担い手と問題児は日記を書くそうです。   作:吉井

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シリアスの後だったから、仕方ないね。


3rd Person
【契約】その身に刻まれた約束


 ――お前のものになってやるよ。

 十六夜がそう宣言して少し経った、薄暗い病室。二人は互いに向き合って、ベットの上に座っていた。

 

「……で? 『お前のものになる』ってのは、具体的にどういうことなんだよ」

 

 胡坐をかいた十六夜が問う。

 その姿は所謂上裸というもので、着ていた学ランやTシャツは脇にほっぽられている。

 

「…………ほぅ……」

 

 そして華蓮は、そんな十六夜の肢体――主に腹筋あたりをジッと見ていた。熱い息まで吐いて、相当にご執心のようだ。

 

 そんな十六夜の腹筋について描写しておく。

 十六夜はご存知の通り、地を砕くほどの怪力の持ち主である。だがそれはギフトによるものであるため、十六夜自身はそれほど筋肉質というわけでは無い。

 暑苦しくなく、かといって痩せているわけでも無い。ほど良く理想的な体型なのだった。

 

「……華蓮」

 

「へ…………何?」

 

「豪く気に入ってるみたいだな」

 

 そう言うと、ボッと華蓮の頬が赤く上気した。どうやら無意識だったようで、周りが全然見えていなかったらしい。

 因みに華蓮は既にTシャツを着ている。流石に。

 

「別に初めて見るわけじゃねぇだろ? 確か……十六だっけか。そんだけ生きてりゃ、男の上裸くらい何回も

 

「初めてだよ!」

 

 十六夜の言葉を遮って否定する華蓮。どこか必死な様子だが、一体何を気にしているのか。

 

「そんな『何回も』とか……、人をい……(淫乱)……みたいに言わないでよ……!」

 

「あ? ……なんだって?」

 

 ――お前は一体何を言っているんだ。

 そう言ってやりたい衝動を、十六夜はグッと抑える。白虎(ギンロ)の言をすべて信じるならばこのズレも納得できるものなのだが、それでも今はまずい。先の件で華蓮は今、精神的に不安定になっているからだ。

 

「……まぁいい。それで、これからどうするんだよ。俺が欲しいんだろ(・・・・・・・・)?」

 

「……言い方気になるけど……そうだね。十六夜が欲しい(・・・・・・・)

 ――だからさ。早速、契約(・・)といきますか」

 

 そう言って、包帯に包まれた傷痕に触れる華蓮。一回だけ優しく撫でると、慣れた手つきで包帯をほどいていく。

 あっという間に切断面があらわになった。血は止まっているが、赤い筋肉(にく)がかなりグロテスクである。

 

「ふーん、綺麗なもんだね。根こそぎ喰らっていきながらも切断面はつるり、と……刃物じゃこうはならないね」

 

「あんまジロジロ見んな」

 

「あぅ」

 

 額を小突く十六夜。少し強めにしたため、華蓮は涙目だ。

 

(いった)いなぁもう。わかったって、今始めるから――姿勢を正して?」

 

 そう言って華蓮は、手本とばかりにピンと背筋を伸ばした。正座と相まって、まるで良いとこの令嬢のような――そんな雰囲気を纏っていた。

 

「(……見た目と雰囲気くらいなら、好きなように作れる……か)」

 

 胡坐から正座へと変え、華蓮を倣って背筋を伸ばす十六夜は、ポツリと小声で漏らした。極至近距離にいる華蓮にすら聞こえないほどの音には、十六夜が溜め込んでいた憤り――その最たる部分が詰め込まれていた。

 

「白封――第一封解放(ファーストシフト)

 

 そんなことは露知らず、華蓮は着々と準備を進めていく。封印の一層目を解いて瞳を白く染めると、その右手に霊力を溜めていく。

 

「それじゃあ十六夜、ちょっと触るね」

 

 一言そう告げると、返事を待たずに華蓮は行動を開始した。

 人差し指をピンと伸ばすと、左胸――心臓の真上の辺りにあてた。

 

 ――その途端、霊力が糸のような形状になり、一瞬の内に十六夜の体内へ侵入した。

 

「――――、」

 

「今十六夜の身体に入っていった糸は、この指と連動しているんだ。これなら直接触らずに刻みつけることが出来る」

 

 断りなく工程を進めていく華蓮に言いたいことはあるが、かといって止める奴ではないことも知っている。なので、渋々ながら黙り込む十六夜。

 だがそれは『華蓮の為すがままにされる』ということでもあり、かなり分の悪い賭けでもあったのだが。

 

 華蓮は静かに『刻み』始める。その指を静かに、滑らせるように動かして文字を刻む。

 その軌跡は光の残滓によって残っていたが、しかし解読は不可能だった。ミミズがのたくったような、象形文字を数段崩したような、『模様』といっても差支えないような文字を、しかも消える数十秒の間に読み解くなど、その道の専門家にも出来ないだろうから仕方ない。

 

「ねぇ十六夜、三つ約束しようか」

 

「約束だと?」

 

 文字を刻みながら、不意に華蓮が声を上げた。

 

「そう、約束。……まぁ『契約』に必要な工程だと思ってもらえればいいよ」

 

「そうかい。――で、内容は?」

 

「えっと、二つは最初から決まっていてね。……一つ目が、『(わたし)を護ること』。二つ目が、『(わたし)に害なす存在を、全力で排除すること』」

 

 既に決まっている二つの約束(ルール)。主を――華蓮を護れと強いるそれは、物騒ではあったが意外と――

 

「意外に普通なんだな。――ってことは、三つ目は俺たちで自由に決められるってことか?」

 

「そうみたいだね。これは十六夜が決めていいよ」

 

「…………いいのか?」

 

「全然いいよ。私は十六夜を支配するつもりないから。……さっき言った通り、腕が戻って十六夜が笑顔になれば――それでいいんだよ。

 ……ということで、お互いに上下関係を作らないためにも十六夜が決めるべきなんだけど――出来るだけ早く決めて(・・・・・・・・・・)()

 

 そう言って華蓮は『刻む』作業に戻る。

 出来るだけ早く決めてほしいということはつまり、『刻み(・・)終わるまでに三つ目を(・・・・・・・・・・)決めなければならない(・・・・・・・・・・)ということだ。

 

(華蓮の提案は100%善意なんだろうが、……ギリギリになって言うあたりに若干の悪意を感じるな。……ズレによる無意識か)

 

 と、そこで十六夜は考察を切り上げた。時間制限がどのくらいかは知らないが、悠長に考えていられるほど長いとは思えなかったからだ。

 

 十六夜は考える。華蓮を救い、護るために最適な『三つ目』を。――そして何より、自分自身を護ることのできる『三つ目』を。

 やり直しは出来ない。約束のことを絶対遵守の法と仮定するならば、その効力はまさしく『箱庭の法(ギアス)』と同義だろうから。下手をすれば、魂ごと永劫の時を彷徨うことになるだろう。

 加えて最悪なことに、『契約』はおそらくこの一度きり。解約はおそらく出来ない。『華蓮』はともかく、『柊』がさせないだろう。

 

 ――そう。何気に今、十六夜は崖っぷちに立たされている。時間制限(タイムリミット)付きで。

 

(さてどうする……⁉ 『制限』を付けたいところだが、一つで全てをカバーすることは不可能だぞ! 考えろ……!

 漠然としたものにするか? ……いやダメだ。全てをカバーすることは出来るだろうが、おそらく効力が薄くなる……! それでは、有って無いようなものだ――――‼)

 

 全力で脳を回す。回して――考える。

 神経回路が焼ききれんばかりに回し、とにかく候補を挙げた。――挙げては、破棄していった。

 

 挙げては棄てた。

 挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては棄て挙げては――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――『柊』一族は献身の一族だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追い詰められた十六夜の脳裏をよぎったのは、『柊』に対する事前情報を提供してくれたギンロの声だった。

 

(……………………そうか、)

 

 その瞬間、十六夜は妙案を思いついた。『三つ目』に相応しい――全てをカバーし、尚且つ効果絶大――素晴らしい案を。

 それはあまりにも単純で、なぜ今まで思いつかなかったのか不思議なくらいだった。まさに灯台下暗しである。

 

「……決まった? こっちはもう少しで完成なんだけど」

 

「……………………あぁ、決まった。

 ――そういや、『三つ目』は俺の言葉だけで決められるのか?」

 

「ん、出来るよ。何度も言うようだけど、私は上下関係とか作りたくないからね」

 

「そうか……それならいいんだ。『三つ目』は――――」

 

 そして。

 十六夜は、それを言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺を(・・)嫌え(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りょうか……………………、」

 

 字面にして四文字の『三つ目』。返事途中で凍り付く華蓮。

 だが状況は待たない。ここから一気に動き出す。

 

 ――――突如として眩い光が部屋にあふれたかと思うと、

 

 十六夜の心臓がドクドクンッ! と大きく跳ね、

 

 光が一点に収束し、新たな腕を形造っていった――――

 

「ッ――――‼‼‼ ガッ、――――ゴハッ‼‼‼」

 

 血流が暴れ狂った。

 一瞬のことではあったが心臓が異常な動きをしたのだ、送り出された血液の量はバラバラ、その波も激しい。全身の血管が浮き出し、各所の毛細血管が破裂――視界が赤く染まった。

 

 意識が飛びかけ、身体がぐらりと傾く。十六夜は身体を支えるために両手をついて、――と、そこでやっと気が付いた。

 

 白い腕がそこに在った。

 真っ白な義手(うで)が、切断面より新たに生えていた。

 

(これはまた…………白いな。初めに言っとくべきことだろコレ……)

 

 義手故にどうしても違和感は出るだろう……とは思っていた。その覚悟はしていた。

 だが白は無い。白は、無い。――なんだそれは、アンドロイドか。

 

 ……ポジティブに考えよう。

 

(腕が出現したってことは『契約』が完了したということ。つまり、問題なく『三つ目』が決まったってことだ)

 

 ――俺の決めた『三つ目』が。

 

 十六夜は華蓮を見た。告げた時の状態で凍り付き、微動だにしない――人形の様な彼女を見て、思う。

 

 

 

 あの時脳裏に蘇ったギンロの言葉。正直なところ、この事前情報が無ければ、十六夜があの『三つ目』を思いつくことは無かっただろう。

 

 あの時――耀に憑いていたギンロは言っていた。皮肉交じりにこう言っていた。

 

『「柊」一族は献身の一族だ。

 だけどそれは、「世界」に対する自己犠牲だけを指した言葉じゃない。もう一つ、一般に知られていない事がある。

 それが――これと決めた相手に(・・・・・・・・・)自己を顧みないほど尽(・・・・・・・・・・)くす(・・)

愛する存在(・・・・・)に対する自己犠牲(・・・・・・・・)。――これら二つが、「柊」一族が献身の一族と呼ばれる所以なんだ』

 

 なるほど、だから華蓮はあんなことを言ったのか。そう納得すると同時、十六夜は思いついた。

 

 ――全てカバー出来ないなら、前提条件を崩せばいいんじゃね?

 

 華蓮の献身の根底にあるのは『十六夜に対する好意』だ。それは間違いないだろう。――ここで十六夜は発想を飛躍させた。

 

 仮に、『好意を抱く』ことで『異常な程の献身』が始まるとする。

 ならばその『好意』が無くなった場合、もしかしたら『献身』が終わるかもしれない。

 一縷の望みに賭け――十六夜は『嫌え』と告げた。

 

 

 

『保身』――否定は出来ない。関係を断ち切りたいという気持ちが全くなかったとは言い切れない。

『時間稼ぎ』――その通りだ。他に何か、更に良い案があっただろうことは否定出来ない。

 

(……そしてなにより、俺はアイツの想いを踏みにじった。歪んで、ズレているとはいえ、――いや、だからこそ純粋な一つの想いを、不純な動機で消し去ったんだ――――!)

 

 残酷なことをした自覚はある。罪悪感もある。今も尚微動だにしない華蓮を見ると、胸の奥がズキッと痛む。――だが。

 

 だが後悔だけはしていない。

 想いを消し去った張本人として、それだけはやってはいけないと理解していたから。

 

加害者(おれ)なんかに贖罪が出来るとは思えない。……だからせめて、アイツの怒りをすべて受け止めてみせる)

 

 ――それがどんな無理難題であっても。

 十六夜の覚悟がさらに固まった、まさにその時だった。

 

「――再封印(リブート)

 

 呟き。

 華蓮の瞳が元の色に戻り、その身体が再び動き始めた。

 

「……華蓮」

 

 静かに、ゆっくりと名前を呼ぶ。

 

「大丈夫か、どこか異常はないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()別にないけど(・・・・・・)?」

 

 体調を心配する十六夜への返事は意外なことに普通だった。――怒りといった感情が、全くと言っていいほど感じられなかった。

 

(……おいおい、なんだよその返事は……

 俺に対する怒りは無いのか、……そんなはずはない、『三つ目』によって華蓮は俺を『嫌って』いる。記憶もあるはずだ。ならば確実に何かしらのアクションを起こすだろう、……起こすはずなんだ!)

 

 ――違和感。

 十六夜は、過去最大級の焦燥を覚えていた。なにか、途轍もなく嫌な予感がしていた。

 

「ちょっと待て。華蓮、お前何か言うことは無いのか?」

 

「言うこと? んー……あ、そういえば」

 

 少し悩んで、華蓮はポンと手を打って言った。

 

「ごめんごめん。言い忘れてたけど、義手の色、真っ白になっちゃうから。機械みたいになっちゃうけど勘弁してください!」

 

 そう言って。

 華蓮は、ペコリと腰を折った。

 

 ――彼女は、謝罪していた(・・・・・・)

 

 その姿に、遂に。

 堪らず、十六夜が吼えた。

 

「謝んじゃねぇ! 逆だろそこは、そこは俺の立ち位置のはずだろうが!

 なんでお前は何も言わないんだ! 俺はお前の気持ちを消したんだぞ⁉ お前だけの想いを、真っ黒に塗り潰したんだぞ⁉ ――最ッ低の所業を、お前にしたんだぞ⁉

 普通なら責めて当然だろう! 怒りを覚えて当然だろう! 憤るくらいはするはずだ! にも拘らずお前は何も言わない。理由すら聞かない‼ ――――何故だ! 何故なんだ‼」

 

 ずっと胸に抱えてきた憤りが――怒りが、形を変えてまとめて吐き出された。荒く呼吸をしながら、キッと華蓮を睨みつける。

 だが対する華蓮は困惑の表情で、

 

「聞きたいことって言われても……、無いし」

 

「なっ、…………まさか、『三つ目』に問題が……」

 

 

 

「いいや、それは問題ないと思うよ? だって今、私の胸に湧き上がってくる感情は間違いなく――――嫌悪感(・・・)だから」

 

 

 

「……………………は?」

 

 さらりと重大な事実を告げる華蓮。それは十六夜を更なる混乱へと落とした。

 

 ――わけが分からない。

 これが十六夜の、紛れもない本心だった。

 

「それなら、……それならお前は、なんでいつも通り(・・・・・)なんだよ……。俺に対して嫌悪感を感じているんじゃないのかよ」

 

「…………ごめん、何が言いたいのかさっぱり分からないよ。何をそこまで必死になってるのか、私には理解できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だってこれ、強制的に植えつけられた感情なんでしょ? だったら問題ないじゃん。――私が十六夜に尽くした(・・・・・・・・・・)いって気持ちは(・・・・・・・)何一つ変わってないん(・・・・・・・・・・)だから(・・・)

 

 

 

 時が、止まった。今度は十六夜が凍り付く番だった。

 スッと血の気が引いていくのが分かる。十六夜は今、人生で数えるほどしか経験していない、深い絶望というものを味わっていた。

 

「まぁ、いきなり十六夜が『嫌え』って言ってきたときは驚いたよ、もちろん。しばらく何も考えられなかったもん。

 でもまぁ十六夜にも考えがあるんだと思うし、何も聞かないけどね」

 

 華蓮が何か言っているが、ほとんど頭に入ってこない。今十六夜の意識を占めているのは、『三つ目』の事、華蓮の言葉、――そして『仮定』に対する『確定(けつろん)』だった。

 

 

 

 結論から言ってしまえば、十六夜の考え――『仮定』は惜しかった。ほとんど――90%は的を射ていた。

 

 十六夜はこう仮定していた。『好意を抱くことにより、異常なまでの献身が始まる。ならば、好意を消して前提条件を崩してしまえば良い』と。

 

 だが華蓮はこう言っていた。『尽くしたいという気持ちは、何一つ変わっていない』と。

 

 これが意味することは一つ。『好意を抱く』ことは、スイッチではなく鍵(・・・・・・・・・)だったということ。それも、一度使用すれば二度と使えない使い捨て(・・・・)

 つまり――――

 

 

 

(もう……止められない? 嘘だろ……こんな序盤で詰みかよッ…………‼)

 

「十六夜、大丈夫? 真っ青だけど……」

 

「……い、いや大丈夫だ。問題ない」

 

 声を絞り出す。出来る限り平静を装って、いつも通りに。

 ……十六夜には、最終手段があった。

 

「……そんなことより。腕のこと、あいつらにも伝えるべきだろ? 行こうぜ」

 

「あー確かにそうだね。うん、その通りだ。流石だね十六夜。――大っ嫌いだよ」

 

「…………あー……そうだな。華蓮、その『嫌い』って言葉、二人の時以外では使わないようにしようぜ」

 

「えっ? ……まぁいいけどさ。一体何を考えてるんだか。――そういうとこも大っ嫌い」

 

 笑顔でそう言って、ベットから下りる華蓮。そのまま部屋から出ていこうとする。

 

(ここだ……、ここがラストチャンスだ……!)

 

 十六夜は左手に力を込める。そして、無防備な背中を睨みつけた。

 正直この手段はとりたくなかった。なにせ不確定要素が多すぎるうえに、通じるかすら怪しく、そして非人道的だから。

 だが今、これ以外に道は無い。躊躇している場合ではない。

 

 そして、今まさに跳び出そうというところで――ピタッと華蓮が歩みを止めた。

 

 

 

「一つ、忠告です」

 

 

 

「――――⁉」

 

 華蓮が振り向く。その瞬間、十六夜の頭痛のタネがさらに増えた。

 

 数分前とは比べ物にならないほどに――――感情が消えていた。

 機械よりも無機質で――――透明な眼をしていた。

 

 そこにいたのは華蓮。だが十六夜の知る華蓮ではなかった。

 

(いい加減にしてくれ…………)

「忠告? 何だよ一体。――ってかお前誰だ」

 

「……流石の慧眼ですね。一目で見抜くとは恐れ入りました。

 私は――――『過剰防衛システム憑き学習思考型霊体』です。そうですね…………『柊』とでも呼んでください」

 

「『柊』…………ね」

 

「話を戻しましょう。――忠告です。十六夜、貴方に忠告しておきます。

 母体(マザー)の全ては私が護り、管理しています。記憶などのデータは全てバックアップもとっています。――たとえ消されようとも、すぐに復元できますので御安心を。

 ……故に、その行為に意味は無いですよ。分かりましたか? 分かったなら、その手に持った契約書(・・・・・・・・・・)類をしまいなさい(・・・・・・・・)

 

 その言葉に、十六夜の左手に更なる力が加わった。爪が手のひらに食い込み血がにじむ。

 そして十六夜は、契約書類(ギアスロール)をギフトカードにしまい込んだ。――そう。それは、華蓮に対する『絶対命令権』の効力を持つ契約書類だった。

 

「……随分と、親切じゃねぇか…………!」

 

「それはもちろん。だって十六夜には、これから色々頑張ってもらわないといけませんので」

 

「……………………」

 

「最後に。

 母体は私のことを知りません。意識の空白は私の方で埋めてしまうので違和感すら覚えません。――言いたい事、貴方なら分かりますよね?」

 

「…………ああ、分かったよ」

 

「それは良かった。――それではまた」

 

 直後、華蓮の顔に色が戻った。

 空白の時間は数分ほど存在したはずだが、どんな辻褄合わせをしたのか、華蓮はなんら疑うことなく部屋を後にしていった。

 

 

 

 

 

「クソッタレが…………‼」

 

 無駄に広い部屋に、声は空しく吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 その日。

 十六夜は全てにおいて完封され――――敗北した。

 

 




華蓮の歪みが予想以上。十六夜が読みを外すほどには。
そして最後、二章に何度か登場していた『過剰防衛システム』に『憑いて』いる『霊体』――――『柊』が登場。
十六夜の最終手段を読んで先手を打ち、完封しました。

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