一寸先も見えぬ闇の中に、魔王ジルは蹲っていた。ここは時空の狭間と呼ばれる場所。一度踏み入ってしまえば二度と去ることが許されない悠久の地獄。本来のジルであれば、空間魔法を使って逃げ出すことも可能だったかもしれないが、今のジルは力を失い、限られていた力もカオスによって更に削られたしまった現状ではどうしようもないだろう。
結局こうなってしまった。もう既にガイは逝去し、次代の魔王がいる。半端な魔王である私は魔人からもその力を奪わんと狙われ、魔王からも忌み疎まれるだろう。カオスからも追われ、ましてや平穏など享受出来る筈もない。それにもういいのだ。現世に未練などもうない。何も無いのだから…。
「むぁあああああああああああああああああぎゃふんっ!!」
と、絶望したジルの足元に何かが叫びながら落ちてきた。ころころと転がり、ジルにもたれかかるように止まったその姿はククル、何故ここに。落ちた衝撃で目を回しているようだ。
その時ククルの身体が光りに包まれた。余りの眩さに目も開けていられない程だ。これは一体…。
「ほにゃ…? いてて、思ったより高かったのー。うん? ん? おおおおおおおおおおおおお!? なんか戻ったのじゃあああああああああああああ!!!!」
「お前は…ククルなのですか…?」
光が晴れた先には、ジルよりも少し幼い少女が立っているではないか。そしてククルの姿がない。これこそがククルの姿なのだろうか。
「むっ、なんだか敬意が亡くなったような気がするがいいじゃろう。そう、これこそわしの今の姿。まさしくナイスボディーじゃ!」
ククルはひとしきり身体を隈無く見通すと、決めポーズを取ってジルの問に答えた。なんとも言えないそのポーズは身体が無いときには出来なかった鬱憤を晴らしたいがためだろうか。
「そう、それで…こんなところまで何の用………。こんな私を憐れみに来たの…?」
この時空の狭間は抜け出すことの許されない蟻地獄。一体何を思ってここに来たというのだろうか。このジルの姿を見に来たというのなら相当な悪趣味だ。ジルは顔を再び伏せ、ぼそぼそと呟くように語る。
「なんじゃ覇気の無い。御主、魔王の力を失う方法を知りたかったんじゃないのか?」
「…どうせ、無いんでしょう。そんな方法など…。お前も私の味方ではないのですね…。」
これは痛いところを突かれてしまった。確かにそんな方法はククルの知るところではない。ククルが魔王の力を失ったのは純粋に死んだからであって、自らそうなるよう計ったものではないのだ。
「あー、まぁわしはそんな方法が有るなんて言ってないしの。それに関しては御主が勝手に推察しただけじゃ。」
「………そうね。」
視線をそらし顔を指で掻きながら、ククルは微妙な言い逃れを抜け抜けと言い放つ。傍から見てもククルに負がないとは言えないだろうにジルはそれに憤慨することも憎々しげに睨みつけることもしなかった。
「湿気た顔しおってからに。わしがここに来たのは御主を救うためじゃぞ。」
「助ける? どうやって助けるというのです。それに…今更現世に未練などありません。唯一の臣下であったノスも…。」
ジルの発言を遮るようにククルがポンと右手で拳を作り左手を叩いた。
ああノスのことか。そういえばジルには言っておらんかったのぉ。言っても良かったんじゃが、どちらにせよ出来ればジルには最後まで追い詰められて欲しかったから仕方あるまいて。
「ノスか? 奴は死んではおらんよ。逃げ果せおった。ま、わしが生き延びるよう命じたのじゃがな。」
これでジルも多少なりとも生気を取り戻すじゃろうと、ドヤ顔ポーズで閉じていた目を開けちらりとジルを一瞥してみるが。
「それではノスも私を裏切り、貴方についたということ…ですか。」
「あーもうなんじゃ愚痴愚痴と暗いやつめ! 誰もそんな事言っとらんじゃろーが!」
さっきから阿呆みたいにネガティブになりおって! と怒気を感じずにはいられない。せっかくこちらもジルの気力をなんとか漲らせようと慣れないことをやってるというに。
「今更なんと言うのです! 全てはもう終わった事、終わった事なのよ!!」
「おおぅ…?」
ジルはここに来て荒々しく吠えた。なんじゃなんじゃ、やれば出来るではないか。気持ちが沈んだ相手では碌に話しも進まんからの。ここからジルには生きるという望みを持ってもらわねば。
「そうじゃな。終わった事じゃ。だからこそ、今再び始めるのじゃ。何者にも縛られぬ新しい旅路を…な。」
さぁここからが賭けよ。わしはジルが絶望に染まりきらず、希望を見出すと賭けた。いざ、禍転じてみせようぞ。
「もしや…本当に魔王を辞める方法が…!?」
ジルは、はっとしたようにククルを見つめ問い詰める。よい食いつきじゃ。やはりまだ諦めきれていないとみえる。
「それは、ない。」
残念ながらその方法は無い。それはどうしようもない事実だ。
「じゃが! それに近い方法ならある。」
しかし、確かに完全に人間になる方法はない。だが、薄める方法ならある。魔王の血という物理的にも、同じ存在が居るという精神的にも…。
「それは一体…。」
ククルとジルの目が交差する。
「ジルよ、思いだせ。御主は魔王だった。今となってはその魔王としての力も殆ど失い、見る影はないかもしれん。じゃがそれによって理性を得た。そうなった原因はなんじゃった?」
今のジルは魔王と呼べるかどうかもわからぬ曖昧な存在だ。残された魔王の血は5%、カオスによって肉体的にも人間と相違ないほど更に弱体化しているのが現状だ。とは言え魔王の血が薄まったことによって魔王の血が持つデメリットも最小限までに押さえられているというのも事実。
「それはお前も知っているでしょう。私はカオスによって一度殺され、それによってガイに血が継承されて………!! まさか…。」
答えに気がついたジルに、悪くどいような慈悲に満ちたようななんとも言えぬ笑顔をニンマリとククルは浮かべた。
「そうじゃその通りじゃ。正式継承は半端者故に出来んじゃろうがな。まぁ出来ても御主が魔王の力を完全に失って死んでしまうかもしれんがの。何はともあれそれには素質を持ったものが必要じゃが…目の前にいるわしをどなたと心得るかの? 元魔王ククルククルじゃぞ!!」
ジルの中で全ての合点がいった。そのためにククルはここまで来たのだ。それ故にランスとの戦いでは微塵も協力しようとしなかったのだ。それ故にジル解放に力を貸していたのだ。
「成る程ね…そういうこと。結局はお前も力が欲しかったのだけなのね。」
「まぁそれも半分本当じゃ。だが助けに来たというのも嘘ではないぞ。」
これはククルの正真正銘本心であった。手っ取り早く力がほしいというのもあったが、ジル復活に手を貸した理由はそれだけではない。最も恐ろしく、最も悲壮な最後を遂げた悲しき魔王に、同じ魔王として同情を禁じ得なかったのだ。
「でも私にはもう生きる意味がないの…。無意味だったようね…。」
ジルは否定し続けているが、先程からチラチラと後ろ髪が引かれたさそうにしている。全く素直じゃない。
「それはどうじゃろうか? 先のノスについてじゃがな。あのままではノスは確実に御主と生死を共にするつもりじゃった。じゃからわしは頃合いを見て逃げろと、それが御主の敬愛する者のためになると話したのじゃよ。決して裏切ってなどおらぬ。おる筈が無いじゃろう。あやつはそれこそ己の命よりも御主を敬愛しているのじゃからな。果報者とはこのことよ。さぁノスが待っているのじゃ。共に帰ろうぞ。」
右手をついとジルに差し出す。
「私は魔王ジル。この生に敵あれど味方なんてまるでいないのよ…。戻った所で今回の二の舞い…。」
だがジルはまだゴネる。ジルの目線が動き、虚空を見つめる。その視線が探るものは、同様にここに来たであろうランスか。どうしもなくカオスが、それを扱う人間が恐いのだ。
あーもう仕方ない。もう一声必要か。こうなったら椀飯振舞じゃ。
「御主には敵が多い。それは間違いないじゃろう。じゃが、わしがいる。同じ魔王だったものとして、御主には並々ならぬものを感じておる。故にわしはここに、裏切った魔人ではなく、魔王ククルククルとして御主と命運を共にすることを誓おうぞ。御主の危機にはわしが、魔王であるわしが必ずや助けるのじゃ。」
今度は悪どい顔ではない。真に慈愛を込めた微笑みをかける。さりげなくガイが二重人格であったことは伝えず、自分をアピールである。後もうちょっとじゃ!
「それにな、人生とは愛情だけではあるまいて。他人も自分すらも視界に入れず、ガイだけを見ていた御主にはわからなかったのかもしれんが、もっと周りを見てやるのじゃ。案外近くに大切なモノはあるもんじゃ。友情慕情、他にも色々とあるわい。わしなんて一度も恋愛したこと無いぞ! ………おっ、おろ? なんか胸が痛いのじゃ…。」
焦燥に駆られ、墓穴を掘ったククルであった。愛に身を滅ぼした魔王というのと、六千年以上未経験というのはどちらが哀れなのだろうか………。
「兎に角ジルよ。たった千年でこの世に絶望するとはまだまだ早すぎるわ!」
一般的な視点から見れば、千年でさえも相当なものだがどうなのだろう。とはいえ流石のククルから言われてしまえば反論できない。
「ククル…貴方は再び力を手に入れて、それで何をするつもりなの。それだけは教えて…。」
「わしは楽しく過ごせればそれで良い。そのためにも力は必要じゃ。じゃが敢えて言うならば、創造神ルドラサウムの支配から脱却するためじゃよ…。」
ジルはククルの答えに満足したのかしなかったのか。すっくと立ち上がり、ゆっくり深呼吸。そして真っ直ぐククルと視線を合わせ、彼女の手をとった。
「そう…わかったわ。」
ジルは、死ぬ覚悟と、生きる覚悟を決めた。
そしてここに三人目が誕生する。
「ここでなら面倒な神々に察知されることはないじゃろ。ささっとやってしまおうぞ。」
「ねぇ、私が意地でも魔王の力を与えなかった場合はどうするつもりだったの・・・?」
「んー、まぁその時はその時でなんとかしたのじゃ。多分なんとかなったのじゃ。」
「ふ、でも貴方らしい。」
「うっ…。はぁ、無事終わったのね。具合はどう? 魔法は使えそう?」
「わしを誰だと思っておる! 最強の魔王ククルククルじゃぞ!! こんな空間さっさと時空を歪めて抜けだしてやるのじゃ。ん? あれ? 開かない? ふんぎぎぎぎ。」
「青は藍より出でて藍より青しとも言うわよ。………本当に大丈夫なの?」
「うごごごごごごご……。うっ、口から墨が。」
「あっ!? 先にランス達もなんとかせねば! ちょっと行ってくるかいの。」
「彼らも助けるのね…。行ってらっしゃい」
「直に戻ってくるからの!」
「……………………遅い。」
「おわっ!? なんだどっから現れやがった!?」
「きゃあ!? あれっ? もしかして…。」
「なななななななな御主らこんなところで何を破廉恥な!? えーい適当に送ってやるわ! 宙に浮いている都市で人が住んでいる街がある場所…ここじゃ! どーん!!」
「のわーっ!?」
「ら、ランス様―!!」
時を遡る。ランスとシィルが消えたリーザス城。彼らの消滅に戸惑いを隠せないリーザスであったが、支配者としての責務を果たさなければと次第に元の姿を取り戻しつつあった。しかしそんなリーザスにある噂が広がっていた。夜遅く、誰もいない廊下でどこからか人を呪うような泣き声が聞こえてくるのだという。どこか男のようでそれでいて女のような不可思議なその泣き声の噂はリーザス中に広がり、リーザス怪談ブームを巻き起こしていた。
「シクシクシクシクシシクシクシク。ここの地下通路で待ってろって言ったのに…ヘルマンには帰れないしククルちゃん一体いつになったら帰ってくるのよぉおおおおおおお!!!!!」
アテン・ヌーさんがアップを始めたようです。
でもその前に魔人領回始まります。
血の継承で得た力はお互い力差を作らないためにも約2.5%分割としています。それにしても今回の設定が読者に受け入れられるかどうかがちょっと不安。個人的には割りと練った案だったのですが何か設定忘れてそうで恐いです。
因みに今後ククルさんTUEEE展開は残念ながらあまり有りません。色々とアテンさんが覚醒してます。とある魔法書も持っちゃってます。しかも仲が良いかも。