担い手と問題児は日記を書くそうです。   作:吉井

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最終決戦――開始

 場面を移し、ここは『館』と呼ばれる建物の中――大広間。

 対面になるようにして、一同は縦長の机に座っていた。

 

 

「……ふむ、奴がそんなことを……」

 

「はい、以上の理由で私たちはここに出向いたというわけです」

 

 

 一通りの説明を終え、相手の反応待ち。

 熟考しているのは、「凛」と呼ばれていた男。予想通り、ひげを蓄えたナイスミドルだった。

 

 煮え切らない態度の凛に、こちらから何度か急かすようなことを言った。なんせ時間がないのだ。もうすでに、太陽は天辺に差し掛かっている。

 ――その時、横から言葉がかけられた。幼い声、孔だ。

 

 

「そんなに考えることじゃないと思いますよ、凛さん。鳴さんが事件を起こすなんて日常茶飯事じゃないですか。嘘話ではないと思いますよ。……まぁ、箱庭規模の事件は珍しいですけど」

 

「……わかっている。理解(わか)ってはいるんだ。だが! そうすると我は、奴と顔を合わせることとなる! 我に奴と――あの雷女と対峙しろというのか⁉ そんなのは御免だ‼」

 

「『――――!』」

 

 

 突如として取り乱した凛。それを前に、驚きで言葉を失う一同。あの尊大な姿からは想像もできないほど、今の彼は狼狽していた。

 その姿は駄々をこねる子供のようにも見えた。

 

 一同はおもわず、痛々しく思ってしまった。筋違いにも。

 一人の男をここまで崩壊(こわ)した雷に恐怖してしまった。否応なく。

 そしてこの二つの事実は、それぞれの脳内で一つに結びついて飛躍し、その身体と精神を――

 

 

「それで?」

『それがどうした』

 

 

 ――時が、止まった。

 

 華蓮と五月雨。期せずしてハモった二つの声が空気を震わせた瞬間、凛の震えが止まった。

 緩慢な動きで視線を向けてくる凛の目は、ドロドロしたナニカが渦を巻いており、二人はおもわず怯む。だが、気にしない。

 

 

『なんですか、それ。戦うわけでもなく、ただ会うのが怖い――だから嫌だ? それは単なる逃げじゃないんですか? ……もちろん僕には、あなたが過去にどんな体験をしたのか――あの人に何をされたのか、知りません。でもそれでいいんですか? 勝ちたくはないんですか? ……このままずっと、一生、恐れを抱いたままでいいんですか?』

 

 

 凛の肩がピクリと動く。

 五月雨の言葉は、凛の深層に眠っていた衝動を刺激した。しかし、それでも凛を動かすには至らない。凛の抱えるトラウマは、それだけ深くに根を張っている。

 だが火種は生まれた。それで十分、あとは華蓮がそれを大きくすれば――

 

 

「別にあなたが動く必要なんてないですよ。場所さえ教えてもらえればこちらで何とかするんで。臆病者(・・・)腰抜け(・・・)はここで震えててもらって結構です」

 

 

 ――ガソリンをぶっかけやがった。

 少しだけ煽ってやればいいものを、根に持っていたのか、華蓮の言葉は終始煽り口調だった。

 凛はそれに敏感に反応する。肩を怒らせ、肩頬を引きつらせ、口からは解読不能なささやき声が漏れ出す。

 それでも、次に言葉を紡いだとき、凛の口調は元のままだった。いろんな感情を押し込めて圧縮しているらしい。

 

 

「――いいだろう。会わせてやる――会ってやるよ、奴と。……だが、そこまでだ。奴との交渉(・・)役は、お前たちだ」

 

「へぇ……そう。どうも、凛さん」

 

『それなら早速頼むよ。時間がないんだ』

 

 

 凛は一言、「ついて来い」と言って部屋をでていった。一同も後に続いて外に出る。凛はどうやら館の裏に向かっているらしい。

 しばらく歩くと、館の半分くらいの大きさの建物が見えてきた。それはちょうど館の裏に存在していて、まるで――というか、明らかに隠されていた。

 

 

「ここが奴の研究所――兼、住居だ。奴はほぼ毎日ここで研究をしている。ろくでもないものばかり創るが、それらの性能は、全て人知を超えている。――《技術革命(ユニバーサル)》という二つ名はこうして生まれた」

 

『それは凄い……けど、つまりは引きこもりってことよね?』

 

「まぁ、簡単に言っちゃうとね……」

 

 

 オブラートに包む気のない飛鳥の言葉に、華蓮は苦笑ぎみに答えた。否定はしなかった。

 そもそも、指名手配されているにも拘らず外に出ている方が異常なのだ。そして、だからこそ、多くの事件はココで揉み消すことが出来るのだろう。

 

 

「では……入るぞ」

 

 

 硬い声の凛がドアをノックする。一同に緊張が走り、各々が気を引き締めた――。

 

 ……数分後。やっとドアの向こうに反応がみられた。ノック回数は二桁に差し掛かっていた。

 ドアノブが回る。ドアが開く。――――上半身裸の鳴がそこに立っていた。

 

 

「『…………………………………………』」

 

「……ん? あれ、ひーちゃんじゃん! どしたん、こんな大人数で? ……って、なに固まってんだよ」

 

「め、鳴……さん。あの……服――下着は、どうしたんですか?」

 

 

 華蓮がそう絞り出す。それを聞いた鳴は、何言ってんだコイツと言いたげな表情になり、

 

 

「着物って、上はつけないだろ」

 

「……じゃあなんで着物を着てないんですか……」

 

「さぁ? 俺に聞かれても困る」

 

「基本私が困るんですが……」

 

 

 相変わらず掴みどころのない鳴に、がっくりと肩を落とす華蓮。ほんの三回の会話にも拘らず、少しばかり疲労を感じてしまった。

 それを知ってか知らずか――絶対気づいていない――鳴は一同に、研究所に入るよう促した。特に断る理由もないので、それに従う。

 

 研究所の中は意外と整頓されていて、全体的に清潔な感じがした。傍若無人で娯楽至上主義の鳴のことだから、そこら辺は適当なのかと思っていたがそうではなかったらしい。まぁ、生活スペースと研究スペースが一緒くたになっているのはどうかと思うが。

 巨大なソファーに丸テーブル、キッチン完備。別室に風呂とトイレ。……それらが、床面積の四分の一に詰め込まれていた。

 そして残りが研究スペース。床に工具が散らばっているのに目をつむれば、それなりに整頓されている。壁際には、これまでに創られた機械がずらっと並んでいた。

 機械にはシリアルナンバーが振られており、当然数字の大きいものが最近にできたものということになる。

 

 

『ねぇ、レンレン。アレじゃない? アレが一番、新しいナンバーだよ…………って、あれ?』

 

 

 花音が示した方向を見ると、確かにソレはあった。シリアルナンバー的にも、感じた雰囲気的にもコレで間違いないだろう。

 ――だがここで、まったく予想していなかった問題が発生した。

 

 

「うん、多分――いや、絶対そうだよ。でも――」

 

『なんで……、ぶっ壊れてんだ(・・・・・・・)?』

 

 

 そう、ソレは完全に機能を停止していた。

 表面にはヒビが入り、各所から火花を散らしている。

 

 

『どういうことですか華蓮さん⁉』

 

「わからない……でも、壊した人はわかる」

 

 

 華蓮は、ソファに深く座ってニヤニヤと笑っている鳴を指さした。

 

 

「それでも戻っていないのは、それだけでは解決できないから。……つまり、壊すだけだけじゃダメってこと」

 

「そんなっ! このままじゃ……!」

 

 

 華蓮はあくまで冷静に物事を分析する。それは良いことなのだろうが、少しばかり冷静すぎた。――その事実に、一同の中に不安が生まれる。

 

 

「大丈夫、手はある。それ専用の機械を造ってもらえばいいんだよ。……できますよね、鳴さん」

 

 

 それを見て華蓮は、慌てて解決策を出した。――鳴宮鳴への丸投げ、という策を。

 一見すると無茶苦茶な案だが、鳴は一つ頷くと、

 

 

「あぁもちろん。俺が造れないものなんてないぜ~」

 

 

 《技術革命》の二つ名は伊達ではない。人類の技術とギフトを組み合わせ、時に修羅神仏の力すら利用し、英知の結晶とも呼べる機械を製作する。

 ……この事件を起こした本人が終結の鍵を握っているとは、なんとも皮肉な話だがこの際どうでもいい。

 

 

「そうですか、当然ですよね。……でも」

 

「あぁ、造ってやるとは言ってない。……そんな睨むなよ、俺にだって事情はあるのさ」

 

『何をすればいいんだ……!』

 

 

 事の重大さがまるで分かっていない様子の鳴に対し、五月雨が声を荒げる。口に出していないだけで、この場にいる全員が同じ気持ちだった。

 鳴はそれを軽く聞き流すと、変わらない調子で告げた。

 

 

「なぁに簡単なことさ。やってもらいたいことは一つだけ――俺にとびっきりの娯楽を見せてくれれば、それでいい」

 

『娯楽……?』

 

「もともと俺はさ、娯楽を得るためにこんな事件を起こしたんだぜ? だがしかし、まだ俺は満足できる娯楽に出会ってないんだよ。――だから、代わりの娯楽だ。それで妥協する――この事件を終わらせてやるよ」

 

 

 なんとか説得完了だが、それほど良い気分ではない。鳴の自分勝手な意見に、一同かなりムカムカしていた。

 

 

『……で? 結局何すりゃいいんだよ。戦えばいいのかよ、お前と』

 

 

 そんな中、十六夜が鳴にそう問いかけた。少しばかり煽り口調になったのは仕方ないことだろう。

 鳴は十六夜の方を向くと、その顔をまじまじと見つめた。そして突然、快活に笑い始めた。

 

 

「ははっ! そりゃいいな、なかなかにそそる提案じゃないか! 普段の俺なら即決してるぜ! ……だがまぁ、今はやめておこう――――気が乗らない」

 

『ハッ、怖気づいたのか?』

 

「まさかまさか! 本当に気が乗らないだけさ!」

 

 

 そう言って鳴は、十六夜から視線を切ってみんなを見渡した。そして一つ頷くと、先ほどから黙っていた孔に話しかける。

 

 

「こーたん、任せてもいいかな?」

 

「僕ですか⁉ え、いやー…………まぁ、鳴さんの頼みですし。――――いいですよ、僕が皆さんの相手をすればいいんですね?」

 

「あぁ、任せ――」

 

『ちょっと待って⁉ まさか、この子一人と私たちがギフトゲームをするの? そんなの――』

 

「大丈夫ですよ」

 

 

 不公平、とそう続けようとしたところに、孔の方から口を挟まれ、飛鳥は口を噤む。と同時に、現状を理解してなお大丈夫と言える孔に対し、皆の間の空気が張った。

 

 

「安心してください。僕のゲームはとにかく『公平』ですから。たとえどれだけ人数差があっても、そこに有利不利は発生しません」

 

『そうなの? ……それならいいわ。早速始めましょう』

 

「そうですね、時間もないことですし」

 

 

 そう言うと孔は、オーバーオールのポケットからギフトカードを取り出し掲げた。

 

 

「では初めに、どのゲームをするか決めますね。……あぁ、あらかじめ言っておきますけど、僕のゲームは全て『ボードゲーム』が元になっていますので」

 

 

 その言葉に何らかの返事をするより早く、孔の持つギフトカードが光を発した。

 それは数回点滅すると消えた。どうやらこれで、ゲームが決定したらしい。

 

 

「……決まりました。皆さん、準備はいいですか?」

 

 

 皆、頷く。了承の合図。

 孔は、高らかに宣言した。

 

 

「それでは、ゲームを始めましょう! ゲームタイトル――――『RTS(アールティーエス)BF(バトルフィールド)』‼」

 

 

 その直後、一際強くカードが発光した。そして、浮遊感。

 落下――数秒後、靴底が地を捉えた。

 

 目を開けると、そこは――――

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 そこに広がっていたのは広大な大自然だった。

 はるか遠くに連なる山脈。清らかな小川に巨大な河川。そして、今までに見たことがないほど巨大な森林。

 

 

『これって、巨大なゲーム盤⁉』

 

『――違う。上から見てみたけど、ここは「果て」が見える。世界(ゲーム盤)というよりむしろ、(ゲームボード)

 

 

 現状を確認する一同だが、自体は待ってくれない。

 空から何かが舞い落ちてくるのに刃が気づいた。

 

 

『これは……! これを見てくれ――!』

 

「『契約書類(ギアスロール)!』」

 

 

 ――そう、もうすでにゲームは始まっているのだ。

 

 

 

 

 

【《ギフトゲーム》

 『RTS・BF』

 

 《ゲームマスター》

 ・小鳥遊(たかなし)(こう)

 

 《プレイヤー》

 ・「逆廻十六夜」

 ・「久遠飛鳥」

 ・「春日部耀」

 ・「柊華蓮」

 ・「黒ウサギ」

 ・『逆廻十六夜』

 ・『久遠飛鳥』

 ・『春日部耀』

 ・『五十嵐五月雨』

 ・『霞刃』

 ・『日比野花音』

 ・『五十嵐七夕』

 ・『黒ウサギ』

 ・『八汰鴉』

 (現在、十四名)

 

 《ゲームマスター側勝利条件》

 ・プレイヤー側の指定した『王』の撃破――《”    ”》

 

 《プレイヤー側勝利条件》

 ・ゲームマスター『小鳥遊孔』の撃破

 

 《ゲームルール》

 ・ゲーム中のプレイヤー追加は認められているが、最大人数は二十人とする。

 ・ゲームマスター側は、プレイヤーと同じ数の兵を所有することが出来る。

 ・プレイヤーが増えた場合、ゲームマスターは新たな兵を『自陣』に召喚することが出来る。

 ・他のルールは、元となったボードゲームに依存する。

 

 《ゲームテリトリー》

 ・『ボード・森林』(一辺二十キロメートルの正方形)

 ・召喚位置を中心にした半径一キロメートルの円を『自陣』とする。

 

 以上の事を守り、両陣営は力と知略の限りを尽くして戦うことを誓います】

 

 

 

 

 

『RTSって十中八九、「Real(リアル)-Time (タイム)Strategy(ストラテジー)」のことだよね。まぁ簡単に言えば、戦略ゲームのこと』

 

『元になったボードゲーム? どうやら記述はされていないようだが……』

 

「いや、」

『それはもう分かってる』

 

「――将棋、だよね」

 

 

 不意を突かれたもののすぐに立ち直す。伊達に修羅場を何度もくぐっているわけでは無いのだ。そして早くも、ゲームの正体を看破した。

 

 

BF(バトルフィールド)ってのは、戦場のこと。こっからかなり絞り込める」

 

『あとは、駒の限界数が二十ってところがヒントになったな』

 

「王、飛車、角行が一つずつ。金将、銀将、桂馬、香車が二つずつ。歩が九つ。計、二十。……駒の数はこちらと同じになるから、今あちら側は十四の兵を持ってる計算になる」

 

 

 ――ただ、兵科は分からない。

 その時、契約書類の最下部に文字列が浮かび上がった。

 

 

 ――『王』を決め、空白の部分に書き込んでください。書き込んだ瞬間、ゲーム開始となります。

 

『王ですか……重要職ですね。ここはやはり、十六夜さんが良いのでは――』

 

「飛鳥だね」

『お嬢様だな』

「飛鳥しかいない」

『飛鳥殿に任せよう』

 

『満場一致⁉』

 

「で、でも私でいいのかしら。私自身は普通の人間なのよ?」

 

「だからだよ、飛鳥。……飛鳥は身体能力が高くないから、長距離を素早く移動できないでしょ?」

 

 

 なるほど、と言って納得する飛鳥。なかなか物わかりが良い。

『王』が決まったところで、素早く攻撃チームと防御チームを編成。攻撃チームは機動力の高いメンバーで構成され、防御チームはそうでないメンバーとなった。因みに、バランスをとるために十六夜と耀が防御側にまわっている。

 

 

『それじゃみんな、気を付けてね』

 

 

 耀はそう言うと、手元にある契約書類に飛鳥の名前を書き込んだ。

 

 ――――《”久遠 飛鳥”》

 

 瞬間、契約書類がまばゆい光を放った。ただ一列だけ、文字が刻まれる。

 

 

 ――――ゲーム開始――――

 

 


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