魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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ひっそりと更新。


第23話 乾坤一擲

 

 

 

 

「素晴らしい」

 

 今とは違って若々しい肉体を持った遥か遠い過去の日々の中のゲイル・キングスは、目の前の存在に思わず心底から平伏しそうになりながら賛辞を捧げた。

 

「死しても尚、不滅であるその魂。羨まずにはいられない」

 

 ゲイルは凡人だった。生まれは貴族だが優れた才覚は持っておらず、ただ血を次代に繋いでいくだけの男になるはずだった。

 その運命が変わったのはゲイルが当主を務める家の領地が戦争に巻き込まれたこと。

 どうしてそこまで戦火が広がったのか、定かではない。凡人であるゲイルは狼狽えるばかりで対策を打ち立てることが出来なかった。

 凡人は凡人なりに動いたが、やがて戦火は領地全てを呑み込み、ゲイルが気づいた時には既に手遅れだった。

 家を失い、領地を焼かれ、助けを請う身内を見捨て、縋って来る領民を振り解き、邪魔をする者を殺し、その身一つで逃げ出したゲイルには何も残っていないはずだった。

 

「もう一度言わせてもらおう。素晴らしいと」

 

 ゲイルは凡人だった。だが、彼が一つだけ他人と違ったのはその精神性にあった。

 他人を見捨ててでも生きようとする生き汚さ。生きることに対する執念の強さは他人の比ではなかった。

 

「欲しい。その魂の輝きが。永遠に消えぬ光が」

 

 ゲイルは後に自分が物凄く運が良い男だと嘯くことになる。他人からすれば不運だと言われるような結末であろうと、この時のゲイルは歓喜の渦にいた。

 

「寄越せ! その法を!!」

 

 ゲイルは凡人だった。凡人であるからこそ、超常に魅いられてしまった哀れな男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 固まっていた、崩れていた、土がひっくり返っていた。破片が散っていた。風が轟々と唸りを上げ、その闘いは死闘と呼ぶに相応しい苛烈なものだった。だが、その実、ネギの目の前で繰り広げられるのは一方的なものだった。

 

「ぬぐあっ……!」

 

 苦痛の呻きが大洞窟に響き渡るよりも早くより大きく大砲を発射したような音が覆い尽くした。

 呻きを発したフォン・ブラウンが片膝を付く。

 纏っていた鎧の左の肩当てを失くし、ハルバートの柄を真ん中から折られたフォンは右目を塞ぐように垂れる血に煩わしさを感じているのろうか。もう片方の左眼で忌々しげに視線の先にいる男――――タカミチ・T・高畑を睨み付ける。

 

「おのれ……」

 

 フォンが歯を食い縛って立ち上がろうとするが、膝が震えて力が入らない。

 製造段階から魔法によって防御加護が施された鎧はオーダーメイドの最高級品。にも関わらず、今の鎧は損傷も激しく施された防御加護も発揮されるかどうかも怪しい。

 

「無理はするな、フォン」

「ボス……」

 

 傷だらけのフォンが無理して立ち上がろうとするのを後ろにいたゲイル・キングスが止めた。

 ゲイルは魔眼対策に目を瞑ったままの高畑を見る。

 

「流石はタカミチ・T・高畑。AAAの実力に偽りはない。否、寧ろ低すぎる評価である」

「…………ゲイル・キングス」

 

 惜しみない賞賛を向けるゲイルの言葉を、高畑は心底気持ち悪いとばかりに表情を歪めた。

 

「ほぅ、名高い男に知られているとは私も株が上がったか」

 

 口元を綻ばせずに言ったゲイルが言葉の通りに喜んでいるわけではないだろう。

 僅かに目を細めたその厳しい目つきは、突然の名だたる強者の登場に苛立っているとすらいっていい。魔眼対策で敵である高畑達は目を閉じていて効果がなくて見れた茶々丸では、そこまでの感情の機微を読み取ることは出来なかったが。

 

「僕を覚えていない、か。それも仕方ない。あの時、子供でナギさん達の後ろにいることしか出来なかった。でも、今なら」

 

 ポツリと静かに漏らした高畑の拳に力が籠る。

 高畑の全身から魔力が目に見える濃度で収束されていく。ゲイルはどんどん威圧を高めていく高畑を訝しげに見る。

 

「貴様と似た男とどこかで会ったことがある気がする。貴様ほどの有名人に会っていれば覚えているはずだが」

 

 問うたゲイルはジロジロと高畑の顔を見て、全身を眺める。

 高畑は黙したままその質問には答えなかった。答える必要性を感じなかったのかもしれない。もしくは、応えるべき言葉を探していたのかもしれない。

 十分な間をもって高畑の口が開かれる。

 

「アルザッヘル。貴様も覚えはあるだろう」

「…………そうか。どこかで見たことがある戦闘スタイルと思えばあのスーツの男の弟子か。成程、ならば納得がいった」

 

 アルザッヘル、という高畑が言った単語から連想する人物に思い至ったゲイルが嗤う。

 聞き覚えのある単語にフォンが表情を変えた。

 

「俺の住んでいた町?」

 

 フォンが二十年前まで住んでいた滅ぼされた町。何故そんな町が話題に上がるのかが分からなかった。だが、フォンの中で知ってはいけないのだとばかりに警鐘が鳴り始めた。

 フォンの様子を気にもせず、ゲイルは高畑の後ろの壁際に茶々丸といるネギを見た。

 

「サウザンドマスターの息子に紅き翼の弟子、そして私とフェイト…………運命を信じていなくても皮肉は感じてしまうな」

 

 その呟きは続く高畑の声に押し潰されて誰の耳に入らなかった。

 

「2145人」

 

 押し殺したような声で言った直後、眼に見えていた魔力が突然掻き消えた。まるであまりの怒りに魔力が怯えたかのようで。

 流石のゲイルも高畑から視線を外すわけにはいかなかった。

 

「貴様の欲の為に殺された人達の人数だ」

「なんのとこか分からんな」

「心当たりが多すぎて、か」

 

 ビリビリと大洞窟の空気が震える。

 高畑から発せられる威圧感は物理的な圧力を以て大洞窟を軋ませる。

 

「タカミチが怒ってる。あんなに怒ってるの始めて見た」

 

 広い大洞窟の隅っこで展開している防御所壁の中で茶々丸と共に退避していたネギは、魔眼対策で瞼を開くことは出来ないが高畑から放散される威圧の余波だけで体がどうしようもなく震えていた。

 

「二十年越しの決着を、紅き翼に代わってアルザッヘルの住人2145人の仇を、僕が討たせてもらう」

 

 ネギを支える茶々丸の視線の先で、高畑はポケットに手を入れるという師から受け継いだ独特の戦闘スタイルのままで宣言する。

 

「出来るかな。今の疲れ切っている貴様に」

 

 対するゲイルにはおかしなことに余裕があった。

 自分は茶々丸によって右手を失い、負った傷はこの中で一番多く深い。部下のフォンもゲイルが「疲れ切っている」と称した高畑に鎧袖一触されている。尚も余裕を失わうその理由が傍観者となった茶々丸には分からない。

 

「さしずめ、小僧共を助けるためによほどの無理をしたと見える。今は全力の何割だ?」

「貴様ら程度に負けるほど弱っちゃいない」

 

 若い頃のような礼儀の欠片もない口調で言ったのはそれだけゲイルがしてきたことが許せないのだろう。殆どの人に対して敬語で接する高畑が怒りを剥き出しにする姿は五年来の付き合いになるネギだって聞いたことが無い。

 

「無理をすることはない。あのスーツの男の弟子ならばあの究極技法『咸卦法』の遣い手であろう。疲れすぎて使えないのではないかね、究極技法を」

「関係ない。貴様ら程度、纏めて倒してやる」

 

 ポケットの中で拳が強く握り締められる。

 目が開けてれば殺気混じりの獰猛な視線を向けているであろう高畑に、ゲイルを敬愛するフォンが黙っているはずがない。

 

「ボス、お逃げ下さい。ここは俺がなんとしてしても死守します」

 

 痛む体を押して立ち上がりながらゲイルの前に出るフォン。目の前の強敵とゲイルの縁に不審を覚えながらも主を守ることは当然と、戦っていた楓が言っていた『忠義』そのもののを態度を取る。

 どうしてフォンの生まれ故郷であるアルザッヘルのことを高畑が知っているのか、滅びた街にゲイルがなんらかの関わりがあるのか。分からない事ばかりである。だが、それでも今は戦う。二十年も共にいた絆は伊達ではないのだ。

 このまま戦えば間違いなく敗れるのはフォンであろう。それでもゲイルが逃げるぐらいの時間は稼げる。それぐらいの自信と力がフォンにはあった。

 

「無理だな」

 

 悲壮とも思える決意に冷や水が浴びせられる。浴びせたのは守ろうとしているゲイルだった。

 

「ボス!」

「疲れ切っていようとも奴が私の記憶にある男の弟子ならば本気の半分も出していない。それに奴には私を逃がそうという気が無い。背中を向ければその隙をついてくるだろう」

「ですが」

「お前一人では勝てない」

 

 二人で戦っても同じだ、とフォンを押し留めたゲイルの足下で影が蠢く。

 

「しかし、このままでは」

 

 現状維持に意味はない。現状打破もまた出来ない。タカミチ・T・高畑という男は強大な壁となって二人の前に立ち塞がる。ネギと茶々丸にとっては頼りになる壁であっても、ゲイルとフォンにとっては自分達を殺しに来る危険な壁なのだ。

 

「今の奴程度ならば問題ない」

 

 ならば、ゲイルのこの不思議な自信の理由は何なのか。高畑にも茶々丸にも分からない。ゲイルの自信の理由が分からければ迂闊は行動は出来ない。

 

「なにか良い手が」

「ある。予定よりも速いが、予想外のファクターが現れたのだ。これも仕方あるまい」

 

 流石はボス、と喜び勇んで目だけを後ろにいるゲイルに向けたフォンの中に希望が芽生えた。

 その希望は次の瞬間に打ち砕かれる。

 

「二十年育てし贄よ、その役目を果たしたまえ」

 

 フォンは理解できなかった。見ているものも、聞こえているものも、感じているものも、全てが信じられなかった。

 

「え?」

 

 どうしてフォンの目に天井が映っているのか、どうしてフォンの耳に肉を切り裂いた音が聞こえたのか、どうして首から下の感触が無くなっているのか。意味が分からなかった。

 クルクルと回る視界。その中に唖然とした顔の茶々丸と何が起こったのか理解していないネギに厳しい面持ちの高畑、そして―――――――――嗤っているゲイルと、その前にある首から上を失ったフォンの肉体。

 

(俺の身体?)

 

 フォンの視界はクルクルと回っているのに、体が地面の上から動いていないこの矛盾。簡単なことだ。何故ならばフォンの首が宙を舞っているだけなのだから。

 ゲイルの振り抜かれた手には血が付いていた。そしてフォンの首から上は宙を舞っている。つまり、ゲイルがフォンの首を切り落としたとか考えられない。

 ドン、と舞っていたフォンの首が地面に落ち、跳ねることなくゲイルの足下を転がる。

 地からゲイルを見上げたフォンはまだ生きていた。偶然ではない。念動力者としての力が傷口を抑えて生かしているのだ。だが、それも所詮は時間稼ぎ。

 

「…………な……ん、で…………?」

「こうすることは二十年前から決まっていたことだ。何故も何もない。是非もなしというわけだ」

 

 どうして自分は首を刎ねられたのか分かっていないフォンに、ゲイルは笑っていた。嗤っていた。哂っていた。

 

「老いた体で永遠の命を手に入れて何の意味がある。若く力強い肉体で手に入れてこそ意味があるのだぞ。貴様を育てたのは私の次の体とする為だ。でなければ貴様のようなガキを二十年も育てはせん。予定ではカネの水が湧いてからのはずだったが、別に構うまい。多少、予定が早まっただけだ。結末はどうせ変わらん」

 

 ゲイルの足下から生まれた闇がフォンの肉体を這いずり回り、ゲイルの体もまた首から下を闇に覆われる。その状態で歩を進めたゲイルとフォンの体を覆う闇がくっつく。

 

「貰うぞ、その身体」

 

 頭部だけのフォンに抵抗など出来るはずもない。まるで闇に喰われる二つの肉体が一つになり、絞りかすのようなミイラが放り出された。先ほどまでゲイルの肉体だった物だ。

 闇が晴れる。しかし、底に沈殿しているかのように洞窟内は暗い。

 

「ふははははははは! 素晴らしい素晴らしいぞ!」

 

 魔力の渦が生まれる。発生源はゲイルだ。だが、ゲイルではない。

 茶々丸に斬られたはずの腕が何故か存在しており、しかもその肉体は筋骨隆々としていて、とても以前のような萎れたとまではいかなくても見た目相応の体とは全然違う。

 ゲイルの声で、ゲイルの顔で、だがゲイルではない体を持つ誰か。

 

「また体を奪ったのか、二十年前のように」

 

 押し殺したような声を上げたのは高畑だった。

 歓喜の哄笑を上げていたゲイルが笑みを浮かべたまま、何時の間にか足下に這わせていた闇の鎖に囚われている高畑へと視線を下ろした。

 

「くくっ、今の貴様は面白い顔をしているなタカミチ・T・高畑。あの時の紅き翼の奴らと全く同じ顔だ」

「ああ、そうだろうさゲイル・キングス。今の僕は貴様をぶちのめしたくて仕方がない」

「サウザンドマスターと同じようによくもほざく」

 

 話をする二人を見上げるフォンは同じ光景を二十年前にも見たことがあった。ずっと昔に忘れていたその光景をありえないと、夢だと忘れることにしたことが再現されて記憶が呼び起こされる。

 

「………お、や……じ……?」

 

 二十年前もフォンはこうやって地から見上げていた。

 紅き翼に追い詰められて街に逃げ込んだゲイルが凶行に及んだ中で、フォンを守ろうとして立ち塞がった父が同じようにして闇に呑み込まれていく光景を。そして遅れてやってきた街を燃やす赤い火と同じ紅い髪の男が激昂しているのを。

 

「ようやく思い出したか、フォン。このまま思い出さずに死なれてはつまらんと思っていたところだ」

 

 邪悪が凝縮される。目を瞑っているネギには世界は暗黒だ。なのに、よくないものが集まっていると感じるのは、放たれる声に感じられる気配にとてつもない邪悪性が込められているからに過ぎない。目を閉じているからこそ、肌と第六感が感じやすくさせているのか。

 

「三百年以上生きていては魂の劣化が肉体にまで作用されて老化が早い。が、我が魂との共鳴率が優れていたのか、スペアとしてフォンを傍に置いていたが二十年も持ったのは僥倖だった。貴様の父の肉体は思いの外、優れていたのだ。誇って良い。このゲイル・キングスが認めてやろう」

 

 邪悪の固まりが何かを喋っている。フォンには理解できない言語で、理解できないことを懇々と。

 

「大義ご苦労だった。我が肉体よ、苦しまずに逝かせてやろう。輪廻で父と再会できることを祈っているぞ」

 

 言葉面だけはどこまでも優しく、だけどどこまでも空々しい言葉だけを並べてゲイルは振り上げた足で、何故そんなことをするのか理解できていないフォンの頭部を踏み潰した。

 グシャ、と果実を高いところから落としたような音が洞窟内に響き、その生々しさにネギは震えた。

 

「き、さま……っ!」

 

 ドン、と無形の縛りを解くような圧が洞窟内に広がる。

 拘束していた闇の鎖を振り解いた高畑の怒りがゲイルの生まれ変わった全身を貫く。

 若々しさに溢れる肉体の調子を確かめるように笑ったゲイルは、「何をそんなに怒っている?」と分かっていることを楽しげに問うた。

 

「ゲイル・キングス、貴様は存在してはならない男だ。ただ生きたいが為にどれだけの命を奪ってきたっ!」

 

 ゲイルは巧妙であった。表だって動こうとはせず、闇へ闇へと渡り歩いてきた。その所業は闇の福音と恐れられたエヴァンジェリンが為してきた悪事よりもよほど悪辣な物だった。

 滅ぼされた街、肉体を奪われた者達、ゲイルの楽しみだけに利用された被害者達。

 フォン・ブラウンもまたゲイルに利用された哀れな道化に過ぎない。例え彼自身が冒した罪がどうであっても、肉体を奪われ、その価値観すらもぶち壊されて殺される謂れはなかったはずだと高畑は憤る。

 

「ただ、生きたいと願う我が望みはそれほどまでに間違っているか?」

「そうやって何度も奪って来たんだろう。そうやって何人もの人生を壊してきたんだろう。貴様の悪徳、決して許せるものじゃない」

 

 高畑はポケットの中で拳を握る。このような男を決して許さない為に高畑の拳はあるのだから。

 弱った時のゲイルの闇の鎖を瞬時には振り解けないぐらい弱っていても、やることは何一つ変わっていない。ゲイルを叩きのめす。ただ、それだけだ。

 

「この世に生を受けた者ならば誰もが抱く渇望を、貴様は悪徳と評するか。それこそが傲慢というものだ」

「ゲイル、貴様のそれ(・・)が余人が抱くものとは根本的に違うことは貴様自身が良く解っているだろう。破綻者の理屈を常人と一緒にするな。反吐が出る」

「貴様に常人を語られるのは解せぬが、破綻者であることは否定はせぬ。他者の肉体を奪わねば生き続けること叶わぬこの命。だからこそ、より生きたいと望むのは生物としての本能。吸血鬼が血を望むように、人が生きるために数多の生物を屠殺して食らうように、私もまた他者の命を奪わなければ生きていけないのだ」

「本能だろうが生きていく上で外れてはいけない道を進んでしまった者が生きられるほど世界は優しくはない。貴様に生きる資格などない」

「傲慢ここに極まれりと言ったところか。他者に資格を問わねば生きてはならぬほど世界は狭量ではない。生きとし生けるもの、全てを受け入れるのが世界というものだ」

 

 二人の間で火花が散るという表現が最も正しい。殺伐とするどころか、他者の存在を否定し拒絶し、なかったことにするかのような喋りは蚊帳の外に置かれたネギの神経をも刺激する。

 今までのそれらが全て序章に過ぎなかったのだと示すかの如く、発せられる殺気がネギを怯えさせ全身を震えさせる。

 ふわり、とフォンの肉体を奪ったことで念動力まで手に入れたのか、魔力や気を使わずに宙に浮かび上がったゲイルと、全身から魔力を放散する高畑によって洞窟内が微細に振動する。

 

「あの時、ナギさんが言った言葉をもう一度貴様に言ってやる」

 

 言いながらも高畑は己が敗北を予感していた。

 連絡が入って魔法世界での仕事をハイペースで終わらし、ゆっくりと休めない飛行機でハワイについてから休まずに飛んできたのだ。ゲイル・フォンの二人相手に圧倒したものの疲労はピークに達しており、実力は8割も出せていないだろう。

 今のゲイルは高畑が全開状態で勝負が分からない相手だ。これだけ疲労していて、相手は全開状態なのだ。勝てる要素が一つもない。だが、退く気は一切ない。生徒達が、ネギ達が戦っているのに疲れているからなんて理由で下がる気は高畑に一切なかった。なによりも許しても許しきれない敵が目の前にいる。

 

「ぶっとばしてやるよ、この糞野郎」

 

 凶行を止められなかった二十年前のナギがゲイルにそうしたように、手の甲を相手に向けて中指だけを立て突き上げる。

 

「消えろ、英雄の弟子よ」

 

 高畑の分かりやすい挑発に敢えて乗ったゲイルは、空間を捻じ曲げながら突撃したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 それはフォン・ブラウンから肉体を奪ったゲイル・キングスと高畑が激突する少し前。

 

「茶々丸君、ネギ君を連れて逃げろ」

 

 もはや立ち入れる領域ではなくなった戦いを前にして動くに動けくなっていた茶々丸に高畑はゲイルから視線を外さずに言った。

 

「何故です?」

「君達の安全が保障できない。これからこの場は死闘になる」

 

 二対一でも圧倒した男が言う言葉ではない。が、合理的な思考しか出来ない茶々丸には逆らう理由もない。即座に退却を選択する。

 茶々丸と違って、年の離れた友人を見捨てるなんて選択肢をネギが選べるはずがない。 

 

「タカミチ、僕も……」

「後はお願いします」

 

 残ると言いかけたネギを制して茶々丸はバーニアを吹かして動き出した。

 状況を理解していないネギを捕まえて浮かび上がり、旋回して全速力で洞窟内から脱出を試みる。

 

「茶々丸さん!?」

「御自愛下さい。既に戦いは私達ではどうにもならない領域です」

「でも!」

「あの場にいるということは足手纏いになります。それでも構わないのですか?」

 

 と、言われればネギも反論は出来ない。ゲイルから大分離れたことは気配から察していたのでもうその瞼は開いていたがぐうの音も出なくて唸る。

 

「出口です」

 

 そうしている間に瞬く間に洞窟の出口に到着した。

 外に出ると薄暗い中と明るい外のギャップに目が眩むかと思われたが、実際に外に出たネギの眼はそんなことはなかった。

 

「暗い? まさかもう夜に?」

「いえ、まだそのような時間ではありません」

 

 空が暗いのだ。時刻はまだ昼過ぎのはずで、外はまだ太陽が光っている時間帯だ。

 太陽が雲に隠れたのではない。突如として夜になったかのように空が昏い。夜よりも尚も昏い深淵が空を覆っていた。

 

「これは…………魔法です! 闇系統の魔法で空を覆っているんです」

 

 メルディアナ魔法学校卒の三人の中で最も魔法に造詣の深いネギは、その昏い空の秘密に直ぐに気が付いた。伊達に十年に一度の天才とは謳われていない。

 

「では、ゲイル・キングスが?」

「恐らく」

「でも、どうしてこんなことを」

 

 他にこれほどの芸当をやれるものがいるはずもない。茶々丸に肯定を返しながら、ネギは今までの状況を脳裏に組み立てていく。

 

「儀式は夜にならないと出来ない。それは太陽が出ていて明るい時間帯では月の魔力が弱いからだ。でも、こうやってここら一体の上空だけでも暗くしてしまえばその限りじゃない」

 

 そして直ぐに重大な事実に気が付く。

 

「まずい……!? 今からでも儀式を行える! 茶々丸さん戻っ」

 

 て、と続けようとしたネギの横を高速で通り過ぎる一陣の風。

 微かだがネギの動体視力にも映ったのは、箒に乗った二人の少女の姿。

 

「アーニャさん?」

 

 茶々丸の目に搭載されている高解像度カメラは、箒の先に座っていた少女が船に置いてきたアンナ・ユーリエウナ・ココロウァとナナリー・ミルケインであることを捉えた。

 意識がない二人がこの場所にやって来るその理由。考えずとも分かる。

 

「あの爆弾娘はまた、茶々丸さん!」

「了解です」

 

 自分たち以上の足手纏いが二人が来た道を行ったのに放っておくわけにはいかない。

 ネギが風の魔法で急制動をかけ、茶々丸はバーニアだけでなくブースターも全開に吹かして今まで来た道を逆戻りするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 空をどこまでも駆け上がる二つの光。

 数秒の間に地上は遥か遠く、激突は際限なく高度を増していく。一瞬の内に幾度となく衝突する。その様を見れるものがいればピンボールを連想しただろう。尤も、ぶつかり合う両者は肉眼で捉えられるものではない。

 常人の目では辛うじて衝突が判る程度の、人の身では不可視な化け物達が織りなす遊戯。縦横無尽、上下左右から闘う両者に重力の縛りはない。瞬間移動するように最大推力をもって、アスタロウがフェイトに、フェイトがアスタロウに向かって一直線に突進する。

 

「うおおおっっっっっ!」

「はあああっっっっっ!」

 

 傍から見れば彗星と彗星が正面からぶつかりあうような光景であった。

 互いに道を譲らずに激突した二つの彗星は、一度離れあったものの、旋回し、螺旋を描き、縺れ合うようにして移動していく。飛燕の如き動きで距離を縮めながら中距離攻撃を放ち合い、螺旋軌道でそれを回避する。

 二条の光跡が交差する度、己の生命エネルギーを燃焼するような閃光が散った。

 やがて二つの彗星は、回転しながら一つの恒星となり、凄まじい量の光を放散する。戦意を力へと変え、その中心で二人の力が激突しているかのように。

 

「おおおっ!」

 

 進行方向に先回りして、自らを奮い立たせるように吠えてアスタロウは両手を頭上で組むと、フェイトの後頭部を目掛け腕を振り下ろした。

 しかしその一撃は空しく空を切り、逆に閃光のような速さで、下顎を掌で跳ね上げられてしまった。一瞬、意識が弾けた。アスタロウの身体が寸瞬の間、呆然と宙に浮く。

 続けて剛腕から放たれた拳が真正面からアスタロウに襲い掛かった。

 避けることは出来ず、辛うじて両腕を交差させて守りの姿勢を取ったが、爆風のような衝撃に、アスタロウは体ごと吹っ飛ばされてしまった。

 垂直に跳んでいたアスタロウの軌跡が直角に変化する。

 攻撃を受けた防御した手の痛みを堪えながらナマカ山の頂上に着地する。アスタロウは口の中に溜まった血を吐き捨てる。

 ベチャリと吐き出した血の塊に顔を顰め、攻撃を放った直後で直ぐの追撃を選択しなかったフェイトが少し離れた所に降り立つのを視界に収める。

 

「やっぱ、強えな」

 

 目元に垂れて来た血を拭い、その傷を作った張本人であるフェイトを睨み付ける。

 

「君は弱い。予想以上にね」

「それは失礼しましたってんだ」

 

 動かなくても全身あちこちが痛いし、フェイトはがそんなことを言ってくるで機嫌が急降下の一途を辿ったアスタロウは舌を出して皮肉で返す。

 アスタロウの失礼な物言いと態度にフェイトのこめかみにピキリと青筋が浮いた。

 

「野蛮な人は品性まで下劣なのかもね。おっと、すまない。つい、本音が口から。いけないね、正直者は嘘をつけないようだ。謝るよ」

 

 今度はアスタロウのこめかみにビギンと既に受かんでいた青筋から血が僅かに吹き出した。

 

「汚い言葉が口から出るやなんて、お前の方がよほど下劣やんけ」

「君ほどじゃない」

「自分も下劣やって認めとるぞ、それ」

「だから言ってるだろ。君ほどじゃないって」

 

 この低レベルな言い合いを他人が見れば呆れただろうが、両者から発せられる力は目の前の存在を許さぬばかりに苛烈に荒れ狂っている。

 放散される殺気は心臓の弱い者なら止まりかねないほど。空間が軋みかねない威圧の余波か、遠く離れた上空を飛んでいた鳥が海に向かって真っ逆さまに落ちて行く。

 

「休憩はもういいのかい?」

「テメェ……」

 

 分かっていたのか、と静かに乱れていた息を整えていたアスタロウは問わずに舐められていると憤る。

 アスカは、小太郎は、敵に侮られることを最も嫌う。合体したアスタロウが憤るのは性格を考えれば当然である。

 

「ぶっ潰す」

「出来るかな、君程度で」

 

 臨界は近い。アスタロウの体力も十全とまではいかなくても戦闘可能なまでには回復しており、再度の戦いの気運は高まり続けている。

 二人が発する殺気か、はたまた別の原因かで墜落して行く鳥が海に落ちたのが合図だった。

 

「行くで!」

 

 その声と同時に、アスタロウの姿が消えた―――――ここで対峙しているのがフェイトでなければそうとしか映らなかったかもしれない。

 音すらも置き去りにして、身を低くしたアスタロウが疾走する。迫って来るアスタロウをフェイトは無感情に見つめる。

 突き出される拳を、フェイトは円運動に巻き込んでいく。

 しかし、合気であれ中国武術の化頸であれ、素人目にはいかに超常的な現象に見えようとも、物理的な技術であることに変わりはない。梃子の原理を使っても、まだ相手の力の方が大きければ、効果を発することは出来ないのだ。

 拳法を扱う者のパンチとは、ただ腕の力にのみによって放たれるものではない。大地を踏む両足の力に、腰の回転、肩の捻りを相乗し、まさしく全身の瞬発力を総動員して拳面へと集積させるのである。この原理を極めた者ならば、最終的に肩から先の運動が果たす効果などに比べれば微々たるものなのだ。必要とあらば拳を標的に密着させたまま、腕以外の部位の『勁』だけで十分な打撃力を発揮することも不可能ではない。――――――俗に『寸勁』と呼ばれる絶技である。

 

「無駄に力だけはある」

 

 フェイトからすれば未熟な技術と収束が足りない力である。合体したところで力量の差は覆せない。それでも尚、アスタロウがフェイトに思い通りにさせないのは。

 

「「「「「グルァアアアアアアアアアアアアアアア!」」」」」

 

 紫電を撒き散らしながらフェイトに襲い掛かる狗神達の存在であった。

 速度だけならばアスタロウも凌駕する五匹の狗神は、その体を弾丸として次々とフェイトへと突っ込んで行く。速度によって乗算された衝撃はまともに当たればフェイトですら危ない。ことにアスタロウが攻撃を仕掛けている中では。

 回避行動を限定するように飛びこんで来る狗神を叩き潰すとアスタロウの突きの軌道を変える余裕はなくなる。舌打ちしながら避ける。

 フェイトは邪魔な狗神に拳を放って消滅させながら、斜め前に踏み込んで突きの軌道から身体を逃がし、更にアスタロウの背後に回り込む。

 傍目には渾身の突きを躱され、無防備な後姿。その膝裏に足を乗せ、思い切り踏み下ろそうとするが、気付かれて避けられた。

 

「シッ――!」

 

 フェイトの顔面目掛けて、振り向き様の遠心力が存分に込められてフック気味のアスタロウの拳が伸びる。

 一瞬の出来事、激突による衝突音が響き渡る。フェイトが左手で、アスタロウの拳を受け止めた音が。

 

「足元がお留守だよ」

 

 フェイトが言って拳を受け流し、攻撃の直後の瞬きにも満たない隙と硬直を狙って左脚でアスタロウの足を払う。

 アスタロウの体が宙を浮く。

 空中で水平の姿勢になったその脇腹に、アスタロウの拳を握って引きつつ足を払っても止まらずに体を回転させていたフェイトが脇腹に遠心力充分の肘を叩き込んだ。

 アスタロウは脇腹に肘を入れられる前に自らの肘で防御することに成功。更に肘を動かして威力を逸らす。だが、攻撃の威力に押されるように空中にあるアスタロウの体が流れる。

 流されたアスタロウの体がフェイトの回転に巻き込まれるように前方へ流れていく。

 流れた上体の上から回転したフェイトの足が伸ばされる。アスタロウの頭へとフェイトは影から出て来た狗神を殴り飛ばしながら足を断頭台のギロチンの如く振り下ろす。

 

「――――ちっ」 

 

 アスタロウは舌打ちと共に、その表情に焦りを滲ませた。狗神が殴り飛ばされたことで出来た時間で拳を放ったが、振り下ろされた蹴りによって弾き飛ばされた。今度こそ空中で不自由な姿を晒していると分かっているからこそ焦る。 

 

「そらっ……!」

 

 それを見逃すフェイトではない。

 足下の影から奇襲を仕掛けた狗神を踏み潰しながら踏み込んで軽くジャンプ。丁度いい高さにあったアスタロウの顔面に、膝蹴りを突き刺そうとした。その膝は辛うじて間に合ったクロスした両手で受け止められた。

 アスタロウの両手にはまるで思いっきり振りかぶった恐ろしく重い鉄塊を叩きつけられたような感触が残り、押し付けられた鼻から血が飛ぶ。空中で受けたことで蹴られた勢いのままに飛んで威力を殺すことが出来た。

 くるりと後方に流れた勢いのまま回転し、足から着地する。だが、体勢は万全ではない。

 体勢が崩れているチャンスをフェイトが黙って見ているはずがなく、音もなく着地してアスタロウに接近していく。

 

「狗神!」

 

 狗神を今度は十匹放ち、来るのを迎え撃つように右拳を構えてフェイトの顔面を狙った。

 

「千刃黒曜剣」 

 

 ぽつりとフェイトが魔法名を口にすると、その背後に幾重の黒曜の剣が出現し、迫る狗神達を串刺しにする。

 単身で向かってくるフェイトの最短コースを通る攻撃はアスタロウの目から見てもあまりにも雑。当然、これはただのフェイントで、本命は、それに次いで放った横から腹に抉りこむような左の拳―――――でもなく、死角から仕掛ける左足の足払いである。

 上半身に意識を向けさせて本命の足元を狙った二重のフェイント。フェイントを見透かして防御されなければ、フェイントがフェイントでなくなるので気づこうが気づきまいが関係ない。

 どちらにしてもアスタロウは二重のフェイントと隠された本命の攻撃に気付いた。最初の囮は最小限の動きで頬に擦過傷のような傷だけを残して掠らせ、腹を抉りこむような攻撃は肘でブロックしている。足払いに至ってはポイントをずらされて耐えられて逆にフェイトの体勢が崩れた。

 

「雷華……!」

 

 崩れた体勢を立て直そうとしているフェイトにアスカ最強の技である雷華豪殺拳を放とうとしたアスタロウの眼前塞ぐ壁。突如として出現した視界を塞ぐ壁の正体はフェイトの右手の平。

 二重のフェイントも読まさせ、この一撃を撃ち込むための布石。気が付いた時には、雷華豪殺拳を放とうと開いていた右胸をトンと突き飛ばされた。

 ドクンと肺が弾んだ。

 

「ぐはっ」

 

 軽く押しただけに見えた掌打は外部よりも内部への破壊を目的とした凄まじい一撃だった。ズシンと体の芯まで砕くような衝撃を浴びて、アスタロウは大きく仰け反って血煙を吐いた。内部でダイナマイトが炸裂したような気分だった。

 フェイトの攻撃は終わらない。アスタロウの喉元目掛けて伸ばした拳で突きを放つ。喉を潰すつもりの素早く真っ直ぐな突きだった。

 回避の為に、アスタロウは背中から倒れ込む。そして、真上に足を跳ね上げた。

 空を突いたフェイトの手。その伸びきった右手の肘を破壊せんと蹴りを叩きつけた。しかし、体勢が不十分な上に、手の三倍の力を持つと言われる足でも小揺るぎもしない。

 仰向けに寝転ぶ体勢になっていたアスタロウの腹に、フェイトが振り上げた踵を振り下ろす。

 みっともない姿だが悪寒に従って一足飛びに転がって避けた瞬間、地面が割れた。

 飛び上がって惨状を見たアスタロウは避けて正解だったと確信した。踏みしめた『ズシン!』ではなく、踏み抜いた『バコンッ!』という音と共に踏み抜かれて陥没していたのだから。

 

「甘い」

 

 フェイトの猛攻は止まらない。地面を踏み抜いた足を軸足にして転がるアスタロウの腹を蹴り飛ばす。

 腹に諸に入って唾と血混じりのを盛大に吐き散らしながら蹴り飛ばされたアスタロウの体がナマカ山の山頂から飛び出す。

 山頂から転がり落ちていくアスタロウを追撃するフェイト。

 山腹を転がり落ちながら足を立たせて滑るアスタロウに向かってフェイトが脚撃を放つ。

 

「しゃんなろうが!」

 

 始めから分かっていたことだが彼我の力の差を考えれば無謀な戦いである。蹴りを受け止めたが二撃目の蹴りが脇腹を抉り込む。

 血の塊を吐き出しながらアスタロウは自分の胸に静かな情熱が生まれていることに気付いた。

 

「負けない。俺は誰にも負けられないんや!」

「いいや、君は僕に負ける」

 

 拳が衝き上って顎を撥ね上げられながら、内臓の痛みに耐えながら負けたくないという思いを強くした。心臓の下がびりびりと痺れ、息が詰まる。

 踏み込みの一歩と裂帛の気合は、彼我共に同時。

 上のフェイトが後足で山腹を蹴り、跳ぶ。爪先を床に突き立てるようにして、それを軸に身体を回転させた。頭を標的としたハイキックが伸びる。衝撃が走った。

 

「くっ」

 

 肉体が衝突した打撃音ではなく金属同士が当たったような金属音が鳴り響き、受け止めようとしたアスタロウの身体が更に後方に弾ける。

 上下に揺れて、力無く、沈むかに思えた――――が、それは違うと冷静にフェイトは目を光らせた。目を閉じてすらいないことは、自分に突き刺さる視線がこちらを観察していることから感じ取れた。

 フェイトは拳を握って滑り降りているアスタロウへと向けて踏み込んだ。

 躊躇も一切ないフェイトの行動にアスタロウの反応は一瞬遅れた。だがそれでも拳の一撃を起き上がりざまに腕で受け止め、体捌きで逸らした。半回転して肘打ちを飛ばす。

 フェイトは悠々と腕を上げて防ぐ。

 お互い回転はそれで留まらず、勢いのままもう一回転して再び顔を合わせるタイミングで攻撃を放つ。アスタロウは拳で胴を狙い、フェイトはその腕を取り込むかのように両手を伸ばしてきた。

 咄嗟にアスタロウが拳を引いたために互いが空振りに終わり、回転軸も傾いて二人とも体勢を崩して間合いが離れた。

 そこで地上に到達し、二人は同時に木が乱立する地帯へと足を踏み入れた。

 

「解せないね」

「何がや」

 

 木々の間を高速で移動しながらも互いの位置は目を瞑っても気配で察知できる。その最中でフェイトが漏らした言葉にアスタロウは反応して声を返してしまった。

 失敗だと気づいたが後の祭り。後は開き直って次の言葉を待つ。当然足は止めずに動き続ける。

 

「どうして君が、君達がそこまで彼女達に執着するのかと思ってね。ちょっと不思議に思っただけだよ」

 

 本当に不思議そうに、風を切る音の最中にフェイトはそんな言葉を漏らしていた。

 

「ダチを守ろうとして何が悪い」

「だが、君達全員の友達というわけではないだろう。理由としては薄いね」

「………………」

「力の差が分からないほど未熟でもないだろう。なのに、命を賭けてまで戦う理由は何?」

 

 事実であるからアスタロウは言葉を返さなかった。

 ナナリーの友達はアスカ・ネギ・アーニャの三人だけ。真名と楓は何らかの事情があり、別問題。小太郎と刹那には命を賭けてまで戦う理由はない。

 

「んなことも分からんのか、お前は」

 

 どちらからともなく足を止めて相手の様子を窺う。

 アスタロウは一休みだとばかりに木の背中を凭れさせ、足からは力を抜かずにいつでも動ける状態を維持する。

 

「ダチがそれでも戦うって決めたんや。男なら付き合わんでどうする」

「そんな感情は僕にはどうにも理解できそうにないよ」

 

 男のロマンチズムを理解できないなんてお前は男じゃない、と言いかけたアスタロウはもっと良い言葉を思いついて、ニヤッと笑って爆弾を落す。

 

「お前、友達いなさそうやもんな」

「む」

 

 図星を刺されたのか、フェイトの硬質な表情が僅かにムッとしたものに変わった。

 

「やーい、この友達が一人もいない根暗野郎」

「友達は多ければ良いってものじゃない」

「いないよりは絶対ええに決まっとるやないか」

「ああ言えばこう言う。弱いくせに口だけは一人前のようだ」

「は?」 

 

 今度はアスタロウの表情が一変する。

 強さを求め、人一倍そちらの方面のプライドが高いアスカと小太郎が合体したアスタロウなので、弱いと貶められるのは勘弁ならないようだ。

 

「やっぱ、お前はぶっ潰す」

「聞き飽きたよ、それは」

 

 同時に木の影から飛び出して衝突する二人。生まれた衝撃波に木を根元から吹き飛ばしながら戦いは続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高畑は地面の土を舐めさせられていた。

 

「ぐ……くそ……」

 

 洞窟内は戦闘の影響もあって、最初の趣を一切残していない。荘厳だった広間は今は見る影もなく荒れ狂い、地面を削り取った茨の螺旋が斑模様を描いていた。同じ場所であるとは信じられないほどの荒れようだった。

 周辺同様に高畑の状況も酷いものだった

 額からは多量の出血、上半身の服は跡も残さず無くなり傷だらけ、左手は肘から先が歪な方向に折れ曲がり、右足は足首が折れているのか力が入っていない。右手と左足だけで不恰好ながらもようやく立ち上がったところだ。とても戦える状態ではない。

 高畑をここまで追い込んだ張本人。フォン・ブラウンの体を奪ったゲイル・キングスには筋骨隆々の肉体に目立った傷などは見受けられない。鎧が完全に砕けて上半身が剥き出しになっていることを除けば、通常通りと思ってしまうほどの壮健さを見せている。

 傷一つ無い者と傷だらけの者。強者と弱者。勝者と敗者。誰が見ても勝敗は分かりきっていた。

 

「中々に歯ごたえがあったぞ、タカミチ・T・高畑。誇るが良い。貴様はこの肉体になって最初に奪う命としては誠に上等であった」

 

 ゲイルはこれだけの惨状にありながら勝者の余裕を振り撒き、尚も戦意を失わない高畑を賞賛した。

 

「くっ……」

 

 気に入らない言い方であっても今の高畑には歯噛みする以外に出来る事はない。

 全開状態の高畑ならばここまで圧倒されるはずがない。せめて全身を支配する瘧のような疲れさえなければ、もう少し足掻けたはずだ。なのに、この低たらくな有様。歯痒さを覚える。

 

「そろそろ終わらせよう。準備も終わる」

 

 ゲイルの喜びが籠もった声に背筋が逆立つのと、腹にダンプカーの重量を一点に集めてぶつけたような衝撃が来るのは同時だった。

 血を吐き出しながら吹き飛ばされ、洞窟の壁に激突する。体が半分めり込んだが、やがて地面に落ちて転がる。

 うつ伏せの状態で何度も咳き込み、血を吐き出す。肋骨が何本も持っていかれた。

 

「アアア……ァ……」

 

 それでも戦う意思を消さずに動こうとする高畑の右足を何時の間に近づいたのか膝の上をゲイルが踏み躙った。骨と腱が切れる音が聞こえた。

 

「がぁっ……」

 

 小さな悲鳴と共に血泡を吐き出して、高畑は全身を苛む痛みに脳髄を掻き回されながらも背中越しにゲイルを見上げた。

 

「これだけやられて戦意を失わぬのは流石と言っておこう」

 

 ゲイルが屈む気配を察知して残った右腕で攻撃しようとしたが踏み躙られていた右足を抉られて力が抜ける。そこへ首の後ろを万力のような力で掴まれ、抱え上げられる。

 高畑の首を掴んでいるものに実体はない。フォンの肉体を奪った時に得た念動力だ。先の腹の一撃も念動力によるものだ。

 

「……く……そぉ……ァァッ!」

 

 吐息よりも薄い罵声を吐き出したが直後、声無き悲鳴に変わる。右腕が剛腕によって力任せに折られたのだ。

 

「この指がいかんな、こっちもだ。このまま全部いっておくか」

 

 折った右腕の手首を掴みながら五本の指を次々と割り箸を割るようにパキパキと折っていく。

 

「グゥッ……ウゥッ……ウ……」

 

 親指から小指まで残らずありえない方向に曲がった後には、血の混じった泡を吹き出して意識があるのが不幸なほどの有様だった。  

 

「つまらん、もっと苦しみの悲鳴を上げぬのか。しかし、いい加減に遊ぶにも厭きてきたところだ。終わらせるのは簡単だが、このまま我が望みが果たされるところを見届ける見物人がいないのは興が削がれる」

 

 途端にゲイルの遥か後ろで、念動力でエミリア・オッケンワインの肉体が宙に浮かび上がり移動する。

 その向かう先に、洞窟の天井から一条の光が降りていた。

 

「我が魔法によってこの島は夜と変わらない状況にある。これ以上の不確定要素はいらぬ。儀式を始めよう」

 

 人一人がようやく通り抜けられるような井戸道のような隙間の上でエミリアの体が止まった。

 なんとかしようと足掻く高畑は急速に近づいてくる気配に気づいた。だが、表情に出すわけにはいかなかった。

 

「よく見ておけ。私が永遠の命を得るところを」

 

 地べたを這いずる高畑を心底楽しそうに見遣ったゲイルが中空に浮かぶエミリアへと視線を戻す。

 

「贄の乙女の血と命を以て、現れ出でよ。カネ神が生み出し水よ」

 

 言った直後、エミリアの体を中空に固定していた念動力が消える。

 固定していた念動力が消えればどうなるか、答えは簡単である。支えを失ったエミリアは隙間へと落ちて行く。その瞬間であった。

 

「エミリアさん!」

 

 甲高い叫びが洞窟内に響き渡る。

 高畑を動けなくし、歓喜の瞬間であったため外界への注意が疎かになっていたゲイルが振り返ろうとした正にその時、四肢を砕かれて動けないはずの高畑が背筋を使って上半身を起こした。

 肋骨が折れているのにそんなことをするから無茶苦茶痛い。無事な左足で立ち上がり、激痛の中にあっても魔力で無理矢理折れている左腕を強引に動かしてポケットに入れて出した。

 

「…………これが最後の一撃だ。食らっておけ!!!!」

「なっ!?」

 

 正真正銘最後の豪殺居合い拳を放ち、油断しきっていたゲイルは間近でこの一撃を受けてしまった。

 しかし、今のゲイルは満足ではない豪殺居合い拳にダメージを受けるようなレベルにはいない。が、次の行動への遅延と吹き飛ばされることは抑えようがなかった。

 

「ナナリー行くわよ!!」

「はい!」

 

 箒をしっかりと掴んで操縦するアーニャの叫びに、後ろで彼女の腰にしがみ付いているナナリーが答える。

 

「「女は根性!!」」

 

 訳の分からない叫びと共にエミリアが落ちた隙間に彼女達は飛びこんで行ったのだった。

 

 

 

 

 


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