りかぶって襲い来る。

 巨躯の男に対して、アスカも捻っていた身体を戻しながら正面から深く踏み込んだ。

 先手を打って、叩き込まれた太い腕を握り締めた逆の腕で外へ弾き、間髪を入れずに拳を巨体の腹部へと叩き込んだ。

 

「ぐはっ」

 

 巨躯を持つ男はアスカよりも頭三個分以上は大きい。筋肉で膨れ上がった身体は、細身のアスカよりも遥かに強靭に見える。なのに、アスカのたった一撃で巨体が膝から崩れ落ちるように沈み込む。

 これで十八人中十二人が脱落。

 

「呆気ない。次は誰だ?」

 

 そう言うよりも早くアスカの背後にいた少年が殴りかかってきた。

 目の前の一人が目配せしたのに気付いていたアスカは、時計回りに回転しながら右に体を躱してその拳を避ける。

 目配せしていた男がタイミングを合わせて飛び掛かってきたが、突然ガクリと何かに鳩尾を叩かれたように前のめりになった。その腹にはアスカの足が食い込んでいる。

 これで十八人中十三人が脱落。

 腹を抱えて悶えている男に背を向けて、さっき攻撃して空振りした相手の手首を両手で掴み、左肘を相手の上に載せて巻き込むように手首を返してやると、襲ってきた少年は肘と肩を極められ、あっさりとうつ伏せに押さえ込まれた。

 

「まだ完全に極めていないのに動けないとは。アンタの身体は固過ぎる。もっと柔らかくした方がいい」

 

 素人がプロレスの技を見様見真似で使っているのではなく、鍛えた人間による正確な固めであることは、少しでも格闘技の経験のある者から見れば明らかである。

 かなり強力な関節技だが、外部の寝技専門の人間から見れば言う通りに抜けれる余地は残してあるのが分かる。

 頭に血が上っている彼らにそれが分かるはずもなかったが、アスカは呆れたように言いながら忠告する。

 

「ごたごたとうっせぇ! 放しやがれ!!」

 

 忠告が届いていないのは、じたばたと暴れる少年を見れば判る話だが。

 

「うるさい」

 

 アスカは煩わしげに掌の甲で腕を極めている相手の後頭部を軽く叩いて脳を揺らした。後頭部を叩かれたことで意識を消失していた。

 これで十八人中十四人が脱落。

 もう片手の指にも足りる人数になってしまった。残った面々にハッキリと分かるほど顔に焦りが浮かぶ。

 焦った長髪の男が横からタックルを仕掛けてくる。アスカは体を開いて躱し、相手の後頭部を押し下げると同時にベルトを掴んで引き込んだ。

 

「おっ! ………えっ? ………………うおおおおっ!!」

 

 相手は奇声を発しながらバランスを保とうと手をバタバタさせていたが、やがて耐え切れなくなって余計に勢いをつけられた男は反対側にいた仲間二人に頭から激突し、もつれ合って仰向けにすっ転んだ。

 

「うわ、あいつら弱ぇな~っ!」

「結局は外面だけの奴らだろ」

 

 同士討ちに観客たちの容赦ない笑いが巻き起こる。

 競技場の這い蹲る三人はそれで顔を真っ赤にして羞恥を覚え、一人無傷の男は逆に青褪め、無表情になった。パチンとバネの弾ける音と共に、男の手から細身の刃が伸びる。それは刃渡り五センチほどの飛び出しナイフだった。

 

「刃物等の武器は禁止だが」

「はんっ! 知ったことかっ!!」

 

 アスカは身構えたが、その姿勢はナイフに怯えたものではなく、虚勢でもなく、武装した敵を正面から向かえ討とうという構えだった。

 逆上した顔つきの少年は前屈みになり、ナイフを持った右手を前に突き出してじりじりと近づいていく。

 が、アスカはその場から一歩も、それどころか微動だにせず、痺れを切らした男は一気に突っ込んだ。

 水平に薙ぎ払う刃をアスカが冷静に一歩下がって避けると、男はナイフを逆手に持ち替え、大きく振り被った。

 男のナイフ扱いは堂に入ったもので、玄人と呼ぶに相応しい技量であった。だが、アスカに対するにはまだまだ未熟である。

 男の手が振り下ろされるその瞬間、アスカは前に踏み込んだ。左手で自分から振るわれるナイフに近づき、掴んだ。力の限り握られたナイフに殺傷能力はない。

 男の顔が驚愕に固まる中、アスカはナイフを持つ左手を上げ、釣られた相手の肘の下を取る。右手で相手のナイフを持つ手首を掴んで左半身に変わりながら腕を引き込むようにして相手の身体を前に泳がせる。

 更に腕を引っ張って地面にうつ伏せに倒し、取った腕を背後側に捻ると、男の手からナイフがポトリと落ちた。

 アスカは男の腕を折り曲げて極め、右足に手首を引っ掛けつつ上腕を踏みつけた。

 すると右足だけで腕が固められ、男は身動き一つ取れなくなった。立っているアスカに両手を使わず押されこまれ、完全に死に体となっている男――――露骨なまでの明白な勝者と敗者の図式がそこに出来上がっていた。

 

「下手に暴れると折れるぞ」

 

 アスカは獣のような苦痛の呻き声を上げる男を見下ろして静かにそう言うと、落ちたナイフを蹴り飛ばして舞台の外へ落とす。仲間の三人と観客たちは事の成り行きに唖然としている。

 

「なんなんだ……………なんなんだよお前は!」

 

 不良三人の一人が耐えかねたように叫んだ

 慣れ過ぎている、と誰もが思った。遥かに多い数に囲まれても動揺の欠片すらも見せず、悠々と舞を舞うかのように一人、また一人と沈めていった、息一つ乱さず、体力の消費も見えない。

 子供がどのような人生を歩めばこうなるのか、と暴力に慣れてしまった少年に恐ろしさを覚えた。

 

「もう飽きた。終わらせる」

 

 不良の叫びを黙殺し、諦めることなく暴れ続ける男を見下ろしていたアスカの視線が凍る。

 拘束していた右足をどけて、男がこれで動けると考えた時には頭を蹴り飛ばされていた。痛みも感じることなく意識を失ってゆく男が最後に見た光景は、どうやって移動したのか、神速の速さで踏み込んだアスカが瞬きの合間に仲間三人を瞬殺する光景だった。

 

「……………」

 

 瞬く間に三人を瞬殺したアスカ。

 意識を失ったか、暫くは動けない男達の屍の中で屹立するアスカに勝利の喜びは見えない。このような事態も光景も、全てが当たり前と受け入れている戦士の顔だった。

 辺りを見渡して、ここで初めて冷めていた少年の顔が変わった。

 不良達は程度の差はあれど残らず地に伏している。おかしいところはなにもないのに違和感があった。

 

「一人足りない?」

 

 そろそろ起き上がれそうな数人に止めを刺して意識を刈り取りながら反芻すれば、自分も合わせて二十人には一人足らないことに気がついた。確実に意識を刈り取るアスカに「外道」と言う者もいたが当人は気にしなかった。

 予選会は一組二十人が集まってから開始される。先のA組からF組は二十人揃ってから試合が始まっている。だから試合は規定人数を揃えてから始まるものだという先入観があった。

 

「!」

 

 舞台の上に人の気配は感じられなかったので、ザッと舞台を足が踏みしめる音を聞いた時には驚いた。

 慌てた様子で振り向いた先、スポットライトの当たっていない舞台の端っこから人影が歩み出てきた。

 強靭な顎と真一文字に結ばれた唇。太い鼻と張り出した頬骨。黒いサングラスで遮られたくぼんだ眼窩の奥底にある瞳には、闇の中で真っ赤な光が宿っている。野性味を帯びた顔には感情が宿っていない。

 こうして向かい合ったのに気配というものが感じられない。良くも悪くも人らしさが感じられない相手の異様さに、アスカは我知らずに唾を飲み込んだ。

 

『おお~っと最後に残ったのは麻帆良大学工学部所属の田中選手です!』

『機体番号T-ANK-α3、愛称「田中さん」です。工学部で実験中の新型ロボット兵器です』

 

 和美の興奮したアナウンスに続いた弾んだ声に聞き覚えがあった。これは3-A出席番号24番葉加瀬聡美の声だ。

 この大会の主催者である超も葉加瀬同様にロボット工学研究会に所属している。ロボットならば存在しない気配を察知できないことにも納得できる。

 騒動に対しても巻き込まれて壊れようが修理可能であることも考えれば、予選に参加している理由に納得もいく。

 

「ロボットか。成程、気配がないはずだ」

 

 呟きながら色々な事象に納得がいった。

 人の形はしているが、こうして対峙してみると、やはりロボットはどこまでも行ってもロボットだ。

 人工皮膚によって限りなく人に近い質感を有しているとはいえ、表情のない顔からは、心は読み取れない。そこに魂はなかった。だからこそ闘い辛い。

 闘う時、人は必ず相手の眼を見る。表情を窺い、全身の微妙な筋肉の動きを見る。そうして些細な感情の揺れを感じ取ることで、相手が攻撃するよりも速く、防御またはカウンターという対策が取れるのだ。それは高次元な戦いであればあれほど、重要になってくる要素である。最終的にはその感情の読み合いこそが、戦いの全てを決するほどのレベルにまで達するのだ。

 感情の一切ないロボット兵器は、そういう意味で生身の人間と戦うよりも何倍もやりにくい。

 おまけに人の身体の原理など全く関係ない。関節の稼働領域に限界などないし、首だってただのカメラとCPUを結合しているパイプ管に過ぎない。人工皮膚に覆われた継ぎ接ぎだらけの身体の内部には、複雑な電子機器が収められている。その上、一撃一撃が人の限界を超えた力を秘めているのだろう。

 戦士の宿命とでもいうべきか、アスカは対峙した「田中さん」の戦力を評価してどう戦うかをシュミレーションをしていた。

 

『田中さん。遠慮は必要ありません。思っいきりやっちゃって下さい』

「て、おい!? 二人残れば終わりじゃないのか!」

 

 予想外の方向に進みだした流れを堰き止めんと姿は見えないが、けしかける葉加瀬に向かって叫んだ。

 

『科学の進歩の為には少々の非人道的行為も寧ろ止む無しです』

「色々と台無しだなオイ!」

 

 葉加瀬とマイクを代わったらしい超の発言に、アスカの眉間にビキビキと青筋が浮かび上がる。

 

『尊い犠牲ヨ。アスカさん、貴方のことはきっと忘れないネ。明日までは』

「死ぬこと確定?! しかも覚えている期間短いな!」 

 

 南無、とマイクの向こうで手を合わせていそうな声にも叫び返したアスカは、なにをやっているだろうなと半ば現実逃避に陥りかけていた。だが、田中さんが悠長に現実逃避も与えてはくれなかった。

 

「指示了解。デハ初動カラパワー全開デ」

「は?」

 

 どうも闘う雰囲気ではなくなっていた中で聞こえた片言な声。見た目とは違って言語機能は未完成なのか片言喋りな田中さんが口をソフトボールが入るぐらいに大きく開けた。

 開いた口の中には、カメラのような物が覗いている。

 

「嫌な予感がビンビンと」

 

 猛烈な嫌な予感がアスカの脳裏で警鐘を鳴らし、思わず田中さんのカメラのような物の射線上から逃れるように身体が動いていた。

 カメラのシャッターのような光が発した瞬間には全力で回避運動に入っていた。

 

「のわっ!」

 

 田中さんの口の中にあるカメラが一瞬だけ光って、そこから発射されるレーザー光。悲鳴を上げながら飛び上がった靴の底を削って地面に衝突して小さめの爆発を起こした。

 光線が当たった場所は一瞬にして虫眼鏡で照らした日光の熱が黒く塗った紙に穴を開けるように、焼き焦げを作っていた。

 

「っていうか、ビームは流石に反則なんじゃ……」

 

 会場のどよめきの中、観客の誰かが突っ込んだ。

 

『大丈夫です。まだ出力不足で命に別状はありませんから』

『ということネ』

 

 そういう問題かと誰もが思ったが、もう誰も突っ込もうとしなかった。あまりにも大会側が天衣無縫すぎて突っ込む気も失せたのだ。

 

「そういう問題か!」

 

 威力に目を瞠るアスカめがけて、次々と光線が連射される。

 田中さんが舞台の真ん中まで出て、アスカがその周りを動き回る。

 気絶している男達に着弾したが血や臓物の臭いはしない。衝撃はありそうだが火傷を作る程度で大層な怪我は負っていなさそうだ。連続して着弾した影響で中々晴れない煙で姿は見えないが。

 叫ぶ余裕のある姿が観客に大会側への突っ込む気を失せさせていることに気がつかないのはアスカの非常識さか。

 

「ターゲットロック」

 

 光線の連射を軽々と割と余裕を持って躱しているアスカに向けて、一旦口を閉じてレーザービームを止めた田中さんは両腕を上げた。

 口からレーザービームに続いて感じる嫌な予感と、ロボットならロボットで割り切ってしまえと順応の早すぎる麻帆良生が田中さんの動作に期待に胸を高鳴らせた。

 

「ファイア」

「やっぱりかちくしょうめ!」

 

 田中さんの両手が突然発射されて、地面に頭をぶつけんばかりに後ろに反り返りながら避けたアスカは予想通りの展開に思わず吐き捨ててしまった。

 ワイヤーで腕と繋がっているが、特撮好きの男のロマンと言ってもいいロケットパンチである。

 

「おおー、ロケットパンチだぜ!?」

「やっぱロボッつったら、こーじゃないと! やるなー、工学部!!」

 

 男のロマンへの期待を裏切らない工学部に賞賛の声が上がる中で、アスカが直ぐ上にあるワイヤーを辿って着弾点を見ると両腕が舞台に食い込んでいた。

 さっきまでは真面目な空気だったのに、どうしてこんなおちゃらけた雰囲気になってしまったのかと嘆いたアスカは、片手をついて反転しながら田中さんを見て絶望した。

 田中さんは放った両腕を戻しもせずに、口をパカリと開けて再度のビームレーザーの準備を整えていた。

 右手と右足を付いた状態で機敏には動けそうにない。舞台の端にいるので後ろには避けられない。

 なにかもう負けてしまった方がいいような気がしたが、なんとなくあのレーザービームには嫌な予感が消えない。

 どうも男の尊厳に関わりそうな嫌な予感が背中にゾクゾクと鳥肌を立てる。

 

「ぬぅおおおおわあああああっ!」

 

 筋肉を酷使して軋ませながら体を無理矢理に動かした。右手足を踏ん張って左方向に跳躍した。直後に田中さんからレーザビームが発せられた。

 レーザービームはアスカがいた場所に正確に放たれ、長身の田中さんと膝をついていたアスカの位置関係で上から下へと向かう。舞台の真ん中から端にいたアスカがいた場所へ放たれたレーザービームは目標を失って突き進む。

 さっきまでアスカがいた場所の直ぐ後ろ、予選を勝ち上がって舞台の外に立って一観客となっていた高音・D・グッドマンに向かって。

 

「へ? ……きゃあああっ!?」

 

 超がなにか問題を起こせば憧れているアスカの責任が降りかかる。念の為にと正義感の強い彼女は相棒の佐倉愛衣と共に学園祭前日に関わっていた超鈴音を独力で調べていて、なにやら大きな大会を開催すると小耳に挟んで観客よりは参加者の方が偵察がしやすいと考えた。

 魔法使いの存在は知られてはならないので、こういう大会の参加は御法度なのだが、サウザンドマスターと同じく憧れている高畑が参加しているのを見て、大義名分を得て愛衣と一緒に大会に参加を決意した。

 順当に大会を勝ち抜いていて本選出場の資格を獲得し、アスカが予選に参加していると知って偶々最前列で観戦していたのだ。

 

「おい!」

 

 自分が避けた所為で誰かを怪我させたかもしれないと振り向いたアスカは慌てて駆け寄った。この状況は流石に予想外だったのか、田中さんも静観するように放出した腕を元に戻して口を閉じた。

 

「お姉様~~!? 死んじゃダメ――ッ!?」

 

 高音の隣にいたが奇跡的に被害を免れた愛衣が涙交じりに高音を呼んだ。が、ビームにより発生した煙幕が晴れていくと、端に浮かぶ涙を拭うことも忘れて目を点にした。

 さにあらず、そこにはビームによって着ていたウルスラ女学院の制服の大半が消失した高音の姿があった。

 

『言い忘れましたけど、田中さんのビームに当たると何故か服が消し飛ぶんですよね』

『人体には大した影響はないのになんでだろうネ。科学の不思議ヨ』

 

 呑気に解説するがフォローにもならない微妙過ぎる葉加瀬と超の会話を誰も聞いてはいなかった。

 煙が晴れたそこにはレーザービームが当たった箇所、腹部から肩までの制服が完全になくなっていて腕だけが残っているのがシュールだった。

 

「と、いうことは……」

 

 舞台を改めて見れば、高音よりも先にレーザービームが当たっていた舞台上で気絶していた男達は、ものの見事に服が消失していた。

 かなり危険な場所まで露出している者もおり、この会場には男が多いので誰も好き好んで同性の裸など見たくもない。見苦しいものが散乱する舞台から目を逸らして、世間一般的に美しいと思える女性の方へ視線が集中するのは当然の流れだった。

 一時は静寂に包まれた会場がどよめきに包まれる。直視したり顔を背けたりと様々な個々人で違う反応を示す会場は混沌に包まれていた。

 

「あっ……イッ……いやああああっ!?」

 

 レーザービームが当たって最初は痛みもないことにキョトンとしていた高音は、会場中から視線が自分の胸元に集中するのを感じて見下ろして、初めて今の自分の姿を認識した。

 羞恥に目を回しながら片手で露出している胸を隔して、魔法の秘匿もなんのその、ウギュルルルッと影を腕に纏わせて条件反射的に拳を振り放つ。

 

「ふっ」

 

 目前に迫る影を纏った拳を前にしてアスカは笑った。

 避けようと思えば避けられる一撃だが、アスカの回避行動によって高音が女性としてこれ以上もない恥をかいたのだ。男の尊厳は確かに守られたが罰は甘んじて受け入れる所存であった。

 涙ながらに頬を殴られる瞬間もアスカは高音を恨みはしなかった。ただただ申し訳なさだけが胸中を支配していた。

 

「もうお嫁に行けないぃ~~~~~~~~~ッ!」

「お姉さま――――っ!」

 

 胸を押さえながら反対の手で顔を隠して走り出した高音を追いかけていく愛衣の姿を見ながら、殴り飛ばされたアスカは舞台中央にいた田中さんにぶつかった。

 高音の影パンチの威力にアスカの体重が付加された衝撃によって田中さんの巨体が吹き飛ぶ。そのまま受け身も取れずに舞台に叩きつけられ、アスカが当たったのと舞台に叩きつけられた衝撃でどこか壊れたのか、田中さんは起き上がることはなかった。

 

「どうも締まらんなぁ」

 

 田中さんの上から起き上がって、腫れ上がってズキズキと痛む頬を押さえながら言うアスカに反論する者はいない。それどころか外野にいた者は何度も頷くほどだった。

 

『え~、なんとも予想外な事態が起こりましたがF組の試合も終了します』

 

 どこか気の抜けた和美のアナウンスを聞きながらアスカは立ち上がった。

 早くどこかで治療を受けるか氷でも貰って冷やさないと、わざと無防備に受けた頬は何倍にも腫れる。罰として受け入れるのは吝かではないが何倍も腫れた顔で外を歩き回るのは外聞が悪い。

 

『本選出場が決定した直後にトラブルはありましたが、Fグループ決着も着きました!!』

 

 全てのグループの代表が決定し、和美がコールを上げた。

 和美のアナウンスを聞き流して、もう用は済んだのでアスカはさっさと舞台から立ち去ることにした。

 人混みに塗れると、そこに何故かさよを憑かせた千雨がやってきた。

 

「なんだよ」

 

 さよが幽霊の特性を活かして空中からアスカを見つけたのだろうが、今は誰とも話をしたい気分ではなくて素っ気なくなった。

 

「大きくなっても何にも変わらないよな、お前」

『アスカさんですから』

「それは褒めてんのか?」

 

 喧嘩を売ってるのなら買うぞ、と一人の一霊(?)の言葉に虫の居所が悪いアスカの口調が剣呑になる。

 その肩をニヤニヤと笑う小太郎が叩く。

 

「よう、お騒がせ男。いや、色男って呼んだ方がええか?」

「テメェらな……」

 

 同じく予選を突破した小太郎に揶揄されて、怒るよりも疲れてきた。

 

『皆様、お疲れ様です! 予定外のアクシデントもありましたが、本選出場者十六名が決定しました』

 

 続々と、和美の前に集まる一同。出場者も観覧者も今か今かと待っている。

 群衆の声を掻き消すように和美のアナウンスは続く。

 

『では、大会委員会の厳正な抽選の結果決定したトーナメント表を発表しましょう。こちらです!』

 

 全組の試合が終了次第に運ばれたボードには見えないのようにカバーがかけられていた。

 皆固唾を呑んで見守る中、アスカらも注目していると和美が掛けられたカバーを引きはがす。そしてトーナメント表を眺める一同はその順列に驚きの声を上げる。

 

『右上をご覧下さい。Cブロック一回戦第一試合は、中国拳法の使い手である大豪院ポチ選手と顔をすっぽりと隠した仮装が謎を呼ぶ名前からして怪しさ満載のクウネル・サンダース選手です』

 

 和美の言う通りに視線をトーナメント表に向ける観客達。

 

『Cブロック一回戦第二試合は、3D柔術ってなんだの山下慶一選手と忍んでいない忍者とも呼ばれている武道四天王の一人長瀬楓選手です』

 

 観客のどこかで誰かが「にんにん」と言っていたりするが和美は気にしない。このまま勢いで突っ切ると決めた。

 

『Dブロック一回戦も第一試合から波乱に富んでおります。どう見ても10歳くらいにしか見えないお人形のようなエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル選手と桜咲刹那選手。こちらは注目の女子中学生同士の試合となります。異色の組み合わせ、全く予想が出来ません!』

 

 女子中学生同士の試合と聞いて下がりかけた会場のテンションも、実際に予選会を見ていた人達が二人の強さを喧伝することで上がっていく。予想が出来ないというのは格闘通であればあるほど喜びが増し、そうでなくても異色の組み合わせという時点で興味が引かれるものである。

 肉食獣のような笑みを浮かべるエヴァンジェリンと標的にされて口を引き攣らせる刹那に気づいたのは、二人の近くにいた木乃香だけである。

 

『Dブロック第二試合は、片や予選会で長瀬選手と同じように分身した少年忍者の犬上小太郎選手と、大人しそうな中二の少女佐倉愛衣選手です! もう一度だけ言っておきますが、二人ともその実力は予選会で証明されています! 続いて左下をご覧下さい。Bブロック第二試合からです』

 

 右上から下へ、そのまま左へと観客の視線が移動する。

 

『こちらも注目のカードでしょう。言わずと知れた「ウルティマホラ」優勝者古菲選手と、同じ武道四天王の一人龍宮真名選手!!』

 

 武道四天王では一番強いのは古菲と言われている。が、それも結果を出しているからで試合をしたところを見たことがある者は誰一人としてない。

 この大会では武道四天王同士の試合があり、学園最強と呼ばれているデスメガネ高畑もいる。真に学園最強を決めると言った主催者である超の言葉に偽りはないと観客達は感じていた。

 

『第一試合は、優勝候補筆頭である高畑.T.タカミチ選手対予選会で中村達也選手と激戦を繰り広げて勝ち上がった「遠当て」の使いである豪徳寺薫です』

 

 盛り上がっていく空気になったのを悟った和美が次を急かす。

 会場の雰囲気の機微を理解でき、空気を変えられる人柄と能力を持っているのは稀有である。恰好のセンスは微妙であったが、少なくとも主催者が選んだ人選は間違いではなかったようだ。

 

『最後のAブロック第二試合は、予選会で19人抜きを成し遂げたアスカ選手と』

「え?」

 

 アスカの口から呆けた声が漏れた。

 抽選の結果で初戦に選ばれたことではなく、その対戦相手にあった。

 

『現役女子中学生である神楽坂明日菜選手です!! 色物と侮ってはいけません! 彼女の強さは司会であるこの私が保証します!』

 

 和美の声などアスカも、互いの位置を把握して視線を向けて来た明日菜も聞いてなどいなかった。

 見ているのは互いだけ。この時、世界は二人だけのものだった。

 

『そして栄えあるまほら武道会第一試合を飾るのは、どう見てもロボットだろ田中さんとこの予選会で因縁が出来てしまった高音・D・グッドマン選手との試合です』

 

 最初は「高音・D・グッドマンって誰だ?」と隣の者に聞いていた者も、この予選会で因縁が出来てしまったと聞けばなんとなく想像が付く。想像を働かせた男子諸君の鼻の下が伸びたのは言うまでもあるまい。

 鼻の下を伸ばす男子諸君を、全身を頭までスッポリと覆う黒いローブを着ている影に殴り掛かろうとするのを小柄な影が必死に止めていた。

 

『本選は明朝八時より龍宮神社特別会場にて、乞うご期待ください!!』

 

 出場者達も対戦相手に驚きの声を上げたり、青ざめたりと色々急がしそうである。この対戦表を見て驚く者、喜ぶ者、不満に思う者と多種多様な様相を見せる。

 明日、一度は別れた二人の道が、まるで運命に導かれる様に繋がる。

 




組み合わせは活動報告にて分かりやすく纏めてあります。良かったら一読どうぞ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。