担い手と問題児は日記を書くそうです。   作:吉井

22 / 23
RTS―BF【逆転世界のロスタイム】

「『常世全ての悪(アンラ・マユ)』の支配から抜け出した……だって⁉」

 

 ありえない! 孔は逃避気味に叫ぶが、飛び散った黒い飛沫はピクピクと微動するだけ。孔の表情が引きつる。

 だが動いているということは機能を停止していないということなので、時がたてばまた再生するのだろう。――時がたてば、だが。

 このチャンスを黙って見過ごす訳が無い。

 

『あの黒いのはしばらく動けないみたい。――一気に攻めるよ。ここが正念場』

 

「了解」『了解しました』

 

 耀と八汰鴉が了承の旨を伝えてくる。それを確認しつつ、その目は座り込んでいる五月雨に向いていた。

 それに気づいているのか、五月雨はニッと笑いながら、

 

『後で色々と話があるから(ニッコリ)』 

 

『……目が、笑ってない……』

 

 まぁあれだけ無茶をやらかせば当然だろう。『正体不明の黒い塊に突っ込む』なんて、下手すれば一発退場の大変危険な行為なのだから。

 

『ホントは今すぐにでも愛し(説教し)たいんだけど。まぁそれどころじゃないから後でね。

 ――気を付けて』

 

 五月雨はそう言って、グーの形にした右手を前に突き出す。それに耀は、こつんと同じくグーを当て、

 

『…………五月雨も、気を付けてね』

 

 その目は別の方向を向いていた。

 視線の先、そこには孔がいた。だが様子がおかしい。上半身をだらりと脱力させた格好でブツブツと何かを呟いている。

 

「…………ふざけんなよ。なんだこれ……こいつら、意味わかんないことばっかしやがって…………

 …………特にあいつ。なんだ……なんで、触れたくせに平気で話せてるんだよ……わけわかんねぇよ…………」

 

 ゾクリと、背筋に悪寒が走る。

 途轍もない量の狂気。『狂乱に堕ちし英雄(バーサーカー)』役だった飛車の方がまだ可愛く見える。

 

『――きっとこの先、イレギュラーなことは必ず起きる。だから五月雨も気を付けてね』

 

『……ああ、わかった』

 

 五月雨は気を引き締め直す。そうだ、まだゲームは終わっていないのだ。ゲームマスター(小鳥遊 孔)を倒した時、全てに終止符が打たれる。――逆に言えば、それまでは気は抜けないということだ。

 ……と、五月雨と耀のやり取りが終わったその時、 

 

「…………あーめんどくさ。もういいや、全部ぶっこわそう」

 

 唐突に孔が逃走を始めた。『獣の如き者(ビースト)』役で強化された脚力をフルで使っているのか、そのスピードはかなり速い。

 ……やはり獣の限界を超えている気がする。

 

『耀さん!』

 

『わかってる!』

 

 八汰鴉の声にそう返し、数秒遅れて耀も追跡を開始した。

 既に孔との距離は数百メートルは離れていた。これで木が密集していたら、見失うことは確実だっただろう。だが幸いにも今は、先の熱風により木はあらかた燃えて灰になっている。視界はばっちり開けていた。

 一直線に空気を裂きながら飛ぶ耀は、ふと思う。

 

(ここまで想定していたの……?)

 

 なんとも用意周到というか、準備がいい。まぁ流石に逃走(これ)は想定外だろうが、何か他に意図があったのではないか、そう思った。

 その直後のことだった。

 

 バッシャア――――ッ‼ と、突如背後から聞こえる派手な水音。

 三人はおもわず振り向いてしまい――揃って息をのんだ。

 天高く、あの黒い水が噴水のごとく吹き上がっていた。幸いにも――何が幸いなのか三人には分からなかったが――水はここまで降ってこないようだった。

 まぁ当然、近くにいた人は例外なく濡れることになるだろうが……。

 とその時、背後に気を取られていた三人の不意を衝くように、平坦な孔の声が聞こえてきた。 

 

「――『銃器を愛し極めし者(ミリタリーマスター)』…………よそ見してる場合? 余裕だね」

 

「『『――――ッ‼』』」

 

 孔は新たに取り出したライフルを抱え、躊躇うことなくフルオートで乱射する。移動しながら――しかも後ろ向きで打てば、その反動で転倒は免れない。……本来ならば。

 孔は、華奢な腕からは想像できない力で、暴れまわるライフルを強引に抑え込んでいた。そしてそのまま、三人の腰の辺りを横一線するように薙いだ。

 

 弾丸が到達するまで何秒あっただろうか。数百メートルの距離を音速の弾丸が突っ切るのはほぼ一瞬だ。

 人を超えた動体視力を持つ三人だが、不意を突かれたこともあり、「耀」と八汰鴉は大きく回避行動をとらざるをえなかった。鳥類(空の狩人)の視力と、空中での姿勢制御能力の両方を持っていた『耀』のみがギリギリ追随する。

 

「……またお前か……」

 

『追いかけっこはもう終わりにしよう。君はもう、ほとんど詰んでる。これ以上続けても――』

「いいえ」

 

 耀の説得を遮り孔が呟いた。 

 

「ストッパー…………ですよ。アレ――『常世全ての悪(アンラ・マユ)』の…………ね。アレ(クラス)になると、僕自身が近くにいないと制御できなくなるんですよ。――さっきの水柱見たでしょう?」

 

『……だから、逃げてるってこと? アレを完全に解き放つために……』

 

「…………。そんな事はどうでもいいんですよ。

 ――いいんですか? あれじゃあ、あそこ一帯は黒水()浸しだろうけど――――『彼』無事かなぁ。助けに行かな――」

『大丈夫だよ』

 

 今度は耀が孔の話を遮った。

 孔の顔が不快げに歪む。耀はその視線を真っ向から受け止め、

 

五月雨が大丈夫って言(・・・・・・・・・・)った(・・)なら大丈夫に決まって(・・・・・・・・・・)るから(・・・)

 

「はぁ? そんな約束が何だっていうんですか! もう事態はとっくに、そんな口約束が通じる次元を超えてるってのが分かんないんですかね‼」

 

『そっちこそわかってない。確率とか打算とか、そんな数字じゃないんだよ。私たちは、もっと深いとこで繋がってる。――そういうのを「信頼」っていうんだ』

 

 耀はそう断じ、それに、と続ける。

 不敵に笑い。

 

『――私の仲間は、強いから』

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 だが実際、割とピンチだった。

 黒い水――『常世全ての悪(アンラ・マユ)』が濁流となって襲いかかってきて一分。早くも限界がきていた。

 現在五月雨は少女が張った障壁の中にいるのだが、なんとその障壁が溶け始めたのだ(・・・・・・・)。ジュウジュウ、と音をたてながら外側からゆっくりと削られていく。

 

「ひぃ……! 一体なんなんですかぁ! 気持ち悪いです! 誰か何とかしてくださいぃぃぃ…………‼」

 

『くそっ。やっと治癒が効いたってのに(・・・・・・・・・・)、何もできないのかよ……!』

 

 と、五月雨が拳を硬く握りしめたその時だった。ジュウジュウ、という溶解音に混ざり、なにやら蒸気の吹き出るような音が聞こえてきた。

 

『なんだ? なにか聞こえ――――ッ⁉』

 

「あ…………! まっ、マスター(・・・・)‼」

 

 音の出どころを探って周囲を見回していた五月雨は言葉を失った。少女は歓声を上げた。

 

 視線の先。

 体長数十メートルをゆうに超える大蛇がとぐろを巻いていた。

 

 その蛇は体を炎で構成されていた。たがその色は、赤や橙なんて優しいものじゃない。

 黒みがかった真紅。

 血を煮詰めてドロドロにしたような、途轍もなくサイケデリックな色彩を放っていた。

 そんな蛇の背に乗る人影が一つ。

 頭髪を燃えるような赤に染め上げ、瞳の奥に炎を宿したその姿。見間違うはず無かった。

 

『華蓮!』

 

「ごめん、遅れた! ――進め! 燃やせ!」

 

 華蓮の言葉に反応するように蛇が動く。恐れることなく黒い水に突っ込んでいき、沸騰をすっ飛ばして蒸発させていく。あまりの熱で、軽い水蒸気爆発さえ起っていた。

 

「この()を造るためにあちこち走り回ってたら遅くなった。――でも流石にこれだけじゃ足りないだろうから、二人にも協力を依頼してある。もうすぐ来るんじゃないかな?」

 

 その直後、五月雨の背後から同質の音が聞こえてきた。さらに右側からも油の跳ねるような音が。

 華蓮が手を振っている。五月雨はゆっくりと振り向き――目を瞠った。

 

 空に二つの巨大な影が浮いていた。

 

 一つは巨大な龍で、その口から青白い炎を出して地を焼いていた。その背に乗っているのは七夕。真剣な表情で炎龍を操っている。

 もう一つの方は巨大な(カラス)だった。羽一つ一つが業火でできているらしいその姿は『荘厳』の一言に尽き、思わず見とれてしまうほどだった。……で、その背に乗り操っている者だが。

 その者は(カラス)のように黒かった。黒い外套を風になびかせながら、ジッと大地を見つめている。十中八九花音だろうが、一体誰と共鳴したのか。

 

「のんのん! 七夕! カウントゼロで一気に焼き尽くすよ! 準備よろしく!」

 

 華蓮が通信用ギフトに叫ぶと、向こうからも『了解』の声が返ってくる。

 十数秒後、頃合を見計らって華蓮はカウントを開始する。

 

「カウント3(スリー)! 2(ツー)! 1(ワン)! ――――焼き尽くせ‼」

 

 直後、華蓮の乗る大蛇が猛烈な勢いで進み始めた。通った道がブスブスと煙を上げている。

 空中の影も同時に動いた。龍の放つ炎の勢いが増し、先ほどの倍近い速さで黒水を焼いていく。(カラス)もその羽を大量にばらまくことで、一気に焼いていった。……どうでもいいことだが、羽のくせに錘のように落ちていくのには何かカラクリがあるのだろうか。

 三つの巨体は徐々に輪を狭めていき、黒水を中心に集めていく。そして遂に、黒水は一つの大きな塊となった。

 

「よし、締め上げて!」

 

 華蓮が背から降りると、大蛇は命令通りに塊に絡みつき――燃やし――動きを止めた。

 華蓮はその足で五月雨の所にやってくる。

 

「五月雨。耀が先にこっちに来てると思うけど――あと、『小鳥遊孔』もここにいたはず。どこいったの?」

 

 その問いに五月雨は、今までのことを簡単に説明する。

 聞き終わった華蓮は一つ頷くと、

 

「耀の姿。鳥だったんだね?」

 

『あぁ、赤い鳥。翼も生えてたから間違いないと思うけど』

 

「……そう。なら今からでも出来ることがあるよ、五月雨。耀が今も『鳥』の姿なら、確実にこれは勝利へのアシストになる」

 

 相変わらず解りやすさゼロの言葉だったが、五月雨はフッと頭に浮かぶ案があった。

 なるほどこれなら。一つ頷くと、耀たちが向かった方向を見据え言い放つ。なにより、耀を信じて――――

 

『いくぞ……全能の神嵐(ゴットテンペスト)――――‼』

 

 

 

 

 

 それは唐突に襲いかかってきた。

 何の前触れもなくいきなり体のバランスが崩された。

 

(――突風⁉)

 

 孔はそう判断し、同時に戦慄する。このギリギリのレースで、バランスを崩すなんてミスは正に致命的だ。

 

(いや大丈夫。現在(いま)の僕がバランスを崩すほどの突風だったんです。あいつだって同じように失速してるはず……!)

 

 それはある種の願望だったのだろうか。普段の孔ならば思いつかないような楽観的思考だった。

 そして孔の目に、現実が飛び込んでくる。

 

「……なんで…………。なんで少しも失速してないんですか! お前は!」

 

 孔の目前数メートル。そんな近距離まで耀は接近していた。耀は失速するどころか、なんと突風を受けて加速していたのだ。

 だがこれはなにも驚くほどのことではない。耀が今その身で体現している種族は『鳥類』――空を飛ぶ種族だ。ならば当然、風を読む能力も秀でて(・・・・・・・・・・)いるはずなのだ(・・・・・・・)

 つまり耀はその鋭敏な感覚で、接近してくる突風の存在を感じ取り、合わせる形で加速――風に乗ったのだ。

 

「そんな、馬鹿なことが…………」

 

 孔が愕然とした口調でそう漏らす。

 耀はその身に燐光を纏わせながら微笑んだ。それは孔に向けられたものではない。その笑みの全ては、遠く後方にいる嵐の主に向いていた。

 

(ありがとう。ナイスアシストだよ、五月雨)

『……これで決めるッ!』

 

 背を押す風の力に逆らわず、耀は一度大きく羽ばたいた。途端耀の体が爆発的な勢いで前に押し出される。――もう孔は目の前だ。

 耀は右腕を大きく後方へ引き絞り――必殺の一撃を、放つ。

 

全能の神嵐(ゴットテンペスト)――裂爪(クロウ)!』

 

 右手が一瞬で孔を突き抜け後方に出現した。神速の一撃が孔の体を切り裂き穴を穿っていた。

 一瞬遅れて、爆音。孔の体が後方――進行方向――へぶっ飛んでいった。その勢いのまま地面を何度かバウンドし、十七回を超えたあたりで失速――停止した。

 そして、『小鳥遊孔』は耀の目の前で、無数の光の粒子となって消えた。

 

 『ERROR』×1(撃破)

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 ザザッ…………

 

 ザザザザザザザザッ……………………

 

 ゾゾゾゾゾザザザザザザザッ、ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ――――ッッッ‼

 

 ――――――――ブツッ

 

「……あーあ、やられちゃった」

 

 

 ◆◆◆◆◆ 

 

 

『小鳥遊孔』を倒した。

 仲間全員にそう告げて数分後。一度みんなで集まることになり、すでにほとんどのメンバーがここにいた。

 

「おいお前(てめ)コラ、ふざけんなよ華蓮! 一体何だあれ! ――つうか事前に言えよ! なんで撃つ直前なんだよ殺す気か‼」

 

「ごめんごめん、時間がなくって」

 

 なかなか愉快にキャラ崩壊する十六夜を華蓮はにこやかスマイルでいなしていく。結果的に何もなかったこともあり、十六夜は憮然としながらも矛を収めた。

 すでに情報の交換は済んでいる。各ルート上で起きたことなどがやり取りされた。

 ――違和感。

『小鳥遊孔』を倒したにも拘らず、何故情報交換――これからの指針を決めているのか。――理由など、一つしかあるまい。

 ギフトゲームが終わら(・・・・・・・・・・)ないのだ(・・・・)

 契約書類(ギアスロール)にはこう書かれている。

 

 *****

 ――フィールド上に存在するプレイヤー、及びユニット――

 プレイヤー側:15名(開始時より1名増加)

 ゲームマスター側:1騎(・・)(プレイヤー側のメンバー増加に伴って枠が追加)

 *****

 

 ゲームマスター側――1騎、残っている。

 同じく記載されている『撃破した駒』の部分を確認してみると、飛車が消えていない(・・・・・・・・・)

 黒くドロドロした液体に変わってしまっても、飛車は飛車として認識されているのだ。――つまり、現在(いま)このフィールドに存在する駒は、飛車ただ一つということになる。

 ――ゲームマスターが、いない。

 

「……悪い予感が的中したのか……」

 

『予感? 華蓮は気づいてたの? ――最初からゲームマスタ(・・・・・・・・・・)ーがフィールドにいな(・・・・・・・・・・)いことに(・・・・)

 

「まぁね。あ、防御チームのメンバーは全員知ってるから。なんせ考える時間は腐るほどあったし。――というわけで説明よろしく十六夜。……私は少し考え事してくるー」

 

『おい。……ったく仕方ねぇな』

 

 十六夜はしぶしぶと言った様子で解説を始める。……といっても、伝えるべきことは一つだけだった。

 

『俺たちは初め、このゲームのことを「人数から既に公平さを欠いているゲーム」と認識した。敵側が一人――「棋士」の分だけ多いってな』

 

『こちら側に「棋士」がいない以上、そう判断するしかあるまい』

 

 その刃の意見に皆が頷く。全員が(いだ)いている――既に過去形だろうけど――意見なのだろう。

 十六夜はそれを確認すると、一つ息を吐き、

 

『……もし、だぼショタの言ってたことが正しいなら……どうなる?』

 

『ん……? そうなればこのゲームは「数で戦力に差が出ない公平なゲーム」に、なる…………⁉ そういうことか……!』

 

『そう、人数に偏りがあるゲームを「公平」に――「数が同じ公平なゲーム」にするにはどうすればいいか――――簡単なことだ。一人(・・)外に出してしまえばい(・・・・・・・・・・)()

 

 これがこのゲームの真実。『不公平』を『公平』にするという建前で組み上げられたロジック。

 初めからこのフィールドにゲームマスターはいなかった。初めから終わりまで、命のない駒とばかり戦っていた。

 そう、これは始まったが最後――――攻略不可能(・・・・・)となる破綻したゲームだった。

 

『……まぁ一応ゲームとしては成り立ってるんだよなコレ。初期人数が20人を超えてたり、初見の時にパッと謎が解ければ。……まぁそもそも、ここまできて真相にたどり着いたって奴自体少ねぇんだろうけど。

 ――で、それが出来なけりゃほぼ詰み。盤上の駒がいくら頑張っても、棋士を倒すことはできないってわけだ』

 

「〈――大正解。おめでとうございます〉」

 

 一瞬だけブツッというノイズが走る。直後聞こえてきたのは、声変わりの始まっていない幼い声――ゲームマスター『小鳥遊孔』の、余裕たっぷりの声だった。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「〈ふふふ、流石ですね。まさかここまでしてくれるなんて期待通りですよ。……でも、手遅れでしたねぇ。気づくのが致命的に遅すぎました。僕はすでに『ゲーム盤』の崩壊を準備しちゃってますよ〉」

 

 崩壊。

 それの意味するところなど考えるまでもない。文字通りの現象が起きるのだろう確実に。

 それを理解している十六夜は、時間を稼ごうと口を開く。

 

『ご期待に添えず悪かったな。……で、だぼショタ。一応聞いとくが、もう隠す気はねぇんだな?』

 

「〈隠すも何も、僕は初めから嘘なんてついてませんしー〉」

 

『そうだな、お前は何一つ嘘をついてない。――が同時に、お前は何一つ真実を口にしていなかった。それっぽいことを言って、判断を他人任せにしていただけだ。……お前、軍士より詐欺師の方が向いてるんじゃねぇのか?』

 

 声の背景に笑い声が混じる。孔の傍で鳴宮鳴が高らかに笑っている。

 

(満足してるようでなによりだクソッタレが!)

『――崩壊っつったな。つまりお前は、将棋盤をひっくり返して勝敗を有耶無耶にするつもりなんだな』

 

「〈まぁそんな感じです〉」

 

『……躊躇(ためら)いとかはねぇのかよ、その行動に』

 

「〈……まぁ心苦しくはありますね。でもこのまま千日手ってわけにもいかないでしょう。こちらからも、そちらからも、お互い干渉できないのですから〉」

 

 だから滅茶苦茶にする。

 勝ちも負けも有耶無耶にして、このゲームを終えようとしている。

 

「〈いいじゃないですか『引き分け(ドロー)』でも。明確な勝敗がなくたって、別に……〉」

 

 それは一応提案の形をしているが、その実ほとんど一方的な宣告だった。なにせ『崩壊』の引き金は孔が握っているのだから。

 拒否権はない。どれだけ喚いたところで、孔が引き金を引けばすべてが終わる。終わって、『引き分け』という用意された結果が与えられる。

 十六夜はしばらく何も言わなかった。

 無言のまま、孔の言った言葉を飲み込み、反芻し――――ハァ、とため息と一緒に吐き出す。

 

『ダメだな』

 

「〈は…………?〉」

 

 拒否されるとは思っていなかったのか、孔の間抜けな声が通信越しに聞こえてくる。

 

『まぁ超個人的な意見なんだが――引き分けとかそんな中途半端な結果じゃ満足できねぇんだよ。やるからには勝ちにいかねぇとな。――てなわけで、足掻かせてもらうぜ最後まで』

 

「〈…………ふ、別に意見なんて聞いてませんでしたけど、それでもさすがにイラッとしましたね。ふふふ、ふふふふふふふふふ。ふふふっ…………勝手にしろ〉」

 

 ブツッと通信が途絶える。それと同時、この場にいる全員を強い地震が襲った。それだけではない。空にも無数のひびが入り、真っ黒な空間が顔をのぞかせている。――崩壊が始まった。

 

(……あんな啖呵を切っておいてなんだが、こっから俺にできること何てねぇんだよな)

 

 大地が割れ、暗い穴がいくつも生まれる。いずれ安地はなくなる。

 

『時間は稼いどいた。……あとはお前次第だ』

 

 遂に十六夜の足下にもひびが走った。途端砕け、十六夜の体を飲み込む。真っ逆さまに落ちていく十六夜は、壊れゆく世界をジッと見つめていた。だが、フィールド範囲外に近づいているためか、徐々に視界が暗くなっていく。

 そして――――全ての光が、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グルン、といきなり視界が180度回転した。

 急な視界の変化と落下の緩急で吐き気がこみ上げる。数秒の間現実を正しく認識できなかった。

 

「な……ぜ……⁉」

 

 それでも、この声を聴き間違えるはずがなかった。

 十六夜はゆっくりと目を開くと、口の端を吊り上げ言った。

 

『俺たちの勝ちだ』

 

 その視線の先。愕然とした様子の、ゲームマスター『小鳥遊孔』がそこにいた。

 十六夜は静かに近づくと、その頭を軽く(十六夜換算)叩き意識を刈り取った。――その直後。

 

 ――――ギフトゲーム終了。リザルト:プレイヤー側の勝利――――

 

 契約書類(ギアスロール)が発光し、一番末尾にこの一文が追加された。そう、勝敗は決したのだ。

 ……これで正真正銘、全てが終わったのだ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。