元魔王ククルさん大復活!   作:香りひろがるお茶

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第八話     リーザス奪還編 幕開

 ルドラサウム大陸には三大国と呼ばれる3つの国が存在する。魔法大国ゼス・豊潤大国リーザス・工業大国ヘルマンがそれに当たる。

 

 ゼスは魔法を第一とする差別的な国家であるが、純粋な魔力運用に関しては他の追随を許さ無いほどの力を持っている正しく魔法大国。

 

 リーザスは温かい気候と肥えた土地による豊かな国である。治安も非常に良く、交流・商業の中心とされる。

 

 ヘルマンは工業発展に富んだ共和国である。が、実のところ寒冷な土地柄故に作物の収穫があまり見込めず、更には政権の腐敗も進み、国力は低い。肉体的に優れた軍人を輩出することで知られ、軍事力は高水準とされる。

 

 三国はお互いに同盟や交渉を繰り返し、小競り合いは多々あるものの、お互いの領分を変えること無く長きに渡って維持し続けてきた。しかし、この歴史にある一石が投じられる。

 

 

 

 男の名はパットン・ミスナルジ。ヘルマン皇帝第一王子にしてヘルマンの世継ぎである。パットンは次期皇帝ではあったが、妾の子であった。それ故に政略絶えないヘルマンでは疎まれ、次期皇帝をシーラ姫の婿と執り成すことで傀儡を企むもの達によってその皇帝としての立場を危ぶまれていた。このままではまずい。しかしパットンは政治に疎い。彼の思考のそれはむしろ軍人に近いものがある。次第に国の中で孤立していく様子にパットンは焦りを覚えていった。この焦燥に駆られた、名声軍事共にある程度は持つパットンを利用しようとするものが現れるのは至極当然だった。

 

 

 

 魔人。それは魔王によって選ばれた魔王の側近。魔人になるには様々な要因があるが、等しく言えることは非常に強く、攻撃が効かない、更に寿命がないことである。パットンに目をつけたのはその魔人であった。名はノス。先々代魔王ジルによって魔人となった地竜である。

 

 ノスには不満があった。今、魔人達は二つの派閥に分断している。簡単にいえば、現在未覚醒であり魔王になることを拒んでいる現魔王を支持するものとしないもの。支持しないものは最も永らえた魔人ケイブリスこそが魔王に相応しいとしている。だがノスにはどちらも魅力的なものに見えなかった。現魔王はただの小娘にしか思えず、ケイブリスのような大馬鹿者の支配に敷かれるなどプライドが許さない。やはり魔王に相応しい人物は先々代魔王ジルを置いて他にはいない。それ故にノスは動いた。同じ志を持つ魔人サテラと同じくアイゼル、そしてノスの野望知らぬ愚かなヘルマン第一王子パットン・ミスナルジと共に、リーザス城下で封印されているジルを復活させるために…。

 

 

 

 

 

 もぐもぐもぐもぐ…

 

 ここはリーザス城下町。日が沈み始めたにも関わらず、整った町並みには人々の陽気な声や商人の呼び込みなどが響き、どれだけリーザスが豊かな国であるかを象徴していた。通りに面する店々はどこも人でごった返している。

 

 もぐもぐもうぐっ…

 

 「もうちょっと落ち着いて食え。な?」

 

 「うるさい。わしは今猛烈に食いたい気分なのじゃ。」

 

 困った嬢ちゃんだ。面倒だがフルルもああいうしなぁと頭を掻くはリーザス青の軍将軍コルドバ・バーン。身長206cm体重188kgの巨体を持つ剛の者。通称「リーザスの青い壁」とも呼ばれ、リーザス軍の守りの要としてその名を馳せるほどの男であった。しかし、先日彼の鉄壁の守りが遂に破られてしまった。

 

 青壁を崩したのは彼の横に座る少女、リーザス中の露天販売食品をひたすら買い回り、現在進行形で酒場のメニューを食い続けている元魔王ククルククルであった。暴飲暴食である。

 

 「そろそろ思い出したか? なんか見覚えある場所くらいあったろ。」

 

 「全然じゃ。ぜーんぜん。」

 

 「はぁ…。先が思いやられるぜ…。なんで記憶喪失だなんて面倒臭い事になっちまったんだ。」

 

 もぐもぐもぐもぐ…

 

 コルドバとククルの出会いは唐突だった。その日もゴルドバは非番にも関わらず見回りを続けていた。あぁ、ちょっと酒場にも寄りてぇなぁと気を逸らしたその時、空から砲撃が街道ど真ん中に落ちてきたのだ。まさかヘルマンの新兵器か、取り敢えず待ち行く人々に避難指示をして着弾点を調べようと歩み寄る。おかしい。着弾の仕方から見てもヘルマンとは逆方向から来たようにしか見えねぇ。まさか自由都市が攻撃してくるとも思えない。なんにせよ砲弾を見ればわかる。ヘルマンの砲弾は重い。鉄の含有量が多いからだ。

 

 着弾点に辿り着いたコルドバがぐっと身を乗り出しクレーターを神妙に覗き見ると、なんとそこには意識を失った全裸の少女がいたのであった。

 

 その後紆余曲折あり、妻フルルの意見もあってはククルを預かることになってしまったのだった。お陰で幼妻とのイチャラブ生活の鉄壁が破綻してしまったとはコルドバ談。因みに記憶喪失というのはククルのでっち上げである。都合良く、名前だけは覚えている設定だったりする。気を取り戻してからというものククルは食欲をひたすら満たし、ついこの間の精神的ショックを紛らわす日々であった。

 

 しかし、今日は違った。ククルはいつもの半分程、5人前ほどしか食べていなかった。いや、なにかおかしい気もするが。

 

 「………来おった。」

 

 「あ? お前戻すならトイレ行ってこいよ?」

 

 「違うわい…。コルドバ、今夜は常に戦支度を整え気を張るのじゃ。さすればお主なら最悪の結果にはならんじゃろうて。」

 

 「………記憶が戻ったのか?」

 

 そういえばそういう設定じゃったな、とほくそ笑む。視界には心配そうな顔で覗き込むコルドバがいる。又随分と人間の世話になってしまったものじゃ。本来であれば人間など、どうでもいい存在である筈なのじゃが。まぁどちらにせよジルに魔王として復活されるのは困る。そのついでに、ほんとについでに、何人かぐらいは救ってやるもの一興かもしれんな。

 

 「記憶なんてな、あんまりいいもんじゃないわい。忘れたいと思うことのほうがよっぽど多いからの。」

 

 「辛いことがあんなら遠慮無く俺たちに言ってくれ。もう他人なんかじゃあないだろ?」

 

 ニっと笑い、侠気を見せるコルドバ。全くもっていけ好かない。そういうのはフルルにだけ見せんかこの馬鹿。わしはこんだけ迷惑掛けとるというに甘すぎるのじゃ。

 

 「何、所詮過去の話。歴史を紡ぐのは今この瞬間なのじゃ。コルドバよ。今ある大切なもの、必ず守り切るのじゃな。」

 

 「はっ、何説教垂れてんのかと思ったらそんなことか? ククル、俺を誰だと思ってんだ! リーザスの青い壁、コルドバ・バーンだぜ!?」

 

 コルドバが椅子から立ち上がり、ジョッキ片手に両手を広げてポーズをとる。やんややんやとそれを見た酒場の連中が囃し立て、又一つ酒場の雰囲気が盛り上がった。ククルは、楽しそうに飲み燥ぐ彼らを、少し遠い目で見ていた。

 

 

 

 そしてこの夜、大国リーザスは陥落する。


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