夕映物語   作:野良犬

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思いのほか時間がかかりました。

酷い時は一日に二・三行しか書けない遅筆っぷり。

これからも遅くなりそうな予感………。


あのクラスにもう一度

 薄暗く、冷えた空気に満たされた窓の無い密室。蝋燭の灯りが部屋の中に置かれている物を、ゆらゆらと照らしているです。

 X型の磔台・拘束具付きの椅子や机・大きな水槽と水車の水輪・三角木馬・鉄の処女・吊るし檻や人型鉄製檻・その他、何に使うのか考えたくない数々の道具類が棚や机に沢山置かれています。

 そんな部屋の中、私は天井から垂れ下がっている手枷付きの鎖で両手首を拘束され、爪先立ちにならないと足が床に着かない際どい高さに、明らかに私の記憶には無い凄く高そうなレースや刺繍が施された純白の下着を身に着けた姿でぶら下げられていました。口にはボールギャグを咥えさせられ、満足に声を出せない状態です。手首や肩の痛みや肌を刺す冷たい空気が、体力と精神力を奪っていきます。

 どうしてこんな所にいるのか、いつからこの状態なのかを考えても、何故か思考が上手く纏まりません。

 

 そんな事に考えを巡らせると、私の正面にあった鉄製の扉が開き、見覚えのある人が入って来ました。

 エヴァさんです。

 私は自分の恋人の一人が現れた事に安堵しました。ですが、これで助かると思うと同時に、何だかいつものエヴァさんと様子が違うように見えます。

 黒いレザーのボンテージファッションを身に纏っており、蒼かった瞳は鮮やかに輝く紅い瞳へと変化しているです。表情も愉悦と興奮、そして嗜虐の色が浮かんでいます。

 ………………何でしょう。凄く嫌な予感がするのですが。

 あ、ボンテージファッションはいつもとあまり変わらなかったですねアハハ。

 

 少し現実逃避していた私に、近付いて来たエヴァさんが話しかけてきました。

 

「気分はどうだ? 夕映。そういう格好も似合うじゃないか。わざわざ厳選した甲斐があったと言うものだ」

「んんー!?」

 

 はいアウトー! お巡りさん、犯人はこの人です! 

 私の身体に指を這わせながらニヤニヤ笑っているエヴァさん。

 ヤバイです。逃げられる気がしない。

 

「お前が悪いのだぞ?

 こんなにも私を狂わし、惑わせ、求めさせるのだから。

 実にイケナイ娘だ。

 故に私は思ったのだ。

 ああ、これはお仕置きが必要だな、と」

「ん゛ん゛ーー!?」

 

 なんという理不尽!? 酷い言い掛かりです!?

 ガチャガチャと暴れる私をよそに、エヴァさんは机から何か持ってきました。

 あれは……………………鞭!?

 

「クックック。そぉれッ!」

 

 ――ヒュッ ピシィッ!

 

「むぐっ!?」

「フハッ! 良い声だぞ、夕映!」

 

 ――ピシンッ! ピシイィッ!

 

「む゛ぐっ! ふぐっ!」

「フハハハハハハ!」

 

 何度も何度も打ち据えられ、傷痕が熱を持ち意識が朦朧としてくる中でも、彼女の高笑いが耳に聞こえてくるです。何も出来ない私は、お腹や太腿に感じる打たれる衝撃と鋭い痛みを我慢し続けます。

 

「はぁ…はぁ……いい、実にいいぞ夕映。

 お前の真っ白な肌に赤や紫が良く映える…………………ペロ………チュルッ」

「ん………ん………………んぐッ! んんッ……」

「私が付けた傷に…夕映の血。美味だ………ピチュッ……」

 

 鞭で打つ事に満足したのか、今度は自分で付けた傷をひとつひとつ舐め始めました。

 ミミズ腫れ、紫色に変色した痣、皮膚が破け血が滲み出ている傷口を、丁寧に舌でねぶられます。傷の上をチロチロと這い回る小さな舌と、傷を啄ばむ柔らかな唇の感触が、敏感になっている肌を刺激し、ぴりぴりとした痛みとくすぐったさ、そして淡い快感を与えてくるです。

 

「…………ン………チュッ…。フフッ、やはりお前は最高だな。

 こうも容易く私を満たしながら、もっともっと欲しくなる。

 さあ、夕映。

 最高の悦楽を一緒に楽しもうじゃないか。

 二人きりで、ゆっくりと、な?」

 

 私の内腿を撫で上げながら妖しく微笑むエヴァさん。

 …………ヤヴァイデス。

 このままでは、淫靡でインモラルな爛れた世界へ連れて行かれてしまうです!?

 

 ワタシオワタ、と諦めかけていたその時。

 

 ――ズガアアアアアアンッ!!!

 

 突然入り口の扉が吹っ飛び、『白き翼』時代のトレジャーハンター服を来たのどかが現れました。…………手に5tと書かれた巨大なハンマーを持って。

 のどか? いつからそんな豪腕に?

 ハンマーをポイッと投げ捨てツカツカとエヴァさんに近付いていきます。その表情は怒っているというか、拗ねているというか…………あれ? こんな光景、割と最近に見た様な?

 

「もー! エヴァさんまたゆえを独り占めして! 抜け駆け禁止って言ってるのに!」

「ハッ! 油断する方が悪いんだ。こういう事は早い者勝ちと相場が決まっている」

 

 ぷりぷり怒るのどかと鼻で笑うエヴァさん。

 これはアレですか? 助かった訳ではなく攻め手が増えた、と?

 ホンキデオワタデス。

 

 いつの間にかエヴァさんと同じボンテージファッションに着替えたのどかと一緒に、次は何を使うか選び出したエヴァさん。二人とも楽しそうデスネーフフフ。

 私が若干ヤケになり始めていると、道具を選び終わった二人が戻って来ました。二人が持っているのは所謂オトナのオモチャ的な物。

 

 ていうかエヴァさん!? そんなの無理!! 入りませんから!?

 のどかも!! ロウソクて!? 一度やってみたかった、じゃありません!!

 

「さて、それじゃあ夕映?」

「続き、しよっか♪」

 

 イィィヤアアァァァァァァ!?

 

 

 * * * *

 

 

「アアァァァァ………あ?」

 

 目に映るのは石牢の様な部屋ではなく、いつものログハウスの二階の部屋。元はエヴァさんの部屋があった場所で、私とのどかが住む際にログハウスの増設と部屋の拡張を行い、一階の増設部分に私達の個室をそれぞれ作り、二階の拡張部分に三人で寝られる様にキングサイズのベッドを置いたです。

 今私がいるのは、そのベッドの真ん中。二人に挟まれ川の字になって寝ています。

 右側には、うにうに寝言を言いながら丸くなり、私のパジャマを掴んで寝ているエヴァさん。

 左側には、私の手を握り幸せそうに顔を緩めながら、こちらを向いて寝ているのどか。

 

「………………………」ペシッ ペシッ

「にゅ?」

「うゅ?」

 

 なぜでしょうね?

 二人の寝顔を見ていたら思わずオデコを叩いてしまいましたHA☆HA☆HA☆

 

 それにしてもさっきのアレは夢ですか?

 朝っぱらからなんて夢見てるですかね私?

 欲求不満ですか。

 確か夢って潜在的な欲求や抑圧された本心、実現させたいと思っている願望だとか。

 

 ……

 

 …………

 

 ……………………

 

 いや。

 いやいやいやいや。

 待って下さい、違うんです。

 私は別に叩かれて悦ぶような性癖はありません。

 マゾじゃないです。本当です。期待などしてません。

 コレはアレです。コーメーのワナというヤツです。

 おのれコーメー。油断も隙もないヤツですね。

 そう、全てはコーメーの所為。だから私は悪くない。

 OK、理論武装完了。

 

 気付いてはいけない新しい自分の可能性には、蓋をして鎖で縛ったあと金庫に入れて海に投げ捨てて見なかった事にしましょう。それが平和の為です、主に私の。

 ひとつの答えを得た私は、二人を起こさない様にベッドから抜け出し、着替えを済ませ一階へ下りました。

 

 一階に下りると日本の朝特有のトントンと何かを切る音と、お味噌汁のいい香りがします。ふらふらと香りに釣られてキッチンに引き寄せられて行くと、そこにはミニスカメイド服を着た美少女が調理中でした。彼女は私に気付いたらしく、一時調理の手を止めこちら向いて、感情の乏しい表情のまま挨拶して来ました。

 

「おはようございます、夕映さん。今日はいつもよりお早いご起床のようですが?」

「おはようございます、茶々丸さん。ちょっと夢見が悪かっただけですから。それに今日は登校前に学園長室へ来て欲しい、と言われてますので気にせず続けてください」

「はい」

 

 今日は中学の入学式の日。

 少し早く出る必要がありますが、早く起きすぎた所為で余裕があるです。

 ペコリとお辞儀して調理を再開する彼女を、なんとなくソファーに座って見守ります。

 

 彼女の名前は『絡繰 茶々丸』

 超 鈴音・葉加瀬 聡美・エヴァさんの三人で製作されたガイノイド。

 奉仕精神に溢れた心優しい、千雨さん曰く『ロボッ娘』

 『ブルーマーズ計画』に協力を申し出て、ネギ先生の秘書として活躍した人。

 現在は稼動して日が浅い事もあり、以前の様な人間臭さはまだありません。

 このまま健やかに育って欲しいものです。

 

 茶々丸さんを眺めながらあの日の事を思い返します。

 エヴァさんと両思いになって三ヵ月後の2001年1月。

 二人の少女がエヴァさんを訪ねて来ました。

 

 

 * * * *

 

 

 ――カランコロン♪

 

「はーい、今行きまーす」

 

 暖かなログハウスの中、昼食後にまったりしていると玄関のベルが来客を知らせて来ました。

 のどかが対応に向かいます。私動けませんしね。

 家主は現在、私の膝を枕にシエスタ中です。ナデナデ

 

「どちら様ですか?」

「っ!? ……突然の訪問申し訳ないネ。今日はエヴァンジェリンサンに折り入って話があって来たヨ。彼女、今いるカナ?」

「ちょっと待ってくださいね。エヴァさーん、お客様ですよー」

「ん~? 私はおらーん」

「はーい。今はエヴァさんいないみたいですね」

「ちょっと待つネ!? 今明らかに返事があったヨ!?」

「エヴァさーん、居留守バレましたー」

「チッ、しょうがないな。入れていいぞ、のどか」

「はーい。ではどうぞこちらへ、ご案内しますね」

「…………せめて聞こえない様にして欲しかったナー………」

「アハハ……超さん、元気出してください」

 

 なんと言うアホな会話。そして玄関から聞こえてきた懐かしい二つの声。

 ついに来たですか。

 のどかに案内されてきた二人の少女。

 

 一人目は、頭の左右に作ったシニヨンから三つ編みを垂らした、丸ほっぺが特徴的な中華娘。

 彼女の名前は『超 鈴音』

 勉強・スポーツ・お料理、何でもござれの無敵超人。

 『麻帆良の最強頭脳』と名高き天才。

 二週間前、突如麻帆良に現れ大学工学部に複数の論文を持ち込み、一躍時の人になった人。

 老舗の屋台を追い抜き、学園人気No.1屋台となった『超包子』のオーナー。

 その正体は、魔法世界が崩壊した100年後から時間跳躍して来た未来の火星人。

 麻帆良におけるラスボスの一人であり、ネギ先生の成長に必要不可欠な要素の一人。

 私が自分の目的の為に潰そうとしている計画の首謀者。

 

 二人目は、髪をオールバックにして後ろで二つの三つ編みにした白衣着用の眼鏡っ娘科学者。

 彼女の名前は『葉加瀬 聡美』

 大学工学部の研究室所属の『科学に魂を売り渡した悪魔』

 自他共に認める『マッドサイエンティスト』

 麻帆良が誇る天才その2。

 超さんの計画の協力者の一人。

 

 超さんは、のどかの他に私もここにいる事に驚いたのか、ほんの僅かだけ動揺の色が見えました。おそらく彼女の知っている過去の歴史では、この時点で私達がエヴァさんと接触しているはずがないのでしょう。その動揺も、すぐに持ち直していつもの人懐っこい笑顔になったですが。

 こういう所、流石です。

 ハカセさんは、少し緊張しているのでしょうか? 超さんの変化に気付く事無く、部屋の中をきょろきょろ見回しています。

 

 ところでエヴァさん? そろそろ起きませんか? お客さん来てますよ?

 

「やだ」

 

 そですか。

 

 右側を下にして寝転んだまま拒否るエヴァさん。どうやらこのまま話を聞くつもりのようです。

 

 のどかが私の右側に座り、超さん達は向かい側のソファーに座ってお話開始です。

 

「はじめましてネ、エヴァンジェリンサン。私は超 鈴音。こちらは協力者のハカセネ」

「はじめまして。葉加瀬 聡美です」

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

「綾瀬 夕映です」

「宮崎 のどかです」

「で? 今日は何の用だ?」

 

 だらけながらも気は緩めていないエヴァさん。………緩めてませんよね?

 

「今日はエヴァンジェリンサンにお願いがあって来たヨ」

「あん? お願いだ?」

「はい。まずは私達が今行っている研究について、説明させてください」

「ふむ。いいだろう、話せ」

 

 二人曰く、現在『魔法の工学的応用』をコンセプトにした女性型の人型ロボット、ガイノイドの開発をしている事。

 現在、第一段階である駆動系・フレーム・量子コンピュータ・人工知能の完成まであと一割である事。

 それが済み次第、第二段階である外部電源式の動力部を、魔力充填式の魔力機関に換装したい事。

 しかし二人とも魔法の存在は知っていても、まったくの専門外であり魔力機関の作製に行き詰まっている事。

 そこで『人形使い(ドール・マスター)』と名高い魔法使いであるエヴァさんに、魔法使い視点での知識的・技術的な協力をお願いしたい事。

 また、試験運用にも協力して欲しい事を話しました。

 

「と、いう訳ネ」

「んー。『はいてく』の話は良く解らんが、要は人形と魔道具製作の知識と技術を貸して欲しい、と言う事で合っているか?」

「はい、そうです」

「もちろん対価も用意してるヨ」

「聞かせろ」

 

 二人が提示した対価は以下の通り。

 

 1.完成し、試験運用も無事終了したガイノイドは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに完全に譲渡する。

 2.ガイノイドの改良・メンテナンス・オーバーホール等は無料で行う。

 3.試験運用中、追加したい機能があった場合、優先的に改良する。

 4.『超包子』の料金を永久半額。

 

「以上です」

「どうネ?」

「十分だ。というか、こちらが貰い過ぎな気がするが?」

「実はもう一つ、お願いがあるのヨ」

「言ってみろ。よほど無茶な願いでなければ聞いてやる」

 

 先程よりも真剣な顔で話を切り出す超さん。彼女にしてみればこちらの方が重要度が高いのでしょう。

 

「中学3年の麻帆良祭の時に、とある計画を実行する予定ヨ。エヴァンジェリンサンには学祭中、中立でいて欲しいネ」

「ん? 協力ではなく中立か?」

「そうネ。もちろん協力してくれたら嬉しいケド、流石にそこまで高望みしないヨ。中立で十分ネ」

「……いいだろう。学祭中、お前達の計画に対して私は(・・)中立でいてやる。約束しよう」

「無事、契約成立ダナ。助かるネ。これで計画に狂いが出ずに(・・・・・・)済みそうダヨ」

 

 うわぁ………エヴァさん、今のヤツ明らかに「私以外がどう動いても、私は知らんし止めもせんがな?」って意味ですよね?

 顔、ニヤついてるですよ?

 超さんもニヤリと悪い顔。「貴女さえ動かなければ、あとはどうにでも出来るネ」って意味ですか?

 ハカセさんは、今のやり取りを分かってないようです。小首傾げてます。

 まあ、研究以外興味ない人ですから、仕方ないのかもしれませんが。

 

 話し合いも終わり、今度は超さん達も一緒にのどかが入れてくれたお茶でまったりタイム。のんびり今後の予定などを話していると、超さんから質問がありました。

 

「ところでエヴァンジェリンサン。さっきから気になってたんだケド、綾瀬サン達とはどういう関係ネ? 見た所随分仲良さそうだケド?」

「あ、それ私も思いました。今も綾瀬さんにベッタリですし」

「私の事はエヴァでいいぞ。夕映は私の伴侶で、のどかはおまけだ」

「「……え?」」

 

 今度はうつ伏せで寝転び、足をパタパタさせてポテチ摘みながら事も無げに言うエヴァさん。

 超さんとハカセさんが停止したです。

 

「信じちゃダメですよ? 超さん、ハカセさん」

「え? あ、ああ冗談ネ? 人が悪いヨ、エヴァさん」

「あ、あはは。ビックリしました。いきなり伴侶なんて言うんですから」

 

 のどかが口を挟み、突然のカミングアウトのショックから復帰する二人。でも安堵するのはまだ早いです。

 ここで終わらないのが、のどかクオリティ。

 

「ゆえの正妻は私で、エヴァさんは二号さんですから」

「「え゛!?」」

 

 更なる爆弾投下をしつつ、エヴァさんの頭を撫でていた私の右手を捕まえて、腕を胸に抱き寄せしなだれかかるのどか。それが面白くなかったのか、のどかを挑発し出すエヴァさん。

 

「ほう? その余裕が仇にならんといいな? のどか」

「エヴァさんこそ、足元を掬われないといいですね?」

「ふっふっふ…」

「くすくす…」

 

 魔法薬を指の間に挟んで構え、笑うエヴァさん。

 仮契約カードを構え、笑うのどか。

 突然テーブルを挟んで牽制し合う二人に、目を丸くする超さん達。

 私はそんな四人を気にする事無く、紅茶を楽しむ事にしました。あー、お茶美味し。

 

「やるか? 小娘」

「受けて立ちます。600歳児」

「くっくっく…」

「ふふふ…」

((コワッ!?))

 

 そう言って二人は部屋を出て行きました。超さん達がチワワの如く小さくなってぷるぷるしてるです。

 

「………綾瀬サン、止めなくていいのカ? どこか行くみたいだケド」

「お二人とも、私の事は夕映でいいですよ。あと、いつもの事ですからほっといていいです。二人ともああなると長いですから」

「いつも……なんですか?」

「割と。気が済めば戻って来るです」

 

 大方、別荘に撃ち合いにでも行ったのでしょう。エヴァさんが恋人になってからは、以前よりも撃ち合う頻度が増えてるです。

 のどかもどんどんはっちゃけており、以前ハルナが面白半分に書いていたDARK NODOKAな一面が出て来てる気がします。

 ドウシテコウナッタ。

 はい、私の所為ですね。

 

 その後二人が戻ってくる前に、このあと予定があるとの事で超さん達は帰っていきました。

 超さんが「闇の福音が同性愛者とかどういう事ネ? 彼女が好きだたのはご先祖サマじゃないのカ? しかも相手が夕映サン………」とか「いくらなんでも予想外ヨ……一体どんな影響が出るカ………」とかぶつぶつ呟いてたですが。

 

 まあ、ご愁傷様と言っておくです。

 

 

 * * * *

 

 

 後日、無事に茶々丸さんの起動に成功。エヴァさんの下で試験運用が開始され、今に至ります。

 起動直後は私やのどかの事まで『夕映様』『のどか様』と呼んでいた為、様付けは止めてもらったんですよね。流石に気恥ずかしかったので。

 

「夕映さん、朝食の準備が整いました」

 

 どうやら結構時間が経っていた様です。いつの間にか茶々丸さんが座っている私の横に立っていました。

 

「ありがとうです。私は朝食を食べたら先に行きますので、茶々丸さんは二人をお願いしますです」

「はい、了解しました」

 

 ちなみにこの家ではエヴァさんが強権を発動し、朝食は必ず純和食と決定したです。

 

 二階へ向かう茶々丸さんを見送り、朝食を済ませログハウスを出ます。

 早い時間だけあって人も疎らですね。

 

 学校への道を麻帆良ジュースを飲みながらのんびり歩いていると、前方に見覚えのあるオレンジ色が見えました。彼女もこちらに気付いたようで、小走りで近付いてきたです。

 

「おはよー、夕映。珍しいわね? こんな時間に。のどかもいないし」

「おはようです、明日菜さん。ちょっと学園長に呼ばれてまして。明日菜さんはバイトですか?」

「うん、その帰り。………何飲んでるの? ソレ」

「『でろり餡』ですが? 飲んでみますか?」

「…………美味しいの?」

 

 怪訝そうな顔で受け取り、恐る恐るストローを咥える明日菜さん。

 

「吸うのと同時にパックを少し強めに押してください。出にくいので」

「ん……………………ごふっ!?」

 

 むせたです。

 

「……大丈夫です?」

「ごほっごほっ……………なにコレ甘っ!? うわぁ、甘さが舌に絡みつくわ…」

「そこがこのジュースの特徴です。なにせ『でろり』ですから」

 

 舌をべーっと出し顔を顰めてますね。ふむ、明日菜さんには少しキツかったですかね?

 『でろり餡』を返して貰い、私はもう一つ麻帆良ジュースを取り出し彼女に渡しました。

 

「はい、口直しです」

「……………………今度は何?」

「『海洋深層水』です。コレは普通ですよ?」

「う~~~」

 

 疑ってますね。しばらく躊躇していましたが最後には意を決したようです。

 

「スゥー、ハァー………………よしっ!」

 

 いや、そこまで気合入れなくても。

 

「…………ん…………あ、美味しい。スポーツドリンクみたい」

「気に入って貰えた様でなによりです」

 

 ちゅー、と嬉しそうに喉を潤す明日菜さん。かつての無気力クールさは見る影も無く、今では立派なバカレットに。私・のどか・委員長さん・木乃香で勉強を教えたりもしたので、以前よりはマシになりました。700位が650位になったくらいですが。

 ちなみに私は10位内をキープしており、バカブラックの汚名は返上しています。

 国際機関就職経験者を舐めんなです。

 

 そんな明日菜さんを見つつ、私も『でろり餡』を飲みます。

 

「よく飲めるわね、そんな甘ったるいの……………………ぁ」

「ズズ- ぬ? どうかしたですか? 明日菜さん」

「えっ!? な、なんでもないわよ? うん。そうそう、こんなの普通よね? 普通普通」

「??」

 

 頬を赤くしてなにやら言い訳し出した明日菜さん。はて?

 

「そ、それじゃ夕映私もう戻るわねシャワー浴びなきゃだしジュースありがとまたね!」

「え? あ、はい。またです」

 

 早口で一気にまくし立てたあと、自動車並みのスピードで走り去ってしまいました。

 なんだったんでしょう?

 

 このままここにいてもしょうがないので、再度『でろり餡』を飲みながら学校に向かいます。

 …………ぬ? そういえばコレ、間接キスですか?

 さっきの明日菜さんの反応はそういう事?

 ……………………いやいや、まさか。

 明日菜さんは自他共に認める生粋のオジコンじゃないですか。

 アホな事考えてないでさっさと行くです。

 

 

 * * * *

 

 

 『麻帆良学園本校女子中等学校』

 麻帆良学園都市の中で一番奥の女子校エリアにある学園の一つ。

 埼京線の『麻帆良学園中央駅』で下車し、駆け足で約10分。路面電車もあり。

 今年の新入生の総生徒数は737人で、一部の例外以外は全寮制。

 学園内にある湖の中央に学園創立時に建設した世界最大規模の図書館『図書館島』が浮いている。

 また敷地内には、学園創立前から存在する『世界樹』と呼ばれる巨大樹『神木・蟠桃』がある。

 どちらも魔法的な要所であり、外からの侵入者が後を絶たない。

 

 そんなかつての母校で今日からまた通う事になる学校に着きました。まあ、今まで何度も来てる場所なので、特に感慨もなく学園長室に向かいます。人の少ない廊下を歩き、目的地の扉をノックします。

 

「学園長、夕映です」

「おお、早かったの。入りなさい」

「失礼しますです」

 

 中に入ると学園長が一人だけ。朝から書類仕事をしていたようです。

 

「すまんの。朝早くに呼び出して」

「いえ、構いません。それで今日は何の用なのです?」

「ふむ、少し待ってくれるかの。もうそろそろ…」

 

――コンコンコンコン

 

「来たようじゃの。入りなさい」

「失礼します」

「失礼するよ」

 

 入って来たのは二人。どちらも私と同じ中等部の制服を着ており、よく知った顔でした。

 

 一人は『桜咲 刹那』

 京都神鳴流の剣士で近衛詠春や青山姉妹の弟子。

 末席ではあるものの、剣の腕は神鳴流剣士達の中でも上位に入る達人。

 木乃香の幼なじみであり、木乃香の初めての友達。

 過去・現在・未来において近衛木乃香の忠実な従者(イヌ)

 烏族とのハーフであり、一族の掟で禁忌指定されている白い翼を異様に気にしている。

 この世界ではある人の影響で、ある程度緩和しているようです。

 木乃香が送った手紙にもきちんと返事を出している様ですし。

 

 もう一人は『龍宮 真名』

 あらゆる銃を使いこなす狙撃の名手であり、羅漢銭の使い手。

 本人曰く、「苦手な距離はない」

 裏の世界では、冷酷非情・正確無比の有名な殺し屋らしい。

 ビジネスライクに徹していて、金銭面にはシビアな倹約家。

 報酬さえもらえれば、何でもするし誰にでもつく主義。

 魔族とのハーフであり強力な魔眼持ち。

 超さんの計画の雇われ協力者。

 

 なんとも懐かしい顔を見ましたね。十年以上ぶりになるでしょうか。

 

「よく来てくれたの。今日は二人に彼女を紹介しておこうと思ったんじゃ」

「紹介……ですか?」

「うむ。二人ともつい最近まで麻帆良の外におったじゃろう? 三人は同じ1-Aになるからの、分からん事があったら彼女に聞くといいぞい。裏関係含めての」

 

 二人が私に視線を向けます。刹那さんは見極めようとしている顔、龍宮さんは興味深そうな顔でこちらを見てるです。

 

「初めまして、綾瀬 夕映です」

「彼女は魔法薬の扱いに長けた魔法使いでのぅ。その腕は麻帆良随一じゃ。ちなみに、二人が参加する夜間警備時に配給される傷薬等も、彼女達が調合して卸してくれておる」

「何か欲しい魔法薬があったら定価で請け負うですよ。材料の持ち込みをするなら安くするです」

 

 現在エヴァさんを含めた私達は、関東魔法協会から魔法薬の調合依頼を請け負っているです。もちろん対価をきちんと貰ってですが。

 

 理由は二つ。

 一つは、おじい様が残してくれた貯えがあるとはいえ、稼げる内に稼いでおきたかったからです。魔法薬の研究って馬鹿みたいにお金が掛かるんですよ。材料はもちろん、最新の道具や研究資料・工房内の設備の増設、改良、換装、維持などの費用で、それはもう湯水の如く消えていきます。魔法薬学は『一度嵌れば底なし沼』とはよく言ったものです。

 

 もう一つは、エヴァさんの呪いを解除する際、必ず出るであろう反対意見を抑えやすくする為に、事前に行っておく印象操作・心象操作の一環として。小さい事の様に見えますが、こういう事をしておかないと後々面倒くさい事になるです。以前の時も、いざ解除しようとするとブチブチ難癖付けてくる輩がいました。某連合の盟主とか某元老院とか某ご立派な魔法使い(笑)とか。

 

 おや? 刹那さんが少し思案顔? なぜでしょう?

 

「…桜咲 刹那です。関西から来ました。よろしくお願いします」

「龍宮 真名、傭兵だ。よろしく頼むよ」

「うむ、そろそろいい時間じゃの。これを見ながら教室へ向かいなさい」

 

 そう言って学園長は私達に『新入生への案内』を人数分渡してきました。学園長室を出て三人で教室へ向かいます。

 その途中、少し遠慮気味に刹那さんが質問してきました。

 

「……あの、綾瀬さん。もしや貴女は『哲学する魔法薬学士』の?」

「はいです、孫になります。あとお二人とも、私の事は夕映でいいですよ」

 

 二人とも、特に刹那さんが驚いた顔してます。

 

「私の事は好きに呼んでくれ。しかしそうか、あの教授の孫か。なるほど、魔法薬の扱いが麻帆良随一と言うのも頷ける話だ」

「刹那とお呼びください。お会い出来て光栄です。綾瀬教授もそうですが、夕映さんも関西呪術協会にとって大恩のあるお方ですから」

 

 あー、あの事件の事ですか。あったですね、そんな事も。

 

「私の場合、たまたまその場に居合わせただけですよ?」

「ご謙遜を。一緒にいた方々とともに、見事な手際で片を付けたと聞き及んでいますよ?」

「ん? 何の話だ?」

 

 事情を知らない真名さんに刹那さんが、大戦時のおじい様の話と去年の麻帆良祭で起きた事件について説明し始めました。私はその時の事を思い返します。

 

 『近衛 木乃香誘拐未遂事件』

 大戦以来、関東魔法協会と関西呪術協会の関係は、おじい様の一件とおじい様自身が両組織間の緩衝材になる事で、以前より徐々に緩和してきていました。(あくまでも麻帆良と、であってMMに関しては以前と変わらずいい感情は持っていませんが)

 ですが、その事を面白く思わない関西呪術協会の過激派の一部が木乃香を誘拐し、その責任を関東魔法協会と木乃香を麻帆良に預けた詠春さんに擦り付けようと暗躍したのです。

 毎年、麻帆良祭の時は外来の一般客が多く訪れます。

 それ等に紛れて侵入し、実行犯達が眠らせた木乃香を外に連れ出そうとしていた時です。

 

 私・のどか・エヴァさん・チャチャゼロさんの四人でデートしていた私達に出くわしました。

 私達は、見知らぬ男達が意識のない木乃香を連れている時点で即アウトと判定。

 

 私は、よくよく狙われる友人を助ける為に。

 のどかとエヴァさんは、デートを邪魔された腹いせに。

 チャチャゼロさんは、久々の斬ってもいいお肉(・・・・・・・・)に悦んで。

 サクッと制圧したです。

 

 ある者達は、のどかの【連弾】で空中ダンスを強制体験。

 ある者達は、エヴァさんの【こおる大地】や【凍てつく氷柩】による冷凍刑。

 ある者達は、チャチャゼロさんの肉切り大会に死なない程度に肉役で強制参加。

 現場はまさに死屍累々。

 ちなみに私は【雷の投擲】による串刺し刑です。こう、お尻からブスッと。

 

 駆けつけたタカミチ先生達にやり過ぎと怒られました。

 

 捕まえた実行犯達は魔力封印後、厳しい取調べを行い犯行動機を吐かせました。ついさっきあんな目にあったばかりなのに、なかなかしぶとかったので、つい素直になるイケナイお薬を使ってしまったのはナイショです。

 先生方も見ない振りをしてくださいましたし、構いませんよね?

 一部が白目むいて「オ、オクレ兄さんッ!!」とか叫んでましたけど、問題ないです。多分。

 

 その後、今回の事件に関与した人物達とそれ等の息がかかった者達を捕縛。詠春さんが中心となって組織の膿み出しを行ったそうです。事件前は穏健派・中立派・過激派の比率が3:3:4だったのが、6:2:2に変動。過激派は今回の事件の影響で衰退していく事になったんだとか。

 また、この一件で詠春さんが考えを改め、中学3年の春休みになったら木乃香に魔法の事を話す事を決意したそうです。

 

 なんで私が関西呪術協会の内情まで知っているかと言うと、知り合いのお姉さんが「ようやってくれた!」とお礼の言葉と共に教えてくれたからです。

 お姉さん曰く「いけ好かん阿呆共の度肝抜いたったわ♪」と上機嫌でした。よっぽどそいつ等の相手するのにストレス溜めてたんでしょうね…。私に胃薬の調合依頼をするくらいですし。

 

 そんな事を考えている内に、刹那さんの説明が終わったようです。

 

「そういう訳で、西の長を初めとした穏健派の者達は綾瀬の方々に恩を感じているんです。私個人としても、お嬢様が引っ越して来た当初から親しくしてくださった事に、大変感謝しています」

「ほう、凄いじゃないか」

「たまたまです、たまたま」

「私としては、実行犯達を即座に吐かせた尋問方法が気になるな」

「企業秘密です」

 

 さすが傭兵、めざといです。

 

 そうこうしている内に教室に着きました。中に入ってみると殆どが登校済みのようです。ちょっとゆっくり歩き過ぎたですかね。

 ………あれ? 明日菜さんと木乃香がいない……。遅刻ですか?

 

 そう考えた時、背後からドタバタと走ってくる足音が聞こえてきたです。ああ、いつものですか。

 とりあえず刹那さんと真名さんに入り口の前から退く様に誘導します。次の瞬間、二人の友人が駆け込んできました。

 

「セーーーフッ!」

「はひぃ、はひぃ、……明日菜ぁ…二度寝してもええけど、もうちょい早う起きてぇな……」

「あ、あはは。ごめーん」

 

 言わずもがな、明日菜さんと木乃香です。どうやらいつも通り、二度寝した明日菜さんを起こすのに手間取ったようです。毎度の事ですが懲りませんね。

 

 息を整えた二人がこちらに気付きました。

 

「おはようです、木乃香。明日菜さんもさっきぶりです」

「あ、夕映~。おはようさ…………ん?」

「あ、うん。さっきぶり…………木乃香?」

 

 木乃香がこっちを凝視しています。正確には刹那さんを。刹那さんも突然の再会に戸惑っています。それでも意を決して声をかける事にしたようです。

 

「お久しぶりです、おじょu「せっちゃぁぁぁぁぁん!!」うひゃぁ!?」

「木乃香!?」

「ふむ」

「あー………」

 

 声をかけようとした刹那さんに飛び掛り、押し倒す木乃香。

 突然の行動に驚く明日菜さん。

 興味深そうに観察する真名さん。

 のどかと再会した時の自分を見ている気分になった私。

 

 フフッ、これから苦労しますね、刹那さん。

 なにせ、初めて会った時から私達の関係に興味津々だった木乃香に、のどかが色々と教え込んでましたから。6年間ずっと(・・・・・・)。そりゃあ影響もされるってもんです。

 

「せっちゃんや~。本物のせっちゃんや~」

「あ、あああの、おじょおじょじょおじょうさまっ!?」

「スンスンスンスンスンスン、スリスリスリスリスリスリ、ハフハフハフハフハフハフ」

「はうっ!? い、いけません! そのような事をされてはあぁぁ!?」

「カプッ、ペロッ、ハムッ、チュー」

「はうあ!? あぶ、あぶぶぷぷ!? た、助けてください! 夕映さーーん!?」

 

 マーキングするかの如き抱擁から、耳に甘噛みして舌でなぞり、首筋を啄ばみコレでもかと吸い付く木乃香。

 逃げる事が出来ず、私に助けを求める刹那さん。

 

 ………………………うん、無理。

 

 私は救出は不可能と判断。刹那さんに敬礼し一言。

 

「Good Luck」

「そんな殺生なっ!?」

 

 聞こえません、何も聞こえません。ピンク色な空間なんて知りません。

 

「…………………いいの? アレ」

「久しぶりの再会を邪魔するのは無粋ですから」

「そうだな、放っておくか」

「…………いいのかなぁ?」

「いいのです。さて、明日菜さんと真名さんに紹介したい人達がいるですし。行くですよ、二人とも」

 

 私は二人の手を引いてこの場を離れ、のどか達がいる所へ向かいます。

 今気付きましたが、周りの皆が顔を赤くしてキャーキャー騒ぎながら、興味津々に木乃香達を見てますね。和美さんがカメラで二人を激写し、ハルナがスケッチブックに猛烈にナニカを書きまくってるです。

 のどかは木乃香を応援し、エヴァさんは呆れ、茶々丸さんは微動だにせず木乃香達を凝視。

 

 これからは今まで以上に騒がしくなるんでしょうね……。

 

「こらーー! 木乃香さん!? 朝から何を破廉恥な事をしていますの!?」

「夜やったらええの?」

「せめてご自身のお部屋でなさい!!」

 

 あ、委員長さんが突貫したです。というか委員長さんの言い分も微妙におかしいです。

 

 結局この騒ぎは新田先生が怒鳴り込んで来るまで続いたです。

 ぐったりした刹那さんのうらめしそうな無言の訴えと、その隣で艶々して上機嫌な木乃香が印象的でした。




木乃香がイカレた!?

なぜだ!? こんな予定じゃなかったのに!?

これが『キャラが勝手に動く』という現象なんでしょうか?

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