大鳳可愛い、レ級まじレ級。
「ふふ、ははは、はーっはっははははははははげふっごふっ!?」
「……だ、大丈夫ですか? 『提督』」
「しょ、少々むせただけだ、大鳳。はは、慣れない事はするものではないな!」
宿毛湾泊地に最近出来たとある鎮守府、その執務室に、性格的に色々問題ありすぎる若き『提督』とその秘書艦、何処かの軽空母と同じぐらい貧相な胸の装甲空母『大鳳』は今日も日常業務に従事していた。
「それで何故悪役みたいな三段笑いを……?」
「ふふ、これが笑わずにいられるか。遂に我が鎮守府に最強の新兵器が投入されたのだ!」
「……最強の、新兵器?」
戦場における新兵器とは実証がろくにされていない、信頼性ゼロの試作品の意味合いが強く、現時点で大鳳は嫌な予感を隠せずにいた。
そんな先行き不安さを全面に押し出す秘書艦の様子に気づいてか気づいてないのか、『提督』は自信満々のドヤ顔を浮かべるばかりであり、不安はもはや確信に変わりつつあった。
――ゴンゴン!と。執務室のドアが壊れんばかりの勢いのノック音が鳴り響く。
力の有り余っている者が手加減抜きに叩きつけたかのような乱雑さであり、このような無礼をもって入室を求める艦娘の心当たりは無く――『提督』は咎める事無く、自ら立ち上がって来訪者を迎えに行った。
そして入室した者は、黒いレインコートを纏い、大鳳にも劣らぬ貧乳を堂々と曝け出し、白黒のマフラーとリュックを背負った駆逐艦並に小さな艦娘であり、否、その尻尾には戦艦級を凌駕する艤装を取り付けた機械獣じみた頭部があり――。
「――超弩級重雷装航空巡洋戦艦『戦艦レ級』を我が鎮守府に迎え入れる事が出来たのだぁー!」
「チース」
思い出したくないほど禍々しいマチキチスマイルで、赤くド黒いオーラを撒き散らす、堂々と陸軍式の敬礼をするそれは新しい艦娘ではなく――彼女達、というよりも人類の敵である深海棲艦の一種、南方海域の最深部で発見された『戦艦レ級』に他ならなかった。
「きゃー! レ、レ級!? それもelite!? どどどどうして此処に!?」
「ああ、慌てずとも大丈夫だ、大鳳。大本営の素敵な研究機関の成果だからな。……ちなみに内容は聞くなよ? 思い出したくもない」
腰抜かして涙目で恐慌寸前の大鳳だが、戦艦レ級eliteと鎮守府で遭遇してしまった艦娘の正しい反応である。
分類に困る鬼級や姫級を除けば、ダントツなまでに最凶の敵艦が鎮守府に侵入してしまっているのだ。抵抗すら出来ずに鎮守府が壊滅しかねない緊急事態である。
「今此処で重要なのはッ! 我々の第一機動艦隊をフルボッコにした戦艦レ級の超戦力を味方として扱える事のみだろう! これほどまでに素晴らしい事はあるまい!」
『HAHAHA!』と欧米人っぽく豪快に笑う『提督』と同じように笑う戦艦レ級。
とりあえず、どういう訳か、今すぐ敵対する様子が無い事に大鳳は心底ほっとする。
『提督』の手を借りて起き上がり、『提督』が執務室の机の引き出しから取り出された機密文書、戦艦レ級についての詳細に目を通す。
「大和型に匹敵する超火力、重雷装巡洋艦『大井』と『北上』に匹敵する雷装から繰り出される無慈悲な先制雷撃! 彗星一二型甲と紫電改二と九七式艦攻(九三一空)を足して三で割らなかったような意味不明な万能艦載機180機からの開幕爆撃には何度泣かされた事か!」
力説する『提督』にうんうんと大鳳は相槌を打つ。
空母三隻なのに制空権喪失した上での開幕爆撃で大破、先制雷撃で大破、砲撃で大破、魚雷で大破、全てサーモン海域北方での日常茶飯事であり、恐るべき事に戦艦レ級一隻だけでその全ての惨劇が実行可能なのだ。
(私も何度、ワンパン大破された事か……)
今までの敵は一体何だったのだろうか、という隔絶とした超性能である。
間違っても戦艦レ級をサーモン海域北方から出すべきじゃないと、各鎮守府の提督達は封じ込め作戦に戦力と資材をこれでもかという具合につぎ込んでいるとか。
「開幕爆撃・昼戦砲撃・雷撃戦・夜戦から対艦・対空・対潜戦闘、何でもござれ! 私は君のような決戦兵器を求めていたッ!」
確かに戦艦レ級は「もう(深海棲艦は)コイツ一人でいいんじゃないか」というような存在である。だが、しかし――。
「……えーと、提督。お喜びの処、申し訳無いんですが……」
「ん? 何だね、大鳳」
「無理です」
狂喜乱舞する『提督』を尻目に、秘書艦の大鳳は非常に疲れた表情を浮かべていた。
『提督』は彼女との温度差に心底不思議そうに脳裏に疑問符を浮かべる。
「んん? それは嘗ての敵とは一緒に戦えない、という精神面の問題かね?」
「いえ、物理的な問題です。我が鎮守府では戦艦レ級を運用する事は出来ないかと思われます」
妙な言い回しに『提督』はますます困惑し――こほんっと、大鳳は咳払いしてから説明に入った。
「……戦艦レ級の弾薬・燃料消費量は……うっ、あの大和型の三倍です……」
「ふぁ!? 我が鎮守府に実装されていないが、あの超大喰らいという噂の大和と武蔵の三倍ぃ!? 弾薬も燃料も全消費なら1500吹っ飛ぶだとぉぅ!?」
つまり、駆逐艦に用いられる150倍以上の資材が一瞬にして吹っ飛ぶ計算である。
「さ、更に、艦載機に消費されるボーキサイトの消費量も従来の、三倍――」
「え? もし180機全部撃ち落とされたら、いいい一気に……3000相当のボーキがぁ!?」
例え正規空母を六隻集中運用しても此処まで消費しないのに、それを遥かに凌駕する大食らいっぷりに『提督』の顔が真っ青になってガタガタ膝が震える。
「ま、万が一、大破してしまったら……」
「あわ、あわわわ、ま、待て。待ってくれ大鳳。お願いだから聞きたくない、聞きたくないです!」
「あーあーあー!」と叫びながら『提督』は自身の耳を塞ぐ。
これ以上の精神負荷は『提督』の毛根にダイレクトアタックされて回復不能の致命的な損傷を与える事だろう。
「だ、大本営はなんちゅうもんを押し付けてくれたんだ……!? 一回の出撃の消費量で大型建造出来るじゃねぇか!? 何が最強の新兵器だ、ふざけんなぁー!」
今から返品して己が鎮守府の財政を守ろうと決断した時、ぐいっと、戦艦レ級の尻尾部分の機械獣が背中の襟部分を噛んで此方を強制的に振り向かせて、悪夢じみた嘲笑を浮かべた。
「ドーモ、提督=サン。戦艦レ級デス、今後トモヨロシク」
新しい艦娘が鎮守府に着任しました、という脳内アナウンスが響き渡り――。
「う、うわああああぁやめろおおおおおおおおおおおおおおおおぉーーーー!?」
「――ぁぁぁぁぁぁあああああ、はっ!? ゆ、夢か……!」
ちゅんちゅん、と小鳥の囀りに眩しい朝日が目に入る。
心臓の動悸は激しく、どんよりとした気怠い疲労感が肩を重くする。
パジャマ姿の『提督』は全身汗まみれの暑苦しい感触に、朝から最悪の気分に浸る。
あの一気に消えて一桁代になる各資材の数字が悪夢で良かったとほっとする反面、もっと早く目覚めて欲しかったと溜息を吐く。
――扉の向こうから誰かの駆け足が徐々に近づき、バタンっと、勢い良く開けられる。
其処には艤装をつけて戦闘準備万端の大鳳が慌てた表情で居た。
「て、提督っ、どうしたんですか!? 敵襲ですか!」
「あ、あぁ、いや、夢見が悪かったようだ。大丈夫だ、大鳳!」
身体を動かして元気さをアピールする。
彼女のほっとした顔を見て、元気を取り戻す。目覚めは最悪だったが、今日は良い日になるに違いない。
「……あっ、挨拶が遅れました。おはようございます、提督。大本営からの通信が入っております。何やら特別な案件のようですが……」
「え”?」