担い手と問題児は日記を書くそうです。   作:吉井

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顛末――鏡面世界

 自我を失い暴走していた耀だが、だからといって、何も覚えていないというわけでは無かった。

 ぼんやりとした意識の中――鮮明に覚えていた。

 あの凄惨な事件の顛末を……

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 灼熱の痛みに襲われ、圧倒的な衝動に自我を塗りつぶされた其の後。

 気づくと耀の目の前には、テレビの液晶画面があった。もちろん比喩だが。

 流れていた番組の内容は、一言で言うならば――蹂躙。

 怪獣がビルをなぎ倒していくかの如き、蹂躙だった。

 

 

(みんな……‼︎)

 

 

 そして言うまでもなく、その番組に出演していたのは、耀のよく知っている仲間達だった。

 耀が見ている番組は、現在進行形で行われている惨劇の、生放送だったのだ。

 

 

(私のせいでみんなが……、なんとしなくちゃ!)

 

 

 だがその思いとは裏腹に体は動かない――否、意識だけの耀に、そもそも体なんてものが存在しなかった。

 だから視線すら逸らせない。耀はずっと、画面を見続けるしかなかった。

 皆が一斉に向かってきた時も……その手で仲間を傷つけた時も――

 

 

(黒ウサギ……!)

 

 

 その俊敏な動きで翻弄する姿が視界から消えた時、何故か耀には後ろにいることが手に取るように分かった。

 翼による痛烈な一撃で吹き飛ばされる黒ウサギは、荒地にある巨大な岩に激突し止まった。

 

 

(刃……!)

 

 

 様々な武器を使い、間合いを掴ませない戦い方をする刃だったが、決めの攻撃を使えない点をつかれた。

 刀剣を模倣、凶悪な大剣を創造。それを腕力に任せて振るう耀。途中で鋭角に折れる変幻自在の斬撃は、狙った獲物を逃がさなかった――しのぎの部分とはいえ、大振りの一撃を喰らい倒れる刃。

 

 

(飛鳥……!)

 

 

 自分自身に威光をかけ、身体能力を飛躍的に上昇させる『戦乙女edition』。本来の彼女ならば、対抗することも可能だっただろう。だが今回の相手は耀。意識的に、無意識に手心が加わる。

 乱戦で生まれた一瞬のチャンスに意識を刈り取るべく、その拳を振り下ろす寸前、その照準がズレた。

 強く肩を打った一撃は、その意識を刈り取るには至らず――カウンターで放たれた耀の拳が、飛鳥の胴にクリーンヒットした。

 

 ――あと2人……!

 

 合計3人を沈黙させたにも関わらず、耀が感じたのは快感と――更なる闘争心だった。

 もちろん本心ではない。耀は、段々と自分が消えていっているのを自覚していた。『春日部 耀()』が消え、『闘争の衝動(化け物)』となっていくのを……無意識に感じていた。

 

 

(嫌……消えたくない……! 誰か……誰か助けて……!)

 

 

 耀はひたすら一心に願い続けた。その願いの先にいたのは、愛する人。耀は信じ続けた――必ず、五月雨が助けてくれると。

 

 だが次なる犠牲者がでた瞬間、その意識すら薄れていった。あらゆる感情が漂白されていき、記憶に穴が生まれていく。信頼し、愛している人のことも忘れ始めて……

 

 

(嫌だ……‼︎ 忘れたくないよ、五月雨! ……五月雨! ……さみだ……れ……――)

 

『今助けるぞ、耀――‼︎』

 

 

 刹那、意識に響いてきたのは五月雨の声。だが耀の五感は既に塗りつぶされている、肉声ではない。

 だがそんなこと関係ない。肉声かどうかなんて今はどうでもいい。

 

 

(……私を呼ぶ声…………懐かしい……。……でも……分からない……)

 

 

 この呼びかけによって、耀の意識は繋ぎとめられていた。そして意識があれば、覚醒させることも可能。

 

 

『絶対に助ける! いくぞ耀!』

 

(…………!)

 

 

 失われたはずの触覚が、その感触を伝えてくる。唇に感じる温もりを、はっきりと。

 

 

(……さみだれ…………五月雨――‼︎)

 

 

 記憶が、感情が、五感が、意識が、全て蘇る。肉体の支配権が――自由が戻る。

 気づくと耀は、青い空を見ていた。それが現実の空で、自分が大地に横たわっているのに気付くのに数秒かかった。

 戻ることのできた感動で、おもわず視界が滲む耀は、自分の上に五月雨が覆いかぶさっているのに気付いた。

 

 その体はボロボロだった。切り裂かれた背中からは、今も赤黒い血が流れているし、おそらく尻尾で打たれたのであろう足は腫れ上がっていた。もしかすると、骨が折れているかもしれない。それはもう、酷い状態だった。

 それでも。

 それでも彼は――五十嵐五月雨は、愛する人を離さなかった。

 

 

『――‼︎』

 

 

 耀は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 熱はとどまることなく高まっていき、思いが溢れそうになる。

 

 だが、思いとは裏腹に意識は遠のいていく。最後に飲まされた薬、それの効果だった。

 その正体は強烈な睡眠薬。即興とはいえ、高位の幻獣すら暗闇に叩き落とすほどの効力を持った――睡眠薬だった。

 

 耀は薄れゆく意識の中、もう一度五月雨を見つめた。微笑むその顔を見ていると、最後の言葉がリフレインしてきた。

 

 ――僕、耀を守れて幸せなんだ……。

 ――名前を読んで……。

 ――ねぇ、耀……――

 

 耀は、あふれ出そうな思いを言葉に込め、五月雨に送った。

 

 

『愛してるよ、五月雨……‼』

 

 

 そして耀も、五月雨と同じく笑顔のまま、意識を失った。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 あの後、戦いで傷ついたメンバーは救護室に運ばれた。早速治療が行われ、止血、折れた腕の固定まで終わった。あとは時間経過で完全に治るだろう――と、ジンたちが判断を下したところに、

 

 

「ぃぃいいいざぁぁぁああよいぃぃぃいいい‼」

 

 

 ドップラー効果でグニャグニャした声をあげながら華蓮が飛び込んできた。その後ろから、ぐったりとした七夕、花音、黒ウサギが現れる。

 

 

「お前腕消えたけど大丈夫か⁉ ――うん、とりあえず包帯は巻いてあるね。よかった……」

 

「か、華蓮さん、寝ている人もいるんですから静かにしてください」

 

『そうですよ。特に五月雨さんと耀さんは絶対安静なんですから!』

 

 

 ジンに注意され肩をすくめる華蓮だったが、続く言葉を聞いた瞬間、焦った口調でジンに詰め寄った。

 

 

「えっ、絶対安静⁉ それって、完治までどれくらいかかる?」

 

『えっと……ここの医療設備はかなり優秀なので……だいたい一週間もあれば――』

 

「三日」

 

『……え?』

 

 

 華蓮の言葉の意味が分からず困惑するジン。だが華蓮は説明をすることなく、ただ端的にやるべきことを伝えた。

 

 

「一週間じゃ間に合わない……三日以内じゃないと、二人の力が借りられないんだ。 ……ジン、レイラの治癒を加えたらどれくらいになる?」

 

「……え、えっと……レイラさんの力が加わるなら、二日は短縮できるでしょうね」

 

「二日か……」

 

 

 華蓮は少し考え込むと、若干の諦観を顔に浮かべながら言った。

 

 

「仕方ないか……ジンくん、五月雨と耀の意識が戻ったら教えて。みんなに話したいことがあるんだ」

 

「わ、わかりました。今日明日中には戻ると思います。でもこれだけは教えてください……何を焦っているのです(・・・・・・・・・・)()?」

 

「別に……後で話すって。みんなの前でさ」

 

 

 その言葉に、ジンはしぶしぶ頷いた。

 

 そして翌日、五月雨と耀の意識が戻った。その時いろいろあったが、詳しくは書かない。

 簡潔にまとめるならば――というか、一言で済ませるならば――あのフィールドが再構築された。

 今回のソレは異常な密度と濃度をもっていた。まあ、命の危機があったのだから当然だろう。

 

 ――閑話休題(と、そんなことより)

 

 主力メンバー全員、広間に集まっていた。先ほどまで暴走事件の顛末が話題になっていたため、なんとなく空気が重い。

 だがそんなことはお構いなしに、華蓮は皆の前に立ち話し始めた。

 

 

「――事件のことはだいたい把握した。何が起きたのかも、分かる範囲で理解した。これでこの話題は終了としようか」

 

『でも私のせいで皆が……』

 

「ううん、耀のせいじゃないよ。聞いた限りだと、あれは耀の意志じゃないみたいだから――だから耀が責任を感じることはないって」

 

 

 その言葉に耀は、複雑そうな顔をしつつもうなずいた。

 華蓮はそれを見ると、改めてみんなのほうを向き、

 

 

「では今から、始まりの事件――『鏡面世界事件』の詳細を話していきます。みんな、ここからは真剣に聞いてね。……下手をするとこの箱庭が――いや、この世界が、崩壊するかもしれないから」

 

『「……‼⁇」』

 

 

 空気が一瞬で引き締まった。あたりに漂うのはすでに、張り詰めた糸のような緊張感だけだった。

 

 

「――じゃあ、始めます」

 

 

 華蓮は静かに語り始めた。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「この事件――『鏡面世界事件』は、鏡に映る自分のようにそっくりな『二人目』が現れたことがきっかけで起こりました。現れた人は皆外見は全く同じでしたが、どこか一つまるっきり正反対の部分があることが特徴です。

 だから――『鏡面』。

 ですが世界の融合というわりに意外と被害は少なく、私たち《サウザンドアイズ》は今まで楽観的に見ていました。――それがそもそもの間違いだったのです」

 

 

「――ある時白夜叉様は異変に気づきました。住民たちの行動が、性格が、趣味が、すべてのことが、もう一人とまるっきり同じになっていたのです。

 ――仮にAさん、aさんとしましょう。二人は鏡に映る同一人物と考えてください。

 例えば、Aさんは料理ができるとします。もう一人のaさんは、反対にできません。これが普通とします。

 ですが気づいた時には、aさんも料理ができるようになっていたのです」

 

 

「……この例えだと、あまり伝わりませんね。料理くらい、練習すればだれにでもできますから。

 ではこれならどうでしょう。――aさんは、使えなかったはずの、その家系に伝わる奥義を使えるようになりました。もちろん、Aさんが教えたのです。

 ――気づきましたか? だんだんと、二人の『差』が無くなってきていますよね?」

 

 

「――白夜叉も、初めは気にしすぎだと思っていたようです。ですが日を追うにつれ、それはどんどん顕著に表れるようになりました。

 そして自分にまで異変を感じたその時、白夜叉様は確信しました。

 

 ……世界が――鏡の表と裏が、一体化しようとしている、と」

 

 

「――いえ、これは危機ですよ。なんせ、表と裏で時間軸が違うのですから。鏡の比喩が使われていたので忘れているかもしれませんが、これは二つの世界の融合現象ですからね。

 つまり、本来ならば未来で獲得するはずだったものを、未来から来たもう一人に教えてもらうということですよ」

 

 

「――こうして『差』はどんどんなくなっていき、閾値を超えた瞬間、一気に二つの世界は一つになります。そして――崩壊が始まる」

 

 

「――言葉通りの意味ですよ。一つになった世界を構成する全ての物質が消滅し、その存在を消される。紛れもない、『世界』によって……」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

『世界だと⁉ ちょ、ちょっと待て。まさか、世界の修正力なんて言うんじゃないだろうな?』

 

「ううん、それであってるよ。その修正力で私たちは消されるんだ」

 

 

 あまりにも現実味の話に、張り詰めていた空気が少し弛緩する。華蓮はそれを感じつつも話をつづけた。

 

 

「『世界』も『修正力』も存在することは、私のギフトの効果で証明されている。――私のギフトは、簡単に言ってしまうと『世界との交渉権』。世界と交渉し、騙し、事実を捻じ曲げる。……まあ、修正が入るまでの短い間だけどね」

 

『……もしそれが本当だとして、期限はどのくらいなんだ?』

 

 

 半信半疑といった様子で五月雨が訪ねてくる。華蓮は五月雨のほうを向くと、あっさりと告げた。

 

 

「三日――いえ、二日だね」

 

『――ふ、二日ァ‼⁉ ()ッ‼』

 

『五月雨、無理しないで……。華蓮、たった二日しかないの?』

 

「……正確にはあと六日。六日後には崩壊が始まる。――でも流石に、崩壊の危機が迫っているのに動かないってことはないだろうから。――天軍もね」

 

『あ……そうか、二日ってのはそういうことね』

 

 

 つまりこういうことだ。

 

 六日後に世界は崩壊する。それを阻止するために天軍が降りてくる。もし解決したとしても下層は滅茶苦茶→NORMALEND‼

 六日後に世界は崩壊する。それを阻止するために天軍が降りてくるが、返り討ちにあいタイムリミット→BADEND‼

 

 そして――

 

 

「天軍が降りて来る前に、私たちの力だけで事件を解決する。これが唯一の道――HAPPYENDにして、TRUEENDの未来。――みんなに聞きたい。この三つの内、選ぶならどの未来!」

 

「『当然ハッピーエンド‼』」

 

 

 全員の声がそろい部屋を震わせた。

 それを聞いて華蓮は、にっ、と笑って、

 

 

「オッケー、みんなならそういうと思ってた! ――んじゃあまずは、治療タイムだ! あと二日で全快させてやる‼ まあ二人は流石に無理だけどね。七、八割くらいかな?」

 

『……それでもそこまで治せるんだな』

『お願い、華蓮』

 

「任せといて! ――んで、一番の問題はお前だ十六夜。腕無くなっちまったからな、代わりの物を用意するか……いや、絶対に耐えきれないし……」

 

 

 ブツブツと何やら考え事をしている様子の華蓮。

 

 

「……やっぱり誰かと契約させるか……でも誰と……朱雀と白虎はダメだから、青竜か玄武…………う~ん……‼」

 

「そ、そんなに考えなくてもいいだろ? 俺は青竜がいいと思うんだが……」

 

 

 そういった瞬間、華蓮がズザァッと後ろに跳び退った。ドン引きのようである。

 

 

「……か、華蓮?」

 

「まじで? 十六夜、青竜がいいの? 青竜と繋がりたいってか? ――お前、あいつの性別知ってたっけ?」

 

「い、いや知らないが……」

 

 

 その答えに華蓮は、ハァ~と深いため息をつくと、しぶしぶ了承した。

 十六夜たちからしてみれば、何の話をしているのかさっぱりわからなかった。……性別がなんちゃら言っていたことは忘れた。

 

 

『……でもさ、結局犯人はだれなの? 目星はついてるんでしょ?』

 

「うん、まあね。――といっても、その人は最初からマークされてたんだけど……」

 

 

 そして華蓮は、本日何度目になるかわからないため息をつき言った。

 

 

「犯人の名前は鳴宮鳴。常に面白いことを求め、気まぐれに箱庭をぶっ壊そうとする――超問題児だよ」

 

 




 気づいてる方もいると思いますが、華蓮の口調は、相手や場によって変化します。
 相手の場合大きく分けると、客、敵、仲間、四神、十六夜ですね。
 場で大きく分けると、仕事、プライベートですかね。

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