担い手と問題児は日記を書くそうです。   作:吉井

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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
新年初投稿、外伝。
今年もがんばっていきます。


「あの人への思いと誓いを、ここに記す」By華蓮

 さて、続きを書いていこうかな。……えっと、どこまで書いたっけ……。あぁ、初めての第三封解放(サードシフト)のところだね。

 あの時はあの時で考えがあったし、それについても後悔はない。それでも、やっぱり思っちゃうよね、振り返ってると。

 ……今にして思うと、結構危ないことしてるよね私。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 《第三の封印と新たな可能性》

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「――第三封解放(サードシフト)‼︎」

 

 叫んだ瞬間、全身を激しいラグが包みこんだ。それと同時、身体の隅から隅まで霊力が満ちていく。白虎(ビャクレイ)の鼓動を、ほとんど直に感じる。

 そして、次の瞬間――私を包んでいたラグが爆ぜた。

 私は、自分の姿が――存在が、全く違うものに変質しているのを感じていた。

 

 その姿は――

 白銀に染まった頭髪と双眼。

 頭頂部付近に出現した一対の虎の耳。

 鋭く硬質な色を持つ牙。

 鋭利な鉤爪のついた巨大なグローブとブーツ。

 その姿は――

 人ならざるその姿は――正に、神獣白虎そのものだった。

 

「へぇ……。それが、限界まで神に近づいた姿か」

 

 視線の先、私の射るような視線を受け止めながら、鳴宮さんは感嘆の声を上げていた。

 だけど別に、律儀に反応を待っている義理もない。

 

瞬時(ゼロ)――加速(イグニッション)!」

 

 タイムラグ無しで爆発的に加速する技能(テクニック)。その瞬間、私の体が勢いよく前へ押し出された。

 すでにこの時点で音を軽く超えている。私の姿は掻き消え、空間を疾駆する。 

 

「覚悟ッ!」

 

 刹那より早く私は鳴宮さんの眼前に移動し、右腕を後方へ引き絞る。そして一気に――解き放った。

 ゾンッ! と空気を切り裂く音が耳を打つ。超音速の一撃は、真っ直ぐ心臓目掛け放たれていた。

 回避は不可能。……だと、思っていたのだが。

 

「なっ……⁉」

 

 私の一撃は、何もない空間を貫いていた。鳴宮さんの姿は何処にもない。

 ――真後ろから殺気。

 ゾッ! と、背筋が泡立つ。反射的に振り向こうとする意識を押し殺し、全力で横に跳んだ。――直後、今まで立っていた場所を轟雷が焼き焦がした。

 

「くあッ……!」

 

 間一髪で回避できたが、同時に襲ってきた激しいフラッシュと雷音は回避できなかった。スタングレネードを凌駕する一撃で、敏感だった視覚聴覚が一気に機能を失ってしまう。

 意識が寸断されかかった。平衡感覚が失われ、そのまま地に両手をつく。激しい吐き気も襲ってきた。

 

「あぐっ……おぇ……ッ」

 

「まぁ……なかなか良い感じになったけどさ。音速を超すとか、初見で本気で(マジ)ビビったけどさ。――だが所詮は音速。光には絶対勝てねぇよ(・・・・・・・・・・)

 

「…………あぁ。そういえば貴女。たしか、《最強の神鳴り(フルブラストノイズ)》とか呼ばれてましたっけ……」

 

 完全に油断してた。情報は事前に出てたってのに!

 私はゆっくりと体を起こしていく。涙で滲む視界の中で、鳴宮さんは余裕そうな表情で私を見下ろしていた。

 

「……ハッ、舐めんなよ」

 

 第三封解放(サードシフト)は伊達じゃない。それを今見せてやる。『四神相応・三封一門』第三封印。これを突破した今、私の支配する風は質量(・・)を持つ!

 私の身体を風が包み込む。質量を持った風が、一回り大きい透明な四肢を形成し始める。

 娯楽主義者の鳴宮さんは、予想通り攻撃してこなかった。

 

「おお? それはなかなか……」

 

「ぶっ飛ばす!」

 

 ドンッ、と強く地を踏みしめ、再び駆ける。鳴宮さんは警戒している様子だったが、その表情にはまだ余裕の色が残っていた。

 その隙を突く。走りながら私は、後方に流れていた右腕を横に薙いだ。明らかに距離が足りない。だが――

 

「――おおっ?」

 

 鳴宮さんの着物の胸の辺りに一筋の線が走った。鳴宮さんが初めて疑問の表情を浮かべる。

 結果を見ることなく私は、続けて二撃三撃と腕を振るった。

 

「おっと、あっぶねぇ……!」

 

 流石に回避されるが、私は確かな手ごたえを感じていた。

 

(初めて攻撃が当たった。不意撃ったこともあるだろうけどね。――あの人は、最強であって無敵じゃない。今みたいに、不可視の攻撃なら……)

 

 鳴宮さんの回避先に突っ込む。十中八九避けられるだろうけど、重心の傾いてる今、鳴宮さんの回避先はある程度予測できる。

 一瞬の雷鳴。それが鳴り響く寸前で、すでに私は周囲一帯の風を支配していた。そしてその風全てに質量を与え、形態を刃へと変える。

 その直後、鳴宮さんの姿が消えた。

 

(切り裂けッ! ――風刃!)

 

 形成された風の刃が、予測地点に全方位から襲いかかった。刃の数は数百を超えており、無傷での回避は物量的に不可能。

 ゾンッ、ザンッ! と刃が肉を抉る感触が風を通して伝わってきた。

 

(当たった! よし、追撃を――)

 

 振り向く。

 鳴宮さんがいるであろう背後に視線を向ける。

 向ききって、私は――――愕然とした。

 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。そこには。

 そこには――

 

「……チッ……! 少しは、周囲に気を配ったらどうだ⁉ この俺に、つまんねぇもんを見せんじゃねぇよ‼」

 

 そこには血だまりがあった。

 ――間違いなく人間の血だった。

 

 血だまりの中心には、一人の人間が立っていた。

 ――その人間は、元から赤かった着物を、更に自分の血で真っ赤に染め上げていた。

 

 その人間は――鳴宮鳴という存在だった。

 ――その腕が、二本とも宙を舞っていた。舞って、ベチャリ、と血だまりに沈んでいった。

 

 そして――

 そして、その背後の血だまりに、一人の女性が横たわっていた。

 その姿を、私は、よく知っていた。

 白い割烹着(・・・・・)を血で赤く染めたその姿を、私は――よぉく、知って……いる……‼

 

「割烹……先輩……? え……なんで? なんで先輩がそんなところに……」

 

 私が最後に確認した時――鳴宮さんに一撃を入れた時は、間違いなく、もっと遠いところにいたはずなのに……!

 

「なんで、じゃねぇだろ……。これは、お前が、自らの手でしたことなんだからな……。……ったく。まぁ、自覚はないようだが……な……」

 

 鳴宮さんの声が途絶える。出血のせいか、かなり意識が朦朧としているようだ。

 鳴宮さんは、チッと舌打ちをすると、いまだ呆然と立ちすくんでいる私に向かって、それこそ血を吐きそうな勢いの大声で、こう言った。

 

「お前がッ! お前が周囲の風を支配した時! そしておそらく、その風に質量を与え、刃の形を取らせた時! 意識してなかったんだろうが――そんな余裕もなかったんだろうが! その範囲内に、こいつも入ってたんだよ!」

 

 そう言って鳴宮さんは、足元に――割烹先輩に視線を向けた。

 私は、そうか、と遅まきながら気が付いた。

 

「……私は、割烹先輩の体の中にある空気(・・・・・・・・)まで、支配しちゃったんだね……」

 

 そして、その風に質量を与えてしまった。

 刃を形成してしまった。

 割烹先輩の――体内で。

 

「……でも……でもでもでも! 割烹先輩がその場所にいる理由は⁉ 支配したからって――いや、支配したからこそ! 割烹先輩は動けないはずなのに!」

 

「その通りだよ。こいつは動いてねぇ。――死んでたからな」

 

「えっ……」

 

「体内の空気が刃の形をとったその瞬間、こいつは一つ息を吸った(・・・・・)。質量を持った刃を、全身に行きわたらせてしまった。――そしてお前は、その状態で刃を動かした。当然……こいつの体は内側から切り裂かれ――切り開かれ、その瞬間死に至った」

 

「わ……私が……殺した? 割烹先輩を……?」

 

「…………あぁ、殺した。(むご)たらしく殺した。血管に沿って切り裂いて、全身の血を一気に、噴水のように排出させて、細切れにして、尊厳を踏みにじって――殺した。

 いいか。

 お前が――殺したんだ」

 

 わ……私が、殺した。

 私が……殺した。私が、私が……私がころ……殺ッ……‼‼‼

 

「ぃあ……! ぃやぁ……‼ ――嫌ぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁあああぁああぁあああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁっぁあああああっ‼‼‼」

 

 絶叫した。

 喉よ避けよといわんばかりに、声の限りに吠えた。それこそ獣のように、空に向かって吠えた。

 叫んで叫んで。そうすることで、辛い現実をなかったことに出来ると信じているのか。私はしばらくの間、叫び続けていた。

 守るべき対象であるはずの割烹先輩を殺したという現実は、それほど重く深く、私の心に突き刺さったのだ。

 

 そこで私の記憶は、プツンと途絶えている。どうやら意識を失ったらしい。

 ……だからここから先は、後から人づてに聞いたものだ。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「……んで、お前はどうすんだよ」

 

 絶叫する華蓮に向かって、鳴は言葉を投げかけた。届くとは思えなかったが、自我の有無を確認するために一応。

 ……それが、不味かった。

 

「――って、おいおい、それはダメだろ……」

 

 どこら辺が琴線に触れたのか、幽霊のように立っていた華蓮が、ゆっくりと鳴の方を向いたのだ。

 そして。

 信じられないことに、華蓮の身体から迸ったのだ。更なる膨大な――霊力が。

 

「おい……正気か――」

 

 次の瞬間、鳴の身体を強い衝撃が襲った。そのまま、薙ぎ払われるように真横へ吹っ飛ばされる。両腕が無いため、受け身すら満足にとれなかった。

 鳴はせき込みつつも視線を上げる。そこには――

 そこにいたのは、一匹の虎だった。

 白銀の虎――白虎だった。

 

「風に混ざる神性……お前……」

 

 風に神性が混じっているということは、つまり、神格の影響を受けているということに他ならない。

 

『四神相応・三封一門』最後の砦。三つの封印の中にある巨大な門。

 その中に神格級ギフトや原点(オリジナル)ギフトは転がっており、それを開くということはつまり、四獣たちが本来の姿を取り戻すということと同義である。

 そしてそんなことになれば当然、上層が気づく。天軍による討伐戦が行われ、華蓮たちは殺される。

 ――つまりこれを開くということは、百%敗けているのと同義なのだ。

 

 それが、開きかけている。

 先ほどから感じる神性は、ひとえに白虎が――華蓮が神格級ギフトの影響を受けていることを示している。

 このままでは――

 

「…………」

 

 鳴はぐるっと周りを見渡した。

 現状を確認する。

 

 ――門が開きかかっている神獣モドキが一匹。

 ――全身を裂かれた女の死体が一つ。

 ――んで、俺は両腕がない……か。

 

「ハッ、面白れぇじゃねぇか……!」

 

 鳴は、すでに血の気を失っている体に鞭打ち白虎の元へ駆けた。その動きはやはり鈍い。

 獣並の知性――いや、反射しか持たない白虎は、向かってくる鳴を全力で迎撃した。

 一歩で距離を詰めると、鉤爪付きのグローブで切り裂こうとしてくる。

 

「くおッ……!」

 

 紙一重。鳴は次々と繰り出される攻撃を、冷静にスウェーで避けていく。そしてそのまま距離を詰めると、

 

「悪い。こっちもそろそろヤバイから、遊びは無しだ。――一撃で決めさせてもらう」

 

 雷鳴が鳴り響く。

 鳴の足が消え、次の瞬間には、白虎を地面に縫い付けていた。

 光速の一撃。

 刹那の出来事を認識できる者は、果たしてどれだけいるだろうか。

 

 まず鳴は光速の蹴りを白虎に放った。

 狙いは頭部。手加減抜きで――殺す気で放った。それだけ、追い詰められていたのだ。

 だが白虎は死んでいない。

 あの刹那の時。信じられないことに、白虎は蹴りを防いでいた。頭と足の間に両腕を挟んで、風で分厚いクッションを作っていた。

 反射的に。野生のカンというもので。

 

 だがやはり勢いを全て殺すことは出来なかったようで、白虎の意識は綺麗に刈り取られていた。

 そして――

 

「まずはお前から処理する――」

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 ……私が目を開けると、そこには見知らぬ天井が広がっていた。

 ボンヤリとした頭のまま辺りに目をやると、ベッド脇のテーブルに一人の女性が座っているのが見えた。

 しばらく見ていると、女性は私の視線に気づいたのか、笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「おっと、やっと起きたな。おはよう。――えぇっと、名前は……」

 

 私は慌てて、

 

「あっ、えっと……柊華蓮といいます。――それで、えっと……ここは何処でしょうか?」

 

「あぁ、ここ? 俺の所属するコミュニティの本拠。その外来客用の寝室かな」

 

「そうなんですか。……あの、私はどうしてここに?」

 

「倒れてたんだよ。ウチの門の前で連れの人と一緒に。――覚えてない?」

 

「……すいません。覚えてないです」

 

 何も思い出せない。割烹先輩と一緒に歩いていて――そこから先の記憶がない。

 ……いや、『思い出せない』というよりこれは――

 記憶が、欠落している?

 

「――まぁでも、無事で良かったよ。連れの人は隣の部屋にいるからさ、もう少し休んでいきな」

 

「……ありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきます」

 

 自分の身に起きたことも気になるけれど、親切には感謝で応えるべし。言葉と共に頭を下げる。

 ――ふと、私は聞いておくべきことを思い出した。

 

「あの、後でお礼がしたいので、よろしければ――」

 

 そして私は――あの時の私は、一欠片の疑問を抱くことなく、この問いを口に出した。

 

「――貴女の名前を(・・・・・・)教えていただけません(・・・・・・・・・・)()?」

 

 その問いに。

 目の前の女性は――稲妻の走った赤い着物の女性は、口元に笑みを浮かべて、こう言った。

 

「あぁ、言ってなかったね。――俺の名前は鳴宮鳴。少しばかり名の通った人間だよ。よろしく、ひーちゃん」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 ……結論から言わせてもらうと、あの時、私はあの人に記憶をいじられていた。

 戦いに関する記憶を、思い出せないようにされていた。

 ――だから私は、あの人のことを、親切でかっこいい人だって思った。思わされた。

 

 で、火龍誕生祭の後、封じられていた記憶が戻された。唐突に。

 ……冗談抜きで死にたくなったね。

 身内殺しておきながら、贖罪もしないで、そのことを忘れてのうのうと生きていたんだから。

 ……改めて。もう一度、私はここに宣言する。

 

 ――私はあの人が嫌いだ。どうしようもなく嫌いだ。

 この関係が修復されることは、もう二度と無いだろう。そう思うくらい嫌いだ。

 天地がひっくり返ったとしても、世界が破滅の時を迎えたとしても、私は変わらずあの人を嫌い続ける。

 

 ――でも。

 あの人は、死の淵に立たされていた割烹先輩を救ってくれた。

 

 割烹先輩は、あの状態でも、辛うじて生きていた。

 人の姿をとっていても、その本質は、人以上の幻獣なのだ。出血が酷くて勘違いした。

 割烹先輩は、今も元気に働いている。

 

 ……だから。

 あの人は、私の大切な存在を救ってくれたから。

 ここに、宣言する。

 

 ――私、柊華蓮は、鳴宮鳴が危険にさらされた時、その命を守ることを、絶対の盟約として誓う。

 

 ……嫌い、だけどね。




一応補足。
今回の話は、時系列的には二章より前の事ですが、華蓮が知ったのは、二章終了後です。
華蓮の態度の変化の理由が分かったと思います。

ですが記憶をいじられているので、このあとも何度か会いに行きます。その過程で、《纏》のヒントを貰いました。
その話は多分書かないかなぁと、思います。

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