担い手と問題児は日記を書くそうです。   作:吉井

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決戦――決行――決着

「……ッ!」

 

 

 ギリギリで我に返った耀は、何も考えず全力で後ろに跳んだ。だが、脚力全開での全力の回避にもかかわらず、耀の拳はチッと胸元をかすめた。

 あまりのスピードに戦慄するが、真に驚愕するのはそこからだった。

 打ち下ろされ、耀の胸元をかすめた拳がそのまま地面へ突き刺さった瞬間――その拳が、文字通り地を砕いた。

 

 

「グッ……!」

 

 

 衝撃でとんだ大地の破片が、耀の体を痛烈に叩く。

 それによりバランスを崩した耀は、全力で跳んだ速度のまま、荒れ地に叩きつけられた。何回かバウンドし、やっと止まってもすぐには立ち上がれなかった。

 だが、せめて観察だけでも、と顔を上げる。

 

 

(――未知のギフトを前に無駄なことなんかない! 少しでも情報を――!)

 

 

 まず目につくのは、全身に浮かび上がった紫の紋様。牙や爪を模していて、頬のあたりまで浮き出ている。

 そうなると、視界には必ずソレが映る。耀の体と同化している生命の目録だ。紋様はここから発生したらしい。ゾッとくるものがあった。

 そして最後に、紋様と同じ紫の頭髪。そして、禍々しい色彩と輝きを放っている金色の双眼だった。

 

 

『グルァ……‼』

 

 

 分かったのはそこまで。

 いままで、獲物を品定めするかのように動かなかった耀が動いたからだ。

 それを見た倒れ伏す耀も、痛む体に鞭打って起き上がろうとする。だが、圧倒的に時間が足りない。

 

 

『グルァァァアアア‼』

 

「――っ」

 

 

 

 襲いかかる耀を見ながら、それでもまだ勝利の道を探す。

 そしてその拳が振り下ろされようとしたその時、一陣の風が吹いた。

 

 

『もうやめるんだ、耀‼』

 

「大丈夫か、春日部」

 

 

 目を開けるとそこには、白式を展開した十六夜がいた。どうやら、駆け抜けざまに攫われた――もとい、救われたのか。

 

 

「――十六夜、耀は⁉」

 

「……ややこしい。あいつは五月雨が相手している。なんか本気っぽい感じだぞ」

 

 

 指さしたほうを見やるとそこでは、髪を血のような赤に変化させた五月雨が耀を抑え込んでいた。

 五十嵐五月雨――創造鬼モード

 五月雨も、本気でいかないとまずいと判断したのだろう、表情はすぐれないが躊躇いはない。

 

 

「五月雨、あとどのくらいもつ?」

 

『正直ギリギリだ……なんかするなら早めにお願い』

 

「ああ分かった。――八汰鴉! 今のうちに春日部の体を麻痺させてくれ!」

 

『了解だ!』

 

 

 空から黒の羽が舞い散ってくる。十六夜達は退避したが、五月雨は逃げない。耀を抑え込んでいるため、一緒に麻痺するつもりらしい。

 だがその時、組み伏せられていた耀が激しく暴れはじめた。

 

 

『――⁉ なんだ……急に力が……‼』

 

『ガァッ――‼』

 

 

 力の増した耀は、抑え込まれていた状態から強引に脱出。

 そして、あろうことか空を飛び、弾幕の隙間をこれまた強引に突破したのだ。そのまま上昇して。

 

 

「――! 気を付けろ! 狙いはお前だ、八汰鴉‼」

 

『――ッ!』

 

 

 再び羽の弾幕を張り、壁をつくった八汰鴉だったが、暴走した耀は思いがけない行動に出る。

 

 

『ガァッ――‼』

 

 

 そう一つ吠えて拳を握り、手近な羽を躊躇なくぶん殴ったのだ。それだけで――拳圧で生じる突風だけで、壁は崩壊した。

 そしてそのまま耀の拳は、無防備な八汰鴉に吸い込まれ――

 

 

『八汰鴉君!』

 

 

 黒ウサギが間に合った。寸前で八汰鴉を回収することに成功した。

 対象を見失った耀は低く唸ると、地に降りてきた。

 

 

『グルァ……』

 

『……そこまでして闘いたいのか』

 

 

 その姿を見て、五月雨が沈痛の表情を浮かべた。

 殴りつけた右腕がだらりと垂れさがっていた。もう感覚がないのだろう。

 

 

「――八汰鴉、キーはお前だ。俺たちで隙を作るから、タイミングを見て麻痺させろ。なんなら、俺たちごとやっても構わない」

 

『……わかった』

 

 

 そんな状況でも、銀腕はあくまで冷静だった。ともすれば、非情と思われるほどに。

 

 

「お嬢様たちは離れてな。俺たちでやる」

 

「……わかったわ」

『私もやるわ』

 

 

 二人の意見は正反対で、歩んできた道の違いを感じさせた。

 

 

『ああ、頼む飛鳥。――いいよな』

 

「……動けるのなら」

 

『大丈夫だ、飛鳥は強い』

 

 

 了承を得た飛鳥は戦線へと進む。

 その時、観察し続けていた耀が声を上げた。

 

 

「……そうか、あの姿は!」

 

「あれの正体が分かったのか」

 

「うん。あの野性的な言動、間違いない。あれはおそらく――恐竜(・・)

 

『恐竜だと⁉』

 

 

 太古の昔、地球上を支配した最強の生物。絶滅したはずだが、生命の目録によって再現されたのだろう。

 だが、にわかには信じられないことだった。

 

 

「それも一種だけじゃない。速さ、力、飛翔能力――おそらく、他の力も一度に得ている。尋常じゃないギフトだよ……」

 

「……それでも、やることは変わらない。抑え込み無力化する。――意識を失えば、暴走も止まるだろうしな」

 

 

 そう言って十六夜は、先陣を切るように駆けた。それを見て、耀も吠えながら跳びかかる。

 そのまま降ってくるのは、地を砕くほどの威力をもつ拳。

 十六夜はそれを見て、冷静に避けると懐に潜り込み、その腕をつかんだ。普通に掴んでは、その拳速で手首がいかれてしまうため、グローブのスラスターから空気を掃き出し速度を均一にして。

 そしてその勢いのまま、一本背負いの要領で投げて地に叩きつけようとして――尋常じゃないほどの重量を感じた。

 

 

「ッ⁉ ――うおらぁっ‼」

 

 

 結局、全身全霊、ブーストまで使って十六夜は耀を投げ叩きつけた。

 

 

『グッ……ガルァア‼』

 

 

 だが努力の甲斐なく大して効いてはいないようで、即起き上がると、再び突っ込んできた。

 そこに割り込む影が一つ、五月雨だ。

 

 

『変われ十六夜、こっからは僕たちがやる』

 

「ああ、頼むぞ」

 

 

 離脱する十六夜を横目に見ながら、五月雨は叫ぶ。

 

 

『手加減しないからな、耀!』

 

『ガアッ‼』

 

 

 だが返ってくるのは、乱暴で野性的な言葉のみだった。

 それを聞き、一層悲痛な顔をする五月雨だったが、その姿に隙はない。そして冷静に、野生化しているおかげで単調な軌道を描く拳を避け続けた。

 そして、苛立った耀が大ぶりの拳をくりだしたとき――

 

 

『きた! ――加速!』

 

 

 あえて耀の拳(・・・)に使用した加速のギフトにより、耀の拳は本人の認識を超える速度で地にめり込んだ。そして同時に、その勢いでバランスが崩れ、体が浮き上がった。

 

 

『いまだ、抑え込め!』

 

 

 その言葉を合図に、刃、飛鳥、十六夜が抑えにかかる。

 絶好のタイミングだった。飛翔は、さがっていた飛鳥が大地を支配し、拳を縫い付け封じた。

 誰もが決まったと思った。だがその確信、願望を、生命の目録はいとも容易く壊していく。

 

 ――生命の目録が一つ脈動した。

 両の足に光が集まっていく。それはだんだんと形をとっていき、戦闘用のブーツとなった。

 靴底には鋭利なスパイク、つま先には凶悪な爪、足を包む部分にすら逆棘が配置してあり、一目見ただけで恐怖を感じるデザインだった。

 

 

『ガアッ――グラァァァァアアア‼』

 

「まずい! 避けろ――‼」

 

 

 三人とも慌てて回避しようとするも一歩遅れ、強引に振り回した足が浅く胸を切っていた。

 三人が離れたことを確認した耀は、そのままの勢いで大地を蹴り砕いた。そうやって腕を自由にすると、なおも好戦的な目で一同をにらみつけてきた。

 

 

『くっ、武器まで創造できるのか!』

 

「まずいぞこれは……」

 

 

 焦りに汗を流す一同。

 その時、今まで観察に徹していた耀がポツリと呟いた。

 

 

「そうか……そうだったんだ」

 

「何か分かったか、春日部!」

 

 

 まさに暗闇に差し込む一筋の光。全員、耀の発言に期待した。

 

 

「うん。――すごく負けず嫌いだよ、耀(あの私)

 

「……それだけか?」

 

 

 だからこそ、落胆も大きかった。そんなこと、誰もが知っていたからだ。

 

 

『おい、集中切れるから冗談はやめてくれよ。そんなこと、誰だって知ってるって――』

 

「――ううん、わかってない」

 

 

 おもわず語気が荒くなった五月雨だったが、その言葉を耀はハッキリとした声で遮った。

 

 

「五月雨もだけど、みんな、あの私の状態をきちんと把握してない。――いい? まず前提だけど、私は負けず嫌い」

 

『知ってる』

 

「うん。で、あの私はそれに加え、ギフトによって野生化している。――つまり何がいいたいかっていうと、あの私の行動原理は――やられたらやり返す(・・・・・・・・・)なんだよ」

 

「つまりあいつは、俺たちが攻撃するから反撃してるってことか。……だが、放置したところで止まるとも思えないぞ」

 

「大丈夫、私に考えがある」

 

 

 だが悠長に作戦会議などしている暇はない。

 

 

『グラァァァァァァアアアアアアア‼』

 

「ちっ、やっぱ来るよな。――春日部、ここは俺が食い止める。その間に準備しろ」

 

『十六夜、僕も――』

 

「いや俺だけでいい。足止めなら、むしろ一人のほうがいいんだ。大人数で行けば、それだけあいつの力も増加する可能性が高いからな。なら、回避に長けた俺が行くべきだろう。――最後はお前たちで決めろ、任せたぞ!」

 

 

 そう言い残して十六夜は、静止を押し切って跳びだした。

 それに即反応した耀は、同じく跳びかかり拳を放つ。

 

 

瞬時加速(ゼロイグニッション)不動加速(バニッシュイグニッション)!)

 

 

 零から四速まで一気に上げ、そのまま耀の背後までこれまた一気に移動。対象を失った耀の拳はそのまま地を砕いた。

 このまま繰り返せば、余裕で時間を稼ぐことができる。

 ――だが、暴走した耀は――生命の目録は、そこまで馬鹿ではなかった。

 ――脈動――

 

 

『ガァッ――グラアァァァァァァアアアアア‼︎』

 

 

 再びくりだされた拳を避けた十六夜は、耀の体に生じた異変に気付いた。

 背中の少し上のあたり――丁度肩甲骨の位置する場所が、不自然に盛り上がって――

 ――瞬間、服を突き破って出てきたナニカが、強く十六夜の体を打ち抜いた。

 

 

「がはっ……一体、何が――」

 

 

 絶句した。目を疑った。正気を失ったのかとさえ錯覚するほど、目の前の光景は異常だった。

 

 ――翼

 耀の背中から、生物的で、巨大な翼が生えていた。例えるなら、太古の昔に空を支配した翼竜。

 

 

『なんだよ……これ……』

 

「はは……マジかよ。洒落になんねェぞ」

 

 

 誰もがこの光景に目を奪われていた。

 集中を欠くこと、それは対戦中に最もやってはいけないことで、しかも今回の相手は躊躇いがない。

 

 

『ガァァァァァァアアアアアア‼』

 

 

 耀のアッパーが、呆然としていた十六夜の顎を打ち抜いた。

 脳が揺れ、一瞬意識がとびかけた。しかもまだ、耀の攻撃は終わっていない。

 ――脈動――

 

 今度の変化は手。一回り大きくなり、五指に生えていた五つの爪は、巨大化し凶悪化した。

 一目でわかる――これは凶器だ。人間の脆弱でちっぽけな生命など、一息に消し去ってしまう死神の鎌だ。

 

 

(やべぇぞ……これは……‼)

 

『グラァァァァアアア‼』

 

 

 歪む意識の中、必死に動けと命令を送るが、その努力むなしく体は動かない。

 そして無慈悲に、凶爪は振り下ろされた。

 

 

(死――)

 

『――月下夜焼‼』

 

 

 死は訪れなかった。

 突如として割り込んできた人影が、固めたその拳で鎌を受け止めていた。

 

 

「……十六夜流」

 

『貸し一な、銀腕。――夜営光波‼』

 

 

 十六夜流の掌底により、吹っ飛ぶ耀。

 そのタイミングで十六夜は作戦を伝えた。

 

 

『いいか、俺たちの役目は足止めだ。メンバーは、俺たちと、刃、飛鳥、黒ウサギ』

 

「他のやつらは? 五月雨の強さなら、むしろこっちだろ――」

 

『五月雨は、最後の決めに必要らしい』

 

「おい、らしいってなんだよ」

 

『仕方ねぇだろ、こっちがピンチだったんだからよ』

 

 

 グッと黙り込む銀腕をしたり顔で見た十六夜流は、こちらに向かってくる耀へ視線を向け言い放った。

 

 

『いいか春日部! 俺たちは、お前を絶対元に戻す! 友人として――家族としてな! だからお前も、全力でかかってこい‼ 暴走を止めるのも、家族の役目だからなァ‼』

 

「……ハッ、かっこいいじゃねぇかよ。オーケー了解だ、こうなりゃ、とことんやってやるぜ‼」

 

 

 その宣誓を合図にして、作戦は開始された。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「――ん……?」

 

『どうかした、レンレン?』

 

「……ううん、なんでもない。――そんなことより、のんのんは黒ウサギをどうにかしたほうがいいと思うけど」

 

 

 花音の方を見て苦笑する。そこでは黒ウサギが、花音の持つビデオカメラを奪取しようと飛び回っていた。

 黒ウサギもかなり本気のようだったが、花音はまるで大道芸者か奇術師のように動いて翻弄していた。

 

 

「……まあ、あの二人は放っておけば良いじゃろ。――本題に入るとするかの」

 

「……ええっ⁉ 白夜叉様が真面目な話を⁉」

 

「おいおい、まさか黒ウサギを弄るためだけに華蓮を呼んだとでも思っていたのか?」

 

「『『…………』』」

 

「わっはっは、沈黙が痛いのぉ」

 

『ふふ、そこら辺は変わらないのぉ。――じゃが、そろそろ気を引き締めんとな』

 

 

 その一言で場の空気が変わった。さすがに、関係者ではない黒ウサギ達は首をかしげていたが。

 

 

「――そうですね。では、教えてもらいましょうか――世界融合を引き起こした犯人を……!」

 

「『『――‼』』」

 

『そう焦るな……と言いたいところだが、そんな場合でもないな。それに、お前も薄々感づいているのだろう?』

 

「……やっぱりあの人か」

 

 

 白夜叉の言葉から自分の予想があっていることを悟り、深く溜息を吐く華蓮。自己解決してしまっているが、身内以外の人には全く伝わっていない。というわけで。

 

 

『ねぇ、レンレン。犯人って……そんなの知ってどうするの?』

 

「……もちろん、止めに行く。話し合いで済めばいいけど、無理なら力ずくになるかな」

 

『そう……やっぱりレンレンは変わらないね。優しくて――自己犠牲に躊躇いがない。……ねぇレンレン、一人で行くつもりなんでしょ』

 

「――⁉」

 

『やっぱりね、ばればれだよ~! ……そんなこと、私たちがさせると思う? 絶対させないよ、レンレンが止めに行くっていうなら、私たちも一緒に行く』

 

『――そうですね。まだいまいち状況が理解できていませんが、少なくとも一つ言えます。――貴女一人を戦場に送り込むなんてことは、絶対にない』

 

「そう…………はぁ、できるだけあの人と皆を会わせたくなかったんだけどな……」

 

 

 ――どうせ二人会ってるし、今更か。

 そう結論づけ華蓮は、ニコリと二人に笑いかけた。

 

 

「――ふむ、これは良い展開じゃのぉ……よし! この事件、お前に一任するぞ華蓮。……まあ、例によっていつも通りの展開じゃが、今回は仲間もいるようじゃし大丈夫じゃろう」

 

『ちょっ、それって丸投げじゃ――』

 

「了解しました。いつも通り(・・・・・)、頑張ってきますよ。――話は以上ですね、それでは失礼します」

 

 

 そう言って華蓮は立ち上がると、呆然とする三人に目くばせをして部屋を後にした。慌てて三人もついていった。

 支店をでても華蓮はしばし無言で、四人の間には何とも言えない空気があった。

 

 

『えっと……』

 

 

 沈黙に耐えかねた花音が何か言おうとしたその時、空から声が落ちてきた。

 

 

『いた! やっと見つけたわよ!』

 

「あれ、ペスト? なんでこんなところに――」

 

『そんなこと言ってる場合じゃないのよ! 早く拠点に帰ってきて! 大変なことになってるの‼』

 

『なっ――わ、わかった!』

 

『いますぐ戻ります! ――華蓮さん、私たちに構わず先に行ってください!』

 

「わかった。白封――……⁉」

 

 

 華蓮の顔が驚愕の色に染まった。

 そしてどんどん焦りによって支配されていく。

 

 

『な、何か問題が?』

 

「……ビャクレイの力がもうほとんどない……これじゃ、あと少しで義手が消えちゃう! ――一体何が起きているのよ‼」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

『……生きてるか、銀腕』

 

「……たりめぇだろ。つうかお前ボロボロじゃねぇか、よく生きてるな」

 

『ハッ、こんなところで死ねるかよ』

 

 

 作戦開始から数十分が経過した現在、戦況は最悪の一言だった。

 命を奪わないように気を付け、本気が出せないこちら側に対し、耀は最初から全力で命を奪いに来ていた。さらには時間の経過とともに学習し、際限なく強化されていく。

 同格の相手にハンデを与えている時点で勝ち目はなかった。初めは黒ウサギ、次に刃、そして飛鳥と、次々に倒れていった。

 残された十六夜たちもボロボロ、次に襲ってきたときはもうダメだと、十六夜自身察していた。

 

 

「……そろそろ腕もやばいんだよな……あっちはまだかかるのか?」

 

『もうそろそろ終わるだろ。そんなことより気合入れろ――来るぞ!』

 

『グラァァァァアアア‼』

 

 

 疲労を全く感じさせない咆哮が響き、耀が大地を蹴る。

 すでに両腕両足が恐竜のものとなっている耀の手に握られているのは、背丈ほどもある巨大な大剣だ。刃の刀剣に対抗するために創造された武具だった。

 

 

「――俺が行く。あと一回くらいはいけるだろ」

 

『慢心はフラグだぜ。――気を付けろよ』

 

 

 了承を得た銀腕は猛然と前へ駆ける。それに対する耀の行動は、腰の高さでの横なぎ。銀腕が回避しやすい横(・・・・・・・・・・)を封じる軌道だ(・・・・・・・)。銀腕は、耀の頭上を通る形で回避した。

 背後に回った銀腕は安心しない、目の前にはすでに大剣が来ている。真上へ跳び、浮遊へと移行した。

 

 

(さあ、次はどうす――ッ⁉)

 

 

 突如として激痛が体を走り、銀腕の思考は強制的に中断させられた。

 発生源は右腕。見ると大剣が、深々と刺し貫いていた。

 

 

(な、投げたのか⁉ 全く気が付かなかったぞ……! まさか、先を読んだのか⁉)

 

 

 生命の目録に対する認識がまだ甘かったことを思うが、状況は思考を待ってくれない。不幸は連鎖していく。

 痛みに呻く十六夜から白式が消えた。ついに限界が来たのだ。同時に飛行能力も消え墜落する。

 

 

『グラァアア‼』

 

 

 空中で回避行動のとれない十六夜は格好の的。耀は十六夜めがけて飛翔した。

 

 

『くそっ、間に合え! ――夜勤貫徹‼』

 

 

 全力の跳躍に最速の突き。十六夜流の出せる最速は、ギリギリで間に合った。

 凶爪を振り上げた耀の動きは止まった。だがそれは、狙いが移ったに過ぎない。

 突きを避けた耀はその腕をつかむと――次の瞬間、全力で大地へと投げつけた。轟音とともに地が揺れ、巨大なクレーターが出現した。

 

 

『ごっ……は……‼』

 

 

 喀血する十六夜流。立ち上がろうともがくものの、その動きはぎこちなく緩慢。

 

 

「十六夜流……! くそっ……もうもたないぞ!」

 

 

 吠えるように叫ぶ十六夜に応えるかのように、待ち望んでいた声が返ってきた。

 

 

『すいません遅れました!』

 

「ごめん遅れた!」

 

『…………』

 

「……。……。……。……」

 

 

 視線を向けたそこでは、八汰鴉と耀が謝罪し、五月雨が黙り込み、飛鳥はブツブツ何かを呟いていた。

 

 

(なんだこれ……)

 

 

 瞬間的にそう思った十六夜は悪くない。

 作戦の一環でこの状況なら仕方かいが――いや、どんな作戦なんだ。

 

 

「――春日部、大丈夫なのか? もう後がないぞ」

 

「うん大丈夫、後は任せて。――五月雨、いける?」

 

『…………』

 

 

 無言で頷く五月雨。言葉はなくとも伝わる覚悟があった。

 

 

「……後は頼んだ」

 

『…………』

 

 

 五月雨は頷き前へ。それに続いて飛鳥、耀、八汰鴉も十六夜を追い越した。

 

 

『グルル……』

 

 

 それを見た耀は歯を打ち鳴らし、低い唸り声を発した。

 一触即発の空気が場に立ち込める。

 

 

『グラァアア‼』

 

 

 均衡を破ったのは、やはり耀だった。大きく吠え、跳びかかろうと足に力をためる。

 だが、その足が地を蹴ることはなかった。

 

 

全員(・・)その場から動くな(・・・・・・・・)‼」

 

『――⁉』

 

 

 戦場を貫くその声は、普段の彼女からは想像のつかないほどの大きさで、全員――例外なく味方まで――の動きを止めた。

 

 普段は効く威光だが、現在の暴走する耀相手では何が起きるかわからない。作戦決行前、ブツブツと呟いていた飛鳥だったが、全てはこの一言のためのものだった。

 飛鳥が行っていたのは自己暗示。正確には、自分自身の支配――そして、霊格の上乗せだった。

 だがもちろん飛鳥自身、霊格のことまで計算ずくだったわけではない。別世界の飛鳥がそれを行い戦闘に参加するのを見て、見様見真似で使ってみただけだった。

 実際、強化に長い時間をかけたにも拘らず、発することのできた言葉はたった一言だった。

 だがそれで十分。耀の動きを止めることさえ出来れば、後は――

 

 続けて第二声。

 

 

「――五月雨君(・・・・)! 臆することなく進み(・・・・・・・・・)春日部さんを助けてき(・・・・・・・・・・)なさい(・・・)‼」

 

 

 威光によって、固まっていた足が動くようになった瞬間、五月雨は駆けだした。いまだ動けない耀は、歯を打ち鳴らし苛立ちをあらわにする。

 そしてその距離がほんの数メートルになった時、ついに耀の力が拘束の力を上回った。

 

 

『ガッ……ガァッ――ガァァァアアアア‼』

 

「――動いた! 八汰鴉!」

 

『分かってます!』

 

 

 八汰鴉の翼から羽が高速で射出される。

 その足はすでに地を離れており、遮蔽物のない空中からの射撃だ。だが圧倒的な物量にも拘らず、ただの一枚も当たらない――いや、わざと外しているようだ。

 

 

「そう、それでいい。あの私は、当たる攻撃(・・・・・)には過剰なまでに反応するけど、当たらない攻撃(・・・・・・・)には雑な対応しかしてなかった。……ならそれを逆手に取る!」

 

(――耀さんの周囲、直撃しないギリギリの所を打ち続ける。そうやって逃げ道を奪うことで――)

 

 

 周囲に降り注ぐ豪雨により耀は動けない。

 この場合、空を飛んで八汰鴉を狙うのが最善策なのだが、今はできない。今はすぐそこに五月雨が来ている。

 この男から感じる力は凄まじい。飛び立つそぶりさえ見せようものなら、すぐさまやられると直感していた。

 

 

『――ッ! ガァアアア!』

 

 

 耀は豪雨の中に飛び込んだ。

 体の中心に毒が回らないように翼で守りながら、五月雨を潰すために。

 

 

「……予想通りだよ。……ごめんね」

 

『――‼』

 

 

 五月雨のギフトが発動した。

 使用したのは――集束。

 その効果により、周囲に突き刺さっていた羽が――一点に集束した。

 

 

『……ガッ』

 

「全身から麻痺毒を注入――成功。よし、ダメ押しだよ五月雨!」

 

 

 五月雨は、耀が一瞬硬直した隙を突き、最後の距離を詰めた。

 そして、両手で耀の顔を包み込むと――その可憐な唇に自身の唇を当てがった。

 

 

『――⁉ ……‼⁇』

 

 

 ――瞬間、耀の口内にドロっとした液体が流しこまれた。

 

 当然吐き出そうと暴れるが、先ほどの注射で動きは鈍い。そしてその程度なら、五月雨一人で十分だ。耀の体を強く抱きしめ、長く激しいキスを続ける。

 それでも耀は止まらない。変幻したその爪で五月雨の背を切り裂いた。先ほどとは比較にならないくらい弱い力だが、背中はパックリと開き赤い液体が滴る。

 それでも、五月雨は離れない。その体を離さない。自身の持つ治癒ギフトをすべて使い、耐え続けた。

 そして――

 

 

『ガァア……ァア……』

 

 

 叫び声が止まったかと思うと、耀の体から力が抜けた。どうやら意識を失ったらしい。

 そしてそれと同時に、耀の体に起きた変化も元に戻った。変幻した手や足、羽、全身の紋様は消え、創造された武器も消滅、髪と眼の色も元に戻った。――生命の目録も、体外に出てきた。

 正真正銘これで、耀は助かった。

 

 

『…………良かった……』

 

 

 五月雨はポツリとそう呟くと、抱きしめていた耀共々バタンとその場に倒れた。

 薄れゆく意識の中、五月雨は、胸の中で暴れるこの思いを少しでも伝えようと、言葉を紡ぐ。

 

 

『……耀、僕は今幸せだよ。愛する人のために体を張ることが出来て、本当に幸せなんだ。……ねぇ……耀、お願いがあるんだ。……目を覚ましたら、名前を……呼んでくれないか。五月雨って、呼んでほしい……。愛してるって、言ってほしい……。……耀……声が……聞きた……い……』

 

 

 そして五月雨は眠るように、そっと静かに気を失った。

 


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