最近、あの人が活発に動いている。それはまあ……いいんだけど……ふとした拍子で箱庭を壊しそうで、正直怖い。
上層と個人で渡り合える人だから、余計に不安だ。強すぎるあの人は、それこそ死ぬまで止まらないだろうから。
暇は時に人を殺すっていうけど、あの人の場合、箱庭を巻き添えにするから
――さて、前置きはこのくらいにしようか。
今回は、私と
◇◇◇◇◇
《最強の神鳴りとの邂逅》
◇◇◇◇◇
鳴宮さん――鳴宮
まあ、仕事だよね。朝8時くらいに開店し、夕方に閉店する仕事。
最初は、宣伝や店頭での接客をしていたけど、一週間後、店の中の仕事もすることとなった。理由は単純で、出来なければならないから、だった。まあ、当たり前だよね。
話を戻すよ。
その日は、昼前まで普通に仕事していたんだ。そこそこ客もいたと記憶している。
そんな時だった。店に備え付けられている電話に着信が入った。
割烹先輩が対応する。
そしてすぐに――表情が一変した。
いつも冷静な割烹先輩が慌てていた。そしてそのまま二言三言相手と言葉を交わすと、私を呼んだ。
割烹先輩から受話器を受け取り、緊張しつつ耳にあてがった。途端、今までに聞いたことのないくらいの焦り声が聞こえてきた。
電話の相手は――白夜叉様だった。
「ど、どうしたんですか⁉︎なにか事件でもあったんですか⁉︎」
もしそうだった場合、その事件ってのは魔王クラスってことだ。しかも、かなり上層の修羅神仏ってことになる。
ここら一体が戦場となり、段々と下層全体へと被害は及んで――……崩壊……
――なんてことを考えてたんだけど、実際そんなことは無かった。魔王も来てないし、事件さえも起きてなかった。
……後から思えば、十分に――十二分に大事件だったんだけどね。
白夜叉様曰く、
「華蓮、お主が前に言っておったコミュニティを調べておったのじゃがな……大変な事実が分かったぞ」
「え……ああ、あの青年の所属しているところね」
「……そのコミュニティのメンバーに……いたのじゃ、あいつが――あの女が!」
「あ、あの女って……?」
いつも冷静(?)な白夜叉様からこんな言葉が出て来るなんて…………何者なの、その人。
すると、私の気持ちを察してくれたのか、白夜叉様がその人の説明をしてくれた。
「その女の名は鳴宮鳴。――現時点の箱庭で、おそらく最強の位置に君臨する人間じゃ」
「……え?」
◆◆◆◆◆
あの後、白夜叉様はその人について色々と教えてくれた。
鳴宮鳴――《
二つ名は伊達や酔狂でつけられたものではなく、事実その通りの力を保有しているらしい。
人の身で、上層にいる雷神雷帝と互角以上の力を持つことからつけられた《最強の神鳴り》。
あらゆる技術を――たとえ初見であっても、二回目にはマスターし、三回目にはその技術を数世代進化させてしまうことからつけられた《技術革命》。
そして――自身の娯楽のためには、箱庭が壊れようとも構わないという思想理念からつけられた《箱庭最凶の自由人》。
事実、過去に何回か未遂だが事件を起こしているらしい。
そのため、上層との仲は悪く、過去に天軍と戦争をしたこともあったらしい。その時は単騎で二ヶ月ちょい戦ってから死んだらしい。――白夜叉自身の手で殺したから間違いないそうだ。
「――そんな人が実は生きていて、こんな下層で生活しているって?戦争が起きたらどうすんだよ……はあ……」
「そうならないためにも、私たちで会いに行くのでしょう?……白夜叉様のおっしゃる通りの人ならば、いきなり襲って来たりはしないでしょうから」
私の漏らした愚痴にそう返してくる割烹先輩。
私たちは今、白夜叉様から教えられた場所へ――コミュニティのあるという場所へ向かっている。
流石に1人は危ないとのことなので、割烹先輩もついて来ている。当然お店は臨時休業。
そうやってしばらく歩いていると、前方に、そこそこ大きな館が見えて来た。
館は純和風の平屋で、1階建てのように見えた。外には工房のようなものや離れもあり、裕福さが見て取れる。
そして何故か、どでかい鳥居が建っていた。細部まで真っ赤な鳥居。
見た瞬間、全身に鳥肌がたった。凄まじい拒絶反応だった……やばい。
「うわー、帰りたい」
「否定はしませんが、帰ってはいけませんよ。ほら、ついてきなさい」
そう言って割烹先輩は、私の腕をとって鳥居の方へ歩いていった。私は全力で抵抗したのだが、割烹先輩の謎パワーには勝てなかった。
そして割烹先輩が鳥居を潜ろうと、一歩踏み込んだその時だった。
「――ッ⁉︎割烹先輩!」
強烈な悪寒を感じ、割烹先輩を強引に引っ張って後ろへ投げた。とっさのことで眼が軽く青くなってしまったが、この際仕方ないだろう。
何故なら、先ほどまで割烹先輩がいた場所、そこに、巨大な像が立っていたからだ。
「――なっ、え……なにが……」
急な展開についていけない様子の割烹先輩を尻目に、私は像の観察を開始した。
(全長おそらく2.30m……材質は石っぽいけど、石ってあんな赤かったっけ……一応人型、仁王像みたいなデザイン……っと――)
ズシン、と私が一瞬前にいた場所が踏み潰された。
私は、へたりこんでいる割烹先輩に眼を――今度こそ間違いなく、銀に染まり切った眼を向け言った。
「……どうします?」
「帰りましょうか」
「いやいやいやいや」
いやいや、それはダメでしょう。
まあ、妥当な判断なんだろうけどね。ていうか最善策なんだろうけど。
それでも、帰るのはダメ。
「……割烹先輩、私が元いた世界にはこんな言葉がありましてね。――ある登山家の人が質問されたんですよ、なぜあなたは山に登るのですか?って。――そしたらその人はこう答えたんです、『そこに山があるからだ』って」
「いきなりなにを言い出すんですか。……はい、それで……?」
「つまりですよ、この人は、山に登るということに対して理由を持っていないんですよ。それが当然のこと――生まれながらの性質だと言っているんですよ!」
「……な、なるほど……」
「つまりなにが言いたいかと言いますとね。性質は変えることができないってことですよ。特に
「いや、その理屈はおかしいです」
割烹先輩は否定したが、まあ言いたいことは伝わったと思う。
そう、私が回避のために解放したのは白封。白虎を封じ込めている封印だ。
そして白虎――ビャクレイの性質は、戦闘狂。目の前の敵から、強敵から逃げることが出来なくなる。
出会ってしまえば戦闘一択だ。
「……はあ、我慢出来ないんですか?」
「すいません、できません」
意図を汲んでくれた割烹先輩がそう言ってくれるけど、私はそれをはっきりと断った。断る以外の選択肢が思いつかなかった。
どうやら、ビャクレイの方はかなり欲求不満らしい。
そういや、箱庭にきてからビャクレイを外に出したのって、白夜叉様と一緒に力を確認した時だけか……。
「……そうですか、無理はしないでくださいね。貴女がやられそうになっても、私じゃあ助けに行けるかわかりませんので」
「大丈夫ですよ。――すぐ終わらせます」
心配そうな割烹先輩に力強く笑みを返し、私は力いっぱい地を蹴って駆け出した。
――だがしかし、華蓮が石像へとたどり着くことは無かった。
なぜなら華蓮の目の前で、どでかい石像が、轟音とともに
「えっ……」
あまりの光景に絶句した。
割烹先輩も息を飲むのが気配で伝わった。
そんな時だった。
私は、もうもうと立ち込める粉塵の中に、屹立する一つの人影を発見した。
十中八九、石像を壊した張本人だろう。
「あーあー、なんか見慣れないもんがあると思ったら、これってアレか、防犯用に設置したって言ってたやつか。うわっちゃー、やっちまったなー、壊しちまったなー、怒られるかなー、はあー反省反省。――ところでさ、あんたら誰?」
その人はこちらを向き、そう言ってきた。
「……あなたが、鳴宮さんですか?」
私はかろうじてそれだけ言えた。
後から思えば、これはかなり綱渡りの質問だった。なんせ、質問に質問で返しているのだ。あの人の質問を無視しているのに等しい。
それでもその時私が殺されなかったのは、私の容姿が、自分で言うのもなんだが、あの人好みの
「鳴宮さん……ねえ。ははっ、そんな風に呼ばれたの久しぶりだなぁ。そうだよ、俺が鳴宮だ――鳴宮鳴だ。よろしくねぇ、お嬢ちゃん」
お嬢ちゃんって。
まさか同性の方にそう呼ばれる日が来るとは……。
「――さあて、雑談はこれくらいにしようか。そろそろ始めようぜ、お嬢ちゃん」
「……?始める……ってなにを?」
「ん?そりゃあ決まってんだろ、戦闘だよ、バトルだよ。お嬢ちゃんの好きな――正確には、お嬢ちゃんの抱えている、
「…………」
――まさか知っているのか?
内心の動揺を隠しながら私は考える。
私の抱える問題は、サウザンドアイズのメンバー以外には伝えられていないはず……。もちろん箝口令がしかれているから、情報が漏れることはない……と思う。
「――でもまあ、ばれていてもばれていなくても、そんなのは関係ないですね……。知っているかもしれない、という可能性だけで十分にアウトですね」
「……華蓮さん?」
(割烹先輩が見てるけど、仕方ないか。どうせいつかはばれるんだし……)
――私の秘密を知ったものは、例外なく排除する。
サウザンドアイズに入るときに決めた、自分ルール。
私をかくまうことで発生するリスクを最小限にするために――メンバーに危害が及ばないように、私なりに決めたけじめだ。
「割烹先輩――下がっていてください」
「……まさか貴女――!」
割烹先輩の言葉を最後まで聞かずに、前へと駆ける。最強の元へ、臆することなく。
封印はすでに二層目まで解放済み。音速へ届くほどのスピードとなっている。だが――
「へえ……、なかなか速いじゃん。でも、まだまだ足りない」
「――――ッ!」
鳴宮さんはこのスピードに反応して見せた。
私のくりだしたストレートが、あっけなく止められた。しかも――片手で。
「ほいっと」
そしてそのまま、石でも投げるような気軽さで投げ飛ばされた。
慌てて体勢を立て直し鳴宮さんの方を見ると、彼女は一歩も動かずにこちらを見ていた。見て――笑っていた。
「――ッ‼それなら――ッ!」
見切られている以上、うかつに攻撃できない。
だから今度はジグザグに――縦横無尽に動いて、立体的に攻めた。
「足りないんだよ」
それでも、通じなかった。
完全な死角から――真後ろから攻めたのに、鳴宮さんは体をずらすだけで避けて見せた。しかも、まったくこちらを見ずに。
「足りないって言っただろ?お前には速さが全然足りない。そんな小細工をしたってさ、根本的なところでお前は負けてんだよ」
「くッ――」
その言葉を聞いた瞬間に、胸のあたりに広がる鈍痛。自分のスピードを馬鹿にされたビャクレイの憤りがあふれているんだ。
(我慢して、ビャクレイ……!今はこれで頑張るしか――!)
「――……そんなもんだったかなぁ、お前の速さは?」
と、そこで、鳴宮さんがおもむろに口を開いた。
その顔を見れば、ただ単に挑発をしているだけとわかる。だけど、そうと分かっていても、その後に続いた言葉は、到底我慢のできるものでも――無視できるものでも無かった。
「――もっと速いだろ、お前は。本気だせよ、なあ――
「――――!」
…………。
「ほらほら、本性を出せよ――あの頃みたいに。戦闘や殺し合いは娯楽なんだろう?」
「…………、……やっぱり貴女、私の秘密を――!」
「当たり前だろ?箱庭の古参達なら、知らない奴らなんていないさ。有名だったからなぁ。それに、俺がいつからここにいると思ってんだ?ま、バトったことはないけどな」
……どうすっかなぁ、これは。
この人は別に、私の秘密をばらす気は無いようだし、それなら、別に排除しなくてもいいのでは……。最強と戦うことで発生するリスクの方が高そうだし……。
――と、一応考えてみる。一応ね。
――それでも、結論は変わらない。
(こんな仮定に信憑性なんてない。それに、この誘いを蹴ったら何されるかわからないし、それならここでしかるべき措置を施すべきだよなー)
はい――言い訳完了。さて……
「――……それなら、見せてあげますよ、お望み通りね。……いくよ、ビャクレイ」
私がそう言うと、すぐに胸の内から了承の意が帰ってきた。
深く息を吐き、そして――
『――いくぜ!』
「白封、
◇◇◇◇◇
…………。
あれ、ページが……。
もう眠いし、続きはまた後日書くとしようかな。
……それにしても、あの人には困ったものだよ。――違うな、
まったく……人材集まりすぎなんだよ、あのコミュニティ……。
私が知る限り、最強の他にも後2人――青年と、あのナイフを造った鍛治師がいるし。
まったく……不安の種はなくならないね。