白露型といっしょ   作:雲色の銀

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白露型とバレンタイン

 2月14日。祝日ではないが、その日はバレンタインデーとして世間に親しまれている。

 毎年、この日になると女性が好きな男性にチョコを渡すのが一般的だが、多種多様な文化が混ざり合った現在では友達に渡す義理チョコや友チョコという習慣も流行り出していた。

 いずれにせよ、親しい人間にチョコを渡す日、恋人がクリスマスの次に仲睦まじく過ごす日という認識で間違いないだろう。

 

「はいはーい、ここまではいいわね?」

 

 そして、バレンタインの数日前。亜麻色のツインテールを揺らし、白露型三番艦「村雨」が集まった姉妹達に確認を取った。

 鎮守府内でもバレンタインは常識として知られている。特に艦娘達は戦場では勇猛果敢に戦うが、戦闘のない日は普通の少女と何ら変わらない。そんな彼女達がバレンタインに注目するのは不自然なことではないのだ。

 因みに、村雨が姉である白露や時雨を差し置いて説明役に就いているのは、一番女子力が高いためである。

 

「分かったっぽい!」

「バレンタインについては知ってるけど、どうして僕達を執務室に?」

 

 無邪気に返事をする夕立とは裏腹に、姉妹の中では常識派である時雨は村雨がわざわざ執務室に召集した理由に疑問を持っていた。

 普段なら執務室にいる提督は中央司令部に出張中であり、鎮守府を留守にしている。何でも、トラック泊地への襲撃が行われるという情報が入ったとのことで、その対策会議をしているようだ。

 しかし、プライベートの会話ならば自室でもいいのではないか。

 

「ふふふ。今なら提督は数日帰ってこない。なら、ここを自由に使えるって訳よ!」

 

 不敵に笑う村雨は、何処かから降りて来た紐を引っ張った。

 するとガゴンッと何かが動くような音が響き、執務室が揺れ始めた。地震かと思った時雨達は身構えるが、次に起こったことに目を点にして驚くことになる。

 普通の白い壁はチョコレートが掛かったような壁紙を上から敷かれ、書類が乗っかっていた提督の机は床に吸い込まれて代わりにキッチンが現れた。窓のカーテンも緑から白いレースのものへと変えられ、ついでに壁に貼られていたポスターは某重巡二番艦が書いた掛け軸になっていた。

 振動が止むと、時雨達がいた執務室は一瞬でチョコレートを作る為のキッチンに変貌したのだった。これこそが村雨が自室ではなく執務室に白露達を呼んだ理由である。

 

「すごーい! ね、もう一回やって!」

「……これ、勝手に弄ってもよかったの?」

「いいのいいの。戻ってくる頃に戻しておけば」

 

 謎の技術による模様替えに、白露は目を輝かせる。この機能は家具職人妖精によるもののようで、鉢巻を巻いた妖精が白露にドヤ顔を見せていた。

 執務室を勝手に変えてしまい不安を募らせる時雨を余所に、村雨は部屋から持参したチョコレートの料理本を取り出して調理の準備に取り掛かった。

 

「というわけで、ここで普段お世話になってる提督にチョコを作ろうと思ったんだけど、皆はどう?」

「てーとくさんに!? 夕立も作るー!」

「いいと思います、はい!」

「うん! 私もいっちばん美味しいの作るよ!」

「はぁ……提案としては悪くないけどね」

 

 折角のバレンタインということで、村雨は鎮守府内で数少ない男性である提督にチョコを渡そうとしていたのだ。村雨の提案に、日頃提督に世話になっている白露達も賛成する。

 こうして、白露型姉妹によるバレンタインのチョコ製作が始まった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 チョコレート作りとは結構簡単なようで奥が深い。

 本当に簡単に済ませるならば湯煎して型に流し込んで冷やすだけで終わる。もっと簡単に言えば、市販のチョコレートを買ってきて終わってしまう。

 しかし、特別な想いを抱く相手に渡すチョコとなると手間暇を掛けたくなるものだ。

 

「それで、村雨は何を作るんだい?」

 

 金属製のボウルに入ったチョコを白いヘラで掻き混ぜながら、時雨が企画発案者の村雨に尋ねる。

 言い出しっぺでなくとも、姉妹の中では一番料理が美味いであろう彼女が作るものに、自然と興味が湧いてしまうのだ。

 

「んー、秘密♪ こういうのは他人には話さないの」

 

 しかし、村雨は勿体ぶるようにウインクして誤魔化した。中々に不公平だが、時雨には何となく理解できた。

 義理ではなく、好きな相手にあげる「本命チョコ」の詳細は誰にも話したくないものである。

 

「時雨は?」

「じゃあ、僕も秘密にしとくよ」

 

 かくいう時雨も、提督に密かに思いを寄せている。自分だけ教える必要もないので、村雨と同じように時雨はウインクをし返した。

 因みに、2人が今作っているのは姉妹に渡す用のものである。

 一方、一番艦の白露は混ぜたチョコを型に流し込んでいた。このペースを維持すれば、完成するのが一番になるだろう。

 

「よし!」

 

 しかし、白露が流し込んだチョコは型の三分の一しか埋まっていなかった。一番大きい型を選んだ弊害だろうか。姉妹達も苦笑していたが、「一番」に一番拘りを持つ白露はいつものことなので特に気にしなかった。

 

「夕立、知ってるっぽい!」

「あらあら、何を?」

 

 天真爛漫な夕立は何処から持ってきたのか、夕立自身によく似た謎の生物の方にチョコを流し終えたようで、後は固めてデコレーションを仕上げるのみである。だが、手には何故かまだ包丁が握られている。

 無邪気に知識を話す双子の妹に、村雨は温かい視線を向ける。

 

「自分の血を混ぜたチョコをあげれば、てーとくさんは好きになってくれるっぽい!」

「やめなさい!」

「夕立姉さん、何処で知ったんですか!?」

 

 赤い瞳を輝かせて物騒な知識を語る夕立は、間違いなくソロモンの悪夢の名に相応しかった。

 指先を切ろうとする夕立を村雨と春雨が慌てて止める。この暫くした後で、情報元と思しき重巡パパラッチに村雨のチェーンアンカーと春雨の飯ごうが飛ぶことになるが、それはまた別のお話。

 

「さて、あとは飾って完成かしらね」

 

 流石に冷蔵庫までは召喚出来なかったため、出来上がったチョコレートを食堂の冷蔵庫まで持っていく。鎮守府の食堂にある冷蔵庫は空母達の摘み食いから食材を守る為に強固な金庫のように出来ているため、安心して保管できるのだ。

 それから数日掛けて、遠征担当の五月雨と涼風も加わった白露型姉妹はチョコレートを完成させていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そして、バレンタイン当日。

 帰って来た提督は、トラック泊地の空襲を迎撃すべく出撃させる編成に頭を悩ませていた。

 だが、提督は知らない。今座って仕事をしている机はつい先日まで、キッチンに変わってたことに。

 

「提督! おはよう!」

 

 そこへ、数回ノックをしてから白露が執務室へ入って来た。

 村雨達は話し合いの結果、提督には一人ずつチョコを渡すことに決めた。その方が、お互い好きなタイミングで渡すことが出来るからである。

 案の定、白露は一番最初に訪れた。

 

「あぁ、おはよう白露」

「提督、はい。いっちばん美味しいチョコ、あげるね!」

 

 書類から目を離した提督の前に、白露からチョコの入った包みが差し出された。

 長方形のシンプルなラッピングで、箱の中身はこれまたシンプルに人差し指を立てた右手の形をしたチョコが入っていた。上には「ていとくへ!」という文字がチョコペンで書かれていた。実に直球一直線な白露らしいチョコと言える。

 

「ん? これは珍しいな」

「でしょでしょ! 提督のはいっちばん手間掛けたんだから!」

 

 しかし、提督は白露が施した細工に気付いた。実は、白露が作ったチョコは三段重ねになっており、上からミルク、ホワイト、ビターの順になっていた。白露が作っていた時に型の三分の一しか流し込まなかったのは型が大きかっただけでなく、三つの味のチョコを混ざらないように重ねる為であった。

 

「絶対食べてるんだよ?」

「ああ、ありがとう。味わって食べるよ」

 

 提督はチョコの入った箱を置き、白露の頭を撫でる。少し頬を染めた白露は、笑顔のまま執務室を出て行った。

 それから少しして、再び扉をノックする音が聞こえた。

 

「し、失礼します!」

 

 次に入って来たのはピンク色のサイドテールを揺らした少女、春雨だった。

 春雨は鎮守府に来たのが現在いる姉妹の中で一番遅かった。しかし、優しく接してくれた提督には他の姉妹に負けないくらいの想いを抱いていた。

 

「し、司令官! あの、これ……どうぞ!」

 

 恥じらいながらも、春雨はハート形のチョコを提督に渡した。

 女の子らしく赤とピンクの可愛らしい包み紙で、中のチョコもまたハート形である。白露以上にシンプルな出来栄えだが、控えめな性格の春雨ならばこれで十分であった。

 

「ありがとう、春雨。大事に食べるよ」

「ふぇっ!? あ、はい……!」

 

 チョコを受け取った提督は春雨の白い帽子を取り、小さな頭を優しく撫でた。

 一瞬ビクッと反応した春雨だが、すぐに目を細めて緊張を解した。

 その時、ふと提督は春雨の指先に絆創膏が貼られていることに気付いたが、大して気には留めなかった。

 

「てっ、てーとくさん!」

 

 春雨が出てから間もなく、今度はノックをせずに夕立が入って来た。

 夕立がノックをしないことは慣れていた提督だったが、入ってすぐ後の夕立の様子には違和感を覚えていた。

 戦闘では「ソロモンの悪夢」と恐れられ、鎮守府内では無邪気な犬として可愛がられている、あの夕立が何故か緊張している様子だったからだ。

 

「えっと、このチョコレートあげるっぽい。夕立、結構頑張って作ったっぽい」

 

 夕立は頬を赤く染め、耳のようなアホ毛をぴょこぴょこと跳ねさせながら、チョコレートを手渡した。

 珍しく女の子らしい一面を見せる夕立に、提督は思わず口元を緩ませてしまう。知っているはずの女の子の、知らなかった可愛い一面を知った男子のような心境になっていたのだ。

 

「そうか。よく頑張ったな、夕立」

「っ! えへへ~♪」

 

 頭を撫でながら褒める提督に、緊張しっぱなしだった夕立は漸く気が緩んだようで、周囲にハートマークを撒き散らせて喜ぶ。

 チョコを渡すという大役を務めた夕立は提督に褒められたことに満足し、笑顔のまま部屋へと戻って行った。

 

「……そうか、今日はバレンタインだったか」

 

 机の傍に溜まっていくチョコの山とカレンダーを交互に見て、提督はやっと今日が何の日であるか思い出したようである。

 士官学校時代は同性が多く、提督として鎮守府に配属となるまでは異性とあまり話さなかった提督にとって、バレンタインとはかなり縁遠いイベントだったのだ。

 幸い、甘党だった提督は貰ったチョコで糖分補給をしながら仕事を進めていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 時間が進み、すっかり日が暮れ出した頃。

 気付けば、提督の傍にはチョコが山盛りに積まれていた。

 

「まさかほぼ全員から貰うとは……」

 

 貰っても精々5、6個程度だと思っていた提督は、チョコよりも自分が甘かったことを痛感した。

 だが、同時にここにいる艦娘達にここまで慕われているということでもあるので、内心ではかなり嬉しくもあった。

 

「あらあら、提督モテモテですねー」

「そうだな。人生で一番チョコを貰った日になりそうだ」

 

 その時、執務室に入ってきた村雨がチョコの山を見て冷やかした。

 提督も肩をすくめて笑うが、村雨がここに来た理由が何なのかは既に察している。

 

「提督♪」

 

 村雨は駆逐艦には不似合いな程、色香を含んだ声で提督を呼ぶ。

 机の前から回り込んで提督の目と鼻の先まで近付くと、駆逐艦の中ではかなり育ったスタイルが改めて分かる。

 

「村雨の、ちょっといいチョコ食べてみる?」

 

 村雨は赤いネクタイを緩め、甘い口調で提督に囁く。

 彼女の色香に呆然としていた提督は顔を真っ赤にして止めようとするが、上手く言葉が出てこない。

 

「なっ、む、村雨!?」

「甘くて、少し苦いんです」

 

 襟を引っ張って胸元を肌蹴させる村雨に、提督は慌てて手で目を隠そうとした。

 

「……なーんて、うふふ♪」

 

 しかし、村雨はそれ以上肌を見せることはなかった。胸元から小さな包みを取り出し、提督に渡す。

 村雨に手玉に取られた提督はしばし呆気にとられたが、すぐにからかわれたと思い溜息を吐く。

 

「はぁ……お前なぁ」

「冗談ですよ、冗談。中身は少し苦いビターチョコですよ」

 

 蠱惑的に笑い、ネクタイを結ぶ村雨に呆れながらも提督は箱を開ける。

 中身は確かに普通の板チョコだった。上に村雨の写真がプリントされていること以外は。

 

「……提督」

 

 その時、何時の間にか執務室に入っていた時雨の呼ぶ声が聞こえて来た。

 突然呼ばれた提督は慌てて村雨からのチョコを仕舞うが、村雨とのやり取りを見てた時雨には既に遅かった。

 

「一応これ、僕からも渡しておくね。……邪魔、かな?」

「そ、そんなことない! ありがとう、時雨!」

 

 不安そうに机にチョコを置く時雨に、提督は首を横に振る。

 そのまま今までのことの説明をする提督を差し置き、村雨は執務室を出た。

 

「……村雨をどうぞ、なーんて」

 

 一人、自分の発言に顔を赤くする村雨であった。

 提督を振り向かせるのは何時になるのか、それは誰にも分からない。




白露型で一番女子力が高いのは村雨(確信)

バレンタインの立ち絵は村雨に期待してたんだけどなぁ……。
時雨も可愛かったので大満足ですけど。

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