「.......ぁぁぁぁぁぁああああああギャブっ!!」
どれほどの高さから落ちたのだろう。突然の落下にパニックになったククルにどうこう出来る筈ものなく、ドギャンと凄まじい音を立ててククルは頭から落下した。
「フゴッ!?ふぐぁっ!ッ…ぇぅ……う!!!」
常人なら確実に死を迎えているであろう衝撃だが、なんとか一命を取り留めたようだ。只では済まなかったのは彼女の様子を見れば一目瞭然である。明らかに顔が一部平らになってしまっている。しかしどうにも、ククルには骨がないようである。流石元全長4.7kmの軟体生物である。
「く、もう嫌じゃ…人間の体なんて…。穴に落ちるなんて初めてじゃ…ヒグ。」
何度も言うが元の体長が4.7kmなのだ。落ちる穴なんてそりゃないだろう。
「あいやー。お客さん、どいてくれませんかねー。」
ハッとして顔を上げれば、そこには何かしらの作業服を着込んだハニーが、これでもかと荷物の積まれた荷馬車を引いていた。ハニーである。彼女のトラウマとして既に認定された超土偶ハニー。忘れてなかったぞハニー。その窪んだ光の無い目は生命を感じさせず、ククルにとって恐怖意外の何者でもなかった。
「だがっ!だがっ!!いつまでも女々しいと思わないことじゃ!!!打撃に弱いのは知っとる。殴ればいいんじゃあああ!!!」
容赦なく殴りにかかるククル。彼女からしてみれば弱み目に祟り目。少々ヒステリックである。
「ちょっとお客さんやめてくださいよー。仕事中なんですよ。」
「なんじゃと?仕事?ハニーが??」
大変失礼な発言である。実はこの大陸の共通通貨を発行しているのはハニー達が務めるハニー造幣局だったりする程、ハニー達は一部を除いてしっかりと社会生活を送っているのである。彼女は一応知っている筈なのだが。
「このダンジョンには少し前からお得意様が住んで居らして、そこへ荷物を届けてる途中なんです。」
「ほう…ダンジョン…お得意様…か。」
「それじゃ私はこれで。お気をつけてー。」
ククルはふむふむと独りでに相槌を打ち、一つ一つの情報を照らし合わせ確証を得ると、ニンマリと笑みを浮かべた。因みに彼女は原作キャラに会えることに喜び笑っているのではない。自分の推察力に得意げになっているだけなのだ。
ククルは考えた。これはアテン・ヌーの配達物に違いない。ゼス出身の超引きこもり天才オタク魔法少女アテン・ヌー。時期的にも彼女が引きこもり始めたものと一致する。取り敢えず会ってみたい。剣士の次は魔法使いである。それに彼女はゼス出身の魔法使い。詰まる所金持ちである。今回の目的の一つである金銭を得る機会かもしれない。魔法関係の杖程度は最低でも持っていよう。
「待て。ならばそこなハニーよ。わしをそのお得意様とやらのとこまで案内せい。」
「えー。そういうのは個人情報にいやいや殴らないでください暴力はダメですよわかりました教えます。」
この元魔王。意外とランスに似ているかもしれない。
ピンポーン
「はいはーい…。」
声を上げたのは手入れの入ってないぼさぼさな黒髪ロングヘアーの少女。ついでにジト目属性付きである。
文明を感じさせることのないダンジョンの中に、電気ガス水道のライフラインが何故かきちんと揃った場所があった。それがアテン・ヌーの新居である。元々は優秀な魔法使いであった彼女は、このまま周囲に流されてゼス高官になることへの意義を見出せず、ついでに人生の意味を見失ってしまった残念な子だった。更にひきこもりLv1という特殊技能を才能として有していたために、あれよあれよと引きこもり計画が加速。ついにはダンジョン奥地に住居を拵えてしまったのである。
そんな彼女の楽しみは今しがたドアベルを鳴らしたもの。ネット販売がもたらす宝の山。そう、オタク趣味である。彼女は現実から逃避したいという欲求を創作物で解消しているのだ。ひきこもりLv1の名に恥じない清々しいほどのヒッキーである。
「………何方様?」
どういうことだろうか。何故かそこにはいつもの宅配ハニーではなく、万年の笑みを浮かべて腰に両手を当てふんぞり返る少女がいた。
ここにアテン・ヌーの人生を曲げに折り曲げかき回す、彼女にとって正しく魔王たる存在、ククルククル現る。